君の激情に恋をして   作:考える人

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羅刹女編
宣戦布告~1人目~


 

 目の前には、羅刹女の衣装舞台に身を包む幼馴染の姿。

 本職の人間に施されたメイクにより、本人の面影を残しながらも、身にまとう雰囲気と相まって、美しくも恐ろしい羅刹女が体現されていた。

 

 もう間もなく舞台が開演するという中、僕はその幼馴染と正面から向き合っている。

 周りでは舞台の関係者が慌ただしく準備しており、なんの関係もない一般人である僕だけが異質な存在だった。

 幼馴染の少女も、僕がここにいることを不思議そうに見つめている。

 

 そんな彼女に、僕はいつも通りの笑顔で語り掛ける。

 

 

 

「――」

 

 

 

 

 僕の発したある言葉(・・・・)により、わずかばかりの逡巡の後、幼馴染の少女は激しい怒り(・・・・・)を露わにする。

 積もりに積もったものが弾け、爆発したようなとめどない怒り。

 

 勢いよく振り上げられた手が、僕の左頬に当たる――直前で止まる。

 

 止まったのは、今まで積み上げてきた信頼故のものか。

 

「なんで止めたの?もしかして、まだ僕のことを信じたいとか思ってる?」

 

 その言葉で、幼馴染の怒りはさらに増す。

 呼吸が荒くなり、殺してやるとでも言うような鋭い視線が僕に突き刺さる。

 

 僕と俺、もうその境目がわからない。

 怒りと悲しみ、これ以上ない負の感情。

 そんな誰もが忌避する激情を向けられたにもかかわらず、僕の中にあるのは――歓喜のみだった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

数か月前

 

 

 

 場所は夜の公園。

 

『~~~♪』

 

 耳の片側につないだイヤホンから流れる音楽。

 音楽の良し悪しはわからないけど、個人的にはいい曲だと思う。

 でも、僕の目当ては音楽ではなく、その音楽に合わせてはしゃぐ(・・・・)少女のMV。

 スマホに映し出されるそれは、女優・夜凪景の知名度が、世界的に広がるきっかけとなったMVだ。

 

 思うがまま、感じるがまま、踊っているようにも見える自由な動き。

 見てるこっちまで動き出したくなってくる。

 

「素敵だよね」

 

 イヤホンのもう片側を付けた少女が、僕にそう告げる。

 

「見せたかったものってこれ?これなら僕も何度か見たことあるよ、百城さん」

 

「正確にはこれ()、かな」

 

 動画が終わり曲が止まると、僕は付けていたイヤホンを外し、持ち主である百城さんに手渡す。

 

「というか、わざわざ百城さんまで聞く意味あった?」

 

「私も聞きたかったんだよ」

 

「その割には曲に集中してなかったけど。何度も僕のほうをチラチラ見てたし」

 

「あ、ばれてたんだ」

 

 一切悪びれることなく、百城さんは笑って言ってのける。

 

「光くんの顔が見たかったの。夜凪さんを見てる時の、光くんの表情を」

 

「……」

 

 反応しづらいんだけど。

 

「……百城さんは相変わらずだよね」

 

「それを言うなら、光くんだって相変わらずじゃん。ずっと私と会うのを断ってたのに、『夜凪さんに関して見せたいものがある』って言ったら簡単に会ってくれたし」

 

 まるで人をちょろいやつみたいに。

 

 否定できないのが悔しい。

 

「ほんと、わざとやってるんじゃないかって思うくらい」

 

 目をうっすらと細める百城さんは、笑っているのに、まるで睨んでいるようだった。

 僕は慌てて話を元に戻す。

 

「それで、見せたいものって?動画以外にもあるの?」

 

 僕の言葉を聞き、百城さんはスマホで時間を確認すると、そろそろかなとつぶやいてスマホをしまう。

 

「じゃあちょっとこっちきて」

 

「え?」

 

 百城さんが突然、僕の服を引っ張りながら歩き出す。

 不思議に思ったが僕は抵抗せず、誘導されるがままについていく。

 

「しばらくここに隠れててね」

 

「え?」

 

 連れていかれたのは、公園にある遊具のうちの一つ。

 その遊具はトンネル型のもので、かくれんぼには最適な遊具。

 とはいえ当然、高校生の僕が隠れるには狭く感じる大きさなのだが、その中に無理やり押し込まれる。

 

「百城さん?」

 

「静かに、もう見えてるから」

 

「一体何が――」

 

「こんばんは千世子ちゃん!」

 

 僕の言葉が、より大きな声にかき消される。

 その声は、百城さんのものではなかった。

 ずいぶんと聞きなれた声であり、もはや声だけでその人物の顔まで鮮明に浮かぶ。

 

 景!?なんでここに!?

