君の激情に恋をして 作:考える人
無事、景がデスアイランドの撮影から帰ってきて、しばらくしたある日のこと。
景から一通のラインが届く。
内容は『明日一緒に演劇行かない?』というもの。
珍しいな、景からどこかに行こうって誘ってくるなんて。
まあ、前まではお金がなかったということもあるけど。
最近は役者としてのお金がいくらか入ってきて、生活に大分余裕があるみたいだ。
映画の協賛会社から、スマホをもらったと言って喜んでいたのも記憶に新しい。
了承の返事を景に送ると、さらに追加でラインが送られてくる。
『あと、映画の撮影でできた役者の友達も来るの』
役者の友達か……まあ僕の知らない人だろうな。
その友達がスターズの俳優なら、名前くらい聞いたことがあるかもしれないけど、オーディション組なら絶対に知らないはずだ。
そう結論付け、僕はそれ以上深く考えなかった。
そして次の日
劇場入り口前に集合した僕と景は、景の友達がくるのを待っていた。
景はあからさまにそわそわしており、まったく落ち着きを見せない。
「ちょっとは落ち着きなよ景」
「だ、だって!もう約束の時間を15秒も過ぎてるし――」
「誤差だよそんなの。そういえば、その友達ってなんて名前の人なの?前話してたオーディションで一緒だった人?」
「千世子ちゃん」
……え?
「千世子って……あの百城千世子?」
「うん」
……ええ。
仲良くなったとは言ってたけど、まさか一緒に出かけるほどだったなんて。
どうしよう、少し気まずい。
別に隠すつもりはなかったけど、結果的に景と知り合いだということを隠したまま、百城さんとはずっと連絡を取り合っていたわけだし。
「もしかして光、緊張してるの?やっぱり千世子ちゃんほどの有名人ともなると、光でも緊張するのね」
「うん……まあね」
多分、景が思っている緊張とは違うのだろうけど。
こういうことになる可能性を考えなかった自分の浅はかさを恨んでいると、一人の男の人が僕たちの方へ向かって近づいてくる。
「夜凪君。久しぶり」
そう言ってマスクを下ろし、素顔を見せるその人に、僕は見覚えがあった。
「アキラくん!?偶然ね!」
星アキラ――景のオーディションのとき、車に乗せてくれた人だ。
スターズに所属する有名な若手俳優で、たしかデスアイランドの撮影にも、景と一緒で参加していたと記憶している。
「アキラさん、お久しぶりです」
「あ、君はたしか光君……だったかな?」
オーディションの時に一度会っただけの僕の名前を、しっかりと覚えてくれていたらしい。
この人すごくいい人だ。
「はい、あの時はまともに自己紹介もできなくてすみませんでした。園山光です」
「星アキラです。そうか、夜凪くんの友達って君だったのか」
「どういうこと?」
その疑問を口にしたのは景だった。
「それが――」
アキラさんの話によると、百城さんは急な仕事が入り、残念ながらこれなくなったらしい、残念ながら。
その百城さんの代打として、アキラさんが代わりに来たとのこと。
景はというと、これまたあからさまに落ち込んでいた。
「ほら行くよ景。百城さんが来れなかったのは残念だけど、元々演劇を見に来たんでしょ?」
「……そうね」
落ち込んでうずくまった景に、僕は手を伸ばし、その手を掴んだ景を引っ張って立ち上げる。
さあ行こう――そう思った矢先、アキラさんが僕の耳元で小さく語り掛ける。
「光君……もしお邪魔なら僕は帰るけど」
「……何の話ですか?」
「いや、その……君と夜凪君の邪魔をする気はないという意味で――」
その言葉で、僕はアキラさんの言いたいことを理解する。
ああ、なんだ。
何を気にしているのかと思えば、
「気にしないでください。僕と景はそういう関係じゃありませんから」
