【朗報】修羅場系パーティーに入った俺♀だったが、勇者とフラグの立たない男友達ポジションに落ち着く 作:まさきたま(サンキューカッス)
「……」
「おーい。大丈夫かお前、目がヤバいぞ」
「……脳が震えてる」
俺とママの説得で、何とかカールは頭を壁に打ち付けるのをやめてくれた。
しかしカールの脳はまだ振動中らしいので、俺は人気のないベンチまで彼を搬送した。
因みにバーのママさんには謝って、俺が魔法で壁を補修しておいた。
「イリーネ……なんだよな。お前」
「ああ」
改めて、カールは俺の仮面を凝視する。
まだ、受け入れられていないらしい。
「でもカール。俺はあまり夜のお店に出入りしていると、公言されたくない」
「はぁ」
「だから、この姿の時は今まで通り猿仮面と呼んでくれ」
未だに表情がドンヨリしているカールに、俺は釘を刺しておいた。
あんまり、貴族令嬢イリーネさんが夜のバーに出入りしていると知られたくないのだ。
「……。…………あの、イリーネさん」
「いやだから、猿仮面と呼べと」
「何時から、猿仮面の中身はイリーネさんだったのでしょうか」
「最初からずっと猿仮面は俺だよ」
まぁ、マイカもレッサルの時に一瞬なったけど。
「……では、その。えっと、男同士の猥談とかに付き合ってくれた、猿仮面の中身は、えっと」
「イリーネはもう、尋常じゃなくエロい! だったか? あの時は反応に困ったぞ」
「エーヴゥッ!!!」
「吐いた!?」
カールは会話の最中に突然吐き出した。
それは、もがき苦しむ悪霊の様な表情だった。
「ま、まぁ気にすんな。男ってのはそう言うもんさ」
「……死にたい」
どうやら、俺に色々聞かれてたのがショックな様子だ。
そんなに気にすることないのに。
「なぁイリ……。いや、猿仮面」
「どした?」
「今日はその、悪かった。間違えて告白した件」
「あー、事情聞いたしもう良いよ。悪意は無いんだろ?」
「……おう」
カールは既にノックアウト寸前だが、それでも話を続ける様だ。
謝らねばならぬと言う、男の意地だろう。
「俺さ、マイカにフラレたあともずっと好きだった。……未練がましいなとは思ってたが」
「フラレた訳じゃねぇだろ、話聞いてると。多分、冒険者がイヤだっただけだぞ」
「……そうだったのかな。あの後酒の席で、散々に煽られたけど」
そう言うと、ふぅとカールは息を吐き出した。
「で、だ。さっき言った通りだが、その」
「おう」
「俺は最近イリーネも、気になり始めていて」
「ごめんなさいですわ」
「エーヴッ!!」
どうやら、カールは宣言通り最初のプランを実行するらしい。
俺に全部話した上で、告白して気持ちを聞くと。
「……ですよね」
「これもまた内緒にしていただきたいですが、私は殿方より女性を愛するタイプですわ。将来的には、親の決めた相手に嫁ぐ事になるとは思いますが」
カールは真剣な様子なので、俺もお嬢様口調で真面目に返答する。
もう、この男に隠し事はなしだ。それが、筋を通したカールに対する礼儀ってもんだ。
「あ、じゃあボディタッチとかあんまり怒らないのってもしかして」
「はい、本当に気にしてないのですわ。と言うか……」
「ん?」
「俺は敬語調よりも、猿仮面モードの方が素だぜ?」
そこまで言うと、カールは目を丸くして驚いた素振りだった。
「え、そっちが素? てっきり、変装のために性格をガッツリ変えてるんだと」
「それもあるけどな。父様に恥を掻かせないように、貴族としての礼儀作法を身に付けた
まぁ、あの敬語調モードは猫被りと言われても仕方ないくらい被ってる。
貴族令嬢なんて、誰もそんなもんだけど。
「……また脳が震えてきた。ちょっとミステリアスで天然な令嬢イリーネは一体何処に行った……」
「ふふふ、まさに理想のお嬢様だったろ? あんなの現実に居る訳が……お前今、天然って言った?」
「生真面目おっとり天然お嬢様が……」
「お前今、天然って言った?」
誰が天然じゃい。
「……。あれ? お前って確か魔族と正面から殴り勝ってなかったっけ?」
「おう。あの時は死ぬかと思ったがな」
「マジか。……色々とマジか貴族令嬢」
「そう誉めるな」
貴族令嬢が巨大マントヒヒに近接戦で殴り勝つ。今思い返しても、奇跡だったなぁアレ。
今なら、杖あり精霊砲である程度屠れると思うけど。
「はっはっは、幻滅したかな? ま、女に夢を見すぎるなよと言ういい経験になったろ」
「いや。……何か逆に見直したわお前」
「そっか」
正直嫌われるんじゃないかと怖かったけど、カールはむしろ感心した顔になって誉めてくれた。
……それは良かったんだが、何を見直したんだろう。
「イリーネはポーカーフェイスで真意が読みにくいことが多かったけど……、今やっとお前を理解できた気がする」
「おう。告白を断った後で何だが、これからも仲良くしようぜ」
「……ああ。と言うか、何故かフラレた気がしない」
そう答えるカールの顔は微妙だった。いや、しっかりフラれてんぞお前。
「これからも、二人きりの時はこの口調で良いか? この方が気楽なんだ」
