【朗報】修羅場系パーティーに入った俺♀だったが、勇者とフラグの立たない男友達ポジションに落ち着く   作:まさきたま(サンキューカッス)

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少し百合っぽいシーンがあります。苦手な方はご注意ください。


52話「修道女は見た!!」

 静剣レイは、自警団の長『リョウガ』の妹の仇だった。

 

 どうやらレヴちゃんの兄は、外道に落ちていたらしい。女子供まで手にかけるとは、戦士としての誇りはなくなっている様だ。

 

「イリーネを切り飛ばした訳だし、ヤツが女相手でも容赦しないのは分かってたけど」

「あれを、説得するのは困難ですわね」

 

 リョウガの目は本気だった。生半可な気持ちでレイを殺すと宣言したわけではないらしい。

 

 本気で、妹の仇(レイ)を恨み憎んでいた。

 

「……俺達だけで、レイを取り押さえる必要があるな」

「しかし、私達がレヴのお兄様を庇ったら、自警団と敵対することになりますわ。リョウガさんには、いつか納得いただかないと」

「そのまま連れて逃げるって選択もアリだぞ。俺達は根なし草の旅人、レッサルに固執する必要はない」

 

 ふむ、レイを引き入れたらすぐレッサルから逃げ出すのか。それも、選択肢にはなるだろう。

 

 リョウガにはまた折を見て、レヴの事情も話した上で交渉してみるのも手かもしれない。

 

 さてさて、どうするのが正解か。

 

「ま、みんなと相談してゆっくり考えようか。今日はもう遅い、寝るとしよう」

「そうですわね」

 

 今は、まだレイと話すら出来ていない状態。これからの方針など、いくらでも変化する。

 

 この時点であれこれ話しても仕方がない。レイが降伏してから、話を進めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『にしても、男女で部屋分けてくれ、かぁ、そりゃ考えてなかったぜ、すまねぇな』

『貴族令嬢には、色々とあるのですわ』

 

 とりあえず、昨晩はリョウガとそう言う話をするに留まった。

 

 何か『話がある』と言った手前、何も交渉しなければ隠し事があると思われるからだ。

 

『俺は、スケベな事故をよく起こしてしまうのでな。部屋を分けないと、大変なことになると思う』

『自覚はあったのですわね』

 

 カールと同室で寝たりなんかしたら、翌朝は女子全員が「偶然」カールの布団に潜り込んでそう。

 

『羨ましい体質してんなお前。……ちょっと俺にもコツ教えてくれない?』

『カールみたいなのは、1人居れば十分ですわ』

 

 ラッキースケベ体質にコツも何もないと思う。コイツがそういう星の下に生まれただけだ。

 

『俺はむしろ、迷惑きわまりない体質なのだが。意図せぬところで、女性陣からの評価が下がってしまう』

『あん? 嫌なら対策しろよ』

『簡単に出来たら苦労しねーよ』

『いや、簡単に対策できるぞ。ゴニョゴニョ……』

 

 と、こんなバカみたいな話をした後。

 

 俺達はもう一室用意して貰って、男女に別れて就寝する事になったのだった。

 

『本当に、そんなんで対策出来るのか?』

『まぁやってみろ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 

「起きろ! 起床時刻だぞ!」

「ふわっ!?」

 

 カーン、と大きな鐘の音が鳴り。

 

 大部屋に小さな寝袋を敷き詰めて眠っていた俺達は、まさしく叩き起こされた。

 

「ふわぁ、あ。びっくりしましたわ」

「おはよ、イリーネ。今のは何かしら?」

「もー。寝不足なのに、何よぉ」

 

 窓を見ればまだ暗く、かすかに朝焼けが道を照らす程度だった。

 

 どうやら、自警団にとっての朝はこの時刻らしい。

 

「おう客人、良い朝だな。お前らはもうちょっとゆっくり寝てて良いぞ、朝食の時間になったら呼びに来てやるから」

「あら、リョウガさん」

 

