【朗報】修羅場系パーティーに入った俺♀だったが、勇者とフラグの立たない男友達ポジションに落ち着く   作:まさきたま(サンキューカッス)

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91話「ラストチャンス」

 ────そこから先のことを、俺はよく覚えていない。

 

 その少年キチョウが発動した暖かな光の魔術に飲み込まれ、意識が暗転し。

 

 気付いた時には俺は、王宮の会議室の席に座って父と杯を交わしていた。

 

 

「……え?」

「む? どうしたんだい、イリーネ」

 

 

 『討ち取られた』と、そう聞いていた父は目の前で機嫌よくワインを呷っている。

 

 その隣にはイリアは座っていて、眉をひそめ自らの手に持った紅茶を睨みつけていた。

 

「え、あ……? これ、は」

「落ち着いてください、姉様。後で、イリアが説明いたしますので」

「……。はいですわ」

「では姉様、例の魔法を発動してください。盗聴対策です」

 

 チラリ、と周囲を見渡してみる。

 

 国王やガリウス様は、機嫌よく国軍の貴族と談笑しており。

 

 アルデバランやその仲間達は、少し戸惑った目で少年────勇者キチョウに話しかけていた。

 

 

「……そうですわね。少し、席を外しますわ」

「お願いします、姉様」

 

 

 間違いない、これは昨日だ。

 

 これは昨日の、魔族決戦の勝利を祈る壮行会だ。

 

 ああ、つまり。あの少年の魔法とは……。

 

 

「あら、イリーネ。どこに行くの?」

「……少し、席を外しますわ」

「もしかして、体調がよくないの? 少し見てあげようかしらぁ……わぷっ」

 

 

 俺が退室しかけているのを、サクラに気付かれ声を掛けられた。

 

 ────どうやらサクラは、昨日の彼女らしい。

 

「……あら? イリーネ?」

「すみません。少し……少しこのままでいさせてくださいな」

 

 何かが、こみあげてきて止まらない。

 

 俺はその場で、思わず親友(サクラ)を胸に抱きしめたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────成程。本当に……()()()のだな、貴様ら」

「ごめん、ごめんよ、アル……。僕が、僕が頼りないばっかりに、うえええぇん!!」

「引っ付くなうっとおしい!! しゃんとしろ、勇者だろ貴様!!」

 

 いよいよ明日が決戦、英気を養おうという壮行会のタイミングで告げられた「明日の敗報」は、周囲の貴族を動揺させるのに十分だった。

 

 人類はあと一歩まで魔族を追い詰めるも、魔王に敗れ全滅しかける。

 

 予知魔法は対策され、まったく人類に都合の良い光景を見せられていただけ。

 

 そんな報告が、突如としてなされたのだから。

 

「……アルデバラン殿。その話は本当なのか」

「明日の私は殺されたらしい、私は明日のことを知らない。だが、キチョウが……本当の勇者が言うなら間違いないだろう」

「ふむ」

 

 聞けばアルデバランは勇者でもなんでもなく、一般人らしい。

 

 魔力がある理由は彼女はとある貴族の隠し子で、親に認知してもらえず生きていたからなのだそうだ。

 

 だから彼女は魔法の使える冒険者として生活していたらしい。

 

「アルデバラン……、いえ少女アルはある()()()()の隠し子だそうですよ、父上」

「そうですか。まったく、悪い貴族もいたものですね」

「……本当ですよ」

 

 かなりジト目で、金髪(イノン)が自分の父親を見つめている。すごく、含みのある言い方だ。

 

 おい、とある貴族ってまさか。

 

「そう、リーダーはマッキューン家の隠し子だそうです。リーダーは世界の危機を知って、まず自分の実家……マッキューン家を頼った様で。でも信用に値しないと一蹴されたとか」

「うーわ」

「でもそんな中、嫡男であるイノンだけがリーダーの話を信じ、仲間に加わってくれたそうです。それで、勘当されちゃったみたいですけど」

 

 へー。なんだ、嫌味な奴と思っていたがイノンも良いところあるじゃん。

 

 身分も立場も捨てて誰かを信じるって、なかなか出来る事ではない。

 

「あんまり感心しなくていいですよ、姉様。イノンは、『私にはわかる、間違いない! アルは、私の妹です!!』『アルが、あんな可愛い娘が嘘をつくはずがない』とか気持ち悪いことを言って家出したそうです。ただのシスコンですね」

「聞こえてますよー、イリアさん」

 

 ……。あ、そっか。じゃあアルデバランは金髪(イノン)の妹になるのか!

