君の激情に恋をして 作:考える人
『星アキラ熱愛か!?』
景と演劇を見に行った数日後の夜。
テレビを見ながらご飯を食べていた僕は、食べていたものを思わず吹き出しそうになる。
大々的に報道されるアキラさんの隣には、景の姿がばっちりと映されていた。
「これ……この前のだよね。僕のいない間、こんなことになってたんだ」
無名の景はともかく、アキラさんの方は大丈夫かな?
そう考えていると、スマホの着信音が鳴る。
それは景からの電話だった。
「どうしたの景?こんな時間に」
『違うから!』
何が?
昔からそうだが、景は言葉が足りなすぎる。
『熱愛なんてした覚えないわ!』
「……もしかして、ニュースのこと?ちゃんと可愛く映ってるよ」
『ありがとう!ってそうじゃなくて!』
「わかってるよ。僕も一緒にいたんだから」
昔からどこか抜けてもいるんだよな。
勘違いされたくない気持ちはわかるけど。
『そう、よかったわ。あ、そうそう――』
……?用件はそれだけじゃないんだろうか?
『私って、表現の方法を忘れているらしいの』
「表現の方法?」
『うん。掘り下げた感情を表現することができなくて、でも黒山さんはそれを忘れているだけだって』
景が感情を表現できない――そんなわけがない。
その黒山さんとかいう人の言う通り、ただ忘れているだけだ。
だってあの日の君は――
「……感情表現ってさ、当たり前だけど、誰かに伝えることが目的なわけでしょ?」
『うん』
「じゃあ大丈夫だよ。景にその力はある。小さいころから景を見てきた僕が保証する」
『……黒山さんも光も、言い方がすごくわかりにくい。もっとはっきり教えてくれればいいのに』
ダメだよ、ダメなんだ。
黒山さんにどういう意図があるのかはわからない。
けれど、僕が景に詳しく伝えれば伝えるほど、僕もそれを思い出すことになってしまう。
喜や楽にまつわる記憶だけ思い出せれば何の問題もないのに、僕の思考は僕の制御を受け付けようとしないんだ。
「ほら、きっと景には自分で答えを見つけて欲しいんじゃないかな?自分でたどり着いたことって、忘れないって言うし」
とっさに考えた言い訳としては、まずまずだと思う。
『そうなのかしら……わかった、自分で考えてみるわ。ありがとう、光』
「どういたしまして。次の仕事も頑張ってね」
やる気のこもった返事を聞いて、通話は終了する。
深く、深く、できる限り沈めたはずの感情が、伝えるつもりのない思いが、自分の意思を聞かず顔を出そうとする。
まるで今の景とは正反対だ。
この醜い感情はいつか消えてくれるのだろうか?
もしくは、一生付き合い続けなければならないのだろうか?
それとも――
まったく想像のできない未来に頭を悩ませていると、スマホに新しい着信が入った。
景との通話から2時間後
静まり返った深夜の公園。
僕がその公園にたどり着くと、そこには待ち合わせていた人物が先に到着していた。
「こんばんは、光君。久しぶりだね」
「久しぶり、百城さん」
先ほどあった着信は百城さんからで、渡したいものがあるとのこと。
おそらく約束していたサインの件だろう。
急な誘いではあったが、ハードなスケジュールからなんとか暇を見つけてくれたと考えると、断るわけにもいかない。
こういう深夜にしか時間をとれないなんて、有名人は大変なんだなと改めて実感する。
「はいこれ、夜凪さんのサイン」
そう言って百城さんは持っていたカバンの中から、一枚の色紙を取り出す。
渡された色紙には、景の名前と『園山くんへ』と書き込まれており、文字全体が少し震えていた。
もしかして書きながら緊張していたのだろうか?
