【朗報】修羅場系パーティーに入った俺♀だったが、勇者とフラグの立たない男友達ポジションに落ち着く 作:まさきたま(サンキューカッス)
「おう、遅刻だぞ。こんな時間まで何してやがった猿仮面」
「すまねぇ」
あの変態ウサギ仮面と遭遇したせいで、その日はバイトに遅刻した。
「とりあえず、言い訳してみ」
「……実は、通報されたんだ」
「そんな誰もが納得する理由を出すな。説教しにくいだろうがこの野郎」
社会人として、職場に遅刻などもってのほかだ。だがしかし、あれは仕方ないんじゃないだろうか。
不慮の事故だ。まさかあんな怪しい奴が通報してくるなんて思ってもいなかった。
「まったく。そんな不審者みたいな格好してるからだ」
「違う。俺は不審者に通報されたんだ」
「ああ、不審者として通報されたんだろ?」
「だから、不審者に通報されたんだって」
「ん?」
にしてもまさか、ウサギの仮面を被った不審者に通報されることになるとは思わなかった。
警備兵も、どうみても怪しいのはあっちだろう。連行するのはあの二人組だけでよかったじゃないか。
何で俺まで事情聴取されねばならんのだ。
「……つまり、お前みたいなのが他にも居たのか」
「あんな怪しい奴と一緒にしないでくれ」
「で? そんな状況から、よく解放して貰えたな」
「ああ、サクラお嬢様が通りかかって俺の身元を引き受けてくれてな。そうじゃなければ、一晩留置されていたらしい」
「ほう、そりゃよかった」
「サクラお嬢様もウサギの仮面を被った変人を見て驚いていたぞ。俺も、あんな怪しい奴がいるのかと心底驚いたよ」
「いやお嬢は、お前みたいなのが他にも居たことに驚いていたんだと思うぞ」
いやあ、助かった。サクラお嬢に顔覚えて貰っててよかった。
「にしても頼むぜ、次からは捕まったりしないでくれよ。お前みたいなのでも、戦力としては当てにしてんだからな」
「戦力、ねぇ。あんまり、家同士の抗争には首突っ込みたくないんだけどなぁ。勤務中に起こった厄介ごとに関しては、ちゃんとするけどさ」
「そうはいかん。そろそろ、マジの戦争が始まりそうなんだ。報酬は弾むから、俺達の戦力として動いてもらいたい」
「えー、そういうのはちょっと」
「お嬢の口利きで、留置所から出れたの忘れたのか? ここで働いて金貰えてるのも、お嬢のお陰だろうが。ちょっとは貢献しろや」
……えー。こっちもお嬢様の命助けたりしたんだし、その辺はおあいこじゃない?
「どっちの家の仕業かはわからねぇんだが、この前ウチの仲間が殺されてんだよ。取引先から金と酒運んでた運び人が殺されて、運んでたブツ全部奪われた」
「うーわ」
「本来の当主であるおやっさんは、怒り狂って飛び出しちまった。犯人とっ捕まえて落とし前付けさせるって、息まいてさ」
「……」
え。そんなに簡単に飛び出して大丈夫なのか、貴族当主。ギャングと言う方がしっくりくる連中だな。
「お嬢が代行して当主になったが……。まだあの歳だ、お嬢は裏の世界についてはまだよく分かっちゃいない」
「まぁ、年齢的にはまだガキだよな」
「だがよ、お嬢は精一杯ギャングの跡取りとしてふるまって、自分の立場を受け入れようと頑張ってくださってる。生真面目すぎるんだよ、お嬢は」
「……生真面目ねぇ」
「幼い頃、お嬢は俺達の稼業がどんなものか知って、顔を青くしながらも受け入れた。それが私の宿命なら受け入れますと」
まぁ、実家が反社会的勢力なら顔も青くなるわな。
「ギャングなんて本来は、もっと自由で奔放な稼業なのさ。脅して、殴って、徒党を組んで、そんで自分がやりたいように生きる……」
「反吐が出る」
「だが、お嬢にはそういうのがない。ただ、ギャングの元締めという自分の立場に誠実であろうとしているだけの、普通のお嬢様なんだよ。まったく性に合ってない」
性に合ってない、か。確かに、サクラからはギャングの連中特有の下品で粗暴な気配は感じなかったが。
それに、あのヘッポコぶりではギャングには向かないか。
「お嬢は多分、普通の名家に生まれてたらこれ以上無く幸せだっただろうさ。素直な性格で誠実なお嬢様なんて引く手数多だろ」
「まぁそうだろうな。だが、現実は風俗店経営しているギャングの跡取り令嬢」
「いっそ家出でもしてくれれば気が楽なんだがね。サクラお嬢は誠実すぎて、俺らみたいなチンピラにまで仁義を通そうとして下さる。俺達に出来るのは、その仁義を裏切らないようにすることくらいさ」
そこで会話を切って、マスターはグビリと臭そうな黄土色の酒を飲み干した。
つん、と特有の刺激臭が鼻孔を刺激する。
「そのおやっさんとやらは、帰ってこねえのか?」
