【朗報】修羅場系パーティーに入った俺♀だったが、勇者とフラグの立たない男友達ポジションに落ち着く   作:まさきたま(サンキューカッス)

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74話「魔王滅亡の危機」

「イリーネ、お前って何が好きなんだ?」

「そうですわね。お裁縫に音楽鑑賞、辺りでしょうか」

「へー。うん、イメージ通りだわ。で、猫を被らないと?」

「筋トレ」

「わあ」

 

 カールとの首都デート。

 

 それは別に手をつないだり腕を組んだりとイチャイチャな感じでは無く、適当に駄弁りながら街を歩くだけのデートだった。

 

「筋トレが趣味って。……いや確かに、貴族にしては妙に体力あるなとは思ってたけど」

「今度一緒に如何です? カール、貴方の筋肉はまだまだ引き締まる余裕がありましてよ」

「ああ、うん。考えておくよ」

 

 見てる限りカールには、まったく緊張や動揺などがない。

 

 少なくとも、好きな女性と出かけている男の態度ではなさそうだ。

 

「何かだんだんと、イリーネの事が分かってきた」

「それは上々です」

「うん、今日は付き合ってくれてサンキュー」

 

 いきなり誘ってきて何だと思ったが、俺は少しずつカールがやりたかった事を理解し始めた。

 

 カールが恋をしたのは、俺の外面(イリーネ)だ。だからイリーネの中身を猿仮面(オレ)で上書きする事により、心に整理を付けようとしているらしい。

 

 俺を男友達枠とみなせるようになれば、カールは胸を張ってマイカに告白しに行けるのだ。

 

「昨日は確かこの辺に……、居た! ほら、大道芸人だ」

「あら、路上のパフォーマーですか」

「イリーネはああいうの見たことあるか?」

「いえ、有りませんわ。家に芸人を呼ぶことはありましたが」

「かなり凄かったぜ、ちょっと見ていこうや」

 

 それと、奴は俺をデートの練習台にしている節もある。

 

 昨日の話を聞くに、レヴちゃんとのデートは割と失敗だったらしい。だから経験値を積み、マイカでリベンジを挑みたいのだろう。

 

 まったくしょうがない奴だ。俺で良ければ、好きに練習台にしてくれ。

 

「ほら、適当に摘まめるもの買ってきたぜ。パンサンドだそうだ」

「……まぁ」

「ショーを見ながら昼食を取った方が楽しいし、時間に余裕もできる。前に入った店は堅苦しくて、あんまり会話も弾まなかったんだ」

「それは、下調べをしておくべきでしたわね。……ま、こういう気軽な食事も嫌いではありませんわ」

「お前には堅苦しいのより、こっちの方が合ってるだろ?」

 

 ふむふむ、そうでもないんだが。堅苦しいお店は結構慣れてるぞ、パーティとか会食で。

 

 だが、気楽な空気は嫌いじゃない。

 

「やー、3回転くらいしましたわ、あの男」

「良くあんなに体を捻って、バランスを崩さないもんだ」

 

 俺とカールは街の壁にもたれながら、のんびりと大道芸人たちのショーを観覧した。

 

 思っていたよりはずっと、楽しい時間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、カール。あそこに人だかりができていますわ」

「……ああ、あっちはいかない方がいい」

 

 ショーが終わった後。適当に露店をぶらつこうと歩いていたら、俺は物凄い人だかりを見つけた。

 

 何やら、イベントが開催されているらしい。

 

「カール、顔を顰めてどうしたのです」

「あそこ、奴隷の見世物ショーをやる場なんだよ。昨日、うっかり間違えてレヴを連れ込んじゃってな」

「……見世物ショー、ですか。成程、それはあまり見たくありませんわね」

 

 えげつない活気なので何かと興味を持ってしまったが、ソコはあまり愉快な場所ではないそうだ。

 

 ……人間の痴態を見るためにあそこまで多くの客が集まるとは、首都の人間の品性はどうなっているんだ。

 

「でも、確かに凄い活気だ。昨日と比べても、凄い人数が集まっている」

「たかだ奴隷のショーに、あそこまで人が集まるモノでしょうか」

「いや、分からん。……ひょっとして、今日は別の催しをやっているのか?」

 

 カールが言うには、昨日よりも遥かに多くの人が集まっているらしい。

 

 本当に、ただの奴隷ショーなのか?