「良いけど……。イリーネの姿でその口調? 似合わねぇ……」
まぁ、あの姿の時は徹底的に清楚で通してたしな。
「変な感じなら、今まで通り敬語で統一するが」
「……その方が助かる。今、何かイリーネのイメージが分離して宙に浮いてる感覚でな。何が言いたいのかわからんが、不思議な気分なんだ」
「了解、なら今まで通りやるか」
カールがそう言うなら仕方ない。多分、まだ俺とイリーネを同一視できていないんだろう。
「じゃあ、改めて。マイカとレヴをどうするか」
「おう。……まぁそれも、真っ直ぐ行くしかないと思うが」
「猪突猛進だな、本当に」
どうやらカールは、力技でマイカ達に突撃するつもりらしい。
放っておいたら、この男は何処までも突っ走るだろう。俺相手にはそれで良いと思うが、あの二人にはどうだろうか。
「……まぁ、聞け。つまりだな」
「む。……それで良いのか?」
「その方が、丸く収まるだろ。それに、誰にも嘘を付かずに済むからな」
俺は、カールにある作戦を耳打ちした。
多分、今日の事を全て暴露するよりその方がいいと思ったから。
「後はカール、お前がしっかり決断することだな。マイカもレヴも良い子だ、決して不誠実な事をしないように」
「……おう。分かった、猿仮面」
さぁて、後はこいつ次第か。俺にこれ以上、協力出来る事は無かろう。
では帰るとするか。俺達の仲間の待つ聖堂へ。
「……木っ端微塵にフラレた?」
聖堂の寝床では、マイカが飲んだくれていた。
マイカは呆れ顔のサクラに愚痴を聞いてもらいながら、既に眠っているレヴの隣のベッドで酒を煽っていた。
俺とカールが2人並んで戻ってきたのを見て、無言で耳を塞いだのが印象的だった。
「つまり、イリーネは告白を断ったのねぇ?」
「ええ。その、カールさんは決して悪い人ではないのですが、私の立場上それは難しいのですわ」
「……ぷっ。あははははは!! カール、フラレてやんの!!」
早いところ、誤解を解いてあげよう。まず第一声で、俺はカールの告白を断ったことを告げた。
すると酒が入って変なテンションになっているのか、マイカは普段見せないような高笑いをしてカールの肩を叩いた。
「やーいやーい、振られ虫!! あはははは!!」
「……そう言う訳だ。今日は、何か色々とすまんかったなマイカ」
「もう良いわよ、別に。カールごときに泣かされるとは思わなかったけど!!」
「……うぐっ」
酒に浸かってある程度吹っ切れたのか、マイカは少し元気を取り戻していた。カールが振られたのを知って、気力が回復したのかもしれない。
「フラれた者同士、アンタもこの酒飲んで良いわよ。……ヒクッ」
「……ああ、ご相伴にあずかるよマイカ」
「いや、そろそろ止めておきなさいな。明日、地獄を見るわよぉ?」
ジト目で酔っ払いを宥めるサクラ。いつの間にか、保護者みたいな立ち位置になっていた。
「……カール」
「分かってるよ、イリーネ」
俺が目配せすると、カールは黙って頷いた。
先ほど、俺がカールに耳打ちした内容はこうだ。
『今日起きた事を全部、正直に話して謝るのはやめた方がいい』
『……何でだ?』
『結局、それって二股になるだろ。お前は本心から
それは、俺の……第三者の立場から率直に感じた事だ。
あの娘も好きだけど、お前も好き。そんな告白をされて、マイカが良い気分になる筈もない。
『きっちり心を整理して「俺はマイカだけが好きだ」と断言できる様になってから告れ。お前の方からな』
『……ふむ』
だから、カールは自分の心に折り合いをつけるべきだ。
自分の心にケジメを付けれたら、きっと後腐れなくマイカと付き合えるはず。
『今はお前もマイカも不安定。全部正直に言ったら、マイカは付き合えたとしても何処かで彼女に「イリーネと天秤にかけられた」ってしこりが残る』
『……それは、たしかに』
『俺としても、マイカとは仲良くやりたいんだ。変な感情のもつれを残されたくない』
俺はそう言って、カールの肩を叩いた。
『女を幸せにするなら、いつだって全力で。脇目を振って走っちゃいかん』
『だな、その通りだ』
『応援はしてやるぜ、親友』
『……おう、サンキュー』
俺の忠告通り、その日カールはマイカに想いを告げなかった。
「……マイカの奴、酔い潰れたか」
「では、御開きですわね。後始末はお任せください」
「強めに解毒は掛けておくけど。ま、明日は二日酔いでしょうねぇ」
だが、いつかきっと、彼の口から告白する日が来るだろう。
その日までどうか、待っていてやってくれマイカ。
「じゃ、おやすみ」
「おやすみ、ですわ」
さて、俺にはもうひと仕事残っている。それは、サクラだ。
猿仮面の正体は、カールにもマイカにもバレてしまった。マスターだって、最初から気付いていた。
俺の正体を、一番仲の良いサクラにだけ黙っておくのも不義理だろう。
「サクラさん、寝る前に一つ大事な話がありますの」
「どうしたの、イリーネ。改まって」
少し息を吸うと、俺は意を決し、震える手を抑え込んでサクラに全てを告白した!!
