【朗報】修羅場系パーティーに入った俺♀だったが、勇者とフラグの立たない男友達ポジションに落ち着く   作:まさきたま(サンキューカッス)

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13話「死亡フラグなんざへし折ってやるぜ! と言うのも死亡フラグ」

 全身の細胞が、警告(アラート)を鳴らしているのが分かった。

 

 俺は本能で理解した。その化け物と、正面から戦ってはいけない事を。

 

「よくも、お嬢を────」

 

 だから、これは反射的な行動だった。

 

 何かを考えたわけではない。何かを見て動いたわけではない。

 

 ただ、気付けば恐怖に駆られて。俺はマスターを脇に抱え、全力で真横にかっ飛んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あんな生物があるか。

 

 その巨体は、象なんかとは比べ物にならない。

 

 肉付きは、4足歩行の獣。だが顔面は類人猿で、全身に浅黒い体毛を生やし、腹に爬虫類の様な鱗も備えている。

 

 俺は前世から今世を通じて、アレに該当するような生物を見たことがない。

 

「マスター、無事か」

「俺、は……?」

 

 ジュウ、と肩がひりつくように痛む。

 

 ヒゲ面のオッサンを抱きかかえ跳んだからか、結構肉が抉れてしまった。廃墟と化したアジトから数十メートル連なり、地面に血痕が滲む。

 

 咄嗟の事で、結構擦ってしまったらしい。見れば肩から、ダラダラと血が滲んでいた。

 

「起き上がるぞ、マスター。お前は早く逃げろ」

「な、何がどうなっている。猿、俺は何でこんなところに倒れている?」

「庇ってやったんだよ、見ろ俺達がいた場所を」

 

 だが、そんな軽傷を気にしている場合ではない。俺達は今、命の危機なのだ。

 

 周囲に獣の気配が無いか用心深く立ち上がり、俺は先程まで立っていた場所を睨みつける。

 

「上級魔法でもぶっ放したような、大きい穴が開いてやがるじゃねぇか」

 

 そこに、奴は居た。大地に空いた大穴の中心に、その化け物は佇んでいた。

 

 毛むくじゃらのソレは両手の拳を何度も地面に叩きつけ、そこに死体がないことに首をかしげていた。

 

 少しでも反応が遅れたら、俺達はあそこで潰れた水風船のように血を撒き散らして死んでいただろう。

 

「何だよ、ありゃあ……」

「何でもいいよ」

 

 その呆けたようなマスターの呟きに反応し、化け物は再び俺達の方を見る。

 

 『そこか』とでも言いたげに、奴はニタリと微笑んだ。それは身の毛のよだつ、獰猛な笑みだった。

 

「マスターは逃げろ。アンタ庇いながら戦える相手じゃなさそうだ」

 

 さて、どうしたらいいのか。何をするのが正解なのか。

 

 俺はあの化け物を倒すことが出来るのか。なりふり構わず逃げることに全力を出した方が利口なのか。

 

 何も、分からないけれど。

 

「……平民(マスター)が逃げる時間くらいは、稼がねぇとな」

 

 ノブレス・オブリージュ。貴族の高貴な地位は、その覚悟によって賄われる。

 

 コイツを放置していたら、とんでもない被害が出るのは明白だ。なら、俺は『貴族』としてこの化け物と相対せねばならない。

 

 ……まだ確認できていないが、俺の知り合い(サクラ)の仇の可能性が高いし。

 

「猿。お前、あの化け物に勝てるのか?」

「わからん。ぶっちゃけ、勝算は薄い気がする」

「なら、逃げんのか?」

「アレ放っておくわけにはいかんだろ」

 

 その言葉が終わるか終わらないかのウチに、再び化け物が跳躍した。

 

 俺達のいる方向目がけてまっすぐに飛び上がり、両掌を組んでアームハンマーの体勢で拳を振り上げている。

 

 受け止めたら、死。俺は再び、マスターを掴んで右へと跳んだ。

 

 ────ズドン、と。

 

 再び、凄まじい爆音とともに公道が抉れてクレーターが出来る。アイツ、飛び上がって地面殴るだけで上級魔法並の火力を出せるらしい。

 

 何だその頭の悪い強さは。

 

「……選り好みしてられる状況じゃねぇな。こっちも、魔法(とっておき)ぶっ放すか」

「おい、猿。俺はどうすればいい」

 

