君の激情に恋をして 作:考える人
場面は空港のシーンにとびます。
『ああ、腹が立つ。腹が立つ』
山ごもりを経て、
羽田空港内にて多くのメディアが集まる中、堂々と楽しそうに演技を続ける二人にみな眼が離せない。
オーラとしか言えないような存在感が、その場を支配していた。
そうして二人の読み合わせは終わり、舞台「羅刹女」に対する人々の期待は跳ね上がる。
そんな光景を見て、夜凪達サイド甲の演出家である山野上花子は、隣にいる芸能プロデューサーであり、舞台「羅刹女」の仕掛け人である天知心一に尋ねた。
「番宣とは抜け目ないですね。そういう計画だったんですか?」
「まさか、そんなリスキーな真似しません」
真顔でそう答える天知に対し、サイド甲の猪八戒役である烏山武光は疑いのまなざしを向ける。
結局のところ、天知の都合の良いように物事が回っていたからだ。
とはいえ、今回の件が天知にとってギリギリだったのも確かだった。
駄目元で呼んだ百城千世子に明神阿良也。
夜凪が羽田空港にくるように残した置き手紙ならぬ置き色紙。
なにより、完全に賭けであった夜凪の成長。
本当にギリギリではあったが、全てが上手くかみ合い、プロデューサーの職と信頼を失わずに済んだ。
そしてなにより、
天知がそのジョーカーを手札に加えることができたのは少し前。
時は杉北祭当日までさかのぼる――
校舎の壁に上映される映研自作映画である『隣の席の君』。
多くの生徒が映画に釘付けになる中、天知も映画監督である黒山とその映画を見ていた。
拙い撮影と録音、起伏もテーマも希薄な内容。
それでも魅入ってしまうほどの女優・夜凪景の力。
益々欲しい――そんな気持ちが天知の中で大きくなっていく中、ふとあることに気づく。
それは映画に一瞬だけ映った夜凪の表情。
まるで誰かに怒っているような、縋っているような、だだをこねているような。
あれは演技か、それとも――
今まで夜凪のことを調べてきた天知であったが、あのような表情は一度たりとも目にすることはなかった。
夜凪がその感情をぶつけている相手は、少なくとも映画には映っていない。
もし演技じゃないのならば、その相手を何らかの形で利用できるかもしれない。
己が好いた女を好かせるために。
天知はすぐにプロデューサーとしての権力を行使し、夜凪があのような感情を向けた相手を探し出した。
そしてそれはすぐに見つかった。
夜凪景にとって、数少ない一般の友人であり、小学生のころからの幼馴染である少年。
その少年に対し、天知は自ら会いに行く。
夜凪が誰にも見せない表情を見せるその少年は、一体どんな人物なのか――わずかながらの期待をもって。
だが、その少年と会った天知は落胆する。
確かに顔はいい。かなり整っている部類と言っていいだろう。芸能人と比べても遜色ないどころか、星アキラにも並ぶクラス。
しかし、あまりにもスターとしてのオーラがない。
経歴も尖ったところはなく、平凡そのもの。
プロデュースする側からすれば、売り方にかなり悩むような存在。
仮に芸能界デビューしたところで、少し顔がいいと話題になったのち、すぐに忘れ去られるだろう。
そんなかなり失礼なことを考えながらも、天知は笑顔で少年に話しかける。
「初めまして、園山光くんですね?」
「…………どちら様でしょう?」
わかりやすく戸惑った表情を見せ、怪しむ素振りで天知を見つめる少年――園山光。
まるでお手本のように平凡なリアクションを見せる光に、天知は疑問を覚える。
なぜこんな平凡な少年が、夜凪景にとって特別な存在足りうるのか。
とことん理解できない天知であったが、利用する分にはこれほどやりやすい相手はいない。
そう考えて、自身の名を告げながら名刺を渡す。
「芸能プロデューサーの天知心一といいます。簡単に言うと、色々な才能を導くという…ふわふわしたことを生業としている者です」
「天知…………」
光は名刺を読みながらその名を復唱し、少しばかり考えた後、思い出したように声を出す。
「ああ、確か景が自分のことを不幸呼ばわりした嫌なやつって言ってたあの……」
「ええ、残念ながらあの件で少し嫌われてしまったみたいで。ちゃんと本人の意思をくんでその記事は差し替えたんですが」
「こんなこと言うのもなんですけど、弟や妹と一緒に高いご飯でもおごれば、簡単に機嫌を直してくれると思いますよ。けっこう現金なところあるんで」
