【朗報】修羅場系パーティーに入った俺♀だったが、勇者とフラグの立たない男友達ポジションに落ち着く 作:まさきたま(サンキューカッス)
「ふぅ。地面がデコボコで歩きにくいですねぇ」
満月の浮かぶ、漆黒の夜空の下。修道女は一人、荒野を歩いていた。
「……まさか、あんな夜遅くにカールさん達と出くわすなんて。咄嗟に歌で誤魔化したけど、怪しまれちゃったかなぁ」
深夜に出歩いたところを見られ苦しい誤魔化し方をしたイリューは、明日問い詰められたらどうしようと辟易した。
彼女は別に、頭パッパラパーだから奇行に及んだわけではない。ただ、誰にも知られずこの場所に来る必要があっただけ。
その場所とは、昨日にレイとサヨリが斬り合い悪党族のボスを滅ぼすに至った決着の場だった。
「ああ、居た居た」
イリューは、何かを見つけ屈み込む。
彼女が手を伸ばしたその先には、微かな魂の煌めきが有った。
「……久しぶり。私と別れた後も、頑張ってたんですね」
その、小さな魂の残滓を手で包み。修道女は、空に祈りを捧げた。
「────お疲れさま」
「ええっ!? カール様、もうすぐ旅立っちゃうんですか?」
「あ、ああ。言ってなかったっけ?」
翌朝。俺達がレッサルをいつ発つかの相談をしていたら、サヨリが血相を変えて割り込んできた。
彼女は、俺達が暫くレッサルに滞在するもんだと思っていたらしい。
「復興が一段落して、
「アナト……、それはまた遠くに」
「不眠不休で歩き詰めでも、アナトまで一週間はかかるわ。道中休むことを考えたら、そろそろ出発しないとね」
そう、それは女神が指定した次の目的地。恐らく、そこで再び魔族との戦いがある筈だ。
まだ日にちに余裕があるとは言え、旅の途中で体調を崩さないとも限らない。レッサルの復興が済めば、なるべく早めに出発しておきたい。
俺達が遅れたら、たくさんの犠牲が出るかもしれないのだ。
「……カール様ぁ。では、後はどのくらい滞在を……?」
「とりあえず、旅の準備を整えたら出発だから……2日くらい?」
「えー……」
サヨリは、見捨てられた子犬のような表情でカールを見つめている。
……もしかして、俺達に着いてきたいのだろうか。サヨリ、どう見てもカールに惚の字だし。
「……。そうですか、では必要な物があれば言ってくださいね。貴方達はレッサルの恩人、出来る限りの援助は致します」
「おお、ありがとうな」
だけど、レッサルにサヨリという存在は必要だ。
この街を取り仕切り、悪党族との戦いの後始末をつけ、この地の貴族と交渉する。そんな大仕事が、彼女の肩に乗っている。
レッサルの指導者たる彼女が、俺達に追従するわけにはいかないだろう。
「……」
「ん、どうした?」
「いえ、何も」
ただ、彼女なりに苦渋の選択だった様で。
サヨリは物凄く名残惜しそうに、潤んだ瞳でカールを見詰めていた。
「……ね、だから焦る必要とか無いのよ」
「……ん、マイカの言う通りだった」
そして、背後から聞こえてくる女子組の黒い会話は聞き流すことにした。
そっか、それでマイカは動かなかったのか。
魔法使いは、便利屋だ。
俺とサクラは、今日もレッサル周囲の土木作業をするために駆り出されていた。まぁ、自警団には世話になったしそれは全然かまわない。
「いやあ、悪党族は強敵でしたね! ですが私達にかかれば何のその!」
ただ奴は、何をやっているのだろうか。
俺が黙々と土魔法で外壁を補修している中、市民を集めて弦楽器を引きながら演説をしている女が居た。
「カールさんがバッタバッタと敵を薙ぎ倒し、イリーネさんが魔法で大地を焼き尽くし、マイカさんの弓が眉間を射抜き、私の拳が大地を割り!」
……修道女イリュー。
今回の戦いには参加していない筈の彼女は、まるでその場で見てきたかの如く俺達と悪党族の戦いを吟んじていた。
