【朗報】修羅場系パーティーに入った俺♀だったが、勇者とフラグの立たない男友達ポジションに落ち着く   作:まさきたま(サンキューカッス)

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61話「レッサル決戦 友との誓い」

 戦場を、疾風が駆ける。

 

 魔族を屠る為の大剣を携えた勇者は、咆哮と共に反転し、賊の正面から斬り込んだ。

 

 

「イリーネを、返しやがれぇ!!!」

 

 

 勇者の身体能力と、カールの剣技。それらが組み合わさり、男は英雄になる。

 

 カールは四方八方へ斬撃を飛ばしながら、イリーネの声のする方へ向かって無人の野を進むが如く疾走していた。

 

 囮を任されたカールだったが、彼は自分を捨て駒とは考えていない。あわよくば、自力でイリーネを助けるつもりですらいた。

 

 

「叩き潰してやる、俺の行く手を阻むものはあるか!?」

「くそ、アニキを呼んでこい! あんなの手がつけられん!!」

「邪魔をしないなら押し通らせてもらう!」

 

 

 退路のことなど気にしていない。

 

 彼はただ、仲間(イリーネ)の声のする方へ誘われる様に斬り進んでいった。

 

 

『ほう、想像以上』

「ボス!! ダメです、もう持ちません!」

『こりゃあ大物が釣れたねぇ、良き哉良き哉』

 

 

 そんな勢いで迫ってくるカールを、無視する訳にはいかない。

 

 賊は、慌ててカールを止めるべく増援を向かわせた。

 

 

「……止まれ」

「出たな、レヴちゃんの兄貴。一発ぶん殴るが、文句言うなよ」

 

 

 その中には、当然。前に一度カールを仕留めたことのある、静剣レイの姿もあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うお、カールってあんなに凄まじかったのかよ」

「仲間の事になると、アイツは普段以上の力を発揮するわ。油断しきってた前の戦いを、カールの実力と思わないで」

 

 そのカールの異常な健闘ぶりに、リョウガは目を丸くして驚いた。

 

 前回の戦闘でリョウガが見たのは、10人強の賊を相手に負傷しながらも1人で持ちこたえるカールの姿である。

 

 カールがそれなりの剣士だとは思っていたが、ここまでの一騎当千の勇士とは考えていなかった。

 

 

「で、私達はどうするのかしら?」

「あ、ああ。俺達は森沿いに迂回して、奇襲を掛けるつもりだ。イリーネたんを救い出して、即撤退する」

 

 そう言うと、リョウガは森の奥を指差した。

 

 リョウガ率いる奇襲部隊は敵と交戦せず、あくまでイリーネの救出に専念する方針だ。

 

 土地勘のある彼らだからこその作戦。

 

 幸いと言えるか、今もなおイリーネの叫び声が響いてくれている。そのお陰で、視界の悪い森の中でもイリーネの位置の同定は容易だった。

 

 

「イリーネの心が壊れる前に、助け出さないと」

「ああ」

 

 

 彼女の火力さえ手に入れば、賊との人数差をひっくり返す事も可能。と言うか、勝ち筋があるとしたらこれ位しかない。

 

「敵の洗脳を解除する事は、可能か?」

「……一応、解除する魔法は知ってるわぁ。あんまり得意じゃないから、ちょっと時間は貰うけど?」

「よし。敵の手に落ちたイリーネたんは、もう洗脳されてると見た方がいい。助け出したら、まずサクラに診て貰うとしよう」

 

 暗い森を駆けながら、リョウガはさくさくと作戦を練り上げていく。

 

「弓兵は援護だ。突入地点の左右に居る敵を攻撃し続けてくれ」

「了解、だけど左右を攻撃するの?」

「ああ、突入地点を陣形的に孤立させるんだ。そうすれば、俺達が突っこんでも退路を絶たれないだろ?」

 

 敵がカールに引き付けられているお陰で、イリーネの守りが手薄になっている。

 

 彼はまさに、囮としての役割を十全にまっとうしていた。

 

「全員が揃って、配置についてから作戦開始だ。腹を括れ、正念場だぞ」

「……了解です、おかしら!」

 

 カールの働きに、応えなければならない。

 

