【朗報】修羅場系パーティーに入った俺♀だったが、勇者とフラグの立たない男友達ポジションに落ち着く   作:まさきたま(サンキューカッス)

60 / 94
60話「レッサル決戦 前哨戦」

「イリーネを殺されたくなければ、おとなしく投降して……っ!」

 

 レヴちゃんの声が、周囲に響く。

 

 昨夜は悪党族が襲撃に合わせて、『兄を捕らえてくれ』と懇願した少女レヴ。

 

 俺はそんな彼女に首筋を掴まれ、動脈のすぐ傍に剣を当てられていた。

 

 

「……おい、レヴ。これは、一体」

「……」

 

 

 後頭部を押さえながら、カールが言葉を失って立ち尽くしている。

 

 ……裏切り。

 

 レヴちゃんは俺達を裏切って、悪党族と組み罠をかけたのだ。

 

「このままじゃ、皆が、危ないの……っ!」

「レヴちゃん、落ち着いてくださいまし」

「後で何でもするから、今は私に従って……」

 

 一体どんな事情が有って、彼女がこんな行動に出たかは分からない。

 

 けれど、レヴちゃんは本気なのは分かった。それだけは、振り向かずとも理解できた。

 

 

 ああ、そうか。ブリーフィングの時、俺が感じた違和感の正体が分かった。

 

 俺は無意識にその考えを除外していたが、レヴちゃんからずっと『嘘をついてる』気配が有ったのだ────

 

 

「……少し、予定と違ったが。何にせよ、おとなしく投降してもらうぞカール達」

「静剣レイ……」

「妹との約束だ、お前らには手出ししない。黙って武器を捨て、旗下に降れ」

 

 

 どうやらこの兄妹、打ち合わせ済みだったらしい。

 

 レヴちゃんは俺達の安全の保証を条件に、悪党族に全員の身柄を売り飛ばしたらしい。

 

「考え直してくださいレヴちゃん、相手は悪党族ですわ」

「……兄ぃは、信用できるから。それに、レッサルは本当に危険なの」

「何が危険だと言うのです」

「あそこは、半分『冥府』みたいなモノ。生者は取り込まれ、死人になり未来永劫あそこで暮らすことになる」

「……そんな与太話を信じたのですか!? まるで現実味の無い───」

「だって!! 実際に見せられたもん!」

 

 レヴちゃんの声が、一際大きくなる。

 

「レッサルで死んだ賊の仲間は、翌日に帰ってくるんだって……。『俺は死んでいない』と思い込んで」

「そんな馬鹿な……」

「実際に、兄ぃはソイツを目の前で殺したの。……そしたら!」

 

 ガクガクと、レヴちゃんは怯えた声を出す。

 

 その言葉には、嘘はなかった。

 

「男はその場で勝手に、傷が治っちゃったの。その男の人は、殺された事にすら気付いてなかった……」

「……む」

「本当だった! レッサルが死人の街ってのは、本当の話なんだ……!」

 

 え、それは俺も見たぞ。

 

 頭に斧突き刺さったイリューが、勝手修復されてキモかったやつ。

 

 ……あれってまさか、そう言うことなのか?

 

「馬鹿ね、レヴ。死人が生き返るなんて、ある筈無いじゃない」

「マイカは実際に見てないから、そんな事を言えるんだ……」

「ええ、見てないわ」

 

 しかし、そのレヴちゃんの恐怖をマイカは斬って捨てた。

 

 聡明な少女は、なお悲しい目をしたまま、レヴを見つめ話を続ける。

 

「レヴ、落ち着きなさい。死人が生き返るなんて、絶対にあり得ない」

「……うん。私じゃどうせ、皆を説得出来ない事は分かってた。だから、私は────」

 

 マイカの説得にも応じず、意固地に俺を拘束し続けるレヴ。

 

 しかしそんなレヴからは、痛いくらいの葛藤が伝わって来た。

 

 この娘は今も、悩み続けているらしい。

 

「死者蘇生。それは、太古の昔から人類が求め続け、今なお実現することの無い奇跡」

「マイカ、だから……」

「そんなものを目の前で実演してみせるのは、決まって詐欺師だけ」

 