 

 すげぇ、全然似てねぇ。

 

「父上が認知さえしてくれれば、私はアルにお兄ちゃんと呼んでもらえるのに。……嘆かわしい」

「誰がそんな呼び方するか!! 恥ずかしいわ」

 

 ……嘆かわしいのは、お前もじゃねイノン。

 

「姉様。姉様が望むなら私は今後『お姉ちゃん』と呼びますが」

「やめなさい」

 

 見ればイリアは、ニヤニヤ笑っていた。俺はまさかイノンと同じ扱いをされたのだろうか。

 

 俺もシスコン気味な自覚はあるが、そんな呼び方をされて喜ぶ趣味はない。制裁として妹の頬を揉んでおく。

 

「で、中年(ラジッカ)はリーダーの冒険者仲間でふね。実質育ての親みたいなもんらしいでふ」

「あら、成程」

 

 じゃあアルデバランパーティは、アルデバランの幼馴染(キチョウ)(イノン)父親(ラジッカ)で構成されていた訳か。

 

 めっちゃ仲良さそう。

 

「本物の勇者がキチョウだって秘密も、その4人しか知らない筈だったんです。秘密を共有する人数が増えるほど、その管理は難しくなるからって」

「ふむ」

「私も教えてもらえたのは、最終決戦間際でした」

 

 まぁ、その秘密はアルデバランパーティの核だもんな。

 

 徹底的に秘密を管理するのは、まぁ納得だ。

 

「で、確認なのですが。勇者と言えど、1回しか時間は戻せないのですね」

「正確には、明日までに時空魔法を使うだけの魔力が回復しないのだとか。かなり特殊な属性なので、えげつないくらい魔力を消費するそうです」

「はえー」

 

 ……時間が巻き戻っても、魔力は回復しないのね。

 

 俺の身体は完全に、魔力切れを起こす前の状態に戻ってるっぽいけど。筋肉天国、あっさり発動出来たし。

 

 術者は回復しないとか、そういう縛りがあるんだろうか。

 

「つまり明日が正真正銘、最後のチャンスです。つっても、リーダーが獄炎魔法で窒息させて私達が魔王を取り押さえたら勝ちですがね」

「……確かに。しっかり腕に注意しておけば、問題はないでしょう」

 

 そうだな、アルデバランの奴勇者でもないのに魔王に勝ちかけたからな。

 

 今度は気を付けて、腕を斬り飛ばさないようにするか斬り飛ばした後に腕を封じ込めればいい話だ。

 

「時間旅行ねぇ、私も体験してみたかったわぁ。私ってば死んじゃったのよね、情けない」

「もう、あんな背筋が凍るような場面はこりごりですわ」

「……サクラ様、ごめんなさい。貴女に命懸けで時間を稼ぐように要請したのは私です」

「あら、そうだったの?」

 

 えっ。

 

「そもそも私達が逃げていたのは、安全に時空魔法を発動するためです。なのに目の前に魔王が出てきて、勇者(キチョウ)が凄くパニクってまして。それで私はキチョウを落ち着かしてましたし、姉様はなんか放心してました。なのでその場で時間が稼げそうなのがサクラ様しか居なかったんです」

 

 そうか、マイカも『カールが残るなら』と殿に残ってたもんな。

 

 俺がボーっとしてたせいで、あの場で動けたのはサクラだけだったのか。

 

「私はこっそりサクラ様に『少しでも時間を稼いでくれれば、何とかします』と耳打ちさせていただきました。そして貴女は……見事にその役目を果たしました」

「へぇ。ま、お役に立てたなら良かったわぁ」

「貴女は最期まで勇敢でした。……感謝の言葉もありません」

 

 ……。

 

「きゃ、無言で抱き着かないでよイリーネ」

「……っ」

「はぁ。貴女、存外に泣き虫なのねぇ」

 

 サクラを抱きしめる手に力が入る。

 

 また俺は、サクラに守られてしまった訳か。

 

 何度、彼女に救われれば気が済むんだ俺は。

 

 

 

「……そんな事より、明日の話をしようか」

「ユウリさん?」

 

 いつの間にか、寝ぼけ顔のロリ少女が俺達の隣に座っていた。

 

 居たのかお前。

 

