【朗報】修羅場系パーティーに入った俺♀だったが、勇者とフラグの立たない男友達ポジションに落ち着く   作:まさきたま(サンキューカッス)

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73話「ひとつの恋の結末」

「……」

「おーい。大丈夫かお前、目がヤバいぞ」

「……脳が震えてる」

 

 俺とママの説得で、何とかカールは頭を壁に打ち付けるのをやめてくれた。

 

 しかしカールの脳はまだ振動中らしいので、俺は人気のないベンチまで彼を搬送した。

 

 因みにバーのママさんには謝って、俺が魔法で壁を補修しておいた。

 

「イリーネ……なんだよな。お前」

「ああ」

 

 改めて、カールは俺の仮面を凝視する。

 

 まだ、受け入れられていないらしい。

 

「でもカール。俺はあまり夜のお店に出入りしていると、公言されたくない」

「はぁ」

「だから、この姿の時は今まで通り猿仮面と呼んでくれ」

 

 未だに表情がドンヨリしているカールに、俺は釘を刺しておいた。

 

 あんまり、貴族令嬢イリーネさんが夜のバーに出入りしていると知られたくないのだ。

 

「……。…………あの、イリーネさん」

「いやだから、猿仮面と呼べと」

「何時から、猿仮面の中身はイリーネさんだったのでしょうか」

「最初からずっと猿仮面は俺だよ」

 

 まぁ、マイカもレッサルの時に一瞬なったけど。

 

「……では、その。えっと、男同士の猥談とかに付き合ってくれた、猿仮面の中身は、えっと」

「イリーネはもう、尋常じゃなくエロい! だったか? あの時は反応に困ったぞ」

「エーヴゥッ!!!」

「吐いた!?」

 

 カールは会話の最中に突然吐き出した。

 

 それは、もがき苦しむ悪霊の様な表情だった。

 

「ま、まぁ気にすんな。男ってのはそう言うもんさ」

「……死にたい」

 

 どうやら、俺に色々聞かれてたのがショックな様子だ。

 

 そんなに気にすることないのに。

 

「なぁイリ……。いや、猿仮面」

「どした?」

「今日はその、悪かった。間違えて告白した件」

「あー、事情聞いたしもう良いよ。悪意は無いんだろ?」

「……おう」

 

 カールは既にノックアウト寸前だが、それでも話を続ける様だ。

 

 謝らねばならぬと言う、男の意地だろう。

 

「俺さ、マイカにフラレたあともずっと好きだった。……未練がましいなとは思ってたが」

「フラレた訳じゃねぇだろ、話聞いてると。多分、冒険者がイヤだっただけだぞ」

「……そうだったのかな。あの後酒の席で、散々に煽られたけど」

 

 そう言うと、ふぅとカールは息を吐き出した。

 

「で、だ。さっき言った通りだが、その」

「おう」

「俺は最近イリーネも、気になり始めていて」

「ごめんなさいですわ」

「エーヴッ!!」

 

 どうやら、カールは宣言通り最初のプランを実行するらしい。

 

 俺に全部話した上で、告白して気持ちを聞くと。

 

「……ですよね」

「これもまた内緒にしていただきたいですが、私は殿方より女性を愛するタイプですわ。将来的には、親の決めた相手に嫁ぐ事になるとは思いますが」

 

 カールは真剣な様子なので、俺もお嬢様口調で真面目に返答する。

 

 もう、この男に隠し事はなしだ。それが、筋を通したカールに対する礼儀ってもんだ。

 

「あ、じゃあボディタッチとかあんまり怒らないのってもしかして」

「はい、本当に気にしてないのですわ。と言うか……」

「ん?」

「俺は敬語調よりも、猿仮面モードの方が素だぜ?」

 

 そこまで言うと、カールは目を丸くして驚いた素振りだった。

 

