君の激情に恋をして 作:考える人
千世子ちゃんの羅刹女を見た私は焦っていた。
このままじゃ絶対に勝てないと思ったから。
千世子ちゃんは私を心の底から敵だと信じてまで、私に勝とうとしている。
千世子ちゃんに勝つには、私も見つけないといけない。
自分の中から、千世子ちゃん以上の怒りの感情を…!!
――と、意気込んでみたけれど、人生で怒った瞬間を思い出そうとして気づいた。
私は何かに怒ったことがあんまりないことを。ヒゲ以外。
だから、自分の外から探すか、もしくは想像で補うしかない。
それで考えた時、真っ先に思い浮かんだのが光だった。
私が羅刹女で、光が牛魔王、そして千世子ちゃんが妾。
きっとそれが、現状的にも1番考えやすい関係で、羅刹女の怒りに最も近いはず。
そしてなにより――――
“私、光くんのこと好きになっちゃった”
以前公園で千世子ちゃんに会った時に言われた言葉を思い出す。
あの時の私は、
その理由も今ならなんとなくわかる。
光は
例え千世子ちゃんが光のことを好きになったとしても、光は変わらず私と一緒にいてくれる。
そう無意識に考えていたからだと、今になってやっとわかった。
なら、その考えを消してしまえばいい――――
私は意識を集中させる。
光が私の傍からいなくなり、千世子ちゃん、もしくは私の知らない誰かほかの女性に優しくしている光の姿を。家庭を築いて、手の届かない所に行ってしまう光景を。
『ああ、腹が立つ。腹が立つ』
想像すると同時に、自分でも信じられないほどの怒りが胸の内から湧き出し――――止まった。
怒りが爆発しそうになったその瞬間、優しく笑顔を浮かべる光の姿を思い出す。
姿を思い出すだけで全ての怒りや悩みが消え、自然に心と体が温かくなっていくこの感情が、恋と呼べるものなのかどうかはわからない。
けれど、この気持ちを利用して羅刹女を演じるということは――――
激しい怒り、妬み、恨みの感情を光に対してぶつけるということ。
「…………いや」
無意識に言葉に出てしまうほど、私は
千世子ちゃんに怒りの感情をぶつけられた時はとても悲しかった。
友達に向ける眼じゃないと思った。
それでも、私は役者で、千世子ちゃんも役者。
芝居のことを最優先に考えるのが、千世子ちゃんへの礼儀でもある。
けど、光は違う。
光は友達として、10年近くも私の傍にいてくれた。優しくしてくれた。助けてくれた。一緒に笑ってくれた。悲しんでくれた。味方になって支えると、言ってくれた。
そんな光に対して、怒りをぶつけるなんてことしたくない。
とは言っても、この感情以外で強い怒りが湧くとも思えない。
「……光に会いたい」
光に会って話すことができれば、相談すれば、何か解決できるんじゃないかと考えた私は、光の家へと向かった。
コンコンと、いつものように光の部屋の窓をノックする。
小さいころから続けてきた二人の取り決め。
でも、光は出てこない。
どうやら部屋にいないようで、スマホで連絡をとろうとしたけど、電源を切っているのか繋がらなかった。
どうしようかと光の部屋の前で立ち往生していると、玄関の方から声をかけられる。
「あら、もしかして景ちゃん? ずいぶんと久しぶりね~」
声をかけてきたのは光の母親――昔よくお世話になったおばさんだった。
「もしかして光に用事? ごめんね、今ちょっと出かけてて。あ、もしよかったら光の部屋で待ってて! さすがにそろそろ帰ってくると思うから」
「でも……」
「いいからいいから!」
おばさんに押されるがままに、私は家の中へと案内されていく。
「お茶いれてくるから、ベッドに座って待ってて」
光の部屋へとほとんど強引に連れて行かれた私は、そう言って出ていったおばさんの言う通りに、ベッドに座って光の帰りを待つ。
杉北祭の前日に来たときと同じで、昔からほとんど変わらない部屋の様子にどこか懐かしさを覚える。
特にやることもなく、部屋の中を見回していると、本棚の一部分に目が
参考書や問題集といった光らしい本が多く並ぶ中で、明らかに形の違う物が本棚に入れられている。
それは1枚の色紙だった。
私は立ち上がり、本棚の前に移動する。
勝手に見るのが良くない事なのはわかってる。
でも、どうしても確認せずにはいられなかった。
何か勘のようなものが働いたのかもしれない。
そしてその勘は的中した。
色紙自体は特に何の変哲もないよくある色紙。
その色紙には『園山くんへ』と書き込まれていた――――――――私の字で。
『私の知り合いに、夜凪さんのファンがいるの』
『アキラ君にも負けないくらいイケメンさんだよ』
思い出すのは、デスアイランド撮影最終日に千世子ちゃんと交わした会話。
――どうして、千世子ちゃんの知り合いのために書いたサインがここにあるの?
そんなの、わかりきってる。
本当は分からないフリをしていただけかもしれない。
光と千世子ちゃん――二人が出会ったのは、私の家が初めてじゃない。
それよりもずっと前、少なくともデスアイランドの撮影が始まるよりも早く。
二人は既に知り合っていた。
なのに、二人はまるで初対面であるかのように私の前で振る舞った。
光も、千世子ちゃんも、お互いが知り合いであることを私に一切話してくれなかった。
なんで? どうして?
二人の隠していた事実を知ると同時に、今まで納得のいかなかった出来事や疑問に思っていたことが鮮明になっていく。
まるでわざと考えないようにしていたんじゃないかと思うくらい、点と点が次々と繋がっていく。
『……ねえ景、千世子と会ったとき、もしかして怒らせるようなことした?』
『もしかして光、緊張してるの? やっぱり千世子ちゃんほどの有名人ともなると、光でも緊張するのね』
『うん……まあね』
『どうしたの千世子ちゃん。さっきからボーっとしてるわ』
『ごめんごめん。光君って、
『また前の公園で会えない?』
『光くんのこと好きになっちゃった』
1度や2度じゃない。二人は頻繁に連絡を取り合い、何度も直接会っている。
それも千世子ちゃんが好意を抱くほど親密に。
「……フ」
自分でも信じられないくらい、低く冷たい笑いがこぼれた。
おばさんに一言あいさつをして光の家を出た私は、
それは一度も訪れたことはなかったが、以前本人から教えてもらった場所。
日はすっかり落ち、吐く息が白くなるほど冷たい街の中を私は歩く。
そんな肌寒さが、熱を帯びた私の体と頭を冷やしてくれていた。
そうしてたどり着いたのは、超高層マンションの前。
そこで私は目的の人物が現れるのを待つ。
なんとなく、本当になんとなく思っただけ。
根拠なんてないし、実際に現れる可能性も低く、待ちぼうけになる可能性の方が高かった。
でも、私の勘は正しかったのだと、目の前の光景が告げている。
「やっぱり、ここにいたのね。光」
誰よりも大切な幼馴染が、私がここにいることに全く驚く様子を見せず、いつものように優しい笑顔で私を見つめていた。
「やっぱり、いるんじゃないかと思ったんだ。景」
突出した能力は無くても、短所がわからないほど全ての能力水準が高いベテランキャラが好き。
ピーキーな能力を持ちがちの主人公と対比みたいな感じでいいですよね。