※三省堂 大辞林
「
「ああ」
昨晩。ジュリアが帰ってきたのは、予想していたよりもだいぶ遅い時間だった。
とっくに電車もなくなっている時間だから、恐らく車で送ってもらったのだろう。深夜一時。鍵を開ける余力さえ残っていなかったのか、チャイムが鳴った。一階からの呼び出しだった。オートロック式のマンションなのだ。
エレベーターを待つのも煩わしく、階段を一段とばしに降りてゆくと、入り口ですでに力尽きたジュリアがいた。まさに疲労困憊といった様子で、倒れ込むように身体を預けてくる。もう一歩も動けないらしい。ほとんど寝ている。
背中越しに感じる彼女の体温に、ドギマギしながらゆっくり歩いた。彼女の身体は、とても小さく感じられた。
部屋に連れて、靴を脱がせて。そのまま寝かせてしまおうかと考えたところで、潮の香が鼻孔をくすぐった。髪をさわさわ。べた付いている。砂もちらほら。「シャワーだけ、浴びられるか?」と、声をかけたものの、薄っすらとも開かない彼女の瞼。上下の長い睫毛がびったり組み合っているようだ。
髪の毛はアルカリ性に弱く、さらには塩のせいで水分を必要以上に吸収してしまう。海は二重の意味で危険がある。
それは女の命という言葉もあるほどだ。髪の毛だけでも洗ってあげるか……。
そして翌日。彼女は正午を過ぎた頃にのろのろと起きてくると、晶也が淹れたコーヒーを飲んでゆっくりと感嘆の息を漏らしたのだった。
「んー……っ。これこれ。沁みるなあ」
ようやく帰ってきた実感が湧くよと、ジュリアは顔を綻ばせる。
微笑み返した晶也にコーヒーを淹れる習慣が始まったのは、これもまた祖父の影響だ。
祖父はコーヒーも好きだった。幼い頃から嗅いでいた
祖父に習ったギターを手放したのにもかかわらずコーヒーを淹れているのは、それが祖父が亡くなってから始まったものだからだ。使われることのなくなった手動のミルとドリッパーを引き取って以来の習慣で、焙煎は店に注文しているが、今では随分と美味しく淹れられるようになったと思う。
キッチンシンクに向かいドリッパーをゆすぎながら、ジュリアに声をかけた。
「腹減ってるだろ? 何食べたい?」
「向こうでは魚ばっかりだったから、肉がいいな」
「了解。今のうちにシャワー、浴びて来いよ」
「ん。……そうか。確か昨日あたしはエネルギー切れで……ってあれ?」
最後の「あれ?」が気になった。冷蔵庫を向いた晶也が手を止めて振り返ると、彼女は左手の指で髪を
なるほど。
「ああ、頭だけは俺が洗ったよ」
するとジュリアの綺麗に整えた眉が歪んだ。
覚えてない? 言い足すと、今度は顔を真っ赤にして、
「なっ……!? 何してんだ! ヘ、ヘンタイっ!」
「……ばっ……洗面台で髪だけに決まってんだろ! お前、乾かしてる最中も頭ガックンガックンさせて大変だったんだからな!?」
どうやらとんでもない光景を思い浮かべたらしいジュリア。
同じくそれを想像しかけて、晶也は心の中で叫んだ。んなわけあるか!
