君の激情に恋をして 作:考える人
景の言葉から何かを得たらしい阿良也さんは、満足した様子で帰っていった。
僕、アキラさん、景の残った三人はまるでお通夜状態。
特に景はかなりショックを受けている。
それは先ほどの思いを引きずったものではなく、役者として力量の差を見せられたショックだった。
静まり返っていた部屋だったが、しばらくするとポツポツという音が鳴り始める。
「雨……」
この時僕は、阿良也さんが傘を持たずに出ていったことを思いだす。
「僕ちょっと阿良也さんに傘渡しに行ってくる」
ついさっき出ていったばかりだから、今すぐ追いかければ間に合うだろう。
「私も行くわ」
「大丈夫、景はゆっくりしてて」
自分も立ち上がろうとした景を手で制し、自分だけで行くことを伝える。
正直に言うと、今は景と二人になりたくなかった。
片手で傘をさし、もう一方の手で阿良也さんに渡す傘を持って外に出る。
ちょっと走ると、すぐに阿良也さんの背中が目に入った。
「阿良也さん!」
僕の声に気づいた阿良也さんは振り返る。
すでに阿良也さんはびしょびしょで、手遅れな気もしたが、持っていた傘を差しだす。
「この傘使ってください。僕が百均で買った安物なんで、特に返さなくても大丈夫です」
阿良也さんは傘を受け取るが、それをさそうとせず、僕のことをじっと見つめていた。
「あの……阿良也さん?どうかしました?」
「園山君……君の臭い、前に嗅いだのを覚えてるよ」
「……?どこかで会いましたっけ?」
「俺も最初は気づかなかった。でも、
何の話だろうか?
阿良也さんの言いたいことがまったく理解できない。
「君からは――
二人分の臭いがする」
その言葉を耳にした時、身が凍った。
「会ったときは何も感じなかった。どこにでもいるような、記憶に残ることのない平凡な臭い。だから俺も気づけなかった。でも、俺が夜凪に質問し始めた時、もう一つの臭いが生まれた」
なんだ?この人はどこまでわかってるんだ?
「最初こそ、新しく生まれた臭いは小さかったけど、質問を重ねていくにつれ強い臭いになっていった」
……やめろ。
「徐々に大きくなっていったその臭いは、初めの臭いと混じり合い、また一つになっていった」
…………やめてくれ。
「その臭いは、平凡とはほど遠い。今まで嗅いだことのないほど、どす黒い
お願いだから、それ以上僕を暴かないでくれ!
「夜凪に質問したとき、堀君からも出ていた怒りの臭いを、君からは微塵も感じなかった。それどころか、喜んですらいたよね?」
――ねえ、本当に夜凪のことが大切なの?」
僕は持っていた傘を投げ捨て、阿良也さんの胸ぐらを掴む。
そして……そして?
僕はこれからどうするんだ?
なんで、景の時に僕はこうしなかったんだ?
阿良也さんの言っていることに、
なんだ……僕は結局、自分可愛さに怒っているだけじゃないか。
こんな僕に、他人を怒る資格なんてあるわけがない。
掴んでいた手を放し、僕はただそこに立ち尽くす。
「夜凪のことが大切なら、君は夜凪から離れた方がいいよ。君の抱える
不幸に、か。
そんなこと――
「わかってますよ。僕が一番、誰よりも、わかってる」
僕は小さな声で、負け惜しみのようにそうつぶやくことしかできない。
阿良也さんが去ってしばらくの間、何もせずただ、冷たい雨に打たれていた。
その後、景の家に戻ると、景が慌てた様子で近づいてくる。
「どうしたの光!?びしょ濡れだわ!」
「……え?あ」
思った以上に、阿良也さんに言われた言葉がきいたみたいで、僕はびしょ濡れになっていることにも気づいていなかった。
いや、気づいてなかったというより、気にならなかったというべきだろう。
「途中で傘落としちゃって……」
自分でも厳しい言い訳だと思う。
「とにかくすぐにお風呂沸かすから。このままじゃ風邪引くわ」
「別にいいよ。このまま帰って――」
「ダメ!ほら早く!!」
だめだ、まだどこか頭がボーっとしてる。
張り上げる景の声が、少し遠くに感じる。
僕はなされるがままに、景にお風呂場へと押し込まれる。
景の家のお風呂に入るのは久しぶりだ。
たしか中学生の時、一緒に入りたいってわがまま言い出したルイくん達と入って以来だっけ?
シャワーを浴び、湯船につかると、冷えていたからだが温まっていくのを感じる。
反対に、頭はだんだんと冷えていく。
『服乾かしておいたから。ここにおいておくわ』
浴室を隔てる扉の向こうから、景の声が聞こえてくる。
「ありがとう」
『いいの。普段から光には迷惑ばかりかけてるから』
迷惑だなんて……そんなこと微塵も思ってないのに。
「ふー」
大きく息を吐き、感情を無理矢理リセットさせる。
剥がれてしまった仮面を、もう一度しっかり付け直さなければ。
僕は園山光。
景は大切な友人で、景の嫌がること、景が悲しむようなこと、景を怒らせるようなことは絶対にしない。
不必要な自分は消してしまえ。
優しくて、落ち着いてて、冷静で、なんの問題も起こさない優等生。
それが
……うん、よし。
これでもういつも通り。
お風呂から上がったら、また優しい笑顔で景に……
冷静になった頭で、僕は改めて今の状況を顧みる。
……いや、まずくないこの状況?
なんで僕は当然のように、同級生女子の家の湯船につかってるんだ。
しかも好きな子の。
いくら弱ってたとはいえ、なんで何も疑問を感じなかったんだ僕は。
というか景も景だ。
少しは警戒心というか、そういうのを持ってほしい。
景が恋愛とかに疎いのはよく知ってるけど、僕をお風呂に入れることに、一切躊躇がないのはどうかと思う。
わざわざ服まで乾かしてくれて。
あれ?パンツって――だめだ、考えるのをやめよう。
しっかりと温まってから、きちんと折りたたまれていた服を身にまとい、景やアキラさんのいる居間へと向かう。
きっと景は何とも思っていない。
だから僕も、普段と同じ態度で冷静に対応しよう。
いつも通り、いつも通り。
「景、お風呂ありが、と……」
お風呂場から居間へと繋がる扉を開いたとき、僕は思わず絶句する。
そこには、
「あ、光。
そう言って僕に百城さんを紹介する景は、嬉しさと戸惑いが入り交じる複雑な表情をしていた。
緊張からか、声も少し震えている。
「……友達?」
「うん、光っていうの。役者以外では唯一の友達」
百城さんの疑問に、景は間髪入れず答える。
「へえ……そうなんだ」
じっくりと観察するように、百城さんは僕を見つめてくる。
なんだろう、何もしてないのにすごく後ろめたい気分になる。
「百城千世子っていいます。
にっこりと、完璧な表情で百城さんは僕に笑いかける。
「……ハジメマシテ」
今日は厄日だ。
次回、修羅場。デュエルスタンバイ!
メガネキャラが好き。普段メガネかけてないキャラが伊達メガネかけるのも好き。メガネってかけてるだけで知性を感じさせる。けど見た目だけで実はアホの子みたいなメガネも好き。戦闘でメガネにひび入るのが好き。普段は目が見えない系メガネなのに真面目な感じになったら透明になって目が見えるの好き。朝起きて手探りでメガネを探して付ける瞬間が――