【朗報】修羅場系パーティーに入った俺♀だったが、勇者とフラグの立たない男友達ポジションに落ち着く   作:まさきたま(サンキューカッス)

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46話「これは、いけない」

 その日。

 

 俺達は日が暮れる前に、レッサルの街の外へ出た。

 

「レヴ、家族の墓はどうするんだ?」

「……カインの実家に報告に行って、その近くに作らせてもらう。レッサルには、もう戻りたくない」

「従者さんの実家か。じゃあ道中、ソコにも寄った方が良いな」

「……ううん。カインは遠く北部の異民族の出。アナトに行くにしても凄い遠回りになるから、全部終わった後に私が一人で行く」

 

 レヴは、レッサルにご両親と兄の墓を作らないつもりらしい。

 

 いくら故郷とは言え、あんな対応をされたらそうなるのも頷ける。血は繋がらないが家族の様な関係だったカイン氏の実家近くに、建立する方が良いだろう。

 

 もう二度とレッサルに来たくない、か。そりゃあそうだ。

 

「いや。レヴ、お前はもう俺の家族みたいなもんだ。全部終わった後、一緒に行こう」

「……、ありがとカール」

 

 そんな彼女を見るに見かねたのか、珍しくカールが気を利かせてレヴを抱き締めた。

 

 少し目をパチクリさせながら、やがてレヴは礼を言ってカールの胸に体を預ける。

 

 恋敵のマイカも、今日ばかりは肩をすくめて二人の様子を見守るばかりであった。

 

「……納得できませんわ。あそこの統治者は何を考えているのでしょう。民を守るどころか、自らの父親の像を建立するために財産を巻き上げているなんて。御国は、どう思われる事やら」

「イリーネも落ち着きなさいよ」

「落ち着いていられますか!! あれが、貴族のする事ですの!? あのいかれた大聖堂を運営しているのは、あの地の貴族でしょう?」

「……まぁ役所を兼ねてるって言ってたし、そうなんでしょうけどぉ」

「あの地の貴族に、誇りは有るんでしょうか。民は守る者と、その偉大なる先代様とやらから教わってないのでしょうか」

 

 俺はと言えば、レヴちゃんに宥められてなんとか平静を取り繕っているものの、まだカッカと頭が煮立っていた。

 

 貴族のする事じゃない。自らの権威をかさに、民の財産を召し上げて私欲を満たすなど正気の沙汰ではない。

 

 もういっそサンウィンの父に報告しに戻って、実家の軍勢を借りて討伐を────。いや、そんなことをしても民が犠牲になるだけだ。

 

 ……ガリウス様がいる。そうだ、ガリウス様は首都に戻ると言っていた。

 

 俺達も、いずれ首都を経由する。そこでガリウス様に奏上し、レッサルの貴族を懲戒して貰うのが良い。

 

「イリーネも冷静になりなさい。あんなのにいちいち腹を立てていたら、この先旅してらんないわよ」

「どういう意味ですか、マイカさん」

「大前提として、イリーネの実家が清廉潔白すぎるのよ。道端は綺麗で、夜の治安も良く賊も居ない。貴女の父君にアポを取る時も、賄賂の素振りを見せただけで睨まれた。どんな怪物が統治してるのかってビビったわよ」

 

 そんなの、当り前だ。うちのパパンは収賄に厳しいし、治安の維持にかなり力を入れていた。

 

 真面目な民が暮らしやすい街、それがサンウィンの掲げる標語だ。豊かでなくとも、安全で平和で笑顔溢れる街づくりを目指している。

 

「でもね。普通はこうなの」

「……普通、とは」

「さっき、貴女が見た光景よイリーネ」

 

 そういうマイカは、少し諦めたような顔をして。

 

