【朗報】修羅場系パーティーに入った俺♀だったが、勇者とフラグの立たない男友達ポジションに落ち着く   作:まさきたま(サンキューカッス)

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50話「自警団の野望」

 ────昔の話をしよう。

 

 

 

 かつてレッサルと言う都市は、目立った特徴のない普通の集落街であった。

 

 温暖な気候であり食料の自給自足は出来たが、特産品と呼べるほどのものはなかった。

 

 冒険者が旅や依頼の中継地点として行き来し、たまに泊まりに来る程度。レッサルは、そんな普通の街であった。

 

 

「俺の代で、レッサルを生まれ変わらせてやる」

 

 

 しかし、平凡な街『レッサル』の領主となった若き『ゴリッパ』は野心を抱いた。

 

 彼が領主を継いだのは、まだ20歳に満たぬ頃。若く青いゴリッパは、保守的にならず自分の治めるこの街をより豊かなものにしようとした。

 

 

「街に何か一つ特徴が欲しい。特産品を開発できないだろうか」

 

 

 レッサルの土地は肥沃とは言い難く、取れる農作物は凡庸なものだ。特別な技術がある訳でもなく、珍しい動植物が生息している訳でもない。

 

 そう簡単に、特産品を生み出せるなら苦労はなかった。

 

 

「街をもっと発展させるために、旅人が滞在しやすくすればよいのでは」

 

 

 ならば交易都市として、さまざまな商人が持ち寄られるような街にしようとゴリッパは考えた。

 

 その為には、安い宿泊施設を用意する必要があると考えた。

 

 

「聖堂を作ろう。安く寝泊まりできる施設があれば、より旅人も滞在しやすくなる筈だ。信仰で、民を統制できるのも良い」

 

 

 そう閃いたゴリッパは、レッサルに新たに聖堂を建築する事を画策した。

 

 地元の大工に工事を依頼すれば経済も回り、旅人が増えれば商売の機会も増える。それは決して悪い案ではないように思えた。

 

 

「ん、待てよ」

 

 

 そこでゴリッパは、更にもう一計を案じた。

 

 どうせ作るのなら聖堂ではなく、大聖堂にしてみてはどうかと。

 

 

「大聖堂は金がかかるが……」

 

 

 大聖堂の建築や維持にはコストがかかる。しかし、先代からの貯えでギリギリ手が出ない訳ではない。

 

 大聖堂を建築すれば、街が発展し旅人が増えても宿泊に困らない。しかも、信仰目当てに巡礼に来る聖職者の旅人も期待できるようになる。

 

 

「大聖堂を建築すれば、レッサルに宗教都市という特徴が出来る。公共事業で市民に税金を還元出来て、かつ街の発展にも繋がるではないか」

 

 

 タイミングの良いことに、ゴリッパが決断したその年、民衆は不作で苦しんでいた。

 

 そんな折に公共事業で給与が貰えるとなれば、住民からは大きな反対は出なかった。

 

「よし決めた、レッサルに大聖堂を作ろう。これを、俺の一生をかけた事業にしよう」

 

 若きゴリッパは、何もない町レッサルの領主として、そう宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 10年の月日が経って、やがて大聖堂は完成した。

 

 その間にゴリッパは、各地のマクロ教団に連絡を取って頭を下げ、司祭クラスの人物を呼び寄せる事に成功した。

 

 

「貴方のような熱心な信徒をもって、マクロ様もお喜びでしょう」

「わざわざこのような田舎に、司祭どのが来ていただけるとは望外の喜びです」

 

 

 レッサルの大聖堂はその名に恥じぬ、立派な造りだった。

 

 それを見てゴリッパの本気を感じ取った女神マクロの教団は、レッサルを信仰都市として認定した。

 

 

「今後は、定期的にレッサルへ修験者が訪れましょう」

「それは僥倖です。各地の信徒たちから話を聞けるのが楽しみでなりません」

 

