【朗報】修羅場系パーティーに入った俺♀だったが、勇者とフラグの立たない男友達ポジションに落ち着く   作:まさきたま(サンキューカッス)

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37話「勇者は逃げ出した!!」

「ああ、逃げることにしたのか。偽勇者はそれで良いんじゃないか?」

 

 彼女の工房に到着した俺達は、ありのまま昨日の話し合いの内容を伝えた。

 

 意外にもアルデバランは、俺達が街を去ることを聞いてもあまり気にした様子は無かった。

 

「むしろ、あの連中には関わるなと女神様が煩かったので丁度良い」

「……この街を、よろしくお願いいたします」

「言わずもがな。私の魔炎で、魔族全てを消し飛ばしてやる」

 

 俺からの頼みに、アルデバランは力強くうなずいた。

 

 彼女も女神から『カールと共闘するな』と口酸っぱく言われたそうで、俺達がこの街から立ち去る事に関して何も文句はない様子だった。

 

「貴様らこそ街を出るならさっさとしろ。我が魔炎に巻き込まれて蒸発したくなければな」

「……ええ」

 

 アルデバランの実力がいか程なのかは知らない。しかしこうも自信満々に頷いたのだ、きっと信用するに足る戦闘力はある筈だ。

 

 後は女神の指示通り、可及的速やかに俺達はこの街を離れるのみである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔族と言うものは、そんなに恐ろしいものなのか?」

「ユウリはピンと来ないかも知れませんが、とてもとても恐ろしい相手ですよ」

「ふぅむ。伝説では、勇者に良いようにされているイメージしか無いが。ちょっと強いだけの魔物だろう?」

 

 帰り道、ユウリは魔族について俺達に聞いてきた。

 

 彼女の中では、魔族とはやられ役の雑魚みたいな印象だったらしい。確かに勇者伝説では、魔族は引き立て役であるかの如くボコボコにされている描写が多い。

 

 なんなら、比較的レベルの高いこの街の冒険者なら対処できると考えていたようだ。

 

「勇者だから、良いように出来るのです。一般の冒険者が魔族に出会ったら、ほぼ絶望ですわ」

「そんなものか」

 

 ユウリは、俺やアルデバランが嫌に険しい顔で魔族について語っているのを見て、魔族という存在が少し気になりだした様子だ。

 

 カールやアルデバランが本物の勇者であることも、俺達の態度からもう確信しているらしい。

 

「イリーネは、魔族と戦ったことはあるのかい?」

「……ありますわ。私が魔族と戦った際には精霊砲が通用せず、肉弾戦で叶うはずもなく、全身ズタボロで死にかけましたわ」

「精霊砲を撃っても、歯が立たなかったのかい? なら、現存する魔法のほとんどが効かないじゃないか」

「ええ、効かないでしょうね。あ、今のは猿仮面を付けていた時の話なので、パーティの皆には内緒でお願いしますね」

「そんな命懸けの闘いの時くらい、仮面は外そうよ……」

 

 被りたくて被っていたわけではない。正確には、仮面を被ってる時に急襲されたというべきか。

 

「数メートルの巨体、一薙ぎに家を砕き、咆哮で大地を割る化け物。ただの人間が相手をするには、分が悪すぎる相手でした」

「……そんなヤバい怪物が攻めてきて、大丈夫なのかい?」

「勇者の力を得たカールは、一人で魔族の群れを撃退してましたけどね。恐らく、アルデバランも同レベルの戦闘能力を持っている筈ですわ」

「話を聞く限り、カールは本当に強いんだね。単なるエロバカにしか見えなかったんだけど……。こないだ胸触られたし」

 

 何かを思い出したかの如く、ユウリは少しうつむいて頬を染めた。

 

 ……あの野郎、そんな気はしてたけどユウリにもスケベ発動してやがったか。

 

「私達のリーダーが、申し訳ありませんでしたわ。今度ねじっておきますわ」

「まぁ、事故だったんだ。強引に迫られるのも悪くないかなと、新たな世界に目覚めたのでボクは気にしていない」

「ユウリはこれ以上変な扉を開かないでくださいまし」

 

 流石はユウリ、性癖の幅が広すぎる。

 

「だが、実際に魔族の話を聞くと怖くなってきたな。本当に、カールはこの街に残ってくれないのかい?」

「女神同士の対立が原因らしいですわ。全く馬鹿馬鹿しい」

「うーむ、それは何というか。いざとなれば、助けに来ておくれよ?」

「……ええ、まあ。ユウリさんには、お世話になってますし」

 

 ああ、本当に女神の内輪もめにはうんざりする。

 

