【朗報】修羅場系パーティーに入った俺♀だったが、勇者とフラグの立たない男友達ポジションに落ち着く   作:まさきたま(サンキューカッス)

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31話「歴史的発見とその価値は」

「ん? イリーネは何処だ?」

 

 次の日、朝日の昇った頃。

 

 パーティー1番の寝坊助カールは、既にユウリ家にイリーネが居ないことに気が付いた。

 

「もう出掛けたわよ、ユウリと一緒に」

「ああ、そうなの?」

「何でも、やらなければならない事があるんだとか」

 

 話を聞けば、どうやら昨日にユウリを落ち込ませる出来事が有ったらしい。それを、イリーネが元気付けようと外出に誘ったそうだ。

 

「優しいイリーネらしい……」

「よくもまぁ、貴族社会で生きてあんな純粋に育ったわねぇ、あの娘(イリーネ)

「サクラの街は、むしろ荒みすぎ……」

 

 貴族の端くれであるサクラは、そのイリーネの特異性をほんのり理解していた。

 

 自分の街はギャング街、治安が悪いレーウィンで育てば喧嘩早くもなる。

 

 だが、普通の街であったとしても貴族が性格良く育つ事は珍しい。 

 

「貴族って生き物は、生まれてからヘイコラ何でも言うこと聞いてくれる平民がずっと近くにいるからね。増長しない人のが少ないわよ、普通」

「あー、まぁそうね」

「あの子、全然偉ぶる様子がないし。よほど、父親の教えが良いのかしら?」

 

 サクラは常々そこが疑問だった。イリーネは、貴族にしては優しすぎる。

 

 その実、ヴェルムンド家の家訓が『平民を守り導くのが貴族としての務め』という事もイリーネが特異な理由だろう。

 

 だが、イリーネが何より特異なのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「健全な肉体は、健全な精神に宿る。つまり、たまには運動しましょうユウリ」

「ぜぇー……。ぜぇー……」

「ほら、もう1セットいきますわよ」

 

 イリーネは、頑強な筋肉を身につけるには、高潔な精神である必要があると信じて疑わないからであった。

 

 全ては、筋肉の導きであった。

 

 

 

「ふぅ、ここらで1度休憩に致しましょうか」

「……違う。これは、ボクが期待(よそう)していた責め苦とはかけ離れている……」

「あら? どうかいたしましたか、ユウリ」

 

 日が空に上りきる前。

 

 爽やかな汗を流す令嬢と、肩で息をしているインドア少女は森手前の広間でトレーニングに励んでいた。

 

「あの、その、イリーネ? これは一体、どういった催しなんだい?」

「直に分かりますわよ」

「分かる前に、その、ボクの体力が尽きそうなんだが」

 

 フラフラと、顔を青くして水分を貪るユウリ。既に限界寸前の様子だ。

 

 イリーネ的にはまだ『アップ』のトレーニング量にすら達していないのだが、まぁそれは仕方ない。

 

 ユウリは子供なのだ、大人のトレーニングに付いてこられる筈もない。

 

「熱中症になりますからね、しっかり水分は取ってくださいな」

「んぐ、んぐ……。はぁ、どうも」

「ではもう少し休んだ後、ストレッチで体を解しますわよ? 筋肉痛を緩和するのですわ」

 

 ユウリが本当に限界っぽいと察したイリーネは、午前のトレーニングを早々に切り上げた。

 

 イリーネにしては、至極良識的なトレーニング量であった。

 

「……で。そろそろ、説明をしてもらえないか?」

「今日の目的でしょうか? まぁ、こればかりは待ってもらうしか有りませんわ」

「待つ? 誰かを、ここに呼んでるのかい?」

 

 ユウリは汗だくになりながら、イリーネに事情を問うた。

 

 今日は何も予定がないとはいえ、ユウリは一線級の研究者だ。やるべき事は幾らでもある。

 

 ましてや、もうすぐイリーネによって持論が破られようとする直前なんだ。新たに、吟味して訂正した学説を考案しなければならない。

 

「呼んでませんわよ。ただ、ここなら来るんじゃないでしょうか?」

「……誰が、だい?」

「ユウリさんが求めているもの、でしょうか」

 

 虐められるならまだしも、こんな健全なトレーニングに巻き込まれるなんて聞いていない。

 

 ユウリは少し腹立たしげにイリーネを睨み付け、

 

 

「────あぁ、やっぱり。お出でなさいましたわ」

「なに?」

 