 

 それは、若き日のゴリッパの狙い通りの展開だった。この日からレッサルは何の変哲もない地方街ではなく、女神教団の中核都市として様々な人に周知されるようになった。

 

 

 

 

 

 

 信徒が集い寄付が集まり、レッサルの大聖堂の運営はひとまず順調だった。

 

 当てが外れたのは、あまり冒険者の旅人は増えなかった事だろうか。

 

 安く泊まれる施設が出来たとはいえ、レッサル周囲に旅の目的となりうるものは存在しない。各地の信徒が巡礼として泊まりに来るだけで、商業の発展には繋がらなかった。

 

 更に修験者とは、自らを律するものだ。余計な贅沢をせず、清廉に生きる存在。

 

 遠くからレッサルに立ち寄ったとして、あまりお金を落としてくれなかったのである。

 

 

「街は少し赤字に傾いてはいるが、人の流通は増えた。ここから次の一手を打てばよい」

 

 

 しかしゴリッパは、メゲなかった。10年かけて各地の旅人から、レッサルでも作れそうな特産品の情報を集めていた。

 

 また、マクロ教の大聖堂が有る事を利用して定期的にミサを開催し、旅人からの寄付を募った。

 

 

「レッサルは、女神マクロ様の御導き通りに」

 

 

 この頃になると、ゴリッパ自身もかなり深いマクロ教の信徒になっていた。

 

 元々は街の発展のために利用する為に入信したようなものだったが、10年も教義を聞いていればそうなるのも仕方ない。

 

 街中にも信徒が増えて、レッサルはまさしく『マクロ教の信仰都市』と言う立ち位置になっていた。

 

 

「ゴリッパ様。今年も信徒から、たくさんの寄付が届きました」

「うむ。ありがたい事だ、マクロ様を信仰して本当に良かった」

 

 

 しかしいくら信仰に染まろうと、ゴリッパはあくまで『街の指導者』だった。

 

 宗教に入れ込むようなことはせず、大聖堂を利用して街をより良くすることだけを考え続けた。

 

 

「あと10年もあれば、もっとレッサルは発展できる。レッサルが大きくなれば、マクロ教も世に広がる。そしてみんなが、笑顔で暮らせる街になるのだ」

 

 

 ゴリッパは、既にレッサルの特産品となりうる商品に目星をつけていた。それはつまり、宗教画や女神像と言った文芸品である。

 

 彼はもう周辺都市で、腕の良い画家や彫刻家に声をかけていた。

 

 彼らを招聘して富豪の信徒に文芸品を売りつけることが出来るようになれば、大聖堂を黒字で運営できるようになる。そうなれば、レッサルの発展は成った様なもの。

 

 20歳で領主となった頃の『目標』が、もうすぐ現実のものになろうとしている。ゴリッパは、実に幸せだった。

 

 

 

 

 

 

 

 惜しむらくは。

 

 レッサル周辺で肺炎が流行し、志半ばでゴリッパが急逝してしまった事だろう。

 

 彼は偉大な指導者だった。それは、レッサルの住人の多くが認めるところだ。

 

 まだ、齢は30後半。あまりに若すぎる、惜しまれる死であった。

 

 たった一代でレッサルの規模を倍近くに拡大し、宗教都市として不動の地位を築き上げ、民衆からの不満も出さずに統治し続けたその功績はまさしく『偉人』と言えた。

 

 

 

「父上? どうして話さないのです、父上」

 

 

 

 裏を返せばレッサルの街の栄華は、この一人の偉人によって支えられていたのだ。

 

 非常に残念なことに、まだ父親から何の手ほどきも受けていない『凡人』たる息子は、

 

 

「私は今から、何をすればいいのです? 父上」

 

 

 引き継いだ仕事を何もかも放り出し、大聖堂で女神像を拝むことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その息子は、純粋で素直な性格だった。

