【朗報】修羅場系パーティーに入った俺♀だったが、勇者とフラグの立たない男友達ポジションに落ち着く   作:まさきたま(サンキューカッス)

27 / 94
27話「身分違いの恋」

 ……宵の羽衣、既に剥がれ。

 

 ……小さな子羊、天へと召され。

 

 ……憐れ憐れ、はよう此方へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 命を落とすだろうと予言された、青髪の幼女。

 

 運良く死亡する前に彼女を見つけ出した俺達だったが、残念ながら説得に応じて貰えず逃げられてしまった。

 

「……イリーネ、落ち着いてよね。貴女まで居なくなったら、相当ヤバいんだから」

「わ、分かっております」

 

 俺はなお諦めず彼女を追いかけるべきか、見捨てるべきか迷った。

 

 マイカは、断固として俺に追わせるつもりはないらしい。そりゃそうだろう、この状況で戦えるのは俺だけなのだ。

 

 カールが失神した今、俺がこの場を離れる訳にはいかない。

 

「あの子を見捨てるか、私達を見捨てるか。これはそういう選択肢よ、イリーネさん」

「……ええ」

 

 そうだ。

 

 今彼女を追いかけると言うことは、カール達を見捨てることを意味する。

 

 俺はカールやサクラに命を助けられた身だ。命の恩人を見捨てるなんて、仁義に反する。

 

「安心してくださいマイカさん、私にしか見えない妖精が気になるだけですわ。無論、ここでカール達を守りますとも」

「ごめんねイリーネ、ありがとう。貴族には相当、辛い決断なんでしょ? それ」

「……いえ、冷静さを失いかけていたのは私ですわ」

 

 すまない、幼女。もし、皆の意識が戻った後でなお生きてきたなら、次こそは保護してやるから。

 

 マイカの言う通り。俺は、この場を離れてはいけない。

 

 ……ごめんよ、女の子。

 

 そんな、少し諦めにも似た感情と共に。俺は、こちらを向いて無言で歌い続ける妖精を見つめ続けた。

 

 

 

 

 

 

 ……こっち、こっち。

 

 

 

 

 

 妖精は、俺を呼び続ける。

 

 あれは一体、何なのだろうか。

 

 先ほどは、妖精の導きの通りに進むと幼女を見つけ出すことができた。なら、敵ではないのだろうか。

 

 しかし、その幼女のせいで俺の仲間は壊滅に陥った。ソレを鑑みるに、むしろ敵なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 ……おねがい、こっち。

 

 

 

 

 

 

 人型のその妖精は、何の表情も見せぬまま手招きし続ける。

 

 人の言葉を理解している、人ならざる生命体。艶やかな光で包まれた、幻想的な存在。

 

 ……ああ、不思議だ。あれは本当に、何なのだろう────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……その時、ふと。

 

 世界が、切り替わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ああ、あの娘ですわ。

 

 

 森を疾走する、誰か。

 

 

 ────放っておきなさい、もう助からない。

 

 ────自分の身を、最優先。

 

 

 音響する、誰かの声。ソレは、聞き覚えのある人の声。

 

 

 ────俺が道を切り開く、皆は自分だけ守っててくれ。

 

 ────任せましたわ、カール。

 

 ────来るわよ!

 

 

 ああ、そうか俺達だ。これは、俺達の声だ。

 

 だが、俺にこんな記憶は無いぞ。

 

 森の中、魔物に囲まれて絶体絶命。囲みを突破するためにカールは敵に突っ込んで、後衛はレヴちゃんと俺を要に防御陣形を取っている。

 

 俺達は森の中で、こんな危険な状況に陥ったことはないぞ?

 

 

 ────あっ?

 

 ────イリーネ!?

