【朗報】修羅場系パーティーに入った俺♀だったが、勇者とフラグの立たない男友達ポジションに落ち着く 作:まさきたま(サンキューカッス)
────死者は二度と笑わない。
────いざ冥府の門は開かれた。
────大切なものを取り込まれる前に、戦士よ立ち上がれ。
「この街には伝承がある」
「……伝承?」
「ああ。……ここはかつて、冥府への門が設置された地だそうだ。神話の時代、レッサルに来れば死んだ直後の者と会話することが出来たという」
「……聞いたこと無い」
兄の話を聞いて、レヴは首をかしげた。
地元の伝説などに興味無かったレヴは、今までそんな話を聞いたことが無かった。
「……ああ、レッサルがマクロ教に改宗して歴史書から消された話だ。女神マクロには関係ない伝説らしいからな」
「信じられない。……自警団の人も、村の人も、みんな生きてたよ?」
「ああ、この街の周囲でだけ彼らは生きて話せるんだ」
兄はそんな妹に、噛み砕いて説明を続けた。
「この街の中に居る限り、彼等は生者として動き続ける」
曰く、この街は呪われており「死者が死者として自覚を持たぬ」村になったらしい。
太古の昔、死者が現世の友や家族と別れを告げる為の場所だったレッサル。何故か現代になって、突然にその性質が蘇ったのだそうだ。
「理由は分からない。だが、そうとしか考えられないのだ」
「……どうして?」
「レッサル付近では、首を撥ね飛ばし殺した者であっても、次の日に元気に戦場に姿を見せるのだ。伝承の事を考えれば、それが一番しっくり来る」
……話を聞いて、レヴは困惑した。
とても信じられる内容では無い。兄は、誰かに騙されているのではなかろうか。
そう、疑いすらした。
「ところで、兄ぃ。どうして兄ぃはこんな夜中に、此処に?」
「囚われた仲間の救出だよ。数日前に仲間が下手をやって捕まって、レッサルに運び込まれたんだ」
「……」
レイは仲間が捕まった、と言った。その仲間とやらに、レヴは心当たりがあった。
数日前、イリューに卑劣な行為をした賊をレッサルに連行したのはカール達に他ならない。
まさか兄の言う『仲間』とは、イリューを辱め笑っていたあの連中の事だろうか。
「この街で死ぬと、恐らく取り込まれることになる。そうなる前に、助けたかった」
「……その人達に、心当たりがあるよ。兄ぃ、そいつらは悪い奴」
「……ああ、悪い奴らさ」
レイはそう言うと、僅かに顔を顰めた。
「知っての通り、俺は悪党族に身を寄せている」
「何故……」
「他に行き場がなかったからだ。何せこの街に見捨てられたからな」
妹の純粋な目でまっすぐ見据えられ、レイは居心地悪そうにそっぽを向いた。
奴等が悪い連中だという事は、彼も理解しているらしい。
「……でも」
「一応、話しておこうか。カインの最期を」
問いただそうとするレヴの言葉を遮って。
レイは半ば吐き出す様に、憎々し気に街を見つめ話し始めた。
────命からがら、と言うのはまさにこの事だろう。
レイとカインの二人は、重傷を負いつつも奮戦し、辛く魔族の群れから逃げ出した。
『レイ坊ちゃん、もう大丈夫っすよ』
『……無理に喋る必要はない。カイン、良いから俺の背中に』
『これでも師匠っすからね。坊ちゃんに背負われるなんて無様、晒すわけにいかないっす』
疲労困憊で、歩くのも困難。服は血でぬかるみ、カインに至っては足を引きずっている。
そんなボロボロの状態の二人は、医療器具もないので治療も出来ぬまま歩き続けた。
地図を失い、食料も水もなく、よろよろと街を求めて歩き続けた。
『坊ちゃん。アレを……』
『おおっ!』