 二人の話し合いは、平行線だ。その間に無数の悪党族どもが、ニタニタ笑って俺達を包囲している。

 

 ……ああ、囲まれた。

 

「当ててあげるわ、レヴ。悪党族のリーダーは、魔法使いね?」

「……え」

「それも、攻撃魔法があまり得意ではない魔術師。恐らくは『癒者(ヒーラー)』を名乗っている。違うかしら?」

 

 しかし、武装した敵に囲まれてなお、マイカは毅然とした態度を崩さない。

 

 彼女は静かに、弓矢を手に携えたまま言葉を続けた。

 

「そして、これだけの数の賊だもの。今日は、貴方達のボスも出撃してきている。違う?」

「マイカ、何を言ってる……? 何でそれを、知ってる?」

「……レヴ、よく聞きなさい」

 

 レヴの呆けた質問を無視して、マイカは静かに祈った。

 

 そしてマイカはつがえた矢を、無拍子に賊に向かって放った。

 

 

「なっ、マイカ……っ!!」

「見て、レヴ」

 

 

 そのあまりにも急に放たれた矢に、賊は反応出来ず打ち抜かれた。

 

 明確な敵対意思。マイカに頭を射抜かれて、大きく仰け反った賊は────

 

「……」

「えっ」

 

 打ち抜かれた事に気づかぬまま、剣を携えて立ったままであった。

 

 

「えっ、何これ……」

「まだ分からない?」

 

 マイカは、射られた敵が死なないのを見て一切の動揺もなく。

 

 哀れな少女レヴに向かって、こう告げた。

 

()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

『……へぇ? 頭の良いのがいるもんだねぇ』

 

 何処から、女の声がする。

 

 それは底冷えするような、冷徹さとおぞましさを孕んだ声であった。

 

 

『ニシシシシッ』

「ボ、ボス!」

 

 

 声はすれど、姿は見せず。

 

 それはまるで俺達の頭に直接語りかけているかの様に、残響を持っていた。

 

「……兄ぃ!? え、これは、一体!?」

「騙されるな……! そんな筈はない。ソイツは『取り込まれた』奴なだけ」

 

 騙されたのかと、レヴちゃんは困惑して兄を見つめていた。

 

 静剣レイも額に汗を浮かべながら、マイカを鬼の形相で睨み付けている。

 

 そんな筈はない、と。

 

『おおとも、その女は嘘つきさ。そう言う風に言えば、私の子分を騙せると踏んだ訳だ。騙されるんじゃないよ?』

「……勿論だ! 俺は、あんな女に騙されない」

 

 向こうのボスとやらに声を掛けられ、再び目に闘志を宿らせるレイ。

 

 ……随分と、向こうのボスを信用しているらしい。

 

「レヴ、選びなさい。貴女は私達を信じるのか、あの胡散臭い声を信じるのか、どっち」

「え、わ……。私、は」

「貴女の兄は騙されているわ。……助けるには、どうすべきか分かるわね」

 

 だが、マイカの本命はレイの説得じゃない。

 

 今までずっと、共に旅して来たレヴちゃんの説得だ。

 

「……あ、嘘。じゃあ私、騙され────」

「それは今は良いから。分かってくれたわね?」

「え、あ。……」

 

 レヴは背後の兄へと振り向き、一瞬の躊躇を見せた後。

 

 

「……ごめん。マイカを信じる」

「そう。じゃ、今すぐイリーネを護衛なさい」

 

 

 レヴちゃんは説得に応じてくれた。よし、これでようやく振り出しに戻った。

 

「レヴ、何を言っている!?」

「ごめん兄ぃ、でもマイカはこういう時に絶対間違えない……!」

 

 やはりレヴちゃんは、俺達の仲間だった。

 

 彼女は俺の首に当てていた剣を離し、悠々と実の兄に向けて構えを取った。

 

 ……心優しき兄妹は、此処に決裂した。

 

 