「さっき、本物の勇者君から話を聞いたよ。とても興味深い話じゃないか、時空魔法なんて素敵なものをボクに黙っているとはアルデバランも水臭い」

「秘密の保持が何より大事でしたからね。その当時、私も知らされてませんでしたし」

「ちょっと離れていれば戦争の後、勇者君にたっぷり研究に付き合ってもらう許可をもらった。ふふふ、腕が鳴るよ」

 

 そういって、ユウリは怪しい目を揺らして涎を垂らしていた。ああこれは、ちょっとアカン時のユウリだな。

 

 ……おそらく、ユウリは勇者の時空魔法を知って暴走していたのだろう。それで今は離れとけと言われてしまったのだろうか。

 

「姉様、まもなく会議が再開される見通しだそうです。明日の作戦の練り直しですね」

「そうですか。ではユウリさんも」

「ボクは研究室にこもっているよ、クフフフ。ほら、奴の髪の毛をどさくさに紛れて毟り取ってやったのさ。それとホラ、さっき回収したイリーネ君の飲みかけの水も────」

「ふん」

「アッアッ返したまえ」

 

 ……。コイツ何も変わってねぇ。

 

「姉様。返したらコイツ、おとなしく研究室にこもってるんじゃないですか?」

「……。そうですわね」

「フヒー」

 

 妹にそう言われたので仕方なく飲みかけの水を渡してやると、ユウリは変な声を上げてスゴスゴ退席していった。

 

 あー、研究者ってやつは本当に……。

 

「イリーネ、お前たちも早く来い! お前たちにも、明日のことを聞かせてもらうぞ!」

「あ、はいですわ!」

「了解です、リーダー!」

 

 ユウリが気持ち悪い笑みを浮かべて退出した後、俺達はアルデバランに呼ばれた。

 

 こうして、一度は何もかもを失いかけた筈の人類は、最後の一度だけチャンスを得たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────翌日。

 

 夜明け前、俺達はやはり首都の前の平原に陣地を敷いて彼女を待った。

 

「魔王は寝坊してくるから、もっとゆっくり集合でよかったのですが」

「兵士達は魔族が夜明けと同時に攻めてくると聞いてますからね。いまさら集合時間を変えられても、困惑するだけでしょう」

 

 イリューが遅刻してくるという情報は、兵士には伏せることにした。

 

 敵を甘く見て油断を生むから、というガリウス様の判断だった。

 

「で、だ。カール、お前は本当にやるのか?」

「ああ。……話を聞くに決着が付いた後だと、説得は無理っぽいしな。開戦前に俺が一人で、イリューを説得に行く」

「……殺される可能性だってありますのよ」

「そこはアレだ。その時はその時だ」

 

 そして昨日の会議の結果、何とカールは開戦前にイリューに話をしに行くことになった。

 

 奴は『イリューが寝坊したので、改めて開戦時刻を設定するための使者』という名目で彼女に近づくつもりらしい。

 

 確かに、その名目ならイリューは話を聞いてくれそうだ。

 

「もしカールの説得が空振りに終わっても、体よく開戦時刻を指定できれば『開戦と同時に獄炎魔法』なんて凄まじい手も使えますしね。やって損はないんじゃないでしょうか」

「確かにそれが、一番被害の少ない手段でしょう」

 

 真面目一辺倒のカールも、不意打ちや騙す目的ではなく『イリューと和平するべく説得する』使者なら喜んでと引き受けた。

 

 カールがその説得に失敗したとしても、建前通り開戦時刻を設定するだけでほぼ人類の勝利となる作戦だ。本当に、貴族って連中は悪知恵が働くなぁ。

 

「もう間もなく夜明けだ」

「さて、魔族の連中はやっぱり来てないな……」

 

 ……。イリューとの戦いで、俺は分かった。

 

 アイツは、魔族が勝っても幸せになんかなっていなかった。

 

 本当に彼女を救う道があるとすれば、カールの説得が上手くいくことのみ。

 

「もし、イリューがカールの説得に応じなければ」

 

 だからもう、俺ももう躊躇わない。

 

 力づくで、無理やりに、魔族を制圧する。

 

 ……どう転んだって幸せになれない奴より、俺達の未来を守ることを優先する。

 

「その時は、私が皆殺しにするだけだ」

「……しかし、イリュー本人は脱出してくる可能性が高いです。彼女は絶対切断の異能を得た化け物、決して油断なさらないでください」

「うむ」

「いざとなれば、魔力をすべて失う覚悟で支援魔法を使うつもりです。誰一人死なずに、この危機を乗り切るために」

 