「確かに、初めて会ったとき、夜凪さんの前で札束をばらまいたら驚いて倒れてましたね」
「ハハハ、札束って。そんなことしたんですか?」
「フフフ、こんな額、あなたならすぐに小銭と思えるようになる――ということを知ってもらうための演出だったんですが」
とてもいい表情で笑いあう二人。
牽制するように会話を続ける中で、先に切り込んだのは光だった。
「それで、芸能プロデューサーであるあなたが、僕に
顔は笑顔のまま。
光の瞳が真っすぐに天知へと向けられる。
穏やかな会話から一転、核心へと切り込むセリフを投げた光の瞳には――――熱が一切こもっていなかった。
喜びも、驚きも、嫌悪も、感情と呼べるものが何一つ読み取れない表情。
天知が幼馴染の嫌っている存在であると知った後も、まったくぶれることのない態度。
むしろ最初に声をかけたときよりも、感情が消えていると言っていい。
それは、天知が光に対して初めて感じた強烈な異常性だった。
今までプロデューサーとして多くの人間を取り扱ってきた天知には、たいていの人間は上手く扱えるという自負がある。
もちろん、王賀美や黒山のように扱いの難しい人間もいる。
だがそれでも、最終的には上手く人も場も回していくことができると考えている。
そんな天知だが、園山光の扱いについては慎重にならざるを得なかった。
初対面の後も何度か交流を重ね、意外にも天知に対して協力的な態度を見せた光。
普段ならそのまま利用するところなのだが、何かが引っ掛かった天知は光の扱いを保留する。
ひとたび光という手札を使用した時、夜凪景を使ったビジネスチャンスが大成功する可能性と共に、なにか決定的に取り返しのつかない事態を招く可能性を感じ取ったからだ。
その可能性を感じ取れたのは、天知のプロデューサーとしてのすぐれた嗅覚故といっていいだろう。
黒山墨字は天知が嫌う生粋のアーティストだ。だが彼には目的があり、その目的のために行動している。
王賀美陸は傍若無人の唯我独尊。だが彼は固く強い意思で俳優としての己を貫いている。
二人にはしっかりとした行動理念があり、その行動理念に沿えば何ら問題はない。
だが園山光は違う。彼はアーティストでなければ、指針とするべき行動理念が脆い。
本能とそれをおさえつける理性が絶妙なバランスで成り立っている彼は、自身で長く必死に積み上げてきたものを、簡単に一瞬で無にしてしまう危険性をはらんでいる。
だからこそ、天知が光を使うことがあるとすれば
それがプロデューサーとして合理的な判断だった。
しかし忘れてはいけないのは、その判断はプロデューサーという立場だからこそできたこと。
そんな天知の嫌う
より良いもののために――
――――時は戻り、羽田空港内にて。
多くの野次馬と同じように、二人の読み合わせを眺めていた少年は携帯に通知が入ったことを確認する。
相手は天知心一。内容は『申し訳ありません。せっかく待機していただいていたのに、無駄になってしまったみたいで。もちろんここまでの交通費等、呼び出したことへのお金は支払います』とのこと。
少年は落胆の色を見せることなく返信する。
『大丈夫です。気にしてませんよ。それに、対価なら二人の劇を見れたことで十分です』
そう送った後、スマホをポケットの中へとしまい、王賀美にお姫様抱っこされている夜凪へとその目を向ける。
王賀美の行動に対し、降ろしてと言わんばかりに迷惑そうな表情を浮かべる幼なじみ。
その様子を少年はただ微笑ましげに見つめていた。
「あれじゃあ、景の個性的なTシャツがお茶の間に流れちゃうな。センスが悪いって有名になるかも……まあ景は絶対に認めないだろうけど」
それだけつぶやくと、少年はその場を後にする。
役者や脚本家、映画監督にプロデューサー。
様々な分野の人間が、様々な思いを抱えて舞台「羅刹女」へと関わっていく中、異物とも言える1人の一般人が、少しずつ舞台に関わり始める。
それが吉と出るか凶と出るか。
まだ誰にも予想することはできなかった。
光が着替えを持っていったことで、空港には制服ではなく私服で現れた景。
傍から見たらこれ完全にただの後方彼氏面だよな、と。
いやまあ後方彼氏彼女面するキャラって大抵好きになっちゃうんですけど。