 

 

 そして、視界が赤く染まった。

 

 気付けば、俺の上に獰猛なドーベルマンに似た魔物が乗り込み、咆哮していた。

 

 

 ────た、助けっ

 

 ────イリーネ、大丈夫!? 今、助ける。

 

 ────あっ

 

 

 油断したのだろうか。それとも、これがこの森の魔物の強さだとでも言うのだろうか。

 

 死角からの不意打ちで大地に叩きつけられた俺は、ろくに抵抗も出来ないまま。

 

 

 

 

 ────ぐちゃり。

 

 

 

 

 生臭い痛みに、頭が割れそうになって。

 

 俺が頭から魔物に補食されてしまったのだと気付いたのは、自分の視界に首のない俺の体が映った後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 息が、荒くなる。

 

「……っ」

 

 俺は目を見開いて、首筋に手をやった。

 

 すべすべと触れる肌触り。

 

 繋がっている。俺の首はまだ、しっかりと喉にある。

 

「そ、そんなに辛いの? イリーネ、顔色がすごく悪いわよ」

「……、え、えぇ」

 

 何だ今のは。何だ、今の景色は!

 

 これは、白昼夢と言う奴か? 俺はこんな真っ昼間から、夢を見ていたとでも言うのか?

 

 妙に現実味のある夢だった。まるで実際に体験していたかの様な、リアリティーのある夢。

 

 だが、現実ではない。間違いなく俺の首はくっついているし、こうして俺は生きている。

 

 ああ、気分が悪い。なんて、最低な気持ちだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……こっちに、おいで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の頭に、幼い声が木霊する。

 

 ああ、くそ。まだ、頭に声が響いてやがる。

 

 もういい加減にしてくれ。俺は、疲れてるんだ。

 

 何だか良くわからないものに振り回されるのは、そろそろ御免だ。

 

 俺は気が変になってしまったのか? 自分が死んでしまう夢を見るなんて、本当にどうかしている────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……おねぇちゃん、しんじゃうよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あまりに不快なその夢に動揺していた、その時。

 

 妖精から聞こえてくる声色が、冷酷なモノに変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……こっちに、おいで?

 

 ……しにたく、ないでしょ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イリーネ? イリーネってば、大丈夫?」

「……」

「気分が悪いの? さっきのヤツの後遺症?」

 

 俺は、気付けば大地にへたり込んでいた。

 

 アイツは、あの妖精は。このままだと俺が死ぬと、そう言っているのだ。

 

「────ぁ」

 

 これは、脅しか? それとも、忠告なのか?

 

 俺はあの娘を、追いかけた方が良いのか? それとも、無視するのが正解か?

 

 どっちだ。俺は、何を信じればいい?

 

 

 

 

 妖精は、今もまだ俺の方を向いて歌っている。

 

 涼やかで、清らかで、気味が悪いほど純粋な歌を。

 

 

 

 

「……あぁ」

「イリーネ?」

 

 

 そっか。何て事はない。俺はいつも通り、嘘をついていないか見抜くだけでいいんだ。

 

 どう見てもアイツは、嘘をついていない。

 

 このままだと俺は死ぬ。

 

 

「マイカさん。幻覚かもしれない、妖精が語りかけてきたのですわ」

「……何て、語りかけてきたの?」

「このままだと、私は魔物に食われて死ぬそうです」

 

 

 俺はわかる。人が嘘をついたかどうか、くらいは。

 

 あの妖精は、顔も見えぬあの生命は、決して嘘をついていない。

 

 あれは、罠や脅しの類いではない。純粋な、忠告だ。

 

 

 

「妖精さん。今すぐ、私はあの子を追いかけるべきなのですか?」

 

 

 

 意を決して、俺は妖精に語りかけた。

 

 この先、俺はどうするべきなのか。どうしたら、俺は死なずに済むのか。

 

 

 

「イリーネ……」

「自分でも、怪しいとは感じているのです。ですが、あの妖精はきっと、嘘なんか言っていない」

 

 

 マイカが、何とも言えない顔で俺を見つめる。

 

 彼女から見れば、俺は目に映らぬ何かに踊らされている狂人でしか無いのだろう。

 

 だけど。俺には、自分が死ぬような景色を見せられてしまった俺には、悠々と待っている気になれないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……おいかけなくていい。

 

 ……こっちに、おいで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妖精はそう言うと、自分の足元を指差した。

 

 ヒラヒラと舞いながら、妖精は俺を見つめて真下を指し続ける。

 

 

 ……ん?

