【朗報】修羅場系パーティーに入った俺♀だったが、勇者とフラグの立たない男友達ポジションに落ち着く   作:まさきたま(サンキューカッス)

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3話「筋肉の為には出費を惜しめぬ」

 みずみずしく青い麦畑が、公道沿いに何処までも広がる。

 

 ポツリポツリと散見されていたあばら家の中で、薄着を着た髭のおじさんが水をすすって休んでいる。

 

「……ほら見て、イリーネ」

「ええ」

 

 果てなく続く一面の野原を抜けると、そこには畑があった。

 

 まだ青い畑の中のあぜ道を進むと、その傍らには家があった。

 

 そして、

 

「ついに、到着ですのね」

 

 そのあばら家と畑の中を進んだ先に、俺達の目指していた町『レーウィン』が見えた。

 

「2日間かぁ。予想より早く着いたわね」

「イリーネが結構体力有ったからな」

「ふふふ、貴族と言えど惰弱な人間ばかりではありませんのよ?」

 

 カールは、俺が旅に付いて来れたのは意外だと言った。

 

 聞けばこの二人の中で、俺は足手まといと思われていたらしい。というのも、前に依頼で護衛した中年デブ貴族は、数キロ歩いただけでへこたれたのだそうだ。

 

 いくら魔法を使えようと、旅に付いてこれないなら足手まとい以外の何でもない。

 

 ましてや俺は見るからにか弱い貴族令嬢である、まともに旅を続ける体力は無いだろう。レーウィンに着くまでには音を上げて、実家に引き返すことになるかもしれない。その時は出資者の娘だ、なるべく丁寧に応対しよう。

 

 と、そんな感じにこっそり話し合われていたらしい。

 

 確かに俺は、パッと見そんなに筋肉に溢れてないからな。触ればカッチカチで、インナーマッスルははち切れんばかりに発達しているのだが。

 

「イリーネは、この町に来たことある?」

「初めてですわね。この町の貴族とは、付き合いはありませんでしたので」

「なら、俺達の知ってる宿を取るけどそれでいいか?」

「ええ、お任せします」

 

 どうやらカール達は、レーウィンに来るのが初めてではないらしい。

 

 彼らに此処の土地勘があるなら、宿は任せるとしよう。

 

「ふぅ、やっと屋根のある場所で寝られるわ」

「……疲れた」

 

 マイカはレーウィンの入り口の柵にもたれかかって腰を曲げ、気持ちよさそうに伸びをし始めた。ふむ、おっぱいが強調されてセクシーだ。美乳だな。

 

 レヴちゃんも、マイカの真似をして伸びをする。……無乳だが、背伸びをしているみたいで可愛いな。

 

「レヴもよく頑張ったな。今回は誰にもおんぶされず、一人で歩けたじゃないか」

「え、えへへ……」

 

 カールは笑いながら、そんな小動物(レヴ)の髪を撫でて褒めた。レヴちゃんも、撫でられて嬉しそうに目を細めている。

 

 この二人、歳は離れているけど随分仲は良さそうだ。兄妹なんだろうか。

 

「……」

 

 一方でマイカさんは静かな目で、この微笑ましい図を見ていた。何やら、複雑な感情が入り混じった目だ。

 

 嫉妬か? うーん、わからんな。俺はまだこの3人の関係をいまいち把握していない。

 

 今夜、ちょっと聞いて見るか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私とカールは、同郷なのよ」

「幼馴染ってやつだな。ちっちゃい頃はよく一緒に遊んだもんだ」

 

 夕食。

 

 カールお勧めの平民用宿を取った俺達は、久しぶりの暖かな料理な舌鼓を打ちながら、テーブルを囲んで談笑していた。

 

「昔からカールは熱心な女神教の信者でね。ガキの頃から勇者に憧れて、毎日修行だとか言って剣振ってたのよ」

「う……。男が勇者に憧れて何が悪い!」

「少なくとも、頭は悪いわ。こっそり村の倉庫から剣を持ち出した事で、何度もお説教されてるんだから」

 

 聞くとカールは、勇者願望に中てられた中二病的な少年時代を過ごしたらしい。農家の生まれなのに「修行だ、鍛練だ」とひたすら剣を振り続けたそうだ。

 