「力のない平民は、ほとんどの場合貴族の食い物にされる。貴族は民を守る者じゃなく、民を貪る者よ」

「そんな、そんな事はありませんわ!! では何故、貴族はその地位にあるというのです!」

「……皆が、貴女みたいな貴族だったらどれだけ良いのかしらね。かなりの貴族は、魔法が使える自分を特別な存在だと思ってて、平民は自分の下僕だと信じているわよ」

 

 ……そんな事はない。そう、信じたい。

 

 だって、少なくとも俺の交流していた貴族たちは、みんな真面目そうで素直な人達ばかりだ。

 

「次の街は、少しはマシな連中が治めていることを祈りやしょう。これだから、権力者ってのは嫌いなんだ」

「やるせないわねぇ」

 

 だが、マイカの意見は皆の共通見解の様で。

 

 俺は、初めて出会った時にレヴが貴族(おれ)を大層嫌っていた意味の一端を理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ストップ」

「どうした、マイカ?」

 

 空が赤みを帯び始めて、そろそろ野宿の準備をするかと話し始めていたころ。

 

 マイカが、遠くの道を指さしてみんなを制止した。

 

「……向こうから複数人が歩いてくるわ。隠れましょう」

「む、賊か?」

「かもしれないわ」

 

 流石は哨戒役のマイカ、この暗い景観の中でよく見つけたものだ。

 

 まだ怒りと悲哀が収まってない俺と違い、彼女はとうとっくに冷静らしい。俺も切り替えないと。

 

「……おお、アレか。よくあんな遠くの連中が見えるな」

「悪党族ならどうする? やり過ごす?」

「もし賊であれば退治しましょう。私が一撃で消し飛ばして差し上げますわ」

 

 杖で強化された俺の精霊砲なら、人間の賊如きゴミクズも同然。

 

 本音を言うと殴り合いたいけど、近接戦は仲間を危険な目に遭わせうるしな。遠距離からドカーンの方が、安全だし強い。

 

「まずは俺が話を聞いてからだ。普通の旅人かもしれないしな」

「……そうですわね」

 

 だがカールは、杖を構える俺を制止した。

 

 まずはカール一人で、接触するつもりらしい。

 

「私も、追従いたしますわカール。敵に魔導師が居れば、私が封殺いたします」

「わかった。俺の傍を離れるなイリーネ」

「二人とも、油断して殺されたりしないでよぉ? 悪党族は恐ろしく残忍よ」

「ああ、気を付ける」

 

 そう答えたカールは剣の柄に手を置きながら、ゆっくり遠く先の集団へと歩んだ。

 

 そのカールの3歩後ろを、俺は追従する。

 

「……ふむ。賊の様だ」

「誰か捕まってますわね」

 

 物陰に隠れながら近づいて見れば、その集団は半裸の女性を縄で縛って笑っていた。

 

 髭顔の男どもは面白半分に女性を蹴飛ばしたり、鞭で打ったりしている。

 

「ボロボロですが、あの女性が身に着けているのは修道服でしょうか。もしかしたら、あの大聖堂の関係者かもしれません」

「う、やる気なくなるなぁ。だが、見捨てる訳にはいかん」

「無論です、虐げられている民を救うは貴族の役割」

 

 あの腹の立つ大聖堂の一味だったとしても、賊に虐げられているのであれば救う。それが、ノブレス・オブリージュ。

 

「私が先に、彼らに接触しますわ。まずはあの女性を解放しないと」

「どうするつもりだ」

「奴らの気を引きますの。若い貴族令嬢(わたし)など、おそらく賊にとって格好の獲物。餌に食いついている間に、貴方が颯爽とあの女性を救って差し上げてくださいな」

 

 そんな俺の提案に、カールは逡巡する。か弱い俺を危険な目に遭わせることに躊躇いがあるらしい。

 

 だが安心しろ、俺は隠れマッスルなんだ。むしろ、近接戦がしたいくらいなんだ。

 

「……わかった、2秒でカタを付ける」

「焦らなくとも結構、護身術くらいは嗜んでいますのよ? 安全に、優雅に、賊をせん滅いたしましょう」

「む」

 