 そう。今回の戦いの勝利の鍵は、いかにイリューを無力化できるかにかかっている。

 

 前は、彼女が何かしら詠唱する前にレイが首を斬り飛ばす事が出来た。そのお陰で、そのままイリューを封じ込めることに成功した。

 

 しかし、アレは俺の支援魔法があってこその状況。もしレイの反応が遅れイリューの魔法が先に俺達を襲っていたら、細切れにされていただろう。

 

 もう、油断はしない。俺達に出来る全力を以て彼女を迎え撃つ。

 

 アルデバランが獄炎魔法を発動したら、ほぼ同時に俺も支援魔法を唱えるくらいでちょうど良い。

 

 

 

「……なぁイリーネ」

「なんです、アルデバランさん」

「奴らは……遅刻してくるのではなかったのか?」

 

 

 

 ふと、アルデバランはそんなことを言い出した。

 

 そう、魔族は今日決戦に遅刻する。それは、彼女の言い分を信じるなら『何の戦略もない寝坊』。

 

 だから、カールはその寝坊を理由に交渉を────

 

 

 

「……もう魔族が、来ている」

「えっ」

 

 

 アルデバランのその言葉に、俺は地平線を見上げた。

 

 ……おかしい、こんな筈はない。だって、昨日は確かにイリューが遅刻していて、

 

 

 

1()()()()ですね』

 

 

 

 朝焼けの赤みが空を照り付ける中、魔王の声がゆっくりと首都に響いた。

 

『ええ、実に驚きましたよ。あんな隠し玉があるとは思いませんでした』

 

 ドクン、と胸が早鐘を撃つ。

 

 彼女は何を言っているんだ。イリューの目線だと、彼女とは3日前に演説したきりで。

 

『まぁでも、割り込みが間に合ってよかった。ああ、ごめんなさいね人類』

 

 

 

 ……そして俺はふと気づいた。

 

 魔族が、敵の布陣が前回と大きく異なっている。

 

 

 前回は地平を覆いつくさんばかり、イリューを中心に密集した陣形をとっていた。

 

 しかし今日の魔族は、明らかに疎だ。決して密集せず、かなり広範囲に薄く伸ばした様な陣形を敷いている。

 

 

 これは、まさか。

 

 

『目の前でそんな魔法を発動したら、干渉するに決まってるじゃないですか『時の勇者』さん。私、攻撃魔法は使えませんけど……攻撃魔法以外なら大体なんだってできるんですよ』

 

 

 ……ヤバい。

 

 イリューの奴、アイツも記憶を保持してやがる!

 

「おい、キチョウ! これは一体どういうことだ!」

「そんな、嘘? 僕、魔王を一緒に過去に飛ばしてなんかないよ!」

「……イリューは何かしらの方法で便乗したのでしょうね、貴方の魔法に。史上最強の支援魔術師の名前は伊達ではなかったという事でしょう」

 

 昨日の話し合いの、大前提が崩れ去った。

 

 魔王も、前回の情報を知っている。

 

 アルデバランのとっておきが、窒息させる獄炎魔法であることも知っている!

 

「……因みにアルデバラン、あの獄炎魔法以外にも魔族を全滅させる素敵な必殺技とかないの?」

「そんな便利なもんがいくつもあってたまるか! あの魔法だって、習得にすごく苦労したんだからな!」

「ですわよね」

 

 ああ、これはマズい。

 

 イリューは、獄炎魔法の対策としてかなり広い陣形をとったのだ。

 

 アルデバランの獄炎魔法では、とても全体をカバーしきれない布陣をしたのだ。

 

 

 

『では、今度こそ。貴方達に絶望を教えて差し上げましょう』

「ぐ、どうする! 何とかできないのか!」

『全軍突撃を。安心してください魔族さんたち、勇者の炎魔法は私達に通じないと歴史が証明しているのです』

 

 その号令と共に、ゆっくりと魔族たちが前進を始めた。

 

 恐ろしい唸り声をあげて、無数の化け物が俺達へと迫ってくる。

 

「力押しじゃあ、絶対に勝てないわよぉ!?」

「……どうする。一か八か、薄くなった敵の中央を突破してイリューを討つか」

「そんな事出来るわけありませんわ!!」

 

 ああ、どうすればいい。レイはまだ知らないのだ、あの支援を受けた魔族たちの恐ろしさを。

 

 中央突破なんて夢のまた夢。このまま奮戦し、何とか民衆が避難する時間を稼ぐしか────

 

 

 

 

