「……百歩譲って、孤島でサバイバル生活をするってのはわかる」
浜辺まで歩いていって、深呼吸。都会にはない清涼な空気を目一杯吸い込む。しょっぱいけど、嫌いじゃない匂い。シアターの側にも海はあるが、ここの空気は根本的に違って美味しく感じた。水平線はどこまでも続いている。
――無人島?
――ああ。社長の古くからのご友人が孤島を一つ所有していて、企画にあたって貸して頂いたんだ。
――ったく。何でもアリかよ、この事務所は……。
まさか、電波すら繋がらないような場所とはね。深く息を吐きだした。
真上からじりじりと照り付ける太陽。「日に焼けそうだよ……」
八月の第二週。『生っすか!? 極限!サバイバルアイランド編』のロケーション撮影が始まる。
企画がサバイバルと題してこそいるものの、危険なことをさせられるような撮影ではない。五日間この島で生活するうえでの役割は各々に与えられているが、メインテーマはミリオンスターズの素顔を届けることだ。
基本的にその役割さえこなせばあとは自由というもので、とてもじゃないが綿密に練られた企画だとは思えない。
もっとも、この島には娯楽もなければ電波もないため、何をするにも自分たちで考え生み出さねばならない。そういう意味でも、ホントに自由だなこの収録。
それぞれの特技を活かしながら、支えあうサバイバル生活。
ジュリアには付き合いの浅いミリオンスターズが
機材の準備が整うまでの自由時間を使って、ジュリアは再び今回のロケのメンバーを思い浮かべていた。
此度の『生っすか!? 極限!サバイバルアイランド編』に出演するのはジュリアを含めた十二人。その
「そうだな……確かに
ファッションモデルから転向してきた
兄が四人いるスポーツ家庭に生まれた
それから特技と言えば
一月前に行われたこけら落とし公演の際に、早速ステージオブジェを手掛けて舞台担当のスタッフを驚かせたことのある彼女が、今回住居建設の担当になったのも理にかなっていた。
あちち。一か所にずっと立っているとサンダル越しにも砂の熱が伝う。ヤシの木っぽい何かの陰に行こう。
「けど、特技というよりは個性を……って言ってたか」
すると例えば、恵美と同じく衣装班に抜擢された
次いで食材調達係の
人が変わったようになる彼女を、周りはスイッチのごとくオンとオフとで呼んでいるが、どうやら狩りをするにもそのスイッチは入るという。ゲームを得意とする者の性なのかもしれない。そしてそれは十分に彼女の魅力だ。
番組の趣旨を考えると、こちらの方が近い気がする。ジュリアは唸った。すると、料理が得意な
「…………はぁ」
依然海を眺めながらぼんやりしていると、集合がかかっていた。
夜の時間帯のリアルな表情も撮りたいということで、メインのカメラマンは女性だった。彼女は765プロ専属のカメラマンである
もともとお喋りが好きな性格のようだが、すでにその時点から彼女の仕事は始まっていたのだろう。アイドルたちとの距離を縮めるという目的のもとに。
例えば番組プロデューサーは芸能事務所をはじめ演者、構成作家、脚本家らと良い関係を築くことが大事だとされるが、それに似通った精神を感じたということだ。
プロたるもの、手段を択ばず。必要だと感じたことを、軽重を問わずに行動に移す。
「おーい! ジュリアーっ!」
「……ああ! 今行くーっ!」
もう一度深呼吸。自然が紡ぎ出す、爽やかな匂いがした。
――あたしも歌の仕事じゃなくっても、全力でやらなきゃな。
「生っすか~~~~っ」
「「「ミリオ~~~~ン!!!!」」」
そんなタイトルコールに。
「見てください! こーんなに! 海がきれいですよっ!」
「無人島なんてビックリだよねっ。アタシもキャンプは嫌いじゃないけど、本格的なサバイバルは初めてだな~」
そんなイントロダクション。
カメラマンが手を振って調整した立ち位置で、予め取り決めた順番で自己紹介をしてゆく。
「はーい。それでは改めまして、『生っすか!? 極限サバイバルアイランド編』! 早速メンバー紹介といっくでー! まずは私……住居建設担当の
「同じく住居担当のロコなのです! 一緒にマーベラスでセンセーショナルなハウスをつくりましょう!」
「
「んっふっふ~、亜美に住居建設班を任せちゃうとはわかってるね~。みんなの安全は亜美がズバーンと守っちゃうかんね♪」
四チームに分けられたロケの収録。この方法であれば一度に名乗るのは十人程度であり、放送時に視ている人たちも退屈しないだろう。
そもそも今回の特番は、番組単体として視れば三時間にものぼる長時間なものだが、テーマ一つで見ればそれほど長くはない。時間帯も夕食時に充てられているようだし、一パートくらいなら、と視聴してくれる人は多いのではないだろうか。一つだけでも視てミリオンスターズの誰か一人に興味を持ってくれれば十分成功なのだ。