 部屋の外から、昨日のエロチビの声が聞こえてきた。

 

 どうやら、今のは俺達に向けた起床の合図では無いらしい。

 

「ふわぁ。なら、もう一寝入りしようかしらぁ」

「リョウガさん達は、今から何をなさいますの?」

「朝の訓練だ。客人は興味も無いだろう」

「……訓練、ですか」

 

 ふむふむ、ほうほう。

 

「私も参加いたしますわ!」

「……えっ?」

 

 やっぱり、朝練してるんだ。あの練度だもの、当然だよな。

 

 是非とも学びたい。戦闘のプロフェッショナルから、きっちりとした格闘術を。

 

 今レヴちゃんはそれどころじゃないので、代わりに誰かから徒手空拳を教えてもらいたかったんだ。

 

「整いました!」

「うわ、着替えはやっ! 参加するって……、何に?」

「訓練ですわ! 是非とも、是非ともお願い申し上げます」

「え、ああ、まぁ良いけど。女の子がいた方がテンション上がるし」

 

 俺は即座に、いつものビキニアーマー+令嬢服を装備して部屋から飛び出した。

 

「でも防具とか付けてないと危ないぜ? 実はあまり予備の防具が……。あ、よく見たら着てんのか」

「ええ、ビキニアーマーですの」

 

 俺はビキニアーマーを服の下に装備しているので、遠目だと武装しているように見えにくい。

 

 防具を隠している形になるので、この方が有利だとレヴちゃんに教わった。

 

「ま、まぁそれなら良いか。みんなもうそろそろ外に集合してると思うから、イリーネたんも待っててくれ」

「了解ですわ」

 

 よし、許可を貰えたぞ。

 

 貴族が平民の兵士に混じって訓練するのは少し風聞が悪いが、そんな事より『きちんとした戦闘技術』を学ぶ方が今の俺には重要だ。

 

 名誉に拘って死んでしまいました、なんて本末転倒である。

 

「よろしくお願いしますわ、リョウガ様!」

「あんまり無茶はしないでくれよ」

 

 いくら戦闘慣れしている猛者相手とはいえ、レヴの兄に何もできずに瞬殺されたのには堪えた。

 

 せめて打ち合えるくらいにはなりたいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────う、うおおおお!!」

「守りが浅いですわ!!」

 

 強打、一撃。

 

「いけえええええ!!!」

「ぬおおおおおっ!!!」

 

 男は、俺の拳を防ごうと唸り声をあげる。

 

 しかし現実は非情だ。盾を構えた兵士に向けて振りぬいた俺の拳は、相手の防御を弾き飛ばして鳩尾を穿った。

 

「がはぁ!」

「小隊長!!」

「力こそ正義! 良い時代になったものですわ」

 

 朝の訓練は、いきなり戦闘訓練から始まった。

 

 日によって訓練メニューは変わるらしいが、今日は『奇襲で寝起きを襲われた』想定での訓練らしい。ろくに準備運動もしないまま、自警団は2組に分かれて模擬戦闘を開始した。

 

 飛び入り参加の俺も、その一組に組み込まれる事になった。

 

「馬鹿な……ありえん。こんな小娘のどこにそんな力が……」

「次は貴方ですわ、おーほっほっほ!!」

 

 正直、最初は基本通り、拳法の型とかを教えて貰えた方が嬉しいと考えていたのだけれど。

 

 こういう『ほぼ実戦』みたいな戦闘訓練の方を先にやった方が、実は良い気がするな。『戦場で何をしなければならないのか、何を取得すべきなのか』が理解しやすい。

 

 まずは自分の長所と短所を知って、戦場でどう生かすかを考えねばならない。

 

「馬鹿かオラ、相手は魔法使いだぞ? 身体強化魔法くらい知っとけボンクラども!」

「お、お頭!! 俺達一体どうしたら!!」

「イリーネたん、パワーだけは規格外だが動きは素人だ! 搦め手を使え、巨大な魔獣と戦っているつもりで対処しろ!」

 

