君の激情に恋をして 作:考える人
舞台『羅刹女』、公演日初日
天才美少女として話題沸騰中の少女が主演、言わずと知れた世界的大スターが助演の“サイド甲”は当然のように満席。
敏腕プロデューサーの策略により、舞台の規模とは思えないほど世間の注目度も高い。
舞台に関わるものだけでなく、多くの業界関係者もこの舞台を見ようと上演開始を待つ。
そんなサイド甲の上演が始まるまで、あと数分に迫ったころ――
次の日が上演初日であるサイド乙の出演者も控室に集まり、舞台の始まりを待っていた。
そしてそこには、柊に預けられた夜凪景の弟妹、ルイとレイの姿も。
「おねーちゃん、昔に戻ったみたいなの」
「昔?」
不安そうな表情で告げるレイに、サイド乙の助演である明神阿良也が不思議そうに聞き返す。
「お母さんが死んじゃった時の感じ……笑っていても冷たい感じ」
「…………」
どこか抽象的なレイの言葉に、事情を深く知らないサイド乙の出演者は誰も言葉を返せない。
レイの説明した夜凪の表情を、鮮明に思い描けるのは弟妹を除けば、幼なじみの少年くらいであろう。
これから始めるサイド甲の上演に対する不安要素だけが、サイド乙の出演者の中で詰みあがっていく。
「せっかく光くんと付き合うことになったのに、最近ぜんぜん会ってないもんね」
「ルイ! それは秘密だって言ったのに!」
「あっ!」
家族内での秘密にしていた夜凪景の交際関係を思わず暴露してしまうルイ。
その暴露に真っ先に反応し、なおかつテンションが上がったのは柊だった。
「えっ!? けいちゃんと光くん付き合ったの!?」
『好きです』
『好きですよ、景のこと』
『いえ、異性としてです』
以前、光から景に対する好意を聞いていた柊としては、自分のことではないのに嬉しくなる。
客観的に見て、夜凪からも好意の矢印が向いているのは明白だったため、なおさらその喜びは大きい。
「おい、なに興奮してんだ」
「あ、すいません……」
上司である黒山に咎められ、柊は落ち着きを取り戻す。
とはいえ、その心中は二人を祝福する気持ちであふれている。
しかしその祝福は、二人の関係を
園山光と夜凪景――二人の関係を、その歪みを知っている人物の心中は、とても祝福できるものではなかった。
光の気持ちは知っていた。直接その耳で、夜凪に対する好意を聞いたのだから。
しかしその気持ちを景に打ち明けるつもりがないことも、話の過程で百城千世子は聞いていた。
気持ちを打ち明けるということは、思い人を傷つけることと同義だから――と。
「ねえ、最近の光くんの様子、どんな感じだったかわかる?」
千世子からの唐突の疑問に、ルイとレイは戸惑いを見せる。
ちなみに周りの人物――特に柊は、千世子が光のことを慣れたように下の名で呼んだことに驚きを隠せない。
「えっと……別にいつも通りだったと思う」
「うん……あ、でも今日の朝に会った時は、ちょっと寂しそうだったかも」
レイの言う寂しそうという言葉に、千世子は心当たりがあった。
光が関係を断ち切るために千世子のマンションを訪れたあの日、その時も寂しそうな表情をしていたのだから。
なにかが起こる――漠然としたサイド乙の不安はさらに大きくなり、解消されることなく開演を迎える。
一方同時刻、サイド甲の控室
開演が間近に迫った控室は緊張感が増している。
それでも、出演する役者たちの姿には落ち着きがあった。
舞台衣装に身を包み、山野上花子の前に並ぶ夜凪を含めた出演者たち。
山野上の頭の中だけにあった羅刹女の登場人物たちが、実際に目の前に存在している。
そのことに山野上は涙を浮かべるほどの感動を覚えた。
「私の羅刹女と悟空たちがここに…!」
「おいおい泣くなよ花子さん。演出家は舐められたら終わりだぜ」
「はい、すいません。私
「…?」
山野上の言葉に疑問を持ったのは王賀美だけでなく、出演者全員が同じように疑問を感じていた。
舞台が始まるまであと10分もないなか、今さらできることなど知れている。
この状態で演出家にできることなど、ありはしないはずなのだから。
さらに疑問なのは、私
山野上の言葉の真意を誰もが理解できないでいる中、山野上はそのまま言葉を続ける。
「私は創作に生かされてきました。だからこの世界では誰にも負けたくない」
「…?」
「何の話だよ」
誰も山野上の話についていけず、王賀美が口を挟むも、山野上は話を止めない。
「たとえ相手が著名な映画監督だろうと、トップ女優だろうと関係ない。負けたくないんです」
そこで山野上は一度言葉を止め、スイッチが入り高い集中力を維持している夜凪に顔を向ける。
「それはあなたも同じですよね景さん」
「………」
急に話を振られたことに疑問を思いつつも、夜凪は頷いて肯定の意を示す。
「だから、あなたには辛い思いをしてもらうことになります。入ってきてください」
その言葉は出演者の誰かに向けたものではなく、控室の扉に向かって投げかけられた。
そして間を置くことなく、ガチャリと音がしてその扉が開かれる。
