【朗報】修羅場系パーティーに入った俺♀だったが、勇者とフラグの立たない男友達ポジションに落ち着く   作:まさきたま(サンキューカッス)

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88話「イリューのスペシャルライブ イン 戦場」

 歴史とは、勝者が紡ぐものである。

 

 これまでの人類史において、魔族は人間にことごとく敗れ去ってきた。

 

 やがてその魔族の殆どが滅び、今日に至っては僅かばかりの残党が残るのみとなった。

 

「これまでの歴史とは、すなわち人類史を意味します」

 

 かつて人間の少女だったユリィもまた、勝利した人類側の勇者であった。

 

 凡庸な修道女だったユリィは女神に選ばれ、勇者としての恩恵を以て人類を勝利に導いた。

 

「しかし、これからの歴史とは────魔族の歴史を意味するのです」

 

 そして魔王となった勇者は、かつて自分たちが守った街『首都ペディア』を目前に捉え祈る。

 

 その瞳にはどんな感情が宿っているのだろうか。

 

「行きましょう皆、魔族の時代の到来です。ついに人類を滅ぼす日が来たのです」

 

 魔王ユリィはかつて自分を捕らえ凌辱し、魔族を虐げた人類どもの巣窟を前にして、

 

 

「願わくば人類。汝らの、死後に冥福の有らんことを」

 

 

 その、死後の幸せを祈るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よくもまぁ、こんなに集めたものだ」

「げんなりする程の数だ」

 

 魔族たちが姿を現した後。俺達は、敵のそのあまりの数に辟易した。

 

 魔族、魔族、魔族。

 

 大地を見渡す限り一面に、凄まじい数の敵がワラワラと湧き出ている様子だった。

 

「勇者アルデバラン殿が一息に吹き飛ばせるとはいえ……、この数の死体の処理が面倒だな」

「魔族の死体が大地を汚染したりしないだろうか」

「国費を投じる必要があるな。魔族の死体が、ちゃんと売れる素材になってくれればよいが」

 

 国軍に所属する貴族達は、そのおびただしい魔族を前にあまり恐れる様子がなかった。

 

 勝てるかどうかより、むしろ戦いに勝った後の戦後処理をどうするか心配していた。

 

 俺からしたら、眩暈がするほど恐ろしい化け物の群れなのだが……。

 

 恐らく彼らは魔族と戦った経験がないので、あれがどれだけ恐ろしい戦力であるかを理解していない。

 

「アル、どうする? もう少し引き付ける?」

「いや、前進する。少しでも首都から離れた場所で戦闘をした方が、街に被害が少ない」

「了解だ」

 

 あれだけの数の魔族が一斉に襲ってきたら、流石のアルデバランと言えど討ち漏らしも出るだろう。

 

 あいつらの相手は、国軍では荷が重い。できれば、パパンにはあんまり危険な目に遭って欲しくない。

 

 アルデバランの判断に従い、俺達アルデバランパーティは国軍の先陣を切って前進を開始した。

 

「予知の内容は、覚えていますわねアルデバラン」

「ああ。私が焔神覇王(アルドブレイク)で、魔族の大半を焼き払ったのだったな」

 

 昨晩も、俺とユウリの見た予知は変わらぬ結果だった。

 

 

 それは焔神覇王────アルデバランの持つ最大呪文が魔族の群れに直撃し、群れの大半が消し飛んでしまうというもの。

 

 そして魔法が直撃した爆心地に行くと、全裸で泣き叫ぶイリューが居て、それを囲むように魔族の死体が倒れ伏しており。

 

 イリューは人類への憎悪を絶叫し、やがて封印されてしまうという結果だった。

 

 

「あの魔法の射程はちと短い、しっかり護衛を頼む」

「任せとけ赤チビ。……待ってろよ、イリュー」

 

 このまま予知通りに展開が進むなら、決着は一瞬。

 

 アルデバランを、呪文の射程内まで護衛できれば人類の勝利である。

 