そんな彼らは、幸運にも彼方地平の先に見覚えのある景色を見た。
それは、レイタルの故郷『レッサル』のある平原だ。
『あそこまで歩けば、助かるっす』
『1週間もあれば、故郷に辿り着ける』
その景色はどれだけ二人に希望を与えただろう。
道も分からずさ迷っていた彼らに、明確なゴールが出来たのだ。
『歩けるか、カイン』
『勿論っス』
二人は俄然やる気を出して、レッサル目指して歩き始めたのだった。
『おい、カイン』
『大丈夫っすよ、坊ちゃん』
歩き始めて数日、レイタルの兄貴分カインが高熱を出した。
見れば腕の付け根、魔族に噛まれた部分が赤く化膿していた。
『これは、重症だ……。カイン、何処かで休まないと』
『いえいえ歩きましょう』
『……でも!』
痛々しく腫れあがった腕を見て、レイは動揺した。このままでは、カインが死んでしまうかもしれないと。
しかし顔色の悪いカインは、笑顔を作ってレイタルを諭した。
『こりゃあ、放っておけば悪くなる一方っス。むしろ俺は、助かるために歩き続けないといけないんス』
『……カイン』
『確かレッサルには、でかい聖堂があるって話じゃないですか。治癒術師だって常駐してるんでしょう? ますます、レッサルに急ぐ理由が出来たって話です』
もう何日持つか分からない。
そんなカインが命懸けでレッサルへ急行を提案したのだ。
『……なら、急ぐぞカイン』
『ええ、坊ちゃん』
ここで躊躇っている時間はない。
レイタルは覚悟を決め、足早にレッサルを目指した。
────食料は無い。
空腹で腹と背がくっつきそうだ。
────照り付ける陽が憎い。
喉がカラカラで目は霞み、油断すれば倒れ込みそうになる。
────足が棒の様だ。
極度の疲労と脱水で、何度も足が悲鳴を上げた。
『カイン、カイン!!』
道半ば、ついにカインが倒れた。
呼吸も浅くなり、全身が燃えるように熱く、皮膚はカラカラに乾いている。
『くそ、お前を死なせない……』
レイタルは、意識を失ったカインを背負って歩き続けた。
このままではマズイ。顔に死相が浮かんでいる。
最後に水場に巡り合えたのは2日前。脱水だけでも死ぬ可能性がある。
カインは、本当に限界なのだ。
『皆死んで、お前だけが唯一生き残った肉親なんだ……っ!』
……自分自身も、とっくに限界だろうに。
家族想いのレイタルは、気力を振り絞り寝ずのまま歩き続けた。
その先に、レッサルの都市を見据えて。
2日後。
身も心も限界だったレイタルは、重い足を引き摺りながらとうとうレッサルの街に到着した。
『助けて、くれ……』
枯れ果てた声を張り上げ、レイタルは叫んだ。
『カインが死にそうなんだ。誰か、助けて────』
……しかし、その声は誰にも届かなかった。
道行く人々は、誰もレイに手を貸そうとしない。
『く、そ……』
この街に人情は無いのか。こんなに冷たい街だったか。
激高する気力も起きず、レイは助けを諦めて大聖堂に向かっていった。
高熱のカインを背に背負ったまま。
『料金は20000Gになります』
『……は?』
それが、治療を求めたカインに告げられた言葉だ。
『そんなバカげた法外な────』
『では、お引取ください』
ボッタクリも良い所である。大聖堂とは本来、ヒーラーに掛かれぬような貧困者を救う施設の筈だ。
そんな額なら、その辺の医者の方がよっぽど良心的な額を提示する。
『このレッサルの土地に、医療機関はここにしかありませんよ。どうします』
『……っ!!』
聞けば町医者や民間のヒーラーはみな出て行ったという。
医療を貴族が独占し、収入源とする。それが、今のレッサルの政策だそうだ。