 

 

 

 

「おうい、聞け!! イリュー!!」

「……って、カールさん!?」

 

 

 

 

 

 

 その、突撃を開始した魔族の真正面に立つ男一人いた。

 

 それは、良くも悪くも真っすぐで猪突猛進な、俺達のリーダー。

 

 

「イリュー!! 戦いを始める前に、お前と話がしたい!!」

『何ですか、人類。命乞いなら聞きませんよ』

「話をするだけだ!! どうだ、度数の弱いリンゴ酒も持ってきたぞ!」

 

 

 カールは、酒瓶を片手に笑顔を振りまいて、疾走する魔族たちの前に座り込んだのであった。

 

「……あのバカ、何やってるのよ!?」

『拒否します。貴方達と話し合う事なんてもう何もない』

「そこを何とか! 一杯だけでも付き合え、イリュー!」

『私はユリィです。その名前は、貴方達に名乗っただけの偽名』

「なんでもいいさ! 俺は、猿仮面と名乗る怪しい奴とだって飲んだことがあるんだ」

 

 それは、豪胆なのか阿呆なのか。

 

 彼は、足を止める気配のない魔族たちの真正面で一人、イリューに向かって呼びかけを続けた。

 

『まぁいい、何を言われようとその要求には付き合いません。魔族さんたち、その男を縊り殺してください』

「おい、良いのかイリュー。そんなことを言うなら、俺にだって考えがあるんだぞ」

『あら、脅迫ですか。話し合いと称して高圧的、まったく人類はこれだから』

 

 しかし、カールは何故そんなに強気に出られるのか。

 

 今、人類は全滅するかどうかの瀬戸際なのだ。イリューの言うまま突撃されてしまえば、きっと俺達は力負けして滅ぼされてしまう。

 

 時間を巻き戻せるのは一回こっきりだし、そのせっかくの時間渡航も魔王に察知されてしまった。

 

 俺達は何とか頭を下げ、イリューに交渉の舞台に上がってもらうしか生き残る道は────

 

 

 

 

「お前がそのまま話を聞いてくれないなら……俺はこれを頭に被って戦う」

『ちょっと待ってください話をしましょう』

 

 

 

 

 カールは、何故か懐からパンツを取り出した。

 

 ……。

 

 

『……あの? カールさん?』

「おお、俺と話をしてくれる気になったのか?」

『あ、いや。交渉を受け付ける気はないんですが……何を言い出すのです?』

「ふ、そんなこと言って良いのか、イリュー。このままお前が攻撃を続けたら……、どうなるよ?」

 

 いや、何言ってんのアイツ。そのパンツまだ持ってたの?

 

 お前が頭にパンツを被って、何が生まれるの? バカなの?

 

『ど、どうなると言うのです』

「この戦いは、尻魔王VSパンツ勇者の戦いとして後世に語り継がれるんだ」

『ちょっとぉぉぉぉ!?』

 

 ……。確かに、それはちょっと嫌だな。

 

『やめてください! いや、やめろ人類!!』

「……気付いたんだ。何で俺、こんなにこのパンツが気になっていたのか」

『その下着を顔に近づけないでください! ぶっ殺しますよ!』

「ふ。このパンツは……お前のものだったんだな、イリュー」

『凄いタイミングでそんなしょうもない事実に気付かないでください!! 何これ、何ですかこれ!?』

「お前がこのまま話を聞いてくれないなら、俺は本当にこのパンツを頭に被る。お前と話をするためなら、何だってやってやる!!」

『この男、本当にやりかねないから面倒臭い!!』

 

 

 

 ……。

 

 どうしよう。俺は今、きっとゴミを見る目になっている気がする。

 

 

 

 

「……返事がないようだな。残念だ」

『分かった、分かりました!』

 

 幾ばくかの静寂の後。

 

 仲間達の白い目線をモノともせず、勇者カールはそのパンツを被ろうとして、

 

『1杯だけですよ、付き合うのは!!』

「おお、本当か!!」

『本当に付き合うので、今すぐそのパンツを地面に置いてください。いや置け』

 

 とうとう、魔王はカールの()()な懇願の下に折れたのであった。

 

「……アイツ、本当に勇者だな。俺には真似できん」

「恥ずかしい……。アイツの幼馴染みである事が心底恥ずかしい……っ!!」

「でも、割とファインプレーなのが腹立たしいですわ」

 

 こうして、人類は一枚のパンツで九死に一生を得た。

 

 




や人糞

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