「え、そっちが素? てっきり、変装のために性格をガッツリ変えてるんだと」

「それもあるけどな。父様に恥を掻かせないように、貴族としての礼儀作法を身に付けた理想型(そとづら)がイリーネって訳なのよ。実際、妹と2人で会話する時はこの口調なんだ」

 

 まぁ、あの敬語調モードは猫被りと言われても仕方ないくらい被ってる。

 

 貴族令嬢なんて、誰もそんなもんだけど。

 

「……また脳が震えてきた。ちょっとミステリアスで天然な令嬢イリーネは一体何処に行った……」

「ふふふ、まさに理想のお嬢様だったろ? あんなの現実に居る訳が……お前今、天然って言った?」

「生真面目おっとり天然お嬢様が……」

「お前今、天然って言った?」

 

 誰が天然じゃい。

 

「……。あれ? お前って確か魔族と正面から殴り勝ってなかったっけ?」

「おう。あの時は死ぬかと思ったがな」

「マジか。……色々とマジか貴族令嬢」

「そう誉めるな」

 

 貴族令嬢が巨大マントヒヒに近接戦で殴り勝つ。今思い返しても、奇跡だったなぁアレ。

 

 今なら、杖あり精霊砲である程度屠れると思うけど。

 

「はっはっは、幻滅したかな? ま、女に夢を見すぎるなよと言ういい経験になったろ」

「いや。……何か逆に見直したわお前」

「そっか」

 

 正直嫌われるんじゃないかと怖かったけど、カールはむしろ感心した顔になって誉めてくれた。

 

 ……それは良かったんだが、何を見直したんだろう。

 

「イリーネはポーカーフェイスで真意が読みにくいことが多かったけど……、今やっとお前を理解できた気がする」

「おう。告白を断った後で何だが、これからも仲良くしようぜ」

「……ああ。と言うか、何故かフラレた気がしない」

 

 そう答えるカールの顔は微妙だった。いや、しっかりフラれてんぞお前。

 

「これからも、二人きりの時はこの口調で良いか? この方が気楽なんだ」

「良いけど……。イリーネの姿でその口調? 似合わねぇ……」

 

 まぁ、あの姿の時は徹底的に清楚で通してたしな。

 

「変な感じなら、今まで通り敬語で統一するが」

「……その方が助かる。今、何かイリーネのイメージが分離して宙に浮いてる感覚でな。何が言いたいのかわからんが、不思議な気分なんだ」

「了解、なら今まで通りやるか」

 

 カールがそう言うなら仕方ない。多分、まだ俺とイリーネを同一視できていないんだろう。

 

「じゃあ、改めて。マイカとレヴをどうするか」

「おう。……まぁそれも、真っ直ぐ行くしかないと思うが」

「猪突猛進だな、本当に」

 

 どうやらカールは、力技でマイカ達に突撃するつもりらしい。

 

 放っておいたら、この男は何処までも突っ走るだろう。俺相手にはそれで良いと思うが、あの二人にはどうだろうか。

 

「……まぁ、聞け。つまりだな」

「む。……それで良いのか?」

「その方が、丸く収まるだろ。それに、誰にも嘘を付かずに済むからな」

 

 俺は、カールにある作戦を耳打ちした。

 

 多分、今日の事を全て暴露するよりその方がいいと思ったから。

 

「後はカール、お前がしっかり決断することだな。マイカもレヴも良い子だ、決して不誠実な事をしないように」

「……おう。分かった、猿仮面」

 

 さぁて、後はこいつ次第か。俺にこれ以上、協力出来る事は無かろう。

 

 では帰るとするか。俺達の仲間の待つ聖堂へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……木っ端微塵にフラレた?」

 

 聖堂の寝床では、マイカが飲んだくれていた。

 

 マイカは呆れ顔のサクラに愚痴を聞いてもらいながら、既に眠っているレヴの隣のベッドで酒を煽っていた。

 

 俺とカールが2人並んで戻ってきたのを見て、無言で耳を塞いだのが印象的だった。

 