レイタルはふざけた話だと思った。だが、
『他の街に行く時間は無い!! その値段でいい、カインを救ってくれ!!』
『では料金を』
『後で払う! 何としても用意する、だから!』
それでも大聖堂に頼み込んだ。カインを、唯一の肉親を救ってくれと。
『────即金ですよ。そのように言って、踏み倒されたら大赤字です』
『今は用意が出来ない』
『ならば申し訳ありません。お金を用意して、出直してきてください』
その言葉に、レイタルは言葉を失った。
『祖父ぃは何処だ!! 何処に行った!!』
『ああ、この家の人かい? たしか先月、肺炎で亡くなったよ』
『何……』
レイタルは、必死で金策に走った。
『ほら、良い防具だろう!! これを買ってくれ!!』
『……100Gかね』
『そんな筈はない!! 鍛冶都市アナトで買った最新鋭の────』
『この街でそんな高級品、仕入れてもだれも買わん。買って欲しけりゃその額だね』
大事な武器防具を手放しながら、街中を走り回った。
『誰か、助けてくれ! 本当に、このままじゃ本当にカインが死んでしまう!!』
しかし、20000Gなんて大金を手に入れる手段は無かった。
何処へ行っても、カインは鼻で笑われあしらわれた。
『お金を貸してくれ!! 何としても返すから!!』
とうとうレイタルは、カインを抱きしめながら大聖堂の前に座り込んで絶叫した。
『奴隷に堕ちたって良い、やれと言うなら靴だって舐めるから!!』
道行く人に懇願するように語り掛けた。
『俺に、家族を救う金を貸してくれ!!』
掠れた声で、重傷者を抱きしめ、男は叫び続けた。
『カインを助けて────』
その悲痛な少年の叫びは。
その日の夕暮れ、抱きしめていた男が冷たくなるまで続いた。
『────』
カインは見捨てられた。
せっかく間に合ったのに、彼が息のあるままレッサルにたどり着いたのに。
街の誰も彼を救おうとせず、カインは見殺しにされた。
『────』
カインの死を悟った瞬間、レイタルの心が折れた。
彼自身も、とっくに限界だったのだ。レイタルは、家族の後を追うように弱って行った。
『死体が二つ。邪魔ですね、街の外に捨てましょう』
ほとんど動けなくなったレイタルを見て、大聖堂の職員はそう言った。
そしてカインとレイタルを台車に乗せ、街の外の死体置き場に放り出した。
カインと同様に、レイタルも街に見捨てられたのだ。
『……』
カインは魔族に殺されたのではない。
レイタルは、魔族に依って死ぬのではない。
『……ふぐっ』
カインは、レイタルは。レッサルに、殺されたのだ。
『ちくしょう……』
掠れた嗚咽が、平野に溶け消え。
『ちくしょぉぉぉぉぉぉ……』
恨みに染まった手をレッサルの門に伸ばして。
やがて、レイタルは意識を失った。
『……』
次に彼が目を覚ましたのは、簡素なテントの中だった。
『……?』
生きている。
見ればレイタルの身体には、簡素であるが治療が施されており。
誰がやったのか、体を拭いた後すらあった。
『……もしや、誰かに救われたのか』
レイタルは、ゆっくりと体を起こした。
空腹で死にそうではあったが、倒れる直前よりかは活力がある気がした。
────見れば、近くに桶と湿らした布が有った。
『そうか、水を含ませてくれたのか』
どうやらレイタルは、誰かに命を救われたらしかった。
『起きたかい、兄さん』
『……貴女が』
目を覚ましたレイタルがテントを出ると、近くに女がいた。
『……俺の命を救ってくれたのは貴女か。礼を言う』
『礼なんか要らないっつー話。ワシがアンタを助けたのは、お前を利用しようって下心有ってのこと』
