君の激情に恋をして 作:考える人
その日は、いつもと変わらない休日。
特別な予定は何もなく、僕は机に向かって勉強に精を出していた。
うちの学校は進学校でもないため、2年生の受験に対する雰囲気はまだまだ緩い。
こうして休日に勉強している生徒は、僕を含めてごくわずかだろう。
僕だって勉強がしたくてしてるわけじゃない。
今すぐ景を誘って遊びにでも行きたいというのが本音だ。
そういえば、遼馬と朝陽は今日一緒に遊ぶって言ってたっけ?
どうせまた進展はしないんだろうけど。
……ダメだな、少し集中力が無くなってきた。
僕は一旦ペンを置き、椅子にもたれかかって伸びをする。
「あ」
もう一度机に目を向けると、自分で置いた一枚の名刺が目に入る。
「星アリサ……」
名刺に書かれている名前を、特に意味もなくつぶやく。
前にもスターズの別の人に名刺をもらったが、僕は役者になるつもりはない。
ただ星アリサの口にした言葉は、まるで僕のすべてを見透かしたような発言だった。
景の演技を見て、つい
もっと気をつけないと。
阿良也さんもそうだったけど、役者の人はただでさえ勘がいいのに。
景の演じる役がまだカムパネルラでよかった。
もしジョバンニだったらと思うとゾッとする。
今後景が、強い怒りや悲しみを持つ役を演じることになれば、僕という存在が飲み込まれてしまうかもしれない。
「……消えるのは僕か、それとも俺か」
自分の感情を制御する。
それができるのは一体いつになるのだろう。
景から離れるだけで、単純に解決できる問題なのか。
――ダメだ、また思考が重苦しい方に行ってしまった。
すぐネガティブになるこの癖もどうにかしないと。
さて、気を取り直してもうひと勉強だ。
そう気分を切り替えようとした時、家のインターホンが鳴った。
僕以外にちょうど出れる家族がおらず、僕が玄関に向かう。
玄関の扉を開けると、少し背が低く、可愛らしい印象の女性が立っていた。
母の知り合いかとも思ったが、すぐにそれは違うとわかる。
「初めまして、スタジオ大黒天の柊です。園山光くん……で合ってるかな?夜凪景ちゃんの友達の」
いつも通りの日常、いつも通りの日々が崩れ始める合図だった
ーーーーーー
数時間前
『銀河鉄道の夜』
ひと月の公演を無事やり終えた夜凪は、次の仕事に向けて意欲満々だった。
しかし、黒山から告げられたのは衝撃の一言――
「オファーは全部断ったよ。お前にもう芝居はさせらんねぇ」
「…何言って――」
「夜凪、もう気づいてんだろ。自分の中の違和感に」
夜凪は必死に反論しようとするも、上手く言い返すことができない。
黒山の発言に、心当たりのようなものがあったためだ。
『あなたがあなたでなくなる前兆よ』
夜凪が思い出すのは、星アリサに言われたあの言葉。
形容しがたい不安が、夜凪の心のうちに広がる。
「私は役者なの!芝居をしてないと私は――」
「自分の定義を増やせ。それが芝居を続ける条件だ」
「は?」
自分の定義を増やす――その言葉の意味を理解できない夜凪に、黒山は続けて告げる。
「学校で役者じゃねえ
「友達なら光がいるわ!」
「その光くんとやら以外でだ。ちなみに、そいつに手伝ってもらうのも禁止な」
そんなの余裕よ!――半ばキレ気味に、勢いよく啖呵を切って出ていった夜凪。
その後ろ姿を不安そうに眺めながら、スタジオ大黒天自称美人制作の柊は黒山に尋ねる。
「なんで光くんじゃダメなんですか?あのけいちゃんが頻繁に名前を出すくらいなのに」
黒山の意図は柊も理解している。
しかし、光という友人ではダメな理由がわからない。
「……夜凪のやつ、公演が始まる前に言ってたんだよ。『光は私の隣にいてくれるの。いつだって、絶対に』ってな」
「良い話じゃないですか。友達通り越して、まるで恋人同士みたい」
というより、夜凪本人や夜凪家の人間に話を聞く限り、恋人関係でないほうが柊にとってむしろ不思議だった。
「だからダメなんだよ。いつだって隣にいる……そいつは言い換えれば、
一切ふざけた雰囲気はなく、深刻そうにつぶやく黒山の姿が事態の重さを物語っている。
思わず柊は息をのんだ。
「……依存ですか?」
「ああ」
柊の聞き返すような質問に短く答えると、黒山は黙って考え込む。
しばらく沈黙が続いたが、考えがまとまった黒山は柊のほうを向いた。
「柊、ちょっと頼まれてくれるか?」
「なんですか?」
「光くんとやらに会いに行ってくれ」
ーーーーーー
次の日
「友達ってどうやって作るんだっけ」
学校の屋上で黄昏れるようにつぶやく夜凪は、絶賛友達作りに難航していた。
まったく余裕などではなかった。
「私…“普通”が分からないんだ。役者なのに」
役者の人たちと友達になれたのは、同じ目的を持っていた自分を理解してくれていたから。
普通の友達作りを通して、今さらながらそのことに夜凪は気づく。
「光とはどうやって友達になったんだったかしら?」
夜凪にとって光は、いつの間にか友達になっていたという印象が強い。
そのため、いざきっかけを思い出そうとしても、なかなか思い出すことができない。
「たしか、光とは小学生のときにケンカして、気づいたら仲良くなってたのよね」
もはやケンカの理由も覚えていないが、かなり大ゲンカだったことを夜凪は記憶している。
「私は本気で怒っていたのに、怒った私を見て光が笑って、それでさらに怒って」
あんな大ゲンカをしたのは、それが最初で最後。
むしろ、それ以来ケンカすらしたことがないかもしれない。
幼馴染との記憶を思い出していくうちに、夜凪はある一つの結論にたどり着く。
「もしかして……
ケンカすれば友達ができるのかしら?」
その結論は完全に斜め後ろ。
普通とは何か?夜凪には分からない。
思考が迷子になってしまった夜凪。
そんな夜凪に一人の少年が声をかける。
「よ…夜凪さん!!」
声をかけてきた少年に、夜凪は見覚えがなかった。
「…はい、はじめまして」
「いや、同じクラスの吉岡です」
夜凪に顔すら覚えられていなかったクラスメイトの少年。
この少年こそが、夜凪にきっかけを与えることになる。
凡人キャラが背伸びして頑張るのが好き。身の丈にあってないことを自覚しつつも、苦しみつつも、最後の最後に報われて欲しい。ただし報われ方は問わない。