君の激情に恋をして   作:考える人

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エピローグ ①

 

 

「落ち着いた?」

 

「うん、大丈夫。ごめん、急に泣き出したりして」

 

 感情が高ぶったことで、涙まで流してしまった僕。

 人前で泣いたのなんてこれが初めてかもしれない。

 それも景の前で泣いてしまったという事実に、かなりの恥ずかしさを覚えていた。

 

「それにしても、光が泣いとるとこなんて初めて見たわ」

 

「お願い、恥ずかしいからそれ以上突っ込まないで」

 

「ふふっ」

 

 楽しそうに笑う景を見て、僕はさらに恥ずかしくなる。

 勘弁してほしい。

 

「あっ、そういえば、もう一つ光に聞きたいことがあったんだけど」

 

「……?」

 

 一体なんだろうか。僕が話すべきことは全て話したつもりだ。

 隠し事ももうない。だから僕が答えられることなんて――

 

 

 

「私たちって、まだ付き合ってるわよね?」

 

 

 

 ……おっと。

 

「千世子ちゃんがね、変なこと言うのよ。光が私と別れたみたいなこと言ってたって」

 

 ああ、うん、あー……。

 

「でも光に別れようなんて言われてないし、私も言ってないから、私たち別れてないわよね?」

 

 ……そうか、景にとっては別れてないっていう認識なのか。

 あんな事があった後だから、自然と関係も消滅したものだと……

 

「その……すごく言いにくいんだけど、あれだけ酷い事した後だし、景も心の底から僕のことを憎んでたし、おのずと別れたってことになるかなって――」

 

「ひなたちだって、しょっちゅうケンカくらいしてるわ」

 

 いや、あの二人多分まだ付き合ってないし、ほとんど朝陽さんの片思いというか……

 それよりも、あれだけの事があったのに、それをケンカなんて言葉で済ませるの?

 僕は本気で景との関係を絶つ覚悟でやった事なんだけど。

 

「えっと、それにもとを正せば、あの時の告白は純粋な気持ちでしたものじゃなくて、よこしまな考えが混じった上でのものだから、今の僕はあれを告白したことにカウントしたくないんだ」

 

「じゃあ光は、もう私のこと好きじゃなくなったの?」

 

「いや、そういうわけじゃなくて――」

 

「じゃあ今もう一回告白して」

 

 

 ………………え、今?

 

 

「そしたら今度は、私もハッキリと自信を持って光の言葉に答えるから」

 

 景は僕の目を真っすぐと見つめて離さない。

 さあこいと言わんばかりに。

 

「でもさ、こういうのって雰囲気とかもあるし、いきなりしろって言われても……」

 

「前の告白の時は、千世子ちゃん迫られたすぐ後だったのに?」

 

「………………」

 

 まずい、せっかく自分のことを許せかけていたのに、過去の自分の行動を思うとまた嫌いになりそうだ。

 というか百城さん、そんなことまで景に話したのか。

 正直な話、そこだけは百城さんのプライバシーに関わってくるから、それとなくぼかしたのに。

 

「私のこと好きなら何も問題ないでしょ。ほら早く」

 

「…………」

 

 もう覚悟を決めるしかないのか?

 そりゃもちろん、景に気持ちを伝えられることは嬉しい。

 ただつい数分前まで、僕は二度と景とは関わらないつもりでいたんだ。

 それがいきなり告白を強要されるようなことになって、気持ちの整理がまったくついていない。

 

 かといって、この場をなあなあで済ますことを許してくれそうもない。

 景はあの日の羅刹女のような雰囲気で、僕が口を開くのを待っている。

 

 やはり、覚悟を決めるしか――

 

「ダメだよ。告白を強要させるようなことしたら」

 

 それは僕と景に割り込む第三者の声。

 まるで天からの救いのような言葉に、僕は勢いよくその声の主の方に顔を向ける。

 

 そこには、二人目の羅刹女がいた。

 

「百城、さん……」

 

「こんばんは、光くん、夜凪さん」

 

 百城さんは笑顔を浮かべ、当たり前のように僕たちへ挨拶の言葉をかける。

 一方で、真剣な表情で僕に迫っていた景も、その表情をとびっきりの笑顔に変えて、百城さんの方へと顔を向ける。

 

「こんばんは、千世子ちゃん。どうして千世子ちゃんがここにいるのかしら?」

 

「黒山さんから聞いたんだ。二人がここにいるって」

 

「……あのヒゲ」

 

 笑顔のまま、ボソリとつぶやかれた景の低く冷たい言葉を、僕は聞き逃さなかった。

 きっと今ごろ、面白がって笑っているであろう黒山さんの姿が目に浮かぶ。

 そしてこの後、景とケンカするとこまで想像できた。

 

「ちょっと待っててもらえないかしら。今は私と光で大切な話をしているの」

 

「光くんのことなら、私も関係あるんじゃない?」

 

「ないわ」

 

「あるよ。私だって、光くんに告白して、今は返事待ちだから」

 

 あれ、そうだったっけ?

