君の激情に恋をして 作:考える人
初めて
まだ幼かったとある日のこと。
僕は近所に住む、幼なじみの少女とケンカをした。
きっかけはもう覚えていない。
たしか小学生らしいくだらない理由だったと思う。
「もう知らない!
そう叫ぶ少女は、目に涙をため、射殺さんばかりの視線で僕をにらみつけていた。
普段はおとなしめな印象のほうが強かったため、その豹変ぶりにひどく驚いたのを覚えている。
でも、それ以上に、僕は別の感情に心を支配されていた。
上っ面なものではなく、本気で僕のことが嫌いだと語る表情。
怒りと悲しみの激情で、生まれつき整ったかわいい顔を歪ませる。
周りにいた友人たちが、その表情とあふれ出るオーラに怯えていた。
そんな少女を僕は――
なんてきれいなんだと、そう思ってしまったんだ。
ーーーーーー
「光ー!ちょっと来てー!」
高校から帰り、帰宅部である僕は特にやることもなく、家でゴロゴロしていると母親に呼び出される。
「なに?母さん」
「またおばあちゃんからいっぱい野菜が届いたの。いつもみたいにお裾分けしてきて」
そう言う母の手には、田舎に住む祖母から送られてきた野菜が、袋一杯に詰められていた。
「わかった。行ってくるよ」
「よろしくねー」
母に見送られ、僕は野菜を持って家を出る。
目的地は徒歩一分というかなり近場で、小学生のころからよく見知った家。
目的の家につくとその家の家主が、家の前で一枚の紙を眺めながら、買い物袋を持ってボーっと突っ立っている。
「バカでも分かるように演じたのに」
「どうしたの?景」
「あ、光!」
僕の存在に気づいた幼なじみの彼女、夜凪景は勢いよくこちらに振り向く。
「バカでも分かるよう涙を流したのに落とされたの!」
なんの話だろうか?
そう思っていると、景は持っていた紙をこちらに見せてくる。
「『オーディション』『不合格』……ああ、審査落ちちゃったんだ」
「そうなの。ちゃんと演じたつもりだったのに……」
たしか少し前に、役者のオーディションを受けるという話を、景がしていたことを思いだす。
5次審査くらいまではとんとん拍子で受かったみたいだが、何万人と受けるオーディションで最後まで残るのは、さすがに景といえども厳しかったらしい。
「もしかしてオーディションの内容って、悲しい演技とかだったりした?」
僕の質問に、景は驚きの表情を見せる。
「どうしてわかったの?」
「何日か前から、『悲しみ』の感情がずっと残ってたから」
景はよく感情を引きずる。
いや、別の感情を忘れるといった方がいいのだろうか?
とにかく、景が映画を見て悲しい感情になったら、映画を見終わってもそれがずっと残る。
数日間その感情が残り続けることだってざらにある。
オーディションがあったということで、もしかしたらと思ったが、どうやら僕の推測は当たっていたようだ。
「ダメね。リセットしなくちゃ、この感情」
「ルイくんとレイちゃんにバレないようにね。お姉ちゃんの泣いてるところなんて見たくないだろうし」
「ん、気をつけるわ」
「あ、そうだ。これお裾分け」
本題を思い出した僕は、持っていた野菜を景に見せる。
「といっても、ちょうど買い物に行ってきたところだったみたいだけど」
「ううん、嬉しいわ。いつもありがとう。おばさんにもありがとうって伝えて」
「了解。じゃあね景、また明日学校で」
「もう帰るの?野菜持ってきてくれたんだし、ご飯食べていけば?」
「ありがたいお誘いだけど、帰って用事があるからやめておくよ」
「そう……わかったわ。また明日」
「うん」
目的を果たし、僕は景と別れ帰路につく。
家に帰ると、僕はすぐにベッドへと倒れこむ。
そうして思い出すのは、先ほどの景の顔。
何日も前から、本物の悲しみの中にいた景。
審査に落ちたことで、多少なりともショックを受けていたあの表情――
鼓動が速くなっていくのを感じる。
ダメだ、治まれ、これは抱いてはいけない感情だ。
僕は今日も、芽生えた気持ちに蓋をする。
見ててハラハラする不安定なキャラが好きです。
6巻の阿良也くん大好き。