 

「おい、今から何が始まるんだ?」

 

 カールも疑問に感じたようで、集まった客の一人に話しかけた。

 

「何って、そんな事も知らないでこの場に来たのですか貴方は。歌姫のショーですよ」

「おお? 昨日は奴隷のショーをやっていたが」

「あそこの舞台は日替わりなのです。今日は、歌姫ショーの日です」

「なんと!」

 

 聞くとどうやら、今日は奴隷ショーが開催されているわけではないらしい。

 

 歌姫、か。……アイドルみたいなものだろうか?

 

「今日は凄い方が来ておりますので、貴方たちも聞いて行ったらどうですか? 立ち聞きならお金も取られませんよ」

「ふーむ。趣味が音楽鑑賞のイリーネさん、どうするよ」

「それは表の趣味ですわ。ですが……ちょっと興味はありますわね」

 

 どうせやる事も決まってないのだ。悪趣味なショーじゃないのであれば、観覧するのもいいかもしれない。

 

 目の前の男はかなりワクワクとしているし、本当に面白いものが見られるのかも。

 

「おお、現れましたよ。伝説のトップスタァが!」

「む、よく見えないが……。何だ、あの怪しい出で立ち!?」

 

 やがて、客席は大きな歓声に包まれ誰かが舞台上に姿を現した。

 

 俺は何も見えなかったが、背の高いカールには見えたようで驚愕の声を上げていた。

 

「……何だ? 猿仮面の新種か……?」

「うおおおおおお!!!」

 

 どうやら、そのアイドルは相当に奇抜な格好をしているらしい。

 

「カール、カール。おんぶですわ」

「おっとと。落ちるなよイリーネ」

 

 何だ何だ、俺も見たい。

 

 どんな奴が歌姫としてショーに現れたんだ……?

 

 

『みんな、私の為に集まってくれてありがとうございまーす!! 人類を滅ぼす系アイドル、魔王のリューちゃんでーす!!』

「「ジーク! ハイル!! ジーク! 魔王!!」」

『愚劣な人間どもよ、よくぞこの私の前に集まりました! これより、我が活動の為に資金を投げ入れるが良いです!!』

「「お任せください!! 魔王様!!」」

 

 

 カールの肩の上から見えた、舞台のアイドルは。

 

 怪しい鬼みたいな被り物を被った、魔王を名乗る不審者だった。

 

 

『では今日も人類征服に協力してくれる貴様らに、慈悲を下賜してさしあげます!』

「「うおおおおおっ!!!」」

『では聞いてください、私のファーストナンバー!! 私は☆MA王!!』

 

 

 その変態の宣言と共に、不思議なメロディが舞台を包みこむ。

 

 その意味不明な言動、頭の悪いステージ演出、常軌を逸した観客の盛り上がり。

 

 俺とカールだけが、その場から完全に置いてきぼりを食らっていた。

 

「……理解に苦しみますわ」

「……何? あの、そのえっと。アレは、何?」

「ご存じ、ないのですか!!?」

 

 そのあまりにキテレツな舞台に呆けていると、何やら興奮した口調のさっきの男が解説してくれた。

 

「彼女こそ、奴隷落ち目前からチャンスを掴み、スターの座を駆け上がっている超時空シンデレラ、リューちゃんです!」

『キラーン!!!』

 

 

 

 ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 流星魔法が 貴方に向かって急降下 WowWow

 

 星を切り裂く一撃が 心を捉えて離さない

 

 これでもう誰も私には敵いません 何故なら何故なら

 

 ────私はMA☆王だからです!!(ずどーん)

 

 貴方に拒否権は無い 逆らう事は許しません

 

 恋の奴隷はきっと幸せ 忠誠こそが愛なのです♪

 

 

 私はMA☆王(ジーク・ハイル!!)

 私はMA☆王(ジーク・MA☆王!!)