 

 マクロ教の教義を愛し、盲信していた。

 

 だからだろうか。息子コリッパが父親の死から立ち直り、街の指導者として最初に行った政策が誰でもわかる程トンチンカンなものだったのは。

 

 

「罪を犯した者と、まず話をしなさい。会話をすれば、彼が何故罪を起こしたかを理解できます。そして彼が罪を起こす理由がなくなれば、きっと善良な一市民に戻れるでしょう」

 

 

 これは、マクロ教義の1項である。施政者に向けたページであり、犯罪を抑制する為にはどうしたらいいかを記したモノであった。

 

 だがドラ息子はこの言葉を拡大解釈し、

 

 

「つまり、罪人が相手でも話し合いをして解決すれば、武力なんていらないんだ」

 

 

 と結論したのである。そして、レッサルの持つすべての戦力の放棄を宣言したのだ。

 

 『考え直せ、そんなことをしたら大変なことになる』という周囲の反対を押し切って、彼はこの政策を強行した。

 

 こうしてコリッパは自警団を懲戒し、街の住人は犯罪者に対して『対話する事』が街に義務付けられた。

 

 

 

 まもなく、街は犯罪者であふれかえった。

 

 民度は下がり、衛生状態は悪化し、ますます肺炎が蔓延り始めた。

 

 コリッパが後を継いでから、目に見えてレッサルは衰退を始めた。

 

 

「どうして俺の代になってから、急に疫病が流行り出したんだ。街の衰退は全部、疫病が悪いに違いない」

 

 

 疫病のせいで巡礼が減り、大聖堂は一気に赤字に傾いた。

 

 そのせいで民衆は不況にあえぎ、盗難が頻発するようになった。

 

 それが、コリッパの目に見えているレッサルの現状だった。疫病対策として『治安を維持する重要性』に、彼はとうとう気付かなかった。

 

 

「疫病で、死者が多数出ています。このままではレッサルは……」

「うるさいな、今考えている」

 

 

 自警団すらいない街レッサル。ほんの1年前までは周囲でも有数の発展都市だったその影はない。

 

 にっちもさっちもいかなくなったコリッパは、とうとう施政者として下策に踏み切った。

 

 

「死者の資産を、全て没収しろ。それを国庫に当てて、赤字を補填する」

 

 

 家族が居る者であろうとお構いなし。

 

 誰か死者が出るたびに、コリッパは『3日以内に届け出なければ遺産没収』と言う告知に踏み切った。

 

 

「召し上げた資産は速攻で売り払え。それで、黒字になる」

 

 

 こうして、レッサルで疫病が治まるまでしばらくの間、コリッパは多くの民の資産を徴収した。

 

 その結果民心は離れ、レッサルの家を捨てて旅に出る者が増え始めた。

 

 しかしコリッパはそれを喜び、旅に出た者の家を徴収して売り家としたという。

 

 

 

 

「民の間で、信仰が足りないんだ」

 

 

 

 疫病が治まった後のレッサルは、そりゃあ酷いものだった。

 

 住民は半数ほどに減り、治安は劣悪でスラム並、大聖堂ですら盗みに入られる始末。

 

 これらは全て、信心の無い民が悪いんだとコリッパは考えた。

 

 

 

「民にマクロ教の素晴らしさを伝えないと。そうすればきっと、レッサルは以前のような栄華を取り戻すに違いない」

 

 

 レッサルの税収は、ほとんどなくなっていた。

 

 真面目に税金を納めていた市民の大半は街を捨て、残ったのは粗野で民度の低い犯罪者崩れが多かったからである。

 

 

「今は国庫が潤っている。金に余裕はある」

 

 

 しかし、レッサルの資産そのものはかなり余裕があった。『真面目に税金を納めていた市民』が死に、そして徴収した大量の資金があったからだ。

 