 リョウガ率いる自警団は、士気高く突撃の準備を進めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自警団が突入の準備を進めている最中、カールも敵の本陣に斬り込んでいた。

 

「こっちだ、静剣」

「……逃げるな!」

 

 前回の教訓を生かし、彼は決してレイの間合いに近付かず戦っていた。

 

 カールから近寄られなければ、レイは身体能力で勝るカールに追い付けるもない。

 

「アニキ、このままじゃ奴に囲みを突破されます!」

「……っ!」

 

 マイカに教えられた通りに、カールは『レイに攻めさせる』戦い方を徹底した。

 

 飛ぶ斬撃で牽制しながら踏み込まず、レイが得意な近接戦に付き合わない。

 

「……敵は俺とまともに斬り合おうとしない。ボス、このままでは」

『やれやれ、不甲斐ないねぇ』

 

 レイはカウンター型の剣士だ。

 

 彼は攻められてこそ真価を発揮する剣士であり、逃げる敵を追うのに向いてはいない。

 

 囮のはずのカールは、最早イリーネを奪還する目前まで攻め込んでいた。

 

『……もうちっと、手札を切ってやるか。レイ、何とか持ちこたえるんだよ』

「恩に着る、ボス」

 

 囚われたイリーネは最早、目の前。

 

 破竹のごとく進撃しているカールを止められる者は、賊にいない。

 

 そんなカールの快進撃は、

 

 

 

「────」

「む」

 

 

 

 肌色の悪い小柄な剣士によって、とうとう行く手を遮られた。

 

 構や体捌きから尋常ならざる使い手と感じたカールは、地面を蹴って距離を取る。

 

 落ち着いて見渡せば、その近くには異様な体躯の斧使い、筋骨粒々の拳法家など明らかに『レベルの違う』賊が姿を見せていた。

 

 

『ソイツらは過去の名うての豪傑よ。異国の大将軍に、伝説の拳法家、そして最年少の剣術大会優勝者だ。どうだ、素晴らしい()()()()()()だろう?』

「……趣味が悪いったらねぇ」

『もうすぐ、お前もコレの仲間になるんだ。先輩には、仲良くしておけよぅ?』

 

 彼らは、かつて名を上げた『勇士』であった。

 

 武名でその名を各地に轟かせ、悪党族に挑み、そして敗北した男達。

 

 そんな彼らが生涯を捧げた『武』は、今や悪党族のボスのコレクションとして扱われている。

 

 その行いの醜悪さに、カールは顔を顰めた。

 

「おお、我らが幹部が動いたぞ!」

「あの剣士も、もうおしまいだぜ!」

 

 この『豪傑の死体』こそが悪党族のとっておきだった。静剣レイで対応が出来ない現状、切らざるを得なかった最後の切り札。

 

 しかし、賊も好きで出し惜しみをしていたわけではない。この死体は、十年以上前のものも混じっていた。

 

 そんな年月が経った死体は、どれだけ死霊術師が丁寧に手入れをしても、少しずつ腐ってしまう。

 

 

「……退けぇ!」

 

 カールは乾坤一擲、『豪傑の死体』に斬り込んだ。

 

 随分前に死した少年剣士は、芸術的な剣さばきでカールの一撃を受け流そうとする。

 

 ……しかし。

 

「らああっ!!」

 

 

 その剣技のキレは、生前の彼とはほど遠い。

 

 腐って満足に動けなくなっていた『死体』は、そのままカールに両断されてしまった。

 

 

「……あれ?」

 

 

 少年の死体を斬った瞬間、カールは見た。

 

 胴体を切り捨てられ、力なく剣を取り落とした少年を。

 

 何処か、安堵した表情で地面に崩れ落ちたその目を。

 

 

 

 

 ────やっと解放される。

 

 

 

 

 一撃の下に胴を両断された剣士の血肉は、地面に溶けた。

 

 熟練の死体使いといえど、これ以上『損傷した過去の英雄』を維持するのは難しかったらしい。

 

 

「……そうか、そうだよな。ずっと、解放されたかったんだよな」

 

 

 背後から、静剣レイが迫り来ている。

 

 前には、死した豪傑が構えている。

 

 

「なら、遠慮はしない」

 

 

 この死体は全盛期なら、どれほどの猛者だったろうか。

 