 

 

 さぁ、今こそ人類を焼き滅ぼす時だ(どどーん)

 

 その心臓を私に捧げなさい よく味わって食べちゃいます

 

 そう既に あなたのハートは私のモノ♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……理解に苦しみますわ」

「……何? あの、そのえっと。アレは、何?」

 

 その曲が終わると、凄まじい歓声と怒号が飛び交った。

 

 俺とカールだけは徹頭徹尾、真顔だった。

 

「おいおい、大丈夫かよあの娘。今、本当に魔王が復活したかもってピリピリしてる時だろ?」

「ああ。行政が魔族の存在を周知した今だからこそ魔王を名乗る。こいつはとんだじゃじゃ馬だぜ」

「本場でも滅多にお目にかかれない、反骨心の塊みたいな(ニュービー)だ。あんなFunKyな『本物』に、次に出会えるのは何時になるか」

 

 意味がわからないが、周囲の反応からはあのリューちゃんが凄まじい人気を誇っているのは理解した。

 

 売れるために魔王を名乗る、て。正気かよあのアイドル。

 

「……イリーネ。一応、アイツ魔王らしいんだが……。倒しとくべきか?」

「馬鹿、本物な訳が無いでしょう」

 

 理解の外にある首都の民達の言動に、カールは混乱し剣に手をかけていた。

 

 やめなさい、あれは単なる頭のおかしい小娘だ。

 

「しかしあの声、何処かで聞いた事の有るような……」

「そ、そうか? いやでも、うーん」

 

 ただ、どっかで聞いたことあるんだよな、アイツの声。

 

『ではお待ちかねセカンドナンバー、いっちゃいましょう!』

「……イリーネ、どうする。まだ聞いていくか?」

「いえ、もうお腹いっぱいですわ」

 

 どこで聞いたか少し気になるが、それ以上にアイツの歌は頭が痛い。

 

 その奇人が次の曲を歌い始めたので、俺達はその場を離れることにした。

 

 これ以上付き合っていたら、こっちの頭もおかしくなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきの事は深く考えないでおきましょう」

「……だな」

 

 ライブ会場を離れ、俺とカールは疲れた顔でベンチに腰かけた。

 

 ふぅ、あんなに奇っ怪な輩が大人気なんて世も末だな。

 

「一瞬、アイツの中身は猿仮面かと思ったよ。あんなに怪しいやつ、何人もいるもんなんだな」

「どういう意味ですの。私はあんなに怪しい格好をしたりしませんわ」

「えっ。そこも素だったの?」

 

 そこも素、ってどういう意味だこの野郎。

 

「あーいや、何でもない。話を変えよう」

「……カール?」

 

 まさか、カールには猿仮面があの変人と同じように見えているのか?

 

 だとしたら、許してはおけんが。あの仮面は、格好良いし可愛いだろ!

 

「あの仮面はとってもキュートなのですわ。ぷりちーでコミカルで、それでいて────」

「そ、それより! 前々から聞きたかったんだけと。お前とサクラってデキてるの?」

「……ゲホッ!?」

 

 いきなり凄い所をぶっ込んできたなコイツ!!

 

「だ、大丈夫かイリーネ!? いきなりむせて」

「何とんでもないこと言い出しますの!?」

「お前って女の子好きなんだろ? 妙に仲が良いしもしかしたらって」

「サクラさんとは友人ですわ! そこに一片の曇りもありません」

 

 そのあまりにアレな話題チョイスに、強めのチョップで突っ込みを入れておく。

 

 変なこと言うな、人間関係ぶっ壊す気かコイツ。

 

「と言うか、それを言うならマスターでしょう。あの二人、いつみても一緒にいますもの」

「マスターとサクラは無いだろ。親子みたいな関係だぞ、あの二人」

「少なくとも男女でしょうに……、女同士より全然あると思いますわ」

「……そうかなぁ? 時折マイカがお前ら見て『百合の波動を感じる……』って興奮してたけど」

「えっ? マイカさん、そんなキャラでしたっけ?」

「アイツ結構変態だぞ。仲良くなるまでは隠すけど」

 

 ……。マイカの意外な一面を知った。

 

 あの娘、俺とサクラをカップリングして興奮してたのかよ。

 

「で、本当のところは?」

「だから違うと言ってるでしょう。じゃあ、逆に聞きますけど」

「おう」

「貴方とレイがデキているかどうか、ここで熱く論じられたらどんな気分になります?」

「ごめん俺が悪かった」

 

 何を想像したのか、カールは吐きそうな顔で頭を抱えた。

 

 赤ふんどしのイケメンと朴念仁勇者のカップリング……。うん、俺も想像しただけで吐きそう。

 

「私とサクラさんは友人。いえ、親友ですわね」

「まぁ、そんなところか」

 

 そんな俺の言葉に納得したのか、それ以上カールからの追及は無かった。

 