 近接戦が良いだとか、魔法使えば貴族とバレるとか、そんな小さな事を気にしている場合ではない。

 

 上級魔法でも何でも駆使して、今の状況を打開せねば。

 

「マスターはマジで逃げてくれ、これ以上庇い続ける自信がない」

「庇わんでいい」

 

 

 返ってきたその言葉を聞き、思わず俺はマスターへと振り返った。

 

 マスターは、その男は、憎悪に顔を歪めて化け物を睨みつけていた。

 

 

「マスター……?」

「分かってる。俺じゃ、あの化け物の足止めすらできないだろうさ。だが、攻撃を引き付ける事は出来る」

「いや、アンタ」

「無論、俺は潰れた蟻ンコみたいになるだろう。だが、その隙にとっておきとやらをお見舞いしてやれねぇか猿?」

 

 おいおい。この人、あの化け物の一瞬の隙と引き換えに死ぬ気だよ。

 

「せっかくの命をそんな無駄に使うんじゃねぇマスター」

「お嬢の敵討ちになるなら、構わん」

「だから、勝算薄いんだって。俺のとっておきは威力十分だが、準備にクソほど時間がかかる。ほんの数秒引き付けられたところで何も変わらん」

 

 そうなんだよなぁ。アレは威力は折り紙付きなんだが、発動に時間かかりすぎる。戦闘用魔法というのは、基本的に前衛が存在し守ってもらえるのが前提の技術だ。

 

 俺があまり上級魔法を重視せず、肉体強化魔法に執心したのもそこが理由だったりする。『盗賊の襲撃を受ける』みたいな実際にあり得る窮地に陥った時、上級魔法に秀でているのと肉弾戦に秀でているのでどっちが生存率が高いかって話だ。

 

 上級魔法は、撃つとすれば大体30秒くらい集中しながら詠唱する必要がある。

 

 その間は殴りあいは勿論、敵の攻撃を避ける事すら難しい。詠唱中に他の事をしたら、魔力制御を失敗して自爆する危険があるからだ。

 

 正直なところ、マスターを逃がしたあと俺も何処かへ隠れて、不意打ちで1発ぶっぱなすのが一番成功率が高い。正面切って唱えても、当たりっこないだろう。

 

 そもそも、コイツから逃げられるかは怪しい点であるが。

 

「猿、なら俺は何秒稼げば良い」

「え? まぁ、数十秒くらい」

「分かった、任せろ。俺がどうなろうと気にしなくて良いから、キッチリ当てろよ猿仮面」

 

 しかし、マスターはやる様子だ。あんた、戦える人間だったっけか? 一応は喧嘩できそうな体格をしているが。

 

 でももう大分良い歳だろうし、あまり無茶しない方が────

 

 

 

 ────殺気。

 

 ああ、この人は何も見えていない。

 

 マスターから滲み出る尋常では無い憎悪が、俺に教えてくれた。もう、この男は正気ではない。

 

「猿ぅぅ!! 今から時間稼ぐから、とっておきの準備とやらをしろぉ!」

「お、おい。死ぬなよマジで!」

 

 それほどか、それほどまでにサクラを慕っていたのかこの男は。命よりも、身の安全よりも、一矢報いる事がそれほどに重要なのか。

 

 男にここまで体張られてしまっては、詠唱せねば無作法と言うもの。奇襲作戦の方が成功率高そうだが、男の覚悟を汲んでやるのも漢としての務めか。

 

 マスターは、憤怒の表情で、怪物へ向かってゆっくり歩きだした。自分を恐れて逃げ出さない獲物を確認した魔族は、不気味で嬉し気な鳴き声を放って再び拳を構える。

 

 ……彼を信じよう。俺はマスターが敵を引き付けているその隙に、敵から距離を取って静かに詠唱を始めた。

 

「────炎の精霊、風神炎破」

 

 魔法の発動を確認。今から、俺はこの場所を動けない。

 

 マスターは本当に時間を稼げるのだろうか。正直、すぐさま捻り潰される予感しかしない。

 

 冷静に考えれば、俺はあの男を止めてやるべきだっただろう。だが、とても説得が通じるような雰囲気ではなかった。

 

 それに、彼の気持ちは痛いほど伝わってきた。愛する者を失った耐え難い悼みが、その眼光に現れていた。

 

「────錦の螺旋渦、爆連地割の大明封殺」

 

 ならばその意地を貫き通してくれマスター。俺も、アンタと一緒に命を張ってやる。

 

 俺に出来る、いや人類に出来る最高の火力をアイツにお見舞いしてやろうじゃねぇか。

 

 

 

 

「オォヴォっ!!」

「来るなら来やがれぇ!!」

 

 憤怒したマスターの挑発に乗り、魔族が跳躍する。

 

 改めて遠目で見ると、その非現実的な光景にめまいがしそうになった。数メートルの巨体が、何故ああも容易く空を舞うのだ?