 訓練の最中、俺があまりに暴れすぎたせいか「今から全員でイリーネを討伐する」とリョウガは方針を変えた。

 

 対『近接型』魔導士との良い訓練になると思ったらしい。

 

 今現在、俺は一人で自警団全員と真っ向勝負している。

 

「縄をかけてイリーネを捕縛しろ!! 全身がんじがらめにするんだ!」

「駄目です!! 縄が引きちぎられました!」

「何たるパワーだ!! 本物の貴族って奴はこんなに強いのか!」

 

 あの手この手を使って、俺を捕らえようとする自警団。その連携の良さと練度の高さには目を見張るものがあった。

 

 しかし、哀しいかな。俺の自慢の筋肉には及ばない。

 

 あの重力ブレスレットは、非常に効果的だった。こうして今、ブレスレットを外しただけで凄まじいパワーを発揮できている。

 

 この上で身体強化までかけたら、どうなるか想像もつかない。

 

「弓隊構えろ、矢の嵐を降らせい!! ちゃんと矢じりを粘土にした奴と確認してな」

「ガッテン! あの貴族女を射殺せぇ!!」

「ふふ、甘いですわ!」

 

 前衛部隊が急に後退し、間髪入れずに俺目がけて無数の矢が降り注ぐ。少しずつタイミングをずらしながら、途切れぬ様に工夫されて。

 

 しかし、その行動は読んでいた。静剣レイ相手に有効であった『遠距離攻撃で相手の強みに付き合わない』戦略。近接戦でかなわじとならば、その手で来るしか無いだろう。

 

 だが、

 

 

土の壁(アースリグ)

 

 

 魔法使いなら、矢なんて簡単に防げてしまう。

 

 そして、その後退こそ俺の待っていたもの。彼らは魔法使い相手に、距離を取ってどうしようというのだ。

 

「あっはっは、近接戦を嫌ったようですが……。魔法使いの本領は、遠距離戦にありましてよ!!」

「ま、まずい!!」

「土弾連打、本物の遠距離攻撃を見せて差し上げますわ────」

 

 土の壁で周囲に余裕が出来たので、俺は悠々と詠唱を始める。

 

 サクラにしっかり教わりなおした、土魔法の中級呪文。広範囲をガトリングガンの様に打ち抜くこの魔法は、殺さずに集団をせん滅するのに非常に長けた呪文で……

 

 

 

 

「っと! チェックメイトだ、イリーネたん」

「あっ」

 

 

 

 

 俺が『土の壁』を発動した瞬間に全力疾走で距離を詰めていたらしいリョウガが、壁を乗り越えて詠唱中の俺を取り押さえた。

 

 しまった、余裕ぶっこき過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思いがけず良い訓練になったよ、イリーネたん。ありがとうな」

「むむむむ……」

 

 こうして朝の訓練が終了し、俺は朝食を取りながらリョウガ達と戦闘の振り返りを行った。

 

「今回はたまたまイリーネたんが遠距離攻撃も使えたからこそ、その隙に付け込ませて貰った。もしイリーネたんが近接特化だったらこんな嵌め手は通じ無かったろうな」

「敢えて私に防御呪文を使わせて、視界を封じられた状況で遠距離呪文を誘ったのですね。……勉強になりましたわ」

「相手が自分にとって都合の良い行動を取った時には、その裏の意図を読んだ方がいいイリーネたん。魔法使い相手に距離を取る意味は、何を誘っているのかってな」

 

 俺は見事に、リョウガに足元をすくわれた形だ。

 

 初見殺しのような戦略だが、戦場ではそれで十分なのだろう。初見殺しだろうと何だろうと、一度殺した敵は二度と生き返る事はないのだから。

 

「俺達もいい経験になった。こんなパワーごり押し型の敵なんざ滅多に戦えない」

「動きは素人だったけどな。なぁイリーネたんって、もしかして」

「ええ、お考えの通りです。実は最近旅に出たばかりで、実戦経験が殆どありませんの。出来ればきちんとした戦闘技法……特に、格闘術を身に着けたいのですわ」

「確かにな。ちょっとヒヤヒヤする動きが多かった、受け身やガードくらいはしっかり覚えとかないと」

 

