【朗報】修羅場系パーティーに入った俺♀だったが、勇者とフラグの立たない男友達ポジションに落ち着く   作:まさきたま(サンキューカッス)

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57話「猿仮面は見た!!」

「俺は流離いの最強拳法家、猿仮面。ある日幼馴染と川の下の土手へ遊びに行った俺は、黒ずくめの男の怪しげな取引現場を目撃した。その取引を見るのに夢中になってしまい、俺は背後から近づいてくるもう一人の仲間に気づかなかった。不意打ちで昏倒させられた俺はその男に毒薬を飲まされ、目が覚めたら……顔面が猿になっていた!!」

「……」

 

 翌日の朝。

 

 誤解は解けた筈なのに何故か監視され続けていた俺は、結局イリーネに戻るタイミングが無く、猿姿で自己紹介をさせられていた。

 

「俺が生きているとバレたら、周りの人間にも被害が及ぶ。俺は本名を捨て『猿仮面』と名乗り、黒づくめの男を追っているんだ」

「前、なんか名乗ってなかったかしらぁ? ドビーだかホビーだか」

「おう、偽名だ!」

 

 前にどういう設定を名乗ったか忘れてしまったので、とりあえず新しい言い訳を並べてみた。

 

 この言い訳ならば俺が猿の仮面を被っていても違和感なく、自然な事のように思えるだろう。

 

「……あー。えっと、どう反応すればいいんだコレ」

「好きに反応すればいいと思うわよぉ?」

「分かった。……まぁ、そのなんだ。お前が徹頭徹尾に秘密主義なのは理解したよ。悪い奴じゃないとカールが保証するってなら、もう好きにしてくれ」

 

 リョウガは呆れきった様な表情で、俺にどっかに行けと手を振った。

 

 よし、見逃して貰えた様だ。やったぜ。

 

「で、次。カール、どうだった」

「……追えなかった。暗すぎて、奴等の痕跡すら見つけられなかった」

「だろうな。だからこそ、敵も深夜に侵入してきた訳だし」

 

 そう言うとカールは、悔しげな顔で拳を握りしめる。

 

 昨晩のカールの追撃は空振りに終わっていた。彼は明け方ごろに疲れた顔で帰ってきて、「駄目だった」と告げた。

 

「イリーネまで拐われていたとは……、クソ! 何としても追うべきだった」

「あんまり心配をしない方が良いわよぉ? あの娘の事ですもの、きっと上手く(?)やってるわぁ」

「サクラ……」

 

 落ち込んだカールを、サクラが慰めている。

 

 俺をそんなに信用してくれているなんて、照れるぜサクラ。

 

「終わったことは仕方ないわ。切り替えましょ」

「そうだな! 俺の筋肉もそう言ってるぞ!」

「あんたには言ってないわよ。もう既に切り替わってるでしょ、あんた」

 

 暗い雰囲気になりかけた所を、マイカが割って入った。

 

「ねぇリョウガ。敵のアジトの場所、分かってるの?」

「分かってたら苦労しねーよ。大まかな方向だけだな」

「捜索は?」

「毎日やってるさ。大体空振ってるけど」

 

 ……この大陸は広い。

 

 敵のアジトの場所は、まだ突き止められて無いらしい。今すぐ、レヴちゃんを助けに向かうのは難しそうだ。

 

「それに多分、複数の拠点があるんだ。奴等の撤退方向はいつも一緒って訳じゃない」

「ふむ」

「そのうちの1つを見つけ出して急襲しても、そこにイリーネたんやレヴたんが居るとは限らないぜ」

 

 まぁイリーネはどの拠点にも居ないんだけど。

 

 そっか、敵の拠点は1つとは限らないのか。

 

「すまんリョウガ。レヴやイリーネが拐われる事になるとは思わなかった」

「……まあな」

「だが、その。お前からは怨みも有ろうが……、どうか賊を倒す際になるべくレヴを傷つけない様に」

「分かってるよ」

 

 ふん、とリョウガはカールの言葉に機嫌悪そうな鼻息を吐いた。

 

「……妹が。サヨリが生きてりゃ、丁度レヴたんくらいの年頃なんだ」

「……」

「知らず知らず、重ねちゃってたのかねぇ? 少なくとも俺は、あっさりレヴたんを見捨てるつもりはねぇよ」

 

