【朗報】修羅場系パーティーに入った俺♀だったが、勇者とフラグの立たない男友達ポジションに落ち着く   作:まさきたま(サンキューカッス)

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1話「さらば平穏! 旅立ちの日に吹く嵐!」

 漢とは。

 

 心に鋼の覚悟を持つ、誇り高き存在である。

 

「そうだろう、イリア! 血沸き肉踊る戦いの果てに友情に目覚め、『強敵』と書いて『とも』と呼ぶライバルに出会い、何度も拳や剣を交わしながら成長していくぅぅぅ!!」

「そーですねー」

 

 俺は情けない男だった。漢ではなく、男だった。

 

 何故そんな自虐を叫ぶのか。それは、思い出してしまったからだ。魂の輪廻、その前世における自分の生き様を。

 

「俺は病などには負けぬ! 健全な肉体は強靭な筋肉に宿る! ふん、はー! ふん、はー!」

「わー、そうですね兄様」

 

 俺の肉体から滴る汗の音が心地よい。

 

 筋肉は、マッスルで、muscleだ。

 

 名門貴族に生まれた俺は、魔法などという軟弱な攻撃手段に頼ることなく、ひたすらに筋肉を苛め続けていた。

 

「ふぬぅぅぅう!! 腕立て伏せ5000回いぃぃ!!」

「顔がバカみたいですよ、兄様」

 

 妹を背中にのせながら、俺はひたすらに上腕筋と三角筋を苛め続ける。

 

 リズム良く上下する背中に妹を乗せて、ハードな負荷を可愛いマッスル達に課していく。

 

 ────病死。それが、俺の前世の死に様だった。

 

 俺は不健康な食生活と好き放題な飲酒、皆無と言って良い運動習慣が祟り、脳の血管が詰まって破れて即死した。

 

 その、前世の情けなさ過ぎる死に様を思い出した俺は、今世においてその教訓を活かすべく体を鍛え始めたのだ。

 

 貴族は、魔法を使い敵を屠る。

 

 平民は剣を振るい、貴族を守る。

 

 それが、この世界の常識だった。

 

 貴族に生まれた俺は、本来であれば学問的に魔術を修め、平民達の指揮を執りながらその魔法で敵を薙ぎ払うべきだった。

 

 

 だが、そんな事をしては……。俺の肉体は前世の様に貧弱そのものになってしまうではないか!!

 

 貴族は偉い。家事炊事は全て雇った家政婦や執事がやってくれる。

 

 俺たちの仕事は、魔法を勉強し、文化を習い、優雅に暮らすことである。

 

 平民から搾取した利益を得る代わり、いざ有事には民を守るため魔法を振るい、命を投げ出して戦う必要がある。

 

 ────そのせいだろうか。最近は大きな戦争がなかった弊害で、貴族といえばデブでふくよかでぽっちゃりな奴ばかりなのだ。

 

 ろくに運動をせず良いものを食べ、座学で魔法を学んだり貴族的な絵画を嗜んでいるだけの貴族は、まさに前世の俺だった。

 

 

「ふん、ふん、ふん、ふん、ふん!!」

「鼻息が気持ち悪いですよ、兄様」

 

 

 デブになってたまるか。早死にしてたまるか。

 

 俺は反省を活かせる人間だ。今世における俺の目標は、健全な肉体と健全な精神を宿した男の中の漢となる事だ。

 

 そして、出来ればライバル的な奴に出会って、切磋琢磨しながら己の肉体をぶつけ合い、夕日の下で笑い合いたい。ま、これは少し高望みかもしれないが。

 

「後、お兄様。少し、言っておきたい事があります」

「何だ、イリアァァァ! ふん、ふん、ふん、ふん」

「……どんなに、兄様が頑張ろうと────」

 

 だが、俺は夢を追い続ける。いつか出会う生涯のライバルに勝つために、今日も肉体を限界まで苛め続ける!

 

 それが、俺の筋肉道なのだ!!