そう思うと、なんだか微笑ましくなる。
「嬉しそうだね」
「うん、まあ……」
そこで会話が途切れる。
無言の時間がしばらく続き、その間、百城さんは僕の顔をずっと見据えていた。
なぜそんなにじっと見てくるのか、理由がわからないものの、それを居心地悪いとは思わなかった。
むしろ……
「百城さん」
「何?」
「このあとまだ時間ある?」
僕と百城さんはブランコに腰掛け、まるで普通の友達のように会話を交わしていた。
「ふーん、そんなに舞台すごかったんだ」
「うん、特に一人凄い役者がいて――」
「私とどっちが上?」
「……いや、演技ってどっちが上とかそういうのじゃなくて、その、ほら」
「フフ、冗談」
「……百城さんの冗談って、ほんとわかりにくいよね」
なぜ百城さんを引き留めるようなマネをしてしまったのか。
理由は自分でもわからない。
でも、百城さんとのこの会話を、僕は楽しいと感じていた。
「私、夜凪さんとの撮影でわかったの」
「何が?」
「私の芝居はもっと上手くなるって」
撮影から帰ってきてた景が言っていた。
百城さんは自分よりもよっぽど上手かったと。
なのに、本人はもっと上手くなるつもりでいる。
「それはすごく楽しみだ」
僕は本心からの気持ちを口にして百城さんの方を向くと、百城さんは少し不思議そうな顔をしていた。
「なんだか今日の光君、すごく私に興味を持ってくれるよね。もっとラインみたいに、素っ気ない態度取られると思ってた」
ラインでの僕、そんなに素っ気なかっただろうか?
そんなつもりはなかったんだけど。
「もともと話したいとは思ってたけど、光君の方から話したいって言われるとは思わなかったもん」
それに関しては、僕もよくわかっていない。
「まあいいけど。じゃあそろそろ行くね。もう夜も遅いし」
「人通りの多いところまで送っていくよ」
百城さんが立ち上がったのと同時に、僕も立ち上がろうとする――が、
「ううん、車待たせてるから大丈夫」
それはそうか。
考えてみれば当然のことだ。
人気の女優をこんなところまで、夜遅くに一人で来させるわけがない。
お互い別れの言葉を告げ、百城さんは公園を後にする。
僕は公園に一人残り、少し振り返って考える。
ああ、確かにさっきまでの僕は変だった。
あんなわざわざ引き留めるようなマネをして、あれじゃまるで、百城さんと離れたくなかったみたいだ。
もしかしたら、僕は浮かれていたのかもしれない。
なぜだろう?やっぱり、直接あの百城千世子と会えるのが嬉しかったのだろうか?
前回と違い、しっかり百城さんの綺麗な顔を見ながら話せたからだろうか?
だとしたら、僕にもちゃんと
間違ったものではなく、普通の人が、普通に抱く感情を。
だからといって醜いものが消えるわけじゃない。
それでも、僕が普通に誰かを愛し、普通に誰かを好きになる――
その可能性があるとわかっただけで、僕は嬉しかった。
ーーーーーー
光と別れた千世子は、待機させていた車へと近づき、車の主に声をかける。
「待たせてごめんね、アキラ君」
「遅かったね千世子君。すぐ終わるという話だったから心配したよ」
「思ったより話が盛り上がっちゃって」
そう言って千世子は、星アキラが運転する車の助手席に座り込む。
「こんな深夜に……母さんにバレたら怒られるよ。
アキラの言葉を受けて、千世子はカバンの中からあるものを取り出す。
そのあるものを見て、アキラは思わず声を上げる。
「なっ!?」
それはまるで本物の包丁だった。
「自分の友人を好きになってしまった恋人を殺す女子高生の役。その感情が知りたくて、友達を利用したの」
「君がそんな役を演じるなんて……!」
天使と呼ばれる百城千世子。
そんな彼女が、イメージとかけ離れた役を演じることに、アキラは驚きを隠せない。
「勉強になったよ。憎くて、心の底から殺すと決心してても、急に優しくされると決心が揺らいじゃうの。ただ、ずっと殺意を向けてたのに気づかれなかったのは、役者としてちょっと複雑かな」
淡々と話す千世子に、アキラは彼女がどこまで本気なのかわからない。
それと同時に、アキラには気になることがあった。
「君がそんな役を演じるため、わざわざ会いに行った相手……少し興味があるな」
その言葉に、千世子はしばらく考えるが、適切な言葉が思い浮かばない。
「……夜凪さんふうに言うなら、顔が視えない人……かな」
千世子の回答は、アキラにとってまったくピンとこないものであったが、千世子にもう話す気がなさそうだったため、それ以上の追及を諦める。
車の窓ガラス越しに外の景色を眺める千世子は、どこか上機嫌だとアキラには思えた。
あげて、おとすのが、大好きです。ごめんよ。
経験からくる大人な意見を聞かず、我が道を突き進み、周りが予想していた以上の結果を出すキャラが好き。