【朗報】修羅場系パーティーに入った俺♀だったが、勇者とフラグの立たない男友達ポジションに落ち着く   作:まさきたま(サンキューカッス)

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65話「静剣レイの慟哭」

 肌寒い朝風が、レッサルの郊外を吹ける。

 

「……」

「……」

 

 

 全てが終わり、巨悪が堕ちた後。

 

 悪党族の雑兵の肉体は、半日も持たずに朽ちていった。

 

『ありがとう、ありがとう』

『解放してくれて、ありがとう』

 

 彼らは嗄れた声で礼を述べて、方々へ立ち去った。

 

 死の間際まで神に祈る者、景色の良い死に場所を探しに行く者、その末期は様々であった。

 

 

「レイ、貴方────」

「……あぁ」

 

 

 そう。人の骸は、放っておけばすぐに朽ちてしまうのだ。

 

 そして死者となり、その御霊は女神の下へと導かれ行く。

 

 これまでその身体を維持できていたのは、死霊術の恩恵に他ならない。

 

 

「……俺はもう、少し疲れた」

「そうですか」

 

 

 ……物言わぬ骸に囲まれて、剣士は独り言ちた。

 

 死した魂は、女神によって救済される。それが、人間として生きた者の定め。

 

 

「────だがこれも、報いと言う奴なのだろう」

「……」

 

 

 死霊術を受ければ、死者であろうと生きているかのように動け、話が出来る。

 

 だから、例え()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして彼らと同じく、悪党族に堕ちボスに従っていた静剣レイは────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ヨイショ、ヨイショ」

「せめて服くらい着てはどうですの」

「……俺もそう思うのだ。是非、進言してくれないか」

 

 『自警団』と記された赤ふんどし姿で、延々とレッサル郊外に穴を掘っていた。

 

「……ヨイショ、ヨイショ」

「ちなみに、それは何をしていますの?」

「墓地作りだ。奴に利用された憐れな骸を、眠らせてやる為のな」

「ああ、成る程」

 

 静剣レイ。

 

 悪党に心を操られ外道を成したその男は今、一人の少女の下僕であった。

 

「あの。私やサクラさんが土魔法を使えば一瞬で終わるのですが……やりましょうか?」

「俺としてはお願いしたいのだが。長が……」

「ダメです」

 

 爽やかな汗を流し、一人で粛々と穴を堀り続ける男。

 

 そのすぐ傍には、作業全体を指揮する女が立っていた。

 

「貴族のせいで悪党に堕ちたかもしれない人達のお墓です。それを魔法で作るなんてとんでもない」

「……はあ」

「イリーネさんを悪く言うつもりはありませんけど、私達はやっぱり魔法使いが嫌いなんです。ならせめて、お墓くらい手作業で作ってあげたいじゃないですか」

 

 その少女は、ショートカットの黒髪を手拭いで纏めて。

 

 照りつける太陽の中、自警団を指揮してレッサルの復興作業を進めていた。

 

「後、その格好は純粋な私怨」

「……私怨には飲まれないんじゃなかったのか」

「私怨で人は殺さないだけ。良いから働け、静剣」

 

 言われてみれば、何故リョウガ────サヨリを女性と気付かなかったのか。

 

 胸は皆無であるが、声や顔はボーイッシュな少女そのもの。

 

 正体を知ってしまえば、もう少女にしか見えない。

 

「では、私に何か手伝うことは?」

「そうですね。お客様に手伝わせるのはなんですが、外壁の修繕などお願い出来ればありがたいです」

「心得ました」

 

 自警団には、飯に寝床に世話になった。ここは、俺も手伝っておくとしよう。

 

 それに今回の戦闘で、俺はずっと寝っぱなしだった。俺も手伝っておかないと『役立たず』の烙印を押されてしまうかもしれない。

 

 

 

「……兄ぃ」

 

 

 

 そして同じく、今回の戦闘で『あんまり役に立たなかった仲間』のレヴちゃんは遠巻きにレイを見つめていた。

 

 話しかけようとして、話しかけられない。そんな雰囲気だった。

 

「……妹には、嫌われてしまったみたいだな。まあ、これまでの俺の所業を思えば無理もない」

「いえ。純粋に『実の兄が赤ふんどしで穴掘りしている』から話しかけられないのでは」

 

 レヴちゃんは思春期真っ只中の内気少女である。

 

 そんな多感な年頃の彼女に、半裸赤褌の兄貴は辛いだろう。

 