「つまり、イリーネは告白を断ったのねぇ?」

「ええ。その、カールさんは決して悪い人ではないのですが、私の立場上それは難しいのですわ」

「……ぷっ。あははははは!! カール、フラレてやんの!!」

 

 早いところ、誤解を解いてあげよう。まず第一声で、俺はカールの告白を断ったことを告げた。

 

 すると酒が入って変なテンションになっているのか、マイカは普段見せないような高笑いをしてカールの肩を叩いた。

 

「やーいやーい、振られ虫!! あはははは!!」

「……そう言う訳だ。今日は、何か色々とすまんかったなマイカ」

「もう良いわよ、別に。カールごときに泣かされるとは思わなかったけど!!」

「……うぐっ」

 

 酒に浸かってある程度吹っ切れたのか、マイカは少し元気を取り戻していた。カールが振られたのを知って、気力が回復したのかもしれない。

 

「フラれた者同士、アンタもこの酒飲んで良いわよ。……ヒクッ」

「……ああ、ご相伴にあずかるよマイカ」

「いや、そろそろ止めておきなさいな。明日、地獄を見るわよぉ?」

 

 ジト目で酔っ払いを宥めるサクラ。いつの間にか、保護者みたいな立ち位置になっていた。

 

「……カール」

「分かってるよ、イリーネ」

 

 俺が目配せすると、カールは黙って頷いた。

 

 先ほど、俺がカールに耳打ちした内容はこうだ。

 

 

 

『今日起きた事を全部、正直に話して謝るのはやめた方がいい』

『……何でだ?』

『結局、それって二股になるだろ。お前は本心からイリーネ(オレ)に告白したんだから、フラレて次にって告白はマイカも良い気分にならん』

 

 それは、俺の……第三者の立場から率直に感じた事だ。

 

 あの娘も好きだけど、お前も好き。そんな告白をされて、マイカが良い気分になる筈もない。

 

『きっちり心を整理して「俺はマイカだけが好きだ」と断言できる様になってから告れ。お前の方からな』

『……ふむ』

 

 だから、カールは自分の心に折り合いをつけるべきだ。

 

 自分の心にケジメを付けれたら、きっと後腐れなくマイカと付き合えるはず。

 

『今はお前もマイカも不安定。全部正直に言ったら、マイカは付き合えたとしても何処かで彼女に「イリーネと天秤にかけられた」ってしこりが残る』

『……それは、たしかに』

『俺としても、マイカとは仲良くやりたいんだ。変な感情のもつれを残されたくない』

 

 俺はそう言って、カールの肩を叩いた。

 

『女を幸せにするなら、いつだって全力で。脇目を振って走っちゃいかん』

『だな、その通りだ』

『応援はしてやるぜ、親友』

『……おう、サンキュー』

 

 

 

 

 

 

 

 俺の忠告通り、その日カールはマイカに想いを告げなかった。

 

「……マイカの奴、酔い潰れたか」

「では、御開きですわね。後始末はお任せください」

「強めに解毒は掛けておくけど。ま、明日は二日酔いでしょうねぇ」

 

 だが、いつかきっと、彼の口から告白する日が来るだろう。

 

 その日までどうか、待っていてやってくれマイカ。

 

「じゃ、おやすみ」

「おやすみ、ですわ」

 

 さて、俺にはもうひと仕事残っている。それは、サクラだ。

 

 猿仮面の正体は、カールにもマイカにもバレてしまった。マスターだって、最初から気付いていた。

 

 俺の正体を、一番仲の良いサクラにだけ黙っておくのも不義理だろう。

 

「サクラさん、寝る前に一つ大事な話がありますの」

「どうしたの、イリーネ。改まって」

 

 少し息を吸うと、俺は意を決し、震える手を抑え込んでサクラに全てを告白した!!