 リョウガはそう言うと、うんうんと納得した。

 

「イリーネたん、今後も良ければ俺達と訓練しねぇか? 格闘術も俺達で良ければ、指導する」

「感謝いたします。私としても、貴方達のような精鋭に手ほどき頂けるのは望外の喜びです」

「その代わり、俺達に対魔法使い戦の練習もさせてくれ。いつ、賊に魔法使いが混じらないとも限らねぇし」

「勿論ですわ」

 

 こうして、俺の訓練参加は認められた。

 

 自警団からしても俺との訓練はメリットになりうるらしく、Win-Winな結果だ。

 

「イリーネたんは、午後も訓練に付き合ってくれるか?」

「ええ、宜しくお願い申し上げます」

「なら、先に水浴びに行っててくれ。俺達は、飯の後片付けに掃除洗濯と雑用があるから」

「雑用ですか。でしたら是非、私もお手伝いを────」

「その気持ちはありがてぇんだがな、俺達の一緒のスケジュールで行動すると一緒に水浴びして貰う事になるぞ。朝と夜、訓練の後は水浴びで汗を流すのが規則になってる。清潔を保てば疫病が減るって話だからな」

 

 ……成程。以前疫病で街が被害を受けたからか、この街の人間は清潔にはうるさいらしい。

 

 貴族令嬢として、無駄に男に肌を晒すのは好ましくない。

 

「……ならば、お言葉に甘えるとしましょう。確かに、殿方に肌を晒すのには抵抗がありますわ」

「もともとお前らは客人なんだ、気にしないでくれ」

 

 ただ雑務をやって貰うのは抵抗があるな、今度何かお返しできないか考えておこう。

 

 俺はそんなことを考えながら、リョウガに一礼して風呂場に向かう事にした。

 

「水は申し訳ないが、自分で井戸からくみ上げて欲しい。あと薪を使って良いのは夜だけだ、朝は水で流すだけで我慢してくれ」

「ふふふ。私は水魔法も火魔法も扱えましてよ?」

「……おお、やるな。自分で湯を出す分には構わん、好きにしてくれ」

 

 本格的な戦闘訓練に参加するのは初めてだ。

 

 今までは、空いてる時にレヴちゃんやカールから軽い手ほどきを受けた程度。1日間かけてみっちり修行したことはない。

 

 俺はこれからの生活に胸を躍らせながら、風呂場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風呂場は、簡素な石造りの小屋だった。床は地面をセメントで舗装したモノで、屋外に水が流れるような原始的な排水機構だった。

 

 桶も汚く設備はボロっちぃものだったが、広さだけは貴族の風呂にも劣らぬ大きさだった。きっと、本来は10人単位で利用するものなのだろう。

 

「ふぅ、覗こうと思えば覗けるのが気になりますが……」

 

 排水口からは、外の様子が伺える。逆に外からも、浴室の様子が見れるはずだ。

 

 その気になれば、女性の風呂を覗くことも出来るだろう。

 

「まぁ、今までは男所帯だから気にすることもなかったのでしょうね」

 

 覗かれた時はその時だ。

 

 カールは自分からそういうスケベはやらないし、マスターもそんな事はしないだろう。

 

 そして今の時間、兵士さんは雑務をしている筈。俺を覗く人間などいない。

 

 だから、大丈夫────

 

 

 

 

 

 ガラガラ。

 

 

 

 

「えっ」

「っ!?」

 

 

 俺の身は安全なはずだ。

 

 そう信じて湯浴みを楽しんでいたら、突如として浴場の扉が開け放たれた。

 

 誰かが入って来たらしい。

 

「何者ですか!」

「あ、違……」

 

 ……しまった。カールは自分から覗きはしないが、こういう風にウッカリで入浴中に突入してくる奴だった。

 

 俺としたことが油断したか。よし、水を引っかけてやろう────

 

 

 

 

 

「私、私よイリーネ」

「あれ、サクラさん?」

 

 

 

 

 ……おろ?