 後は、カールが彼女をうまく説得できるかに全てがかかっている。

 

 

「……ただ、ユウリさんのあの言葉も気になりますわ」

「予知魔法を当てにするな、か。自分の研究に自信のある彼女らしくない言葉ではあったが」

「大きな力が絡む時、予知魔法は当てにならない可能性がある。……誰より予知魔法を知り尽くしている彼女がそういったのです、予知が外れることも計算に入れておきましょう」

「であるな」

 

 

 そして一つの懸念事項が、ユウリの言った『予知が外れる可能性』。

 

 彼女の言う通り、ヨウィンでユウリの予知は一度外れてしまっている。

 

 もし今回も外れるにしろ、具体的にどう予知が外れるかはわからない。その結果、人類が負けてしまうに至る可能性も考慮せねばならない。

 

 人類の敗北があり得るとすれば────アルデバランが魔法を放つ前に仕留められてしまうとかだろうか。

 

 そうなれば人類は一転して窮地に立つ。勇者の存在なしに、人類は魔王に勝てる筈もない。

 

「全員でアルを守れば、絶対に負けることはないよ」

「ああ、私は負けん」

 

 しかし、そんな不安要素を恐れて動かないのは愚の骨頂。

 

 紅の勇者は自信満々に、悠然と魔族に向かって進み続けた。

 

「私こそ、真の勇者であるからな」

 

 そう言って杖を構えるアルデバランは、かつてのカールの様に頼もしい何かを持っていた。

 

 本気の彼女と肩を並べて戦うのは、ヨウィンの時に続いてこれで2回目。しかし、この安心感はどうした事だろう。

 

 勇者特有の、カリスマとかなんだろうか。

 

「ゴブリンが突っ込んできているわよ!! みんな、応戦準備!」

「我々が突出したのを見て、迷わず攻めてきましたね。その勇猛さが仇とならねば良いのですが」

 

 前進し始めた俺達を見て、敵のゴブリンどもが迅速に接近してきた。

 

 いよいよ、本格的な戦闘が始まる。始まってしまう。

 

 

 

 ────ゴブリンと戦うのは初めてだ。しかし、彼らは伝承によるとそんなに強くない。

 

 流石に人間よりかは筋力も強く強靭らしいが、俺達の敵にはなり得まい。

 

 

「まずは挨拶代わりである」

 

 

 奇声を上げて突進してくる、小柄な魔族の軍隊。

 

 しかし統率はきちんと取られ、整列して突っ込んでくるその様はまさに『格好の標的』であった。

 

「アルの周囲を固めるよ! カールさん達、イノン、弓矢を弾き飛ばす準備を!」

「行きますわ、身体強化────これが、スーパー☆イリーネ様ですわ!!」

「蜘蛛の子一匹通すんじゃねぇぞ」

 

 彼らの弓矢でうっかり勇者を仕留められないよう、俺達は全力でアルデバランの周囲を固め。

 

 

「────(えん)(えん)(えん)(えん)。我に集いし火の化身ども、その残酷なる裁きを下せ」

 

 

 

 偉大なる勇者が、その奥義を以て。

 

 

 

「惨劇の幕よいざ開かれん。────焔神覇王(アルドブレイク)!!」

 

 

 

 

 目を焼き尽くされないほどの極光で、その勇敢だった魔族を無慈悲に包み込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、あれが勇者の火炎魔法」

「素晴らしい! 実に、実に凄まじい威力だ」

 

 アルデバランの本気の火力を見た貴族たちは、喝采を上げて喜んだ。

 

 彼女の魔法は、桁が違う。首都前の台地には、アイスが雑にくり貫かれたような大きな溝が入っていた。

 

 これが、彼女の神髄。

 

 俺の放つ精霊砲は、数百メートルのクレーターを形成する超ド級の攻撃魔法だが……アルデバランのそれは『クレーターすら形成しない』のだ。

 

