【朗報】修羅場系パーティーに入った俺♀だったが、勇者とフラグの立たない男友達ポジションに落ち着く 作:まさきたま(サンキューカッス)
「帰ったぞー」
数刻後、カール達は戦利品を携えて宿へと帰宅した。
「お宝いっぱい、まぁまぁの稼ぎになったわ」
「お疲れ様……」
「ただいま、レヴ」
喜色満面のマイカに、風呂敷スタイルで沢山のお宝を背負うカール。
「結構な量ですわね。明日までに、換金が間に合うでしょうか?」
「いや。これらの換金はヨウィンに着いてからやろうと思う。今のこの街は、勢力図がゴタゴタになってるから物価も安定してないし」
ふむ。かさ張るとは思うけど運んで、向こうの街で換金するのか。
まぁ、せっかくなら適正価格で買い取ってほしいもんな。買い叩かれたらもったいない。
「ところで、聞きたいのですが……」
まぁ、それは納得した。
それよりも今、俺が気になっているのは……
「……ふ、ふふふ」
彼らの後ろで目が死んでいるサクラお嬢が、ちいさなネックレスを大切そうに抱えて泣いてる事だ。
「……あの。サクラさんはどうされましたの?」
「ああ、辛いことが沢山あったんだ。気にしないでやってくれ」
この短い時間で、いったい何があった。
「マイカはな、商品の目利きが出来るんだよ」
「ちゃんとした鑑定眼を身に付けていないと、買い物の時にボッたくられるだけだもん」
サクラが宿の隅っこでシクシクしている理由を、カール達は簡単に教えてくれた。
「それが、どうしましたの?」
「それがだな」
「テンドーの家宝が、だいたい贋作だったのよ。サクラさんの母親の形見すら、二束三文の価値しか無かったわ。それを聞いてから、ああなったの」
「おお、もう」
自信満々に家宝を紹介したサクラは、その殆んどが価値の無いガラクタと聞いてショックを受けたそうだ。
結局持ち出す事にしたのは、普段使いしている衣類や装飾品の一部だけ。テンドー家が代々大切そうに金庫にしまっていた財宝は、ほとんど安物なので置いてきたらしい。
「……許さない。あの商人共、絶対に落とし前をつけてやるんだから」
「サクラが今持ってるネックレスも、アクアルビーを模して作られた着色硝子よ。安物だから持っていく必要ないって言っちゃったんだけど」
「それが、サクラの一番大切にしている『今は亡き母親からの誕生日プレゼント』だったみたいで。それ聞いて以来、あのお嬢様は放心しちまった」
「胸が痛い」
何より大切な宝物がガラクタって、そりゃ傷付くわな。
父親は蒸発するわ、魔族に組織はぶっ壊されるわ、家宝は騙されて偽物だわ。不幸の星の下にでも生まれてるんじゃないのか、サクラは。
何とか元気付けてやりたい。
「……サクラさん」
「イリーネ」
「どうか悲しまないでください。貴女が手に持っているネックレスは、紛れもなく本物なのですから」
なら、ここは精神的年長者たる俺の出番だな。前世の記憶を換算すると最年長は間違いなく俺だ。
ふ、ここは知的で包容感溢れるお嬢様モードを見せてやろう。
「……どういう意味よ」
「その物体の金銭的価値など、さして重要な要素ではないと言う意味ですわ。人から戴いたものの価値は、それに込められた想いにあります」
そう言って俺は、袋から妹から手渡されたペンダントを取り出した。
渋い黒褐色の、怪しい光沢を持つそれは、俺にとって紛れなく宝物である。
「これは、私が出発する際に妹から手渡されたものです」
「……見たことの無い素材ね。それは?」
「おそらく、土中の金属を抽出して作ったものでしょう。なので商人に売り払っても、このペンダントは二束三文です」
だが、俺はそのペンダントを大切に布で包み、再び袋へと戻した。
「しかし、やはりこれは私の一番の宝物なのですわ。妹からの、純粋な想いが込められていますもの」
「イリーネ……」
「そのアクアルビーが偽物だったとして。貴女の母君からの想いまで、偽物だったのでしょうか?」
金なんてどうでもいいんだよ、世の中は真心だよ!