「あの人は一度旅に出たら、次の日に戻ってくることもありゃ数年帰って来ないこともある。今回も、目的を達したら帰ってきなさるだろう。それまでは、俺達でお嬢を守らねばならんのだ」
ふーん。慕われてるんだな、サクラってお嬢様は。
話を聞いて肩入れしても良いかなって気になってきたが、俺達には俺達の目的もある。
今はいったん保留だな。
「他の家の動きはどうなってんだ?」
「金が入用なのか、略奪が活発化してきている。前回のお嬢売り飛ばしの件もそうだが、なりふり構わなくなってやがる」
「ひえー。とっとと、この街から離れた方がいい気がしてきたぜ」
「輸送中を襲撃するなんて当たり前、目撃者を潰してぇのか基本皆殺しだ。しかも、貴族自ら出張ってきて襲撃してきているっぽい。運び人襲撃の時は、貨物台が大破してたって聞くからな」
「大破?」
「付近には、上級魔法ぶっぱなされた痕跡みたいなのが残っていた。かなりの威力だ、あんなことが出来るのは貴族しかいねぇ。貴族自ら戦争に参加するってことは、この街の……プーンコかサミー家の連中の仕業だ」
普通の貴族は荒事を嫌うからな、とマスターは続けた。
……ははは。
まさかソレ、たまたま俺が水浴びした付近だったりしないよな。上級魔法使える貴族って、そう多くないと思うんだが。
ただのギャングが上級魔法使えるとか怖すぎるだろ。いつ町が亡んでもおかしくないぞ。
上級魔法ぶっ放してくる連中と戦争なんかしてられない。やっぱ、この街の争いには不干渉がよさそうだな。
「うちのお嬢様は、上級魔法使えるのか?」
「お嬢は……わりぃな、何処の誰が話聞いてるか分からねぇからな。そういう情報は内緒だ」
「あーね。取り敢えず、お嬢から援護は貰えるんだよな?」
「ばっか、戦争の時はお嬢には屋敷に籠ってもらうに決まってんだろう」
うーん。成る程、ならどっちにしろお嬢は戦力外か。
ますます闘う気が起きない。用心棒なんぞ、引き受けるんじゃなかったかもしれない。
参戦するにしてもまさか、俺が魔法ぶっぱなす訳にはいかんし。身バレするわ。
「……ほら、客が来たぞ。働け猿」
「あいよ」
うーん、このバイトどうしよう。辞めた方が良いかな?
「……お?」
「帰ったかイリーネ、お客さんだぞ」
もう深夜に差し掛かる時間だというのに、宿屋に戻るとカール達の部屋に明かりがついていた。
何事だろうと猿仮面を脱いで中に入ってみると、見覚えのあるちっさいのがテーブルに座ってパンを頬張っていた。
「あら? い、イリア?」
「お久しぶりです、姉様」
それは何と、数日前に実家で別れた妹。最近ちょっぴり反抗期な、可愛いイリアだった。
「数日ぶりでございますね、イリーネお嬢様」
「サラ! 貴女も来てらしたのね」
それに、俺が子供のころからお世話になっていたメイドのサラも一緒にいる。
どうして彼女がこんな場所に? イリアは実家で待っているのではなかったのか?
「イリア、どうしてここに?」
「はい、姉様。姉様が出発された後、私達も魔族の情報について調べておりました。そして分かったことが幾つかありましたので、そのご報告に伺いました」
「まぁ……」
おお、それは助かる。俺達がチマチマ聞き取り調査している間に、イリアも貴族の伝手を使って魔族の情報を集めてくれていたのか。
流石は、俺の妹だ。
「それで、何が分かったの?」
「そうですね、結論から言いましょう。このレーウィンの街付近で、不審な事件が多発しています」
「不審な事件?」
「輸送部隊への襲撃ですよ。それも、食料を狙ったモノばかり」
……。それは、抗争絡みの話じゃないか?
「確認できただけでも、4件。これが、この数か月で立て続けに発生しています」
「……成程。生存者からの情報は? それは、人間による襲撃なのか?」
「分かりません、基本的に被害者は皆殺しにされている様なので」
カールは、その話を聞いて魔族による襲撃を思い浮かべたらしい。
だが、この街のギャング共の縄張り争いは激化していると聞く。そのせいで、そんな物騒な事件が立て続いてしまった。
そう考えても、矛盾はしないが……。妹の目を見るに、まだ他にも情報があるらしい。
「ただ、これは未確認の情報ですが。その襲撃から生き残った生存者がいるらしいです」
「む」
「その者はここより少し北の集落で『巨大で毛むくじゃらな生物に襲われた』と大騒ぎしたそうです。残念ながら誰にも信じて貰えずに、もう追い払われたとか。生存者の、今の行方はつかめていません」
「……」
え、マジか。そいつの言う事が本当なら、それは魔族の襲撃じゃないか?