 ただ無慈悲に極光がレーザーとなって、大地をくり貫くのである。

 

 アルデバラン曰く『魔力を無造作にぶっ放すのではなく、収束させて撃つことで火力を桁違いに高めている』らしい。

 

 

 

 なので、アルデバランの放った魔法の後には塵一つ残らない。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 そう、塵一つ残らないはずである。

 

 おかしい。何か、妙だぞ。

 

「おい、イリーネ」

「何ですの」

「これは、貴様の見た予知と一致している光景か?」

 

 そうだ。おかしい。

 

 俺の見た予知では、魔族の死体が黒焦げになっていた。

 

 アルデバランの本気の魔法が直撃したというのに、敵の大半が塵にならず『原形をとどめて死んでいた』。

 

 

 もし彼女の炎神覇王が直撃したというなら、そんな無様で残酷な結末にはなりえないのではないか?

 

 

「……。え?」

「効いておらんな」

 

 

 

 

 やがて、土煙は晴れて。

 

 彼女の放った魔法が直撃した『ゴブリンの尖兵』達は、何事もなかったかのように再び進軍し始めた。

 

 俺達に向かって真っすぐに。

 

「……ピンピンしてやがるぞ!! こっちに向かって来た」

「避けやがったのか?」

 

 何か特殊な魔法で、アルデバランの炎魔法は外れてしまったのだろうか。

 

 ……いや、違う。

 

 よく見れば、彼らゴブリンの装備はボロボロになっており、アルデバランの攻撃が当たったことは間違いないだろう。

 

 奴らは、なんと勇者の最大魔法を受けて耐えきったのだ。

 

 

「少し退くぞ、不測の事態が起きておる! 何かしらの手段で、私の魔法が防がれた」

「バカな、大将の魔法が直撃したんだぞ!?」

 

 

 アルデバランは、国軍たちと合流すべく後退を始めた。敵に何かカラクリがあるなら、それを暴いてから戦わないと分が悪い。

 

「ギィィィィィィ!!」

「うわ、もう来た!!」

 

 しかし、時すでに遅し。

 

 ゴブリンは意気揚々と突進し、既に近接戦の間合いへと足を踏み入れていた。

 

 

「アル。殿は私にお任せください」

「……」

 

 

 即座にレイ・イノンの剣士二人が応戦し、後衛が逃げる時間を稼ぐ。カールは動かない。

 

 ゴブリンは小型の魔物なので、巨大殺し(ジャイアントキラー)のカールは後ろで二人を援護するつもりの様だ。

 

 

 

 ────疾走。

 

 

 

 

 やがて、犇めく魔族兵の先陣を切って。

 

 漆黒の身体で片眼のゴブリンが、風を切るようにレイに肉薄した。

 

 

「ぎぎゃ」

「……っ」

 

 凄まじい勢いの突進だったが、レイの反応が間に合った。

 

 静剣は剣の背でそのゴブリンの突進をいなし、そのままカウンターで首筋へと短剣を吸い込ませた。

 

 師匠お得意の『後の先』だ。

 

 

「ぎぃ」

「む」

 

 

 しかしその一撃は空を切る。

 

 あまりに速い。そのゴブリンは、突進の一撃を防がれるや否やすぐさま反転して距離をとった。

 

 その場には、剣を空振って隙だらけの剣士だけが残された。

 

 

「ぎぎぃ!」

「ぎぃぎぃ」

「……ぎっ」

 

 

 その隙を、周囲の魔族が逃がす筈もない。

 

 先ほどの黒光りゴブリンの号令で、四方から仲間が襲い掛かってきて────

 

 

 

「……はぁっ!!」

「ぎぃ!」

 

 

 しかし敵に囲まれても、流石は静剣。

 

 牙を躱し剣を避け、レイは2重3重の致命の一撃を完全にいなし切った。

 

 そのままゴブリンの1匹を蹴り飛ばして囲みを破り、レイは俺達の元へと飛び退いた。

 