 

 

 

 

「私、ちょっと妖精さんの居るところに行ってきますわ」

「ダメよ。落ち着いてイリーネ、あなた正気じゃないの。自分にしか見えないものを、追っていっちゃダメ」

「ああ、その。ですがすぐそこらしいですわ、彼処の木の根元だそうです」

 

 妖精さんは、別にあの娘を追えって言ってる訳じゃないのか。 

 

 その妖精が指しているのは、俺のすぐ傍の木陰。そこに俺を呼んで、どうするつもりだ?

 

「木の根元って……。そこに、何かあるのね?」

「ええ、あるそうです」

「なら、私が見てくるわ。イリーネ、あなたはここで待ってなさい」

 

 マイカは、俺に歩いていって欲しくないらしい。

 

 ふむ。まぁ、確かに俺は今おかしくなってるしな。

 

 偵察役のマイカに見てきてもらうのが、正解か。

 

「なら、お願いしますわ」

「分かった、待ってて」

 

 俺はそう言うと、妖精のいる方向をまっすぐ指差した。

 

 さて、これで一体何が見つかると言うのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ここ、ここ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マイカが妖精の指す場所に近付くと、妖精は嬉しそうな声を出して笑った。

 

「この辺?」

「ええ、その辺りですわ」

 

 そのままマイカはまっすぐ、妖精の居る場所まで歩いていって……。

 

 

 

「あっ」

 

 

 

 額にタンコブを作って目を回している、先程の幼女を見つけ出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「拘束して簀巻きにしたわ」

「例の犯罪者拘束用のヤツですわね」

 

 俺達は無事、青髪幼女を確保した。

 

 ボディチェックで見つけた怪しげな球を没収し、縄でぐるぐる巻きにして地面に転がした。

 

「ふむ、万事解決」

「絵面が人拐いそのものと言うことに目を瞑れば、ですわ」

「私達に危害を加えたのはその子からじゃない。売り飛ばされても文句言わせないわよ」

 

 マイカさんは、この悪ガキの所業に結構お怒りだった。まぁパーティー半壊させられたしな。

 

 大人げないと言うべきか、仕方ないと思うべきか。

 

「何にせよ、今度こそ当初の目的達成ですわね。妖精さんには感謝ですわ」

「そうね。後は早く街に帰って、イリーネのその妖精さんとやらが見える症状を調べてもらわないと」

 

 せやな。何なんだろう、これ。

 

 まだ、森全体にプワプワした光の渦みたいなの見えるし。その集合体みたいなのが、妖精さんだ。

 

 と言うか、妖精で良いんだよな? 魔物とかじゃないよな、これ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……うん、うん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その妖精さんは、目を回している青髪幼女の上に座ってご満悦だった。

 

 うーむ。何がしたいんだろう、こいつ。

 

「妖精さん、妖精さん」

 

 俺が妖精に語りかけてみると、そいつは不思議そうに首をかしげた。

 

 一応言葉は通じるんだよな?

 

「もう、これで大丈夫ですの? 私は死なないですみますの?」

 

 

 

 

 

 ……ううん? まだだよ?

 

 

 

 

 

 おお、通じた。

 

 ちゃんと受け答えはしてくれるのね。

 

「マイカさん、気を付けてください。まだ、何かあるそうですわ」

「そう。うーん、その妖精って幻覚じゃなくて何かの現象なのかしら?」

「そう思いますわ。2回もその子の居場所を指し示したんですもの、偶然とは考えにくい」

 

 ああ、恐らくこの妖精さんは俺の妄想が産み出した存在ではなさそうだ。

 

 おそらく魔法的な素養がないと見えない系のアレだ。サクラにも見えてなかったのは気になるけど。

 

「その妖精、次は何を言ってる?」

「えーっと、ですわね」

 

 そうだな、それを聞かないとな。

 

「もしもし、妖精さん────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────アレは、どこなの!?

 

 ────アレって、何だよ!?

 

 俺が妖精に声をかけた瞬間、再び世界が切り替わった。

 

 エコーのかかった声が周囲に鳴り響き、周囲が不鮮明にぼやける。

 

 ────この数相手に、一人でどうこうしても無理なの!