 カールの顔にはまだ躊躇いが見えるが、そろそろ腹をくくってくれ。

 

 いつもお前ひとりにおんぶ抱っこされてる訳にはいかないんだ。仲間も、信用してほしい。

 

「前もって、身体強化の魔法をかけておきます。この状態ならば、チンピラ如きに遅れは取りませんわ」

「そうか……。くれぐれも、油断しないでくれよイリーネ」

「ええ、無論」

 

 心配性なカールのケツを叩いて、俺は不敵に笑う。

 

 こう見えて、レーウィンで一度チンピラと殴り合ったこともあるんだ。あまり、見くびらないで貰いたい。

 

「では、餌は餌らしくなるとしましょうか。この服はお気に入りなので、持っていてくださいカール」

「……ん?」

 

 俺はそう言うと、鎧と衣服をその場で抜いてインナーだけになった。ついでに体に土を塗して、軽く傷をつけておく。

 

「ちょ……、何してんだ!?」

「貴族令嬢が一人旅してるなんて、怪しすぎるでしょう。賊に襲われ、命からがら逃げだした状態を装いますわ」

「あ、そういう……。あのさ、脱ぐことに躊躇いとかないのイリーネは?」

「いえ、これインナーですし。脱いだうちには入りませんわよ」

 

 カールは俺から目を背けて頬を赤くしているが、そんな反応をされても困る。

 

 だって俺は、今もちゃんと黒い半袖のタイツを身に着けている。ビキニアーマーのインナーだ。

 

 これは別に下着じゃないので、貴族としての品位はセーフの筈。

 

「じゃ、話しかけに行きますわ。後はお願いしますね、カール」

「……お、おう」

 

 さて、と。

 

 後は俺の演技力がどこまで通用するか、試させてもらうとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ、そこの、お方」

 

 道端の草むらから、ヨロヨロと。

 

 息絶え絶えを装いながら、貴族令嬢(俺)は負傷した腕を抑えて集団の前に転がり込んだ。

 

「あん、なんだお前」

「近くで、野盗に襲われまして……。うっ、傷が」

「おいおい、怪我してんのか」

 

 インナー姿で倒れ込む俺を、興味深そうに眺める男たち。

 

 普通の冒険者であれば、心配して声をかけてくれそうな場面であるが。

 

「へぇ、良い胸してんねぇ」

「顔も良いぜ、コイツはついてる!」

 

 いたいけな少女が助けを求めているというのに、男どもは下卑た笑みを浮かべるのみであった。

 

 見た目通り、コイツらは賊で間違いなさそうだ。

 

「その、どうか傷薬を……わけて、くださいまし……」

「傷薬、ねぇ? 分けてやってもいいけど」

「まぁ、人にモノを頼むには態度ってもんがあるよなぁ?」

 

 おお、釣れた釣れた。

 

 男達は、俺に完全に目を奪われている。コソっと、道端を移動して縛られた女性のところに行ったカールに気付いていない。

 

「実家に戻れば、資金はたくさんありますわ……。お金ならいくらでも、払いますので」

「あっはっは! そいつは魅力的だねぇお嬢ちゃん」

「幾ら貰えるのかは知らねぇけど、そもそも俺達は街に入れねぇんだわ。残念だなぁ」

 

 男達は互いに目線を交わし、そしてニンマリと助平な笑みを浮かべた。

 

 考えていることが分かりやすい連中だ。

 

「金より、体で払えって言ってんだよ嬢ちゃん」

「貴族の女か、こんな上物が手に入るとはツイてるぜぇ」

「何を言って……、貴方達まさか!」

 

 カールは忍び移動をしたまま、不意打ちで後ろの見張り一人を気絶させた。グッジョブ。

 

 俺はカールが殴るタイミングに合わせ『貴方達まさか!』と叫んで、音で気付かれないよう援護しておいた。

 

 ふむ、やはり俺って役者の才能あるな。

 