 

「……兄ィ!!」

「来るなレヴ、駆けろ!! これは……こいつらは、凄まじい速度だぞ」

 

 しかし、師匠と言えど無傷では済まなかったらしい。

 

 彼はその右肩から血が噴き出し、ダラリと腕を垂らしている。

 

 レイは利き腕をやられた様だ、あの一瞬で。

 

 

「いったん退いてくださいレイ、後は私が引き受けます」

「すまん、が、無理をするな……!」

 

 これは何の冗談だ。

 

 ゴブリンとは、強くない魔物ではなかったのか?

 

 あの超大型の魔物に囲まれてもロクにケガを負わなかったレイが、一瞬交戦しただけで戦闘不能に追い込まれただと?

 

「く、やはり動きが早すぎ────、ぐあっ?」

「ち、イノン!!」

「……畜生、何だこの俊敏さ!?」

 

 そして自信満々にゴブリンに向かっていった金髪糸目も、速攻で足をへし折られて地面に倒れ伏した。

 

 人類の誇る最強の前衛二人が、一瞬で無力化されてしまった。

 

 ちょっと待て、何が起こっている。ゴブリンの動きが速すぎて、目で追えな────

 

 

「イリーネ、前ぇ!!」

「へ? うおおおお!!?」

 

 

 油断してたら、さっきの真っ黒ゴブリンが俺の目の前で剣を振り下ろしていた。

 

 濁り切った殺意の視線が、俺の首筋をとらえて離さない。

 

 嘘だろ、何でもうこんなトコまで切り込んで来てんだ!?

 

筋肉返し(マッスルリベンジ)!!」

「ギィぁ!!」

 

 咄嗟にレイに教わっていた型『筋肉返し』で、敵の斬撃を躱して拳を構える。

 

 この技はさっきも師匠(レイ)がやっていた『攻撃を受け流した勢いを利用し、そのまま切り返す』レイの流派の基本の型だ。本来は剣でやるらしいが、徒手空拳でも応用が利くと教えられた。

 

 レイ曰く『一番よく使って、一番有効な技』だそうだ。反射神経が鈍い俺にはあまり向いていないそうだが。

 

「……それはダメだ、イリーネ!!」

「────あ」

 

 何度も何度も、この型は体に染み込むまで繰り返させられた。

 

 その結果、俺はほぼ無意識にこの動きを選択してしまっていた。

 

 

 これを教えてくれた師匠ですら、仕留められてしまったというのに。

 

 

 まだ型が未熟な俺の返し技では遅すぎた。

 

 渾身の、俺の筋肉による裏拳はやはりゴブリンを捉えることはなく。

 

 

 むしろ、その隙にド密着までゴブリンに接近されて────

 

 

「ギャァァァ!!」

「ひ、ひぃ!?」

 

 

 地面に引きずり落されて、そのまま腕をへし折られた。

 

 激痛が体全体を駆け巡り、一瞬意識に空白ができる。

 

 

「神槍」

 

 

 アカン、死んだ。一瞬、走馬灯が目の前を過った。

 

 しかし、悪運の強い事に俺はまだ息があるようで、

 

「ラジッカナイスです、畜生! 姉様、姉様意識はありますか!!」

「……イリア?」

「このままじゃ全滅だ、早く逃げるぞ!!」

 

 気付けば俺は、中年のオッサンに背負われていた。

 

 俺は、どうやらこのオッサンに庇われて九死に一生を得たらしい。

 

「……腕だけね。良かった、命に別状はないわぁ」

「サクラさん……っ。状況は?」

「今、カールが必死で時間稼ぎしてくれてるわぁ。あの男、魔族相手なら小柄な敵でも関係なく強いのねぇ」

 

 ……くそ。油断した。

 

 馬鹿か、俺は。ゴブリンが強くない魔物だなんて、それは『当時の』話でしかないだろうに。

 