 

 直後、イリーネが何かを指差したのでその方角へと振り向いた。

 

 

 

「……誰が? ボクには何も見えないが」

「私には、見えていますの」

「…………まさか!」

 

 

 

 ユウリには、何もわからない。

 

 イリーネの指差した方向に見えるのは、太い1本の樹のみである。

 

 だが、

 

「こっちにいらっしゃいませんか? 遊びましょう、精霊さん」

「……っ!」

 

 イリーネの態度からして、そこに存在するようだ。

 

 一度は自分で存在を否定した、正真正銘の『精霊』が。

 

「何処? 今、その精霊は何処にいるんだい?」

「今は、樹にくっついてますわ。少し、悪戯っ子な顔をしてますわね」

 

 そう、これこそがイリーネからユウリへのプレゼント。

 

 この街の誰より先に、本物の『精霊』の研究をする権利を、ユウリは手にしたのだ。

 

「ご案内しますわユウリ、こっちにおいでください」

「あ、ああ」

 

 それは、研究者としての性だろうか。

 

 未知の『歴史的発見』を前にして、ユウリの心のモヤモヤはすぐさま消し飛んだ。

 

「その、何処に? 今精霊は、樹のどの辺りにいるんたい?」

「ちょうど、ユウリの目の前ですわよ」

 

 どうすれば、知覚できる。

 

 どうすれば、記録できる。

 

 

 天才少女の目に、活力が漲った。

 

 ユウリはトレーニングで体力が尽きていることも忘れ、夢中でその樹を凝視していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふぃー。良い汗かいたぜ。

 

 やっぱ、他人を巻き込んでやるトレーニングは、最高やな。

 

「……ふむ? 触れてみると魔力の気配。だが、間違いなく此処には何も存在しない……」

 

 ユウリは、俺の指差した樹を熱心に見つめてブツブツ言っていた。

 

 森の近くに来たら、精霊に会えるかもしれない。

 

 うまく遭遇できたなら、ユウリに精霊の実物を見せてやろうと思ったけど……。大成功みたいだな。

 

「不思議だ。この場所に何かかあると、そう言われて見れば確かに……? いやでも……」

 

 研究に命を懸けてるユウリの事だ。自らの学説を否定される結論に至るにしろ、実物たる精霊を検証してみたいと思うのが普通だろう。

 

 

「ねぇイリーネ。先程話しかけていたが、精霊は何か言ってるかい?」

「何か、ですか」

 

 そういや、さっき『遊びましょう』と声をかけてみたが、一昨日のように精霊から返事は無かった。

 

 あれは、ロッポの精霊が特別だったのだろうか?

 

「精霊さん、精霊さん。何か、面白い遊びはないですか?」

 

 精霊に聞こえてなかったのかもと、もう一度声をかけてみる。

 

 反応は、帰ってくるだろうか?

 

 

 

 

 

 

 ……おひるねしよーよ、おひるねー

 

 

 

 

 

 

 

 お、反応が帰ってきた!

 

 精霊はニヤニヤと笑いながら樹の下を指差し、俺を昼寝を誘っている。

 

 うーん、そこで昼寝すると何か有るのだろうか。

 

「ユウリさん、ユウリさん。精霊は、この樹の根下で昼寝をしろと言っていますわ」

「ふむ。……ふむ?」

「ただ、凄くニヤニヤしているのが気になりますが」

 

 少し嫌な予感がするなぁ。

 

 何というか、黒板消しの挟まったドアを開ける直前の様なしょうもない嫌な予感が。

 

「……伝承では、精霊はかなりの悪戯好きとも聞く」

「ははあ。では、罠なんでしょうか」

「分からない。……予知魔法を使ってみるか」

 

 ゴニョゴニョと、ユウリは樹の前で詠唱する。

 

 そんな俺達を、精霊は楽しげに眺めていた。

 

「んー。何も起こらないみたいだが」

「あら」

「すやすや寝ているボクが見えるね。どういう了見なんだろう」

 

 ユウリはそう言うと、ごろんと精霊の指差した位置に寝転がった。

 

 試してみるつもりらしい。

 

「ここで寝ればいいんだね?」

「はい、その辺りですわ」

 

 ユウリが寝転がると、精霊は嬉しそうに笑い。

 

 そして、両手を上げて樹に光の塊を投げ入れた。

 

「おや?」

「どうした、イリーネ」

 

 あの光の塊は、魔力か何かだろうか?