山野上に呼ばれ、先ほどから扉の前で待機していた少年は控室の中へと足を踏み入れる。
「…………光?」
さも当たり前のような顔で、山野上の隣まで歩いてきたのは、夜凪の幼なじみであり、最近付き合いだした光だった。
このことに夜凪は疑問を浮かべると共に、山野上に対する怒りが生まれる。
なぜ山野上が光を呼んだのかわからない。
もしかしたら、激励のつもりで呼んだのかもしれない。
だとしたらそれは、夜凪にとって余計な行動でしかない。
ここ最近の夜凪は、親しい人間との接触を必要最低限に抑えていた。
親しい人間と会うことで浮かれてしまい、父親への怒りが薄れ、羅刹女の気持ちから遠のくのを嫌ったからだ。
もちろん、その筆頭である光とも言わずもがな。
付き合いたての一番楽しい時期であるにも関わらず、芝居を第一に考えて距離をとることを決め、光もそれに理解を示していた。
夜凪にとって光との記憶は、いつでも自分を支えてくれた幸せの記憶だったから。
だからこそ、山野上が光を連れてきたことに夜凪は怒りを覚える。
せっかくの役作りを壊すつもりなのかと。
しかしそんな夜凪の怒りは杞憂であり、結果として、光の登場は夜凪の羅刹女をさらに深いものへと昇華する。
「景……実はずっと、話したいことがあったんだ」
光は夜凪へと近づき、目の前まで移動する。
優しく、いつも通りの笑顔で語り掛ける光に、夜凪は羅刹女の怒りが溶けかけるのを感じる。
「光……ごめんなさい、後じゃダメかしら? 舞台が終わった後に――」
「ごめん、どうしても今じゃなきゃダメなんだ」
もはや開演まで5分もない。そろそろ夜凪も移動しなければならない時間。
にも関わらず、光と夜凪の二人が生み出す空間に、周りの者たちは口を挟めない。
ただ王賀美だけは声をかけようとするが、山野上がそれを手で制する。
これは舞台にとって必要なことだから、と。
「景、実は――」
少年は告げる。
誰よりも大切な幼なじみとの関係を、10年以上続くその関係を、完全に断ち切るために。
「実は――僕はずっと、景のお父さんと連絡を取り合ってたんだ」
「…………は?」
一瞬、夜凪の頭が真っ白になる。
きっと激励の言葉をかけてくれるのだろうと考えていた夜凪にとって、光の言葉は想像もできないものだった。
そんな夜凪に対し、光はたたみかけるように続ける。
「景のお父さんがいなくなったあの時も、実は別の女の人とずっと一緒に暮らしていた時も、景のお母さんの葬式の時も、僕はずっとあの人の居場所を把握していた」
「ちょっ……! 何言ってるの光、こんな時に冗談なんて――」
「冗談じゃないよ」
光の目は真っすぐ夜凪を捉え、いつの間にかその表情から笑顔が消えていた。
「いつまで、目を逸らすつもり?」
光のその言葉は、まるで体内に毒が広がるように、なぜか夜凪の奥深くに染みわたっていく。
「本当は気づいてるんでしょ? 自分が、ずっと見えないフリをしてきたことに」
やめて――
「おかしいと思わなかった? ずっと家に帰ってこなかったあの人が、都合よく葬式の日に現れたことを」
やめて、やめて、やめて――――!
その言葉を聞いてしまえば、もう戻れなくなる。
それを理解してしまった夜凪は、思わず耳を塞ぎたくなる衝動にかられながら、なぜか動くことができない。
そんな夜凪に対して、光は無慈悲に語り掛けた。
「景のお母さんが亡くなったことも、葬式のことも、全部僕があの人に伝えたんだ。映画を観ることで、感情を封じ込めようとする君の隣で」
光が言葉を言い切ると同時に、夜凪の怒りが爆発した。
勢いよく夜凪の右手が振りあがり、そのまま光の顔に向かって振り下ろされる。
しかし――
『僕は景の味方になって支える』
『好きだよ。景』
「ッ……!?」
脳裏に浮かぶ光からかけられた優しい言葉の数々。
10年にもおよぶ光との関係。
それが夜凪の右手を、光の左頬に当たる直前で止める。
――違う、光がそんなことをするはずがない。あの大好きな光が――
わずかに生まれた迷い。
だが光はそのわずかな迷いすらも断ち切りにいく。
「なんで止めたの? もしかして、まだ僕のことを信じたいとか思ってる?」
まるで拒絶するような冷たい声。
もうこうなっては止まらない。
なんとか繋がっていた最後の
「フーーッ、フーーッ、フーーッ……!」
夜凪の呼吸は荒くなり、手は震え、顔からは嫌な汗が滴り落ちる。
殺してやる――そう聞こえてくるほどの鋭い視線が、光に向けられていた。
それを受けた光は笑う。
しかしその笑顔は先ほどのような優し気なものではない。
ひどく獰猛な、本能のままに浮かべる歓喜の表情。
景が怒り、光が笑う。
偽り続けた二人の関係が、10年の時を経て、本来あるべき姿に戻った瞬間だった。
爆☆発
不殺キャラの不殺理由っていろいろあるけど、大きい理想や深い理由があるよりも、わりと自分勝手な理由の方が好きだったりする。
不殺に至るまでの過程がめちゃくちゃ納得できたり共感できたりする場合は、前述の通りではない。