 

 暗闇に紛れて地鳴りと共に落ちてくるその怪物は、まるで隕石の様。跳躍からほんの数秒、土砂と瓦礫を舞い上げながら大地をたたき割ったその魔族の一撃は、しっかりとマスターの居た場所を破壊した。

 

「化け物がぁ!!」

 

 だが、彼は即死していない。

 

 吹き飛ぶ土砂に混じり吹き飛ばされながら、肩から赤黒い血を撒き散らしているマスターは怪物に向けて絶叫した。怪物の一撃は、カス当たりだったらしい。

 

「────来たれ粉塵、飛び散れ岩炎」

 

 詠唱は、まもなく最終段階に入る。もう少し、もう少しだけ時間を稼いでくれマスター。

 

 見れば怪物は、地面に拳を叩きつけた後にくぐもった声を上げて目を擦っている。

 

 何故か、マスターに追撃を加えようとしない。自分が巻き上げた土砂のせいで、見失った様だ。

 

 魔族は、目を擦りながらキョロキョロとマスターを探し続ける。何て幸運な男なんだ、あいつは。

 

「……俺の店ではな。お嬢に危害を加える奴は、出入り禁止を突き付けてるんだよ」

 

 ボソッと、マスターの呟きが聞こえてきた。

 

 彼は、怪物の真正面に血塗れで大地に倒れ伏しながら、満足げに何かを握って笑っていた。

 

「────集積を成すは黒鉄の克己!!」

「通告状だ。二度と、俺達の街に来るな化け物」

 

 ……そして俺は気付く。

 

 怪物が、先程からずっと目を擦っていた理由に。

 

 ……カードだ。

 

 あの男は、マスターは吹き飛ばされながら、怪物の両方の眼球に木製の通告状(カード)を投げ付けていたのだ。

 

 それは、元来は出禁にした客に投げ付けるブラックリストのメモ書き。

 

 マスターはダーツが得意だと自慢していた。彼はダーツの要領で、態度の悪い客に突き付ける『出入り禁止の通告状』を投げ、魔族の目に見事命中させたのだ。

 

 これならば────

 

 

「猿、準備はまだ終わらんのか?」

「完了した。やるなマスター」

 

 

 奴が視力を失って、混乱している今ならば。俺はこの一撃を、決して外すことは無いだろう。

 

 さあ人類に許された、最高の火力を届けよう。

 

 4大元素に適性があり、精霊に認められた一族のみが使用できる究極の魔法技術をご覧に入れよう。

 

 

「吹っ飛べ。これが、必殺の……」

 

 

 ウロ覚えではなく、きちんと復習してしっかり詠唱した本当の威力の『上級魔法』。

 

 ヴェルムンド家に代々伝わり、家の人間でも一握りしか習得を許されていない『秘奥義』。

 

 これぞ、まさに俺の全力全開────

 

精霊砲(エレメンタル・バスター)あぁぁっ!!!」

 

 

 

 俺の絶叫と共に放たれたソレは、一瞬の間夜の街を明るく照らし上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水、土、火、風。その4つの元素が混じり合い、溶け合わせて、一束のエネルギーに変化させる。本来人間では制御しきれないその凄まじい魔力の奔流を、精霊のアシストを経て顕現させる。

 

 俺は教わった教科書通りの手順で、教科書通りにソレを発動した。

 

 非常事態なので、周囲の被害など考えず魔力を一切セーブせず、俺は全力でソレを解放した。

 

 

 

 教科書の記載では、間違いなく人類最強の魔法の一つだという。習得できる人間は限られており、類い稀な魔力量と幅広い元素適性を併せ持ち、清廉潔白で精霊に認められる純粋な心の持ち主でなければならない。

 