 まったく。カールはもう少し、人間関係の機微を理解しなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日のデートは、つつがなく終わった。

 

 結局プランもないまま街をブラついただけだったが、割と楽しかった。

 

 (カール)を隣に連れているので、堂々と筋トレグッズを見て回れたのが一番の収穫だった。

 

「うふふふ。このバネを使って背筋を効率的に……素晴らしいギプスですわ」

「さっきのギプス、まだ着けてるの? 痛くない?」

「体が引き締まって気持ちが良いですわ。サクラさんに自慢しましょう」

「……イリーネもちょっと変態気味だなぁ」

 

 特に思わず衝動買いしてしまった、大リーグボール養成ギプスもどき。これは良いものだ。

 

 重力修行とはまた違った負荷がかかって、筋肉も喜んでいる。しばらく着ておこう。

 

「じゃあもう帰るか。マイカ達も、そろそろ復活するだろうし」

「分かりましたわ」

 

 今日は楽しかった。素の状態で、カールと遊べて良かった。

 

 これまで俺は、猫を被っている分カール達から一歩引いて付き合っていたように思う。今日ほど、素の自分のままカールと向き合ったのは初めてかもしれん。

 

 これで今までより、1段階くらいカールと仲良くなれた気がする。

 

 今日は結構、収穫が大きかったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────た、助けてください!!」

「待てゴラァ!!」

 

 

 

 

 

 日も暮れ始め、俺達が帰路についたその瞬間。

 

 か細い女性の悲鳴と共に、カールが何かに押し倒された。

 

「逃げてんじゃねぇぞ売女がぁ!! てめぇいくら借金背負ってると思ってんだ!」

「も、もう十分返せるんじゃないんですか!? 凄いお客さんでしたよ今日!?」

「まだまだ足りねぇわアホンダラ!! そう簡単に逃げられると思うなや!!」

 

 見れば、柄の悪そうな男達が路地裏から迫って来ており。

 

 何かに押し倒されたカールを見下ろし、気炎を吐いている。

 

「ひ、ひえええぇ……。お、お助けぇ」

「き、君は」

 

 そんな彼等に怯えるように、その娘はカールに抱きついていた。

 

 顔を鬼のマスクで隠し、涙声で勇者に助けを乞うその女は……。

 

 

「君は、さっきのアイドルの!!」

「ほえ?」

 

 

 何と、つい先ほど舞台で歓声を浴びていた歌姫(アイドル)だったのだ!!

 

「おう兄ちゃん、お前このガキの知り合いか」

「えっ!? それは、その」

「はい、この人は私の知り合いです!! 旅の連れなんです、ですよね? ね!?」

「えええ!?」

 

 そのアイドルはカールの曖昧な反応を好機と見たのか、強引に旅の仲間と言いだして巻き込んできた。

 

 ……一体どういう状況だ? まぁ、助けを求めて来るなら手を貸すのはやぶさかじゃないが。

 

「ちょ、ちょっとタンマ!! 一体どういう状況なんだ、その、リューさん?」

「じ、実は私そいつらに騙されて借金を背負ってしまいまして……。でもそれは、ライブでお金を稼いで全額返済できたはずなのに!!」

「お前みたいな良い金蔓、逃がすわけがねぇだろ!!」

 

 ああ、そう言えばこの娘『奴隷落ち寸前からチャンスをつかんだアイドル』だって言ってたなぁ。このいかにも悪そうな連中が、借金元だったって事か。

 

「借金の利子は俺達が決められるんだ。その売女には元金の100倍は稼いでもらうからな!!」

「お、横暴です! 返すべきお金は返しました、もう私は自由の筈です!」

「じゃかましい!! 明日も歌で稼ぐんだよお前は、逆らうとブチ殺すぞアホんだら!!」

「ひ、ひえーーん!!」

 

 そのあまりに高圧的で筋の通っていない言い分に、俺は少しイラっとした。

 

 聞けば、借金はちゃんと返済してるじゃないかこの娘。

 

「ぐすん、ぐすん、このままじゃ私の夢が……。人類を滅亡させる目標が……」

「お前は一生、俺達の下僕として俺達に尽くせや!! 骨の髄までしゃぶってやるけんのぉ!!」

「いやです!! た、助けて────」

 

 ふむ。よし、俺は決めたぞ。

 

 チラリとカールと目配せを交わし、奴の意思を確認する。うん、心は同じらしい。

 

