君の激情に恋をして   作:考える人

16 / 38
幼馴染の嘘

 

 夜凪と朝陽――つい先日まで険悪だった二人。

 そんな二人が、吉岡も含め、中庭にて映画撮影を行っていた。

 

 二人の仲が改善したきっかけは、夜凪が本気の思いを朝陽に伝えたことだった。

 

「夜凪さん、芝居ちゃんとやってよ。さっきからニヤニヤしてるけど」

 

「えっ、ニヤニヤ!?なんでかしら、ごめん!」

 

 友達と共に撮影できること、ついに明日の学際で映画が上映できること。

 それらのことが、夜凪には嬉しくて仕方なかった。

 数日前までとはまるで違う周囲の環境に、夜凪は笑ってしまうのを抑えることができない。

 

 あとは、ここに光がいれば文句なしだったのに。

 

 そんな考えが夜凪の頭に浮かび、楽しい気分がわずかながら落ち込む。

 

「というか、これフツーに間に合うの?本番明日なのに」

 

「うん。この調子なら今夜徹夜で編集したら間に合いそうだよ」

 

 朝陽の不満げな疑問に、吉岡が笑って答えた。

 

「ふーん……そういえば、なんで園山には声かけないわけ?夜凪が頼めばあいつ喜んで手伝うでしょ」

 

「あ、光はクラスの手伝いがあるから――」

 

「なにそれ?うちのクラス、手伝うような出し物なにもないじゃん」

 

「……え?」

 

 唐突に頭を殴られる。

 そんな衝撃を夜凪は受けた。

 

「それに昨日、園山自分で言ってたし。学祭の準備期間は暇だって」

 

「……」

 

 なんで?嘘?どうして?

 

 もし朝陽の言うことが本当なら、光はわざわざ嘘をついてまで、自分の頼みを断ったということになる。

 ありえない、そんなことをあの(・・)優しい光がするはずない。

 

 焦りとも、怒りともつかない感情が夜凪の中で渦巻く。

 まるで、当然のようにあると思っていた地面が崩れていくような感覚だった。

 自分のいる場所が、ひどくあやふやになる。

 

「いや、夜凪も同じクラスなのになんで知らな……夜凪?」

 

 すでに朝陽の声は夜凪に届いていない。

 

 ほとんど無意識に、自分の隣に目を向ける夜凪。

 そこに、優しい笑顔を向けてくれる幼馴染はいない。

 そのことを、夜凪はひどく恐ろしく思えた。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 三人が中庭で行っている映画撮影を、屋上から見つめる二人の少年。

 一人は夜凪の幼馴染である園山光。

 もう一人は、朝陽の思い人である花井遼馬。

 

 優等生と不良、まるで対照的な二人が並んでフェンスにもたれかかっている。

 

「いいのか?お前はあそこに交ざらなくて」

 

「いいんだよ。あそこに交ざる資格なんて、僕にはないんだから」

 

 遼馬の質問に、どこか微笑ましげな表情で三人を見つめながら光は答える。

 だがその答えは、ひどく寂しいものだった。

 

「なんだよ資格って?俺と違ってお前みたいな優等生なら、あいつらだって大歓迎だろ」

 

「……たしか遼馬、よく言ってるよね」

 

 世の中には3種類の人間がいる。

 がんばってる奴、がんばりたい奴、がんばれない奴。

 

 それが遼馬のよく口にしている言葉だった。

 

「でも、きっと世の中にはもう1種類の人間がいると僕は思ってる」

 

「へえ、どんな奴だ?」

 

「……がんばっちゃいけない奴」

 

 興味深そうに聞く遼馬に、光は少し間をおいて告げる。

 

「そいつががんばってしまうことで、がんばってる奴、がんばりたい奴の足を引っ張ってしまう。正しいことが何かはわかっている。でも、その正しいことが認められない。そんな最低で最悪な奴だよ」

 

 

 自分には手の届かない無縁のもの。

 焦がれても、抗っても、たどり着けない居場所。

 そう勝手に決めつけ、諦めてしまっている。

 

 三人を見つめる光を見て、遼馬は自然とそう感じた。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 何か理由があるに違いない。

 きっとそうだと信じている。

 

 でも、もしなんの理由もなかったら?

 ただ単に愛想を尽かされただけなら?

 光は自分のことが嫌いになった?