 もしかしてファンにしてみせるみたいな話のこと?

 

「千世子ちゃんには悪いけど、光は私のことが好きだから」

 

「でも光くんの秘密を教えてもらったのは私の方が先だし、羅刹女の勝負も私の勝ちだったんだから、今はもう心変わりしてるかも」

 

「視聴者投票では負けたけど、光の好きな演技は私の方のはずよ。だってそのために、わざわざ光自身が協力してくれたもの」

 

「でも私の演技を見て、もう一度見たいって言ったらしいよ。実際に何度も見に来てくれたし」

 

 景と百城さん、二人の圧はどんどん強くなっていく。

 静かに怒りをつのらせる二人の言い争いを見て、喜んでいる自分がいるが、話がややこしくなるので心の隅に置いておく。

 今はとにかく、この場を治める方法を――

 

「光」「光くん」

 

 そう考えていると、二人から同時に名前を呼ばれる。

 もう嫌な予感しかしない。

 

「「どっちの演技の方がよかった?」」

 

 誰か助けて。

 

 

 

 この後、僕は二人の演技のよかったところを事細かに伝え、どちらも良かったという逃げの解答で、なんとか窮地を脱した。

 殺されるかと思うほど二人からは睨まれたけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 公園での出来事から数日後――

 

 

「やっと光くんも、こっち側(・・・・)にくるって決めたんだ」

 

「うん、なんだか散々遠回りした気がするけど、百城さんも含めていろんな人に背中を押されたから」

 

 僕はとある建物を訪れ、百城さんに案内される形で、ある人物に会いに来ていた。

 大げさでも何でもなく、今後の人生を左右する決断を伝えるために。

 

「ほんとごめん、わざわざ百城さんに案内させるようなことして」

 

「いいよ、私が好きでやってることだから。それより――」

 

 百城さんはその場で振り返るようにして僕の顔を凝視する。

 目を逸らすことは許さない。そんな強い意思の込められた表情。

 その表情を向けられた僕は、『あ、これ絶対マズいやつだ』と、これまでの経験から察することができた。

 

 ただまあ、察することができたからといって、対策できるかどうかは別の話なんだけど。

 

「光くんはいつになったら、私のことを名前で呼んでくれるの?」

 

 ほらね?

 

「そういうのはほら、人それぞれだし……」

 

「私は光くんって名前で呼んでるし、光くんも夜凪さんのことは名前で呼んでるのに」

 

「いや、百城さんは初対面の時から僕のこと名前で呼んでたじゃん」

 

 まああの時は多少打算的な考えもあったんだろうけど。

 

「それとも、私のことを名前で呼べない理由でもあるの?」

 

 どこか揶揄(からか)うような声と表情で僕に問いかける百城さん。

 それを受けて僕は改めて考えてみる。

 しかし考えれば考えるほど、名前呼びを断る理由が見つからない。

 なによりも名前呼びをする相手が、それを望んでいるのだから。

 

 そうだ。百城さんはそれを望んでいる。

 だからこそ僕は、今まで通りの呼び方で百城さんに告げる。

 

「そうだね……、名前呼びはちょっと恥ずかしいかな。景とは小さいころから一緒だから、自然とお互い名前で呼び合えるけど」

 

「……」

 

 僕の言葉を聞いた百城さんは、その表情に一切の変化を見せない。

 不自然なほど変化のないその表情は、百城さんが内心苛立ちを覚えていることの証。

 

「ふふ、そこで夜凪さんの名前を出すんだ」

 

「別に深い意味はないよ、百城さん(・・・・)

 

 僕は百城さんと笑いあう。

 お互いとびっきりの笑顔を浮かべて。

 それはいつまでもこうしていたいと思うほど甘美な時間だった。

 

 しかしその時間は、目的の場所へとたどり着いたことで終わりを迎える。

 

「じゃあ私はここまでだけど、ほんとに一緒じゃなくていいの?」

 

「うん、ここからは僕一人で行くべきだから」

 

「そっか」

 

 僕はここまで案内してもらった感謝を伝えると、百城さんは僕から離れて歩き出す。

 それと同時に、僕のスマホの通知音が鳴った。

 画面を見ると、そこに表示されていたのは『百城千世子』の名前。

 

 送られてきたメッセージの内容は――『私はまだ諦めてないよ。いつか光くんを、私に夢中にさせてみせるから』――というもの。

 顔を上げると、『ばいばい』と口にして手を振りながら、女優『百城千世子』はその場を去っていった。

 まるで、初めて会ったあの日のように。

 