 その目もくらむような大金を見て、コリッパは気が大きくなった。それが、ごく短期的な資金であると彼は気づけなかった。

 

 

「この金で大きな父上の石像を建てれば、民衆も目を覚ますに違いない」

 

 

 あくまでレッサルは、押収により一時的に国庫が潤ったに過ぎない。

 

 民は逃げ出してしまったから定期的な収入は見込めないのに、コリッパは莫大な予算をかけて石像の建築に踏み切った。

 

 

「コリッパ様、来月のお支払いは如何しましょう?」

「あん?」

 

 

 その結果、まったく金が足らずコリッパは躍起になって金策に走る羽目になった。

 

 何とかお金を搾り取ろうと、聖堂の宿泊料を引き上げて民間の宿を禁止した。その結果、宿泊業を営んでいたものは街を離れざるを得なくなった。

 

 悪いことに、この頃になると最早コリッパを止めようとする者すらおらず、彼の周囲は市民を虐げて旨い汁を吸っている私兵のみになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「俺達には金がない。転居するだけの資金がない」

「レッサルで生きていくしか、道がない」

 

 

 

 

 しかし、民衆の中にも『まとも』な感性を持った人間は残っていた。

 

 何らかの理由で街を離れられない者、レッサルに先祖代々住んでいたので離れたくない者など、良識的な人間は現状を酷く憂いていた。

 

 

「だったら、俺達でレッサルを立て直そう」

 

 

 こうして、スラム街染みた民度だったレッサルから犯罪者を叩き出す仕事を始めたのが自警団だ。

 

 その若きリーダー『リョウガ』は、凄まじいカリスマを発揮し多くの仲間を集って、レッサルの住民を守るために自主的に警邏を始めた。

 

 

「リョウガ、助けてくれ! また悪党族が……」

「おお、待ってろ! 今部隊を招集する」

 

 

 彼らは公的組織ではなくあくまで自警団。彼らのフットワークは軽く、迅速に問題の解決に向かった。

 

 間もなくそんな彼らに感謝し、支援する者が現れ始めた。自警団は多くの人間から差し入れを貰い、民衆から根強い支持を集め始めた。

 

 スラム染みた民度だったレッサルの街は、彼らの活躍により徐々に正常な状態に戻り始める。

 

 自分たちの街を守るため。いや、取り戻すため。

 

 自警団は給料もないまま、民衆からの支援だけで半年以上もの間、身を粉にして働き続けた。

 

 

「レッサルは俺達が守る!」

 

 

 そんな彼らに、民衆は『英雄(ヒーロー)』の姿を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何であいつら、邪魔をするの」

 

 その、彼らの懸命な活動による成果は。

 

「俺、犯罪者相手にも対話しろって言ったよね。討伐なんてしたら、マクロ様の教えに反する事になる。それではますます、信心が下がっちゃうじゃん」

 

 既にコリッパなんかよりはるかに大きな影響力を持ち始めた自警団。

 

 そんな彼らは、残念ながらコリッパの目に『不快な敵』と映ったようだった。

 

「この宗教都市レッサルで、マクロ様の教えに反する事なんて許されない。自警団を何とかしないと、このレッサルが滅びてしまう」

 

 こうしてコリッパは、自警団を滅ぼす決意を固めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────と、言うのがこの街の現状でさぁ。そこから先は、俺達も目で見た通り」

「コリッパが自警団を潰そうと奇襲した結果、民衆が蜂起してコリッパ達が滅ぼされちゃったって訳だな」

「呆れてものも言えませんわ」

 

 自警団の『お頭』リョウガに謁見した後。俺とカールは再び、宴会の席に戻った。

 

 そこでレッサル自警団のメンバーから、今までの街の話を事細かに聞くことが出来た。

 

「アイツさえいなければ、レッサルがこんなになる事はなかった。コリッパには、相応の報いを受けて貰わねば気が済まん」

「もうこの街に大聖堂は必要ない。俺達の街レッサルは、以前のような平凡で普通の街に戻るんだ」

 