 ……。

 

 それを聞いて少し安心した、が。

 

「……おかしら、落ち着いて。大丈夫ですから」

「……っ」

 

 やはりと言うべきか。それは決して、彼の本心そのものでは無いらしい。

 

 色々なものを噛み殺しての、発言なのだろう。

 

「サヨリはな、可愛い奴だった。……小さな頃は、俺と結婚するんだって言って聞かなくてな」

「兄妹仲が、良かったんだな」

「妹が生きてりゃ今頃、サヨリは俺のお嫁さんだったのに……、うぅ……」

「お前はマジに受け止めたのか」

「今頃兄妹水入らず、イチャイチャの新婚生活……」

「こいつ、猿仮面より危険な思考してないか?」

 

 俺より危険って、どういうことだカール。

 

「うおおーん、うおおおおーん!」

「あー、始まった。おかしら、おかしら落ち着いてくだせぇ」

「おい、リョウガを部屋に案内しろ。サヨリさんの髪をスーハーさせて落ち着かせるんだ」

 

 ……。

 

「こうなりゃ、暫く話し合いは出来なくなるんだ。カールの旦那、悪いけど一旦席を外して貰えるか?」

「……みたいだな」

 

 ま、まぁリョウガにも大きな心の傷があるのだろう。あまり触れないでおいてやろう。

 

 ……よし、このまま訓練所でトレーニングでもするか。適当なタイミングで一人になって、『賊に捕まったが逃げ出した』的な事を言ってイリーネとして合流すればいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は流離いの最強拳法家、猿仮面。今日は自警団の訓練が休みなんで、訓練所を勝手に使ってしこたま(筋トレを)やり始めたんや。

 

 腕立て伏せをしながら塩漬けした鶏肉をつまみ、スクワットで限界まで尻肉を痛め付けたせいで、ケツの筋肉がヒクヒクしている。

 

 あぁー、たまらねぇぜ。しばらく(筋トレを)やりまくってからストレッチをするともう気が狂う程気持ちええんじゃ。

 

 やはり、純粋な筋トレは最高や。

 

「あら」

「む、マイカか」

 

 そんな俺の筋肉とのデート中に、話しかけてくる声があった。

 

 顔を上げて見れば、幼馴染みにツンデレ発症中の猫目美乳少女がそこにいた。

 

 ウホッ、いいマイカ。

 

「イリーネ、こんな所で何やってるの?」

「そりゃあ、トレーニングだよ」

 

 マイカの問いに、俺は機嫌よく返答する。

 

 久しぶりに猿仮面を被ったが、これは良いものだ。これでコソコソせず堂々といつものトレーニングメニューがこなせる。

 

 イリーネ姿で筋肉トレーニングをフンフンするのは、やはり貞淑さにかけるからな────

 

 

 ……。

 

 

「いや、少女マイカよ。俺は、イリーネでは」

「イリーネ、こんな所で何やってるの?」

 

 ……。

 

 あれれー、おかしいな。マイカったら、人の名前を間違えて覚えるなんて。

 

 仕方ない、もう一度自己紹介しておくか。

 

「俺は流離いの最強拳法家、猿仮面。ある日幼馴染と川の下の土手へ遊びに行った俺は、黒ずくめの男の怪しげな取引現場を目撃した。その取引を見るのに────」

「こんな所で何やってるの? ねぇイリーネ?」

「……」

 

 ……。

 

「あの、マイカさん。言い訳をしても宜しいですか?」

「どうぞ」

 

 あかん、バレてる。何故、俺の完璧でクールな変装が……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……つまり、ソレはイリーネなりの変装のつもりだったのね」

 

 バレてしまっては仕方が無いので、俺はマイカに全てを白状した。

 

 レーウィンで情報収集の為、色町でバイトをしていた事。そんな噂が広まれば貴族令嬢としておしまいなので、別人を名乗った事。

 

「これが意外とバレないもので、貴族令嬢として貞淑さに欠ける行動をする時はこの仮面を使っていたのですわ」

「……普段と言動が違い過ぎて、確かにすぐ気付かなかったけども。先入観を利用した見事な変装であるとは言えるかもしれないけども……っ!」

 

 マイカは難しい顔をして俺の話を聞いていた。

 

 流石はマイカだ。仮面を被っているのに、見ただけでよく俺だと気付けたな。

 