 ふむ、それで出会った時から中々の筋肉を纏っていた訳か。

 

「私はちっちゃい頃から、この馬鹿のお目付け役としてずっと一緒に遊ばされてたの。カールは放っておくと、何をしでかすか分からなかったからね。勝手に立ち入り禁止の洞窟に出掛けて魔物と戦い出すわ、修行だと言って崖を上ろうとして落っこちて大怪我するわ」

「……あらあら、ヤンチャですこと。ふふっ」

「わ、笑わないでよイリーネ。マイカも、昔話はその辺で……」

 

 カールは今でこそ落ち着いているが、昔は相当な悪ガキだったらしい。

 

 危険であろうと興味があれば一直線に向かっていく。それで、大体失敗して怒られる。

 

 まったく危なっかしいたらありゃしない。

 

 だが、その気持ちはよく分かるぞ。勇者に憧れ、自身を鍛え、強敵との戦いを望むのは男の本能だからな。

 

 うむ、やはり俺が強敵(とも)と見込んだだけはある。

 

「結局、カールは無駄に剣を振り続けたせいで、村の中ではそこそこ腕が立つ様になっちゃったの。そんで、冒険者になった方が良いんじゃないかって話になってね」

「あらら。冒険者は、なかなか不安定な職業でしてよ? 望んでなるモノでは無いと思っていましたが」

「私もそう言ったわ。で、私の忠告に何て答えたんだっけ、カールは?」

「……も、もうその辺で勘弁してください」

 

 マイカの少し酒精の帯びた吐息が、カール青年の首元にかかる。

 

 悪戯な笑みを浮かべた彼女は、そのまま急にキッと目つきを鋭くして誰かの口調を真似た。

 

「『止めるなマイカ、俺はもう決心した。冒険者には収入は無いが、ロマンがある!!』とカールはそう言って、本当に冒険者になっちゃったの。流石の私も唖然となったわね」

「や、やめてくれ。これ以上過去の話を掘り返すのは」

「それで、何だっけ? 『俺についてこいマイカ、俺は大金持ちになって毎晩豪華なステーキを食わせてやるぞ!』だっけ? 現実は、貴族様に頭下げないとろくに路銀も用意できないような貧乏冒険者だけど」

「う、うぐぐ」

 

 ふむ。ロマンが有ると来たか。

 

 そうだな、望んで冒険者になるとしたらそれしかないわな。身分に囚われず、好きに生きて好きに死ぬ風来坊。

 

 実際に冒険者になると、凄まじく苦労するんだろうが。

 

「それで、お二人はパーティを組まれたのですね」

「……いや。実は……」

「違うわ。当時の私は『冒険者なんて不安定な職業お断りよ』とバッサリ断ったの。組み始めたのは最近」

 

 ……。

 

 そんなに格好付けたのに、幼馴染みに振られたのか、カール。

 

「私は堅実志向なの。……ただ今回は、コイツが勇者に選ばれたとか言うから。流石に放っておくのも心配だし、付いて行ってあげることにしたのよ」

「それまではマイカ、村でずっと堅実に狩人やってたからなぁ。あの時は正直、付いてきてくれると期待してたんだが。ちっちゃい頃からずっと一緒だったし」

「嫌に決まってるでしょ。冒険者がどれだけ危険で、どれだけ貧乏なのか知らない訳じゃないし」

 

 カールは思ったほどマイカの好感度を稼げていなかったのか。小さな頃からずっと一緒に過ごしていると、異性として見れなくなるっていうしな。

 

 もしかしたら、二人は男同士の親友みたいな感覚なのかもしれない。

 

「今だって、女神様の話が無ければ冒険者続けるの反対なんだからね。村に戻って、安定した仕事に就くのが一番だわ」

「夢がないなぁ、マイカは」

 

 リアリスト思考のマイカと、ロマン派のカール。なかなか良いコンビだな。

 

 ……いや、ちょっと待て。何となくだが、マイカが誤魔化している様な気がする。

 

 この言い方、マイカは冒険者になるのが嫌というよりは、もしかして。

 