「私達のあまりの強さに絶望した悪党族は、一人、また一人と恭順を誓った! 正義の心が悪を砕き、闇夜に光をもたらしたのです! べべん!!」
「おおー、良いぞ」
その周囲には、今回の大襲撃の詳細を知りたかったレッサル民が集って大騒ぎ。
騒ぎの中心たるイリューは、大量のおひねりを投げられご満悦の表情だった。
「さあさ御立合い! 向かい来る悪党は静剣と呼ばれし悪逆非道の剣士レイ、相対するはこの私! 私とレイが拳と剣を交える事数合、我が必殺の『刃砕き』が静剣の業物を打ち砕いた! 狼狽する静剣を見て好機と見たか、間髪入れずに弓兵マイカの弓がレイの腕を射抜き、魔術師イリーネの魔導が大地を焼く!」
「ほうほう」
「そして仕上げは我らが大将、大剣使いのカール! 彼は燃え盛る火炎の中に勇敢に飛び込み、その大剣で旋風を起こし炎ごと悪を断った! 静剣はカールの凄まじい剛力を見て『これは敵わぬ』と膝を突き頭を下げる。こうして、レイは我らに恭順を誓う運びとなった!」
……イリューに凄く突っ込みたい。
お前は何も見ていないだろ、話を勝手に作るな。ちゃっかり自分の活躍シーンを盛り込んでんじゃねぇよ。
「不甲斐ない部下の姿を見て、激高した悪党族の親玉はとうとう戦場に姿を現した! それは怪物を思わせる巨漢、身長は7尺に及び両手には大斧を持ち、その形相は悪鬼の如く!」
「おおー」
「しかし正義の心は砕けない、カール率いる我らがパーティは再び大地を蹴って────」
イリューのせいで、悪党族のボスが勝手に大男に改変されている。女だったやん、嘘ばっかりやん。
でも、周りの民衆は凄く楽しそうに聞き入ってるし……。娯楽としては、ありなのか?
「……あの娘、話の内容はともかくとして他人を楽しませるの上手いわねぇ」
「吟遊詩人として、食っていけそうですわね」
少なくとも、修道女のやる事では無いな。
よくて詩人、悪くて詐欺師だろう。
「カールさん、カールさん! 愚民を騙して路銀を巻き上げましたよ、誉めてください」
「それは誉めたくない」
夕刻、イリューはたんまり資金を携えてアジトに戻ってきた。
彼女は朝からずっと、あの場所で弾き語りをしてきたらしい。それなりの額のお捻りを貰えた様だ。
「イリューは良い子ね。よしよし、明日も頑張りなさいよ」
「わーいマイカさんに誉められた!」
「……こいつら」
どうやら、アレは彼女なりの金策だったらしい。
間も無く出発する俺達のために、路銀を集めてくれた様だ。
「話の内容は無茶苦茶だったけどねぇ」
「戦いの詳細をカールに聞いてみては? 正しい情報を伝えないと、嘘つきになりますわ」
「馬鹿言わないでください、民衆は正しい話より面白い話を信じるんですよ。だから、私の話が正しい歴史になるのです」
「うおう、たち悪い」
あと、イリューの無茶苦茶な弾き語りは確信犯だったらしい。
それで自分の活躍を盛り込んでやがったのか。
「……と、言うか。イリューって私達に付いて来るの?」
「ほえ?」
「もうレッサルの治安は安定してきたし、無理に私達に付いて来ずここで暮らすのも良いんじゃない?」
「いえいえ、ここの聖堂は爆発四散したので就職先がありませんし。よろしければこのまま、カールさんの旅に追従したいと思ってるのですが」
いや、修道女辞めて吟遊詩人になれよ。絶対、そっちの方が向いてるぞ。
「あと、カールさんに付いてった方が旨い汁を吸えそうですし♪」
「……」
……成る程。
「ま、聖堂のある集落までは追従しても構わないが」
「私達の旅は危険だから、途中で別れてもらう事になるわよ? それで良いなら」
「あらまぁ。それなら、カールさんの活躍譚がある程度溜まってから別れますよ」
「お前もう詩人になれよ」
こいつ、カールの活躍を飯のタネにする気満々じゃねぇか。
やっぱり修道女では無いのでは……?