「……ハハッ」

 

 初めて見た日から変わることのないキレイな表情。

 しかし変わらないはその仮面だけ。

 仮面の奥に隠しているものも、僕と百城さんの関係も、あの日からは大きく変わった。

 全てが過去となった今では、本当に夢のような日々だったと思う。

 

 そして残念だけど、百城さんの言ういつかがくることは絶対にない。なぜなら僕は――

 

「千世子の羅刹女を見たあの日から、既に君の演技に夢中なんだから」

 

 本人には恥ずかしくて絶対に言えない言葉。

 それは誰にも聞かれることなく、僕自身が噛み締めるだけで終わる。

 きっと彼女との縁は、今後もしばらく切れることはないのだろうと、心のどこかで確信していた。

 

 

 

 

 そうして一人になり、改めて僕は『社長室』と書かれた扉と向かい合う。

 それは間違いなく、開けば人生が変わる扉。

 少し鼓動が早くなるのを感じながら、その扉をノックする。

 

『どうぞ』

 

 部屋の中から聞こえてきた返事を聞き、一度大きく深呼吸をして僕は扉を開いた。

 

「失礼します。先日お電話させていただいた園山光です」

 

 部屋の中へと足を踏み入れ、ハキハキとした声を意識しながら挨拶の言葉を投げかける。

 スターズ芸能事務所社長、星アリサさんに向かって。

 

 用件はもちろん、役者になるという意思を伝えるためだ。

 といっても、電話で既にアリサさんから了承をもらっているため、あくまで今日は正式に契約を結ぶだけ――

 

「それで、何しに来たの?」

 

 あれー?

 

「何しにって、電話で話した通りなんですけど……。それに以前直接会った時もスカウトしてくださったじゃないですか」

 

「してないわ」

 

 ええ……。

 

「少なくとも、あなたみたいにふっきれた表情を浮かべる子をスカウトした覚えはないわ」

 

 ……この人、本当に鋭いなぁ。

 スカウトされた時も僕の本性を見透かしてたみたいだし。

 

「まあいいわ。あなたは容姿が整ってるから雇ってあげる」

 

「……」

 

 顔を褒められたにもかかわらず、僕の気持ちはどこか複雑だった。

 いやまあ、役者になれるなら別にいいんだけど。

 

「そういえば、あなた黒山からも勧誘を受けてたのよね」

 

「はい、一応」

 

「そっちの事務所に入ろうとは思わなかったの? そうすればあの娘と一緒にいられる時間も増えるでしょうに」

 

「ああ、それは……」

 

 もちろん、それは僕も考えた。

 景と同じ事務所で、一緒に切磋琢磨し合えたら楽しいだろうなと。

 当然今まで以上に会うことも増えるだろうし、景の活躍を近くで見て感じることができる。

 それはなんて幸せな時間なのだろうと。

 でもそれと同時に、こう(・・)も思ってしまったんだ。

 

 景とは敵同士でいたいと。

 

 結局のところ僕はあの日、羅刹女の舞台で景と向き合った日のことが忘れられないでいる。

 僕に向けられたあの怒りと憎しみを、思い出しただけど胸が高鳴ってしまう。

 そんな僕の歪んだ根っこはどこまでも変わらない。

 だからこそ、好きな子とは隣で手を握るのではなく、正面から睨み合いたいとなるのは必然だった。

 

 それを正直にアリサさんに伝えると、普通にドン引きされた。ですよね。

 

「まあ、それであなたが幸せになれるのならそれでいいわ。問題さえ起こさないでくれれば」

 

 そう言ってアリサさんは契約書等が入った書類を僕に差し出す。

 

「ようこそ、誰もが演じる世界へ」

 

「……はい!」

 

 誰もが自分以外の誰かを演じる、それが当たり前の世界。

 書類を受け取った僕は、それだけで気分が高揚したのを実感する。

 これから始まるんだ。僕の役者としての人生が。

 

 そんなまだ見ぬ未来を想像する僕に対し、アリサさんは椅子から立ち上がりながら告げる。

 

「じゃあ早速だけど、ちょうどこれから撮影があるからそれに参加しなさい」

 

 

 …………え、今から?

 

 




自重することをやめたらただのボケカスくんですね。どうぞボケカスくんと呼んでやってください。

次回最終回です。


感情を隠さず表に出すタイプのキャラが、エピローグの数年後とかで大人になって年相応の落ち着きをもちつつ、しっかり人の親やってるような描写が好き。
それでも当時の仲間同時で飲みに行ったりすると、昔のキャラに戻るみたいなのが良き。
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