「……あっ。もしかして、マイカさんが付いて行かなかったのって、カールさんの帰る場所を守っていたんですの?」

「ぶぅぅぅぅっ!!」

 

 そういうことか。

 

 冒険者には怪我が付き物だ。そして、怪我をして動けなくなった冒険者に働き口はない。

 

 ただでさえ低収入なのに、もし依頼の最中に故障したら人生それまでなのだ。

 

「カールさんが冒険者を諦めるか、あるいは続けられなくなった時のことを考えてマイカさんは村に残っていたのですね。ふふ、お優しい人です」

「なっ、ちょ、違うから!! 別にそんな、私は普通に冒険者が嫌だっただけで!!」

「……マイカ。そうなの……?」

「違います!!」

 

 あ、コレは嘘ついてるな。やっぱそう言うことか。

 

 マイカはカールにもしもの事があったとき、手を差しのべられるように故郷に残ってたのだ。

 

 つまりマイカは、幼馴染の帰る場所を守る忠犬系女子と言ったところか。ツンケンしているのは、その擬態らしい。

 

 なんだ、カールの奴はしっかり幼馴染の好感度は稼いでいたんじゃないか。

 

「わ、私は別にカールが負傷したら養ってあげようとか、そんな、そんな面倒なこと考えてないわよ!」

「……そうでしたか。うふふ」

「はっはっは、そうそう! 誤解だよイリーネ、コイツはそんな殊勝なタマじゃないよ。昔っからド正論で人を殴って悦に入るのが趣味の性格悪い奴でね」

「……」

「マイカは分からず屋で意地っ張りなのさ。男にはロマンを追い求めないといけない時期があるんだよ。それを、理解してくれず、正論で斬って捨てるというか」

 

 ……そして、カールは彼女の真意に全く気付いていないと。マイカさんも可哀そうに。

 

「むしろ、今回はマイカがついてきてくれた事にびっくりした。駄目元だったのに」

「あのね。魔王復活とか最初は与太話かと思ったけど、あんたの言ってる話はマジなんでしょ? 世界の危機とか言われたら、そりゃ協力するわよ」

「……マイカ。お前にも、協調性という概念があったんだな」

「ひねり潰すわよ」

 

 ふむ、これで大体の二人の関係は分かったな。

 

 片やロマン主義、片や堅実主義。それでお互い意見が食い違い意地を張り合った結果、こんな感じの関係に固定されちゃったのね。

 

 仲良くすれば良いのにと思うが……。これに関しては、そっとしておけばいいかな。いずれ、時が解決してくれるだろう。

 

 例えばそう、冒険の合間。激闘の末、夜空を二人きりで見上げていると、ふとしたタイミングで二人はお互いを意識し合ってしまう。そして……。

 

 ……。

 

 うん、王道だな! そんな熱々の関係になった二人を、ヒューヒューと冷やかす役割は俺に任せておけ。よく口笛を練習しておくとしよう。

 

 ……そういや、口の筋トレってどうすれば良いんだ? 取り敢えず噛力を鍛えれば良いのか?

 

「成程。お二人の関係は、大体把握しましたわ」

「そっか。ま、そんな感じで俺はマイカとはパーティ組むことになった訳」

「勇者としての加護を受けて最初に仲間に誘ったという事は、彼女は優秀な方なんですね」

「おう。マイカは狩人だから気配を消すのが上手くて、仕掛け罠や弓に長けていて、一度覚えた地形は忘れない。まさに、理想の斥候役だよ」

 

 おお、偵察役か。確かに、狩人をしていたならうってつけの役目だ。

 

「獲物や罠を見つけるのも得意よ。このパーティの中での私の役割は、遠距離狙撃と斥候を兼ねた遊撃職ね」

「マイカは頭が良い。状況を見て臨機応変に、最適な行動を取ることのできる人間だ。昔から旅に出るとしたら、絶対にコイツだけは誘うと決めていたんだ」

「ふふん」

「……」

 

 カールは先ほどと打って変わって、マイカをベタ褒めし始めた。認めるところは認め合ってるのか、ますます良い関係だ。

 

「それに、やっぱマイカは可愛いしな。一緒に居て楽しいし、気心も知れてるから気兼ねもいらない。そこが一番大きいかな」

「あははは。やっぱカールには私が必要よね」

「ああ、勿論だ。旅をするなら、気楽な仲間が良い」

 

 そういうと、少し頬を染めつつ二人は見つめ合った。

 

 ……おや? もしかしてこの二人、もう付き合ってたのか?

