【朗報】修羅場系パーティーに入った俺♀だったが、勇者とフラグの立たない男友達ポジションに落ち着く   作:まさきたま(サンキューカッス)

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12話「ちから is パワー」

 これで、一応義理は果たしたことになるかな。

 

 俺は、自分の背丈の1.5倍はある大男を前に対峙して、ぼんやりとそんなことを考えていた。

 

『俺がボコって来てやるよ、その敵とやら』

『大丈夫なのか、猿仮面。ソミー家にはかなりヤバい奴が居るぞ。百人殺しのフーガーなんか、間違っても正面から戦っちゃいけねぇ』

『ヤバそうなら逃げるさ。倒せそうなら、倒してやるが』

 

 そんな軽口をたたきながらも、俺はそのフーガーとやらから逃げるつもりは全くなかった。

 

 元来、平民が貴族(まほうつかい)に勝てる筈がないからだ。魔法という技術は、それほどに強力だ。

 

 それに、流石に俺も今回は肉体強化魔法を使用する。

 

 となれば、ソミー家の用心棒がどれほどの腕かは知らないが、残念ながら身体能力で俺に勝てる筈もないだろう。

 

 

 ────まぁ、だからと言って油断する気にもなれないが。

 

 

 俺はぶっちゃけ、今日レヴちゃんと訓練するまで平民を舐めていた。身体能力でごり押しすれば、魔法を使えない奴に負けっこないと考えていた。

 

 だが、現実としてレヴちゃんは強かった。今の俺が本気で彼女を倒そうとしても、負けてしまうだろうと確信できた。

 

 どんなに重い一撃も、当たらなければ意味がない。どれだけ強力な攻撃手段を持っていても、上手くいなされたら大きな隙を晒すだけ。

 

 戦闘の経験が浅い俺は、いくら筋力に恵まれようと『強力な駒をたくさん持ってボードゲームを始めた初心者』に過ぎない。生まれてからずっと戦闘行為で飯を食っていたプロ棋士が相手だと、俺は負けてしまうだろう。

 

 だから、俺は自分より弱いだろう目の前の男を侮らない。これから奴が、どんな悪辣な罠を仕掛けて来るか分からない。

 

 レヴちゃんの教えを思い出せ。敵が何をしてくるか、予測するんだ。

 

 

 

 

「おい、猿の仮面を被った奴」

「……何だ」

「これを食うか?」

 

 

 

 

 すっ、と。目前の大男フーガーは、俺に向かって無言で何かを差し出した。

 

 それは、なんとバナナだった。

 

 

 

「……」

「……」

 

 

 こいつ。一体何が狙いだ?

 

 バナナは完全食だ。エネルギー効率が極めて高いらしく、レース直前に愛用するマラソンランナーも居るらしい。

 

 そんな良いものを、今から喧嘩をする相手に普通渡すか?

 

 まぁ、貰えるなら貰っておこう────

 

 いや待て。

 

 こんな場所でバナナを食べたら、仮面の隙間から素顔がバレないか? バナナは大きな口を開けねば食べられない、となると仮面がズレてしまう可能性もある。

 

 いかん、危ない。これは、敵である俺の素顔を暴こうというフーガーの悪辣な罠だったのだ。なんて、卑怯な……。

 

 

「俺がそんな見え透いた罠に乗ると思うか」

「む、俺の毒入りバナナを見破るとは。バカみたいな見た目をして、中々やるじゃねぇか」

「貴様の考えなどお見通しだ。あまり舐めるな」

 

 あ、毒入りだったのか。危ない、食わなくてよかった。

 

「残念だが、俺に嘘や策謀は通じない」

「バカみたいな見た目をしている癖に、バカではないと言うことか」

 

 これでも俺は、高等な教育と筋力トレーニングを受けた名家の令嬢だ。バカな筈がないだろう。

 

「おいまさか、あいつらアレで頭脳戦をしているつもりか……」

「何て恐ろしい。あんな低レベルな心理戦見たことねぇぜ……」

 

 周囲から俺を褒め称える声がした気がする。それほどでもない。

 

「フーガー兄貴。もうやっちまいましょうぜ」

「こんな怪しいのに時間取って本命を逃がしちゃ、この猿の思う壺です」

「そうだな」

 

