君の激情に恋をして 作:考える人
「もう出てきて大丈夫だよ」
百城さんの声と共に、僕は遊具から姿を現す。
そこにいたのは百城さんだけで、景の姿はどこにもなかった。
――光くんのこと好きになっちゃった
あの爆弾発言の直後、僕は目を閉じて耳を塞いだため、景がどんな反応を示したのかわからない。
どんな反応であれ、景の生み出す感情が、僕をぐちゃぐちゃにかき乱すのは間違いない。
だから景の姿を見たくなかったし、景の声を聞きたくなかった。
「なんで、あんなこと言ったの?」
僕は言葉に怒気を含ませて百城さんに尋ねる。
実際、少し怒っている。
「僕のこと好きになったなんて、
「ごめんね。ああ言えば夜凪さんが、本気で私のことを敵として見てくれると思ったの」
僕の
「……景への宣戦布告を、僕に見せたかったの?」
「うん」
短く返事をした百城さんは、公園のベンチへと腰を掛ける。
隣に座るよう僕に促してきたので、人一人分のスペースを空けて僕も腰を下ろす。
「夜凪さんの動画を初めて見た時――私ね、悔しかったよ」
ポツリとそうつぶやく百城さんの表情は、本気で悔しそうに、そして弱々しかった。
貼りつけた仮面ではなく、年相応の少女である百城千世子の顔。
――ああ、そんな顔もするんだ。
僕は思わず魅入ってしまう。
「私は夜凪さんとは違う、それはよく分かってる。でも、違うからこそ私は、生涯彼女の上を行き続けたい。そのためだったら悪魔とだって組むし、友達も利用する」
……なるほど、景にあんなことを言ったのはそのためか。
僕はつい先ほどまで湧いていたはずの怒りが、百城さんの話を聞いて、すでに消えてしまっていることに気づく。
「軽蔑した?」
「してないよ」
するわけがない。
だって、百城さんの行動は景を傷つける目的で行われたものじゃない。
まぶしすぎるくらい立派な志のもとに行われた行動なんだ。
ただ本能的な欲望のままに、景を傷つけようとする僕が軽蔑していいはずがないし、そもそも怒りを抱く資格すらあるはずがない。
「やっぱり、光くんはちゃんと認めてくれるんだ」
「……」
「それにね、あなたのことが気になってるのは本当だから」
突然僕の方を振り向き、告げられた百城さんの言葉に僕はドキリとさせられる。
挑発的な笑みを浮かべる百城さんは、あまりにも綺麗だった。
「夜凪さんの舞台を見た時、光くんが初めて見せた
いつの間にか、人一人分空けていたはずのスペースが詰められており、ほぼ密着するほどの近さに百城さんがいる。
立ち上がるなりなんなりして距離を離せばいいのに、僕は縛り付けられたかのように動くことができない。
「あの魅力的な表情が、夜凪さんじゃなくて、私に向いていたらどんなによかったか」
僕の両頬が、百城さんの両手によって掴まれる。
固定された僕の視線には、百城さんの表情しか映らない。
「どうすればもう一度あの顔が見れるのか。どうすれば私にその表情を向けてくれるのか。最近は夜凪さんのこと以外だと、そのことばかり考えるの」
……何を言っているんだ?
魅力的?あのときの表情が?
あれは僕のどす黒い本心が、抗えない自身の本性が、全て表に出てしまった顔だ。
この世のなによりも醜いもののはずだ。
それを百城さんは見たいと言っているのか?