 

 会話が、段々とカップルのノロケになって来たぞ。口が甘ったるくて砂糖を吐きそうになってきた。

 

「実はマイカが付いてきてくれなかった日、俺はショックで寝込んだくらいだ。絶対来てくれると思ってたから」

「そ、それは、冒険者なんて不確かな職業だからね」

「だからさ、こうしてお前がすぐ近くにいてくれる事が、本当に幸せなんだ」

「え、あの、その」

 

 どうしたカール。何か、変なスイッチ入ってない?

 

 真顔のカールの怒涛のホメ殺しで、マイカが流石に困惑してきている。

 

「俺は昔からマイカにずっと助けられっぱなしでさ。感謝してるんだよ、心の奥から」

「え、うん、そうね。でも、まぁ幼馴染みだし?」

「お前と同郷で良かった。何かを頼りたくなった時、真っ先に浮かぶのはお前の顔だよ」

「あ、はは……」

 

 ドストレートな好意を受けてマイカは徐々に頬を染め、目を左右へと揺らしている。

 

「…………」

 

 そしてマイカが顔を真っ赤にクネクネしている隣で、小動物ちゃんは無表情で惚気る二人を見つめていた。

 

 まぁ、いきなり隣で惚気られたら、こんな反応にもなるわな。俺も多分今、真顔だ。

 

「あ、あーっと。カール、そう。レヴはどうなの?」

「レヴ? レヴは素直で良い娘だよ! 目の中に入れても痛くない、家族みたいなもんさ!」

「えっ……」

 

 レヴの不穏な気配に気付いたのか、マイカさんは咄嗟にホメ殺しの矛先をレヴに逸らした。流石は幼馴染、カールの扱いをよく知っている。

 

「レヴは、目元が可愛いよな。大きくてクリっとしていて、愛嬌がある」

「あ、その……」

「あと俺はレヴの素直で頑張り屋さんなところが、一番好きだよ。こないだもコツコツと、こっそりランニングしてたでしょ」

「あう、あうう……」

 

 そして、また褒め殺しが始まった。カールは顔を赤くしたまま、小動物ちゃんの正面に移動して褒めまくっている。

 

 なんなんだアイツ。タラシか?

 

「えーっと。マイカさん、あれは一体?」

「……もう酔っぱらったみたいね。カールってば、凄くお酒に弱いの」

「はぁ」

 

 酔っぱらった、ね。

 

 確かに、俺達はさっきレーウィン到着の祝杯を挙げたところだが。まだ、エールビール1杯目だぞ?

 

「あのバカ、酔うと凄まじい褒め上戸になるのよ。シラフだと喧嘩しっぱなしなのに、酔うとあんな感じでベタ褒めしてくるもんだから扱いにくいったらありゃしない」

「ああ、そういう方なんですね」

「酔ってるときは口説いてんのかってくらい持ち上げてくるのに、次の日になるとスパっと飲み会の記憶が飛んで忘れてるもんだからタチが悪いわ」

「あらら。アレ、記憶がないんですの」

「そうよ、だからあの酔っ払いに関わっちゃダメ。赤面するまで褒められ続けた挙句、酔い潰れた馬鹿を介抱するハメになるんだから」

 

 経験者は語る。既に何度か、マイカにはそういう経験があったらしい。カールは中々に面白い酔っぱらい方をしているようだ。

 

 だが、人を誉めるだけなら良い酔い方ではないだろうか。

 

「まだマシですわよ、その潰れ方は。酔って他人の悪口を連呼する方よりかは、よっぽど無害ですわ」

「……まぁ、体験したらわかるわ。あれが無害だなんて口が裂けても言えなくなるから」

 

 マイカは何かを思い出したようで、遠い目をしていた。何か嫌な思い出でもあったんだろうか。

 

「アレがどれだけ女の子を勘違いさせてきたか、って話よ」

「……あぁ」

 

 そっか。ほぼ口説いてたもんな、さっきのアレ。

 