 俺を騙すのは不可能と判断したのか、フーガーはポキポキと拳を鳴らしてファイティングポーズを取る。構えは、レヴちゃんと似ているが……。

 

 筋肉量が違うからか、レヴちゃんとは重心の安定感が全然違う。

 

 あの娘はフワフワと重心を揺らして動きを悟られまいとしていたが、この男は山のようにズシリと腹の真下に重心を置いている。

 

 むむむ、どう動いてくるのかまったく分からないぞ。

 

「死んどけや、猿っ!!」

「ヌッ!?」

 

 レヴちゃんの教えを守り観察に注力しすぎて、俺は反応が鈍くなっていたらしい。

 

 殆どノーモーションで、フーガーと呼ばれた男は俺の腹を蹴飛ばした。

 

「────速っ」

 

 しまった、反応が遅れた。避けるのは勿論、手でのガードも間に合いそうにない。

 

 しかも重心はしっかり、蹴りに乗っている。このまま踏み抜かれたら、俺と言えど内臓破裂は免れない。

 

「死ね」

 

 もっとも、踏み抜くことが出来れば、だが。

 

 

 ────ダン、と鈍い音。

 

 奴の蹴りは、俺の腹に受け止められて弾むように停止した。

 

 

 

「……む」

 

 

 腹は、体の中で最も装甲の厚い部分だ。

 

 装備した鎧が重点的に守っている部位であり、鍛え抜かれた腹筋がクッションとなる場所であり、そして全身で最も筋力に弾性がある部位である。

 

 俺は妹に頼んで、鉄球を腹筋に落とさせるトレーニングを数年に渡り行っていた。そのズシリと腹にくる衝撃が、俺にたっぷり腹の防御を仕込んでくれていた。

 

 俺の腹部は、今や鋼と言っても過言ではない。その程度の打撃で、俺を昏倒させようなどと百年早い。

 

 狙う位置が悪かったな、フーガーとやら。

 

「その程度か、不細工。次は、俺の番だな」

 

 

 ヤツの攻撃を腹で受け止めたまま、俺はニタリと笑った。

 

 フーガーの目が見開く。これで決まるとでも思っていたのだろうか。

 

「お返しだ」

 

 その思い上がりを矯正してやらねぇとな。

 

 俺は、その大男の技を借りるように。ヤツの腹部目掛けて、重心をしっかり足先に乗せたストンピングを放った。

 

 

 

 

 

 

「……ゲッ。何者だよ、お前!」

「避けんなよ、不細工。力比べといこうじゃねぇか」

 

 残念なことに、俺の蹴りは避けられた。

 

 攻める技術を練習していない俺の技など、奴からすれば止まって見えるのかもしれない。

 

「嘘だろ……」

 

 俺は思い切り飛び込んで蹴ったので、急停止出来ず植えてあった樹木へと激突する。

 

 やっちまった。

 

「兄貴……、樹が」

「木が、足の形にくり貫かれてやがる。どんな威力で蹴ったらこうなるんだ?」

 

 その木は、俺の足の形にくり貫かれた。前世でいうトコロテンの様だ。

 

 間違って蹴飛ばしてしまったその樹木は断末魔のような軋み音を奏で、自らの重みに耐えきれずゆっくりと倒れていった。

 

 ズシン、と重い音が周囲に響き渡る。木に悪い事をしてしまった。

 

「……なんだ、その馬鹿力は。何なんだ、お前」

「はっはっは。見ての通り、どこにでもいるお猿さんだ」

 

 俺の筋力は、フーガーとやらの想像を上回っていたらしい。自信満々に笑っていたその大男は、恐怖の表情で絶句していた。

 

「化け物かよ、お前」

「おや、知らなかったのかチンピラ。猿の筋力は、平均的な人間の12倍に達するって事をよ」

「えっ? それってゴリラの話じゃないか?」

 

 あれ、そうだったっけ。いや、確か猿だった筈。

 

「あまり、野生を舐めるなと言うことだ。お前は握力自慢らしいが、猿の握力は500kgに達する。人間であるお前に勝ち目はない」

「いやだからそれゴリラの話じゃね?」

「くっくっく。全身を筋肉の鎧で覆われた、体重150kgに至る森の賢者に喧嘩を売ったことを後悔するが良い」

「駄目だコイツ、さっきからゴリラの話しかしてねぇ!」

 

 そこまで言われると、何かだんだんゴリラの事だった気がしてきたな。

 

