君の激情に恋をして 作:考える人
初めて会ったのは、本当に偶然だった。
『一人だけ綺麗でいる演技が、僕には違和感を感じたけどね』
それは主演として出演したとある映画作品の公開初日。
その映画を見た人たちの生の声を聞きたくて、プライベートで映画館に寄った後、近くをぶらついていた時に聞こえてきた言葉。
別に批判意見なら慣れている。
多くの人から愛されることはできても、全ての人から愛されることはできない。
そういった意見は一理あるなら参考にして、的外れなら無視すればいい。
わざわざ重く受け止める必要もなければ、ましてや絡みに行く必要もない。
だというのに――
『ここ、いいですか?』
ちょうど一人になった彼の目の前の席に座り、あからさまに警戒する彼に向かって笑いかける。
思えば、この時からどこか惹かれていたのかもしれない。
それは自分と同じ
どこか私に似ていて、私の
その後もちょっかいをかけ続けた理由として、夜凪さんに対する対抗心の他に、光くん本人への興味があったことは今になってはっきりとわかる。
若手トップ女優が隣にいるのに、そこにいない夜凪さんにしか目を向けない光くん。
それがとにかく悔しくて、なんとしてでも自分の方に振り向かせてたい――なんて子供みたいな思惑を、私は次第に持つようになった。
なのに、会うたびに惹かれていったのは私の方だった。
会うたびに光くんの本性に触れ、素っ気なくされると悲しくなって、優しくされると嬉しくなって、夜凪さんの家のお風呂から出てきた時は自分でもびっくりするくらいイラついて。
少しずつ距離が縮まるのを楽しんでいた自分がいることに気づくまで、そう長い時間はかからなかった。
そんな私が彼に向ける感情の名前を、きっと知識としては理解している。
初めて抱いたその感情は、私の知らなかった私を教えてくれた。
もっと、あなたのことが知りたい。もっと、あなたの傍にいたい。
そうすることで、私は新しい自分を見つけ、感じたことのなかった喜びや怒りに気づいていく。
この感情は、きっとまだ発展途上だから。
私は知りたい、この感情の正体を――――
ーーーーーー
サイド乙 公演初日――
「あはは……、ほんとごめんね光くん。無理やり連れてきたみたいになっちゃって」
そう言って雪さんは、無理やり作った笑顔で僕に告げる。
公演開始まであと1時間と迫る中、僕は雪さんに半ば無理やり連れられるような形で、会場の入り口前に来ていた。
開演間近とあって、入り口前には舞台を見に来た多くの人であふれかえっている。
本当は、今日の舞台を見に来るつもりはなかった。
にもかかわらず僕がここにいるのは、黒山さんから言われた言葉が引っかかっているからだ。
『どうせもう二度と、夜凪や百城には近づかねぇとか思ってんだろ。けどそんなもんは、どこまで言っても誤魔化しでしかねぇんだよ。明日の舞台は絶対に見に来い。お前に本当に必要なものを見せてやる』
突然僕の家を訪れた黒山さんは、一方的にそれだけ言うとすぐに出ていった。
その言葉を無視するのは簡単だったが、それができずに今僕はここにいる。
昨日の景との決別で、僕は全ての決着を付けたつもりだった。
だというのに、僕の感情はぐちゃぐちゃに壊れたままで、寝ても覚めても景の羅刹女が頭に浮かんでしまう。
いい加減にしろよと、僕は俺に言い聞かせる。
お前の望みは叶えたはずだろう。お前の欲望は満たしたはずだろう。ちゃんと終わらせたはずだろう。
なのにどうして、俺は消えない。どうして、僕は消えない。
この感情は未練なのか。
だとしたら時間が経てば消えてくれるものなのか。
結局その答えは自分で出すことができなかった。
それが今、僕がここにいる理由なのだろう。
「えっと……、関係者の私が言うのもなんだけど、すごくいい舞台に仕上がってると思うから、きっと光くんも気に入ると思うよ」
「はい……」
いつもの僕なら、柊さんの言葉に愛想よく返すところなのだが、今の僕にはそれをする余裕が無かった。
昨日のことを引きずっているのもあって、表情が上手く作れない。
そんな僕に、柊さんもわかりやすく動揺してしまっている。
「あ、あー! じゃあ私は関係者の人に話を通してくるから! ちょっとだけここで待ってて!」
そう言って柊さんは入り口の方へと向かっていく。
慌てていたのは、気まずい状態から抜け出したかったという理由も少なからずあるはずだ。