「気付くに決まってるでしょ。明るいところで見たら、あんた骨格は女性だし声や髪はイリーネだし、言動以外全てが本人じゃない」

「……」

「むしろカールが気付いてないのが理解不能よ。イリーネがいなくなって、その代わりに殆ど同じ背格好の猿仮面が現れて」

 

 そっかぁ。カールやサクラを上手く騙せてたから自信持ってたけど、普通は気付くか。

 

「……自警団の方々や、カール達にはまだバレて居ないっぽいですわ」

「自警団の連中はまだ付き合い浅いしね。リョウガとかは、じきに気付く気がするけど」

「どうか、その。皆に内緒の方向でお願い出来ませんか? 心配はかけぬよう、折を見て『脱出してきた』と合流するつもりでしたの」

「……うーん。まぁ、別に私は良いけども……。何にせよ、貴女が無事で良かったわ」

 

 マイカは若干呆れ顔だ。

 

 ……しょうもないことに付き合わせてごめんなさい。

 

「と言うか、何でイリーネは昨晩出掛けたの?」

「レヴさんが居なくなったのに気付いたからですわ。何処に行ったのか、探そうかと」

「ああ、そう言うこと。レヴったら、兄との思い出の場所に夜な夜な出掛けてたみたいよ? 多分そこで、侵入してきた本物の兄と出会ったんでしょうね」

 

 成る程、そっか。レヴちゃんは、墓場ではなく他の思い出の場所が────

 

 

 

 

 

 

 

 ────自警団の主リョウガ、此処に眠る

 

 

 

 

 

 

 

 ……あっ。

 

「あの、マイカさん。そう言えば、少し気になることがありましたわ」

「気になること?」

「その、実は。昨晩、私はレヴちゃんを探しに墓場に行ったのですが……」

 

 何か忘れてる気がしたが、思い出した。

 

 そうだ、あの墓の事をリョウガに聞いてない。

 

「……リョウガの墓? 何でそんなもんが?」

「比較的新しいお墓でしたわ。同姓同名の方でしょうか?」

「リョウガの墓……。ん、待って確かレッサルって」

 

 マイカは俺の話を聞いた瞬間、酷く真面目な顔になった。

 

 どうしたんだろう。

 

「それ、もうリョウガ本人に話した?」

「いえ、後で聞くつもりでしたが」

「……ちょっと時間を頂戴。考えを纏めるわ」

 

 無論、今すぐ聞きに行くつもりはない。

 

 妹さんの件で取り乱しているリョウガに、今問いただすのは難しいだろう。

 

 後でゆっくり事情を聞くとしよう。

 

「……あー。イリーネ、それ結構ヤバい情報かもしれないわ」

「え、そうなんですの?」

「ええ。まだ確信は無いんだけど……」

 

 俺の話を聞いたマイカは、少し考え込む素振りを見せた。

 

 確かに生きている人間の墓があるなんて変な話だが、そんなに悩むことかな? 生前に墓を作っておいたとか、そんな話じゃないの?

 

「お願いイリーネ。その話、私に預からせてくれない?」

「……? 別に構いませんが」

「それと、その話は他言無用。私以外、誰にも話してないわよね?」

「はい、まだ誰にも」

「良かった。じゃあ、絶対に内緒よ」

 

 マイカはそう言うと、俺の手を握り締めた。

 

「イリーネが見た墓とやらに行ってくるわ。話の全容が分かれば、追って報告する」

「お願いしますわ」

 

 そう言うと、彼女は足早に墓地へ向かって歩いていった。

 

 うーん? 何でマイカはそんなに過剰反応しているんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────昼頃。

 

 この時刻になると、自警団メンバーも食事の為に食堂へ向かい出す筈。

 

 うむ、そろそろ動くか。

 

 

「おい、不審者。食事の時間だ、食堂の場所は分かるか?」

「勿論だウッキ。だがその前に、水で汗を流すウキ」

「そうか、お前は午前中訓練していたんだったな。よし、なら浴びてこい」

 

 そう、頭脳派な俺は気付いていた。この言い訳を使えば、俺は一人になって風呂を浴びられると。

 

 一人きりになれるという事は、イリーネに戻るチャンスだという事。

 

 よし、この機を逃すな。とっととイリーネに戻ってしまおう。

 