 俺達はこの街で、ユウリから多大な恩を受けた。

 

 衣食住や学者への伝手、杖作りの情報に未来予知魔法の理論。様々な事をユウリから教わった。

 

 そんな彼女を置いて、魔族から逃げるように立ち去るのは本当に勇者のする行動なのだろうか。

 

「……私だけでも、カールのパーティから離れてここに残るべきか────。いや、私が残っても大した戦力にはなりえません。やはり、カール本人に残って貰わないと」

「そ、そんなに真剣に悩まないでくれたまえ。先程の、アル何某がボクらを守ってくれればそれで済む話なのだろう?」

「それは、その通りですわ」

 

 ただアルデバランに本当に街を守れるかどうか、だ。

 

 俺は、彼女の戦闘力を知らない。アルデバランの能力が、カールに匹敵する保証はない。

 

 あの女神だって言っていたではないか。『アルデバランがどんな能力を貰っていたかは分からない』と。

 

 

「ユウリ、明後日の予知することは出来ますか?」

「明後日は、少し遠いね。時間が空けばあくほど、消費魔力は膨大になるし精度も落ちる。半日~1日ほど先を見通すのが、今の所は限界だね」

「そうですか。では、明日の出発の直前に明後日の予知をしてくださいなユウリ。それで街が無事なのを確認できれば、心残りなく出発できますわ」

「ああ、それは言われるまでもない。元より、やるつもりだったよ」

 

 ユウリにあらかじめ予知して貰って、街の無事を知る。これが、俺にできる最大限。

 

 もし、街に少しでも被害が出るようだったら、何としてもカールを説得して残って貰う。

 

 ユウリやユウマ氏に危害が及ぶのであっても同様だ。

 

「では、また明日ですわね」

「ああ」

 

 その会話が終わるころに、俺達はユウリの屋敷に帰り着き。

 

 明日には別れとなる白髪の幼女の髪を撫でて、俺は居間へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらおかえり、イリーネ」

「ただいま戻りましたわ」

 

 屋敷に帰ると、既にカール達は戻ってきていた。

 

 少し遅い時間になってしまっていたから、既にみんなで夕食を囲んでいた。

 

「お先に戴いてるわ」

「ごめんなさい、遅くなってしまって」

「ユウリの研究に付き合っていたんだろ? しょうがないぜ」

「実は、それだけではありませんの。先程、とあるお方に会いまして」

 

 皆が集合していたので、俺は王弟ガリウスに出会って魔族襲撃を予知した事を伝えた。

 

 こっそりアルデバランに会いに行ったことは、伏せておいたが。

 

「勝手に行動して申し訳ありませんわ」

「いや、それは良いんじゃない? 事前に敵襲が予測できていれば、被害が少なくなるよう避難誘導できるだろうし」

「カールが勇者って事を黙っていたなら、問題ないと思うわ」

 

 先走った行動ではあったが、特に文句は言われなかった。ふぅ、良かったぜ。

 

「それと、明日の出発前にユウリに予知して貰おうと思います。本当に、アルデバランに任せても街に被害が出ないかどうかを」

「……ふむ。それで、街に被害が出る様子ならどうするの?」

「予知の内容によりますが。ユウリやユウマ氏に被害が及ぶようなら、やはり私達は街に残るべきだと思いますの。この二人には、多大な恩がありますわ」

 

 しつこいと思われるかもしれないが、俺の意見は断固としてアルデバランと共闘する派だ。

 

 俺は他の人に比べて、女神に対する信仰心が少ないからかもしれない。

 

「ユウリはともかく、あのお父さんにはあんまり恩を感じていないわぁ……。紹介とかしてもらったけれども」

「そこは置いておいて。この街に滞在するにあたって良くしてくださったユウリへ義理を果たさないのは、貴族として名折れですもの」

「そこは同意よ。例えばユウリが死んでしまうのに放っていくなんて、貴族以前に人間として出来ないもの」

 

 サクラも、俺と意見は近いらしい。元々、彼女も居残り派だしな。

 

「そうだな。逆に、街が守られる未来が見えたら心置きなく出発できるだろう。俺も、イリーネの案には賛成だ」

「そーねー。まぁ女神様の言った事だし、実際ちゃんと守られてる予知になるんじゃない?」

「……む、ふむ。良いんじゃない……?」

 

 よし、言質を取った。後は、明日の予知を待つばかりだ────

 

 

 

 

「たださ。本当に街が壊滅していたら、どうするの?」

「え?」

「イリーネの不安が的中して、ヨウィンの街が壊滅していた場合。私達が残って、街を守るべきなの?」

 