 猿はそんなにマッチョじゃなかったっけか。まぁ、どっちも類人猿だし似たようなものだ。

 

「まぁ、猿でもゴリラでもどっちでもいい。続きをやろうや、デカブツ」

「こいつ、まさか魔法使いか? こんなチビの癖に、俺様より筋力があるとかどう考えてもおかしいぞ」

「さあどうだろうな? 来ないなら、俺の方から仕掛けさせてもらうぞ!」

 

 混乱しつつも俺の正体に勘づきそうになったフーガー目がけて、俺は再び蹴りを放つ。

 

 一撃でも当たればその肉を抉るだろう、俺の殺人的打撃がラッシュとなってフーガーを襲った。

 

「おいお前ら離れていろ、巻き添えを食うぞ!!」

「フーガー兄貴!」

 

 ……流石に、上手い。自信満々に、俺の前に出てきただけの事はある。

 

 フーガーは、急所目がけてまっすぐ繰り出した筈の俺の打撃の、その全てを避けていなして無力化していく。

 

 その大男は見た目に似合わぬ、繊細な戦闘技術も身に着けていたらしい。

 

「避けるのはうまいな、大男。だが、いくつか受け流し損ねているぞ?」

「ぐ、ぐぬ……」

「さっき左の肋骨が折れたんじゃないか? 貴様の右肘も、嫌な音を立てているぞ」

 

 だが、流石にノーダメージとはいかないらしい。俺の攻撃の余波で、少しずつフーガーの身体が負傷していく。

 

 ついでに、ヤツの衣装がビリビリと破れてセクシーな感じになっている。クソ、クリーンヒットさせないと全身の服が破けてフーガーが全裸になってしまうぞ。

 

 男のセクシーショットに需要はない。とっとと仕留めねば。

 

「もう諦めて、吹っ飛べフーガー!!」

 

 いつまでも、このチンピラに付き合っている時間はない。サクラの無事を確認して、早く宿に帰らないと。

 

 明後日には、長期依頼の任務だ。少しづつ、荷造りも始めねば。

 

 

 ────そんな余計な事を考えて、攻撃が大振りになってしまったのが運の尽きだった。

 

 

「……捕まえたぁ」

「げっ!!」

 

 

 面倒臭くなった俺が、横薙ぎに全力で回し蹴りを放った後。

 

 敵の腹に受け止められた足を奴に掴まれ、そのまま俺は地面に引き倒されてしまった。

 

「痛ぇ!!」

「さっきから、良くもやってくれたなこの野郎」

 

 形勢逆転。俺はフーガーにマウントポジションを取られ、大地に押さえつけられた。

 

 こ、これはヤバイ。

 

「は、離せ!!」

「おーおー、すげぇ力だ。てめぇら、抑えるのを手伝え」

「ヘイ兄貴!」

 

 くそ、体勢的に力が入らない。動ける範囲で暴れてみるが、数人掛かりで抑え込まれては敵わない。

 

 ちくしょう、油断した。これまでずっと喧嘩で食ってきた人間を舐めるなと、レヴちゃんに教えられた直後だったのに。

 

「さて、馬鹿力よう。俺は握力自慢でな、是非ともお前さんに味わってどれ程のモノか判定して貰いてぇ」

「ぐっ、やめろ! 数人がかりなんて、卑怯者!」

「俺はな、人間の頭の骨を握りつぶすのが大好きなんだぁ……」

 

 ニンマリと、フーガーの顔が狂気に歪む。

 

 俺の顔面を握りしめ、心の底から奴は楽しげに笑っていた。

 

「仮面を取ってから、握りつぶされてぇか? 仮面ごと、グシャリといってやろうか?」

「……狂人め」

「はっはっはっはっは! 俺が狂ってるって? そりゃあどうもありがとう、誉め言葉だよ」

 

 目が怪しく光っているその大男は、俺の猿仮面を握りしめ、ピシリとヒビを入れた。

 

「俺は人が握り潰されて死ぬ瞬間の、その顔を見るのが大好きなんだよ」

「……っ」

「断末魔の声を挙げながら、激痛と恐怖に表情を歪め、やがて脳みそごと握りつぶされてアホ顔になって死ぬ。何度見ても、絶頂モンさぁ……」

 

 な、なんだよコイツ。危ない奴ってレベルじゃねぇぞ!?