 

「あの、サクラさん。今まで隠していたのですが実は、猿仮面の正体は私だったのですわ」

「そうよねぇ。じゃあ、おやすみ」

「あれ?」

 

 

 

 ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 

「頭が痛い」

「……うっぷ」

 

 爽やかな日の照り付ける中、カールLove女子組が地獄の様な顔色で嘔吐していた。

 

「だから言ったのに」

殿方(カール)にはとてもお見せ出来ない姿ですわね」

 

 サクラの解毒むなしく、二人は二日酔いで死にかかっている様だ。

 

 一体どれだけの酒を飲んだのだろう。

 

「私以外の回復術師に診て貰った方がいいかもねぇ。内科は専門外なのよ、私」

「死ぬ……。吐き気止めと頭痛薬を頂戴……」

「私は初級の奴しか作れないわぁ。ゲロマズで効果も薄いけど、ソレで良ければ」

 

 実に、酷い光景だ。

 

 この姿は乙女の秘密として、墓場まで持って行ってやろう。

 

「……おうい、イリーネ達。そろそろ朝の訓練を始めたいんだが、入って良いか」

「少し時間をくださいまし。今は、乙女が花を咲かせている(ゲロっている)最中ですわ」

「……花? 朝から花を?」

 

 扉の外でレイが朝練を誘いに来たが、暗喩を使って誤魔化しておいた。

 

 俺は着替え終わってるので入られても構わないんだが、レイもゲロゲロの妹を見たくないだろう。

 

「聖堂の庭に集合しましょう。すぐ伺いますわ」

「……何だか分からないが了解した。外で、お前たちを待とう」

 

 レヴちゃん、今日の訓練参加は無理だな。

 

 俺が代わりに、謝っておこう。ほんのちょっと、この惨状は俺にも責任がない訳では無いし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱ、マイカは二日酔いか」

「ええ、今日は一日休まれるそうですわ」

 

 朝の訓練は、つつがなく終わった。

 

 今朝はレヴちゃんが居ないので、何時もよりミッチリ扱いてもらった。

 

「……妹が、迷惑をかけたようだな。二日酔いで休むとは、全く情けない」

「失恋ですもの、仕方ありませんわ。レイ、貴方にはそういう経験が無くて?」

「……む。すまない、色恋には疎くてな。そういう経験はない」

「お前格好いいから、モテそうなのに」

 

 レイは、昨夜の顛末を聞いてあきれ顔だった。

 

 彼は妹を溺愛しつつも、当たりは厳しいらしい。

 

「……そもそも、妹にも恋愛はまだ早い」

「恋に早いも遅いもありませんわよ」

「いーや。まだ、早い……」

 

 しかし、やはりシスコンである。もうとっくに女の子ですよ、レヴちゃんは。

 

「なぁイリーネ」

「何ですか、カール」

「今日ちょっとデートしねぇ?」

 

 ……と、朝練が終わって油断していたところにカールから誘われた。

 

 ふむ、それはどういう了見だ。

 

「気持ちを整理するのに付き合ってくれ。応援、してくれるんだろ?」

「……はぁ。いや、それはどうですの?」

「良いから付き合えよ、デートっても首都を遊び歩くだけだ。本当はマイカ誘うつもりだったんだが、アイツ今日は死んでるしな」

「むー。ま、まぁ特に用事はありませんが」

 

 それはカールにしては珍しく、グイグイ押してくる誘い方だった。

 

 ……今までは、もうちょっと遠慮したり引いたりしてた様な。

 

「ほう、カール。なんだか随分と押しが強くなったな」

「昨日、あんまりイリーネに緊張する必要がないと分かったんだ。気さくで良い奴だよ、イリーネは」

「……気さく、か。確かにイリーネは貴族にしては、この上なく気さくだが」

 

 どうやらカールは、猿仮面の正体が俺と知って遠慮は要らんと判断したらしい。

 

 女を誘うと言うより、男友達を誘うノリになった様だ。それならまぁ、良いか。

 

「では遊びに行きますか」

「おう。じゃあ留守は任せるぞレイ」

「……ああ」

 

 こうして、カールは首都で女を取っ替え引っ替えしながら連日のデートに勤しむのであった。

 


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