 

「っ、け――!」

 

「誰かいるのかしら?」

 

 あまりの衝撃に声を漏らしてしまうと、景が敏感にそれを聞き取る。

 まずいまずいまずい!……いや、むしろバレてしまった方がいいのか?

 よく考えたら、それほどまでバレてまずい理由はない気がする。

 おそらく景も、百城さんに呼び出されてここに来たのだろう。

 ならここはすぐに姿を現して、僕も同じだと説明すれば――

 

「きっと猫だよ」

 

 しまった、百城さんに先手を打たれた。

 こうなってしまうと姿を現しにくい。

 百城さんは一体何を考えているんだ。

 

「猫?」

 

「ほら、鳴き声も聞こえる」

 

「……?聞こえないわ」

 

「聞こえるよ。目を閉じて、耳を澄ましてみて」

 

 僕は遊具の隙間から、慎重に百城さんと景のいる場所を覗く。

 景が目を閉じるのを確認すると、百城さんは僕の方をじっと見つめる。

 

 やれと?猫の真似を。

 

 ……ぐっ、こうなったら仕方ない。

 僕は意を決して口を開く。

 

「にゃ、にゃ~ん」

 

 なにこれ恥ずかしい。

 

 ダメだ、やってみたものの、これじゃ絶対にバレる。

 僕と同じように、景だって僕の声を長年聴き続けてきたのに。

 

「ほんとだ。猫だわ」

 

 ……なんだろう、この複雑な気持ち。

 すごく納得がいかない。

 

 

 

 二人はブランコに腰を掛けると、改めて会話を始める。

 しばらくの間は、景がひたすら一方的に話しているだけだった。

 息継ぎする間もなく、百城さんとの思い出から、自分の近況について話し続ける。

 景は久しぶりに百城さんと会ったためか、かなり楽しそうだ。

 

 でも百城さん、景の口から僕の名前が出るたびに、笑顔を深めるのは止めて欲しい。

 感情が読めないから、何を考えているのかわからなくて怖い。

 

「――友達とよく行くから、私カラオケ上達した気がするわ!」

 

「……」

 

「……?千世子ちゃん?」

 

 景の言葉に、百城さんは何の反応も示さない。

 さすがの景も、それを不審に思う。

 

「もしかして、まだ聞いていない?」

 

「え」

 

ダブルキャスト(・・・・・・・)。私と夜凪さんで同じ役を演じて、皆に見比べてもらう舞台。夜凪さんこれはね、あなたじゃない。私が主人公だって証明するための舞台になる」

 

 まるでそれは宣戦布告。

 いや、実際にそうなんだろう。

 ブランコから立ち上がり、振り返って景を見つめる百城さんは、とても好戦的な笑みだった。

 

 景の上を行き続けたい。

 自分が主人公でありたい、あり続けなければいけない。

 

 そんな強い感情が、ひしひしと伝わってくる。

 こんなにも思いがわかりやすい百城さんの姿は初めて見る。

 

「ねえ、夜凪さんは興味ない?私とあなた、どっちの芝居が上か」

 

「うん、私も知りたい」

 

 百城さんの思いに、景も迷うことなく賛同する。

 そこには芝居に対する、俳優のプライドとも言える何かがあった。

 

「演目は『羅刹女』。新しい百城千世子を見せてあげる。覚悟してね、夜凪さん」

 

 不敵に笑う百城さん。

 怖い、でもそれ以上に楽しみが上回るといった笑顔を見せる景。

 

 二人の役者が自分をぶつけ合う。

 そんな光景を、僕はただ圧倒されながら見ていた。

 

 

 

 景と百城さん、二人の会話が終了したのはそれから少しして。

 景が別れの言葉を告げ、帰路につこうとしている。

 

 やれやれ、やっとこの狭い所から抜け出せる。

 そう少し気を抜いた、その時だった。

 

「あ、そうだ。最後にこれだけ言っておくね」

 

「何?」

 

「私、光くんのこと好きになっちゃった」

 

 

 いつもと変わらない表情で、いつもと変わらない声の抑揚で、とんでもない爆弾を、最後の最後に百城さんは落とした。

 

 

 

 




努力シーンの面白い作品が大好き。努力シーンをカットせずに面白く書けるのってすごいと思う。





羅刹女編書き終わるまで書きだめするつもりでしたが、とりあえず書いてるところまで投稿することにしました。まあほとんど書きだめないんですけど。
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