 

 ────そんな事分かって……!

 

 ────私が持ってた防犯具! アレは何処なの!?

 

 おお、さっきの映像と様子が違う。

 

 さっきの映像だと、青髪の子は既に殺されていた。

 

 そして、魔物の群れに囲まれた俺達はカールを先頭に切り抜けようとして、俺は運悪く頭から噛み殺された。

 

 しかし、今回は幼女が俺に背負われている。

 

 ────あんな危険なもの、捨ててきたわ。暴発したら全滅じゃない。

 

 ────暴発なんてしないの! 意図的に魔力込めない限り!

 

 幼女は俺の背中でやかましく叫び、もがいている。

 

 俺は幼女を持ちにくそうに背負いながら、魔物の猛攻を辛くも凌いでいた。

 

 ────カール、早く!

 

 ────今やってる! くそ、どれだけ沸いてくるんだコイツら!

 

 突破口を作ろうと一人奮闘するカール。だが、じきにパーティーの皆は疲弊していく。

 

 ────あっ!?

 

 ────サクラ!!

 

 そして、とうとう。足元がふらついていたサクラが、俺とレヴちゃんの間をすり抜けてきた魔物に組み付かれた。

 

 全員、自分の正面の敵を相手にするので手一杯だ。フォローにいける存在が居ない。

 

 ────ぁっ

 

 そして、彼女はろくな抵抗もできぬまま。

 

 その華奢な首筋を一噛みに抉られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……、ふぅ」

 

 再び、世界が輪郭を帯びてくる。

 

 息を整えて周囲を見渡すと、マイカが心配そうに俺を覗き込んでいた。

 

「イリーネ、どうしたの?」

「ああ、妖精さんと少しお話していたのですわ」

 

 成る程。分かったぞ、これはさては予知魔法と言うやつだ。

 

 ユウリも言っていた「起こる可能性のもっとも高い未来を映し出す」魔法。何故かは分からんが、今俺は妖精にその映像を見せられていたのだ。

 

 つまり今の映像は白昼夢でも何でもなく、純粋な魔術。そして、起こりうるもっとも可能性の高い未来。

 

「ねぇ、マイカさん。そういえば、さっきの女の子が持っていた球はどうなさいますの?」

「ああ、あの危ない魔道具? 扱い方わかんないし暴発したら危険だし、捨てて帰るつもりよ」

「それ、私に預からせてもらえませんか? 後々、必要となるかもしれませんわ」

「……うん? まぁ暴発させないなら、良いけど」

 

 あの場面で、スタングレネードが1発あれば状況は大きく変わる。

 

 きっとあの妖精さんは、これを捨てるなと言いたかったのだろう。

 

 

 

 

 ……♪

 

 

 

 

 俺が球を回収すると、妖精は嬉しそうに踊りだした。よし、正解っぽい。

 

 これで人事は尽くした、あとは天命を待つのみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……って感じで、その子を捕縛したのよ」

「そっか。うーん、面目ねぇ」

 

 帰り道。カール達が目を覚ますまで待って、俺達は再び魔力の森を歩いていた。

 

「……」

 

 幼女はまだ目を覚ます様子が無かったので、太いヨウィン樫の枝に幼女の手足を縛りつけ、肩に担いで持ち帰っていた。

 

 豚の丸焼きみたいな扱いだ。

 

「あのスゲーうるさいの、何て名前の道具なんだ?」

「……知らない。あんな武器、初めて、見た」

「私も初めて見たわ。ヨウィンは魔法技術が進んでいるわねぇ」

 

 そうだな。軍事貴族のウチですら見たことないんだから、普通の冒険者が知ってるわけないよな。

 

「イリーネとサクラは知ってたのか?」

「いえ。初見でしたわ」

「知ってるわけないでしょ」

 

 本来、こういった武器の類は貴族であるヴェルムンド家に優先的に卸される筈。しかし、この幼女はウチより早くこのスタングレネードもどきを卸されていたことになる。

 

 となると、カールの肩で獲物の如く背負われているその幼女は、ウチなんかより位が高い貴族である可能性があるのだが……。

 