『馬鹿言っちゃいけない。レヴとやら、お前は仲間が大切なんだろう?』

「……大事さ。だから私は……!」

『その女は勘違いしているのさ。仲間の間違いを正してやりなさい、皆の命を救いたいんだろ?』

 

 敵のボスとやらの声は、まだ未練がましくレヴちゃんを説得している。

 

 だが、もうレヴちゃんが揺らぐことは無いだろう。この娘は、結構頑固なんだ。

 

 マイカを信じると決めたからには、貫き通すはず。

 

 

「……あっまさか。レヴ、耳を塞ぎなさい!」

「えっ? 私、は」

『そうだ、それでいい』

 

 その胡散臭い声を聴いたレヴちゃんの、瞳から光が消えて。

 

「えっ……」

「ごめん、イリーネ」

 

 ────再び、レヴちゃんの剣が俺の首筋に当てられた。

 

「ちょ、レヴさん!?」

「私は、皆を、守らなきゃいけないの」

 

 明らかに、レヴちゃんの様子がおかしい。

 

 先ほどまでの様に動揺した様子はなく、迷いのない手つきで俺の後ろ手を捻じりあげている。

 

「……だって私は、皆が、大好きだから」

「レヴさん……っ」

 

 彼女はまるでうわごとを呟いているかのような、感情の無い声を出していた。

 

 これは、まさか。

 

「……成程ね、レッサルが死者の村だなんて与太話をレヴが信じる訳だわ。あんた、レヴの精神(こころ)に何をしたの」

『何もしとらんぞ。キヒヒヒヒッ』

 

 これは、この女────悪党族のボスの仕業か。

 

 さてはこの女、レヴちゃんを操りやがったな。レヴちゃんの仲間を大事に思う心に付け込んで、人の心を弄びやがったな!!

 

 

『さぁさぁ、人質がどうなっても良いのかい? 今のレヴちゃんは、迷わず女の首を掻き切るよう? 大人しく投降しなさぁい』

「……くそ、イリーネを離せ!!」

『剣を捨てて大人しく降れば、解放してやるとも。さぁ、おとなしくすると良い』

 

 カールは歯ぎしりしながら、感情の無くなったレヴを睨みつけている。この状況は、非常にまずい。

 

 このまま降伏すれば、皆がレヴちゃんの様に洗脳されてしまうだろう。だが、俺が人質になってしまったせいでカールは自由に身動きが取れない。

 

 ……今、足を引っ張っているのは、この俺だ!!

 

「カール! 私をお見捨てくださいまし!」

「イリーネ、何を言ってるんだ!」

「足手まといになるのは、まっぴらと申し上げているのですわ!! カール、良いから早く血路を開いて脱出を!!」

「……そんな事、出来る訳が無いだろ……っ!」

 

 カールは、目を血走らせて迷っていた。良いから早く決断しろ、この優柔不断男。

 

 俺だって死ぬのは怖いが、自分の死に仲間を巻き込む方がよっぽど怖い。ここで賊に降伏して生きながらえても、その先にあるのは『悪党族の傀儡』と言う最悪の未来のみ。

 

 ならばここは、俺を見捨てて皆に脱出して貰うのが上策────

 

 

「あ、そう? イリーネありがとう」

「えっ」

 

 

 ズドーン、と。

 

 マイカはお礼の言葉と共に、俺達の周囲に集まりつつあった悪党族を爆発四散させた。

 

 

「爆発罠を起動させたわ、今がチャンスよ! 皆、イリーネを見捨てて脱出するわ!」

「え、ちょ、マイカァァ!?」

 

 

 

 ……。

 

 

「さっさと走れ、カール!! そしてさようならイリーネ、骨は拾うから!!」

「え、でも……マイカさん!? 本気でイリーネを見捨てる気かしらぁ!?」

「必要な犠牲よ!」

 

 

 ……あれ。今俺、躊躇いなくマイカに見捨てられた?