「レヴも一応あの悪癖を知ってはいるんだけど……」

「今、顔真っ赤ですわね」

「知っていても面と向かってやられると、ねぇ。アイツは馬鹿にしてるんじゃなく本気で人を褒めてるから、また照れるのよ。イリーネさんも気を付けてね」

 

 面白そうだな。今度、酔ったアイツの正面に座ってみるか。

 

 まぁ、俺は野郎にいくら褒められても照れはせんし。でも、あれが仮に異性だったとしたら勘違いするわなぁ。

 

「凄いなぁ、レヴは今日もこんな細い体で頑張ってる。いつも助かってるよ」

「……う、ぅ……」

「レヴは笑顔が可愛いんだよ。もっと笑って欲しいなぁ」

「……あうー」

 

 レヴの顔から湯気が昇っている。

 

 彼女はもうノックアウト寸前だ。もしかして、あの娘もカールの事を気に入ってたりするんだろうか。だとしたら三角関係……?

 

 というか、そもそもレヴとカールの関係をまだ聞いてない。さっき『家族みたいなもん』とカールはさっき言っていたし、本当の家族ではないんだろうけど。

 

「ところでレヴさんは、どういう経緯でこのパーティに?」

「あー。それは、んー。ごめん、本人の許可貰ってから話すわ。私と違って結構、重たいモノ背負ってるのよあの娘」

「……そうなんですの」

「立ち位置としては、近接戦闘と破壊工作が彼女の役割かな。実際、そういうのしてるところを見たことないから腕は分かんないけど」

「了解ですわ」

 

 そっか。レヴちゃんが近接戦闘要員か────

 

 

「って、ちょっとお待ちになって。じゃあレヴちゃんを矢面に立たせるのが私達のパーティの基本陣形ですの!?」

「まぁ、理論上はそうなるわね」

「いけませんわ、そんなこと認められません! 彼女、見るからに私達より年下じゃないですの。あんな小さな子の後ろに隠れて戦うなんて────」

「そうそう、そんな風にカールが『レヴを危険にさらせない』って興奮してね」

 

 む、そうか。じゃあ、何か解決策があるんだな。

 

「レヴは、私の護衛ってことでカールの後ろに配置したの。基本的に魔物や賊と戦闘になったら、カールが最前線で突っ込んで蹴散らしておしまいっていうのが今の基本陣形ね」

「……」

「というか、戦闘に関しては私達はあんま役に立てないわ。だって、カールが強くなりすぎて大概の敵は瞬殺しちゃうし。私は斥候、レヴは隠密工作、いわば非戦闘時の情報収集が私達の役目って感じね」

 

 成程、戦闘は全部カール一人でやるのか。

 

 ……あれ、じゃあ俺の役目無くね?

 

「ただカールと言えど、まだ上級魔法は使えないみたい。本職の魔法使いさんが来てくれて、助かるわイリーネ」

「あ、あらそうですの。まぁ、この世界を守るため頑張らせていただきますわ」

 

 そっかぁ、近接戦闘は全部アイツ一人でいいのか。やべぇ、俺が本職は筋肉使いで近接専門だとバレたらどうしよう。

 

 うぐぐ。すごく嫌だけど、魔法の勉強も再開した方がいいんだろうか? 一応、魔術書は簡単な奴だけ持ってきたし。

 

 き、筋トレしながら復習しとくか。この前みたいに呪文間違えないように。こないだは極限砲(エクストリーム・バスター)って叫んだけど、教科書読み返してみると精霊砲(エレメンタル・バスター)が正式名だったし。

 

 よく発動したな、アレ。

 

「あーうー……」

「可愛い……かわ……Zzz」

 

 そんなパーティーの最強戦士カールは、年下の女の子を抱き締めながら酔いで顔を真っ赤にし、寝息を立て始めた。抱き締められた方の小動物の方も、目を回して気絶している。

 

 ……絵面は犯罪的だなぁ。

 

「カールは潰れたみたいね。今日はもう、お開きにしましょうか」

「そうですわね。お二人を運ぶのは、私がやりますわ」

「出来るの? カール、結構重いわよ?」

「身体強化魔法というモノが有りますの」

 

