君の激情に恋をして 作:考える人
サイド乙の羅刹女によって一人の少年が救われた一方、一人の演出家と一人の主演女優も怒りという名の呪いから解放されていた。
「
サイド甲のために用意された稽古場に、山野上と夜凪を始めとした出演者全員が集まる。
怒りから解放された山野上と夜凪に残ったのは、負けたくないという純粋な悔しさのみ。
その悔しさだけを武器に、明日からの舞台を勝ちにいくための話し合いが行われていた。
「羅刹女は怒ってるんじゃない。彼を愛してしまう自分を許せなかったんです。わかりますか、景さん」
サイド乙の舞台を通して得た、新たな羅刹女の解釈を夜凪に伝える山野上。
とはいえ、それはあくまで山野上自身の経験から来る解釈であるため、若い夜凪がそれを理解するには時間がかかると考えていた。
しかし――
「うん、わかるわ」
山野上の予想に反し、力強く頼もしい言葉を返す夜凪。
その表情に一切の迷いはない。
「でも一応、花子さんの話も聞いておきたい。あいつにどんな風に恋をしていたの?」
さらに夜凪は臆することなく、自身の父親の不倫について詳しい話を聞こうとする。
たったの昨日今日で大きく変化した夜凪の強さに、共演者たちは驚き、感心するといった様々な反応を見せた。
一方で尋ねられた山野上はというと――
「………………どんな風に」
「何を赤くなってんだよ」
「す、すみません」
これでもかというほど顔を赤らめて汗を流し、それを王賀美に突っ込まれていた。
「…………絵や小説なら、こんな恥ずかしい想いもせずに済んだんですが」
山野上がそう話すのは、一人で絵を描き続けるしかなかった、孤独だったころの自分。
しかし今は違う。
彼女を舞台を、
「いちから立て直します」
「うん」
もう彼女は一人ではない。
燃え盛る炎の絵も、もう描けない。
「そういえば花子さん、もう一つ聞きたいことがあるのだけど」
「何ですか?」
「昔、よく光と二人で会ってたのよね?」
「……ええ、まあ」
「後でその話、詳しく聞かせてね」
「……」
この時のことを、後に山野上は次のように語っている。
一切表情を変えることなく山野上を見つめる夜凪は、今まで見たどの姿よりも恐ろしかった、と。
ーーーーーー
週末に行われた羅刹女の両サイド初日公演が終わり、訪れる月曜平日の朝。
学生である僕は、当然のように学校へと向かっている。
そんな登校の最中、校門前で偶然知り合いの姿を見つけ、挨拶ついでに声をかけた。
「おはよう朝陽」
「ん? あ、園山おはよう。ってそういえば、あんた夜凪の舞台どこで見てたの!?」
こちらを振り返り、僕の姿を認識した朝陽は勢いよく僕に問いかける。
どちらかというと、問い詰めるという言葉の方が正しいかもしれない。
「詳しくは言えないけど、特等席みたいなところで見てたよ」
「はあ? なにそれフツーに意味わかんない。それより園山なら分かったでしょ! 舞台中の夜凪、なんかフツーに変だったというか、その、上手く言葉にできないんだけど、終わったあと会おうとしたけど会えなくて、それで――」
「ちょっと落ち着きなよ朝陽」
声を荒げて狼狽する朝陽の様子に、登校中の生徒達の視線が集まる。
それに気づき恥ずかしくなったのか、朝陽は少し冷静さを取り戻す。
「園山は夜凪と会ってないの?」
「……うん、会ってない。でも大丈夫だよ。景はきっと今も、今日の公演に向けてがんばってるはずだから」
「…………まあ、園山が言うならフツーに大丈夫か」
僕の言葉に安心した朝陽は、すっかりいつもの調子に戻っていた。
「てか、そういえばさぁ!」
そう言いながら朝陽が浮かべるのは、私怒ってますよと言いたげな表情。
あ、これ愚痴聞かされるやつだ。
そこそこの付き合いからそれを察した僕は、長丁場になることを覚悟する。
「舞台終わった後、遼馬と二人で遊びに行きたかったのに、フツーに吉岡もついてきたんですけど! ありえなくない!? フツー空気読んで二人っきりにするでしょ! 遼馬も遼馬でその辺の乙女心をちゃんと察するべきというか――――!」
止まらないなぁ。
「というか、どうせ園山行くだろうと思って吉岡も一緒だったのに、こんなことなら吉岡パージして遼馬と二人っきりで行けばよかった!」
「ハハ、そんな寂しいこと言わないであげてよ。吉岡も
同じクラスメイト、同じ映研であるはずの吉岡の扱いのひどさに、僕は思わず笑ってしまう。
ただ吉岡本人は鈍い所があるから、きっと朝陽の不満にほとんど気づいてないだろうけど。
「……」
「朝陽?」
「園山……あんたなんか変わった?」
不思議そうな表情で僕を見つめる朝陽。
やはり鋭いなと思いつつ、朝陽の質問に僕は自信を持って答えた。
「いや、僕は昔からこんなだよ」
そうだ。僕は昔から変わってない。変わらないし、変われない。
変わったことがあるとするなら、そんな変わらない自分を、昔より少し嫌いじゃなくなったということだけ。
ただそれだけで、どこか晴れ晴れとした気分になることができた。