 

 

『……うわぁ』

「……マジかよあの女」

 

 これには、静剣レイも悪党族のボスも呆れ声だ。

 

 いやまぁ、見捨てて良いんだけどさぁ。

 

「もうマイカ、お前は本当に……!! そういう所だぞお前!」

「今はイリーネを見捨てる以外に、活路は無いでしょ!! それに、本人が良いって言ってるのよ!」

「ええ、ああ、はい。私は勿論、構いませんわ……」

「見ろ、イリーネが若干ションボリしてるぞ!!」

「気のせいよ!」

 

 ……。

 

 別にションボリしてないし。俺、ショックとか受けてないし。

 

「逃がすな、追え! 奴らは脅威だ!」

『キッヒッヒッヒ、本当に良いのかい。お前らが逃げるというのであれば、今からこの貴族の女を拷問に掛けるぞ……』

「私は嫌な思いをしないから、お好きにどうぞ!!」

『マジかこの女』

 

 ……。

 

「なぁ、貴族の女。お前って、本当にアイツらの仲間なのか?」

「私は、そう、信じておりますとも。多分、きっと、彼らは私の仲間ですわ」

「自信がなくなって来てるじゃないか」

 

 これはきっとアレだ、マイカなりの思いやりなんだ。

 

 俺に人質としての価値がない様に思い込ませることで、本当に拷問などを受けないようにする策なんだ。

 

 流石はマイカだぜ。

 

『……。じゃあ言った手前、一応拷問しておくかの。覚悟は良いか、イリーネとやら』

「えっ」

 

 ……あ、結局拷問されるんだ?

 

 マジで? 何されるの、俺。

 

『そーれ、ルシャルカ・ルシャルカ……』

「……」

 

 

 

 怨むぞ、マイカ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で、悪党族の囲みを破ったカール達。

 

「つまり、敵のボスは死霊術師だと思われるわ。あと、精神系統の魔法も使えるっぽい」

「死霊術師、ですか?」

「そう。だって他に可能性がないもの」

 

 悪党族から逃げながら、マイカは敵のボスの正体について言及していた。

 

「レヴの言う『死者が甦った』ってのは、死人を操って生き返ったように見せかけただけね」

「……何て非人道的な」

「何が恐ろしいって、操っている死者にまるで意思を持っているかのように行動させている事よ。並の術者じゃ、そうはいかないでしょ」

「……熟練の死霊術師は、死者の人格すら再現するというわぁ。それを見せて、レヴや静剣レイの認知を歪めつつ、洗脳したってところかしらぁ?」

「だと思う。だから、イリーネの魔法無効化結界さえ発動できれば敵の大半は『死体』に返った筈だったの」

 

 マイカが看破した悪党族の正体、それは一人の死霊術師による『死者の軍隊』だった。

 

 あの女は死者に生者の如く振舞わせ、兵士として使役し、一大勢力を築き上げたのだ。

 

「だったら猶更、イリーネを見捨ててどうすんだよマイカ!」

「……イリーネが殺されたら、一生怨むわよ」

「その心配は要らないわ。だって洗脳されているとはいえ、イリーネを拘束しているのはレヴよ。あの子にどんな強烈な催眠が掛かろうと、イリーネを傷つける事なんて無い筈」

「……そうか」

 

 マイカは、優しいレヴを信用していた。人見知りが激しく、仲間にはとことん甘い幼い戦士レヴのその性格を。

 

 ちょっと認知を歪められたくらいで、彼女が仲間を殺すはずがない。

 

「今は引いて、自警団と合流して策を練るわよ。敵の数が多すぎる、このまま正面衝突すれば分が悪いわ」

「しかも、敵の大半が不死の兵士と来たものだしねぇ?」

「厄介極まりねぇ」

 

 そしてマイカは、もう一つやらなきゃならない事を口に出す。

 

「それと、イリュー。さっきから黙ってるけど、貴女」

「……えっ? わ、私がどうかしましたか」

「ごめんなさい。悪いけど今は、戦力じゃない貴女を護衛する余裕がないの。いったんレッサルの街に帰って隠れていて頂戴」

「……そう、ですか。分かりました、よろしくお願いします!」

 

 ────イリューはマイカの指示を聞き、素直に街の門へ向かって走って行った。

 