「このガキ、むかつく……」

「おう、突っついてやれレヴ」

「……まぁ、落とし前は必要よねぇ? 私は顔に落書きでもしてやりましょうか」

 

 我らがパーティメンバーは、ウチより爵位の高そうな貴族令嬢に寄ってたかって悪戯しているので言い出しにくい。

 

 うん、まだ本当に俺より格上の貴族なのか分からんしな。気にしないでおこう。

 

「で、だ。イリーネ、まだ見えているんだな? 例の妖精さん」

「ええ。妖精さんに教えられた内容も、先程話した通りですわ」

「それじゃあ、もうそろそろ俺達は魔物の群れに囲まれるわけだが────」

 

 うん、前もって囲まれるのが分かってると気が楽だな。

 

 不意を突かれずに済むわけだし。

 

「あ、凄い数。イリーネの言ってた通り、獣型の魔物が群れを成して襲ってきているわ」

「本当か、マイカ?」

 

 周囲を偵察してきたマイカが、報告に戻ってきた。

 

 やっぱりあの白昼夢は、予知魔法で間違いないらしい。

 

「えっと、皆さん。後ろを向いて、両耳を塞いでくださいまし」

「え? ……ああ、成程」

 

 では、未来を変えるとしよう、さっきあの幼女がやってたみたいに、俺はその魔法具に魔力を込めて……

 

 

 

「そぉぉぉい!!」

 

 

 マイカが教えてくれた方向に思いっきり投げ込んで、同じく耳を塞いで目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────爆音が、森に木霊する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にゃああああ!! なの!!」

「うおー……、距離があってもうるせぇなぁ。耳がキンキンしやがるぜ」

 

 ふむ、成功だ。うまくあのスタングレネードは発動したっぽい。

 

「耳が!! 耳がぁぁぁなの!!」

 

 一方で両手両足を縛られて耳を塞げなかった幼女は、本日2回目のスタングレネードで叩き起こされていた。

 

 耳から血が垂れて来てるあたり、鼓膜が破れてそうだ。

 

「はいはい、治してあげるわよぉ。有料だけどね」

「え、何なの? 何も聞こえないの」

「親に満額請求してあげるから、覚悟しなさい」

 

 ようやく意識を取り戻した幼女は、自らの置かれた状況を理解していないっぽい。

 

 ふむ、鼓膜が治ったら声をかけてやるか。

 

「お嬢さん、お目覚めですか?」

「……あ! お前らはさっきの!」

「あの後、貴女はこけて気絶しましたの。なので、街まで運んであげている最中ですわ」

「ええ、ああ、そうなの。それはご丁寧に……、って!」

 

 サクラの魔法で耳が聞こえるようになってから、幼女に優しく声をかける。

 

 格上の貴族かもしれないんだ、ここは丁寧な応対を……。

 

「運び方がおかしくない!? 家畜みたいな運び方なの!!」

「気のせいですわ」

「つん、つん」

「突っつくな!! なの!!」

 

 ああ、もう駄目っぽい。

 

「不敬なの、不敬なの!! お前ら、この私を誰だと心得る!」

「名乗られてないから知らないわぁ」

「私はリタ! リタ・ゴッドネス・セファールなの! ほら名乗ったでしょ、良いから早く私を解放するの!!」

 

 ……。リタ・ゴッドネス・セファール。

 

 うん、その名前どっかで聞いたことが……。

 

 え、セファール?

 

「……」

「どうしたのイリーネ、顔が青いけど」

「セファール、ねぇ。そんな貴族家有ったかしら?」

「貴族じゃないの!! この無礼者ども!!」

 

 ……確かセファールって、この国の王家じゃなかったっけ。そうだそうだ、そもそもミドルネームに女神(ゴッドネス)名乗れるのは王家の女性だけだ。

 

 こんな子、王家にいたっけ? いや、正直王家とそんなに繋がりがないから分からん。けど、もしこの子がガチ王家なら俺の立場ヤバイんだが。ヴェルムンド家が取り潰しの危機なんだが。

 

 え、嘘だろ? 何で王家の御令嬢が、護衛もなしにこんな危険な場所に?