そうこうするうちに、ジュリアの前にもカメラが回される。
「あたしはジュリア。ワケあってアイドルをやっている。…………なあ、何かの間違いだって言ってくれよ?」
そう。
島に到着してからため息の止まないその理由。
「何がどうなったらあたしが
ジュリアに言い渡されたのは、大の苦手な料理だったからである――――。
☆☆ ☆☆
導入部分の撮影が終わると、各々は持ち場に就くことになる。
衣装係も初めは材料調達のために島の内側へと進むらしい。一人浜辺に取り残されたジュリアは、並べられた調理器具の数々を前に改めて眩暈を感じていた。
「一体……どうすりゃいいんだ……?」
えーっと……。大さじと小さじくらいは聞いたことがある。それでは、その中間らしきこれは
「……全員分の料理って、いきなり規模がデカすぎるだろ」
料理係の担当はジュリアただ一人。
一見不公平ではあるが、他の仕事こそ労力を要するものばかりなので、それ自体にはさほど不満はない。彼女らも相当に苦労するだろうことが目に見えているからだ。だから、強いて挙げると衣装係からもう一人……つまり紗代子が欲しかった程度である。
サヨにシズに……。ほら、
先日楽屋に居合わせた静香はジュリアにサバイバル生活が言い渡されたのを聞いて、「いいですね! 小麦を育ててうどんを作りましょう!」なんて鼻を膨らませていた。まさか本気で言っているとは思いたくないものだが、結局そんな彼女が配属されたテーマはジュリアとは別のグループのものだった。
静香は今、ホラー系の収録に向かっている。企画名は『アイドルドキドキ肝だめし』だったはずだ。脅かす役と驚かされる側に分かれて廃墟で何やら物騒なことをするらしい。
――静香は役作りが上手だからな、オバケ側で頑張ってくれるか?
プロデューサーの言葉が彷彿とされる。ほら、やっぱり特技……向き不向きじゃないか。思わず眉間に皺が寄る。
「あたし、料理は苦手だって言ったことあったよなあ」
そもそもなんでウチらの役職は当日発表なんだ。
彼が何かの間違いで料理担当に任命をしたのかと電話越しに食って掛かったが、残念なことに決定は覆らなかった。ため息交じりに海を見つめる。ジュリアの心とは裏腹に平和に凪いでいる。
先ほど考えた通り、メンバーのロケ地へのキャスティング及び配属にもそれぞれれっきとした理由があり、それらは納得のいくものばかりだった。だからこそジュリアには解らない。
――料理をすることで、あたしの個性……あたしの魅力ってのが伝わるのか……?
苦手を克服する
一体全体料理のどこに自分を輝かせる要素があるというのだろう。
「ああああっ! もう……わかんないぜ」
せめて、企画説明の際に料理をすると伝えてくれればそこから一週間、死ぬ物狂いで晶也に料理のノウハウを叩きこんでもらえたのだが……今更嘆いても仕方がない。
それからジュリアは溜息と共に呟くのだ。いや、呟くというよりは口を衝いて出た。
「まあ、任された仕事を投げるのはあたしのポリシーに反するからな……。やるだけやってみるけどさ――」
☆☆ ☆☆
慌ただしさから、退屈を感じる余裕もなく。気が付けば最後の夜を迎えていた。
どうなることかと憂いていた料理は、基礎中の基礎から取り組むことでみるみるうちに上達を……ではないものの、少なくとも見る影のない惨状になることはなくなっていた。見かねてか、存続の危機を覚えてか二日目に差し入れて貰った料理本が非常に役に立った。
夕食の後、皆で火を囲み団欒していたが、やがて一人二人とテントに戻ってゆくと、ジュリアはおもむろに海岸へと降り立った。
かなり長いこと、一人で波の音を聴いていた。
暗がりの中、波が少しずつ白い砂を
「なんだかんだで、いい経験だったな」
この島に来てからは、夜が密かな楽しみだった。
その正体は天に張り付いたかのような幾億の星々。全く明かりのない場所だ。こんなに凄まじい量の星を見たのは、生まれて初めてだった。
見とれるくらい美しい。こっちもこっちで、一晩中見ていられる。
星空を見るということは、ほんのちょっとの日常からの解放である。それはテレビやスマートフォンから離れ、雑事煩わされる生活から離れ、自分の心にのみ耳を澄ませることができる時間。
「最終日だからいいか」
砂浜の上で仰向けになった。サンダルを脱いで、大の字に。
さらさらと粘り気のない、細かな砂。砂糖みたいだ。そして真っ白なそれらを
星を浴びながら、ジュリアはシアター付近の港町にて行われていた夏祭りで同期の
あの日も、星が綺麗な夜だった。
――ジュリアって、星とか詳しいのか?