 生前であれば、彼らのうちのどの1人にもカールは勝てなかったに違いない。

 

「……」

 

 鈍く、遅い彼らの技。

 

 それは、彼らの生涯をかけ研鑽した『武芸』に対するこの上ない侮辱に感じた。

 

 カールは静かに息を吐いて、迫りくる剣閃を迎え撃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「作戦を成功させるカギはスピードだ。早期決戦、早期撤退を心掛けろ」

 

 カールが敵陣を深く斬り込んだ事により、リョウガは気付かれる事なくイリーネの捕らえられている付近まで侵入できていた。

 

「カールが敵を完全に引き付けている。今以上のチャンスは無い、突入するぞ」

「了解でさぁ!」

 

 そして、リョウガは部隊を少数の突入部隊と弓による援護部隊に分けた。

 

 援護部隊の役割は『退路の確保』と『敵の分断』。

 

「カールパーティで、突入部隊に混じれそうなやつは居るか?」

「ゴメン、私は遠距離専門よ。と言うか、弓兵だし」

「ウチでしっかり近接戦が出来るの、レヴさんかカールだけじゃないかしらぁ? イリーネはまだ素人っぽいし」

「そっか、なら俺達の援護に回ってくれ」

 

 マイカ、サクラ、マスターの3名は援護班に配属されることになった。

 

 突入部隊はリョウガを中心に、自警団の中でも腕利きが集められた。

 

「カールの奴、スゲェな。もう目の前に来てやがる」

「誤射しないようにしないとね。場合によっては、こっちに合流して貰おうかしら」

 

 彼らが突入する予定の場所から数十メートルの位置まで、カールは切り込んでいる。

 

 流石に賊の守りが厚く、そこから先へは攻めあぐねている様子だが。

 

 

「……あの女魔術師。アイツがボスじゃない?」

「良く見えるな、マイカ。……確かに、指示を出してるっぽいが」

 

 

 マイカはイリーネの近くに、不気味な女魔術師がいる事に気が付いた。

 

 頭を抱え半狂乱に暴れているイリーネの近くで、女は杖をかざしてせせら笑っている。

 

「あわよくば、あの女を殺してみよう。だが、深追いする気はない」

「そうね、イリーネの奪還が最優先よ」

 

 ボスかもしれない、といったレベルの推測に命を懸けるつもりはない。

 

 リョウガは、目の前であえぎ苦しんでいるイリーネを真っ正面に見据えた。

 

「よし、作戦開始」

 

 

 その号令と共に、無数の矢が悪党族の本陣に降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リョウガ達は、放たれた矢と共に駆けだした。

 

 彼が定めた目標は、数分以内の戦場からの撤退だ。捕らえられたイリーネに『昏睡薬』を打ち込んで無力化し、サクラの下へと運んで森の奥へと逃げる。

 

「待ってろ、イリーネたん」

 

 突然の弓矢の奇襲に、賊は混乱の極致となる。

 

 その隙をついて、練度の高い自警団メンバーが突入口を確保した。

 

 そしてリョウガは、とうとうイリーネの目前へと肉薄した。

 

「……」

 

 チャキ、と剣の鍔鳴り。

 

 リョウガが踏み込もうとした刹那、小柄な少女の一撃がリョウガの頬を掠める。

 

「そっか、お前が居たよな」

「……ここは、通さない」

 

 間一髪、その一撃を避けて敵に向き直る。

 

 するとあえぎ苦しむイリーネを背に、寡黙な少女レヴが立ちはだかっていた。

 

「なあレヴたん、言っても無駄だと思うけど。悪党の親玉がイリーネたんを拷問してるみたいだが、助けようとしないのか?」

「嘘つき。今、イリーネはレッサルに呪われている。ボスは、呪いを解こうと頑張ってくれている……」

「そういう認識にされてんのね」

 

 少女は、随分と認知を歪められていた。これが悪党族のやり口という奴か、説得は難しそうだ。

 

 ハッキリ言ってレヴは強い。静剣レイには劣るものの、近接戦闘に関してはかなりのレベルである。

 

「あの娘は、俺が相手をする。お前らはイリーネたんの確保を!」

「ガッテン!」

 

 イリーネを拘束するには、複数名の力が必要だ。以前の訓練で、彼女がかなりのパワー型で有る事は分かっていた。

 