 習得は最高難度だが、一度放てばソレは戦局を決する。大地は裂け、山は割れ、海は干上がる。この世で最も威力の高いその魔法は、人類にとって正真正銘の最終手段であり……

 

 

「当たった、か」

「お、おおおぉお? な、何て隠し玉持ってんだ猿仮面よぉ」

 

 

 これを超える攻撃手段は、魔法に限定せずあらゆる兵器、剣技、火薬を用いても現人類には存在しない。

 

 今この世界において、これで仕留められない相手に対する対案は存在しない。

 

 

 

 

 

 

 

「オォヴォオヴォォォっ!!」

 

 

 だから。

 

 俺の渾身の上級魔法が直撃して、平然としているアイツはどうすればいいのだろう。

 

 目が見えぬままに精霊砲(エレメンタルバスター)を食らい、激昂して地面に八つ当たりしているあの化け物に、俺は何をすればいいんだろう。

 

「効いてないのか、今の」

「多少は、痛そうな顔をしているが」

「致命打どころか、骨の一本も折れてなさそうだな……」

 

 ああ、女神様、本当に存在するというなら、何でこんな生物を地上に生み出したんだ。

 

 人類がどんな手段を駆使しても、理論上最強の1撃を直撃させたとしても、ピンピンとしているあの生物を相手にどうしろというのだ。

 

「マスター、走れるか。すまんが打つ手がねぇ」

「走れん。肋骨が折れてる」

「そっか」

 

 なら、マスターを背負い逃げるか。

 

 俺一人じゃあ、どうにもならないことが分かった。悔しいがカールと合流して、アイツに何とかして貰おう。

 

 

 

 ……。そういや、カールは何処だ?

 

 俺はさっき、マスターにアイツの居場所を聞いたような。確かカールは、このアジトに収容されていたんじゃないのか?

 

 いやそんな、冗談だろ。もしかしてアイツ、死んでんのか?

 

 女神から加護を得て、魔族を倒すために旅に出たあの男は。何の戦果も挙げないままに、酔い潰れて意識がない所を魔族に殺された?

 

 は、はぁあ!?

 

 

「俺は置いていけ。この怪我だ、もう助からん」

「マスター……」

「お嬢の死んだこの場所で死ねるなら本望だ。アイツに一矢だけ報いれて、心残りもちょい減ったしな」

 

 マスターは、諦めたように四肢の力を抜いた。彼に、生存意欲はもうないらしい。

 

「くそぉ、悔しいなぁ。クズで底辺風来坊の俺が、本気で娘みたいに可愛がってた娘だってのに。敵討ちすらできねぇなんてさ」

「……」

「おやっさんは破天荒な人でな。抗争があるとお嬢を放って行って家を空けた。その間のお嬢の世話役は、俺らみたいなチンピラだったのさ」

 

 マスターは慟哭する。その頬に、血と混じった赤い涙を垂らして。

 

「ちっさい頃から世話をしてるとさ、どうにも情が移っちまっていけねぇ。俺みたいに、嫁に先立たれて子供も居ねぇオッサンだと猶更さ」

「……そっか」

「とっとと行け猿。俺が咀嚼されている間に、お前だけでも生き延びろや」

 

 彼はそこまで言い終わると、唇を噛みしめて黙り込んだ。

 

 まもなく、魔族の視力も戻るだろう。その前に、俺は安全な場所に逃げなければならない。

 

「じゃあな」

 

 早く、マイカ達の所に行こう。カールが死んでしまった事、魔族が本当にやばい事、この街から一刻も早く逃げださないといけない事を伝えよう。

 

 それが、生き残った俺の使命だ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時。

 

 ガコンと、地面が二つに分かれて俺は足場を失った。

 

「────え?」

 

 滑る、落ちる。

 

 お笑い番組で見たことのあるようなボッシュート穴が俺が立っていた大地に開き、滑り台のような何処かへと俺は滑り落ちていく。

 

 え、ちょ、何!? これ何?