柊さんが離れていったことで当然僕は一人になる。
彼女が戻ってくるまでの間どうしようかと考えていたその時、僕の背中に誰かがぶつかった。
「あ、すいません」
僕は咄嗟に謝って離れようとするが、ぶつかった人は背中にもたれかかるように力をかけ、一向に離れる気配を見せない。
「……?」
そんな不自然な行動を疑問に思い、僕は首をひねってなんとか背中の状況を確認する。
するとそこには、その小柄な体系からおそらく女性だと思われる人物が、僕の背中に頭を押し付けるようにしてもたれかかっていた。
おそらくというのは、その人物がフードを被っているため、顔が確認できないからだ。
「あの……」
「…………」
僕から女性に問いかけてみるも、女性は反応を示さない。
どうしたものかと考えたその時、なぜか無意識に、僕の頭の中に一人の少女の名前が思い浮かんだ。
「……百城さん?」
「正解」
僕の問いかけに答えた声は、間違いなく百城さんものだった。
しかし百城さんは僕の背中から離れようとしない。
「顔がバレるとまずいからこのままでいさせて」
僕は離れようとしていた力を抜くことで、百城さんのお願いを受け入れる。
「いいの? もう入場受付が始まってるのに、こんな所にいて」
「お客さんの顔を見ておきたかったの。そしたら光くんを見つけたから、ついもたれかかっちゃった」
そう話す百城さんの声は、どこか上機嫌だった。
「昨日無視されたこと、けっこうショックだったんだよ?」
「…………」
「謝ってくれないんだ」
「謝る資格もないから」
いや、謝る資格どころか、こうやって関わる資格すら僕にはない。
百城さんたちのような、日の当たる場所にいる人たちは、僕のような人間と関わってはいけないんだ。
昨日、僕はそれを心の底から実感したのだから。
「やっと近づけたと思ったのに、また遠くなっちゃった。そうやって毎回私をやきもきさせて、光くんってほんと駆け引き上手だよね」
「……そんなつもりはないよ」
「ふーん、まあそれはいいや」
そう言って百城さんは一度話を区切る。
それと同時に、とてつもなく嫌な予感が僕を襲った。
「私ね、光くんと会ったら、聞きたいと思ってたことがあるんだけど――」
百城さんの声のトーンが、一段階下がったのを僕は感じ取る。
「――夜凪さんと付き合ったってほんと?」
僕は嫌な予感が当たったことを察した。
「まあその、一応……。といっても、昨日までの話だけど」
「光くんから告白したの?」
「うん……」
「いつ?」
矢継ぎ早に繰り返される百城さんの質問に、僕は尋問されている気分になってくる。
「……えっと、それは――」
言い淀んだのがいけなかったらしい。
「いつ?」
声のトーンが一段階、さらに下がる。
「その…………、百城さんのマンションに行った帰り道…………」
「そっか。じゃあ光くんは、私が光くんに気持ちを伝えたすぐ後に、別の相手に告白したんだ」
「…………」
もちろん自覚している部分はあった。
ただ実際に口に出して言われると、自分のどうしようもなさを心の底から実感してしまう。
だから僕は、何を言われても受け入れる気でいたし、罵られても、手を出されても仕方ないと思っていた。
しかし百城さんは怒るどころか、小さく笑い声をあげ、声のトーンも元の上機嫌なものに戻る。
「ごめんごめん、冗談だよ。黒山さんから色々話を聞いた今なら、光くんがどんなつもりで告白したのか、なんとなく理解できるから」
百城さんがそう言い切ると、背中にかかっていた力が無くなるのを感じる。
「あの日、光くんに言ったこと、改めて言うね」
いつの間にか目の前に移動していた百城さんは、いつ見ても見惚れるような綺麗な笑顔を僕に見せる。
まさに天使という言葉がふさわしい笑顔。しかし――
「最高の演技で、夜凪さんに勝ってみせるから」
そう告げた百城さんの表情には、その仮面の裏に隠す悪魔が、確かに顔を覗かせていた。
天使から悪魔へと変貌した彼女の表情に、僕は目を離すことができない。
また後でねと言いながら去っていく彼女の姿を、僕はずっと目で追っていた。
別の道に進む仲間との別れ、長かった旅の終わり、みたいな感じで後ろ向きの理由ではなく、前に進むための過程にも関わらず、どこか寂しさを感じて切なくなる描写が好き。
泣かないでよ、おめでたいことなんだから。ほら、笑って――的な!!!