 抵抗されないように昏睡薬を打ち込んで無力化し、複数人で担いで走らないとスムーズに撤退できない。

 

「……イリーネは、渡さない!!」

「渡してもらうぜ、イリーネたんを壊される前にな」

 

 リョウガは、短剣を構えてレヴへと飛び掛かった。

 

 彼の戦闘術は、身軽な体躯を生かしたヒットアンドアウェイである。

 

 猛者揃いの自警団で団長を張っているだけあり、彼の戦闘の腕もまた一流と呼ぶにふさわしかった。

 

 

「ほい、目つぶし」

「────ケホっ!?」

 

 

 それだけではない。1対1の正統な戦闘訓練を仕込まれたレヴとは違い、リョウガは嵌め手だろうと汚い手だろうと勝つためには何でもやる。

 

 リョウガはいきなり『目に刺激の強い薬草の乾燥粉末』を投げ付けて、レヴの視界を奪い、

 

「あーらよっと!!」

 

 

 その勢いのまま少女の鳩尾に激しい蹴りを入れ、数メートルほど吹っ飛ばした。

 

 

「イリーネたんの確保は!?」

「出来てます、おかしら」

「よし、撤退!」

 

 

 実に手際よく、事は進んだ。

 

 本音を言えばここでレヴも奪還したいところだが、まずはイリーネの奪還を優先した。彼女さえ取り戻せれば、どうとでもなるからだ。

 

 

 腹を押さえながら、蹲るレヴ。

 

 そんな少女を尻目に、仲間の確保した退路で悠々と逃げ出すリョウガ。

 

 彼の立てた作戦は、完璧に成功した────

 

 

 

 

『ああ、それは困るねぇ』

 

 

 

 

 ────様に、思えた。

 

 

 ソイツは、今までどこに隠れていたのだろう。

 

 不気味なほど目に光の無い女が、いつの間にかリョウガを背後から抱き締めていた。

 

 

『ふぅん、良いねぇ。おまえも良い駒になりそうだ』

「……なんだ、お前っ!」

『あの貴族令嬢は、確かに脅威だったねぇ。でもあの小娘はもう無理だ、立ち直れない程の精神外傷を負ったはずさ。わざわざ使い物にならないゴミを回収しに来て、ご苦労さんだねぇ』

 

 

 言葉から生気を感じない。

 

 抱きしめられた背筋が凍る。

 

 この女からはまるで、人間の気配を感じない。

 

 

『それと、お前は見誤ったよ』

 

 

 リョウガの身体は、金縛りにあったように動かない。

 

 彼は今、魔術師に触られたのだ。どんな魔法をかけられていたとしてもおかしくない。

 

「お、おかしら!!」

「俺に構うな、先に行け!! イリーネたんを撤退させろ!」

 

 

 リョウガは、自身の撤退を諦めた。

 

 イリーネさえ無事なら、彼女を軸にマイカが上手い作戦を立ててくれる。

 

 自警団団長として、敵に囚われてしまうのは不甲斐ないが、それでも十分な戦果だ。

 

「俺なんざどうなっても構わん、お前等は悪党族を滅ぼすことに専念しろ────」

『そりゃ、無理な話だと思うよぅ?』

 

 リョウガの指示通り、自警団メンバーは撤退を始めた。

 

 彼らは何度も、躊躇うかのようにリョウガへと振り返りながら。

 

 

『やっぱり気付いてなかったねぇ』

「……何をだ、悪党族」

『アンタが、この街でもっとも重要な人物さ。そこまで切り込んできている剣士や、大魔法が使える貴族令嬢なんかよりずっとずっと怖い奴』

 

 

 その理由を、悪党族のボスは察していた。

 

 

『自警団団長、リョウガ。チンピラ上がりの男や馬鹿の集まりである自警団が、一個の軍隊として成立しているのはお前が居たからに他ならない。私がこの場で最も恐れていたのは、貴族令嬢でも剣士でもなく、お前さぁ』

「……そりゃあ、随分と買いかぶられたもんだな」

『買いかぶり? とんでもおない、正当な評価だよ。貴族の代わりに、捕まってくれてありがとうねぇ。おまえは、念入りに念入りに────』

 

 悪党族のボスは喜色満面。

 