 

「趣味が悪すぎる。せっかく鍛えた筋肉が泣いてるぞ、お前」

「筋肉、ねぇ」

「お前の体の筋肉は、そんな悪趣味な行為の為に鍛え上げられたわけじゃねぇだろ。もっと、その力を役に立てる方法が世の中には────」

「だははははぁ!!」

 

 力で対抗しきれそうにないので、なんとか口先で丸め込もうとしてみたが。

 

 フーガーから返ってきたのは、心底愉快といった笑い声だった。

 

「俺の筋肉は役に立っているじゃねぇか! これ以上ねぇくらいに」

「なん、だよ」

「むしろ、俺が体を鍛えたのはこの為さ。ケンカが強くなって、顔を握りつぶせるくらいに力をつけて、そんでムカつく奴を好きな時に握り殺す。そんな権力を手に入れるために、俺は必死で体を鍛えた」

「……」

「良い体だぜ、俺の親譲りのデカい体幹に感謝してやまねぇ。誰が相手だろうと、その気になりゃ何時でも捻り潰せるんだからな」

「……そんな、事の為に体を鍛えたのか」

「そんな事? ムカつく奴を苦しめて殺す、これ以上に素晴らしい事なんてねぇよ」

 

 人を殺すなんて行為を嬉々として語るフーガーを見て、俺は思った。

 

 ああ駄目だ、コイツは駄目だ。フーガーは、生かしておいてはいけない人間だ。

 

「力は、そんな使い方をしちゃいけない。お前みたいな奴が、力を持っちゃいけない」

「おいおい、そんな事を誰が決めたよ」

 

 ……こいつは、ここで始末しよう。せめて、2度と誰かに危害を加えられないように。

 

「聞け、狂人。俺が体を鍛えた時、最初は自分との対話から始まった」

「あん?」

「俺は自らを鍛えるにあたって、体中の筋肉細胞のひとつひとつと向き合って行こうとした」

 

 コイツは、筋肉を人殺しの道具として扱っている。

 

 他人の命を奪うことに何の躊躇いもなく、むしろ嬉々と楽しんでいる節すらある。

 

「なぁ、フーガー、俺は筋肉に愛称を付けているんだよ。大胸筋のムネ美、太腿筋のモモ子、僧帽筋のボーちゃん」

「……あん?」

「俺はそれらの筋肉達と向き合って、話し合って、そして誓ったんだ。お前らの力を借りる代わりに、絶対に間違った力の振るい方はしないってな」

 

 許せねぇ、生かしておけねぇ。

 

 こんな考えの奴が、力を持っていていい訳がない。俺の全身の筋繊維が、コイツを倒せと叫んでいる。

 

「お前は、筋肉の声を聞いたことがあるかフーガー」

「え、いや無いけど」

「筋肉を愛したことはあるか。その力の振るい方を、しっかりと考えた事はあったか!?」

「あ、愛? 筋肉を……?」

「大切な日に、大切な筋肉とデートしたことはあるか!? 筋肉相手に声を出して語り掛け、愛を囁いたことはあるか!?」

「ある訳ねぇだろ!!」

「筋肉と出掛ける事を、デート扱いしてんの!?」

 

 もう十分だ。

 

 これ以上、コイツと話すことなど何もない。

 

「分かったよ。お前の筋肉はすべて、見掛け倒しのハリボテだって事にな」

「お前基準だとほぼ全人類ハリボテにならねぇかな」

「それを今から証明してやる」

「何だコイツ、兄貴より狂人度高くねぇ?」

 

 ────諦めるな。こんな、筋肉と向き合ったことのない連中相手に力づくで負けるわけがない。

 

「お、おお!? あ、兄貴! こいつ、体が……」

「何だと!? しっかり押さえろ、絶対に逃がすな!」

「だ、駄目だ! なんて力だ!!」

 

 無茶をさせてしまっている自覚はある。だがお願いだ、俺の声に応えてくれ。

 

 体中の筋繊維よ、俺に力を貸してくれ。

 

「う、動く!! ダメだ、抑えられねぇ!!」

「兄貴、兄貴も一緒に!」

「もうやってる! くそ、何だこれは────」

 

 俺はこいつらに、力を持つ者の在り方を教えてやらねばならないんだ。

 

 

 

「────お前らに、筋肉を教えてやる」

 

