君の激情に恋をして 作:考える人
負の感情が好き――それは、もうどうあがいても否定できない事実だ。
だからといって、負の感情を見せられれば、誰かれかまわず好きになるわけじゃない。
ドラマや映画で、感情を爆発させる役者を観ていいなと思うことはある。
学校で泣きじゃくる子を見て、かわいいなと思うこともある。
でも、それだけで好きになったりはしない。
僕が今まで、つい手を伸ばしてしまいそうになったのは景だけだ。
自分を見失いそうになるのは、景の生み出す激情だけだ。
離れたくないと思ったのは、怒りと悲しみに飲まれそうになる景の隣だけだ。
なのに――
『いっそ殺してしまおうか』
百城さんからそう言われたとき、演技だとわかっているにも関わらず、
景以外から向けられる感情で、あれほどの心地よさを感じたのは初めてだった。
おかしい、おかしい、おかしい。
一体僕はどうなってるんだ?
百城さんに、景ほどの強い激情があるとは思えない。
ならなんで……
わからない、自分のことがまるで。
あの日からしばらくたった今でも、僕の心は整理できないまま。
こんなことは、まだ自分の醜さを自覚できていなかった中学生のころ以来だ。
本当は気づいていたくせに、それを見てみぬふりしていた自分。
『君が向き合おうとしないその感情は、君が思うよりよっぽど美しいものだ』
「ああくそ」
百城さんのことを考えていたら、嫌なことまで思い出してしまった。
景の過去とは違い、心の底から忘れたいと願う記憶を。
ベッドで寝ころんでいた僕は、気を紛らわせるように上半身を起こす。
とにかくあんなことがあった以上、もうあまり百城さんには会わないようにしないと。
そうそう会う機会もないだろうけど。
景みたいに、離れ難くなってしまってからでは遅い。
――コンコン
それは、僕の部屋の窓がノックされる音。
もう夜も遅いし、家族も部屋の中にいる。
普通ならば警戒してしかるべきなのだろうが、こうやって僕の部屋を訪ねる人間に心当たりがあった。
小学生のころから使っている方法で、二人だけが知る合図のようなもの。
閉じていたカーテンを開くと、やはりそこには予想していた人物が立っていた。
「どうしたの景?こんな夜中に」
「……ごめんなさい。今話せるかしら?」
そう言って僕を見る幼馴染は、見るからに弱っていた。
「うん、大丈夫。外で話そうか」
親に散歩してくると言って外に出た僕は、景と共に夜の街を歩く。
まだまだ暑さは残っており、夜でも半袖で十分な気温。
隣で歩く景は、家を出た時から一言もしゃべっていない。
「そういえば、景が僕の家に来たのって久しぶりじゃない?」
「……そうだったかしら?」
「高校入ってからはほとんどなかったはずだよ。中学の時みたいに僕を頼ることも減ったし。立派なお姉ちゃんになったってことなのかな?」
「なにそれ」
「成長したってこと」
「それを言うなら光だってそうだわ。昔はガキ大将みたいな性格だったのに、今じゃ立派な優等生だもの。一人称も今とは違ったじゃない」
「そうだっけ?もう忘れたよ」
僕の問いかけには反応するものの、やはり心ここにあらずといった感じ。
一体景は何に悩んでいるのだろうか?
僕に話すか話すまいか、まだ迷っているようにも見える。
ここは僕の方から突っ込んでみるべきか。
「――お母さんのこと、思い出してる?」
「!?」
どうやら当たりだったようで、景の目が大きく見開かれる。
「……光はなんでもわかってしまうのね」
「わかるよ。昔と同じ顔してたから」
景の母親が死んだとき、その時の景の表情はよく覚えてる。
忘れようとしても、焼き付いて消えない記憶だから。
「私、どうすればいいかわからないの。身近な人が死ぬのがわかって……でも、誰にも言うなって、役作りのためだから……」
しどろもどろで要領を得ない景の言葉。
考えがまとまっていないのがよくわかる。
「ねえ光、私は一体どうしたら――」
すがるように僕を見つめる景。
戸惑いに揺れるその瞳はあまりにも美しく、僕の理性をこれでもかと揺さぶる。
顔を出そうとする
「ごめん景。僕は役者のことはわからないから、アドバイスとかできそうにない」
「……そうよね、ごめんなさい。急にこんなこと話して」
「でも、支えるから」
「え?」
景は一度うつむけた顔をもう一度上げる。
「こんなふうに、役者じゃない僕にだから言えることもあるだろうし。愚痴でも悩みでも自慢でも、景に話したいことがあれば聞く。その上で、景がどんな選択をしたとしても、僕は景の味方になって支える」
少しくさすぎるかもしれない。
でも、これは僕の嘘偽りのない本心だ。
「だから、景は自分の思うように行動したらいい。何が大切なのか、何が必要なことなのか。たとえその選択が間違ってたとしても、景の味方になってくれる人がいることだけは忘れないで」
「光……」
「僕にはこんなことしか言えないけど」
「ううん、すごく嬉しい」
景の表情は完全には晴れないものの、幾分かマシになったのを見て安堵する。
少しは力になれたみたいだ。
「結局、光の優しさに私は甘えてばかり……どうしてそこまで私にしてくれるの?」
「そうだね……強いて言うなら、当然だから……かな」
「当然?」
「うん、僕が景の力になるのは当然ってこと」
そう、当然だ。
せめて景の役に立てなければ、僕は景の隣にいる資格がないんだから。
けれど、そもそも隣にいることすら本当は許されない。
役者じゃない時の景にとって、景を支える役目を担えるのは僕しかいない。
だからこそ、今は僕がその役についている。
でも、もし景に僕以外の相談相手ができたなら、戻るべき居場所ができたなら――
その時、景の隣に僕はいなくなる。
僕の予感でしかないけど、きっとその日は近いと思ってる。
「一か月後の舞台、絶対見に行くから」
「うん、楽しみにしてて」
好きな女の子が、僕を大切な友達だと思って隣にいてくれる。
図々しくていい、自己欺瞞でもかまわない。
罪から目を背け、考えと行動が矛盾しているのは百も承知している。
けれど、せめて今だけは、どうかこの幸せを許してほしい。
田舎すぎて最新刊が今日やっと発売されました。
異常が普通の世界で、普通を保ち続けることで異常扱いされるキャラが好き。