 

「兄様の肉体は女性のモノなので、そんなに筋肉は付かないと思います」

「うるさい! 健全な精神を以て修行を積めば、筋肉モリモリマッチョマンになれる、聖書の神もそう言っている!」

「『無垢に修練を積めば道の頂きに至るだろう』、それが聖書の記述です。曲解をしないでください兄様……、というか姉様」

「俺の事は兄と呼べぇぇぇぇ!!!」

「……はぁ」

 

 妹がなんか呆れた声を出しているが、知ったことではない。

 

 俺は、俺の夢を追い続ける。そこに、何の妥協も遠慮も必要ない!

 

「……こんなのが周囲に知れ渡れば、嫁ぎ先が無くなりますよ」

「生涯の伴侶は俺自身が選ぶ!! 父の意向なんぞ知ったことかぁ!」

「お父様が聞いたら卒倒しそうですね……。はぁ、兄様はどこで拗らせてしまったのでしょうか」

「ふん、ふん、ふん、ふん、ふんはぁ!」

 

 長髪が揺れ、汗が滴る。

 

 喉が渇き、血の味が広がる。

 

 ふむ、今日のトレーニングは中々にハードな負荷になったのではないか。少しブレーキングタイムを設けた後に3セット程繰り返そう。

 

 

 ─────トン、トン。

 

 

 俺が筋肉達と至福の一時を楽しんでいたその時、俺の部屋のドアをノックする無粋な音が聞こえてきた。

 

「……来ましたよ、誰か」

「……うむ。暫し待て!」

 

 来客、と言うかどうせ使用人だろう。しかし、いかに使用人相手とはいえこんな汗だらけで対応する訳にはいくまい。

 

 用意しておいたタオルで全身の汗をくまなく拭き取り、さっさと服を羽織り髪を整える。

 

 鏡を見て我が身を確認し、よしオッケー。

 

 

「お入りになってください」

「失礼します、お嬢様。ご主人様がお呼びでございます」

「分かりました、サラ。いつもありがとう、うふふ」

 

 柔和な笑みで、メイドに微笑みかける俺。その姿はまさしくSEISO(せいそ)を絵に描いたような感じ。

 

 俺は、対外的にはおっとりとして優しく美しい美人令嬢として通しているのだ。

 

 何故なら、貴族に生まれた人間が粗暴な言葉遣いをすると、家に迷惑をかけてしまうからである。子をしつける能力を疑われ、親が社交界で後ろ指を差されるのだ。 

 

 俺みたいなナヨナヨした漢と呼べない人間を、この年まで面倒見てくれているパパンやママンにそんな迷惑はかけられぬ。

 

 俺は漢を目指す身ではあるが、せめて両親への義理として、対外的には清楚系お嬢様として振る舞わねばならぬのだ。それもまた、漢道!

 

「兄様の変わり身が凄すぎて引きます。情緒不安定なんでしょうか?」

「あらあらイリアったら。兄様ではなく、姉様でしょう?」

「……間違えました、すみません姉様」

 

 おいこら妹、俺の猫かぶりを使用人にバラそうとするんじゃあない。お前もこの家の人間なんだから、ちゃんとこの家の利益につながる立ち振る舞いをしなさい。

 

「不満です……。こんなのが私より引く手数多の人気だなんて世も末です。嫁いだ先の男の人がかわいそう」

「ふふふ、イリアもこれから可愛く成長すれば、きっとモテモテになりますよ。社交界なんて、笑ってウフフと言っとけば大概乗り切れます」

「どんだけ貴族社会を舐め腐ってるんですか姉様は」

 

 さてさて、パパンは一体何の用で俺を呼びつけたのかな。最近よく目が死んでいると俺の中で評判な妹を部屋に置いて、俺は父が待つという客間に優雅に足を運んだ。

 

 清楚に。ここ大事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、来客でしょうかお父様」

「おお、よく来たなイリーネ」

 

 サラに従い客間まで付いて行くと、数人の見覚えのない連中が客間でパパンの前に通されて座っていた。

 

 ふむ、見た目的には平民か? 正直服装が汚らしいが……。冒険者って感じの防具を身に着けているな。

 

 かっこいい。羨ましい。俺もこんな高価でフワフワした服なんか着たくない、あんな感じのボロくて硬派な装備で身を包みたい。

 

「よく来たね、まずは紹介するよ。今そちらに座っているのが、僕らの町で冒険者をしているというカール君とそのパーティのお二人だそうだ」

「あ、は、初めまして。カールと、言います」

「これはご丁寧に、どうも」

 