 よし。ここはパーティーの外交担当たる俺が、軽快なトークで場を盛り上げてレヴちゃんに話しかけやすくしてやろう。

 

「……にしてもレイ、良い身体をしていますわね貴方」

「む、どうしたいきなり」

「かなり、鍛え込んでいると見ましたわ。出来れば後で、格闘技術の指導をお願いしたく思いますの」

 

 男を褒めるときは筋肉を褒めろ、これは俺の格言だ。筋肉を褒められて気分を害する奴は居ない。

 

 それに実際、筋肉マイスターの俺から見ればレイの肉体は素晴らしい。純粋に剣術に必要な筋肉のみを鍛えてあるその肉体は、まさに芸術だ。

 

 カールもそこそこ鍛え上がっているのだが、レイの肉質はレベルが違う。素朴で純粋な、筋肉美がそこにあった。

 

「……俺はまだ、修行中の身だ。それでも良ければ」

「よろしくお願いしますわ。敵がどんな猛者であろうと、一太刀に首を飛ばされない程度には鍛えて頂きたいです」

「……ああ、善処する。それが、貴様への贖罪になるのならば」

 

 レイは、1度俺をぶっ殺しかけているのを気にしている様子だ。

 

 あんなの、油断した俺が悪いんだから気にしなくていいのに。

 

「……しかし、お前。その、イリーネと言ったか」

「ええ」

「……お前も、相当に鍛えているだろう。お前の首を飛ばす時、スッパリ両断するつもりだった。思った以上に肉厚があって、首を残されたがな」

「笑えませんわね、そのお世辞は。……まぁ、貴族令嬢として美を保つ程度には、トレーニングもしておりますわ」

 

 ふむ、コイツそんなに殺意高かったのか。

 

 いやぁ鍛えていて本当に良かった、筋トレのお陰で命を救われた。

 

 やはり、筋トレに勝る健康法は存在しないのだろう。

 

「美を保つ程度だと? ……その肉体、一流の女戦士に見えるが」

「……やめてくださいな、煽てても何も出ませんわよ」

「服の上からは分かり辛いが、なかなか引き締まっている。筋肉が偏重しておらず、全体のボディバランスも良い」

「あらやだ、おほほ」

 

 えっ何? コイツすっごい誉めてくるんだけと。

 

 もしかして口説かれてる系? 俺の筋肉にも春が来た?

 

「もう、そんな誉められましても困りますわ、おほほほ。いやもう、でも、分かってくださいます? 貴族であっても自己研鑽は必要ですし、それなりの努力はもう、おほほほ」

「……ああ、後は正しい身体の使い方を学べば優秀な戦士(ソルジャー)になれよう。見た目に分かりにくいが、貴様の肉体はほぼ完成している」

 

 ベタ誉めですやん。これ口説かれてるのか? いや、だとしても嬉しいな。

 

 そうなんだよ、結構これでも努力してるんだよ。お前に首飛ばされたり魔族に苦戦したりと、肉弾戦は負け続きで自信を失いかけてたけど。

 

 俺の肉体、割と鍛えあげてるから強いはずだよな。

 

「ええ、ではご指導の程をよろしくお願いしますわ、おほほほほ。それよりレイさん、何かして欲しいことはあります? 後で紅茶でも淹れましょうか」

「……? いや、特に喉は渇いていないが」

「あらやだ、そうでしたか、やだオホホ」

 

 レイ級の剣士に『肉体が完成している』なんて言って貰えたら、そりゃあ自信になる。

 

 おお、俺の全身の筋肉も喜んでいるぞ。喜びの舞い(ビルドアップ)でもやろうか。

 

 ふふふ、今日は良い日になりそうだ。さっさと壁の修繕を終わらせて、レイに鍛えてもらおう。

 

「では、後程お時間をいただきに参りますわレイさん。楽しみにしておりますわよ」

「ああ、委細承知した」

 

 ウキウキ鼻唄を鳴らしながら、俺はレイと別れた。

 

 何か忘れてる気もするが、どうでもいいや。

 

 よし。依頼されたレッサルの外壁、今まで以上に強力に作り直してやるぜ。

 

 出血大サービス、魔法の大安売り。魔力が尽きちゃうかもしれないけど気にしない。

 

 魔法なんて飾りなんですよ。偉い人にはそれが分からんのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……カール。さっき兄ぃが、露骨にイリーネ口説いてた」