「あの、サクラさん。今まで隠していたのですが実は、猿仮面の正体は私だったのですわ」
「そうよねぇ。じゃあ、おやすみ」
「あれ?」
……?
翌朝。
「頭が痛い」
「……うっぷ」
爽やかな日の照り付ける中、カールLove女子組が地獄の様な顔色で嘔吐していた。
「だから言ったのに」
「
サクラの解毒むなしく、二人は二日酔いで死にかかっている様だ。
一体どれだけの酒を飲んだのだろう。
「私以外の回復術師に診て貰った方がいいかもねぇ。内科は専門外なのよ、私」
「死ぬ……。吐き気止めと頭痛薬を頂戴……」
「私は初級の奴しか作れないわぁ。ゲロマズで効果も薄いけど、ソレで良ければ」
実に、酷い光景だ。
この姿は乙女の秘密として、墓場まで持って行ってやろう。
「……おうい、イリーネ達。そろそろ朝の訓練を始めたいんだが、入って良いか」
「少し時間をくださいまし。今は、乙女が
「……花? 朝から花を?」
扉の外でレイが朝練を誘いに来たが、暗喩を使って誤魔化しておいた。
俺は着替え終わってるので入られても構わないんだが、レイもゲロゲロの妹を見たくないだろう。
「聖堂の庭に集合しましょう。すぐ伺いますわ」
「……何だか分からないが了解した。外で、お前たちを待とう」
レヴちゃん、今日の訓練参加は無理だな。
俺が代わりに、謝っておこう。ほんのちょっと、この惨状は俺にも責任がない訳では無いし。
「やっぱ、マイカは二日酔いか」
「ええ、今日は一日休まれるそうですわ」
朝の訓練は、つつがなく終わった。
今朝はレヴちゃんが居ないので、何時もよりミッチリ扱いてもらった。
「……妹が、迷惑をかけたようだな。二日酔いで休むとは、全く情けない」
「失恋ですもの、仕方ありませんわ。レイ、貴方にはそういう経験が無くて?」
「……む。すまない、色恋には疎くてな。そういう経験はない」
「お前格好いいから、モテそうなのに」
レイは、昨夜の顛末を聞いてあきれ顔だった。
彼は妹を溺愛しつつも、当たりは厳しいらしい。
「……そもそも、妹にも恋愛はまだ早い」
「恋に早いも遅いもありませんわよ」
「いーや。まだ、早い……」
しかし、やはりシスコンである。もうとっくに女の子ですよ、レヴちゃんは。
「なぁイリーネ」
「何ですか、カール」
「今日ちょっとデートしねぇ?」
……と、朝練が終わって油断していたところにカールから誘われた。
ふむ、それはどういう了見だ。
「気持ちを整理するのに付き合ってくれ。応援、してくれるんだろ?」
「……はぁ。いや、それはどうですの?」
「良いから付き合えよ、デートっても首都を遊び歩くだけだ。本当はマイカ誘うつもりだったんだが、アイツ今日は死んでるしな」
「むー。ま、まぁ特に用事はありませんが」
それはカールにしては珍しく、グイグイ押してくる誘い方だった。
……今までは、もうちょっと遠慮したり引いたりしてた様な。
「ほう、カール。なんだか随分と押しが強くなったな」
「昨日、あんまりイリーネに緊張する必要がないと分かったんだ。気さくで良い奴だよ、イリーネは」
「……気さく、か。確かにイリーネは貴族にしては、この上なく気さくだが」
どうやらカールは、猿仮面の正体が俺と知って遠慮は要らんと判断したらしい。
女を誘うと言うより、男友達を誘うノリになった様だ。それならまぁ、良いか。
「では遊びに行きますか」
「おう。じゃあ留守は任せるぞレイ」
「……ああ」
こうして、カールは首都で女を取っ替え引っ替えしながら連日のデートに勤しむのであった。