「……ちょっとくらい意識あっただろ」
「えと……そうなのか……? あ、いや、ちょっと憶えてるかも。ごめん」
記憶が追い付いてきたのか、ジュリアは途端に申し訳ない顔つきになった。意外としおらしい。
耳元でドライヤーの音でも思い出そうとしているのか、枝毛でも探すように髪を弄る彼女に、「いいさ。痛んだら大変だろ?」と笑った。
アイドルである以前に、女の子だし。なにより、盛り紅葉のような朱。彼女のイメージカラーにもなっているそれが、本当に地毛なのだと知ったのはその時のことだ。
なにカッコつけてるんだよ、と冗談めかした声が飛んでくる。「人が親切にしてやったのに」毒づいた晶也だが、こんなふうに頬が緩む感覚は、奇しくも久しぶりに感じていた。ジュリアのいない空間ではどうも時の流れが弛緩していたようだ。
「今日は一日オフなんだろ? 土産話、色々聴かせてくれよ」
彼女が脱衣所から出てくるのと、晶也がすべての盛り付けを済ませたのはほとんど同時だった。
いつも通り、両手を合わせ「いただきます」をするジュリアの向かいに晶也は座る。
――どうだった? なんて、訊くまでもなさそうだな。
思い出すだけで楽しいのか、ジュリアはとろけるような笑みを浮かべている。それだけで、彼女にとっての今回の仕事がどれほど有意義なものだったのかが伺えるのだ。何から話そうかなあ、なんて両の手のひらを見つめる彼女を、晶也もにこにこと眺める。
「そうそう! ロケ自体はもちろんなんだけどさ。あたし、料理のコツが掴めて来たよ!」
「え……? お前料理担当だったの?」
「そうなんだよ、全く」
収録に際して与えられる役割。当日まで彼女にも告げられることのなかったそれを晶也は知る由もない。なんとなく食材の調達係を担いそうだ、と予想していた。素直に「ジュリアが料理……なあ?」と、苦く笑った。
ジュリアが料理を苦手としていることは同居前から聞いていたが、それ以降も散々だったのである。
「なっ、なんで変な顔するんだよ」
「だってお前。前にカレーの様子を見ていて欲しい、って頼んだら焦がしたじゃないか」
「それはあんたが料理を知らないあたしに『見てて』なんて言葉を使うからだ」
「……なんつーかなあ」
仮に料理IQなるものがあったら、以前の彼女は50にも満たなかったに違いない。間髪入れずに発された声に思わず苦笑する。電子レンジでゆでたまごを作ろうなんて発想をしない限り笑って許そうじゃないか。
「その様子を見ると、上手くいったんだな」
「バッチリさ? 慌ただしかったけど、充実も充実。二か月分くらい年取った気分だよ」
最後まで料理係に選ばれた理由は分からなかったけどな。ジュリアは生姜焼きを器用にレタスで包むと一口に頬張った。
ジュリアの配役。正直なところ、晶也からしても確かにあの若手のプロデューサーは冒険をしたように思う。しかし彼は今度も成功を疑っていなかったのだろう。やり手というか、見る目があるというか。口端を小さく吊り上げると、言った。
「放送が楽しみだよ」
「……序盤の出来は壊滅的だけど、笑うなよ?」
頬杖をついて口元を緩ませる。茶化すつもりはなかった。「そうじゃなくて」晶也は訂正する。
「料理もそうなんだけど……俺はほとんど家の中のお前しか知らないからさ」
それは外での彼女について言ったもの。
未だ世間一般からの知名度は低いといえど、互いに念には念を入れている。二人での外出の例は片手で数えられるほどだし、晶也自身一度もジュリアの仕事や活動を見たこともなかった。
「そういえば、あんたはシアターの環境とかも全然知らないもんな」
「だろ? ジュリアもレッスンとか仕事の話はしてくれるけど、同期のこと話さないし」
「なんつーか、あいつらを言葉で説明するのが難しいんだよなー……」
意図的にその話題を避けていた訳ではないらしい。同期の中ではすでにツッコミ要因の立場になりつつあると、彼女は笑っていた。それは家にいるジュリアからはあまり想像できない姿だ。
「ちょっと意外だな。お前結構ワガママなところあるし」
「……これでも、シアターの中では数少ない常識人なんだぜ」
「疑わしいね。……ま、楽しくやってるなら何よりだよ」