 

「なななな何事ぉ!?」

 

 スイーっ、と。

 

 俺はボッシュートされた後、滑り台の様なトンネルを尻で滑り落ちた。

 

 ズボン擦れ破けて半ケツ見えたらどうしよう。男装してるとはいえ、俺は自慢のプリケツを露出しながら歩く趣味はない。

 

 

 

「あ痛っ!」

 

 やがて、その滑り台は終着する。幸いにも、ズボンは無事だ。

 

 俺は見覚えのない暗い地下室に、半ば転がされるように投げ出された。

 

「い、いたたた」

「……あら、良かった。肩が擦れてるけど軽傷みたいね、貴方」

 

 誰かが、俺に話しかけてくる声がする。

 

 状況が把握できないままに、俺はキョロキョロと周囲を見渡して、気付いた。

 

「ここ、は?」

「地下通路よ。……アジトで唯一、壊されずに済んだ場所」

 

 壁に備え付けられた蝋燭台が、俺に話しかけてきた人物を照らしだす。

 

 それは、くすんだ茶髪と控えめな胸が特徴の半裸の少女だった。

 

「……乳首見えてますよ、お嬢様」

「うるさいわね!! シャワー中に襲われたんだから仕方ないでしょ!!」

 

 それは、すなわちサクラ・フォン・テンドー。死んじまったと思っていたその少女は、この怪しげな場所にこっそり隠れ潜んでいたのだった。

 

「ぬあああぁ!!」

「あ、マスター!」

 

 まもなく、割と重症な中年男性も俺と同じようにボッシュートされてくる。どうやら、俺達はサクラに助けて貰ったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「外の様子は見えてないのだけれど、さっきの爆発音は貴方の攻撃なの?」

「まぁな」

 

 俺達は、そのままサクラから何があったのかを聞き出した。

 

 聞くと、カールを連れてアジトに戻ったサクラは、猛獣の唸り声のようなものを聞いた直後にあの怪物に襲われたらしい。

 

 未知の敵の襲撃で彼女の配下は混乱の極致に陥ったが、咄嗟に「お嬢だけは何としても」と地下に彼女含め非戦闘員を逃がしたのだそうだ。

 

 その後、部下は全員で怪物に特攻し、一人も戻ってこなかったという。

 

「外の様子が分からないのに、よく俺達を此処に導けたな」

「私には土魔法の素養があるから、精霊を介して貴方達の位置は把握していたの。貴方達を落とした穴も、私の魔法よ」

「土魔法か。なら、落とし穴とか作れるか? あの化け物、頭は悪そうだからそういう罠は効きそうだが」

「残念ながら、私にそういう攻撃力は皆無よ。あのサイズを落とそうってなら、数日掛かりで詠唱しないと無理ね。そもそも土魔法はおまけで、魔法使いとしての本職は別だし」

 

 彼女はそう言うと、息も絶え絶えなマスターの下へと近寄った。

 

「……もう、無茶をして」

「お嬢……。お、嬢、ぉ、ぉ。ご無事でぇぇぇ」

「泣かないでよ、泣きたいのはこっちよもう。……貴方まで失ったら、絶対に号泣してたわよ私」

 

 サクラは、生きて再会できて感極まっているマスターの手を握り、そして静かに言葉を食んだ。

 

 

「癒す理は草木の聖祭、安堵の雫はかの者を包む」

「……お嬢、ありがてぇ」

「生きとし生けるは我が掌の保護を受けん、万物のせせらぎは貴方と共に。癒せ、精霊の歌(ララバイ)

 

 ああ、成程。これが、彼女の魔法か。

 

 それは貴族の扱う魔法としては正直マイナーではあるが、絶対に一定の需要があり使い手は重宝されるモノ。

 

 その技術は独特ではあるが、決して失われることなく継承され続けた魔法体系の一つ。

 

 直接的な攻撃力は皆無だが、誰か失いたくない人がいるときはこれ以上無く有用な魔法。

 

「テンドー家は回復魔法の一族か……」

「外傷専門ですけどね。うちは小競り合いが多いから、そっち方面ばかり上達してしまうのよ」

 

 口ではそんな文句を言いながらも、サクラはテキパキとマスターの傷を塞いで包帯を巻いて行く。

 

 手際が良いな、流石本職の回復術師だ。

 

「お猿さんも、肩をお見せなさいな」

「恩に着る」

「この程度であれば、すぐに完治させてあげられるわ」

 

 彼女が腕を当てると、じんわりとした暖かな光と共に、俺の肩の傷が塞がっていく。サクラの回復魔法の腕は、中々に大したものみたいだ。

 

「あ、そうだサクラ。カールの奴は?」

「あそこで寝ているわ。まだ、酔いが抜けていない様子よぉ」

「……ああなると、一晩は目を覚まさねぇんだよなアイツ」

 

