君の激情に恋をして 作:考える人
ずず……と、お茶を飲む音がやけに大きく聞こえる。
僕、景、百城さんの三人は一つのテーブルを囲んで座っていた。
ちなみに、アキラさんは僕がお風呂に入っている間に帰ってしまったらしい。
できればいて欲しかった。
「……景、僕そろそろ帰――」
帰る、そう口にしようとした瞬間、百城さんと目が合った。
『帰るな』
百城さんは何も口にしていない。
ただ綺麗な笑顔を僕に向けている。
にもかかわらず、僕は確かにそう聞こえた。
「ところで、夜凪さんは光君と付き合ってるの?」
「「付き合ってないよ(わ)」」
「ふーん」
僕と景の声がもろ被りしてしまい、百城さんの声のトーンが一段低くなる。
なんだろう、この火に油を注いでいる感覚。
百城さんの感情はすごく読みづらいためわかりにくいが、もしかして怒っているのだろうか?
「でもすごく仲良さそうに見えるよ。長い付き合いなのかな?」
まずい、一番聞かれたくない質問だ。
そもそも、僕がこんなにも居心地の悪さを感じているのは、景と友達であることを黙っていたからで。
景のサインまで要求しておいて、黙っていたのはさすがに申し訳なかったと思っている。
「その、僕と景は――」
「私は夜凪さんから聞きたいな」
お前は黙ってろ――そう言われた気がした。
こうなったら少しでも穏便に済むよう、景が誤魔化してくれるのを期待するしかない。
仲良くなったのは最近だとか、家が近いだけだとか。
僕は景に対して必死にアイコンタクトを送る。
景もそれに気づいたようで、わかったわというふうに頷く。
事情を知らないはずの景だが、なんとか僕の意図をくみ取ってくれたらしい。
やはり長年の付き合いで、通じ合うものがあったみたいだ。
「私と光は幼いころからすごく仲良しで、小中高とずっと一緒だったの。今日みたいに家にもよく来てるわ」
ダメだった。
何一つ伝わってなかった。
景は一体何のアイコンタクトだと思ったんだろう。
完全にただの仲が良いですよアピールだ。
「ふーん」
「ルイとレイ……あ、弟と妹なんだけど、その二人とも仲良しで、しょっちゅう遊んでもらってるの」
「ふーん」
「千世子ちゃんと一緒に行けなかった演劇、光も一緒だったの」
「ふーん」
「落ちちゃったけど、スターズのオーディションでは応援に来てくれて――」
やめてやめてやめて。
さっきから百城さん『ふーん』しか言ってない。
顔は景の方を向いているのに、目だけは流し目でずっと僕の方を見てる。
どうしよう。
やっぱり黙ってたこと怒ってるのかな?
でも僕と百城さんが知り合いだったことは、百城さんも景に話す気なさそうだし、後でラインでもしてちゃんと謝罪しておこう。
とりあえず今回は隙を見て逃げる。
間違って二人きりになんてなってしまえば、目も当てられない。
「あ、そうだわ」
景が突然、何かを思い出したというように声を上げる。
「お風呂沸かしてたんだった。ついでに入ってしまわないと」
「じゃあ夜凪さん先に入ってきなよ」
え?
「千世子ちゃんはお客様なんだから、千世子ちゃんが先に……」
「いいよ、夜凪さんが先で。私は光君と仲良くおしゃべりでもしてるよ」
え?