 

「すみません、てっきりカールかと思いましたの」

「風呂場があると聞いて、水浴びに来たのよ。カールには声をかけてるから、乱入してくることは無いはずよぉ」

「それは良かったですわ」

「まさかイリーネが入浴中とはねぇ。汗でも流していたのかしら?」

 

 湯煙の中、顔を覗かせたのは気心の知れた貴族令嬢(サクラ)だった。

 

 顔を見合わせ、思わず吹き出してしまう。俺は少し、警戒しすぎだったようだ。

 

 聞くと、彼女は寝起きでボサボサになった茶髪を整えるついでに、水浴びで目を覚ます目論見だったらしい。

 

「せっかくですので、お湯を張った浴槽を楽しんでは如何です」

「ありがと、イリーネ。いつでもお湯を出せるのは羨ましいわぁ。次からも、湯浴みは貴女を誘って良いかしら」

「ええ、何時でもお付き合いします」

 

 カールと言えど、いつもいつも風呂を覗くわけではないらしい。

 

 艶のある肌、引き締まった尻。サクラは胸以外、完璧なプロポーションをしていた。

 

 綺麗なもんだ。サクラが湯浴みに入ってくるなら、むしろ俺のラッキースケベと言えた。

 

「自警団の訓練って、危なくないのよね? 怪我とかしないでよぉ?」

「みな、安全に気を使っておりましたわ。それに私自身気を付けております、もうサクラさんには怒られたくありませんもの」

「お願いよ?」

 

 せっかくの機会なので、俺はサクラと洗いっこしながら親睦を深めた。

 

 裸の付き合いというのは、人間関係の潤滑油なのだ。

 

「もう、何処を触ってますの」

「治療の確認よ。傷跡が残ったりしてないかしらぁ?」

「なら頸を確認してくださいまし。そこは胸ですわ」

 

 何だかんだ、彼女とは馬が合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日。

 

 俺は自警団と1日訓練を行った。

 

『お疲れ様、貴族の嬢ちゃんにしてはガッツあるじゃねぇか!』

『イリーネたんはやる女だと、俺も思ってたよ!』

『一緒に風呂に入ろうぜ!』

 

 最初こそ貴族である俺を嫌悪してた彼らだったが、共に汗を流し飯を食うことで距離が近くなれた。

 

 1日の訓練を通して、彼らと打ち解けることが出来た様に思える。

 

『また明日、よろしくな』

『ええ、リョウガ様』

 

 リョウガと挨拶を交わし、俺は自警団と別れた。

 

 心地好い疲労感に包まれながら、飲む水の味は格別だ。

 

 今日は実に、良い日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様、イリーネ」

「ありがとうございます、マイカさん」

 

 部屋に戻ると、マイカとカールが駄弁っていた。

 

 レヴは静かに、部屋の隅で考え事をしている様子だ。

 

「話し合いに参加せず、訓練に飛び出して申し訳ありませんでしたわ」

「良いの良いの。貴女の事だから自警団の人と仲良くやったんでしょ、イリーネ?」

「ええ、少し彼らの事が分かった気がしましたわ」

「私はイカサマでトチっちゃったし、サクラは悪党よりの貴族で相性悪そうだし。貴女に顔繋いで貰ってた方が、助かるのよ」

 

 俺が朝一番に訓練に参加すると宣言した時、マイカは2つ返事で『頑張ってね』と言ってくれた。

 

 自警団との繋がりを重視して、俺を派遣した様だ。

 

「方針はどうなりましたの?」

「とりあえず、リョウガにレヴの事情は伏せる事にしたわ。彼には悪いけど、説得するより無言で連れ出す方が楽よ」

「……左様ですか」

「そして、レヴの兄……、レイが説得に応じなかった場合。その時は自警団に協力して、彼を討つ。それはレヴも、納得してくれたわ」

「大丈夫。きっと、投降してくれる……」

 