――詳しいって程じゃないけど……まあ、好きかな。
どうしてそんな「嘘」が口を衝いたのかは思い出せない。ちょっと照れくさかっただけかもしれない。
「いや、まあ間違ってはいないんだけどさ」
つまらない言い訳もこの場では吸い込まれるだけだ。
ただ、それが一番の理由ではないというだけ。それだけだったら、音楽に触れる時にいつも――左頬の下に星型のタトゥーシールを貼ってなどいない。
「――――星、か」
星は。
光は、希望の象徴だ。
真っ暗闇の中にいると、人は不安になる。その暗闇の中で煌々と輝く光は人々の心を落ち着かせ、希望の想いさえ起こさせる。
「……あたしにとってのアイドルが、多分
それはバンドを解散して、夢を見失ったジュリアの前に浮かんだ一筋の光。
そして、ひとりきりになってからその導き手が現れるまでの、一年もの間。ジュリアに一瞬たりとも音楽を捨てさせることのなかった
どちらも今に結びついている。だから今がある。
上を向いて星を眺めることは、トップアイドルを目指すことにどことなく似ていた。
どちらも、夢とロマンに溢れているからだ。
果てしなく広がる世界。どこまで続いているのだろう。右も左も判らならなければ、正解だって分からない。
だけど怖くなかった。
だって、楽しみで楽しみで仕方がないのだ。ドキドキが止まらない。どんな未来が待っているのだろう。
――それが、あたしの、アイドルになった時の気持ち。
「…………これだな」
――この想いが歌になる。
ジュリアはじっと手を見つめ、握りしめた。ギターを弾くため常に整えている爪だから、力強く握っても跡が付くことはない。それでも残るくらいぎゅっと。
ひるまずに挑戦。まさに、料理と一緒だ。この地で学んだことだ。
面白いね、アイドル。
慣れた手つきでスマートフォンのボイスレコーダーを起動すると「録音」の文字に触れた。
一直線に天体と地上とを結ぶ、星降る夜に生まれた歌よ。
アイドルという新しいステージが、あたしの光でありますように。空を彩る星に
「そうだな……曲名は……」
今の光景に
まずここまで無事投稿できましたこと、嬉しく思います。
モチベをくださいました皆さま方、本当にありがとうございます。
元ネタを拾います。
言わずもがなグリマスイベント第43弾『極限!サバイバルアイランド』
先輩アイドルは当該イベントメインキャラでもあった亜美、そして『基本が大事!」のカード後方の貴音です。そこから奈緒も呼びました。
覚醒前の雪歩や、ミリシタお仕事よりまつりも書けば……と思うところはございます。
役割分担は原作通りです。恵美の進行中の台詞により、紗代子と亜里沙の衣装係、奈緒、エレナの住居(木材を担ぐ云々)、ロコは衣装ではない、杏奈の狩りスイッチ等の言及が元になっています。静香の小麦うどんもたしか恵美だった気がします。
改めて、彼女の台詞には同期を気にかけたものが多く見受けられていいですね。にゃはは。
次に歩の「ジュリアって、星とか詳しいのか?」という台詞。こちらも第47弾『納涼!アイドル夏祭りin港町』が出展となります。
ジュリアの答えもそうなのですが、それは個人的にちょっと腑に落ちていなかったので色々と妄想した挙句、『流星群』と結び付けさせていただきました。
いかがだったでしょうか?
次回、晶也の視点から『流星群』を解いてゆきます。
その二つを合わせて第一段階の『流星群』の解釈となりますので、何卒よろしくお願いいたします。
少しでも皆さまの心に響かせることができたら、ジュリアに長く触れてきた者として幸せな限りです。
感想等もお待ちしております。
2020/4/24 撫音
/26 傍点・ルビのミスの修正を行いました。