 カールはそのアイドルちゃんを抱きかかえ、ゆっくり立ち上がった。

 

「……この娘の身柄は俺が預かる。おまえらには仁義が足りない」

「ああ? なんだ兄ぃちゃん、儂らの事バカにしよんか?」

「馬鹿にしていない、正確な評価だ。お前たちは────」

 

 

 

 ────キィィィン、と金切り音が響く。

 

 カールと、チンピラ共の間の地面に大きな亀裂が開く。

 

 

 

 

「────お前たちは、全員纏めても俺より弱い」

「ん、な!?」

 

 いつの間にやら。

 

 カールは自らの短剣を抜き放ち、地面を斬ったのだ。

 

「こらこらカール。道を壊してはいけませんわよ」

「お前なら直せるだろ? イリーネ」

「ええ、直せますけども」

 

 あまりに早すぎるカールの剣に、威勢を保ちつつもたじろいでいるチンピラ。

 

 ここは、俺が駄目押しで脅すとするか。

 

「ああ、そうですわね。直せるなら、もっと派手に壊しても良いのでしたわ」

「あ?」

「おっほほ、ではご覧あそばせ」

 

 賊が唖然と見守る中、俺は優雅な動きで地面に手を置き。

 

 

 

「ふんはぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 そのまま浸透撃で、路地を爆発四散させた。

 

「……え?」

「私に掴まれた者は、皆このように粉微塵になりますの。誰か、お相手してくださる?」

 

 ふっ。これぞ、俺が最近やっと習得した『静剣直伝』の徒手空拳。

 

 静かなる打撃、マッスルボンバーだ。

 

「な、何だこの女!? 魔法使いか!?」

「あの妙に儀礼がかった所作、貴族だ! 間違いねぇ、こいつ魔法使いだ!!」

 

 俺が触れただけで地面が吹き飛んだのを見て、チンピラは顔を青くした。

 

 流石首都の人間、貴族(まほうつかい)の恐ろしさをよくよく知っているらしい。

 

「逃げろ、貴族にはかなわねぇ!!」

「ちきしょう、覚えてやがれよ腐れ売女!!」

 

 ……でも、俺まだ何にも魔法使ってないぞい。今のは、単なる徒手空拳……。

 

「あ、ありがとうございましたぁぁぁぁ!! も、もうだめかと思ったぁぁぁ!!!」

「お、おう。ちょ、抱き着かないでリューさん……」

「びえええええん!!!」

 

 そして逃げていくチンピラを尻目に、また新たなる女性とフラグを建てて抱き着かれているカール。

 

 アイツもう死ねばいいんじゃないかな。

 

「怪我はないか? 痛いところがあれば、仲間に治してもらうが」

「はい、大丈夫ですぅぅぅ。……ふぅ、落ち着きましたぁ」

 

 幸いにも、その娘は大した怪我もない様子だった。

 

 良かった良かった。アイドルは、顔が命だからな。

 

 コイツは顔を隠してるけど。

 

「ありがとうございました、カールさん」

「おう、良いって事よ。……あれ? 俺、名前言ったっけ?」

「ほえ?」

 

 見るからに怪しいその謎アイドルは、カールの名前を知っているようだった。

 

 ……カール、アイドルと知り合いだったのか?

 

「ああ。もしかして、さっきの私達の会話を聞いていたのですか?」

「あ、そっか。改めて、俺はカールだ。よろしくな」

「ほええ?」

 

 カールが自己紹介したら、そのアイドルさんは変な声を出して首をかしげている。

 

 どうしたんだろう。

 

「なぁリューさん。今夜、何時あいつらが襲ってくるか分かんないからな。良ければ今日は、俺達の泊まっている聖堂で一緒に寝ないか?」

「旅は道連れ、世は情けですわ。今晩は一緒いたしましょう?」

「……えーっと。あれ? 気付かれてない?」

「何がだ?」

 

 まぁ細かい事は気にせず行こう。

 

 多少強引だが、俺達はそのアイドルの身の安全の為、聖堂までついて来て貰う事にした。

 

「……いえ、まぁ行きますけど。私もそこに帰るつもりでしたし」

「あん?」

 

 そんなこんなで、俺とカールは首都一番の人気歌姫と仲良くなることが出来たのだった。

 

 大人気アイドルを連れて帰ったら、みんな驚くかなぁ。


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