「放送を観ればすべてが分かるさ」
晶也は口端を小さく吊り上げながら、奇妙な心地を覚えていた。
五日間離れていただけで、こんなにも寂しくなるものなのだろうか。
「んっ……。やっぱもう一寝入りするかな……」
ごちそうさまと再び手を合わせ食器を片付け終えたジュリアが、ふわあとあくびをして、ソファの上で横になる。
「寝るなら部屋、戻らなくていいのか?」
「なんとなく、ここに居たい気分でさ。……ああ、コーヒー飲んだし、すぐには眠れないよ」
後半は喋りながら思い立ったらしい。
共に生活するうちにどちらからとなく決まったことがある。それは極力、共有スペースであるリビングにいること。
一見してそれは奇妙で居心地の悪い距離感なのかもしれない。それでも晶也には、人間の深層に根付いた生物学上的なテリトリーの意識さえ介入することがなかった。
時に思う。一人でも二人でも、寂しいときは必ずある。自分一人の孤独は変わらない。でも二人で居ることで「必要以上に落ち込まなくて済む」ということも絶対にある。きっと、そういうことだ。
事実として、ジュリアとの日々は心安らぐものである。
テレビのある壁側を向いたソファ。一度腰を落ち着けるとなかなか立ちあがれないもので、二人とも座っているときは、冷蔵庫から冷たい飲み物を持ってくるのも、お菓子を用意するのも、テレビやエアコンのリモコンを取るのも、その都度じゃんけんをして決めていた。
「ここで横になってると、あたしが来た時にあんたが寝てたのを思い出すよ」
「もう一月以上経ってるって、妙な心地だよな」
日々の暮らしというのは些細な何かの積み重ね。人は時としておかずの味付け一つでいがみ合うという。
それなのに、晶也には一度として彼女との時間に嫌気がさしたことがない。軽やかな手つきで雑誌を捲る彼女の横顔を眺め、仲の良いきょうだいがいたらこんな感じなのだろうかと考えることも少なくないほどだ。
「テレビでも点ける?」
はじめ、その静けさから発したその言葉は、いつしか約束文句と化していた。リビングに居るときはテレビの内容をなぞりながら言葉を交わすことが多い。クイズ番組であればその答えを一緒になって考えるし、生活の知恵や雑学の番組では二人して「知らなかったなあ」と感嘆の太息をつく。
「今日は大丈夫」と彼女は言った。
「土産話はたっぷりあるみたいだな」
「そんなとこ」
ジュリアはあどけない表情になってそっと笑う。
――ダメかなあ、俺。
☆☆ ☆☆
「実はさ、曲が完成したんだ」
しばらくロケについての思い出話を聞いていたが、やがて、ジュリアが口にしたのはそんな言葉だった。
「マジで?」
ジュリアは二度も頷いて見せた。マジマジ。
彼女がアイドルとして立つステージで歌う曲を自作していることは知っていた。彼女は順調だと言っていたが、歌詞については少し迷いがある様子だったことを憶えている。ロケの最中に何か、閃いたのだろうか。
「よかった。おめでとう」
「サンキュ。……そこにあたしの手帳があるだろ? そう、棚のところ。殴り書きなんだけど、歌詞が書いてある」
視線で晶也を誘導するジュリア。これか。潮水にやられたのか、表紙の赤が小口に滲んでいる。
手に取り渡すと、彼女は寝ころんだままぱらぱらと捲り、ページを指で固定しながら晶也に返してきた。「見ていいの?」「もちろん」そんなやり取りを交わして視線を落とすと、一番上の言葉……題名が口を衝いた。
「『
「……ああ。今のあたしの気持ちを表すのに、これ以上の題は思い浮かばなかった」
ジュリアははっきり頷いた。
アイドルになった時の気持ちを込めたのだと、彼女は話し始めると止まらない。
胸の内に高ぶるものを抑えきれない。そんな様子で碧い瞳を、おもちゃ屋を目前にした子供のようにつやつやと輝かせる。初めからあったのかわからない眠気もすっかり消え去ったようだ。つられて晶也も顔を綻ばせた。
一つ前のページには試作段階の歌詞が書かれていた。文字が透けて見えていたのでつい捲ってしまったが、彼女から咎める声はない。こっちも読んで構わないのだろう。
