君の激情に恋をして   作:考える人

34 / 38
羅刹女 サイド乙

 

 

 嫌いで仕方がなかった。

 憎くて仕方がなかった。

 いつも殺してしまいかった。

 

 だから偽った。

 心優しい自分を。

 大人しい自分を。

 迷惑をかけない自分を。

 

 理想の姿を想像し、そうなりたいと願い、そうあるように努めた。

 

 すると、みんなが認めてくれた。

 君は本当に優しい子だねと。

 君は本当に優秀な子だねと。

 君は本当に欠点がない子だねと。

 

 一番近くにいた幼なじみですら、あなたにはいつも助けられていると、そう言ってくれる。

 

 

 なのに、自分の中にいる怪物が消えることはなかった。

 消えてしまえと叫んでも、死んでくれと願っても、目を逸らして見えないフリをしても、怪物は(はら)の中に居座り続ける。

 怪物はふとした拍子に顔を出し、感情の全てを支配するように、偽った自分を塗りつぶしていく。

 それが怖くて仕方なかった。

 まるで、自分が自分じゃなくなるみたいで。

 まるで、自分が別人へと置き換えられていくようで。

 

 優しい笑顔を浮かべながら、いつも何かに怯えながら生きる自分。

 人が傷つくのを平気で是とする、本能に忠実な自分。

 

 誰が見ても好ましい理想の姿は偽物で。

 誰が見てもおぞましい醜悪な姿が本物で。

 

 そんな自分が、世界中の誰よりも嫌いだ。

 

 頭の中では、いつだって(ささや)き続けている。

 ああ、腹が立つ、腹が立つ――と。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「光くん連れてきましたよ」

 

 柊さんに連れられ、僕がたどり着いたのは、見るからに関係者以外立ち入りが禁止されているような部屋。

 設備的な面もそうなのだが、なにより舞台が一番いい位置で見られる場所にあり、ここからガラス越しに鑑賞するだけで、満足度が上がるのは容易に想像できる。

 そしてその部屋には、黒山さんが僕を待っていたかのように一人で佇んでいた。

 

「じゃ、じゃあ私はカメラ席の方に行くんで~」

 

 そう言って柊さんは出ていき、部屋には僕と黒山さんの二人きり。

 気まずいというほどではないが、何とも言えない空気が部屋の中に流れている。

 そんな空気の中、先に口を開いたのは黒山さんだった。

 

「あー……、そういやお前の名字ってなんだっけ? 夜凪も百城も柊も下の名前でしか読ばねえから、なんなら聞いたことなかったわ」

 

 黒山さんのその質問に、僕は思わず肩の力が抜ける。

 何を言われるかと思えば、想像以上にマヌケな問いかけだったからだ。

 

「園山です」

 

「そうか。じゃあ園山、お前役者やる気ないか?」

 

「……え?」

 

 文面で見れば何も難しいことではないのだが、その意味を理解するのに僕はかなりの時間を要した。

 

「まんまの意味だよ。事務所に所属して役者やらねえかって話だ。なんならうちで面倒見てやる。もっと大手の事務所がいいってんなら、俺からスターズに紹介してやってもいい」

 

 それはこちらの意志を最大限尊重する、役者を目指すものなら信じられないくらい破格の提案。

 もちろん黒山さんに冗談を言っているような雰囲気はない。

 

「まあ今すぐ決めろとは言わねぇよ。お前自身がやる気になったらでいい」

 

 そう言って黒山さんは僕から顔を背け、舞台の方へとその視線を向ける。

 その視線の先では、まさに舞台の幕が上がろうとしていた。

 

「とりあえず今は舞台を見ていけ。昨日も言ったが、お前に本当に必要なものをこの舞台で見せてやる。覚悟しとけよ。ふっきれた女はマジで怖ぇぞ」

 

 ふっきれた女――それが誰のことを指しているか、僕はすぐに思い至ることができた。

 そして、まるで停電したかのように、会場内全ての照明が消える。

 

『ああ、腹が立つ。腹が立つ』

 

 静寂の中で透き通るように響く百城さんの声。

 それが舞台の始まりを告げる合図となり、サイド乙の羅刹女は幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 結論から言うと、百城さんの演技は圧巻だった。

 遠くて近く、近くて遠い。

 誰もが見惚れる天使のような美しい表情。

 誰もがおののく悪魔のような恐ろしい表情。

 その二つの表情を延々と繰り返す百城さんの表情から、僕は目を離すことができない。

 

「すごい」

 

 そんな言葉が、僕の口から無意識に漏れる。

 好みだとか、技術だとか、そういうものを越えて出た言葉だった。

 

 もちろん百城さん以外の役者も素晴らしく、共演者が景色として強くなることで、さらに百城さんに目が行き、その存在感が際立っていく。

 『最高の演技で、夜凪さんに勝ってみせるから』――そんな百城さんの言葉に偽りはなく、完成度という点では圧倒的に上だと、素人の僕でも理解できた。

 

 

 そしてサイド乙の舞台は高い完成度を保ったまま、ついに終盤へと差し掛かる。

 

 羅刹女が孫悟空たちとの殺し合いに身を委ねる場面。

 激しい動きがメインとなる派手なシーンなのだが、そのせいか百城さんの姿が一瞬ブレたように見えた。

 

「あれ――?」

 

 いや、あれはブレたというよりも、羅刹女の姿が別の誰かと重なったような――――

 

「羅刹女は牛魔王を愛している。どんなにひどい扱いを受けようと、別の女のところに行こうと、恨むことができない。恨み切れないでいるんだ」

 