 そううまく話がまとまりかけた時。

 

 マイカは、少し無表情な目で俺にそんな事を問いかけた。

 

「それは、勿論────」

「精霊が関わった時だけ、未来は変わる。それ以外の場合は、基本的に必発必中。そういう類の魔法じゃなかったっけ、ユウリの占魔法って」

 

 『勿論だ』と答えようとした直後、俺の目を真っすぐ見つめたまま、マイカは小さく息を吐いた。

 

「カールが残ろうが残らまいが、予知でそう出てしまった場合、街が壊滅する未来は変わらないんじゃない?」

「……しかし、それはきっとカールが街を去ってしまったからで!」

「ならカールが残れば、絶対に未来は変わるの?」

「保証はありませんけど、その可能性が高いはずです。だって、カールは魔族の群れをものともせず倒せるのでしょう?」

「カールは、イリーネのか細い腕でビンタされるだけで瀕死になる程ひ弱でもあるけどね」

 

 何故だろう。俺の提案を聞いてから、マイカの言葉から棘を感じる。

 

「過去の勇者の戦闘資料を見ても、カールは攻撃力だけなら歴代勇者で最強クラスなんだけど……。防御面は何も加護がないんだから、少し気を抜けば即死しうる脆さがある」

「……」

「イリーネ、カールを便利で無敵な戦闘兵器とでも思ってない? コイツは意志を持った人間で、少し攻撃力が高いだけの脆くか弱い剣士よ」

「私は、別にカールをそんな風に見てなんか」

「そもそも戦うたびに敵に情報が洩れていく訳だし、カールは気軽に戦闘していい存在じゃないの。更に、殺し合いになるかもしれないカールと同等の力を秘めた『勇者』が同じ街にいる訳でしょ? 女神様が『離れろ』って言った理由も、そこだと思うのよ」

 

 俺が、カールを兵器として見ている? カールが絶対負けない無敵の戦闘兵器だと?

 

 そんな事はない。そうじゃなくて俺は、この街の皆を救いたいと思ったからで。

 

 とても強いカールが居たら、街はきっと助かるって────

 

「街が壊滅する未来が見えたなら猶更、この街を離れるべきだわ。人類が勇者を2人も失ったら、それこそ終わりなのよ」

「……では、この街の皆さんを見捨てると!?」

「違うわ。さっきも言ったじゃないイリーネ、予知魔法を覆せるのは精霊の介入だけなんでしょ?」

 

 マイカは、きっと怒っていた。

 

 街を守るためにカールが此処に残るべきだと主張する俺に、怒っていた。

 

 

「街が心配なら貴女が一人で残りなさいよ、精霊の導き手さん。予知した未来を変えたいなら、イリーネが一番適任なんじゃないかしら?」

 

 

 ……。

 

 その、言葉に。俺は、何も言い返す事が出来なかった。

 

「おい、マイカ。言い過ぎだ」

「ごめん、ちょっと感情的な言い方になっちゃったけどね。私の知ってるカールは、もともとそんなに強い人間じゃないのよ」

 

 昨日は、隠していたのかもしれない。

 

 カールに街へ残って戦えと主張した、俺やサクラに。内心で、かなりの怒りを覚えていたのかもしれない。

 

「貴族さんは、民衆は守るものって教育されたのかもしれないけれど。私達は、大事なものだけを守れればそれでいい」

「マイカ、少し黙れ」

「貴族が平民に、勝手な矜持を押し付けないで。私は別にこの街の人間がどうなろうと知った事ではないし」

「マイカ!」

「冷たいと思う? 私が冷徹で残酷で薄情な人間だと思う? そうよ、その通りだわ」

 

 鬼気迫る口調だ。

 

 その口ぶりからは、本気の感情が見て取れる。

 

 

「親が死んだ者同士、ずっと寄り添って生きてきた幼馴染なんだよ? この街の人間の命全部ひっくるめたって、カールの方が大切に決まってるじゃない……」

「……」

 

 

 彼女は、本気で。カールの身を、心の奥底から心配しているのだ。

 

「……言い過ぎてる自覚はあるわ。柄にもなく、感情的になっちゃった」

「いえ。私も、考えが足りませんでしたわ」

「少し頭を冷やしてくる。要は明日、ユウリの予知で平和な未来が見えたら何も問題はない訳だし」

 

 そういえば、初めて見たかもしれない。

 

 いつも笑顔を絶やさず、冷静で理知的な態度のマイカが、ここまで感情をあらわにする姿を。

 