「何ぃ!? おいゴラァ、ちょっと面貸せや静剣」

「えっ」

 

 ……何か俺の背後が騒がしいけど、気にしないでおこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これより、訓練を行う」

 

 夕刻。墓地作りや外壁補修も一段落した頃、俺は約束どおりレイに呼ばれ訓練してもらう事になった。

 

 近接戦闘のスペシャリストの指導だ、この機会にみっちり鍛えてもらおう。

 

「よろしくお願いしますわ!」

「よろしく頼むぜ、静剣」

「……」

 

 レイの剣技の凄さはよく知るところ。静剣レイと訓練する旨を伝えたら、カールやレヴちゃんも参加すると言い出した。

 

 善き哉、善き哉。みんなで一緒に強くなろう。

 

「……ねぇ。兄ぃは何でまだ赤ふん────」

「カール。貴様は自分なりの剣術をもう持っているな?」

「あぁ、我流だがな」

「ならば実戦あるのみ。乱取りをしながら、貴様の剣の改善点を見つけていこう」

 

 既にある程度強いカールは、実戦訓練を重ねるらしい。

 

 良いなぁ、俺も早くその段階に進みたいぜ。

 

「イリーネ。お前はまだまだ体捌きが未熟だ、しばらくは型稽古を続けろ」

「……了解ですわ」

「今から俺の流派の徒手型を4つ教える。……これは我が一族の秘伝なので、なるべく他に伝授しないでくれ」

「おお……、そんな貴重なモノを」

 

 俺は、何かレイの一族の秘伝流派的なものを教えてもらえるらしい。

 

 え、マジで。良いの?

 

「……兄ぃ。何それ、私まだ習ってな────」

「この型はある程度身体が出来てないと難しい。しかし、貴様なら耐えうるだろう」

「分かりました! 是非、よろしくお願いします」

 

 おお。本当に、何か凄いのを教えてもらえるみたいだ。

 

 これで、俺も戦士を名乗れる感じになるのだろうか。

 

「そして最後にレヴ」

「……むすー」

「何を膨れている……」

 

 最後に、静剣はレヴちゃんに向き合った。

 

「お前とは、今まで通りやるか。型合わせ、基礎鍛練、そして最後に組手だ。父が居ないので、総括は俺とやろう」

「……ぶー」

「何故そんなに機嫌が悪い」

 

 ……さっきから、露骨に無視してたからではないだろうか。

 

 多分、都合が悪かったら流したんだろうけど。

 

「……兄ぃ。イリーネが習う型、私知らない」

「お前にはまだ早い」

「父ぅも、兄ぃもいつもそればっかり。私だって……」

「身体が出来てない間から強力な型を身に付けてしまうと、それに頼って無茶をするようになる。レヴ、貴様の体格ではまだ扱えん」

 

 ……レヴちゃんは、そう言われると何も言い返せないらしい。彼女は黙り込んで、ムスッと頬を膨らませた。

 

 ふむ、レヴちゃんは兄とこう言う感じの関係だったんだな。師弟とまではいかないが、上下関係は有るらしい。

 

「じゃあ、最後に1つ。何で兄ぃは赤ふん────」

「よし、では稽古を始めよう」

 

 レヴちゃんの質問は再び流され、少女は頬を膨らませる。

 

 でもレヴちゃん。彼が赤ふんどしなのは、遠巻きに訓練を眺めて微笑んでいる団長(サヨリ)の仕業だと察してあげよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、日は暮れて。

 

「カール様、イリーネ様、レヴ様。訓練お疲れ様でした、ここにタオルをご用意しております」

「お。サンキュー、リョウガ。……じゃなくて、サヨリちゃんか」

 

 自警団の団長リョウガ改め、サヨリ。

 

 彼女は何が面白いのか、ずっと俺達とレイの訓練に張り付いていた。

 

「サヨリさんは、訓練に参加されなくて良かったんですか?」

「私は今更、新たな流派を習得する理由もないですし。後、本来指揮官は後方で指示を出すものですから」

 

 亡き兄さんの後を追って、今までは最前線に出張ってましたけどネ。

 

 彼女は照れたように、そう笑った。

 

「やっぱり私は、兄さんほど強くは在れなかった。『リョウガ』という化けの皮がはがれた今、きっと私は戦士たり得ないでしょう」

「……だけど、貴女は兄とは違う強さを持っていた。個人としての武は兄が優れれど、軍団としての武は貴女が優れていた。そう、自警団の方からお聞きしましたわ」

「まさか、兄さんはきっと両方を私以上にこなしていましたよ。……私に流れる兄さんの血が、私に力を貸してくれただけです」

 