 

 精霊の魔力により、樹は突然に光輝き……

 

 

 

「ぐあーっ!?」

「ユウリ!?」

 

 

 ボトボトと、突然果実をユウリの顔面に落としたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、季節外れの果物」

「ユウリさん。顔がベタベタですけど、大丈夫ですか」

「それどころではない。ボクにははっきり見えたんだ、この果実がものすごい速度で熟れていくのを」

 

 天才少女は、甘く柔らかい果実が顔面に直撃し、その汁で全身ベトベトになった。その様をとても愉快げに、精霊は指差して笑っていた。

 

 しかし、ユウリの表情も暗くない。むしろ、ユウリは満面の笑みで俺に解説を始めた。

 

「精霊は文献記述の通りだ! 彼らは植物と心を交わし、その実を芳醇にすると聞く!」

「あの、ユウリさん?」

「半信半疑だったが、間違いない。確かに精霊は実在するし、その痕跡をボクは今捉えたのだ!」

 

 あれ? 何か凄いテンションだぞ、ユウリの奴。

 

 精霊の存在を突きつけられて少しは凹むと思っていたが、むしろ大はしゃぎしてないか?

 

「そのー……。精霊が実在することって、ユウリさん的に結構ショックが大きいのでは?」

「それはそうさ、大変なショックだ! まさに衝撃だ! これだから、世界と言うものは面白い!」

「あ、あれー?」

 

 ユウリは昨夜から態度を一転させ、目をキラキラ輝かせて喜んでいる。

 

 喜んでくれたなら、何よりなのだが……。

 

「イリーネ、礼を言うよ。これで、ボクの長年の悲願が叶うかもしれない」 

「は、はぁ。ユウリが喜んでくださるなら、私としては誘った甲斐が有ったというものですが」

「そうか、精霊か。それがボクに足りないモノだったんだ!!」

 

 有頂天、とでも言うべきだろうか。

 

 ユウリは頭に果実が乗っかったまま、くるくる軽やかに小躍りし始めた。

 

 とうとう、ストレスで壊れちゃったかな?

 

「ユウリさん。何がそこまで、嬉しいのです?」

「分からないかねイリーネ。理論上は必ず的中するはずの、ボクの新しい予知魔法。その予知が外れる時、そこには精霊が常に関わっていたんだ」

「……ふむ?」

「考えてみたまえ! 君達に出会うまでは100発100中だったボクの魔法が、先程も含めて2回も予知が当たらなかったんだ!」

「それは……」

 

 ランラン、という鼻唄が聞こえてきそうなテンションである。

 

 ユウリは自分の予知が当たらなかったのに、何故喜んでいるのだ?

 

「ボクの予知術式に『精霊の干渉』なんぞ考慮していない。精霊の存在なんて、否定的だと思っていたからね!」

「は、はぁ」

「だが、こうして精霊の存在を確認できて気が付いた。ボクの予知魔法は『精霊が介入した時だけ、未来が変わっている』!!」

 

 ユウリは手を打って、笑った。

 

 そうか、そう言えば確かにそうだ。リタを助けた時も、今果物を顔面に落とされた時もその通り。

 

 精霊が介入した時だけ、ユウリの予知が狂っている。

 

「これは、これは凄い発見だぞ。ああ、ボクの学説が狂わされたことなんぞ些細な話だ!」

「よ、良かったですわねユウリ。つまり、予知魔法の改良点が見つかったのですわね?」

「改良点どころではない、革新だよ。考えてみたまえイリーネ。精霊とは、すなわち魔力を支払えば人間に力を貸してくれる存在だ!」

「……は、はい」

「なら、精霊に交渉すれば嫌な予知をした時に、『自らの望む未来』へ誘導させることすら出来る筈さ。未来予知なんてチャチな魔法どころではない。ボクは今、未来を操る魔法の基礎理論を手に入れたのだ!」

 

 ……。

 

 予知した未来を変えられるのは、精霊のみ。

 

 なら精霊に頼んで、未来を変えて貰えば運命を操れる。

 

 

 ……それはすなわち、運命操作の魔法。

 

 

「……え。そ、そんな神をも恐れぬ魔法が存在して良いのですか!?」

「だが、今ボクの中で理論は組み上がった。悲劇的な結末を、回避する術を知った。ああ、今日は何という日だろう」

 

 白髪の幼女(ユウリ)は、日の光に照らされて舞い踊る。

 

