君の激情に恋をして   作:考える人

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僕が景に惹かれるわけ

 

 決定的だったのは、小説家である景の父親が家を出ていった時だ。

 

 あの時の景の、燃え盛るような怒りを、どこまでも深い悲しみを、僕は決して忘れないだろう。

 その表情を見て、僕は己を知ったのだから。

 

 

 正直に言おう。

 僕は夜凪景が好きだ。

 けれど、僕が景にこの気持ちを伝えることは未来永劫ありえない。

 だって、この恋心は間違いなく歪んでいるから。

 

 景の泣いている表情が好きだ。

 泣いている姿はまるで一枚の絵画のように、存在しないはずの悲しみを僕に与える。

 

 景の弱っている表情が好きだ。

 悲しみに打ちひしがれている姿は、まるで今にも壊れてしまいそうで、消えてしまいそうで。

 その不安定な姿がとてもきれいだと感じ、つい手を伸ばしてしまいそうになる。

 

 景の怒りに駆られる表情が好きだ。

 他の感情が寄り付かない純粋な怒りに、僕は目が離せなくなる。

 その怒りを、僕だけに向けて欲しいと焦がれてしまう。

 

 もちろん、不器用に笑う景のことも可愛いと思うし、景が楽しんでいると僕も楽しくなる。

 

 それでも、僕がもっとも心を惹かれるのは――負の感情だった。

 

 ずっとなんとなく感じていたそれを、中学生の時にはっきりと自覚したんだ。

 僕の持つこの感情は、恋心は、間違ったものなんだって。

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 僕が高校に通うための最短ルート上には、景の家がある。

 そのため、僕は毎朝景の家の前を通る。

 当然そこには、ちょうど景と鉢合わせるのではないかという期待もある。

 とはいえ、運良く鉢合わせたとしても、景は走って学校に行ってしまうので、ほとんど話す余裕もないのだが。

 

 今日はその期待が叶ったようで、ちょうど家の前を通ると景が立っていた。

 

「おねーちゃんは役者さんにならないとダメ!!」

 

 少し遠くからでも聞こえる叫び声。

 景の妹であるレイちゃんのものだ。

 どうやらなにか揉めているようで、しばらくすると、これまた景の弟であるルイくんまで泣き出す始末。

 

「朝からどうしたの?景」

 

「あ、おはよう光」

 

「おはよう。それで、ルイくんなんで泣いてるの。レイちゃんも」

 

「それが……私のこと怖いみたいで」

 

 泣いているルイくんを必死にあやしながら話す景の言葉は、いまいち要領を得なかった。

 ルイくんも一向に泣き止む気配を見せない。

 どうやら、僕がいることにも気づいていないらしい。

 ルイくん、一度泣き出すと止まらないからなあ。

 

 そうこうしていると、景の家の前に一台の車が止まり、男の僕から見てもカッコいいと思う容姿の整った男の人が、中から姿を現す。

 年は同じくらいか少し上ほど。

 誰だろう?景の知り合いだろうか?

 

「夜凪景君、すまないが一緒に来てくれないか」

 

「あなたオーディションにいた……」

 

「ウルトラ仮面だ!!」

 

 その男の人を見て、先ほどまで泣いていたルイくんが一瞬で泣き止み、興奮しながら詰め寄る。

 ウルトラ仮面……たしかルイくんとよくやるごっこ遊びで、そんな名前が出てきたような……

 

 そう考えていると、いつの間にか周りが大騒ぎになっていた。

 

『本物のウルトラ仮面だ!!』

 

『アレ星アキラよ!!奥さん皆呼んできて!』

 

 多くの子供と近所のおばさんたちがこちらを――というより、この男の人をめがけて向かってくる。

 もしかして、この人すごい有名人なのだろうか?