 向こうが立ち上がって頭を下げたので、俺も貴族らしくスカートの裾をつまみ上げて礼を返す。

 

 礼を返すのは大事。平民相手には礼儀知らずな貴族が多いけど、そういう貴族は俺達の生活が彼らに支えられていることを知るべきだ。

 

「カール君、こちらが僕の娘のイリーネだ。今でこそこんな大人しくなったが、昔は中々にヤンチャだったのだよ。ほら、挨拶しなさい」

「あらお父様、恥ずかしいですわ。どうかそのような事はおっしゃらないでください」

「はっはっは、すまんなイリーネ」

 

 まぁ現在進行形でヤンチャは続けてるんですけどね。パパンには隠すようにしてるだけで。

 

「改めまして、私はイリーネ。イリーネ・フォン・ヴェルムンドと申しますわ。以後、お見知りおきを」

「ど、どうも……」

 

 で、何で俺は冒険者を紹介されたんだろう。コイツらとなんかさせられるんだろうか。

 

「娘は昔から、勘が鋭くてね。人が嘘をついたり誤魔化したりすると、ほぼ間違いなく看破してしまうんだ」

「……はい。お父様、それがどうかしましたか?」

「イリーネ。彼らの話を、一度しっかりと聞いてやってくれ。彼らが今話した内容は、僕一人で判断するには少し荷が重くてね。正直信じたくないような話も含まれているんだ、君の意見も聞かせて欲しい」

「ああ、そういう。分かりましたお父様、私で良ければ」

 

 要は、この冒険者共が詐欺かなんか働いてるんじゃねーのって疑ってる訳ね。

 

 漢を目指す男である事を隠し、淑女として普段から嘘で塗り固めている俺は、他人が嘘をつくと大体わかるのだ。

 

 この連中がどんなことを言い出したのかは知らないが、パパンは俺にうそ発見器の代わりをしてくれという話らしい。

 

「冒険者カール様。どのような話をお父様になさったのか、もう一度お聞かせ願えますか?」

「ええ、勿論。実は────」

 

 話を始めたカールの目を見据える。そこに、濁りや曇りは見受けられない。

 

「────魔族の王が、復活すると女神のお告げがあったのです」

 

 その澄んだ目のままで、カールはとんでもないことを言い出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冒険者カールは、どこにでもいる平凡な青年だった。

 

 熱心な女神教徒で毎日祈祷を欠かさないこと以外は、凡庸で普通な冒険者だった。

 

 しかし、ある日彼は夢で女神と出会い、魔王の復活を告げられる。そして、女神から加護を与えられて魔王を討伐するように命じられた。

 

 カール青年も、最初はただの夢だと思ったらしい。しかし、その夢を見た日もいつものように依頼に出かけ────

 

「気付いたんです、俺の身体能力が跳ね上がっていた事に。いつもだったら苦戦するレッサーウルフの群れに出くわして、俺は鼻歌混じりに数秒で全滅させました」

「あら、まあ」

 

 レッサーウルフは結構強めの魔獣だ。その群れを一人で全滅させられるとしたら、かなり強いぞ。

 

「それだけじゃない。今まで使えなかったのに、急に魔法が使えるようになりました」

「魔法が使えるって……貴族の生まれでしたの、貴方は?」

「いえ、どこにでもいる平民の生まれですよ」

 

 そして、カール青年は急に魔力に目覚め、全属性の魔法を使えるようになったらしい。何それズルい。

 

 基本的に、魔法使いはみんな貴族だ。魔力とは、遺伝により受け継がれるものである。だから平民だというカールが、魔法を使える筈など無い。

 

 魔力の無い親から魔法使いが生まれることはなく、逆に魔力のある者同士が子を生すと絶対に魔力のある人間が生まれる。ちなみに貴族が平民と交わって子を成すと、弱い魔力を持った子が生まれるか魔力無しかのどっちからしい。

 

 勿論、貴族であっても才能により魔力の大小は存在するけれど。そんで俺は結構、魔力の才能はあるっぽい。

 