 俺はそのまま、抱き合って寝ている二人を脇に抱えて持ち上げた。やっぱカールは重いな。

 

「へー、魔法ってそんなコトもできるんだね」

「魔法はかなり万能ですわ。カールさんにも、後々伝授するつもりです」

 

 そうなのだ。属性ごとに得意分野は違うけど、総じて魔法はかなり便利なのだ。

 

 俺が唯一日頃から練習している魔法である身体強化は、魔力消費以外のデメリット無く身体能力を2~3割強化してくれるという、まさに出し得魔法である。

 

 これは、絶対にカールに習得して貰いたい。この魔法はいわゆる攻撃魔法とは違い、ロマンに溢れているからだ。

 

 だって、身体強化だぞ身体強化!! 少年漫画の王道能力の1つじゃないか!

 

 俺は「筋力強化(ブート)」と命名されているこの魔法を勝手に「KO(けぇおぅ)拳」と名付け、いざという時の切り札として修練している。

 

 魔力消費が激しくなるが重ねがけも可能で、自分より格上の相手に無茶をする時に「体持ってくれよ、KO(けぇおぅ)3倍(さんべぇ)だぁぁぁ!!」と言う激熱ムーヴも可能だ。

 

 実際は精々2~3割程度の筋力が強化される魔法なので、重ねがけして身体能力は3倍にならないが。まぁ、気持ちは3倍だ。

 

「凄い、二人を軽々持ち上げちゃった」

「ふふ、軽いものですわ」

 

 ただまぁ、今は別に身体強化を使ってないけども。これはただのマッスルだ。

 

 本当に発動させるなら、詠唱しないといけないし。それはめんどくさい。

 

「じゃあ、また明日。詳しい方針も、朝に話し合いましょう」

「そうですわね」

 

 そのまま部屋に二人を放り込んだ後、俺はマイカと挨拶を交わし、自らの個室へと入って別れた。

 

 

 

 ……当然だが俺は自腹を切って、個室を借りている。

 

 実は、当初は資金の関係で女子は相部屋となりかけたのだが、そこは『貴族としての色々な都合』と誤魔化し俺は個室を借りることに成功した。

 

 そもそも路銀は俺の実家の援助だし、さらに個室代は自腹ならと文句は出なかった。

 

 これで、少なくとも手持ちの金が尽きるまでは個室というプライベート空間を確保できた。今後は、バイトをしてでも個室は維持するつもりだ。

 

 そう、それは当然……

 

 

 

 

「フンフン、フンフンフン、フンフンフンフンッ!!」

 

 この愛らしい筋肉との、蜜月タイムの為だ。個室だ、人目を気にせず筋肉祭りだ、ヘイワッショイ!

 

 今日も良い艶をしているな、俺の大腿筋膜張筋。どうした縫工筋、今日は元気がないぞ? 

 

 はぁん、さては構う時間が減って少し拗ねていたな? よしよし、俺の自慢の可愛い筋肉よ待たせたな! これからは毎日、たっぷり愛してやるぞぉ!

 

 その為に、わざわざ身銭を切って個室を借りたんだ!

 

「ぬるっぽぅ!! ふんふん、フンフン、ぬるっぽぅ!!」

 

 躍動する肉厚。滴る肉液、溢れる吐息。

 

 ふわぁ。やっぱり筋トレは……最高だぜ!!

 

「ふんふんふんふん、ふんぬらばぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こひゅー……。こひゅー……」

「お嬢様……」

 

 一方、遠く離れた筋肉令嬢の実家。

 

「ですから、旅慣れぬお嬢様が徒歩で冒険者を追い掛けるなど無茶だと申し上げたのです」

「こひゅー……、こひゅー……。ただ私は、早く姉様に……」

「明日馬車をご用意いたしますので、今日のところはお休みくださいまし」

 

 無謀にも姉に倣って徒歩でカール一行を追いかけようとした本物の貴族令嬢は、疲労困憊しメイドに引き摺られて実家へと引き返していた。

 

「あの平民……、覚えているのです……、こひゅー」

「……おいたわしやイリア様」

 

 ちなみに彼女が全身筋肉痛から復活するのは、数日経ってのことだった。


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