 ……そこには今までのリョウガとは全然違う、柔和な笑みを浮かべた少女がそこにいた。

 

 これがきっと、サヨリ本来の『地』なのだろう。

 

「皆さんに感謝を。貴方達のお陰で、レッサルは守られました」

「……私は、その礼を受け取れませんわね。むしろ、貴女に救われた身です」

「いえ、イリーネ様。貴女がいなければ、あの悪党を滅ぼす事は叶いませんでした。それに、」

 

 サヨリは、目一杯の笑顔を浮かべてカールに向き合い、

 

「……私も、カール様に救われたんです。おあいこですよ」

 

 はにかみながら、カールにタオルを手渡した。

 

 ……その目には、何処か熱烈なモノを感じる。

 

 あ、そっかぁ。

 

「……」

 

 レヴちゃんもサヨリの熱烈視線に気付いた様で、やや目付きが険しくなった。

 

 そういやカール、たった一人で悪党族に切り込んでサヨリを助けたんだもんな。そりゃフラグくらい立つわ。

 

 ……まぁ、普段の奴のエロバカっぷりを知れば、そのフラグはへし折れるだろうけど。

 

「もう風呂場は開いております。良ければこのままご利用ください」

「お、サンキュー」

 

 そして案の定、カールはサヨリの熱烈視線に全く気付いていない。

 

 安定感あるな。流石、幼馴染みの気持ちを曲解して勝手にフラレた奴は違うぜ。

 

「イリーネ達が、先に入ってくれ。後で、俺と静剣が最後に湯を貰う」

「……いえいえ。私は後からでも新鮮な湯を出せますので、カールさんこそお先にどうぞ」

「……む、良いのか?」

「なるべく新しい湯の方が良いでしょう。こう言う時、魔術師は後回しで良いのですわ」

 

 ……うん、これで良いのだ。

 

 適当にこじつけたけど、本当はサヨリとカールを二人きりにしたら、レヴちゃんの目付きが怖くなるんだ。

 

「じゃあ、行くか静剣」

「レイで構わん」

 

 俺の説得を受けて、男二人は風呂場へと歩いていった。

 

 ……男同士、二人きり、密室。良いなぁ、きっと馬鹿話で盛り上がるんだろうなぁ。

 

 男子の馬鹿なノリは、久しく体験していない。サクラの店でバイトしてた時以来だろうか。

 

 また、ああいうノリで騒ぎたいモノだ。

 

「赤ふんどし姿の兄ぃは、見たくなかった……」

「見ないふりをして差し上げましょう。それに、男子はそう言うノリ結構好きですわよ?」

「……兄ぃは、糞真面目だから」

 

 まぁ、それは確かにそんな気がする。

 

「貴方の兄は、あんまり騒ぐタイプでは無いのですね」

「うん。多分、カールと二人でお風呂しても、事務的な事しか言わないんじゃないかな」

「……そんなものですか」

 

 まー、確かにそうか。いくら男二人とはいえ、カールとレイが馬鹿話で盛り上がるとは考えにくいか。

 

 下手したら、風呂でずっと無言とかありそう。

 

「ま、それも青春ですわ」

「……青春?」

 

 風呂場で盛り上がったかどうか、後でカールに聞いてみよう。

 

 女の前では格好つけてるだけで、レイも実は結構砕けた性格かもしれないし。

 

 もしそうなら、猿仮面を被って飲みに誘っても良いかもしれない。

 

「レヴさん。私達は部屋で、湯浴みの準備をしておきましょうか」

「……うん」

 

 まぁ、何にせよ。

 

 カールに同年代の男友達が出来たのは良いことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────その一方、風呂場にて。

 

「……おい、今何て言った、静剣」

「聞こえなかったのか、カール」

 

 全裸の男は二人、浴槽で目を吊り上げて睨み合っていた。

 

 一触即発。その時浴槽では、二人が敵対していた時のような緊迫感が漂っていた。

 

「ならばもう一度、言ってやろう」

「何ぃ!?」

 

 静剣と呼ばれた男は目を伏せて。

 

 何かを決意した顔になり、再びハッキリ宣言をした。

 

 

 

 

 

「覗きをするぞ、カールッ!!」

「アホか貴様ッ!!」

 