 人類を滅ぼしに来た魔族の、その先陣だぞ。正面から戦えば勝てるだなんて、どうしてそんな甘えた考えを持っていたんだ。

 

「アル、もう一発『焔神覇王』を撃つ?」

「いや。……奴ら、火魔法に対する完全な防御を準備しておる様子だ」

「……」

 

 アルデバランは、魔炎の勇者。

 

 彼女の使う魔法は、火魔法のみ。

 

 流石のユリィも、それを知って何の対策もしないわけがなかった。

 

「何だコレ、どうしてこうなった? 大将の魔法で、魔族は蹴散らせるんじゃなかったのか」

「……ええ、朝の時点でも予知魔法はそうでしたわ」

「ユウリの言う通り、予知が当てにならなかったのかしらぁ」

 

 しかし、不可解が過ぎる。

 

 予知が外れる可能性は考えていた。しかし、こうも完全に外れるとは思っていなかった。

 

 そもそも、あの予知の映像もおかしかった。アルデバランの最大魔法を直撃した割には、敵の死体の損傷も少なく地形もあまり変わっていなかったような。

 

 ……もしかして。あの予知は、何らかの細工をされていた?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……思い出せ。

 

 ユリィは、イリューは予知魔法について詳しい知識を持っているのか?

 

 彼女は後方支援を専門とする勇者だ、もし知っているなら何かしらの『細工』は出来るんじゃないか?

 

 俺が精霊魔術師であることは、もう彼女に話した。確かその時、イリューは何と言っていた?

 

 

 

 

『貴女のご先祖の、割と有名な逸話を知ってまして……』

 

 

 

 

 ……そうだ。

 

『邪悪なる龍を払った、精霊使いの勇者。それが、ヴェルムンド家の始祖では?』

 

 イリューは、俺のご先祖の事を知っていた。

 

 そう、邪悪なる龍を払った精霊使いと言っていた。まさかそれって、威龍の事ではないのか。

 

 まさか、じゃあ俺の初代様は……ユリィの仲間だったのか!?

 

「────恐らくあの予知魔法は、対策されていましたわ」

「何?」

「そうでした、私の遠い祖先で精霊術師ヴェルムンドは、当時の彼女のパーティメンバー……。魔王ユリィが予知魔法を知らない訳がありません!!」

 

 

 太古の昔、第二次魔族決戦の折。

 

 俺の実家の初代様は、仲間としてユリィと共に魔族と戦っていたのだ。

 

 

 ならば、予知魔法についても知らぬはずはない。魔王が俺を『ヴェルムンドの末裔の精霊術師』と知って、対策も立てていない筈がない。

 

 ────あの予知は、おそらくイリューによって見せられた『偽の未来予知』である可能性が高い……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────」

 

 俺が、あの予知魔法が偽である可能性に気付いて顔を青ざめていたその時。

 

 耳をすませば、静かで優し気な歌声が戦場に響いていることに気が付いた。

 

 

「……歌?」

「何だ、この声……」

 

 

 

 その声には聞き覚えがあった。

 

 いつか、彼女の歌声を首都のステージで聞いたことがあったからだ。

 

 

「……歌ってやがる、イリュー」

「待ってください、これは────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────貴方の為に歌いましょう。

 

 

 ────愛しいあなたを歌いましょう。

 

 

 ────私はここで歌っています。

 

 

 ────顔を上げ声を上げ、天高く歌声が響くように。

 

 

 ────腕を上げ瞳を上げ、ここで貴方を見守っています。

 

 

 ────どうか、その手で栄光を掴んでください。

 

 

 ────願わくば貴方の振り上げた手が、

 

 

 ────祝福に変わりますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響いてきたその歌声は、言霊を帯びていた。

 

 イリューはただ、意味もなく歌っているのではない。これは祝詞だ。

 

 修道女である彼女は、歌に魔法を乗せて味方全体を支援しているのだ。

 

 