 『偉人』だったゴリッパを失ったこの街に、大聖堂は無用の長物でしかない。

 

 コリッパの悪行の象徴だった大聖堂は焼き討ちされ、コリッパと共に甘い汁を吸い続けたマクロ教団はレッサルを追い出された。

 

「大変でしたのね」

「ああ、だがこれからは……リョウガがこの街を仕切ってくれる。貴族様に頼らない、自治都市レッサルとしてな」

「それは……きっと、いばらの道ですわ」

 

 コリッパが失脚して、この街の統治者は居なくなった。そしてしばらくは、あのエロチビ(おかしら)とやらが街の指揮を執るのだろう。

 

 しかし、この地を納めている大貴族がそんな事を許すはずがない。

 

「まもなく、この地の伯爵・侯爵クラスの貴族がこの地を訪れるでしょう。そして、場合によっては戦闘になります」

「構うもんか、リョウガの指揮があれば負けっこない」

「俺達は、貴族の統治なんか願い下げだ」

「……魔法使いを侮ってはいけません。特に、上級貴族の用いる魔法は超強力なものが多いです。どうか熱くならず、賢明な判断をお勧めしますわ」

 

 俺は自警団の連中に、それとなく貴族への恭順を勧めておいた。

 

 血気盛んで、この街を守り続けた実績と実力のある自警団。彼らを失うのは勿体ないと思ったからだ。

 

「ほーう? 貴族様の魔法とやらがそんなに凄いなら、コリッパは何故負けたんだ?」

「遠目から見ても、彼の魔法はへっぽこぴーですわ。あんなもの、魔法と呼べません」

「じゃあ、アンタはスゲェ魔法が使えるのか」

「……貴方達の施政者よりは、マシな魔法が使えますわ。私より魔法達者な人だって居ますし」

 

 チラリ、とアルデバランが放った焔神覇王(アルドブレイク)という魔法が頭をよぎる。

 

 あれは、完全に俺の『精霊砲』を上回る火力を持っていた。そして、魔法の習熟度が既にカンストしている俺では、一生かけても彼女に勝てるようになる見込みはない。

 

 アルデバランが存在する限り、俺が世界一の魔法使いになれる日は来ないだろう。

 

「見たい見たい、見せてくれよ嬢ちゃん。そんなに言うなら、俺達のド肝を抜けるような魔法を撃ってくれるんだよな!」

「なぁ、試しに俺に向けて撃ってくれよ。で、俺が耐えられるかどうか賭けをしないか?」

「だははは! お前、俺達の中で一番硬いじゃないか。そりゃあちょっと可哀想だぜ」

 

 しかし自警団の面々は、どれだけ諭してもニヤニヤと笑って貴族を舐めたままだ。

 

 畜生、俺の話を本気で聞いていないな。

 

「……実際に魔法を、撃ってみた方が良いでしょうかカール? このまま貴族と争っては、被害が大きくなるだけでしょう」

「そうだな。みんなも、マジの魔法使いがどんな火力してるか知った方がいいだろう」

「お、良いね! じゃあ撃ってみてくれよ!」

 

 本音を言えば、魔法を誇示するような真似はしたくない。これは、俺がたまたま持っていた才能であって努力して身につけたモノではないからだ。

 

 だがソレでこの勇士たちに警告が促せるなら、俺は敢えてこの力を振るおう。

 

「じゃ、場所を変えるか」

「室内では危ないって事ね。これは期待できるな、オイ」

「もし俺が耐えられたらさ、胸揉んで良いかお嬢ちゃん」

「……どうぞ、ご自由に」

 

 青銅の鎧に身を包んで調子に乗っている戦士を連れて、俺は屋敷の外に出た。

 

 そしてガヤガヤ談笑しながら付いてくる兵士達の先頭で、小さなため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっぱい貴族ちゃんのスカートが爆風で靡くと聞いて!!」