「無敵の戦闘兵器、か。確かに、私はカールさんが負けず怪我をしない前提でしかお話をしていなかったです」

「いや、そう思って貰って構わない。女神様からの力を継いだ俺は、そうやすやすとやられはしない」

「いっつも年上に虐められて、私に庇われていたくせに。勇者に選ばれたから急に強くなったんだろうけど、私の中ではまだまだアンタは弱虫カールだっつの」

「うるさいな。剣術始めてからは、虐められてねぇっての!」

 

 そうだ。カールは、存外に脆いのだ。

 

 俺の50%のパワーですら致命傷を負ってしまうほどに、タフネスに乏しいのだ。

 

「ふぅ。今日はもう寝ましょ? 一日寝て、感情を整理してから話をするべきよぉ」

「……最終的には、カールが決めればいい」

 

 俺はどうするべきなのだろう。そう行動するのが、正解なのだろう。

 

 もし街が壊滅する未来となれば、たった一人このヨウィンに残るべきなのだろうか。

 

「……おやすみ、イリーネ」

「ええ、マイカさん」

 

 その時マイカと交わした挨拶は、存外お互いに穏やかな声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────炎が、街を包み込む。

 

 ────紅蓮の渦が、人を焼く。

 

 

 

 阿鼻叫喚がそこにあった。

 

 逃げまどう人々、響く苦悶の声、焼ける赤子の前で呆然と立ち尽くす女。

 

 これは現実の光景なのだろうか。それとも、ただの夢なのだろうか。

 

 

 

 ────見覚えのある少女が、駆けていく。

 

 

 青い髪の少女だ。ユウリやレヴよりなお幼い、森で出会ったおしゃまな幼女。

 

 ガリウスの娘リタが、何かを抱えて街の中を疾走している。

 

 

『はっ、はっ!』

 

 

 リタの息遣いが聞こえてくる。

 

 人の流れに逆らって、幼女は何かを目指して真っすぐに走り続ける。

 

 

『よくも、父様、を』

 

 

 その眼には憎悪が宿り。リタは手に抱えていた何か────、森で見た破裂球なるアイテムを高く掲げた。

 

 

『よくも────』

 

 

 

 

 その、直後。

 

 リタを含めた周囲一帯は、凄まじい熱量に焼き払われた。

 

 幼女のいた場所には、墨すら残らない。

 

 ただ、膨大で無慈悲な熱量が機械的に街を焼き尽くし。

 

 

 

「────ふ、ふ」

 

 

 

 その地獄のような景色の中心で。

 

 魔導士が一人佇み、そして笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ!」

 

 飛び起きる。

 

 周囲を見渡して、自分がユウリの家の部屋で寝ていたことを思い出す。

 

「夢……?」

 

 鼓動が速くなり、息が乱れている。

 

 夢だ、俺は夢を見ていたのだ。この街の全てが焼け落ちてしまう、そんな恐ろしい夢を。

 

 気に病み過ぎだ。女神の奴も言っていたじゃないか、この街を守るにはアルデバラン一人いればよいと。

 

 彼女さえ居てくれれば、ヨウィンの街は安泰なのだ。

 

 

「はっ、はっ、はっ」

 

 

 息が荒い。喉が渇く。

 

 恐ろしい夢だった。まさに悪夢だ。

 

 少し水を飲もう。そして、落ち着こう。

 

 ベッドの端に腰を掛けて、ふぅと深呼吸する。辺りは暗く、屋敷は静まり返り、涼やかな風が窓から入ってきている。

 

 

 うん、着替えてもう一度寝よう。

 

 

 俺はビショビショになった寝間着を脱ぎながら、ゆっくりベッドから立ち上がり、

 

 

 

 

 ────イリーネ

 

 

 

 

 どこかで見た、精霊と目が合った。

 

「え、あ、ひゃあ!?」

 

 うわ怖っ!!? 真っ暗な場所で精霊に出会ったら、幽霊そのものだな。

 

 こいつは、えっと。確か……

 

「……その、御姿。たしか、リタさんのご友人の」

 

 

 

 

 ────リタを、助けて

 

 

 

 

 そうだ、ロッポだ。

 

 この精霊は、確かロッポという名前の平民だった子供の霊。

 

 そのロッポが、何でこんな夜遅くに────

 

 

 

 

 ────あれが、2日後の、この街だよ

 

 ────お願い、イリーネ

 

 

 

 ────リタを、助けて

 

 

 

 精霊はすがるように、懇願するように。

 

 俺の枕元に立って、しっかと頭を下げた。

 

 

 

 ────どうか、出ていかないで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カールは居まして!?」

「ん、ふにゃあ!?」

 

 精霊は、未来を予知する。

 