僕のその言葉に、アキラさんはどこか納得のいっていない様子だったが、それ以上何も言うことなく、三人で劇場の中へと入る。
席へと座り、まだ少し落ち込み気味だった景だが、舞台が始まった瞬間――景の気持ちは一瞬で舞台に持っていかれた。
舞台上に出てきた一人の男、舞台役者『明神阿良也』。
彼の演技に、見てる観客は一瞬で魅了された。
本能的な心の芝居を演じる、景と同じタイプの役者。
僕の好きなタイプの役者だ。
喜び、怒り、悲しみ。
彼の一挙一動に注目し、彼の感情に観客が引っ張られていくのがわかる。
二時間ほどの劇が終わり、観客も劇の余韻に浸りながら、ちらほらと席を離れていく。
そんな中、しばらくたっても景は放心状態のままだった。
「私、あの人のサインも欲しい」
どうやら、明神阿良也の演技をよっぽど気に入ったらしい。
そこにミーハーな気持ちはなく、心からの要望を景は口にする。
でも実際にすごかった。
できるなら僕もサインが欲しい。
「チケットのお礼だ。サインは僕がなんとかしてみせるよ」
そう心強いことを言ってのけるのはアキラさんだった。
知り合いのスタッフに頼んで、記者しか入れない場所に入れてもらうとのこと。
さすが芸能人だ。
「じゃあ僕は外で待っていますね。景、できたら僕のサインも頼んでみて」
「光君、別に君もついてきていいんだよ?」
一人だけ外で待とうとする僕に、優しいアキラさんはそう言ってくれる、が――
「いえ、僕は役者側の人間じゃない。ただの一般人ですから」
そう、僕は景やアキラさんとは違う。
ならその領域は守らないといけない――いや、こんなのはただの言い訳だ。
僕は今、一刻も早く景から離れたいんだ。
「景も僕に気にせず行ってきなよ。飲み物でも買って待っとくから」
「……わかったわ。じゃあまた後でね」
そうして、景とアキラさんの二人とは一旦別れることになった。
劇場の出口へと向かう前に、人気のない裏口のような場所で、僕はそこにあったベンチに腰掛ける。
すごい演劇だった。
明神阿良也の演技は特に素晴らしかった。
彼の感情に観客が引っ張られていく。
彼が泣くと悲しくて、彼が笑うと嬉しくなる。
当然、観客には
特にヤバかったのが、親を殺された怒りと悲しみを演じていた時。
僕は隣にいる景の顔を見ないことに必死だった。
一度見てしまえば、目を離せなくなることは明白だったから。
「……くそ」
はやる鼓動を必死に抑えつけながら、行き場のない醜い感情を、僕は小さく吐き捨てることしかできなかった。
ーーーーーー
舞台役者 明神阿良也
インタビューを終えた彼は上機嫌だった。
最初こそ、興味のないインタビューを受けさせられ不満げだったものの、そのインタビュー会場で見つけたのは、彼好みの臭いがする役者。
共演するのはまだ先になるだろうが、また会うのが楽しみだ――そう阿良也に感じさせるほどの少女だった。
そんな上機嫌な阿良也は、稽古場へと向かう際中、関係者入り口近くのベンチで座る一人の少年を見つける。
少年は目を閉じ、自分を落ち着かせているような状態だった。
関係者ではない。
一般人が迷い込んだのだろうか?
そう思考したところで、阿良也はすぐに少年への興味をなくす。
阿良也にとって、その少年が誰であろうとどうでもよかったからだ。
だが、その少年のすぐ隣を通り抜けた瞬間、阿良也は立ち止まる。
振り返ると、少年はすでに立ち上がり、阿良也とは反対方向に歩き出していた。
「今の男……すれ違った瞬間、
興味のなかったはずの少年を、阿良也はしばらく見つめる。
不気味だな――座っていただけの少年は、明神阿良也にそう感じさせた。
映画を見ながら、隣にいる君を見た時、楽しそうに笑うその横顔に胸が高鳴った――を歪ませるとこうなる、みたいな。
記憶喪失したキャラの性格が変わるの好き。