「でも……わかったわ」
お願いだからもうちょっと粘って。
「光、千世子ちゃん綺麗だからって手を出しちゃダメだから!」
「出さないよ」
なんてこと言うんだ。
人の気も知らないで。
とんでもないセリフを吐いて、景はお風呂場へと行ってしまう。
そして、残ったのは僕と百城さんの二人だけ……
「……」
「……」
沈黙が辛い。
全然仲良くおしゃべりなんて雰囲気じゃない。
尋問されている気分だ。
「何か言いたいことある?」
「……言うタイミングがなくて」
「サインまで要求したのに?」
ぐうの音も出ない。
「ごめん……」
「普段からお風呂入ったりするくらい仲良いの?」
「いや、お風呂に入ってたのはほんと偶然で」
「その割には、慣れた感じでお風呂から出てきたよね」
行動が完全に裏目に出てる。
やっぱり今日は厄日だ。
「フフフ、こういう感情なのかなあ」
僕が返事に困っていると、百城さんは急に笑い出す。
そのまま立ち上がり、僕の隣まで移動して腰を下ろした。
「どうしたの?」
「……」
百城さんは僕の質問に答えない。
その代わり、百城さんはゆっくりと手を伸ばし、僕の頬に百城さんの小さい手が触れる。
僕と百城さんの視線が重なる。
一瞬、呼吸が止まったような錯覚が僕を襲う。
重なる視線を逸らせない、逸らそうとも思えない。
「『あなたが見てるのは私じゃない。私はこんなにもあなたのことを見てるのに』」
脈絡も何もない唐突な言葉。
どこかそれは加工されているようで、ドラマの中のセリフのようだった。
「『私の隣にいてくれないのなら、いっそ殺してしまおうか。あ、でもそうすると、このぬくもりまで消えてしまう……それは寂しいなあ』」
僕に投げかけられた言葉なのに、誰か別の人間に向けられているような言葉。
でも、その怒りは間違いなく僕に向けられている。
殺されるのか……ああでも、それも――
「いてっ!」
わずかに遠くなりかけていた意識が、痛みによって引き戻される。
最初は添えられていただけの百城さんの手が、僕の頬を引っ張るようにつねっていた。
「痛い痛い。何するの百城さん」
「私に嘘ついてた罰」
「さっき謝ったのに……」
「許してほしかったら、今度私の言うこと一つだけなんでも聞くこと」
なんでもって……またえらくアバウトな。
でも今回は僕に非があるし、それも仕方ないか。
「わかった。約束するよ」
「うん、約束ね」
そう言って百城さんは、やっと僕の頬から手を離してくれた。
けっこう強くつねられていたのではないだろうか。
まだ少しヒリヒリする。
「さっきの演技、どうだった?」
とりあえず百城さんの怒りは収まったのか、いつもラインで話しているみたいに、演技の是非について僕に問う。
やっぱり、さっきのはドラマかなにかのセリフだったみたいだ。
本当のことを言うと、さっきの演技について、あまり感想を言いたくない。
でも以前、演技についてはちゃんと答えると約束してしまった。
だから、
「よかったよ、すごく。
君になら、殺されてもいい――そう思えるほどに」
自分は今、どんな顔をしているのだろうか。
ーーーーーー
「千世子ちゃん、次お風呂どうぞ……あれ、光は?」
夜凪がお風呂から上がり、居間へ向かうと、そこにあったのは千世子の姿のみ。
光の姿はどこにもなかった。
「光君ならついさっき帰っちゃったよ」
「そうなの」
実際、もう夜も遅いので何も不思議なことはない。
むしろ自分の都合で呼び出して、こんな夜中まで引き留めてしまったことに、夜凪は申し訳なさを感じる。
「やっぱり、光には迷惑かけてばかりだわ。千世子ちゃん、光とは何の話してたの?」
「……」
夜凪が千世子に尋ねるも、千世子はどこか上の空といった状態だった
「千世子ちゃん?」
「あ、そうだね。小さいころの夜凪さんの話とか聞いたよ」
「え、私の話?」
「うん、夜凪さんは昔からまったく変わらないって」
自分の知らないところで自分の話をされていたことに、夜凪は少し恥ずかしさを覚える。
何かおかしなことを話してないだろうか――そんな心配をしていると、今度は千世子が夜凪に尋ねる。
「ねえ、夜凪さんが初めて私と会った時、顔が視えないって言ってたよね。光君相手でも、顔が視えないって思ったことある?」
その質問に夜凪は少し考える。
小中高、昔のことを思い出してみるも、千世子に対し覚えた感情を、幼馴染に対し覚えた記憶はなかった。
「思ったことないわ」
だが、過去を振り返ったことで、夜凪は
小学生の時の幼馴染と現在の幼馴染。
その二つを比べるとわかる明確な違い。
いや、違いなんてものではない。
夜凪にとってその二人は、もはや完全に
変わり始めたのはいつ頃からだっただろうか?
そんな疑問が夜凪の頭に浮かぶが、小学生のころと比べれば人が変わるのも当然かと、自己完結して納得する。
改めて夜凪は千世子の方を見ると、やはりまた上の空だった。
「どうしたの千世子ちゃん。さっきからボーっとしてるわ」
「ごめんごめん。光君って、
千世子のその言葉に、夜凪はどこか違和感を覚える。
しかし、何に違和感を覚えたのかまではわからない。
ただ、楽しそうに幼馴染のことを話す千世子に対し、感じたことのない思いを夜凪は抱いていた。
敵組織の幹部会議が好き。個性の強すぎる面子がケンカし始めて、会議自体が崩壊しかけているところに、カリスマ性のあるボスがぴしゃりと黙らせるのは様式美。