 俺はそう言って、ノッソリと起き上がった。

 

 体に、俺を押さえようともがくチンピラをへばりつけたまま。

 

「ぐ、この野郎良い気になるな! 顔面握り潰してやる!」

「その前に、俺が貴様の腕を握りつぶす」

 

 慌てたフーガーが俺の顔面に力を入れるが、もう遅い。

 

 仮面を壊される前に、フーガーの二の腕を握って上腕骨を砕いておく。これで、もう力は入れられないはず。

 

「ぎゃああっ!!」

「くそ、囲め!! コイツは危険だ!!」

「飛び道具を持ってこい! 弓でハリネズミにしてやれ」

 

 腕を砕かれたフーガーは地面に尻をついて腕を押さえ、弟分のチンピラは我先にと逃げ出した。

 

 ふん、筋肉の足りない奴らだ。

 

「フーガー。てめぇが二度と人の頭を潰せねぇようにしてやる」

「こ、こんちくしょう! 化け物め、なんだその力は!!」

「筋肉との対話の証だ」

「この化け物を正面から相手にするな! ボウガン構えぇ!!」

 

 さて、どうしよう。

 

 フーガーが負けそうだからか、周りにいたチンピラがなりふり構わず飛び道具を構えてしまった。

 

 周囲で構えられた弓を無視して、このフーガーとか言う男の骨を砕くか。サクラを逃がすだけの時間は稼げてるから、安全第一で流石に一旦引くか。

 

 この男をこのまま放置するわけにはいかない。だが、弓に毒とか塗られてたら掠っただけで俺は昏倒してしまう。

 

「撃て、あの猿を撃ち殺せ!」

「むっ」

 

 早速、弓の第1射が来た。うお、暗くて見えねぇ!

 

 とりあえず、斜め後ろに跳躍。同時に、たくさんの空を切る音がする。

 

 矢は当たってないが、避けれたのは運が良かっただけだな。闇のせいで、全く見えなかった。

 

「……」

 

 これは、一旦引くか。

 

 そうだ、クレバーになれ俺。レヴちゃんに教わったことは何だ? 平民を舐めるなって話だろう。

 

 さっきそれで失敗した直後なんだ。こいつらなんて楽勝だと油断せず、大事を取って撤退すべきだ。

 

「第2射、構え────」

「そうはいかねぇなぁ!!」

 

 このまま狙い撃ちにされるのを嫌った俺は、即座に地面を全力で殴りつけた。

 

 俺の拳の先から激しく土埃が舞い上がり、軽砂が敵のチンピラに降り注ぐ。

 

「ぐ、これは────」

「煙幕だ、見えているうちに射て!」

「ちくしょう、見失いました!」

 

 よし、成功。後は、全力で逃げるだけ。

 

 土煙にまぎれながら、俺はサクラが撤退したであろう店の反対側へと駆け出した。

 

「ぐ、猿仮面に逃げられます!」

「無理に後追いするな、逃げるなら逃がしてやれ! あれとまともにやり合うな!」

 

 背後の声からは、追撃は来ないらしい事がわかった。

 

 まったく、ありがたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、猿。こっちだ」

「あ、マスター」

 

 そのまま走っていると都合よく、俺の知り合いの風俗店のマスターが路地から手招きしているのに気が付いた。

 

 おお、退路を確保してくれていたのか。

 

「よくやった、礼を言う。ちょいと危なっかしかったが、あのフーガー相手にやるじゃねぇか」

「ま、ざっとこんなもんよ」

「だが連中は、これから虱潰しにお前を探すだろう。今晩は、俺達のアジトに泊まっておけ」

 

 それが安全だ、とマスターは付け足した。ふむ、確かに今宿に戻ってマイカ達に迷惑をかけるのはいただけないな。

 

 多分、カールもそのアジトに収容されてるんだろうし。

 

「分かった、案内してくれ」

「おう」

 

 ここはカールの保護もかねて、明日までは世話になろう。俺はそう考え、マスターの誘いに乗った。

 

「因みに、俺達のアジトは敵に割れてるからな。もうすぐ、囲まれると思うぞ」

「はぁ!?」

「長期戦になることは、覚悟しといてくれ」

 

 だが、続く言葉が不穏で仕方なかった。

 

 おい、冗談じゃねぇぞ。明後日には依頼があるんだ、絶対に帰らせてもらうからな。

 

「囲まれるとか関係ねぇ、俺にも予定がある。明日には帰らせてもらうぞ」

「無理だっつの。朝一番で敵を皆殺しに出来るってなら話は別だが」

「あー。カールが居るなら出来んことはないかな? アイツ、超強いらしいし」

 

 実際戦ってるのを見たことないけど、女神の加護で凄い強くなってるって噂だ。カール居るなら出来るんじゃね?