 リョウガの頭にゆっくりと手をかけて。

 

 

『壊してあげるから』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は? リョウガが捕まった!?」

「イリーネさんの確保を最優先しろって、自分は囮になって、そのまま」

「ば、ば、馬っ鹿じゃないのアイツ!」

 

 無事にイリーネを確保して逃げ出してきた自警団の話を聞き、マイカは色を失った。

 

 イリーネの代わりに、自警団の団長リョウガが捕らえられたというのだ。

 

「イリーネは私に見せて頂戴、すぐに治療を始めるわぁ」

「……サクラ。イリーネが動けるようになるまで、どれくらい時間がかかる?」

「昏睡させられてるから、半日は目を覚まさないと思うわよぉ?」

「そうよね。……」

 

 マイカはリョウガが捕らえられたという方向を見つめながら、静かにため息を吐いた。

 

「……無理ね。彼を再奪還する方法が見つからない、少なくともイリーネが目を覚ますまでは」

「じゃあ、撤退するしかないんじゃ」

「そうなると、もうリョウガは助からないでしょうね。彼は失われるわ」

 

 イリーネを見捨てる時ですら躊躇いの無かったマイカだったが、ここ一瞬の逡巡を見せた。

 

 速攻で見捨てるに違いないと思っていたサクラは、このマイカの躊躇いが意外だった。

 

「この娘は即座に見捨てた癖に、リョウガに随分と肩入れしているのねぇ」

「だってイリーネの時は助ける手立てがいくらでもあったけど、彼はもう無理よ。彼を見捨てるって事は、レッサルを見捨てるのに等しい。そりゃ躊躇くらいするわ」

 

 しかし、躊躇したのは一瞬のみ。

 

 マイカは、すぐその場の全員に撤退を通達した。

 

「何故助からないの? 後でイリーネと一緒にリョウガを奪還すれば……」

「アイツの豆腐メンタルじゃ、イリーネが受けた拷問に耐えられるわけないでしょ」

 

 マイカ自身も既に弓を纏め、撤退の準備を始めている。

 

 珍しく、マイカの表情には後悔の念も混じっていた。

 

「私の責任で、リョウガを見捨てるわ。全員ついてきなさい」

 

 

 ……そのマイカの宣言の直後。

 

 捕らえられたリョウガから発せられた慟哭が、戦場全体に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああああああああぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 それは、悲痛な叫び声。

 

 何かを失い、その絶望に染まった悲哀の絶叫。

 

「そっか。リョウガは、妹さんを失った時のトラウマを……」

 

 サクラはマイカの言葉の意味を理解した。

 

 敵の魔法は、トラウマを呼び起こす魔法だ。リョウガほど辛いトラウマを持っている人間ならば、即座に廃人にされてしまうだろう。

 

「……違うわ」

「えっ?」

 

 だが。

 

 マイカの考えは、サクラの考えとは大きく異なっていた。

 

 

「いや、リョウガと会った時からずっと気になってたんだけど」

「……何を?」

「アイツのさ……」

 

 

 それは、きっと、

 

 『彼女』が誰よりも大きな『トラウマ』を抱えている証拠であった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……死ぬはずがない。

 

 

「ああああ、あああぁぁ!! そんなはずがない!!」

 

 

 ……あの、兄が死ぬはずがない。

 

 

「兄さんが、兄さんが死ぬはずがない!!」

 

 

 少女には受け入れられなかった。

 

 自分の敬愛する兄が、自警団をまとめ上げてレッサルを立て直しつつあった兄が、志半ばで殺されるはずがない。

 

「────死んでない!! 兄さんは死んでない!!」

 

 

 そんな、兄を誰より尊敬していた少女の取った行動は。

 

 兄が殺されたという事実を無かったことにするため、自身の心の平穏を守るため。

 

 

『……サヨリさん? どうしたんです、ここは自警団のアジトですぜ』

『お兄さんの件は、残念でしたが。残った遺品は、もう全部お渡ししたはずで────』

 

 

 彼女は髪を切り落とし、そのまま「いつものように」自警団のアジトに向かって。

 

 

『何を言っている?』

『へ?』

 

 

 かつての兄の部下の前で、こう宣言した。

 