 ちょうど僕が戸惑いを感じたその瞬間に、隣にいる黒山さんが補足するように説明する。 

 

「…………その想いを、殺し合いに身を委ねることで忘れようとしている――そういうことですか」

 

「ああ、そういうことだ。なあ園山、百城の羅刹女――お前にはどう見える?」

 

 そうか……。そういうことか…………。

 

 僕は黒山さんの言葉を受け、二つのことを理解した。

 一つは、昨日のサイド甲と比べ、サイド乙の方がより羅刹女と向き合い、話の筋が通っているということ。

 そして二つ目は、先ほど羅刹女とかぶって見えた人物の正体。

 

 そうだ。あれは――

 

「僕だ」

 

 何かから目を背けるように、狂気を前面に出して殺し合う羅刹女の姿。

 それが僕の姿と重なっていた。

 

 どこへも向けることのできない怒り。

 どこへも吐き出すことのできない苛立ち。

 それこそが、僕と羅刹女の持つ同じ思い。

 そこに至るまでの過程はまったく違えども、たどり着いた場所が同じだからこそ、こんなにも羅刹女にシンパシーを感じているのだろう。

 思えば、花子さんと一時期よく会っていたのも、彼女にシンパシーを感じていたのが原因だったのかもしれない。

 羅刹女の怒りは、花子さんの怒りだから。

 

 でも、羅刹女は救われる。

 

『なぁ羅刹女よ、火焔山の炎を鎮めてくれ、後生だ』

 

『分かったわ』

 

 最後のセリフが告げられ、百城さんの手に持った芭蕉扇が高々と掲げられる。

 

 殺し合いに溺れることで、羅刹女は救いを覚えた。

 最後に火焔山の炎を鎮めて、舞台は終幕する。

 

 

 なら――殺し合いでも救いを見いだせなかった僕はどうすればいい?

 

 

 我慢してもダメだった。

 思いを爆発させてもダメだった。

 どうあがいても醜い魂が消えないのなら、それが源泉である僕の怒りは消えるはずがない。

 救いなんてあるわけがないんだ。

 僕と羅刹女は違う。

 

 百城さんの掲げた芭蕉扇はゆっくりと振り下ろされ――

 

「え――?」

 

 振り下ろされかけた芭蕉扇。

 それは孫悟空――いや、牛魔王によって阻止される。

 予定外の動きだったサイド甲と、まるで同じように。

 

「あれって、脚本になかったはずじゃ……」

 

「園山、お前ならもう気づいてるはずだ。10年以上自分の怒りと向き合い続けたお前なら、惚れた相手への想いが、殺し合いなんかで忘れられるわけねぇってな」

 

「…………」

 

 舞台に目を向けながら言葉を紡ぐ黒山さん。

 サイド甲と同じように泣き崩れる百城さん。

 それにより、トラブルではなく演出であることを理解する。

 

「園山、お前が向き合うべきだったのは、もう一人の自分とやらでもなく、惚れた相手との決別でもねぇんだよ」

 

「…………」

 

「お前が本当に必要だったのは、どうしてもそれ(・・)を愛してしまう――――そういう自分を許すことだろ」

 

「あ――」

 

 僕の目の前には、もう一人の俺がいた。

 

 嫌いで仕方がなかった。

 憎くて仕方がなかった。

 いつも殺してしまいかった。

 

 だからずっと思っていた。

 どちらかが消えるしかないんだと。

 

 でも、違った。

 

 消せるわけないんだ。

 嫌いでも、憎くても、殺したくても、その存在を認めないことなんてできなんだ。

 僕は俺で、俺は僕なんだから。

 そんな簡単なことに、どうして気づけなかったんだろうか。

 いや、そんなの分かりきっている。

 

 ずっと目を逸らしていたからだ。

 幸せになることを否定していたのは、他の誰でもなく、僕自身でしかなかった。

 

「もっと早く、ちゃんと向き合っていればよかった」

 

 つい漏れたのは後悔の言葉。

 

 僕は俺に向かって手を伸ばす。

 俺も僕に向かって手を伸ばす。

 その手が重なり合った時、もう一人の自分は消えていた。

 

 僕と俺の境目は、もうわからない。

 

「“羅刹女”は“怒り”の物語じゃねぇ。手前(てめえ)の気持ちを認められないやつらが、孫悟空に背中を押される――そういう“救い”の物語だ」 

 

 黒山さんのその言葉と同時に、舞台では羅刹女により芭蕉扇が振り下ろされる。

 遠く離れた客席、それもガラス越しだったにもかかわらず、僕は確かに風を感じた。

 

「どうだった?」

 

「もう一度……、もう一度みたいです」

 

「そうか」

 

 僕のその感想に満足したのか、黒山さんは舞台に背を向け、部屋から出ていこうと歩き出す。

 

「まだ舞台は初日だ。明日以降もっと完成度を上げていく。だからまた見に来い」

 

「……はい」

 

 僕は舞台に目を向けたまま、力なく肯定の言葉を告げた。

 

 舞台は既に幕を下ろしている。

 客席からもチラホラと立ち上がる姿が見られ、惜しみない拍手の音も既にやんだ。

 それでも、僕はまだ目を逸らしたくなくて、脳裏に焼き付いた役者たちの姿を映しながら、ずっと舞台を見つめ続けている。

 

 

 

 

 ああ、腹が立つ、腹が立つ――――その囁きは、もう聞こえない。

 

 

 




普段チャランポランでとても尊敬できない大人が、ここぞというときにそのすごさを見せつけるのが好き。
積み上げてきたものの圧倒的な違いを感じさせるのよき。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。