 

「あの冒険者も、アジトで酔い覚まししてるよ」

「あんまり酒飲ますなよな、アイツに。酔うと面倒くさいんだよ」

「知ってるよ、俺が飲ましたんじゃねぇ」

 

 ふむ、やっぱカールはアジトに居るのか。

 

「取り敢えず、力を貸してくれてありがとうな。アジトに戻ったら、一杯やろうか」

「酒は有るのかよ」

「勿論だ。酒だけじゃなく武器や食料も、数か月分はアジトに運び込んである。あのアジトの外壁を陥落させない限り、暫くは戦い続けられるぜ」

「マジで戦争やってんだな、お前ら」

 

 そんな長期を見据えて抗争なんぞ、やってられない。そもそも、もうすぐ魔族が攻め込んでくるはずなのだ。

 

 戦争で街が疲弊した時に、魔族に襲われたらひとたまりもない。

 

「何とか争わない道はねーのかよ」

「それは難しいだろ。ここまで来たら、お互いの意地の張り合いだ」

 

 本当に間が悪いというか。こんな時に決戦しなくても────

 

 

 

 

 

 ────ォォン。

 

 

 

 

 その時。聞いたこともないような低い唸り声が、夜のレーウィンに響き渡った。

 

「……あん? 何だ今の鳴き声。獣か?」

「聞いたことがねぇ唸りだ。ウルフ系統の新種か……?」

 

 俺とマスターは顔を見合わせ、そして首を捻る。

 

 今の、背筋が凍りつくような声は何だ。まるで生命の危機であるかのような、この鼓動の早まりは何だ。

 

「……あ、待てマスター。今さっき、アンタ何て言った?」

「何だよ、急に」

「アジトの話だ。マスター、あんた長期戦を見据えてアジトに何したって言った?」

「ど、どうした猿。そんな怖い声出してよ」

 

 嫌な予感がする。

 

 見逃してはいけない何かが、どんどんと進行しているような予感がする。

 

「いや、何もしてねぇよ。ただ、武器や()()()()()()()()()()()

「────」

 

 

 ────食料を、運び込んだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウォオぉオオヴォオオッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞いたことのない雄たけびが、闇夜に響く。

 

 生まれてこの方見たことのないような数メートルの巨体の化け物が、闇の中で猛りながら飛び跳ねている。

 

「オォヴォオオぉ、うヴォォォっ!!!」

 

 駆けつけた先に、俺は見た。

 

 マスターの案内した『アジト』とやらは既に廃墟と言えるまでに崩壊しており。

 

「は? ……は?」

 

 その怪物の周囲に、ただ無数の血溜まりが飛び散っていた光景を。

 

「なに、これ」

 

 一匹の怪物は猛る。

 

 嬉々と口元を歪めながら、ダラダラと生暖かな赤黒い汁を零して。

 

 アジトに居ただろう住人たちの、積み上げられた死体の上で咆哮している。

 

 

 

「ま、魔族? あれが────」

 

 それは、毛むくじゃらの生物だ。

 

 それは、とてつもない巨体の生物だ。

 

 まさしくそれは、レヴちゃんから聞いた通りの姿で。

 

 『龍をも討伐した高名な冒険者が手も足も出なかった』という、正真正銘の怪物。 

 

 

 

「お嬢? お嬢ォォォォ!!!」

 

 

 

 そして、俺達は気づいてしまう。

 

 怪物の足元に乱雑に積まれた無残な肉塊の中に、今夜の彼女が身に纏っていたドレスがある事に。

 

 彼女は、サクラ・フォン・テンドーの末路は……想像に難くない。

 

 

「……ヴォゥオ」

 

 マスターの絶叫を聞きつけて、怪物の顔がこちらに向いた。

 

 マントヒヒのような小憎たらしい顔面をしたその怪物は、新たな2匹の俺達(エサ)を見つけて再び頬を緩めて笑った。

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