うむ。我ながら良い説得な気がする。脳の筋肉を鍛えておいて良かったぜ。
「……そっか。少し気が楽になったわ、ありがとイリーネ」
「これからは、一蓮托生の仲間ですからね。お気になさらなくて結構ですわ」
サクラの顔色も戻り、空気が良くなった。ふぅ、これでひと安心。
「それに、誰も怪我せず戻ってきた様で何よりです。悪い人と小競り合いせずに済んだのですね」
「あー、いや。ちょっとチンピラとやり合ってきたわよ?」
「あら」
何だ、結局戦闘になったのか。
うーん、俺もついていきゃ良かったな。カールはともかく、サクラやマイカが怪我をしたらなぁ……。
特にサクラは、貴族仲間だからか猿の時の経験からか、かなり親近感感じるし。
「どんな戦いになりましたの?」
「結構大規模な襲撃だったぜ。なんか、フーガーだかフーゴーだか言う気持ち悪いマッチョが大将として出てきたな」
「え、フーガー!? それって、あの『百人殺し』?」
「知っているの、イリーネ」
知っているも何も、そいつとは戦ったことある。
たしか傲慢ヒゲ貴族の下っ端で、かなり強い殺人鬼だった筈。俺との勝負では、筋肉では俺に分があったものの喧嘩慣れの差で負けかけた。
よく、怪我をせずに済んだものだ。
「いえ、その方の悪名を聞いたことがあるだけです。元盗賊の、残虐無比な悪党と聞きますわ」
「あー、そんな奴だったのね。1発で再起不能だったから、あんまり気にして無かったわ」
「……そうでしたか。カールさんが傍にいてくれて良かったですわね」
まぁ、あのデカブツもカールの敵では無かったか。魔族の群れ相手に無双する様な奴が相手では、分が悪すぎるわな。
多分、フーガーは普通の冒険者基準では超強いんだろう。俺の師匠であるレヴちゃん並の戦闘技術はもっていた気がするし。
俺が戦っても、勝ちきれたかどうか。
「……いや、イリーネ。そのフーガーとやらを一発でノしたのはマイカだぞ」
「えっ」
えっ。
「まぁ不意打ちで、サクっと」
「うぅ、思い出しちゃった。デカいマッチョが、マイカさんに股間を潰されて断末魔の声を上げ……。オロロロロ」
「サ、サクラさん!?」
何を思い出したのか。
せっかく笑顔が戻ってきたサクラが、再び顔色を真っ青に変えて嘔吐し始めたではないか。
「よくも、あんな残酷な……。いくらフーガーが相手とは言え、あそこまでしなくても」
「お、落ち着けサクラ。マイカは敵には容赦ないが、味方にはちゃんと優しいから」
ちょっと待って。俺の脳内では、マイカはパーティの常識人枠に入ってるんだけど。
サクラが思い出しただけで吐き出すような真似を、マイカがしたのか?
「ちょ、ちょっと大げさじゃない? ほら、私は弱っちいから、どうしても敵の急所を狙う戦闘スタイルになるだけで」
「そうだな。確かにマイカは戦闘力は低いな、うん。やる事がえげつないだけで」
「……私も、たまに引く。合理的なのは納得するけど、引く……」
そこそこ懐かれてるレヴちゃんにすら、引かれるような行動をするのか。
ひょっとしてマイカって、かなりヤバい女なの? あんまり仲良くしない方がいいのか?