 

 そんな悪い想像ばかりが、夜凪の思考を支配していく。

 

 夜凪は知らなかった。

 光という存在がないことで、こんなにも不安定な気持ちになってしまうことを。

 

 だからだろうか、撮影が終わった日の夜。

 夜凪はほぼ無意識に光の家を訪れる。

 何を話すのかも決めていないが、ただ話さなければならないと感じていた。

 

 いつも通り、玄関から入るのではなく、光の部屋の窓をノックする夜凪。

 すぐにカーテンが開かれ、光の姿が目に入る。

 どうしたの景――そう言って、これまたいつも通りの言葉を、いつも通りの笑顔で光は夜凪に投げかける。

 

 その笑顔が、今日の夜凪には怖かった。

 自分に嘘をついていることは確かなのに、まるで普段と変わらないその表情が。

 何も変わらないと思えるその優しさが。

 

「……」

 

 言いたいこと、聞きたいことはいくらでもある。

 なのに、その言葉が上手く口から出ていかない。

 

「きょ、今日はいい天気ね!」

 

「……月が隠れるくらいには曇ってるけど。まあでも、明日はちゃんと晴れるらしいよ」

 

「明日といえば!光が手伝ってくれなかった映画も上映するの!」

 

 とても自然に会話を誘導できた。

 本気でそう思っている夜凪に、光は思わず苦笑する。

 

「入りなよ。話したいことあるんでしょ?」

 

 促されるままに、夜凪は靴を脱いで窓から光の部屋へと入る。

 前は何度も訪れていたが、最近はめったに訪れていなかった光の部屋。

 以前とほとんど変わることなく、きれいに整えられた簡素な部屋で、夜凪はどこか懐かしさを覚える。

 

「お茶淹れてくるから、ベッドにでも座ってて」

 

「そんな悪いわ。私が勝手に来たのに」

 

「気にしなくていいよ。ちょうど僕も、景に話したいことがあったから」

 

 そう言って、光は部屋を出ていく。

 残された夜凪はただボーっと座っていた。

 

 その時、ベッドの上に置かれていた光のスマホが夜凪の目に映る。

 覗き見るつもりはなかったのだが、ちょうどメッセージアプリの通知が入り、真っ暗だった画面が表示される。

 

 それだけならば、特に夜凪も気にすることはなかっただろう。

 だが、メッセージの送り主の名を見た時、思わずスマホを拾い上げてしまう。

 

 百城千世子――名前の欄には、確かにそう書かれていた。

 

『また前の公園で会えない?』

 

 当然スマホにはロックがかかっているため、これ以前に送られたメッセージは見ることができない。

 しかしそのメッセージだけで、ある程度のことは推察できる。

 

 まだ上手く状況を理解できていないためか、夜凪の心は穏やかだった。

 だからこそ、冷静に考えることができた。

 

 夜凪の知る限り、千世子と光が会ったのは夜凪の家が最初。

 二人きりにしたのは、夜凪が風呂に入っていたときのみ。

 親密になるほどの時間があったとは思えない。

 

 それでも、二人は連絡先を交換し、自分の知らないところで、以前にも公園で会っていたということになる。

 

 夜凪が思い出すのは、楽しそうに光のことを話していた千世子の姿。

 あの時はわからなかった気持ちの正体が、今の夜凪にはしっかりと理解できた。

 

 不愉快、からの怒り(・・)

 

 だがその抱いた感情を、どう処理すればいいのか、何にぶつければいいのか。

 それが夜凪にはわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お茶を淹れ、光が部屋に戻ったとき、そこには夜凪の姿はなかった。

 

「……景?」

 

 脱いだ靴も無くなっており、帰ってしまったことは想像できる。

 しかし、話があると言ったにもかかわらず、急に帰った理由がわからない。

 

 光は一通り部屋を見渡すと、先ほどとは明らかに位置が異なっているものを見つける。

 それはベッドの上に放置しておいた自分のスマホ。

 

 拾い上げ、ロックを解除して中を確認する。

 勝手にいじられた形跡もないし、メッセージを送られたというわけでもない。

 もちろん光も、景がそんなことをするとは微塵も思っていない。

 ただ新しい通知が、同じ人物から数件きていただけ。

 

「――はは」

 

 その笑いは、つい(・・)溢れ出てしまったもの。

 送られてきた通知を見て、光は察しよくすべてを理解してしまう。

 

「やっぱり……ダメだなあ」

 

 後悔するような表情を浮かべる光だが、どこか耐えきれない喜びのようなものも、たしかに含まれていた。

 

 

 

 すれ違い、間違ったまま二人は、杉北祭当日を迎える。

 

 

 

 




爆弾をかかえてしまった!


普段優しいキャラがいつも通りの笑顔ですっごい毒吐いて、周りがドン引きするのではなくそもそも状況を飲み込めないみたいな一連の流れが好き。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。