「へっへっへ。まずは、その邪魔なタイツを脱いでもらおうか」

「足腰立たなくしてやるぜ」

「この下衆……、貴方達も野盗ですのね! いまに、御国が貴方達を皆殺しにしますわよ!」

「おお、そりゃあ怖い怖い」

 

 俺がノリノリでくっ殺プレイに興じている間に、カールは無事縛られていた女性を救出した。

 

 結構手際良いなぁ、カール。こういう修羅場では、普通に優秀なのよなあの男。

 

 普段は無能ラッキースケベだけど。

 

「今度は、俺が最初って約束だよな。よし嬢ちゃん、足開けや」

「……では、近くに来てくださいまし」

「お、偉く従順じゃねえか。利口な女は好きだぜ……」

 

 さて、これでもう人質の心配はない。

 

 俺は野盗の男の要求通り、男の前で股関節を思い切り開いて────

 

 

「令嬢奥義、三角締め!」

「くぺっ!?」

 

 

 股に近づいてきたアホの首を、一瞬で締め落した。

 

 ふ、人間は頸動脈を塞がれると数秒で失神する様に出来ているのだ。

 

「な、なんだ!? 股に挟まれた首がゴキって言ったぞ!?」

「大丈夫か、オイ……! ダメだ、意識がねぇ!」

 

 ……あ、首まで折っちゃった? やべぇ、死んで無いよな。

 

「このメス、何しやがった!」

「ちくしょう、なんて股関節してやがるんだ!」

「ふふふ、茶番はここまでですわ!!」

 

 ま、まぁサクラが居るし何とかしてくれるだろ。

 

 それより今は、自分の役目を完遂せねば。

 

「私はヴェルムンド家が跡取りイリーネ・フォン・ヴェルムンド」

「ぐ、よくも仲間をやりやがったなクソアマ!」

「全裸で縛り付けられてぇのか、この股関節野郎!」

「野盗に困り苦しむ民を救うため、貴方達に正義の鉄槌を下す者です」

 

 俺の太ももに挟まれて失神した馬鹿を蹴飛ばして。

 

「お覚悟を!」

 

 動揺する野盗共に向けて一喝、レヴに教わった近接戦の構えを取る。

 

「ぐ、最初から演技だったって事か!?」

「上等だ、汚ぇ真似をしやがって! 誰に歯向かったか教えてやらぁ────」

 

 悪党どもに囲まれて一人、俺は不敵な笑みを浮かべ手をクイクイした。カンフー映画のワンシーンみたいだ、テンション上がる。

 

 まぁでも、俺の見せ場はもう終わりなのだが。だって、

 

 

「ホイ、と。お疲れ様、イリーネ」

「ええ」

 

 その背後には、険しい顔のカールが剣を抜いて立っていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「首が折れた男が最重傷ねぇ。内出血が酷い、治療が遅れたら死んでたわぁ」

「う、すみません」

 

 野盗共はみな確保され、マイカによって縛られた。

 

 盗賊を生け捕りにした時は、近くの警備(ガード)の詰め所に連行するとお金がもらえる。

 

 資金源として、コイツらは警備に突き出してやろう。

 

「カールが助けた女性の方はどう?」

「まだ気絶してるみたい。全身痣だらけだったし、きっとひどい扱いを受けていたのよ」

「……男の風上にも置けねぇ」

 

 ボロボロの修道服を身に着けた女性は、憔悴した表情で眠っていた。

 

 可哀そうに、きっと女性として辱めを受けたに違いない。

 

「こいつら、最低の連中みたいね」

「イリーネにも下品な事をほざいていたしな。死にかけたとして、自業自得だ」

 

 ん、まぁそう考えておくか。

 

 ちょっと力加減間違ったのはノーカンで。

 

「……レヴにはすまんが、レッサルに戻ろう。コイツらを突き出すのと、シスターさんを保護してもらう必要がある」

「ん。賛成……」

 