「そう言うことなら、ついてきて良いわよ。……こうやって、路銀を稼いでくる限りは」
「わーい」
でもまぁ、資金に余裕ができるのは良いことだ。
イリューにはマスター同様、裏方として働いてもらうとするか。
「……」
……まぁ、少し引っ掛かる事はあるけれど。
「結局、イリューが勝手に蘇生したのは何だったんですの?」
「……分かんないわ。てっきりあの娘も死体なのかと思ってたけど」
その夜、俺はこっそりマイカに質問しにいった。
イリューのアレは、結局何だったのかと。
「消去法で考えるなら、蘇生のマジックアイテムかしら?」
「ああ、あの伝説の……『即死を一度だけ無効にする花飾り』でしたっけ」
「アレに近いモノを持ってたか、はたまた似たような術式を知ってたか。昨日、イリューにその事を聞いてみたけど『ほええ?』って反応だったわ」
「ふむ、自覚は無いのですね」
……分からないな。だが、ボスが滅んでなお動いているイリューは、少なくとも死人では無い。
「イリーネの見間違えとか、白昼夢とか?」
「うーん」
その可能性もあるかもしれない。
あの時は確か、猿仮面からイリーネに戻ろうとして色々焦っていた時だ。それで、何かを見間違えたのかも。
「ま、何にせよ。あの娘が死人で無いなら、気にする必要は無いわ」
「……そうですか」
どうやらマイカは、実害がないなら気にしないつもりの様子だ。
まぁ、俺が見間違えた可能性も十分にあるし。でも、確かに見たと思ったんだがなぁ。
「……ふふ」
修道女は、夜に微笑む。
「大丈夫、大丈夫。安心してくださいな」
彼女は今日も、夜道を行く。
暗き大地に身を屈め、愛おしい何かをかき集めていた。
「仲間に手を出したのが、あの勇者の逆鱗だったみたいですね。偽善者たらしくて、実にそそります」
修道女の瞳が妖しく輝き、優しい声色で何かに語りかけた。
その指先には、弱り萎んだ微かな御霊がこびりついていた。
「そろそろ、意識も戻りましたか?」
『……あ、あ』
「良かったですね、たまたま私が居て」
それは魂の残沫。
間も無く大気に溶け消え、二度と戻らぬ筈だった悪党の御霊。
『わたし、は……』
「ひとまずは、もう十分です。これからは、私と共に参りましょう」
『あ、あああ。そうか、私は、敗れ……』
「あれは相手が悪かったですねぇ。女神の寵愛を受けた勇者相手に、物量で押しても勝てっこありませんよ」
その悪党の魂は、弱々しくイリューの掌で揺らめいている。
今の悪党は、修道女の保護なくして存在できない。
「では、貴女の真名をください」
『……私の、名』
「ええ、貴女の名前です。貴女を回収して差し上げますから」
見知らぬ修道女に真名を聞かれ、悪党は幾ばくか躊躇ったあと。
やがてその怨霊は、思い出したかのように修道女に問うた。
『おお、おおおお。お前は、いや貴女様はまさか』
「あらあら、私の顔を忘れていたのですか?」
『何とお久しゅう、お久しゅう。ああ無論、貴女になら────』
その魂は歓喜の声をあげ、懇願するかの如くその『名』を叫んだ。
『我が名は
「その名、確かに承りました」
『光栄です、光栄でございます』
威龍と名乗ったその御霊は、大きくその魂を震わせて。
やがて吸い込まれるように修道女の中へと消え去った。
「……ふふ」
深夜の大地に、静寂が戻る。
仕事を終えた修道服の女は、微かな憎悪を瞳に宿して立ち上がった。
────その彼女の姿は、とても人間とは言えない。
イリューの華奢な体躯に鱗が浮かび、瞳は爬虫類の如く獰猛に光っている。
「これで少し、戻りました」
それは本当に、たまたま偶然の出来事であった。
決してイリューという存在は、カールに接触するつもりでレッサルに足を運んだのではない。
彼女は
『威龍』、それは過去の大災害の名前である。
それは太古の昔、現代よりずっと強力な魔術師や剣士が跋扈する『古代』と呼ばれる時代の、当時の勇者によりやっと封じられた悪龍の忌み名。
数年前にとある事情で、現代に蘇った『太古の悪魔』。
「でも、私に対するあの油断……。上手くやれば不意打ちで、勇者を殺せるかもしれませんねぇ」
今回の戦いは、イリューにとって想定外の大戦果であった。
何せ上手く自らの正体を隠したまま、『勇者の旅仲間』の地位に就けたのだから。
「……ああ♪」
勇者は、その仲間は、誰も彼女の正体に気付いていない。
人の嘘を見分けるのが得意な
「カールさんが良い人で、本当に良かった……♪」
修道女、イリュー。
悪党族のボスに再会する為、レッサルでわざわざ賊に捕らえられた『偽物の犠牲者』。
その正体は、彼が倒すべき目標の────
「勇者を騙して、殺して、利用してやりましょう」
────今代の魔王、である。