「イリーネ、彼は私の前で水魔法を使って見せたよ。本当にカール君は魔法が使えるんだ」

「それで、お父様は与太話と切って捨てられなくなったのですね」

「俺は嘘をついていません。本当に魔王が復活するというのなら、俺は命を懸けてでも戦うつもりです」

「……」

 

 ふむ。嘘ついてねーなこいつ。

 

 まっすぐな目をしている。自分の信じた道を進む鋼の覚悟を感じる。

 

 ……漢レベルは結構高いな。筋肉も結構ある。このカールという青年、将来は立派な漢になるやもしれん。

 

「信じましょう、お父様。彼は嘘を言っているように見えませんわ」

「そうか……。となれば、本当に魔王が復活するというんだね」

「厚かましいのは分かっています。ですが、俺達も先立つものがないとどうしようもできない……。資金援助を、お願いできませんか」

「イリーネが信じるというのなら、君の言葉は真実なのだろう。分かった、僕も貴族として君に最大限の援助を約束しよう。少し執事と相談をさせてくれ」

 

 はえー、つまりコイツは女神が選んだ勇者様かぁ。良いなぁ。

 

 強敵との闘いを仲間との絆で乗り越え、時に絶望し時に打ち砕かれながら、最強の勇者へと成長していく感じだろ?

 

 すでに、可愛い女の子二人も仲間にしているみたいだし。冒険の途中でアバンチュールも有るわけだ。

 

 ……。

 

「サラ、カール君達を部屋に案内してやってくれ。もう遅いから、君たちは今夜僕の家に泊まっていきなさい。明日の朝までに、それなりのものを用意しておこう」

「あ、ありがとうございます! この恩はいつか!!」

「魔王を倒し英雄となった後で、是非もう一度うちに来てくれ。その時に君の武勇伝を聞かせてくれれば、それが最大の報酬だよ」

 

 パパンはニッコリと、ニヒルな笑みを浮かべてカール達へウインクした。

 

「やったわね、カール」

「は、話のわかる人で、助かった……」

「これで、女神様の仰った街まで旅が出来る。良かった……」

 

 ほっと胸を撫で下ろす、カール達冒険者一行。

 

 俺のパパンのこういう、カッコいい所が好きだな。多少損をしたとしても、自分の信念を貫き通すのは漢の証だ。

 

「……」

 

 ……で。

 

 俺は、どうすべきかなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……イリーネ。もう一度言ってくれるかい?」

「あの方たちについていきたいです、お父様」

 

 やっぱやるっきゃないよね、パパンに直訴。うん、俺もあのカールとか言うのに付いて行きたい。

 

「な、何故君が」

「おそらく、あの方々は全員が平民。カールさんが魔法を使えるからと言って、きっと彼の魔力は無尽蔵とはいきませんわ。魔法使いとして、私も彼に助力したく存じます」

 

 冒険、ライバルとの出会い、敵との死闘、友情、努力、勝利。そのすべては、カールについて行けば手に入る可能性が高い。

 

 それに、このまま家に残っても無限に結婚相手を紹介され続けるだけだ。これ以上、見合い話を粉砕する手段を考え続けたくない。

 

 パパンには悪いが、俺は貴族令嬢なんぞで人生を終えるつもりはない。将来はきっと、男の中の漢となるのだ!

 

「な、何も君が行かなくても良いじゃないか。もっと武闘派の貴族もいる、そういう人達に任せれば────」

「あの方が女神に選ばれた勇者だというなら、彼の傍らで魔法を振るい魔王と戦った者が我が家名ヴェルムンドを名乗れば、どれだけ誇らしい事でしょう」

「……イリーネ、これは遊びじゃないんだ。命を落とすかもしれないんだぞ」

「お父様、私は学んできましたわ。貴族たるもの、有事には平民の前に立って戦い、民を守り抜くべきだと。今、魔王と戦いに行くだろう平民を送り出すのに金を手渡すだけでは、貴族の名折れですわ」

「君のいう事はもっともだ、もっともなのだが……」

 

 この機会を逃してたまるか。合法的に家出じゃ! 男とくっつけられる前に脱出じゃあ!!