 カールも非戦闘員とみなされて、この地下に運び込まれていたらしい。ああ、生きていてくれてよかった。

 

 ……大丈夫。俺はお前を『勇者の癖に使えねー』なんて思っていないからな。安心しろカール。

 

「アイツが目覚めるまで、此処に隠れているしか無いか。街に残した仲間が心配だが……」

「生きていることを祈るしかないわよ。アレに正面切って喧嘩売って勝てるわけないもの」

「だよな、よく生きてたよな俺もマスターも」

 

 俺が1日に撃てる上級魔法は、魔力量的に2発まで。一発ぶっ放した時点でもう、半分以上の魔力を消費してしまっている。

 

 せめてもう少し魔力が回復するまでは、あの化け物に喧嘩を売る訳にいかん。この地下で、しっかり休ませて貰うとしよう。

 

「マスターも、それでいいな」

「俺は、お嬢さえ生きていてくれりゃあ何も言う事ねぇよ」

「そうかい」

 

 アイツを放っておけば、町の被害がどれ程になるか分からない。だが、許してくれ。

 

 俺には、無理だった。持てる全ての力を出し切っても、アイツには全く届いていなかった。だからカールが目を覚ますまで待って、二人であの化け物に勝負を挑む方が勝率がよさそうだ。

 

「……」

 

 弱い。

 

 ああ、俺は弱い。

 

「猿、お前何をそんな悔しそうに」

「見捨てるんだよな。俺はここに隠れて、街で暴れ始めるだろうあの化け物から逃げて、沢山の人の命を見捨てる事になるんだよな」

「お前そんな、真面目な奴だったのか?」

「情けねぇんだよ。俺は思い上がってた、とっておきを使えば勝てねぇ相手なんていないと思ってた。恥ずかしくて、今すぐ腹を切りたい気分だ」

 

 自分への怒りが収まらない。

 

 俺はまだ、甘えていたんだろう。筋肉を鍛えることで、自己満足を得ていたんだろう。

 

 殺し合いの戦闘を前提とした訓練を、俺は今まで行ってこなかった。魔王が復活しただの魔族が攻めて来るだの、想像だにしなかった。

 

 そんな戦いの素人が、実戦で強いはずが無いだろうに。

 

「強くならねぇとな」

 

 俺は呟くように自戒した。

 

 まだ、全然足りなかった。俺は、魔族と戦うには実力不足もいい所だった────

 

 

 

 

 

 

 

 ……ゴリゴリ。

 

 

 

 

 その時、ふと。

 

 俺の頭上から、鈍い音が聞こえてくるのに気が付いた。

 

「あん、何の音だ?」

「音ですの? 何も聞こえないわよ」

 

 

 ゴリゴリ、ズリズリ。

 

 

 それは時折甲高い音も混じりながら、確かに俺の頭の上から聞こえてきていた。

 

「おい、聞こえないのか誰も」

「……いや。確かに、何か変な音が」

 

 おい、勘弁してくれよ。何で、そんな音が聞こえてくるんだ?

 

 アイツは、見るからに頭が悪そうな生物だった。だから、こうして隠れてしまえば俺達を探し出すことは不可能だろう。

 

 だったら、そんな筈はない。アイツが、俺達の存在に気付いているはずがない。

 

 

 

 

 ズリズリズリズリ。ゴリゴリゴリゴリ。

 

 

 

 

 微かに、天井が軋み始める。

 

 砂の房が、サラサラと零れ落ちてくる。

 

 ああ、そんな。嘘だと言ってくれ、女神様。

 

 

 

 ────やがてボコっと、鈍い音を立てて天井が切り抜かれた。

 

 

 それは、1mほどの小さな穴だ。ゴワゴワとした武骨な獣の拳が、スリスリとスクリュードライバーのように擦り回されて天井から見えていた。

 

 やがて、天井の穴から星の光が漏れ。ゆっくりと、巨大な眼球が穴越しに俺達を覗き込む。

 

 

 

「……化け物」

 

 

 

 この生物は、どういう理屈か俺達が地下に居ると当たりをつけ、拳で地面を掘り進めたらしい。

 

「ヴォォォオゥ♪」

 

 魔族は目元を吊り上げ、獰猛な笑みを浮かべ、餌を見つけた喜びで咆哮した。

 

 俺は、その怪物の咆哮を呆然と見上げる事しか出来なかった。

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