「いけませんわ!! これは────こんな強力な大規模支援魔術、ありえません」

「……まこと、凄まじい支援(バフ)だ。信じられん」

 

 俺だけではなく、アルデバランもこの歌の意味を理解したらしい。

 

 こんなデタラメな支援魔法があってたまるか。

 

 肉体が極限に研ぎ澄まされ、あらゆる魔法に対する耐性を得て、無尽蔵のスタミナを付与し、極限の反射神経を得る。

 

 これは、おかしい。こんなのまるで────

 

「……あのゴブリンの一体一体は、勇者に匹敵する身体能力に達していますわ────」

 

 

 

 

 こんなの、勇者の群れだ。

 

 この平野に、見渡す限り犇めいている百鬼夜行な魔族ども。

 

 こいつらは『絶対切断』の異能こそ持たないもの、全員が勇者状態のカールと同等の身体能力を付与されていた。

 

 

「こんなの、こんなの勝負になるわけがない……」

「うろたえるな、所詮はゴブリンだ! 首を落とせば死ぬる、1匹ずつ確実に対処せよ!」

 

 アルデバランは、弱気になりかけた俺達を叱咤する。

 

 ああ、そうだ。勇者と言えど、首を落とされれば死ぬ。

 

 現にゴブリンを引き付けて時間稼ぎしているカールは、既に数匹仕留めることに成功している様だ。

 

 

「まずは目の前のゴブリンを……」

 

 

 カールが時間を稼いでいる間に、レイの治療が終わった。

 

 レイだって、速度に慣れればきっとゴブリンを倒すことができる戦士だ。

 

 ここから、ゴブリンを押し返して一時撤退を……。

 

 

 

 

「ヴォッヴぉッッヴおオオォッ!」

「ブモォオォオオオオオオ!!!」

「ぎゃぎぎぎゃぁ!!!」

 

 

 

 

 ……それは、悪夢のような光景で。

 

 俺達がゴブリンに苦戦しながら後退し続けている間に、後詰として大型の魔族どもが殺到してきていた。

 

 

「そうか。このゴブリン達はあくまで尖兵」

 

 無論、大型の魔族たちも凄まじく強化されているだろう。

 

 現に迫り来ている猿顔の化け物は、以前戦った時とは比べ物にならない程の俊敏さで俺達との距離を詰めてきていた。

 

 ゴブリンですら勇者クラスの身体能力になるというのに、あの化け物が強化されたらどうなるんだ?

 

「ついに、本隊のお出ましか」

 

 

 そして、まともに相対するのもおこがましい程の『怪物』が、俺達人類の防衛線に突っ込んできた。

 

 

 

 

 

 ……嗚呼。ユウリの言ったとおりだった。

 

 人類は、死に物狂いで万に一つのチャンスをモノにして、僅かに勝てる可能性があるかどうかな状況だった。

 

 予知魔法を盲信して、余裕をぶっこいて何も有効な手立てを用意していなかった時点で、人類は負けていたのだ。

 

 

 俺は、ただ茫然と迫りくる『死』を前に立っている事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石は知恵ゴブさんの立てた戦略……、ドンピシャですね」

「ギィ」

 

 魔王は(うた)の合間、そう言って自らの傍に控える老いたゴブリンを褒めた。

 

 ユリィは、自身の頭がよくないことをある程度自覚していた。

 

 だから、戦う戦略を練るにあたってゴブリンの知恵者によく相談していたのだった。

 

「予知魔法を誤魔化すのは大事です、よく気が付いてくれました」

「ギッギギ」

 

 ゴブリンは比較的知恵の回る種族だ。

 

 ユリィは彼に従い、人類に勝つために様々な工夫を凝らしていた。

 

 

 そう。人類の何よりの武器は、凶悪な知恵。

 

 ゴブリンも賢いと言えど、人類の狡猾さにはかなわない。

 

 だからこそ、その知恵を極限に有効活用できる『予知魔法』だけは邪魔しなければならなかったのだ。

 