 

「……貴族じゃないなら、怖くないし。くらえ、さっき見つけた臭い種……」

「ぐえええ! 臭いの! その種、すっごく臭いの!」

「鼻に詰め込んでやる……さっきの、お返し……」

「やめるの! 不敬者! ぐえええええ臭いの!!」

 

 ……。

 

 本当に不敬だな。どうすっべ、コレ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「王家?」

「ようやくわかったか、不敬者!! 不敬者!!」

 

 俺達は幼女を簀巻きのまま、とりあえず上座に座らせた。

 

「王家な訳なくない? 何で王族が一人で森をうろついてるのよ」

「彼女、嘘をついてませんわよ?」

「そう思い込んでるだけの子供に違いないわぁ。うんそう、そうじゃなきゃテンドー家再興の野望が……」

 

 俺達は、彼女への対応を決めあぐねていた。

 

 ガチ王家とか身分が違い過ぎてどう対応していいか分からん。

 

「うーん。本当に王家の令嬢だったら面倒ね、バレないようにこの辺に埋めておくのはどう?」

「ひぃぃなの! ひ、ひ、人殺しぃ!!」

 

 すちゃ、とマイカは据わった目でタガーを取り出した。

 

 おいおい。

 

「マイカさん、質の悪い冗談で子供をからかうのは止めなさいな」

「その子、本気で怖がってんだろーが。……うん、冗談だよな?」

「えっ?」

「えっ?」

 

 えっ。

 

「ほ、褒美!! もし、ここから私に従って王族への礼を尽くせば褒美を使わすの!!」

「あら、素敵ね。でも、私達はいっぱい不敬な事しちゃったし……。始末した方がローリスクじゃない?」

「ゆ、許すの! 女神に誓って今までの不敬は全部不問にするから、物騒な考えは捨てるの!!」

「ふふふ、ありがと」

 

 この幼女、マイカが割と前向きに王族殺しを検討しているのを察したらしい。

 

 幼女は、怯えた顔で今までの不敬を無かったことにしてくれた。ラッキー。

 

「……で、だ。リタ様? は、何でこの森に一人で居たんだ?」

「ひ、人探しなの……」

「人探し?」

 

 カールがリタの事情を聞き出そうとすると、彼女はバツが悪そうに顔をそむけた、

 

 おや。

 

「その、私。仲良しの子と、パーティを抜け出して森に冒険に来たの」

「え、それって脱走……」

「パーティがつまんないのが悪いの! 音楽聞いてるだけとか退屈だし!」

 

 この御令嬢、さては家出しやがったな。

 

 俺も小さな頃よくやったから責められんけど。パーティを抜けてやるスクワットは最高やでぇ。

 

「で、その。森で、魔物に襲われて、はぐれちゃって」

「お、おい。じゃあ、もう一人子供が森の中に取り残されてるのか?」

「そ、そうなの! あの子平民だから、魔法も使えないだろうし! で、昨日からあの子をずっと探してたの」

 

 で、この子はあろうことか家出したあと危険な森に冒険に来てしまったと。

 

 いくら子供とはいえ、後先考えなさすぎだな。

 

「でも、全然見つからなくて……。お願い、一緒に探してほしいの! 本当に、見つけてくれたら何でもしてあげるから!」

「いや、でもなぁ」

 

 探せと言われても、どこを探せばいいのだろう。この広い森で、魔法も使えない子供が一人隠れてるって。

 

 街に戻って、探知魔法のスペシャリストとかを呼んだ方が良いのだろうか?