 

 

 

 

 

 俺の描くシナリオはこうだ。

 

 

 

 ────清楚で美しい貴族令嬢イリーネは、命辛々に悪党族から逃げ出した。

 

 そして何とかレッサルに戻ってきたは良いが、夜通し歩いたせいで全身が汚れてしまっていた。

 

 仕方なく先に水浴びをしようと風呂場を借りていたところ、猿姿の男が乱入してきたので魔法で吹っ飛ばした。

 

 哀れ猿仮面は町の外まで吹っ飛んでしまって、行方知れずになった────

 

 

 

 というプランだ。

 

 俺がイリーネに戻ると猿仮面が居なくなるからな。この案なら、猿が居なくなるという不自然も誤魔化せるというもんだ。

 

 

「さて、周囲に誰もいないかな」

 

 

 風呂場を外から見渡して、誰もいない事を確認。

 

 うん、これならば。

 

 

猿仮面(オレ)の代わりに吹っ飛ばすモノが要るな……、土人形でも作るか」

 

 

 ただ爆発させるだけでは、裏工作として物足りない。

 

 爆発と同時に人形でもぶっ飛ばして、多くの人間に猿仮面が街の外まで吹っ飛んだ事実を見せてやろう。

 

 

 さてさて、土魔法は(イリア)の十八番だが、俺にだって少しくらい……。

 

 

 

 

「……あわわ! 不審者と遭遇してしまいました!!」

「およ、イリュー?」

 

 

 

 

 土人形を作るため風呂場の周囲を見渡していたら、ボサボサ頭の修道女とバッタリ出くわした。

 

 出で立ちを見るに、髪を漉きに来たのかな?

 

 何とまぁタイミングが悪い。が……、逆に言えば裏工作をする前で助かったかも。

 

「えっと、その、不審者さん。私、今から水を浴びたいんですが」

「ふ、構わんぞ。俺に気にせず、好きに行水すると良い」

「え、いや。ソコに居られると覗かれてしまうんですが……。出て行ってくれません?」

 

 おや、イリューも気付いていたのか。この風呂場が、覗き放題だという事実に。

 

 ふーむ、これは困ったな。ここを追いだされてしまったら、イリーネと入れ替わるタイミングが無くなってしまう。

 

「……安心しろ、覗きなんて卑劣な真似はしない。俺がそんな人間に見えるか?」

「不審者が何を言ってるんですか」

 

 しかし、イリューの説得は無理そうだ。

 

 この修道女、俺を不審者と信じ込んでいる。

 

 

「────実は俺も、水を浴びたいと思っていたな。お前の次に風呂に入りたいんだが、覗かれるのが嫌なら先風呂を俺に譲らんか」

「えー……」

 

 仕方ない、強硬手段だ。イリューより先に風呂に入ってしまえ。

 

 そして俺が風呂場に入った瞬間に変装を解除し、中から精霊砲か何かで爆発だけさせよう。

 

 土人形を作る暇がないが、そこはもう諦める。マイカかマスターに『空飛ぶ猿仮面を見た』とでも口裏を合わせて貰えばいい。

 

 

「覗かれるのは嫌ですが、こんな不審者に一番風呂は譲りたくないです……。神よ、私はどうすれば」

「風呂を譲る事すらできないなんて、強欲な女だウキ。それでも聖職者か」

「失礼な! まだ何処の教会にも属してませんけど、一応聖職者のつもりですよ! そのうち内定貰います!!」

「……本当に自称聖職者だった」

 

 

 お前、何処の教会にも所属してなかったんかい。じゃあ修道服着ただけの一般人じゃねーか。

 

「はっ! 神からお告げがありました、そんな邪な猿なんぞぶっ殺してしまえと」

「随分好戦的な神様だなオイ。宗派どこだよ」

「私だけが信じる神様ですよ。私を信用しなくて構いません、私の信じる神様を信用してください」

「何てインチキ臭い宗教」

 

 シュッシュ、と俺に向かってシャドーボクシングを始める修道女(バカ)

 

 大丈夫かな、この人。うすうす気づいてたけど、イリューって割と頭おかしくない?