 

 

 

 

 ……風呂場では、イリーネの想像を遥かに超えた馬鹿話が展開されていた。

 

「まぁ、聞けカール。話の枕も聞かずに怒鳴られては、進まない」

「そんな話を進める気は無いんだが。お前ぶっ殺すよ? 俺の仲間を覗くとか言い出したらくびり殺すよ?」

 

 大真面目な顔で、最低な計画を語ろうとするレイ。

 

 実の妹も風呂に入るというのに、こいつは何を考えているのだろうか。レヴが聞いたら、絶縁でも食らうんじゃないか。

 

「無論、貴様の仲間を覗くつもりはない。妹も混じってるし、悪いしな」

「……当たり前だ」

 

 静剣レイが仲間に手出しをする気がないと知り、いったん怒りを収めるカール。

 

 彼の表情からは、呆れが強くなってきた。

 

「俺の仲間を覗かないなら、誰覗くんだよ。男にでも興味あるのか、お前」

「無論、サヨリだ」

「……それも大概悪いだろ」  

 

 レイは、どうやらサヨリを覗く心積もりらしい。

 

 彼は、サヨリに相当負い目が有る筈だが、それを気にしないのか。

 

「……俺は、あの女に忠誠を誓った。それが、贖罪になるならと」

「おう、そう聞いたぜ」

「だからと言って……あの辱しめはどうなんだ」

「……ん。まぁ」

 

 静剣は、風呂場で静かに涙を溢した。

 

 実の妹の前で、赤ふんどし姿を強要される事。それは、一応クールな感じの兄貴だったレイにとって耐え難い恥辱だったのだ。

 

「……だが今後一生、俺が奴に尽くさねばならぬのは事実」

「まぁ、そうだな」

「ならばせめて……奴の風呂を覗くのさ」

「そこが分からない」

 

 カールは、この時悟った。

 

 レイは、結構なアホだと。

 

「そんな馬鹿なことに俺を誘うな。女の身体を盗み見るなんて、人間の風上にも置けない」

「妙だな。貴様は、新たに女の仲間が入る度に全裸を確認していると聞いたが」

「……してません」

 

 確かに、(自分から確認は)していない。

 

「それに、もうサヨリとも一緒に風呂に入ったと聞いたぞ」

「……」

「俺は生まれてこの方覗きなどしたことがない。なので貴様に、その手腕をご教授願いたかったのだが」

「勝手に人を覗きのプロにしないでくれ」

 

 どうやら今夜が覗きデビュー戦のレイは、その道のプロに指導してもらいたい様子だった。

 

 ……カールは、頭が痛くなった。

 

「それに、貴様にもメリットがある」

「……何だよ」

「恐らく、これで貴様のラッキースケベ体質は良くなるぞ」

「何ぃ!?」

 

 しかし、続けて出てきたレイの言葉に、カールは興味を示した。

 

「女の身体を意図的に覗く。そんな男に、今後ラッキーが起こるはずもない」

「……いや、でも」

「それにサヨリ自身が今日、冗談混じりに自警団の仲間に笑ってこう言った。『私を覗いても構わないが、バレないようにしろ』と」

「……っ!!」

「そう。あの女、覗かれるのを気にしないタイプなんだ」

 

 ここで、衝撃の新事実。

 

 何と、サヨリは自警団に覗きOKを宣言していたというのだ。

 

「どうだ、カール。やらないか」

「いや、待て、でも」

「あの女自身が構わないと言っていたんだ。俺自身も軽い怨みがある、お前は妙な呪いが解ける」

「うぐ、うぐぐぐぐ」

「ここで攻めずして、何が男だ。覚悟を決めろ、戦士カール」

 

 静剣による迫真の説得で、カールの心が揺らいだ。

 

 カールだって男の子。女性の体に興味がない筈がない。

 

 

「奴は、一番最後に風呂を浴びるつもりだ」

「……」

「今夜、日没後。作戦を開始するぞ」

 

 

 そう言って差し出されたレイの手を、

 

「そこまで言われたら……行くしかねぇか」

「ふ、分かってくれたか」

 

 カールは、悩みながら握り返したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。

 

 闇がレッサルを覆い、出歩く者もなく、静寂が場を包む中。

 

 浴槽に火が焚かれ、女が一人入っていった。

 

 

「────行ったぞ、カール」

「────ああ、確認した」

 

 

 アホが二人、男部屋からサヨリの様相を確認する。

 