 カールの提案に、レヴは頷いた。

 

 ここは、レッサルを出て半日ほどの道。次の街へ着くにはまだ数日かかるだろう。

 

 それにこの修道女さんは、レッサルの大聖堂の関係者かもしれない。一旦引き返すのが無難だろう。

 

「もう、暗くなってる。移動するなら早くしないと」

「本当、治安が悪いんですわね。まったく、レッサルの貴族は何をやっているのだか」

 

 こうして、俺達は2度と戻るまいと思っていたレッサルにとんぼ返りする羽目なったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なぁ、本当にこれでいいのか?」

 

 カールは納得のいかなさそうな顔で、俺へと話しかけてきた。

 

「普通、逆じゃないか?」

「何をおっしゃいますか」

 

 何故ならカールの背には、気を失った修道女が背負われており。

 

「ひぃぃ、揺らさないでくれぇ」

「お助けぇ……」

 

 俺の背後には、縄で引き摺られている複数の賊が悲鳴をあげていたからである。

 

 貴族令嬢(おれ)一人だけ、明らかに異常な量の荷物を運ばされている形だ。

 

「やっぱり、俺が賊を引き摺るよ。どう考えても重いだろ、そっちの方が」

「いえいえ。いざという時、カールが身軽に動けないと厳しいでしょう? 魔法で身体を強化しておりますので、これくらいお茶の子さいさいですわ」

「……イリーネの魔法、便利」

 

 捕らえた賊どもは、俺の腹に縄を括って引き摺る事にした。4~5人を肩に抱えると、俺の体格では落っことしそうになるからだ。

 

 賊は簀巻きになっているので、引き摺られても怪我は負わない筈。摩擦力も働いて、良い感じの負荷になる。

 

 ふふ、丁度良い筋トレの重りゲットだぜ。

 

「じゃ、早く戻ってしまいましょ。そんでレッサル付近でテントを張って一泊休もう」

「はぁ。レッサルさえまともなら、街で宿を借りれたのですがねぇ」

 

 まったく。あの地を治めている連中に、ノブレス・オブリージュはあるのだろうか。

 

 貴族なら貴族らしく、筋トレに励んで健全な精神を手に入れろってんだ。

 

「日が落ちたら大概の街は門を閉める。夜間に村に入れないのは仕方ないよ、イリーネ」

「……結構、街のすぐ外で野宿することは多い。宿代が無い時とか、夜間に目的地に着いた時とか」

「街付近だと襲われた時にすぐ助けを乞えるので、野営しても比較的安全なのよ。尤も、レッサルの連中が助けになるかは微妙だけどね」

 

 うん、夜間に門を閉じるのは別に良い。ウチも確かそうしてたし。

 

 問題は、宿を撤廃して旅人から搾取しまくってるとこだ。それさえなければ、今夜は屋根のある家で眠れたというのに。野営は、見張りも要るし寝心地が悪いしで、やはり不便だ。

 

 ユウリ邸のベッドが恋しい。

 

「今日はカールの旦那の番ですが、お疲れでしょう。今夜は俺が、代わりに賊が抜け出さないか見張りをしておきまさぁ。お嬢らは休んでてくだせぇ」

 

 そんな俺達の疲労を察したのか、マスターがそんな事を言い出した。

 

「……マスター、良いの? 昨日も番してくれたのに」

「ふ、大人を舐めちゃいけねぇ。1日や2日徹夜するくらい、どうってこたぁねぇさ。それに元々俺は、夜に働く人種ですぜ」

 

 む、そういうものだろうか。いや、いくら大人でも寝ないのは辛いだろ。

 

 前々からそんな気がしてたけど、マスターって割と損する性格をしている気がする。

 

「いや、マスター。今日はむしろ、賊が全員で不意打ちしてきても勝てる俺が見張っておくべきだろう」

「旦那……」

「料理に洗濯にと、マスターには世話になりっぱなしだ。こう言う時くらい、頼ってくれ」

「む……」

 