矢印や訂正線でいっぱいの歌詞を一通り読み終えると、もう一度冒頭部分に目をやる。修正されている箇所は幾つもある中、ただ一点だけに疑問を感じた。疑問というにはほんの些細な、違和感。
Aメロの、本当に最初の部分。――ほんの一部の修正に。この
「……なあ、気になったんだけどさ」
ぽつんと呟くように問いかけていた。なんで……。
「――――空を彩る星に乗って」
修正前は、空を彩る星に
「……どんなメロディかは知らないけど、この二つに音の違いはないよな?」
節を付けず声に出してみてから、やっぱり、と思った。
そこにあったのは、母音を伸ばすか伸ばさないかの差。歌う分に、聴く分には影響しない些細な一音。明確な意思をもって彼女がそこを書き換えたことが容易に推測できてしまう。不思議に思った。
そもそも晶也から見たジュリアは、作曲過程においていわゆる
晶也にそう推測せしめる要因は、以前一度だけ彼女が聴かせてくれた『未完成の曲』にあった。あの曲にはメロディしか存在していない。彼女が未完成だと言う以上、いずれは歌詞を付けるつもりで作られたのだろう。
また、普段の生活の中でも突如「今すっごくいいメロディが降りてきた!」なんて閃いている様子も見かけるし、恐らく。
曲先か詞先か、それ自体に正解はない。柔軟に「Aメロは曲先でBメロは詞先」とする手法も珍しくはないのだから。しかしながら、いかんせん先に作る方がその自由度は高くなる。だからやはり、自分の良いと思ったメロディを追求するのがジュリアのスタイル。
――って、思ってたんだけどな。
だからこそ彼女がただ
流星群。それは数多の流れ星のこと。
流れ星に願い事を三回唱えると、それが叶う。キリスト教の文化から発祥してこの国にも伝わったそれは、誰しもが子供の頃に教わったような言い伝えだ。『願い事』『唱えた』そんな歌詞から、ジュリアがそれを意識しながら作曲をしただろうことも連想できる。
「換える前の『祈って』の方が歌詞全体のイメージにも合致してる気がするっつーか」
どうしてわざわざ替えたのだろう。
今ひとつぴんとこなかった。身体を起こしたジュリアを凝視する。「……最初はそうだったんだよな」
修正とは、つまりそういうことだ。
諫めるわけでもない口調の晶也に向かって、ジュリアはふっと真顔になった。
「晶也はさ。流れ星の言い伝えの由来、知ってる?」
質問だった。
晶也は僅かに肩を竦め、自分の推測が正しかったことに安堵する。そして答えた。
「星が流れる一瞬にでも唱えられるくらい、常日頃からその願い事を、夢を考え続けていろ……みたいな意味、だったよな」
強い想いが胸にあるから叶うということ。ずっと想っているからこそ、あの僅かな時間であっても言葉にできる。それが言い伝えの由来。根本的な意義だ。視線を送ると彼女は大きく頷いた。
「その通り。でもそれ、あたしにはちょっと合わないかな……って思ったんだ」
晶也は、合わない、と声に出さずに口の中だけで呟く。返事をするより、続きを聞きたい欲求がまさっていた。
「……あんたなら、分かってくれると思うんだけど……ただ祈るだけってのはあたしの性に合わなくってね」
ジュリアはにっこり笑った。そして、再び真顔になった。
「夢を実現させたいって想いは嘘じゃない。だけど、あたしにとって夢は『叶うもの』じゃなくて……『叶える』もの」
――夢とか、希望とか、願いとか。
「祈るだけじゃなくて……叶えるために歌いたい。……そう思ったんだ」
星に祈るは、引き寄せること。
星に乗るは、自らが迫ること。
それは渇望といえるほどに前向きな姿勢。だからだよ、と微笑むジュリア。
りゅうせいぐん。
響きが一際遅れて、身体の底に届いた。
いつかの声がすぐそばで蘇った。ジュリアの声だ。夢を語ろう、夢を実現するために。
夢とか、希望とか、願いとか。
それらに対して強烈な想いを持つ。それが強ければ強いほど、言葉へ……行動へと反映される。
――お前、本当に自分の一番の魅力がそういうところだって気付いてないのかよ。
彼女の瞳には、何が写っているのだろう。ふと覗き込みたくなる衝動。晶也はこらえ切れずに肩を震わせた。
いや、違うか。それが、ジュリアにとって当たり前のことだからこそ、ジュリアは魅力的なんだよな。