「まあ別にいいけど。それよりさっきから園山のスマホ鳴ってない?」
「あ、ほんとだ」
僕はカバンからスマホを取り出し、通知画面を確認する。
そこに表示されていたのは『夜凪景』の名前。
「誰? もしかして夜凪?」
「いや、ただのクーポンのお知らせだった」
そう言って僕はスマホの電源をオフにし、再びカバンの中へしまう。
花子さんの案に乗った形とはいえ、僕がやったのは景をひどく傷つける行為だ。
それに、そこに自身の欲望が一切なかったといえば嘘になる。
景の演技のためという建前を使って、僕は自分の欲望を満たそうとした。
そういった欲望に対して割り切れるようになったとはいえ、やったことが消えるわけではない。
もともと僕は、景を傷つける策を実行した場合、もう二度と景と関わらないと心に決めていた。
それが僕の罰であり罪。そう考えての決意。
しかし今となっては、それが逃げの選択肢になっているのかもしれない。
僕自身、景と会いたくないという気持ちも、確かに存在しているのだから。
「ままならないな……」
「なんか言った?」
「いや、なにも」
「そう、というかさっきの続きだけどさ、その後も遼馬が――――!」
愚痴はまだ、終わりそうにない。
余談にはなるが、なぜかこの日以降、告白されるペースが急激に上がった。
ーーーーーー
時は流れ、舞台羅刹女、サイド甲の千秋楽当日。
舞台を直前に控えた夜凪は、控室に百城を呼び出していた。
しかし夜凪は何をするでもなく、目をつむりながら椅子に座っている。
「ねぇ夜凪さん」
「何?」
「何って、あなたが私を呼んだんでしょ? もうすぐ本番なのに、一体何の用?」
「ああ、ごめんなさい」
夜凪は目を開くと、優しく微笑みながら百城に告げる。
「そこにいてくれるだけでいいの」
「ああ……、いつかのお返しか」
百城が思い出すのは、夜凪を自分たちの稽古場に呼び出し、自身の役作りのために利用したあの日のこと。
「お返しというか……やれることは全部やりたくて」
「うん、仕方ないな。許してあげる」
ダブルキャストとして争いあっている二人。
しかし二人の間には、どこか穏やかな空気も流れている。
演技でぶつかり合い、合同稽古で役を共有し合ったからこそ、絆のようなものも芽生えていた。
「そういえば、あの時は光くんもいたね」
「…………」
百城の言葉に、笑顔だった夜凪のその表情は、わかりやすく不満げなものに変わる。
「まだ連絡取れてないんだ」
「電話は絶対出ないし、メッセージも既読すらつかないわ」
「ブロックされてるんじゃない?」
「おかしいでしょ! あんな事があった後で、私がするならまだしも、光が私を拒絶するなんて!!」
役に没頭しようとしていた夜凪だが、それを忘れて感情を爆発させる。
「それに私、光の彼女なのよ! 彼女からのメッセージを無視するとかありえないって、ひなも言ってたもの!」
「あれ、でも光くんは別れたみたいなこと言ってたけど」
「言ってないわ! だって私からも光からも、別れようなんて言葉出てないんだから!」
世の中には自然消滅というのもあるんだよ――百城はそう言おうとして、やめた。
明らかにめんどくさいことになりそうだったからだ。
「じゃあもしかして、夜凪さんのこと嫌いになっちゃったとか?」
「それはないわ」
夜凪はピシャリと言い放つ。
その声は驚くほど低く、それまでの怒りとは比べ物にならない。
「黒山さんは光くんのこと拗らせてるって言ってたけど、夜凪さんも大概だよね」
「私は拗らせてないわ……あっ、役作りのこと完全に忘れてた」
夜凪は思い出したようにまた目を閉じ、役に没頭していく。
百城もまた、そんな夜凪を穏やかな表情で見つめる。
「……負ければすべてあなたに奪われて、勝てば一生女優を続けられる。そう信じていたの。バカみたいだよね。そんな単純な話じゃないのに」
百城の言葉に少し考えこんだ後、夜凪はまた目を開き、その視線が百城と重なる。
「忘れていたんだよ。舞台が終わっても、勝負は毎日続くんだって。どうせ私たちは、しわしわのおばあちゃんになっても役者だから」
まだ若いながらも、生涯役者として生きていくことを決めた二人の少女。
お互いがお互い、これからも共に高め合い、成長していく未来を想像して、自然と笑みがこぼれた。
「あ、でも光くんはそういうわけにもいかないよね。欲しければ奪うしかない……、ねえ夜凪さん」
「何?」
「光くん、私がもらっていい?」
それは自身の想い人を奪い取ろうという発言。
そんな言葉を笑顔で発した百城に対し、夜凪も最高の笑顔で返す。
誰もが見惚れるような、とてもキレイな表情で。
「絶対に渡さない」
できることはやっておきたい――その気持ちで百城を呼んだ夜凪。
その効果のほどは定かではないが、少なくとも夜凪の心は燃えていた。
第三勢力に所属する主人公がシンプルに好き。
三つ巴とかではなく、巨大な二つの勢力に少し劣るくらいの力関係がいい。