【朗報】修羅場系パーティーに入った俺♀だったが、勇者とフラグの立たない男友達ポジションに落ち着く 作:まさきたま(サンキューカッス)
その魔族の女は、人間を憎悪する。
裏切られ、虐げられ、侮蔑され、蹂躙されたその記憶が消えぬ悪意に火を灯す。
やがて長きに渡る呪縛から解き放たれ、女は自由を手に入れた。
「───復讐を」
その目に宿るのは、純粋な憎悪。
自分を苦しめ、虐げてきた人間への反逆の決意。
彼女の体躯に刻まれた、屈辱の傷痕が熱を帯びる。
「人間どもに、裁きの鉄槌を────」
その怨嗟は、ゆっくり夜闇に溶けて消える。
「やはり近代も、勇者が現れた」
……この世界には、太古の昔から変わらぬ法則があった。
それは魔族により人類が危機に陥った時、神々により勇者が選別され現れると言うもの。
「勇者は実に厄介です。それぞれが、一人で魔族を全滅させられるだけの能力を授けられている」
勇者は強い。彼らは、言わば『神による自治の代行者』なのだ。
その能力の根元は、世界の創造主たる女神に起因する。
『正義なぞ関係ない』女神達は、いついかなる時であっても自らの眷属である───無条件に人間の味方をするのだ。
「しかし、近代の勇者はたった二人……」
ただ女神は、少しづつ力を失っている。
度重なる人間の愚かな後始末に奔走し、その神性を失いつつある。
数百年前には10人近く居た勇者が、今や2人しか選別されていない。
それも、どいつもこいつも太古の時代とは比べ物にならぬ『か弱い』勇者。
アルデバランにせよ、カールにせよ。どちらも、かつてイリューの知る勇者の誰よりも弱い戦士であった。
「とうとう、女神も年貢の納め時という訳ですね」
勝ち目はある。十分に勝てる。
かつてと比べ勇者は、数も少なく貧弱な存在。
一方でイリューは魔王として、刻一刻と『全盛期の力』を取り戻しつつある。
「勝てる勝負です。ミスさえしなければ、絶対に、確実に」
魔王少女は自らの勝利を疑わない。
ただ、あとはくだらないミスを犯さぬようにするばかりだ。
そんな、修道女の皮をかぶった太古の魔王は……
「……っ!」
顔面を蒼白にして、勇者にソレを突き付けられていた。
「か、カールさん。何で、そんなものを!?」
「くくく、イリュー。これは、つまりだな」
カールの動作一つ一つが、イリューの平常心を奪う。
なぜなら、カールが今手に持っているのは、今『イリューが魔王として』動いていた時の証拠品であるからだ。
────まだ、イリューはカールに勝てない。彼女の力は、今は勇者に及ばない。
イリューは、自らの心臓を鷲掴みにされているような錯覚に陥った。
「あ、う、あ……」
それは明朝、皆が一斉に荷造りを始めたタイミング。
「おお、こんな物が有った」
カールはおもむろに、自らのカバンからソレを取り出したのだ。
「か、カールさん。それは、一体!?」
「え、まぁ……」
勇者は意味深な笑顔を浮かべて、魔王を嗤う。
まるで、イリューの正体に気付いているとでも言いたげに───
「これは、誰かのパンツだ」
「まだそれ捨ててなかったんですの!?」
彼がヨウィンで収穫した、女モノのパンツを握りしめていた。
「あ、あ、あ……」
「ほら。女物のパンツがカバンから出てきて、イリューもドン引きしてるじゃない。いい加減捨てなさいよソレ」
「いや、でもコレ。何か重要なアイテムのような気がしてな」
それは思い出したくもない、忌まわしい記憶だ。
『え、嘘、砲撃が防がれたんですけど!? ゴブリンさん、どうしましょ!?』
『ヴぁー』
『えっと、えっと、えっと。と、とりあえずもう一発!! まさか現代に、この砲撃を防げる魔導師がいるなんて……』
作戦決行の日。
イリューが意気揚々と放った古代兵器の砲撃は、迎撃されてあっさり掻き消えた。
実際はアルデバランが必死こいて迎撃した訳だが、イリューからすれば容易く対応されたように見えた。
『ま、まずいですよ。いや、でも、諦める訳には』
『ヴァッ!!』
『ですが私の魔力も心もとないし、ここは魔石を使って……そーれ!』
イリューは諦めず、とっておきの魔石を投入してもう一発砲撃を放つ。
だが、やはりヨウィンの街に砲撃は届かない。炎の魔術に迎撃され、やはり砲撃は掻き消されてしまった。
どうやら、ヨウィンにはそれなりの魔法迎撃機構が構成されている様子だ。
『流石は学術都市、防衛技術もそれなりと言うことですか』
イリューは、ここで考えた。
今の攻撃力で足りないなら、もっと火力を上げればいいやと。
『よし、規定量の三倍くらい魔石を突っ込んじゃいますよ! 大盤振る舞いです!』
『ヴぁ!?』
『大丈夫、大丈夫! きっと上手くいきます、多分!』
こうして、イリューは砲台に基準以上の魔石を無理やり詰め込んで。
『この火力はさすがに迎撃できまい!! 撃てー!!』
『……ヴぁー』
額から汗をダラダラ流すゴブリンを尻目に、アホみたいな超火力砲をぶち込んで───