 

「明日、カールさんに向けて用意する『援助』として。私を差し出してくださいまし、お父様」

「君は────、僕は、イリーネに幸せに暮らして居て欲しいだけなんだ。家族の平凡な幸せを守ることが、僕にとって何より大切な」

「存じております。そして、そのような信念をお持ちのお父様の下で育てていただき、感謝しておりますわ」

 

 うんうん、パパンの気持ちも知ってるけど。俺は漢になりたいわけで、父の意向には添えそうにない。

 

「ですがお父様。私は、イリーネは────、国の為に英雄となって魔王を討伐し、再びお父様に会いに戻ります」

「……そう、か。そこまでの、決意か」

「お父様と、別れの挨拶は致しません。再会を祈っての挨拶をいたしましょう」

「そこまで言うなら、僕から言う事は何もない。……行ってきなさい、僕の可愛いイリーネ」

 

 よっしゃああ!! これで、自由に外を出歩ける!!

 

 貴族の立場を隠す為とか適当言って簡素な服に着替えて、街を好き放題冒険できる!!

 

「きちんと、便りを寄越すんだよ」

「ええ。貴族として、一人の人間として、魔王復活の脅威に立ち向かうべくイリーネは行って参ります」

「……君も、大人になったね。子の成長、父として嬉しいような寂しいような」

 

 父の瞳から、一滴の涙が溢れる。

 

 任せておいてくれパパン、俺はこの旅を通して男の中の漢として成長し、一回りも二回りも大きくなって戻ってくる。

 

「……今まで育てていただいて有り難うございましたお父様。全てが終わった後で、また会いましょう」

 

 俺は静かに嗚咽している父に一礼し、身支度を整えるべく自らの部屋へ向かった。

 

 長旅になる。色々と用意をせねばならない。

 

 持っていくべきものをよくよく選ばねばな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉様、今なんと仰いましたか?」

「俺の事は兄と呼べ」

 

 俺は自分の部屋に戻って、ベッドの上でダラダラしていた妹にさっきの話を告げた。

 

「魔王が復活するから、一丁旅に出てぶっ殺してくる」

「え、え? それは与太話ではなく?」

「カールって冒険者の話なんだが、マジっぽかったぞ。で、そんな面白そうな旅に付いていかない選択肢とか無い。明日から旅に出るから、俺」

「はあぁぁぁぁあ!?」

 

 うん、まぁそりゃびっくりするよな。

 

「え、ちょ、はぁ!? 見合い話とかどうするんですか!?」

「全部却下ー、俺は結婚なんぞいたしませーん」

「今から旅になんて出てしまったら、結婚適齢期過ぎてしまいますよ!? 将来どうするんですか!?」

「馬鹿だなぁイリア。魔王を討伐した一行ともなれば、英雄だぞ英雄。お金ならたんまり貰えるだろ」

「結婚はどうするのかって言ってるんですよ!! 魔王倒した筋肉ゴリラ姫なんぞ誰が貰ってくれるんですか!?」

「道中で可愛い女の子見つけてラブラブになるから問題ない」

「男と結婚しろ!!」

 

 ぎゃあぎゃあと妹は騒いでいる。きっとコイツは俺が羨ましいのだ。

 

 夢と希望と冒険と筋肉にまみれた素敵な旅に出ることが出来る、俺の未来に嫉妬しているのだ。

 

「兄様のアホ、馬鹿、脳筋!! 自分の幸せを何だと思ってるんですか!」

「む? 魔王を倒す旅に出る、これ以上に血沸き肉踊る熱い展開が有るか?」

「この脳筋馬鹿!」

 

 まったく、人を好き放題罵倒しおって。

 

 だがまぁ、俺を羨む気持ちも分かる。くくく、ここは寛大な心で許してやろう。

 

「……私を、置いていくのですか?」

「そりゃそうだ、イリアにはまだ筋肉が足りない」

「……兄様の馬鹿」

 

 妹はひとしきり怒った後、やがて不貞腐れるような声を出して、部屋から出ていった。

 

「もう、兄様なんて知りません」

 

 むむ、明日までには機嫌を治して欲しいのだが。このまま別れるのは少し、後味が悪いし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、と……」

「よろしくお願いいたします、カール様。決して、迷惑はかけません」

 

 翌日。俺はカールへの『援助』として、冒険者の装束に身を包んで3人の前に現れた。

 