 イリューもまた、イリーネの報告によると致命傷が勝手に治癒した存在。つまり、彼女は『死者』。

 

 兵士と同様に『死者』である彼女がパーティにいるのは、危険以外の何物でもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リョウガ、リョウガはどこ!?」

「……おう、ここだ。随分旗色が悪いな」

 

 マイカ達は、そのまま自警団の潜伏していた街近辺の森に駆け込んだ。

 

 リョウガは、マイカ達が逃げ延びてく方向を予想していたらしい。駆け込んだその場所に、彼は待ち構えていた。

 

「……悪い、賊がこの数で攻めて来るとは思っていなかった。悪党族の全兵力が集まってねぇか、アレ。奴ら、本気でレッサルを取りにきてやがるな」

「で、どうする? まずは、イリーネを取り戻す策が欲しい所なんだけど」

「つっても、まず戦力差がなぁ。まともに戦うとしたら、このまま森に潜んでゲリラ戦法するしかねぇんじゃねぇの?」

 

 合流したリョウガは、かなり顔を青くしていた。賊がここまでの戦力を動かしてくるのが、完全に想定外だったようだ。

 

 無理もない。レッサルの自警団なんて、総勢でも100名に満たない小勢力だ。

 

 一方で、今街の外にいる悪党族は優に1000人を超えているだろう。リョウガがどんな指揮をしようと、そもそも勝負にならない戦力差である。

 

「奴ら、何が目的だ? このレッサルに、兵を総動員してまで占領するメリットはねぇぞ」

「……わかんないわよ、そんなの。……何とかして、イリーネさえ解放できれば」

 

 歯軋りをして、賊の屯する方を睨むマイカ。彼女とて、嬉々としてイリーネを見捨てたわけではない。

 

 見捨てざるを得なかったから、見捨てたにすぎない。それほどまでに、兵力の差が酷すぎるのだ。

 

「俺が突っ込んで、何とか……」

「向こうには静剣レイが居るのよ? 前の二の舞にならないと断言できるの?」

 

 この戦力差でまともに戦うのであれば、リョウガの言うようにゲリラ戦を徹底するしかないだろう。

 

 カールが無双できれば話が早いのだが、敵にも静剣レイのような猛者が潜んでおり成功率は高いとは言えない。

 

 完全に、手詰まりの状態だった。

 

 

『さぁて、お前達。今から、高慢ちきな貴族に罰を受けて貰おうじゃないか』

「……この声」

『ワシらから搾り取った金で贅沢三昧、傲岸不遜に振る舞っていた貴族の令嬢。その末路は仲間に見捨てられ、拷問の果てに絶望に果てる。因果応報、とはこの事よのぉ』

 

 

 やがて、邪悪な声が再び耳に響いた。

 

 それは頭に直接語りかけてくる様な、残響を持った気味の悪い声。

 

「……おい、まさかアイツ!」

『人間が壊れるところを、奴等に見せてやろうではないか。さあ、嗤えや嗤え仲間達、キヒヒヒヒッ』

 

 声は、不吉な言葉を吐いた。

 

 喜色を帯びた声色で、何かを壊して楽しむ童の様に笑っていた。

 

 

「あの女! イリーネに、何をするつもりだ!」

『────心の扉。開け、割れろ、砕けて、潰せ。汝の恐れるは、何処?』

「……呪文?」

 

 

 やがて、歌うような女の『詠唱』と共に。

 

 

 ────アアアァァァァッ!!!

 

 

 よく見知った少女の絶叫が、遥か先の敵の陣から響いてきた。

 

「……イリーネ」

「あ、あの女……」

 

 どうやら悪党族のボス、不気味な声で笑う女はとうとうイリーネを拷問にかけたらしい。

 

 

 ────あ、あ、あぁ!! 死にたく、死にたくない! こんな、何もできないままで死にたくないぃぃ!!!