『あれぇ!?』
『ヴァッ!?』
やはり、ヨウィンの地面からせり上がった謎の防壁により防ぎきられてしまった。
『え、何アレやばくないです? 現代の魔法技術にしては、防衛能力高すぎない?』
『ヴぁ、ヴぁー!!』
『え、ウッソぉ!? 勇者の一人、突っ込んできてるんですか!?』
そして、そこでイリューはようやく『こっちに全速力で
『え、ヤバヤバヤバ!! とりあえず、じゃあその勇者に向けて砲撃を───』
『……ヴぁ』
『え、何ですかゴブリンさ───』
もう数十秒で、カールがこの場に到達する。
近づかれたら、殺されるだろう。焦った彼女は、砲台の標的を変えようとして……
『ヴぁー!!』
『ひぎゃん!!』
変なところを弄ったからか、魔石を詰め込みすぎたのか。
古代兵器である魔力砲は、木っ端みじんに自壊したのだった。
『……あっ』
用法用量は守りましょう。
設計の想定以上の威力の砲撃を撃たされた古代兵器は、最早ガバガバに壊れていたのだ。
『……せ、戦略的撤退ぃぃぃ!!』
こうして、イリューは森の奥深くへと逃げ出した。
『ちくしょう勇者どもめ、覚えていてください────』
数ヵ月かかりで丹念に準備された魔王主導のヨウィン砲撃作戦は、失敗に終わった。
『……あれ? 私のパンツは……?』
そして、古代兵器が爆発四散した際に至近距離にいたイリューは一度爆死しており。
彼女が自分を再生する際にパンツがずり落ちたのだが、ソレに気が付いたのはイリューが安全な場所まで逃げ延びた後だった。
奇跡的に、きれいに焼け残った修道女のパンツ。
それは、絹製で使用済の花の薫りがするパンツだ。
「あ、わ、それ、わ」
「そんなにドン引きしないでくれよ、イリュー。勇者の勘が言ってるんだ、コレは何となくキーアイテムだって」
実際、確かにそれは魔王特効(精神ダメージ)を持っているアイテムだ。
「まさか、一人でクンクンしたりしてないでしょうね」
「してねぇよ!! 本当に、純粋に重要アイテムと思って保管してるだけなんだって」
「……カール。前から思っていたが、お前の頭は大丈夫か?」
「そんな真面目な顔で心配しないでくれ、レイ」
勇者特有の超直感で、彼はそのパンツの重要性を理解していた。
しかし、端から見ると頭がおかしい事この上ないだろう。
「さ、流石に気持ち悪いので、それは捨ててはどうでしょう」
「えー」
イリューとしても、たまったものでなかった。
何らかの魔術で検証されて、その下着がイリューの物だとばれたらごまかすのは難しい。
と言うかそもそも、自らの下着をキーアイテムとして確保されるのはイヤだ。
「……いや、その布地は割と高級品だ。捨てるのは勿体ない、洗ってサヨリにプレゼントしてはどうか」
「兄ぃ。……サヨリも、男から使用済みパンツをプレゼントされたら困ると思う」
「そう言うものか……」
イリューのパンツは、女性への
「だが、これを持っていると何故かフツフツ闘志が湧いて来るんだよなぁ。こう『絶対に魔王を倒す!』的な勇気が」
「そんなアホな」
そしてパンツに潜む魔王の気配を、勇者は敏感に感じ取っていた。
「その下着を手に持って最終決戦とかやめてよ? 私達の活躍が後世に語られる際、あんたは『下着の勇者』とか呼ばれる羽目になるわ」
「……そうだよな。やっぱ、これを懐に偲ばせて戦うのはダメか」
「そのつもりだったんですか」
勇者が自らの下着を構えて最終決戦に出向く光景を想像し、イリューは目が死んだ。
イリューが数百年前に自身が体験した最終決戦は、もっと熱く激しいシリアスな感じであった。出来れば、最終決戦はそんな感じの空気を維持したい。
「……まぁ、もういいや。取り敢えず、これはもうちょい俺が管理しておく」
「いえ、別に止めはしませんけど」
「誰のかも分かんない下着を、大事に保管する勇者。こんなの後世に残せないわ」
しかし、残念ながらカールにパンツを手放すつもりがないらしい。単に彼がエロいだけの可能性もある。
カールの仲間の表情は微妙だが、激怒して捨てようとするほどの気概は無かった。
こうなるとイリューとしても、激しく非難すれば疑われてしまうから強く言えない。
「まぁ、見とけマイカ。確かにこれは馬鹿に見えるかもしれないが」
「馬鹿そのものでしょ」
「いつか、この下着を持っていた事で窮地を脱する事になる。そんな気がするんだ、信じてくれ」
「……そんなもんで脱せられる窮地に、陥りたくありませんわ」
勇者は、妙に具体的な未来予想を語った。イリューは、本当にそんな機会が訪れたらどうしようかと涙した。
「よし、これで荷造りは完了だ! サヨリに挨拶して、明日朝一番に旅立つぞ!」
「そのパンツは置いていきなさいよ」
こうして、勇者は知らず知らずに『魔王特効アイテム』を得たのだった。
「やっぱり、人間はクソです」
そして、魔王の『人間に対する憎悪』が高まった。