 

「妖精さん妖精さん、貴方はその子の場所が分かりますか?」

 

 まぁ、一旦妖精さんに聞いて見るか。

 

「……妖精さんって、何なの?」

「リタ様。あのお姉さんは、妖精さんが見える不思議なお姉さんなのよ」

「そう……、お気の毒なの」

 

 可哀そうなものを見る目やめーや。本当に見えてんだよこっちは。

 

 

 

 

 

 

 

 ……ああ、それならむこう。

 

 

 

 

 

 

 妖精は、前と同じように進むべき森の方向を指さした。それは、たまたまヨウィンへの帰り道の方向だった。

 

「このまままっすぐだそうですわ。街の方角ですわね」

「そう。なら、当てもないし信じて進みましょうか」

 

 せやね。もし外れても、街に戻ってから捜索隊組んだ方が効率よさそうだもんね。

 

「ちょっと、引き上げる気じゃないよね? まだあの子が見つかってないの」

「いや、街に戻って大勢の冒険者集めた方が良いんじゃない? 人手が足りなすぎるわ」

「……む。でも、それは確かにそうなの」

 

 幼女も納得したし、とりあえず街に戻るか。

 

 妖精さんの指す方向が本当なら、案外自力で街に戻ったのかもしれないし。

 

 

「おい気を付けろよ、前には魔獣がいっぱい気絶してるからな」

「踏んで起こしたら面倒ねぇ」

 

 

 それと、ユウリに占ってもらうのもいいかもしれない。今回だって、このリタを助けることが出来たのはユウリの占いのお陰なんだ。

 

 人探しとかは出来るのか分からないけど、頼んでみるのも一つの手だと────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ここ、だよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、妖精は。

 

 とある気絶した魔獣の一体を、指さして止まった。

 

 

 

 

 

「……イリーネ? 急に立ち止まって、どうしたの?」

「……」

 

 ああ。まぁ、そうだよな。

 

 魔法も使えない子供が、こんな強い魔物の跋扈する森で生き延びられるはずが無いよな。

 

「……そこ、ですわ」

「へっ?」

 

 見てしまった。

 

 俺には、見えてしまった。

 

「……あ」

 

 赤い、子供位の大きさの肉塊を咥えて倒れている、大きな魔物の姿を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ありがとう、おねえちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森に、静かな子供の声が響く。

 

 真っ白な光が、その子供の変わり果てた姿を包んでいく。

 

「うそ、なの。そんなの、嘘……」

「リ、リタ……」

「あれは、あの服は、ロッポの着てた────」

 

 リタも気付いてしまったらしい。彼女の探していた『平民の子』の、その変わり果てた姿に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ありがとう、リタをたすけてくれて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、そうか。ちくしょう、そう言う事か。

 

 何が、妖精さんだ。何が、幻覚だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ぶじでよかった、リタ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が見ていた妖精は、俺をずっと導いていたその超常現象的な存在は────

 

 

「い、いやぁ! ロッポ、ロッポぉ!!」

「お、落ち着いて! 暴れたら駄目、魔物が目を覚ましちゃうわ!」

「私だ、私のせいだ!! 私が抜け出そうなんて言ったから、私が森に行こうなんて言い出したから!!!」

 

 

 

 ────彼女を守ろうとしていただけの、(ゴースト)に過ぎなかったのだ。

 

 

 

 その霊は、泣き叫ぶ幼女の隣で微笑んでいた。

 

 その眼には、恨みも怒りもない。ただ、リタが生き延びられたことを安堵している顔だった。

 

 

「ごめん、ごめん、ごめんなさい! 私が、私が……」

 

 

 ……森に光が、満ちていく。

 

 リタを見守るその子の霊は、淡い輝く粒子となって、森に溶けていく。

 

 きっと、もう満足したんだ。リタが助かったことを確信して、この世に未練が無くなったんだ。

 

 

 

 

 ……まったく、漢じゃねぇか。

 

 この哀れな子供は自分の友達を、俺を使って死んでなお守り抜きやがったのだ。

 

 

 

 

 

「……妖精さん。何か、遺言はありますか?」

 

 その妖精が見えるのは、俺だけ。

 

 その妖精の言葉を伝えられるのは、この場では俺のみ。

 

 

 だから、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……みぶんちがいの、はつこいでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はその無垢な言葉を、消えゆく霊の想いを、ゆっくりと言葉に乗せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……いっしょにあそんでくれてありがとう。

 

 

 

 

 

 ……リタ様。

 

 

 

 

 

 

 

 

 泣き叫ぶ少女に抱き着くように覆いかぶさったその霊は、満足げな表情でやがて霧散した。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。