「違うから、イリーネさん。私、別に危ない人とかじゃないから。だからそんな目で私を見ないで!」
「これは俺の私見だが、純粋な脅威度でいったらマイカは人類最上位だと思う。戦闘力がないだけ」
「……マイカは戦況判断力が優れすぎてて、負け戦には絶対に関わらないタイプ。裏を返せばマイカが味方に付いてる時点で、ほぼ勝ち戦が約束されてる……。まさに、戦場の死神」
そ、そうか。そういや前にカールが『絶対にマイカだけは仲間にすると決めていた』って零してたな。
勇者パーティの最古参、最初のカールの仲間マイカ。彼女もまた、カールに及ばずとも非凡な能力を持っているのだろう。
「人類に対する脅威度で言えば、昨日俺が戦ったデカ魔族は大体0.5マイカくらいかな。魔族2体でマイカ1人分の脅威ってところか」
「……真に恐ろしいのは、魔族でも殺人鬼でもなく、一見普通そうに見える人……。真の脅威は、自らを脅威だと感じさせない……」
「ひ、ひぃぃ……」
俺にはわかる。今のカール達は、本気で言っている。
そんな、嘘だろ? 俺がやっと殺したあの怪物2体合わせて、やっとマイカと同格だっていうのかよ。
じゃあ、俺なんかじゃ絶対にマイカに勝てないじゃん。
「悪ノリね、あんたら悪ノリしてるわね! イリーネが若干信じかけてるじゃない、早く誤解を解きなさいよ!」
「誤解……?」
「……誤解?」
「不思議そうな顔すんな!」
誤解を解けと喚くマイカを、心の底から不思議そうに見つめるレヴとカール。
そっか。やっぱりマジなのか。
「大丈夫ですか、サクラさん。とても気分が悪いようですわね、お部屋まで送りますわ」
「れ、礼を言うわフォン・ヴェルムンド。あの娘の顔を見ていると、トラウマが呼び起こされちゃうの」
「ほらぁ! イリーネが目を合わせてくれなくなったじゃない!」
あの基本的に仲間を褒める事しかしないカールが、大真面目な目で言うんだもん。そりゃあ、信じるよ。
「マイカ、落ち着け。そんなお前だから、俺は最初に仲間に誘ったんだ」
「嬉しくない! 今のこのタイミングでそれ言われても全然嬉しくない!」
「……でも確かに魔王討伐の旅をするなら、マイカのような人は一番頼もしい。悪辣な敵を知るのは、悪辣な味方……」
「レヴ、覚えてなさいよ貴女! ちょ、違うからね。誤解だからねイリーネさん!」
「分かっております、分かっておりますから、どうかご容赦を。私は、その、まだしがない未熟な魔法使いでして」
「その反応は分かってない!!」
取り敢えず、今は下手に出ておこう。もうちょい修行して昨日の魔族をボコせるくらいになるまでは、マイカに従順に接しよう。
おお、怖い怖い。戸締まりしとこ。
「誤解よぉぉぉぉ!!」
「────イリア様」
「なんですか、サラ」
ところ変わって、荒野を進む馬車の中。
とある妹とメイドは、一足先に魔法学研都市『ヨウィン』へと馬車を進めていた。
「そろそろ実家に戻られてはいかがでしょう。旦那様に顔を見せなければ、怒られてしまうと思いますが」
「いやです。私が家に戻るのは、お姉様を説得してからです」
「あの様子を見るに、イリーネ様の決意は固いと思われますよ。旦那様も旅をお認めになられておりますし、もう諦めては」
二人は、お守りに仕込んだ盗聴魔法からイリーネ一行の次の行先をヨウィンだと聞き、先んじて馬車で移動していたのだ。
「サラ、貴女の仕事はなんですか?」
「はい。イリアお嬢様の意を汲み、そして成すことです」
「その通り。これで、お話は終わりです」
「イリア様……」
半ばやけっぱちになりながら、妹はメイドの懇願を切って捨てた。
きちんと父親の了承を得て家を出たイリーネと違い、妹は父親に黙って家を飛び出している。それも、数日間だ。
このまま帰れば、大目玉間違いなし。どうせ怒られるなら、とことんやってやれというのが本音だろう。
「それより、ヨウィンにはいつ頃着くのですか?」
「後、丸一日はかかると思います」
「ふむ、旅と言うのは存外に暇なのですね」
「さようでございますか」
因みに妹の旅が暇なのは、やるべきことを全てメイドがやっているからである。