『ああ、なら何でも言ってくれ。俺に出来る事なら、何でも力になろう』
その女の年齢は、良く分からない。喋りは古風な気もするが、若々しく美しい見た目をしていた。
『ん、じゃあお前はワシの部下ね』
『部下……?』
『そ。まぁ、周りを見てきなよ』
ニシシシシ、と女は困惑するレイタルに悪戯な笑みを浮かべ。
『お前さんが、何に拾われたか分かる筈さ』
『む……?』
そう言って、テントの中に姿を消した。
『ひゃっははは! 酒だ、肉だ!!』
『女を出して良いか? ちょっとムラムラしてきたぜ!!』
『さっきヤった直後だろう。まったくお前は!!』
周囲には、見るに堪えない光景が広がっていた。
『お、兄ちゃん起きたのか』
『ちゃんと強いんだろうな? ボスはお前が役に立つから、拾ったと言ってたぞ』
『お前等、一体……!』
『ああ、何も聞いてねぇのか。俺達は、この世に蔓延る悪の代名詞』
粗暴で、荒々しい男たちは愉快げに名乗りを上げた。
『────人呼んで、悪党族さ』
「俺はその日から悪党族に身を寄せた」
「……」
「俺は思った。その場で悪党族を一網打尽にして、レッサルの守衛に突き出す義理があるのだろうかと。命の恩人たる彼らへの恩義を通し、悪に堕ちる事はそんなに悪いことなのかと」
レイはソコまで語ると、静かに街の外壁を指さした。
「話はここまでだ。脱出するぞ、皆」
「……待って。まだ、カールが街の中に」
「後で、必ず接触する機会を作り出す。俺を信じろレヴ、まずは仲間とお前の脱出を優先したい」
レイは気を張り詰めながら、周囲を警戒している。
その間に部下がテキパキと、縄の脱出路を作り上げていく。
「ここの外壁は、朽ちて亀裂があるんでさ。ソコにこうして鍵爪をひっかける、と」
「門を通らすとも、行き来できる道となる。さぁレヴ、行け!」
「え、えっと」
レヴは迷った。
最愛の兄に再会できたのは嬉しい。しかし、悪党族に身を寄せる事になるのはどうなのだ。
それに、街にはカール達が残っている。レヴは、彼らと離れたくない。
「……兄ぃ。私、その」
「何を逡巡している? 早くしろ、この街では何が起きるか分からん」
「でも、やっぱり私、カールと……」
「後から何とかする。今は早く脱出するんだ、この街の『夜』はヤバいんだ!」
「あ、その」
そういってレイタルは妹を急かす。
その鬼気迫る表情に、なかば流されるようにレヴは頷いた。
「よし行け! さっきから嫌な予感がするんだ。最悪、冥府の魔物が出てくるかもしれんぞ!」
「う、うん……」
果たして、レイタルの嫌な予感は正しかった。
それは、レヴが脱出用の縄に足を駆けた直後。
恐ろしい妖気と共に、怪物が悪党族の前に姿を現したのだから。
「……ぐ、来たぞ!!」
「な、なんだアレは!!」
ノソリ、ノソリと無言で歩く『化け物』。
それはレイ達を見つけると、足を速めて真っ直ぐ近づいてくる。
「くそ、お前らは早く行け! 俺が足止めするから────」
「────ムキャアアア……」
やがてその化け物は、這い寄るようにレイタル達の前に姿を現した。
「……ひっ!?」
「な、何だ!?」
「キッキッキ……」
暗闇の中で、賊どもは見た。
────ボロボロの、軽装な皮鎧。
不気味に笑う、猿の顔面を持つ不審者。
異様な高い声色で、謎のポージングを取って迫りくる『
「宵闇からレッサルの街を守る守護神、小人族の……『猿仮面』見参!!」
「ウワアーーーーー」
現れた怪物のあまりの怪しさと不審さに、レイは思わず叫び声をあげた。
???「治安の悪い街で、貴族令嬢が夜に出歩くのは危ないな……。せや!」