「……そっか、そうだな。相変わらずかっこいいよ、お前は」
「ん。……なんかむかつくな」
馬鹿になんてしてないよ、とおどけてみせた。「ほんとに誉めてる」
打算の元での経験は自分には刻まれない。
過程が気になったのだろう。それはなかなか首を縦に振ってくれなかった父へと、気持ちを伝える手段として結果を追求したときに通ずるものがある。なんだか、わかるような気がする。
本心だから熱が入る。本気だから、遠くまで響く。
歌の話だ。今も昔も、日本語の歌詞は直接的に感情を表現するのではなく、心の中で思っていることや感じていること、あるいは伝えられない思いを間接的に表現したものが多く観察されるという。恋の歌なんかがその最たる例だと思う。
ここでは『流星群』も例外ではなく文字の羅列だけを見れば、内面を表現するもの、あえて一定の単語を明示しない、抽象的な表現が多い。
しかし彼女の攻撃的なまでの歌い方、文字通り感情を歌声に乗せることができるジュリアならではの歌だと思った。
そしてそれを可能にしているのがこの曲に於いて一貫するテーマ。
「……なあジュリア」
「ん?」
彼女が曲を完成させる以前から、しばらく、気になっていたことだった。
「
なんとなく、星に縁のある少女だと思っていた。それは普段彼女が軽めのパンクメイクをしているせいかもしれない。
かき上げた髪型と星型のタトゥーシール。たまに目元を弄っていることもあるジュリア。曰く「気合が入る」とのことで、レッスンに出かけるときやギターを弾くときにはそのスタイルでいることが多い。
直接本人に伝えたことはないが、晶也はそこから覗く程よい日焼けが感じられる額が好きだ。
一般にタトゥーシールの柄というのは、星のみならず薔薇に
しかし、『流星群』で、はっきり彼女が星を求めているのだと分かった。
ひとえにロマンチストなだけではないだろう。
星を希求する意味。端的に考えれば、それは人気のある者の象徴だ。アイドルでトップを目指すことも、そう。『ロックスター』や『スター俳優』のように、星のような輝かしい存在であることからいつしかそう呼ばれるようになったそれを、彼女が熱望していることは明白である。
訊くと、一瞬、ジュリアは身体を硬くした――ように見えた。
「……まさか、あんたからもその質問をされるとはね」
「やっぱ、ロックスターなどに掛けてるの?」
それには言葉を濁される。「まあ、それもあるけどさ」
他に何かあったっけ。晶也がふと目を伏せると、
「ステージの光は、まるで星みたいだって思わないか?」
声色は問いかけるように、優しくい
――ステージ、か。
「眩しい光が、激しい音がさ……まるで星のように降り注いでる。星空の下で歌ってるんじゃないかってくらいに
何千という観客を前に歌うジュリアが見られるほどの光を、晶也は浴びたことがない。
しかし、彼女が語る光景がまるで自分が見たかのように頭の中に広がった。
「あの光を目印に進もうって思わせてくれる。……ほら、さっき歌詞の話をしたときに光は希望の象徴だって言っただろ?」
「……そうだな」
「あたしが星を好きだって理由は、きっと、そういうことだ」
そうだった。
ジュリアは、そういう人だ。
「よっぽど綺麗だったんだな、向こうの景色」
「ホント。……贅沢な夜空だった。あんたもいつか連れてってやりたいよ」
「あはは、無人島は御免かな」
「えー? 行こうよ。あんな星空の下で歌えたら、最高だぜ?」
「じゃあそん時の旅費は、全部お前の稼ぎでな」
ジュリアは、歌を愛する星の下に生まれたに違いない。
その時晶也はふと、そんなことを思った。
「そういえばさ、あんたの名前もそうだよな」
そんな彼女との間に横たう沈黙が決して嫌いなものではないと再認識していた頃に、心持ち暖かな声がこちらに向けられていた。何が? と訊くと、「晶也の『晶』って文字」と返ってくる。
「知らない? 『晶』には『明るく、きらきら輝く』って意味があるってこと。『星』を表す『日』が三つ重なって出来た文字らしいんだけど」
「……よく、知ってるな」