「出たな変態!!」

 

 とりあえず街の外まで歩いて行くと、それを見咎めた『自警団の主』リョウガが嬉しそうな顔で付いて来た。

 

 曰く、『平均的な魔法使いの火力を知っておきたい』だそうだ。

 

「で、アイツはなんでイリーネちゃんの前に立ってるの? 巻き込まれるぞ?」

「お頭、聞いてくれ! 俺がその貴族ちゃんの魔法に耐えたら、胸触っていいらしいんだ!」

「う、うあー。お前、そんな賭けしたのかよ」

 

 ニヤニヤ顔で、俺の数メートル前に仁王立ちする鎧男。

 

 そんな彼を、リョウガは少し苦々しげに見ていた。

 

「どうしたんすか、羨ましいんでしょお頭」

「いや、その、まぁ。ちゃんと治療術師、待機してるか? 死んでも知らんぞ?」

「……え、お頭? なんすかソレ」

 

 意外な事に。

 

 自警団の長たるエロチビは、魔法を『明確な脅威』として捉えているらしかった。

 

「大丈夫だよな、手加減してくれるんだよな? アイツは調子乗りだけど、悪い奴じゃないんだ」

「無論ですわよ」

 

 割と真面目な顔で、リョウガは俺に頭を下げた。

 

 言われるまでもなく、俺はあの男に魔法を当てるつもりはない。当たったら消し炭だもん、サクラでも治せんわ。

 

「え、ちょっと不安になってきた。お頭、そんなにやべぇの?」

「良かったな。イリーネたん、死なん程度に手加減してくれるらしいぞ」

「え、死? だってコリッパは、全然……」

 

 狙うは遠く、地平の彼方。

 

 周囲に人影が無いのを確認し、俺は静かに詠唱を始めた。

 

 

 

「────炎の精霊、風神炎破」

 

 

 

 それは実に久しぶりの『精霊砲』の詠唱だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男が、へたりと腰を落とす。

 

 青銅鎧の戦士は静かに背後へと振り返り、ジョォっと金属の中に放水音を響き渡らせた。

 

 

「……これマジ?」

「ふぅ。お粗末様ですわ」

 

 

 その男の背後には、数百メートルに及ぶ巨大なクレーターが形成されている。

 

 これが人類最強の火力を持つ魔法として、長きにわたりヴェルムンド家に伝承されてきた秘奥。

 

 一息に数百人を焼き殺す、魔法世界における戦場の生きた大量殺戮兵器。

 

 それこそが、俺達「攻撃魔導師」なのだ。

 

 

「えぇ……、聞いていたより数十倍くらいやべぇんだが。こりゃ、うかうか貴族様を敵に回せねぇなぁ」

「でしょう? 無駄な殺生は避けるべきです、この地を統括する貴族には逆らわぬが賢明ですわ。彼がよほどの無茶を言う場合は、私も力になりますので」

 

 

 自信満々に『俺の魔法を耐えてやる』と息巻いていた男は、腰が砕けて立ち上がれない。

 

 そんな彼を嬉々として応援していた戦士たちも、皆顔を真っ青にして口をつぐんでいた。

 

 

「……マジかよ。これが、本物の魔法使い……」

「平民は、一生貴族に勝てねぇのか。ちくしょう」

 

 

 そのあまりの火力を前にして、戦士たちはひどくショックを受けたようだ。

 

 どちらかと言えば、貴族との戦力差に絶望したようにも見えるが。

 

 

「馬鹿か、お前ら。貴族とか関係なく、そもそもレッサルみたいな小都市が国に勝てっこねぇんだよ。そもそも、逆らうなんて選択肢はねぇんだっつの」

「……それじゃ、おかしら。せっかくコリッパをやっつけたってのに、俺達はまた貴族の奴隷になるんですかい?」

「それじゃあ、つまんねえ」

 