 ふむ。なるべく、そうなって欲しくは無いが。

 

 レヴの目の前で、彼女の肉親を手にかけるような真似はしたくない。

 

「周囲の地形は把握したぜ。俺とマイカは今日、レヴの案内で周辺を探索してたのさ」

「サクラは、マスターと一緒に医療資源を集めにいったみたい。さっきアジト内で見かけたから、もう帰ってると思うわ」

 

 俺が訓練に参加している間、皆それぞれ動いてくれていたようだ。

 

 俺一人だけ、勝手に訓練に参加して申し訳ない気がしてきた。

 

「気にしないで、顔繋ぎ役は必要よ。それに元々、イリーネはこのパーティーの外交担当だし」

「……え、そうでしたの?」

「レーウィンで各貴族への交渉、ガリウス様との会談、前からその辺はイリーネに任せてたでしょ? 貴族の真骨頂といえば腹芸じゃない、外交はイリーネが適任なのよ」

 

 そういや、その辺は普通に任されてたな。

 

「では、今後も彼らとの顔繋ぎは任されましたわ。明日以降も、訓練に参加するように要請されておりますので」

「おっけー」

 

 ふむ、そう言う話なら遠慮は不要か。

 

 俺は俺の役目のため、訓練を続けさせてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の、夕暮れ。

 

「……ふむ。確かにリョウガの言う通り、今日は変な事故が起きないな」

 

 選ばれし勇者は、何とも言えぬ顔でそう呟いていた。

 

「もしかしてアレ、本当に効果があるのか? おまじないみたいなモノだと思っていたが……」

 

 何と勇者はこの日、何もラッキースケベを起こさなかったのだ。

 

 それもこれも、昨晩にリョウガから聞いた『ラッキースケベ対策』を実行に移してからである。

 

 まだ短い期間ではあるものの、本日のカールはパーティーの女性陣に何も迷惑をかけなかった。

 

「何だか少しモヤモヤとするが、この対策は続けていこう。女性陣に愛想を尽かされる前に、この体質を克服しないとな」

 

 リョウガから聞いた対策は、現時点では有効であるように思えた。

 

 その方法は少し納得がいかないものだったが、効果があるなら仕方ない。

 

 

 

 

 ────風呂場の前に、カールは立つ。

 

 

 

「さて、風呂を浴びるか」

 

 カールはゴクリと唾を飲む。

 

 今までのカールであれば、何も考えず扉を開けたかもしれない。

 

 或いは女性が着替えている可能性を考えてノックし、その勢いで扉を倒したりしたかもしれない。

 

 だが、今のカールは違った。

 

 

 

 

「女の子が入っている可能性を信じろ……」

 

 

 

 そう。

 

 カールは今までと違い『ラッキースケベを期待して』扉を開け放ったのだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カールが何をトチ狂ってこんな事をしたのか?

 

 それは、昨晩のリョウガとの会話に有った。

 

『スケベな幸運ってのは、望む者には与えられないんだよ。女神様は、そういう風に世界を作ってるに違いない』

『望む者……?』

『お前は、要するに今までスケベな幸運なんて望んでなかったんだろ? だからそう言うことが起こるのさ』

 

 リョウガは、カールの耳元でそう呟いた。

 

『裏を返せば、お前がそう言うスケベを望めば良い。そうすれば、女神はお前に幸運を与えなくなる』

『スケベを、望むだと?』

『風呂に入る前に期待するんだ、うっかり中に女の子が入ってるんじゃないかって。部屋に入る前に妄想するんだ、着替えている美女がいるんじゃないかって』

『そ、そんなの変態じゃねーか!』

『だが、常日頃そう言うことを考えている俺は……。一度も、そう言った幸運に出くわしたことはない』

 

 それは奇想天外な方法だった。

 

 カール自身がラッキースケベを望めば、逆にラッキースケベが起きなくなると言うのだ。

 

 その冗談みたいな対策を────

 

 