『俺が、リョウガだぞ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その時のサヨリさんは、放っとくと壊れてしまいそうで。最初は仕方なく、話を合わせていたんですが」

「……彼女、思った以上にリーダーとしての素養が高かったってところ?」

「はい」

 

 そう。

 

 リョウガの妹のサヨリは、殺されていなかった。

 

 サヨリは、兄リョウガの死を受け止めきれずに『自分が死んだことにした』だけだ。

 

「俺達自警団はリーダーを失って途方に暮れていたところに、これ以上無い代役が現れたんです。それは俺達にとって、願ってもない話でした」

「自警団は、レッサルに必須の存在。ここで統率を欠く訳にはいかなかった」

 

 こうしてサヨリは、自警団の面々にも認められ2代目の団長『リョウガ』になった。

 

 皮肉なことに、彼女は死んだ兄よりずっと理知的だった。

 

 自警団を組織したのは、兄のリョウガだった。しかし実際に自警団そのものをまとめ上げ、一流の部隊として発展させたのはサヨリの能力あってこそだった。

 

 だから自警団員は、サヨリをリョウガとして敬い続けた。

 

 

「────ただし。その幻想は、たった今砕かれたでしょうけどね」

「……」

「彼女が今、見せられている光景。それは、想像に難くない」

 

 こうして奇跡的なバランスで、かろうじて保っていたサヨリの『精神的均衡』は崩れ去った。

 

 彼女だけは、敵の『トラウマを抉る』魔法を食らってはいけなかったのだ。

 

「『自警団の団長リョウガ』は、もう二度と戻ってこないわ」

「……」

 

 マイカが悲痛な声で、そう宣言した。その理由は、

 

「きっとあの娘、自分がリョウガじゃない事を思い出してしまったもの」

 

 兄を失った妹の、優しい幻想が今破壊されたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『女だったのか。まぁ、でも有用な駒にはかわりあるまい』

 

 ほんの数十秒で、リョウガは意識を喪った。

 

 気を失った訳でも、失神したわけでもない。

 

 耐えきれぬ『苦痛』を前に、精神を壊されたのだ。

 

『お前はしばらく、生きた駒として働いてもらおう』

 

 これが、悪党族のやり口だ。

 

 精神的な拷問で心を折ってから、自分に都合の良い駒へと洗脳する。

 

 こうして、自警団の主は壊された。

 

 これによりレッサルの希望は潰え、再び街は混乱の極致に陥る事となる。

 

 リョウガ亡きレッサルには、滅びの道しか先にないのだから。

 

 

『新しいコレクションだ、キヒヒヒヒッ』

 

 

 魔術師の女は生気の無い目をリョウガ(サヨリ)に向けて笑った。

 

 壊れて微動だにしなくなった『レッサルの英雄』を、愛おしむ様に抱きしめようとして────

 

 

 

 

「何やら無様な事になってるな、リョウガ」

 

 

 突如として飛んできた斬撃に、思わず飛びのかされた。

 

 魔術師の頬に、先鋭な切れ込みが入って血が垂れた。

 

 

『……あり? 何で、お前が此処まで来てんのさ? だって、私のコレクションが……』

「ああ。お前の放った刺客なら、もう全員大地に返した」

 

 

 ブン、と剣士は剣を振る。

 

 その大剣にこびり付いた腐った血肉が、大地へと弾け飛んで消える。

 

 

『レイ、レイは何処だ!?』

「一度負けた相手には、もう負けねぇよ。さっき一発、ぶん殴って気絶させた」

 

 

 魔術師は、言葉を失った。

 

 そんな馬鹿な話も無いだろう。彼に向けて放った『歴代の英雄』は、それぞれ一騎当千の化け物だ。

 

 静剣レイだって周囲に敵なしと恐れられた、バリバリの全盛期の剣豪である。

 

 そんな、人傑のオールスターを相手に戦ってきたその青年は、傷一つ負っていない。

 

 

 

「……流石だなリョウガ、イリーネは約束通り取り戻してくれてんだな」

『お前、お前は一体何者だ』

「あん?」

 

 

 返り血で全身を朱く染め上げて、なお目に戦意を爛々と輝かせるその男は、

 

 

「そこで寝てるリョウガの友達(ダチ)だよ」

 

 

 そう言い、魔術師に向けて大剣を構えた。

 

 


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