「本でも持ってくるんでした」
「馬車で読むと、酔いますよ」
そんな、凸凹主従の気楽な漫遊。
片や姉の身を案じる妹、片や主を諫められなかった自分の処遇にビクビクしている従者。
その平穏で平和な旅路は────
「ヴぼぉぉヴぉっ!!」
「……はい?」
なんかでっかい、毛むくじゃらの化け物に遭遇してぶっ壊された。
「……」
「ヴぼぉぉ」
類人猿の様な顔、4足歩行の獅子のような体躯、狂人の叫びのような不気味な鳴き声。
それは、二人が今まで見たことの無いような巨大な生物で。
「い、イリア様」
「……何ですか、これぇ?」
呑気な旅をしていた二人を、恐怖のどん底に叩き落とすには十分なインパクトが有った。
「ぎゃぁぁぁあ!! 食われちゃいますぅぅ!!」
「イリア様ぁぁぁ!! お、お、お逃げください……!」
目の前にいるのは、やべぇ怪物だ。二人は、本能的にそれを理解した。
この魔族は幸運にもカールの凶刃を逃れ、野に逃げ延びた個体である。
九死に一生を得たこの化け物は、散り散りになった群れの仲間に合流しようと、周囲を散策していたところであった。
「ヴかぁぁア!!」
「おんぎゃぁぁぁぁ!」
そんなヘトヘトの怪物が途方にくれた先に、降って沸いた
そりゃあ、襲うに決まっている。
「ば、馬車がぁぁあ!! 壊したらお父様に怒られるぅぅ!!」
「それどころじゃありません! 逃げますよ!」
怪物の爪は馬車をひと割き、ガラクタへと変えた。メイドに引っ張られて飛び出したイリアは、間一髪で肉の塊にならずに済んだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい! 言うこと聞かずにすみませんお父様ぁぁ!」
「うぁぁあん! こんなの、契約の対象外ですよぉぉぉ!!」
だが、それがなんだと言うのだろう。
馬車から脱出できようと、怪物はもう二人を餌として認識しているのだ。
「ヴぅううヴぉォ」
「……あ、あ、あ。もうダメです」
鈍重な人間の足で、獰猛な獣から逃げ延びる事が出来るだろうか。
結末は決まりきっていた。二人は最初から、この怪物に目をつけられた時点でもう終わりだったのだ。
「姉様、ごめんなさい。こっそり追跡魔法仕掛けてごめんなさい、おやつ盗んだりしてごめんなさい、いつも悪口言ってごめんなさい……」
「イリア様、申し訳ありません。こっそり夜に添い寝してごめんなさい、食事に媚薬盛ってすみません、洗濯する前の下着盗んで申し訳ありません……」
自らの人生の詰みを悟ったのだろう。
二人は逃げることを止め、その場に座り込んでその人生の罪の懺悔を始めた。
せめて、死後は安らかに成仏したいらしい。
「最期にお会いしたかったです、姉様……」
「このまま死んでしまうなら、いっその事……」
そう、二人が死の覚悟を固めた瞬間。
────轟音と共に極光が天から降り注ぎ、その怪物を一息に蒸発させた。
「……ほへ?」
「……あら?」
「危ないところだったな!」
目の前にできた、超巨大なクレーター。
放たれたそのエネルギー砲は、イリアの知る史上最強と呼ばれた
「驚いたか? どうやら、魔族とか言うやべー怪物が復活したらしいんだ!」
「……え、あの。これは、一体」
「そこで黒焦げになった怪物が、魔族というものだ。人類では逆立ちしたって勝てないほどの、圧倒的な戦闘力を秘めた怪物よ」
自分より遥かにでかいその怪物は、女の言う通り炭になって動かない。
圧倒的な戦闘力を持っているらしいソレは、今や物言わぬ亡骸だ。
「だが一般人、安心するがいい」
呆気に取られる二人の前に現れたのは、ペラペラと聞いてもいないことを喋り続ける女。
見ればそれは燃え盛るような紅い長髪が特徴の、黒ローブを纏った少女だった。
「女神は、世界を見捨てていない。現にこうして、女神は勇者を世に送り出した」
「え、あ、はい? 勇者?」
「そうとも」
その少女の、名は。
「私はアルデバラン。魔炎の力を纏いし勇者、アルデバランである!」
この出会いが、イリアを平凡な貴族令嬢から、世界をも救う勇者達との数奇な運命へと導くことになる。