 これが、天才少女ユウリ。自らの過ちを糧とし、修正するどころか更に発展させる頭脳の持ち主。

 

「……ありがとう、イリーネ。ああ、今日はここに来て良かった!」

「そ、想定とは異なりましたが……。喜んでいただけて上々ですわ、ユウリ」

「ああ!」

 

 まだ妹ほどの年でありながら、ユウリは歴史上でも類を見ない凶悪な魔法の基礎理論に思い至った。

 

 彼女はまだ若い。生涯をかければ、きっとユウリは運命操作の技術を確立してしまうだろう。

 

「最早ボクは『時代の観測者』程度ではない! ボクは『歴史を調和する者』を名乗ろう!」

 

 ひょっとしたら俺は、凄い化け物を生み出してしまったのかもしれない。

 

 完全にキまった恍惚の表情で、果汁まみれのまま高笑いするユウリを見て、俺は額に汗を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……む? 森の入り口で、誰か騒いでいるぞ」

 

 

 

 

 

 

 テンションが振りきれたユウリを宥めていると、何処からか聞き覚えのある声がした。

 

「貴族の女性と、子供ですね。姉妹でしょうか?」

「……あ、あの娘。前に話した占いの娘じゃない?」

「おお、本当だな!」

 

 機嫌良く高笑いをしている天才少女を、その声の集団は知っているらしい。

 

 今のユウリのテンションで知人と会うのは恥ずかしかろう。

 

 俺は布でユウリの顔を拭いて落ち着かせてやりながら、その声のする方向に振り向いて────

 

 

「……おうい、ユウリ女史。何を騒いでいる?」

「あっ」

 

 

 俺は、化け物をみた。

 

 

 

 

 

 

「うわっ気持ち悪っ! ですわ!?」

 

 思わず、叫んでしまう。

 

 だって、無理もない。だって精霊の塊が、蓮コラの様に密集しながらこっちに迫ってきたのだから。

 

「え、気持ち悪……?」

「あ、いえ、その」

 

 しかしよく見れば、精霊の塊の正体は、見覚えのある少女だった。

 

 その少女に紅き精霊が、ベタベタと全身に引っ付いている。

 

 凄い密集具合だ。顔も見えないくらい、精霊がみっちり顔に引っ付いている。

 

 精霊に好かれているとかそういうレベルじゃない。精霊に媚薬でもばら蒔いてんのかってくらいの愛されっぷりだ。

 

「すみません、いきなり失礼な事を。つ、つい口から溢れてしまいましたの」

「わ……私は、つい口から『気持ち悪い』と溢される人間だったのか……?」

「あ、いや、その」

 

 少女はワナワナと震えだす。

 

 いかん、今俺はとんでもなく失礼な事を言ってしまった。これは謝罪せねば。

 

「お、落ち着いてアル。きっと気が動転してたんだよ、アルは気持ち悪くないよ」

「そ、そうだぜリーダー。あのお嬢さんはきっと、アルを何かと間違えたのさ」

「そうですの、ちょっと変なものが見えた気がしましたの! 申し訳ありませんでしたわ」

「そ、そうなのか……?」

 

 少女の回りにいた仲間たちが、こぞってフォローに入ってくれる。

 

 よし、良くわからんが落ち着いてくれた。これで何とか────

 

「そうですよ! リーダーの全身真っ赤な衣装は、暗いところでみると血みどろお化けに見えるんです! だからきっと、気持ち悪がられたのですよ!」

「う、うわああああん!!」

「ア、アルー!?」

 

 その精霊の塊の後ろから、ニュッと現れたウサギ仮面が余計な事を言って少女は泣き出した。

 

 うーむ、コイツが居るってことは……。

 

「君は確か、アル某といったか。勇者を自称している最高位の魔術師の……」

「あー、彼女がアルデバランさんなのですね」

 

 精霊の密度が濃くていまいち顔が見えなかったが、この少女はアルデバランなのか。

 

 確かこの間、俺が猿仮面姿でファッションを指導してやったセンスの無い女の子だ。

 

「……って、げ! 姉……」

「どうかしましたの?」

「な、何でもありゃしませんよ!」

 

 アルデバランは泣き始め、ウサギの不審者は変な声をあげ。

 

 森の入り口広場は、突然に混沌に飲み込まれたのだった。

 

 

 

「血みどろお化けじゃないもん、炎のイメージだもん……」

「大丈夫だよ、可愛いよアル!」

 

 

 


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