巨大で毛むくじゃらの生物ってのが魔族を言い表しているのかは分からんが、その人間を見つけ出して話を聞く価値はありそうだ。
「ああ、ありがとうイリアちゃん。そっか、類似事件が多発しているならそれは魔族の仕業とみてよさそうだな」
「お役に立てましたか?」
「まぁな。……食料を運ぶ輸送隊ね。これで行動指針が立ったな、明日からは食料を運ぶ商人の護衛任務を受けるとしよう」
カールは、その毛むくじゃらの存在を魔族と確信しているようだ。
確かに魔族かもしれないが……。実はただの巨大な熊かもしれないし、もうちょい情報を集めてもいいんじゃないか?
「……レヴ、落ち着きなさい」
「……」
その時、俺はふと聞こえてきたマイカの優しい声に釣られ、ふとレヴの方を見た。
────彼女は、顔面蒼白だった。
レヴちゃんは汗を額から垂らし、目を大きく見開いて、ガタガタとマイカに抱き着いて震えていた。
「レヴ、さん?」
「……ああ、あまり突っ込まないでやってくれイリーネ。妹ちゃんの情報は正しかったんだよ」
イリアの話が、正しかった?
「魔族の襲撃からたった一人生き残った女の子は、周囲から嘘つき扱いされ理解して貰えなかった。彼女は村を追われて、一人になった」
「……まさか」
「そんな彼女を引き取ったのは、女神から話を聞いて魔族の存在を知ってた男だったって話だ。今の話は、間違いなく魔族の目撃情報だ。この世界の中で魔族を『実際に見た』ことがある人間はレヴだけなんだから」
おい、じゃあ魔族の襲撃から生き残った生存者って。
「……お父、お母が、私を逃がしてくれた」
「レヴちゃん……」
「……両親は、高名な冒険者だった。翼龍を討伐したことすらある、英雄的な人だった。そんな二人が、まるで手も足も出ない悪夢のような敵。それが、魔族……」
そうか、やっぱりレヴの事だったのか。
レヴの両親が殺されたのって、魔族に殺されたのね。それで途方に暮れていたところを、カールに拾われた訳か。
「誰も、信じなかった。お父が、弱かったんだって。低級獣に殺される程度の、耄碌ジジィだって……」
「レヴ……」
「失礼しました。すみません、レヴさんがそのような事情をお持ちとは知らずに。無配慮であったことを、深くお詫びします」
「……いい。むしろ、わざわざ遠くまで教えに来てくれてありがとう」
レヴは随分と、辛い体験をしたらしい。自らの親に庇われ命からがら逃げだして、逃げ着いた先でその両親を罵倒され。
だが、それならば今の話は魔族によるものだと確信できる。それどころか、最近『運び人が殺された』というギャングの情報も、実は魔族の被害だった可能性が高くなってきた。
もう、魔族は俺達のすぐ背後にまで迫ってきていたのだ。妹は、値千金の情報を持ってきてくれた。
「イリア、情報は他にもありますの?」
「ええ。まぁ、魔族の情報では無いのですが」
む、まだ他にも掴んでいるのか。
イリアって意外と優秀なのな。俺に似て脳筋なイメージだったけど。
「この街はかなり治安が悪い様子です。実は、かなり凶悪そうな不審者に絡まれてしまって」
「何ですって!? 大丈夫でしたか、イリア」
「すぐに警備兵を呼んで事なきを得ました。全く持って恐ろしい────」
……不審者、だと。そ、それはまさか。
「────不気味で怪しげな仮面を被った、不審者でした」
「まぁ、仮面の不審者! ああ、私も見たことがありますわ。禍々しく面妖な雰囲気の、怪しげな仮面をつけた者!」
なんと、イリアも遭遇していたのか。あの変態ウサギちゃん戦士に。
「えっ……仮面?」
「そうです。獣の仮面を被った、珍妙奇天烈な変人です! 姉様ももう、目撃しておられましたか」
「イリアも遭遇していたのですね。……何者なのでしょうか、恐ろしい」
「そ、そんな変なのが居るのね。注意しないと」
そうだ、その情報を共有しておかないと。人間とは思えぬ、異様なセンスの仮面だった。実は魔族側の人間、なんてこともあるかもしれない。
「そ、その仮面の人は、そんなに悪い人じゃないかもよ……?」
「カール、貴方は実際に見ていないからそんなことが言えるのです。アレは、正真正銘の変態です」
「ええ、注意するに越したことはないでしょう。魔族との対決が控えているんです、どんな小さな不確定要素も慎重に対応するべきです」
……。もしかしてカール、猿仮面の事と勘違いしているか? あとで、変態はウサギ仮面だと教えておいてやろう。
「イリア、今日は私の部屋に泊まって行きなさい。この時間に外に出るのは危険です」
「ええ、お世話になります姉様。サラは────」
「私も、旅費は戴いておりますのでご心配なく」
「そう」
こうして、久しぶりに会った妹との夜は更けていく。
この晩、俺は魔族や来るべき宿敵『ウサギちゃん仮面』に対抗するべく、妹を付き合わせ久しぶりに全力でフンフンしたのだった。
「……んっ? 姉様、この猿の仮面は一体……?」
「二人きりの時は兄様と呼べ。気にすんな、それは俺が身分を隠し変装するグッズだ」
「……」
ちなみに妹は、何故か俺の自慢の変装アイテムを死んだような目で見つめていた。