『やるだけやってみろよ。効果がなければやめれば良い、頭で考えるだけなら簡単だろ?』

『確かに、考えるだけなら』

 

 

 カールはこの日、試してみた。

 

 その結果、一度も期待したようなラッキースケベは起こらなかったのだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなスケベ心満載のカールによって、浴室の扉が開け放たれた。

 

 そして全裸のカールが、堂々と風呂場に侵入(はい)る。

 

「……?」

「む、誰か居たのか」

 

 しかしすぐ、カールは湯煙の中の人影に気が付いた。どうやら、彼は誰かの風呂中に乱入してしまったらしい。

 

「……ふむ、すまない。間違えた」

 

 しまった。とうとう、ラッキースケベを起こしてしまった。

 

 当然の話だ。ラッキースケベが起きるように期待して行動したら、そりゃ発生率は上がるだろう。何でそんな当たり前の事が分からなかったんだ。

 

「先に入っている人間がいるとは知らなかったんだ。許してくれ」

 

 今日はたまたま、ラッキースケベが起こらなかっただけ。リョウガの対策はデタラメだったんだ。

 

 カールは自分の過ちを恥じ、先に入っていた人物に声を掛けて────

 

 

 

 

 

 

「いやいや、気にすることはありませんぜ。男同士じゃねぇですか、旦那」

「マス♂️ター……」

 

 

 

 

 

 

 湯煙の中から出てきた、ダンディな厳つい全裸男性と目が合った。

 

「旦那も、湯浴ですかい」

「ああ。マスターが良ければ、ご一緒しても良いかな……?」

「喜んで」

 

 幸いにも、風呂場にいたのは男であるマスターだった。セーフである。

 

 カールはホッと溜め息をついて、マスターの隣に座った。

 

「この時間しか、湯は使えねぇそうで。明日も、時間を間違えねぇようにしないといけませんね」

「そう、だな」

 

 マスターは、意外にも筋肉質な体つきをしていた。

 

 至るところに小さな傷があり、その出で立ちは歴戦の戦士を思わせる。

 

 太い腕、はち切れん大胸筋、毛深いケツ、たくましい足。ただのバーのマスターにしては、随分と体を作り込んでいる。

 

「マスター、良い身体してるな」

「そうですかい? 照れますね」

「結構、鍛えてる?」

「ええ。魔族にゃあ手も足も出ませんでしたが、チンピラ風情に遅れは取りたくないんでさぁ」

 

 ニヤリ、とクールな笑みを浮かべるダンディ。

 

 ここは風呂場だ。蒸せるほど濃い男の香りが、周囲を包み込んでいる。

 

 

 ────男が二人きり、密室、高湿度。何も起こらない筈はなく。

 

 

「……失礼ながら。中々、ご立派なものをお持ちで」

「ふ、男の象徴の事ですかい? これでもまぁ、夜の町の男。それなりにヒィヒィ言わせてきましたぜ」

「それも分かる気がする。まさに、凄い迫力だ……っ」

「よしてください、恥ずかしい」

 

 

 ……ラッキースケベを期待して風呂場に入って、逆にオッサンの裸を見ることになり、変なテンションになったカール。

 

 そして下ネタ耐性が死ぬほど高く、思春期丸出しなカールの言動を温かく包み込むマスター。

 

 

 

 そんな、二人の逢瀬は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はわっ! はわわわわわわわわっ!!?」

 

 

 

 たまたま近くを歩いていた修道女に、排水口から覗かれた。

 

「カールさんは、アレ? カールさんとマスターさんが、あれれれ?」

 

 

 

 

 

 

 

 この日。カールは久し振りに、誰にもラッキースケベを起こさずに済み。

 

 

「……ぽえー」

「イリューさん、どうされたのかしら?」

「散歩から帰ってきてから、ずっとあんな感じよ」

 

 

 その代わりに一人の修道女が、妙なラッキー(?)に見舞われた。

 

 




凄まじいホモシーンがあります。苦手な方はご注意ください。

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