 ……彼女は間違いなく、この深夜に湯浴みを開始した様子だ。

 

「ではマスター、後は頼みます」

「若ぇですなぁ、旦那」

 

 二人は既に、マスターと口裏は合わせていた。

 

 これで、男二人のアリバイは証明される。

 

「……作戦開始」

 

 やがてレイとカール、二人の剣士は夜闇に紛れて出陣した。

 

 

 

「……サヨリの胸は、皆無だった。以前風呂で見た時は、完全に男だと思っていた」

「そうか。服の上から見てもそんな感じだな」

「だから、俺は愚かにも下を確認していなかったんだっ!」

「な、何て愚かなんだ、貴様は」

 

 最低な会話を続けながら、二人は無駄に洗練された動きで浴場に忍び寄っていく。

 

 カールもレイも、一流の剣士だ。その練度は、そこらにいる一般的な覗きと比べ物にならない。

 

 彼らは、訓練された変態なのだ。

 

「間も無く目標地点に到達する」

「周囲の警戒を怠るな。しっかりと、足音を消して慎重に忍び寄れ」

 

 やがて、彼らは浴場の目の前に到達した。

 

 目標は目の前だ。カールはいよいよ、風呂場の排水口の傍へと近付こうとして────

 

 

 

 

 

「今夜は~こんなにも~月が綺麗ですから~」

「……っ!」

 

 

 

 謎にハイテンションな女の声を聞き、咄嗟に身を伏せた。

 

「ニャンニャンニャンニャン、お月さまニャン♪ 猫も歩けば棒に当たるぅ」

 

 それは、カールには聞き覚えの有る声だった。

 

 そう、それはパーティーで一人戦場を離脱した修道女……。

 

 

「カールっ! あの女は誰だ!?」

「イリューだ! くそ、最も行動が読みにくい奴が出てきやがった」

 

 小声で、カールとレイは叫び合う。そこに、目がイッてる頭のおかしい修道女が居たからだ。

 

 何故、あの女は深夜に一人で歌を歌っているのか。

 

 何故、月に猫が居るのか。

 

 お月さまニャンって何なのか。

 

 

 ────全てが、常人の理解の範疇を逸脱している!!

 

 

「見かけないと思ったら、こんな所で奇行に走っていたとは!」

「……あのキャラの濃さ、お前の仲間だな! くそ、どうしてくれる!」

「別に俺の仲間はキャラ濃くねーよ! アイツが群を抜いて濃いだけだ」

「……そんな事はどうでも良い! カール、どうするつもりだ、この状況!」

「むっ……」

「あの女の目的は何だ? 何でこんな時間に彷徨いている?」

「分からん。イリューだけは、全てが何も分からん」

 

 楽しげに唄う修道女を尻目に、カールとレイは口論する。

 

 綿密に練った計画を、理解できぬ奇行でぶち壊されたのだ。それはもう、ヘイトも溜まろう。

 

「落ち着け、冷静になれカール。ここは潜伏し、奴が立ち去るのを見守るんだ……」

「そんな事をしたら、目標が風呂から上がるぞ! 目の前に、裸体が有るんだぞ!」

「悔しいが、耐えるしかない。ここは、雌伏の時なんだ」

 

 しかし、修道女は歌をやめる気配がない。

 

 実に楽しげに、イリューは月夜の下で舞い踊る。何かの儀式なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「……もう、限界だ。これ以上は……」

「ああ。流石に、サヨリもそろそろ風呂からあがるだろう」

「ちくしょう、イリューめ。……とうしてあんなにも、風呂場は遠い────」

 

 やがて、数十分が経ち。イリューはまだ、気持ちよく歌い続けていて。

 

 修道女に場を離れるつもりが無いことを、二人の男は悟った。

 

 

「悔しいぞ、レイ……」

「帰ろう。帰れば、また来られるから」

 

 

 ここで見つかってしまえば、女性陣からの評価が終わる。

 

 二人の戦士は涙を飲んで、再戦を誓い立ち去った。

 

 

 思えば、これがカールにとって初めての「スケベへの敗北」であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くしゅっ。カール様、まだかな……?」

 

 

 そして。

 

 部下(レイ)に命じカールに自らを覗かせる策略を練ってた知将(サヨリ)は、

 

 

「……くしゅっ」

 

 

 いつまでも現れぬ覗き犯を待ち続け、軽い風邪を引いたという。

 

 

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