「え、その、君が付いてくるの?」

「だ、大丈夫……? 貴族の方が、その、旅とか出来る……?」

「こう見えて鍛えておりますし(迫真)、私は上級魔術までは扱えますわ。魔王を討伐する勇者足るもの、魔法を使える仲間が居ないと格好がつかないのではなくて?」

「そ、そりゃ貴族様の助けがあれば千人力です、けど」

「本来であれば、有事に矢面に立つのは貴族であるべきなのです。貴方に魔王を倒す大役をお任せする以上、この程度の手伝いくらいはさせてくださいまし」

 

 ふむ、勇者君ご一行もまさか貴族の御令嬢が付いてくるとは思わなかったらしい。

 

 まぁ普通は身分差とかでビビる。だが、戦力的には申し分ない筈だ。魔法攻撃の威力は、剣や槍の比ではない。

 

 ……正直なところ、俺は魔法攻撃より肉弾攻撃の方が得意だけど、それは黙っておこう。魔法も使えるし、嘘ついてないし。

 

「剛毅なお嬢様だなぁ。命の保障は出来ませんよ」

「元より承知の上ですわ」

 

 よし、この感触は付いて行って良い感じだ。まぁコイツ男だもんな、女の子の仲間が増える分には大歓迎だろ。

 

「……あわわ、また知らない人が増えた……」

「落ち着きなさいレヴ、悪い人じゃなさそうよ。てかそろそろ、その人見知り治しなさいよ」

「む、無理……。気が強そうな人怖い……」

 

 勇者君の仲間からは、あまり歓迎されてなさそうだけど。ちっこくて可愛い方の黒髪ちゃんは、仲間の影に隠れてブルブルしている。

 

 ふむ、恥ずかしがりやさんだな。ここは、俺は別に怖くないよとアピールしておこう。

 

「それと私からひとつ、お願いがありますの」

「な、何ですか?」

「私は今から、フォン・ヴェルムンドを名乗るのをやめます。貴族が街を歩いていては、無用な警戒を生むでしょう。今後、私にはただの町娘『イリーネ』として接してください」

 

 そう、それは平民アピールだ! 身分差でビビっているのなら、身分差を無くしてしまえば良い。

 

「敬語も結構、扱いもぞんざいで構いません。貴方達の仲間の一人として、平等に扱っていただければ幸いですわ」

「……良いのか?」

「それもまた、ノブレス・オブリージュ。貴族たる者の矜持です」

 

 どや顔でカール君にそう言うと、彼は分かったような分からないような微妙な顔をしていた。

 

 うん、実は言った本人の俺ですらイマイチ意味が分からん。ノブレス・オブリージュって言いたかっただけだ。

 

「貴族の人って取っつきにくい印象があったけど、貴女は違うみたいね。私はマイカ、よろしく」

「ええ、長い付き合いになるでしょう。よろしくお願いいたします、マイカさん」

「あと、私の後ろに隠れてプルプルしてるのがレヴね」

「……ひぃ」

「……ど、どうも」

 

 パーティーの気さくな方の女の子は笑顔で話しかけてきてくれたけど、もう一人の小動物系の娘は警戒心たっぷりだ。

 

 これから頑張って仲良くなろう。

 

「よろしく、イリーネさん。俺はカール、女神様に選ばれただけの凡人です」

「カールさん、貴方は自分を凡人などと謙遜してはいけません。貴方を魔王を倒す勇者と見込んだからこそ、付いていこうと決めたのです。貴方への侮辱は、私にとっての侮辱でもありますわ」

「……む、ごめんなさい。じゃあ、その……俺は、魔王を倒す者カールです」

「それで宜しいです」

 

 そんで、ちょっと気概が足りてなさそうな勇者君に喝を入れておく。お前には俺と並ぶ漢になって貰わねば困るからな。

 

 俺のライバルポジは、お前に決めた。よし、なんか燃えてきたぞ!