知らないはずがない。誰しもが幼少期に、自分の名前の由来を聞かされるだろう。小学生の時の課題で出されて、改めて尋ねた経験も晶也にはあった。マス目の印刷された藁半紙の匂いを思い出していると、ジュリアは「まあな」と、笑って見せた。
祖父が命名してくれたものだった。
すぐに返事をしなかったのは驚きのためだった。
いくら星が好きだからって、そこまで詳しいことあるか――とまで訝しんだはずの晶也がしかし、彼女が本当に星が好きなだけなんだと、そういう
「だから、あたしはあんたの名前も好きだな」
ジュリアが吐息と共にそう囁いたからだ。それは慈しむような声色だった。
「……すぐそういうこと言う」
晶也の声は揺れる。視線が静かに交わう。
その気持ちに光が灯るのは、きっと。
それからのジュリアの活躍は目まぐるしいものだった。
持ち込んだ『流星群』は大変評価され、レーベルはすぐさま編曲作業に取り掛かってくれたという。ジュリアも混ぜたリハーサルを幾度か行い、
一月もすれば、夏休みも終盤に差し掛かる。『生っすか!?』の放送時期だ。「今日だけはあたしが」と、張り切って夕食の支度を始めたジュリアは真剣そのもので、全然後ろを振り向く気配がない。
いざテーブルに並べられた品々は、見たことも無いような斬新さがあるわけでもなく、一般家庭向けの料理本に載っているようなものばかりだったが、丁寧に、心を込めて作られたことが一目で瞭然たらしめた。
以前にも、オフの日にキッチンに向かい夕食を振舞ってくれたことがあるが、その時よりも包丁の扱いに手慣れた様子だった。今でもどこかで練習をしているのだろう。これからは立派な趣味だと胸を張っても良いのではないだろうか。
……というのも765プロ公式ホームページの、所属アイドルジュリアのプロフィール。趣味の欄が空欄だからだ。
それについて、彼女を少しでも知る者であれば「ギターは違うのか」と尋ねるだろう。晶也とて例外ではなかった。
――趣味というか、楽器は生活の一部なんだよな。
自分たちが人間である限り空気や食料のように、音楽も必要不可欠である。
彼女にとっての音楽とは、歌うこととは
だから、音楽に係わるアイドルという新しい舞台で成功するのも必然なのだ。そう思わずにはいられない。
――ホントに凄いヤツだよ。
それに、もともとライブ志向の強い彼女にとってもシアターという居場所はうってつけなのだろう。充足感に満ちた表情で毎日帰ってくる。
ただいまとおかえりを言い合えること。それが今や待ち遠しい。
相変わらずソファに並んで過ごす日々。何も起こらない、平凡な日常。それでいい。
ぎゃあぎゃあ言い合いながらたこ焼きをしたり、餃子を握ったり。互いの情けない顔を見て笑いあうこともある。
たまには
そんな関係が
ずっと、気になっていたことを自分なりにまとめた結果です。
『空を彩る星に祈って』の説を提唱されている方を私はお見かけしたことがありませんでした。Twitterでサーチをしても、誤植や聴き間違いが故のものしかヒットせず、ずっとずっと、これを共有したい場を探していました。
この場にて皆さんにお伝え出来ること、本当に嬉しく思います。
もし、お知り合いの方にいらっしゃいましたら、また読者の皆様がそう詠んだことがおありでしたら、深く深く語り合いませんか。
Twitter @natsune_naon お待ちしております。
さてここまでお読みくださいました皆さま、改めてお礼申し上げます。
物語としてはまだ三分の一ほど残しておりますので、まだまだお付き合いくださると嬉しいです。
正直文章の質としては相変わらず低いのですが、それでもこのような感じでのちの曲も読み解いていく所存です。
もっとも『プラリネ』と『スタートリップ』につきましてはこの作品全体を通してそれの解釈となりますが……。
改めて詳しい解説等は全てを投稿し終えました後に、後書きとしてクソでか感情をぶつけますのでよろしくお願いいたします。
少しはTwitterにも垂れ流すと思います。
本日の更新はここまでになります。二時間強かかりましたね、本当にお待たせしました。
これからも『愛』とジュリアをよろしくお願いします!!
2020/4/24 撫音
/26 楽曲コード記載、改行を少し増やしました。