 

「オイオイ止めておきなお嬢ちゃん。この百戦錬磨の猿仮面に向かってそんな拳が通用するとでも?」

「ふ、命乞いですか。さてはこの私の凄まじい拳捌きにビビってますね?」

「オ、オイ危ないぞ、あんまりフラフラするな。嬢ちゃんの後ろには、薪割り用の斧が……」

 

 テンションが上がって来たのか、徐々に激しくシャドーボクシングを始めたイリュー。

 

 その体幹はフラフラで、拳に引っ張られて重心が不安定。見ていて転けないか、実にヒヤヒヤする。

 

 

「ビビったのであれば大人しく降参して、私に一番風呂を譲りなさい! 乙女の水浴び場から去るが良いです!! 猿だけに!!」

「……わ、分かった分かった。出ていくよ、もう」

 

 むう、作戦失敗か。

 

 イリューに譲る気配はない。別の機会を待って、イリーネに入れ替わろう。

 

 

「ふっふっふ! イリューちゃん大勝利……ってきゃあ!?」

「ってオイ!」

 

 

 あ、足を滑らしてコケた。だから言ったのに。

 

 この辺の地面は排水路も兼ねてるから、湿っている場所が多々あって危ないのだ────

 

 

 

 

 

 ────イリューが、もんどり打って風呂場にぶつかる。

 

 ────立てかけられていた斧が、勢いよく跳ねる。

 

 

 

「……あっ!?」

 

 俺が反応したときには、もう遅かった。

 

 イリューのバカは、勢いよく斧の取っ手を踏みつけて弾き飛ばしてしまったのだ。

 

 

「あうう~」

「イリュー、危なっ────」

 

 

 それは、何とも間の悪い偶然。

 

 昨晩で薪が切れていて、たまたま今朝に新しい薪が割られていた直後だった。

 

 薪割り当番が物臭で、午後からも作業をするから斧を出しっぱなしにしていた。

 

 その全ての悪い偶然が重なって。

 

 

「────」

 

 

 イリューの顔面が、振ってきた斧にカチ割られたのだった。

 

 

 

 

 

「……あ」

 

 あまりの事態に、頭が凍り付く。

 

 先程までドヤ顔で拳を振るっていたイリューの顔面に、鉄の塊が無機質に突き刺さっている。

 

 ────即死。あんなの、助かる見込みは無い。

 

「え、あ、えっと。サクラ、を呼ばなきゃ────」

 

 非現実的すぎるその光景に、俺は一瞬フリーズしかけて。

 

 だがそれでも、まだイリューには助かる見込みがあるかもしれないと、俺は斧を引き抜いてサクラの下に運ぼうとして。

 

 

 

 

 

 ────めきょ。

 

 

 

 

 

 奇妙な音を、イリューの顔から聞いた。

 

「……?」

 

 めきょめきょ、ごきゅごきゅ。

 

 そんな、聞いたこともないおぞましい擬音が、腕に抱いたイリューから聞こえてくる。

 

 痛烈に嫌な予感を感じながらも、俺はその音のする方向へと振り向いた。

 

 

 

 

「ひっ!?」

 

 

 

 イリューの顔面が蠢いていた。

 

 肉が、骨が、眼球が、ウネウネと蠢きながら傷跡を塞いでいっていた。

 

 

「ひ、ひいぃ!?」

 

 

 斧に割られた顔面の骨は、アメーバの様にグネグネしながらくっ付いた。

 

 抉れた顔面の肉は、逆再生でも見るかのように修復されて皮膚が覆った。

 

 飛び散った血飛沫は、初めからそんなもの無かったかのように煙となって消え去った。

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 そのあまりにおぞましく、理解不能な光景に絶句してイリューを取り落とす。

 

 なんだ、ソレは。今、俺は何を見たのだ。

 

 

「……あ、痛っ!?」

 

 

 地面に落ちたイリューは、そんな声を出して。

 

 ぶつけた後頭部を抑えながら、ゆっくりと起き上がった。

 

 

「……こけてしまいました……、うぅ。格好つけたのに恥ずかしいです」

「え、あ、イリュー。その、大丈夫、か?」

「ええ、軽く頭を打っただけですよ。貴方に心配される謂れなんてありません、不審者さん」

 

 

 その態度は、まさに先程までと何も変わらぬイリューのモノ。

 

 彼女はさっき起きた出来事に気付いていないかのように、そう言って俺をシッシと手で追い払った。

 

 


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