 

 リョウガだけは、国に逆らうつもりはなさそうだ。いや、逆らえないのに気付いているというべきか。

 

 彼がこの組織のリーダーになった理由が、何となくわかった気がした。

 

 

「ま、安心しろよ皆。俺はもうこの地の統括貴族、ブリュー辺境伯に宛てた書物を用意してる」

「……書類?」

「コリッパの所業を纏めたものだよ。辺境伯としても今のレッサルの状況が好ましいとは思えない、馬鹿の経営で無駄に領地を荒らされるのは迷惑なはずだ」

 

 そう言うとリョウガは、何やら豪勢な封筒を自慢げに取り出した。

 

「『俺達はあくまで自衛のために立ち上がっただけで、ブリュー辺境伯に逆らうつもりはありません』『我々は辺境伯に心服しています、新たなご下知をお待ちしています』といった内容だな。後は、向こうの音沙汰を待てばいい」

「……むむ」

「上手くやれば、このレッサルが辺境伯直営の領地になるやもしれん。そうなれば、復興費は湯水の様に沸いてくるだろう。そうでなくとも、反逆の意を示していない限り討伐部隊は組まれないはずだ」

 

 ……俺が、説得するまでもなかった。

 

 リョウガは、既に辺境伯と和解するべく行動を開始していたらしい。

 

「後は、辺境伯の心象次第だな。少しでも心証をよくするために、俺達は有能であることを示さねぇといけない」

「心証を良くしてどうするんです」

「レッサルは、代々コリッパの一族が統治してきた。それを、いきなり他所の貴族が派遣されてきても上手く収められるとは限らねぇ。だから貴族の補佐として、その地区のまとめ役がつくことが多い」

 

 そこまで言うと、リョウガはニヤリと獰猛な笑みを浮かべて笑った。

 

「俺が、その貴族の補佐になってやる。それが、レッサルの復興にとって一番近道だ」

「お、おお」

「復興費は貴族様から恵んでもらい、その実権は俺達が握ってより過ごしやすいレッサルを取り戻す。その為には、お前らの働きが必要だ」

「おお、おお!」

「てめぇら。まだ、俺について来てくれるな?」

「おおおおおおおっ!!」

 

 リョウガの演説を聞いて、自警団たちは元気を取り戻した。

 

 レッサルの街をスラム街から立て直しただけはある、流石のカリスマだ。

 

「その方針であれば、私も賛成いたします。微力ながら、お力添えも致しますわ」

「そうか! あんな凄い魔法が使えるイリーネたんが味方なら百人力だぜ!」

「ひゃっほう!! 凄いぜお頭、これでレッサルを取り戻せる!」

 

 士気高く雄たけびを上げる戦士たちを前に、ドヤ顔でポーズを決める『お頭』。

 

 傍目に見ると馬鹿の集まりだが、彼らには実力も実績も備わっている。

 

 着任した貴族の補佐役は、街の長的な人物が選ばれることの多い役職だ。それに民衆にとってのヒーローであるリョウガを取り込めば、新しく赴任してきた貴族からしても統治がしやすくなるメリットがある。

 

 彼が今絵に書いた『餅』は、実現の可能性が極めて高い現実的なものだ。

 

「とはいえ、その為には領主様の機嫌を稼いでおかねばならない。つまりだ、皆」

「ヘイ、お頭」

「俺達はブリュー様が到着するより先に、指名手配犯を討ってその首をブリュー様に捧げようと思う。恭順の意を示す手土産として、まずは戦果を挙げるんだ」

 

 そしてリョウガは、天高く指さしてカッコつけながら宣言した。

 

 

 

「俺達は、指名手配犯『静剣レイ』の首を獲る!!」

 

 

 

 その高らかな宣言を感心しながら聞いていた俺とは対照的に、カールの顔が少し曇っていた。

 

 


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