 

 

 普段の気っ風は何処へやら。

 

 森に響くイリーネの絶叫は、まるで年頃の少女のようで。

 

 

『面白い魔法だろう? 過去に経験した最もつらい出来事が、この女の目の前で再現されているのだ』

「……トラウマを、刺激する魔法……」

『実に、無様な良い声で鳴いとるのう。このまま半日も放置すれば、物言わぬ廃人の出来上がりよ。お前達、本当に仲間を見捨てて良いのかえ?』

 

 

 その賊の首領の言葉に、サクラは目を見開く。医療系統に通じた彼女は、その恐ろしい魔法について聞いたことがあった。

 

 それはこれ以上の苦痛は存在しないと言われる、最も残酷な拷問のひとつ。

 

 

 ……人のトラウマを強引にこじ開けて、精神を引き裂く『精神魔法の禁呪』だ。

 

 

 それを数分受けただけでも人格が歪み、一時間も受ければ狂人となり、半日ほどで意識を持たぬ廃人と化す。

 

 この史上最悪の魔法は悪辣すぎるがゆえに、長らく法規で禁じられ伝承されなかった筈。

 

 

「……なんて、惨い事を」

「おいリョウガ! 何か、何か手は!?」

「ちょっと待て、今考えてる!」

 

 

 このままでは、イリーネの心が砕けるのは時間の問題。サクラに体は治せても、心までは治せない。

 

 イリーネを救うために、明確なタイムリミットが設けられてしまった。

 

 

 ────イヤァァァァァ!! 筋肉が、筋肉が萎むゥゥゥ!!!

 

 

 森に響く悲痛な声。

 

 仲間だった少女の極限の絶叫が、カール達の焦燥感を募らせていく。

 

「これ以上は、まずい! こうなれば、やっぱり俺一人で突っ込んで……」

「馬鹿、そんなの敵の思うつぼよ!」

「だったらどうしろって言うんだ!! 今、刻一刻とイリーネが壊されて行ってるんだぞ!!」

 

 仲間大好き人間のカールは、イリーネの叫びで胸が張り裂けそうになっていた。

 

 代われるならば今すぐに代わりたい。彼は本気で、今すぐイリーネの下に駆けだそうとしていた。

 

 

 

 ────骨と皮だけはイヤァァァァァ!!! こうなれば、よし!! フン・ハー!! フン・ハー!!

 

 

 

「……カール。お前、囮になる覚悟はあるか?」

「リョウガ!?」

 

 そんな放っておいても駆けだしそうな様子のカールを見て、リョウガは決断した。

 

「お前を捨て駒にする。お前が最大戦力なのは、前に戦った敵さんも承知の筈だ。絶対に食いついてくる」

「……それで」

「自警団は迂回して、横やりからイリーネたんを奪還する。彼女さえ居れば一発逆転、あの凄まじい魔法があれば賊を丸ごと消し飛ばすことも可能だ」

 

 前にイリーネが見せた、広範囲殲滅魔法。それしか勝ち筋がないと悟り、リョウガは全兵力を使っての賭けに出た。

 

 そもそも範囲攻撃を使える攻撃魔法使いは、軍隊の天敵だ。

 

 だからこそ、敵のボスはレヴちゃんに命じて真っ先にイリーネを拘束させたのだろう。

 

「カール。お前は正面から突っ込んで、出来るだけ敵を引き付けろ。静剣レイを釣り出せたら大戦果だ」

「ちょっと! それでカールが死んじゃったら!」

「この男の他に、真っ正面から切り込んで囮を張れる奴がいるのかよ? ……仲間を助けたいんだろ、命張れやカール」

 

 幼馴染の心配をよそに、リョウガはカールを真っすぐに見据える。

 

 一方でカールは、そのリョウガの無茶な作戦を聞き、満足げに笑って頷いた。

 

「分かった。上手くやって、イリーネを救ってやってくれリョウガ」

「おう」

 

 カールとしては願ってもない話だ。仲間さえ救えるのであれば、自分がどんな危険に見舞われようとも怖くない。

 

「しくじるなよ」

「そっちこそ」

 

 レッサルを守るべく、自警団をまとめ上げたカリスマ『リョウガ』。

 

 女神に選ばれ、魔族を幾度も撃退してきた勇者『カール』。

 

 

 

 二人の『英雄』が今、手を握り合った。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。