 

「後は、トコトン火魔法に対する耐性を高めれば……もう負ける要素は無いんですね?」

「ギィ♪」

「ええ、私もそう思います。ですが────」

 

 

 知恵ゴブと呼ばれたその魔族は、素晴らしく綿密な戦略を練っていた。

 

 魔炎の勇者はその名の通り、火魔法しか使えない存在。

 

 いかに強力な火魔法と言えど、火耐性を極限に高めてしまえば無用の長物になる。

 

 しかも万が一、敵の『魔炎』が火耐性を貫通する可能性を考え、決死のゴブリン突撃部隊を先行させる慎重さだ。

 

 

 彼の戦略は、見事に的中した。

 

 勇者の『火魔法は』魔王の付与した『火耐性』を突破できず。

 

 敵の前衛達は、ユリィにより強化されたゴブリンの雑兵にすら対処できていない。

 

 

 魔族の勝利は目の前だ。

 

 

「────ですが私。実は今、勇者アルデバランより危険視してる人がいるんです」

「……ギィ?」

「下手をすればその人こそ、敵で一番厄介な戦力かもしれません。……乱戦で仕留められていれば良いのですが」

 

 

 だというのに。

 

 魔王ユリィは、まだ少し不安げな顔をしたままであった。

 

 

 

 

 ……そして魔族にとって悪い事に、その不安は間もなく的中してしまう。

 

 

 

「ギィギィ!!!」

「……む、やっぱり来ましたか」

 

 

 それは、突然だった。

 

 今まで優勢だったゴブリン達の進撃が止まり、逆に人類に蹴散らされ始めたのだ。

 

 

 凄まじい轟音とともに、決死の覚悟で突進したゴブリン兵達が空高く吹き飛ばされ絶命していく。

 

 同時に進撃していた大型の魔族たちも、混乱して足並みが乱れ始めている。

 

 

「……いけませんね、アレは。少し下げて仕切りなおす方が良いかも」

「ギ、ギギギィ?」

「ああ、本当に敵に回すと厄介なんです」

 

 

 

 魔王ユリィは、何かを思い出すように目を閉じて。

 

 どこか懐かしそうにその『歌声』を聞きながら、ゆっくり呟いた。

 

 

「────精霊術師って」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方の為に歌いましょう────」

「イ、イリーネ!?」

 

 このままでは、終われない。

 

「愛しいあなたを歌いましょう────」

「これは……、何だ!? 体が、すごく軽くなって」

「……そ、そんな事まで出来るのか、精霊術師」

 

 このまま死ぬ訳にはいかない。

 

 俺には守りたいものが、まだまだ沢山ある。

 

 俺だって、ここで死にたくなんかない。

 

「私はここで歌っています────」

 

 気付けば俺は、歌いだしていた。

 

 イリューの歌声に共鳴するように、胸に手を抱いて高らかに。

 

 周囲に集う精霊に、調律をとってもらいながら。

 

 

 

 だって、気が付いたのだ。

 

 この支援魔法は、ユリィの使っているその魔法は、俺に物凄く相性が良いと。

 

 呪文さえわかればどんな魔法ですら発動できる『精霊術師』が、この魔法を使えない訳がないと。

 

 

 

 ────ああ、思い浮かぶようだ。

 

 間違いない。

 

 この歌の名前は、この魔法の名前は。

 

 

 

精霊の祝福(エコー・スピリット)────」

 

 

 

 

 そしてこの魔法を謳い上げた瞬間、突如カールは一息にゴブリンを数体吹き飛ばした。

 

 それだけじゃない、レイやイノン、レヴちゃんに中年、いや────

 

 

 この場に集った、少女の歌声が聞こえる範囲にいた国軍の全員が、この魔法で勇者張りの身体能力を付与された。

 

 

 

 

 

 こうして、人類と魔族の戦争は第2フェーズへと移行した。

 

 

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