 

「頼む…早く車に」

 

 男の人は慌てて、景たち三人を車に乗せようとする。

 誘拐とかではなさそうだけど、大丈夫かなコレ。

 

「ほら、君も早く!」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 なぜかなし崩し的に、僕まで車に乗せられてしまった。

 どうやら、この男の人は星アキラという俳優の人らしい。

 昨日落ちたといっていたオーディションの最終審査で、受けるはずだった四人のうちの一人が辞退した。

 そのため、景に代わりに出て欲しいということで、迎えにきたというのが事の顛末だそうだ。

 

 こういうのって、役者本人が直々に迎えにきたりするんだな――なんて考えていると、助手席に座っていた僕と運転しているアキラさんの目が合う。

 

「そういえば、君は……君も夜凪君の兄弟かな?」

 

「いえ、僕は――」

 

「違うよ!!光くんは友達いないおねーちゃんの一人だけの友達!あといつも食べ物くれる!」

 

 僕の代わりに元気よく答えたのは、後部座席から身を乗り出したルイくんだった。

 

「……まあそんな感じです」

 

「そうだったのか、巻き込んですまない。ただオーディションまで時間がない。申し訳ないが君もついてきて欲しい」

 

 あ、降ろしてくれないんだ……

 

 まあ確かに、もうしばらく走ってしまったため、今から戻るとかなりのタイムロスだろう。

 僕はついていくことを了承し、オーディション会場へと向かうことになった。

 

 

 

 オーディション会場につくと、すぐに審査が開始される。

 お題は目の前に野犬がいるというもの。

 最初こそ困惑していたものの、景の想像の産物である野犬を、周りの人間にまで認識させるその演技は圧巻だった。

 皆が景の演技に引っ張られ、景の演技に注目し、目が離せない。

 もちろん僕もそうだ。

 芝居のことなんてまったく知らない僕でも、景の演技が一番だと簡単にわかった。

 

 景は必死に傍にいる家族――ルイくんレイちゃんを野犬から守ろうとする。

 そしてついに、景は野犬を踏みつぶした。

 家族を襲おうとした野犬に対し、明確な怒りを持って。

 全身からとめどなくあふれる景の怒り、それを、僕はずっと見ていたいと――

 

 そこで僕は思考をとめる。

 ダメだ、これ以上考えてはいけない――

 

 今は素晴らしい演技を見せた景を称賛する。

 そうだ、それだけでいい。

 

「ほら、ルイくんレイちゃん、おねーちゃんのところに行って来たら?すごかったよって」

 

「うん!!」

 

 元気よく返事をして、二人は景の元へ駆け寄る。

 これでいい、二人が景を現実へと引き戻してくれるだろう。

 

 

「ねえ君、あの子――夜凪景君の友達だって?」

 

 嬉しそうにルイくんレイちゃん達とハイタッチを交わしている景を眺めていると、審査員の一人が僕に話しかけてくる。

 

「はい、そうですけど……」

 

「君も俳優とか興味ない?アキラ君と比べても見劣りしないし、年上の奥様方に受けそうだ」

 

 ……あれ、もしかして僕スカウトされてる?

 こういうのって本当にあるんだ、びっくりした。

 

「えっと、僕は……」

 

「夜凪君も間違いなく合格だろう。君もスターズに入れば、彼女と一緒に活動できるよ」 

 

 その言葉に、ドクンと心臓がはねたのがわかる。

 彼女と一緒に、なんて甘美な響きなのだろうか。

 きっとこれから、景は役者として活躍し、いろんな役を人々に見せるようになる。

 それを近くで見れるとしたら、なんて幸せなのだろうと思う。

 

 ひいき目もあるかもしれないが、景は間違いなく有名になる。

 どんどん大きな舞台に立ち、スターと呼ばれるような存在になるはずだ。

 

 だからこそ(・・・・・)、そんな人間の傍に、僕みたいなやつがいてはいけない。

 

「すいません……あまり興味がなくて」

 

「そうかい?残念だ、すごく素材はいいのに。あ、これ名刺ね。気が変わったらいつでも連絡してくれ」

 

 そう言って僕に名刺を手渡し、審査員の人は離れていく。

 

 

 

 

 僕が抱く思いは、間違いだとわかっている。

 こんなひどく醜い気持ちを抱いたまま、こうやって景の傍にいること自体、ダメなことだと理解している。

 それでも、今だけだからと言い訳して、景から離れることができない。

 

 ルイくんレイちゃんと一緒に、景が僕の方に向かってくる。

 

「光、どうだったかしら?私の演技」

 

 こちらの気持ちを知らない景は、照れくさそうな笑顔を僕に向けて尋ねる。

 

「うん、かっこよかったよ。とても」

 

 僕は後ろめたい気持ちを隠して、笑顔を貼り付ける。

 何年も、何年も、繰り返し付けてきた偽の仮面。

 きっと、これからも外すことはないのだろう。

 

 

 




コンプレックスを抱えるキャラが大好きです。そんなキャラがここぞとばかりに活躍するのが刺さります。
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