 だが、マスター1人に無理をさせるのはよろしくない。

 

 今夜は元々の当番だったカールが、寝ずの番を買ってでた。

 

「こう言うのは、基本順番通りやるべき……」

「そうね。マスターに倒れられても困るし、休めるときに休みましょ」

 

 蜂起した賊への対応を、近接戦闘出来ない女子やマスターに任せる訳にはいくまい。

 

 やはり、今夜はカールに任せるべきだろう。

 

「男の戦闘員、もう一人くらい欲しいですわね」

「道中で傭兵を雇ってみても良いかもな」

 

 ただその理屈で行けば、今後も賊を捕らえた時は毎日カールが番をする羽目になる。

 

 レヴちゃんや俺でもチンピラ程度なら何とか出来るが……。カールの他にもう一人くらい、しっかりした近接戦闘員が欲しいなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 

「ん、ん~」

「ふわぁ。おはよ、イリーネ」

 

 サクラと並んで雑魚寝していた俺は、太陽光に照らされ目を覚ます。

 

 赤い朝焼けが、温かく寝袋に包まれた俺を囲う。

 

「良く寝ましたわ。昨晩は、賊共は暴れなかったみたいですね」

「マイカの縛り、かなり正確だったし。あんな縛りされたら脱出は無理よぉ、ウチの店に居たらエースになってたわね」

「何のエースかは、聞かない事にしますわ」

 

 ふむ、そういや賊を縛ったのはマイカか。

 

 能力の高い彼女の仕事ならばこそ、大丈夫だったのだろう。

 

「他のみんなは、もう起きてるみたいかしらね」

「そうですわね。そろそろレッサルの門も開くでしょうし、身支度を整えましょうか」

 

 心地よい朝日に欠伸で答えながら、俺はすぅと一回深呼吸し周囲を見渡して────

 

 

 

 

 

 

「……」

「……ちっ」

 

 

 

 

 

 

 レヴとマイカが潰れる直前のカエルみたいな目をして、遠くを見ているのに気が付いた。

 

「……」

 

 どうしたんだろう、2人はすこぶる機嫌が悪そうだ。またカールが、何かやらかしたのだろうか。

 

「あ、あの。レヴさん、マイカさん、どうかなさいましたか……?」

「……あれ」

「ん……」

 

 朝一番でホラー染みた表情をしている二人に、恐る恐る話しかけると淡泊な返事が返ってきた。

 

 マイカの言葉と共に指さされた方向を見ると、

 

 

 

 

 

「カール様、格好が良いですー! きゃあー!」

「え、あ、そうかな? えっと、その?」

 

 

 

 半裸の修道女に抱き着かれ、デレデレとしているカールがいた。

 

 ……あっ。

 

「わ、すっごい! よく鍛えられてるんですね、腕太ーい」

「ま、まぁ毎日素振りは欠かさないかな?」

「カールさんは努力家なんですね! 尊敬しますー」

 

 修道女はニコニコしながらカールの腕に抱き着いており。

 

 抱き着かれたカールは、それはもうデレデレしていた。

 

 

 

「……」

「……」

 

 

 

 なるほど、カールはあの女の子にとって命の恩人。そりゃあ、褒められるだろう。

 

 あのシスターちゃんが夜に目を覚まし、寝ずの番をしているカールに話しかけたと言ったところか。

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 

 いかん。カールは、俺達が起きていることに気が付いていない。

 

 幼馴染と娘的存在に、だらしなく鼻の下を伸ばしているシーンを見られている自覚がない。

 

 

 

「ねぇ、カールさん♪ ちょっと、もたれてみてもいいですか?」

「あ、えっと、どうしたの?」

「少し、心細いのです。そのたくましい胸板を、少し貸してくれれば結構なので……」

 

 

 

 ああ、LOVE勢の顔が般若のようになっていく。

 

 これはいけない。

 

 


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