 精霊術師の見た未来は、この世のどんな予知魔法より精度が高い。

 

「カール、一生のお願いがありますわ」

 

 いま先ほど俺が見た景色は、悪夢ではない。

 

 現実だ。2日後に現実となる、精霊の予知魔法だ。

 

「い、イリーネ? こ、こんな真夜中にどうした」

「どうか聞いてください、カール」

 

 深夜の男部屋、爆睡しているマスターを尻目に俺はカールを部屋の外へ担ぎ出した。

 

 あんな地獄みたいな光景を見せられて、居てもたってもいられなくなったからだ。

 

 

「え、今真夜中だぞ!? これってまさか、ピンク色な展開────」

「聞いてくださいカール。たった今精霊による、予知を見ました」

「……あ、そういう。よし分かった、話を続けてくれ」

 

 

 

 俺は、夢で見た内容を話した。

 

 町が炎に包まれて、地獄絵図になっていた事。

 

 俺達が助けた少女リタが、跡形もなく消し飛ばされていた事。

 

 襲撃していた敵の姿は、まるで人間の魔導士の様であった事。

 

 

 

「目覚めたその時、目の前に精霊が居たので夢ではありませんわ。これは、精霊の予知」

「……おいおい」

「私は街に残ります。この街の人々を見捨てる事なんてできません。そして、改めて一生のお願いがありますカール」

 

 夢の内容を伝えた後、俺は険しい顔になったカールの目前で頭を地面にこすりつけた。

 

 土下座だ。

 

「貴方の命を危険にさらすことになるのは存じています。ですが、どうか」

「……」

「街に残って、皆を守るために力を振るってください」

 

 

 

 ────これがきっと、本来俺がとるべき立場だ。

 

 見知らぬ他人を救って当たり前。それは、貴族にとっての常識に過ぎない。

 

 平民であるカールは、その日暮らしで手一杯。他人の命を救っている余裕なんてない。

 

 この街の人間を助けたいというのは、俺のエゴイズムにすぎない。

 

 

「誰かが死ぬのは嫌です。誰かが苦しい思いをするのは、嫌です。救えるものなら、この手が届く場所にある命なら、私は救いたい」

「イリーネ……」

「私に出来る事なら、何でも致しましょう。カール、貴方とその大切なパーティメンバーまで危険にさらすことになるのは承知しています。ですが、どうか」

 

 だから、カールに『街を救って当たり前』と主張するのではなく。

 

 『俺が街を救いたい』から助けてくれと頼むのが、通すべき筋だ。

 

「どうか、私に力を貸してくださいカール」

 

 ……カールは、女神教の信者だ。

 

 セファという女神に心服し、逆らう事を良しとしないだろう。

 

「イリーネ。女の子が気軽に何でもするなんて……」

「貴方がそこそこにスケベなのは存じております。もちろん、色々と覚悟の上です」

「いやちょっと待って、そこの誤解は解いておきたい。俺は別に狙って誰かにスケベを働いた事なんか」

「狙ってやっていないだけで、相応に幸福を感じていらっしゃるでしょう? 普段から、女人に割と興味を持たれている様に感じておりますが」

 

 前の飲み会の時、イリーネはエロいだの何だの言ってくれたよなぁ。知ってんだぞ俺は。

 

「……男ってスケベな生き物なんです。結構そういう雰囲気出てたの、俺?」

「パーティの女性陣に確かめてくだされば、全員同じ答えが返ってくると思いますわ」

「え、嘘。死にたい」

 

 カールがひっそりと傷ついた顔をした。

 

 いや、そこは誤魔化しようが無いだろうカール。むしろ、エロくないと思われると思ってたのか。

 

「いや、まぁ一旦そこは置いておこう。深く考えると鬱になってくる」

「ええ。ではカール、答えを聞かせていただけますか」

「そんなの、答えるまでもないだろ」

 

 まぁこれは、ぶっちゃけ最後まではされないだろうと踏んで、胸触られるくらいまでは覚悟した上での発言だったのだが。

 

 意外にもカールはその場で腕を組んで、ニコニコと笑っているだけであった。

 

「俺は勇者である前にカールで、このパーティのリーダーだ」

「……ええ」

「仲間に助けてと言われて、断る事なんざありえない。女神様の命令に反するのは心苦しいが────」

 

 ニッシッシ、と何も気にしていなさそうな顔で。カールは、あっさりと意見を変えてくれた。

 

 

「街に残って戦おう。そもそも、それが俺の目指した勇者の姿だからな」

 

 

 こうしてカールは、俺の我が儘を笑って受け入れてくれたのだった。

 


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