 

「イリーネ、くれぐれも怪我をせんようにな。もし何かあったら、すぐに家に戻ってきて良いんだぞ」

「大丈夫ですわお父様。ヴェルムンドの名をこの世の果てまで轟かせた後で、悠々凱旋して帰ってきます」

「……君はいつまで経っても、ヤンチャ者だ」

 

 そう言って呆れたような笑顔で、父は俺の肩を抱き締めた。

 

 父なりに、苦渋の選択だったのだろう。一応は愛娘(俺)を、どこの生まれかもしれぬ馬の骨に預ける形だからな。まぁ、あんまり心配かけないよう適宜手紙は送っておこう。

 

「いってきます、お父様」

「無事に帰ってくるんだよ、イリーネ」

 

 こうして、俺はいよいよ魔王を討伐する旅路に出発した────。

 

 

 

 

 

「待って!!」

 

 そんな今まさに歩き出そうとした時。俺を呼び止める、絞り出したような声がした。

 

「待って、くだ、さい! 兄……、姉様!!」

「イリアか」

 

 それは、朝から拗ねまくって俺の見送りに顔を出さなかった妹イリアだった。

 

「本当に、本当に行っちゃうんですか」

「私はいつだって、本気です」

「……姉様の馬鹿!!」

 

 大きな声で、涙混じりに妹は俺を罵倒する。

 

 妹は何だかんだ、俺に良く懐いていた。きっと、寂しさと怨めしさで拗ねているのだ。

 

 腫れた目で睨み付けてきた妹の髪を撫で、俺はそのまま妹と抱き合った。

 

「見送りに来てくれたんですね、イリア」

「……姉様の馬鹿、酷い人」

「ごめんなさい。寂しい思いをさせてしまいますね、イリア」

「……う、くぅ」

 

 うんうん、俺は良い妹を持った。

 

 以前「筋肉ぅぅぅ!」と叫びながら腹筋している姿を見られ、俺の社交界ステータスも終わりかと思ったけれど、妹は俺を慮って黙っていてくれた。

 

 最近は、俺の筋トレに付き合ってくれている始末だ。イリアは本当に兄想いの、良い妹なのだ。

 

「……姉さま、これを」

「ん? これは何ですの?」

「私の手作りの、お守りペンダントです」

 

 彼女はすっと、俺に小さなペンダントを手渡した。

 

 それは鳥の意匠があしらわれた、綺麗で暖かなペンダントだった。

 

「どうせ、姉さまは行くんでしょう。そう思って、昨日ずっと作っていました」

「まぁ、イリア……っ!」

「私の、気持ちを込めたお守りです。持って行って、くれますか」

「ありがとう。肌身離さず、ずっと持っておきますわ」

 

 うーん、このツンデレさんめ。昨日から部屋にこもって顔を見せないと思ったら、こんな嬉しいものを作ってくれていたのか。

 

 俺は、やはり良い妹を持った。

 

「また、会えますよね姉様」

「ええ、いずれ」

 

 ペンダントを受け取った俺は、そのまま妹と離れ。

 

「次に会う時まで、このペンダントを貴女と思って大切にいたします」

「姉様。お気をつけて」

 

 向き合って笑顔で、妹と別れをすましたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良い、妹さんでしたね」

「自慢の妹ですわ」

 

 なんだか、胸が温かい。妹の手作りペンダントのずっしりとした重みが、俺を守ってくれているような気持ちになる。

 

「わ、綺麗。これ、手作りって本当かしら」

「妹は、金属を操る魔術にかけては超一流ですの。こういった小道具作りは、彼女の真骨頂ですわ」

「へー、魔法ってすごいなぁ」

 

 ほのかに妹の魔力を感じる、大事なペンダント。彼女からの真摯な思いが、確かに俺に伝わってくる。

 

 待っていろ妹、俺は漢の中の漢になって、魔王を倒し帰ってくる。

 

 どんな敵が襲ってきたとしても、お前との絆にかけて粉砕して見せる。

 

「さらば故郷、さらば家族。私は、旅に出ますわ!」

 

 ────こうして、俺の冒険譚は幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、良し。追跡魔法はバッチリ起動していますね。姉様はレーウィンの街に向かった様子です」

「……お嬢様」

「行先さえわかればしめたモノ。後は、たまたまバッタリ出くわす様に────」

「その、イリアお嬢様。お嬢様はそろそろ、姉離れをされた方が……」

「サラうるさい。良いから、何かレーウィンの街に出かける口実を考えなさい」

 

 そして、旅立つ姉を見て黒い笑みを浮かべるお嬢様と、呆れた顔でソレを眺める従者が居たとか居なかったとか。


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