「私は今日ね、最初から二人の人間に宣戦布告するつもりだったの。もちろん一人は夜凪さん。そしてもう一人は――
光くん、あなた」
突き刺すような視線からは、様々なものが入り交じった思いを感じる。
嫌ではない、むしろ心地いい。
「夜凪さんの一番のファンである光くんにも、新しい百城千世子を見せてあげる。光くんを私のファンにして見せる。これが、あなたに対する宣戦布告」
百城さんからの宣戦布告を受けて、僕は何も言うことができなかった。
この数時間で起きたことが、あまりにも僕の許容量を大幅にオーバーしていたからだ。
油断すれば、意識が持っていかれてしまいそうで。
当の百城さんは満足そうにしている。
とにかく、今すぐにでも僕は帰ってしまいたかった。
もう何も考えたくない。
ベンチから立ち上がり、別れを告げて立ち去ろうとする僕に、百城さんは『最後に一つだけ』と言って引き留めてくる。
「約束のこと覚えてる?」
「約束?」
本気でなんのことかわからなかった僕は、疲れた頭で必死に思い出そうとする。
「ほら、夜凪さんの家でした約束」
「あ、もしかして……なんでも言うこと聞くってやつ?」
百城さんの出したヒントで、約束についてしっかり思い出す。
景と知り合いだったことを黙っていた、その代償のような形で交わした約束のことを。
「そう、私が聞いてほしいお願いなんだけど――今伝えてもいい?」
「……まあいいけど」
わずかな恐怖心を抱きながら、そのお願いごとに僕は耳を傾ける。
聞かなければ良かったと、後悔することも知らずに。
「光くんのことを教えて欲しいの」
心臓の、跳ねる音がした。
「……どういう意味?ちょっとよくわからないんだけど」
嘘だ、ほんとはもう察しがついてる。
百城さんが僕の異常性に気づき始めていることも。
その異常性に興味を持っていることも。
「うん、今の光くんならきっとそう言うと思った。だから、ここから先は私のひとりごと」
そう前置きをして、百城さんは座っていたベンチから立ち上がる。
「初めてあなたと話したとき、あなたの顔が本物じゃない気がした。ちょうど私も顔が視えないなんて言われたばかりで、どこか同じ匂いを感じて興味を持った」
一歩、距離を詰める。
「前にこの公園で会ったとき感じたのは、何か引っかかるような違和感」
一歩、距離を詰める。
「夜凪さんの家で会ったとき、わずかにその違和感の片鱗が見えた気がした」
また一歩、距離を詰める。
「そしてあの日の舞台、今まで見ていた光くんとは別人のようで、それでもなお魅力的だった」
さらに一歩、距離を詰める。
「でも、きっと私が知ることができるのはここまで」
そう言って百城さんは、それ以上距離を詰めることなくその場で立ち止まる。
僕と百城さんの距離は、あと一歩分というところまで迫っていた。
「ここから先は、光くんの口から聞かないと絶対にわからない」
僕と百城さんにはそれなりの身長差がある。
そのためここまで百城さんとの距離が近い場合、百城さんが顔を上げない限り、その表情をしっかりと確認することができない。
「あなたがその仮面の奥に隠している物を――私は知りたい」
――無理だ、できるわけがない。
誰にも知られたくない。
ましてや、深く関わっている人にはなおさら。
「嫌だって顔してる。わかってたよ、おそらくそんな顔されるだろうなって。でも、これは役者とか関係なく、純粋に私が知りたくてしかないんだ。だから――」
百城さんはまた一歩動く。
しかし、それは距離を詰める一歩ではなく、遠ざかる一歩。
「私に、自分の全てをさらけ出してもかまわないと思えたとき、そのときは光くんから私に会いに来て」
思えば、僕が避けていたからというのもあるが、百城さんと会うときはいつも偶然だったり呼び出されたりで、僕から会いに行ったことがない。
「明日でも、数年後でも、いつになってもいい。私はその日を待ってるから」
宣戦布告とはまた違った意味を持つその宣言に、やはり僕は何も返すことができない。
景は百城さんの言葉にしっかりと答えた。
だというのに、僕は何一つ真実を告げず、ただ口を閉ざすだけ。
そんな自分が恥ずかしくて、ひどく情けなかった。
ーーーーーー
~ほんの少し前~
――光くんのこと好きになっちゃった
千世子はそんな自分の発言に対する、夜凪の反応を待つ。
尋ねたことはないし、付き合っていることも否定していた。
しかし、夜凪は多少なりとも園山光という人間に好意があると、千世子は考えていた。
怒るのか、戸惑うのか。
なんにせよ、これで自分のことを敵として見るのは間違いない。
内心でごめんなさいと謝りながら、目の前の少女の次の言動に期待する。
しかし夜凪の反応は、千世子の予想したどれでもなかった。
「そうだったのね」
その表情には、怒りの感情など微塵も存在しない。
戸惑いや、焦りすらも。
なのに、千世子はその顔を見て怖いという感情を抱く。
誰もが見惚れるような、とてもキレイな表情で、夜凪は笑っていた。
からのカウンター的な。
普通の会話でも、いちいちセリフの言い回しがおもしろい作品が好き。