-side 千歳
嗚呼、楽しい楽しい。まさかこの水族館にバックヤードツアーがあるとは。私もにわかだな。
何より面白かったのはワニへの餌やりだ。水族館の表側からではいつも怠けているか、日向ぼっこしているワニだが、食事をする際はあんなに迫力があるとは。
その後は12時頃開催されるイルカショーを見に行った。イルカのあの躍動感。人を乗せ、輪をくぐり、そして何よりも、天高く飛ぶ。少し惨めになったのはここだけの話だ。そうだ。ペンギンも出ていたな。地上では覚束なく、水中では優雅に、あそこまで大きな二面性を持つ鳥類を私は他に見た事が無い・・・ただ私が鳥類に詳しくないだけかもしれないが。
勿論、様々な水槽も見た。巨大水槽には何万ものイワシがトルネードを作り、その中を巨大な魚が突き抜けていく。小さな水槽では各々が変わった暮らしを見せていた。
最後には、鯉の餌やりを一緒にやった。ワニと違って、必死に餌にありつこうとする様は、ちょっと笑えた。
「どうだった?デートは」
水族館に隣接されているフードコートで私たちは食事をしていた。
『とてもよかったです。まさかワニに餌をやれる日がくるとは』
「ははは。俺も予想外だったよ。あんな迫力あるなんてな」
そんなくだらない会話を続けて、幾許の時が過ぎたろう。会計を済ませ、終わり・・・というところで士道が一つ提案をしてきた。
「なぁ、最後に観覧車に乗らないか?」
そういえば、この水族館には観覧車があった。だが、乗った事が無かった。単に魚に出会った余韻に浸りたいだけだったが、今日のメインはデートであって、魚ではない。たまにはこういう日もあっていいだろう。
『いいですよ』
私は再び彼と手を繋いで観覧車に乗り込んだ。
ゆっくりと上昇していく中、彼は何を思っているんだろう。私をどこかへ売り飛ばす算段か、全く関係ないことなのか、はたまた街を眺め思い耽っているんだろうか。
気付いたら、私は彼を優先して考えるようになっていた。私を楽しませてくれたお礼だ。その程度の心変わりはいいだろう。
『士道さん』
「ん、どうした?」
『この街ってこんなに綺麗だったんですね。私知りませんでした』
そうだろうそうだろう、とどこか自慢げに語る士道。その顔を見ると、なんだかほっとする。先ほどまであった警戒心も、少しは吹っ飛んだろう。
観覧車が丁度半周を回った時、彼は口を開く。その面持ちはどこか神妙だ。
「なぁ、あのさ千歳」
私は声を出せないのを忘れて、何?と聞き返した。その声は届かずとも、私の中で反芻する。
「あのさ・・・」
よっぽど言いづらそうだ。
その答えを聞くことは叶わなかった。
爆発だ。誰かが何かを謀ったか、それとも不慮の事故か、観覧車は爆発の後、大きく傾いた。
「な、なんだ!?」
・・・私には分かる。分かってしまうのだ。これを行った犯人が。ただ直感的に、何の根拠もなく、分かってしまう。
エレン・
あの野郎・・・いや、まずは士道を助けることから始めよう。
まず、私たちを私の背中から伸ばした手の集合体で包み込む。クッション性は自信がある。何せ赤子の手だから。
球体が地面にぶつかったのを確認してゆっくりと解く。
「無様なものですね。一人を守るだけしか出来ないとは」
上空から聞こえる。あの忌々しい声・・・何故忌々しいんだ?分からないがとにかく忌々しい。エレンの声だ。
「DEM・・・!何が目的だ!」
「貴方に語る必要はありません。それよりも精霊<マッドネス>・・・いえ、今は千歳、と呼んだ方が正しいのでしょうか」
私はキッとそちらを睨みつける。だが彼女は動じない。ただ宙に浮き、侮蔑ともとれる目線を送ってくる。
「貴方は忘れてしまったのですか?」
「・・・!千歳、耳を貸すな!」
今は士道の声よりもエレンの声が気になる。何を忘れたんだ?忘れていることを忘れている?いな、確かに私には思い出せない前世の記憶がある。前世があるという記憶は確かにあるのに、その前世に何が起きたかは覚えていない。
「あなたはDEM社に雇われ・・・」
「止めろおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」
士道の劈くような叫びがエレンの言を止める。
「少し黙っていてください」
直後、士道の目の前に降りてきたエレンはすっと剣を抜き取り、軽々と屠った。何を?無論、士道の命だ。
口から血を吐き、その場に倒れ込む士道。それが現実として目に入ってこなかった。絵の一種のように思えた。第三者の目として、冷静に見ていた。
「貴方は、DEM社に雇われ、その後・・・」
聞きたくない・・・と耳を塞ぐ手をエレンは無理矢理ねじ伏せる。
「その後、男達の
・・・・・・・・・・・・・・・
そうだ。
嗚呼、そうだ。
そうだとも。
・・・・・・・・・・・・・・・
何故忘れていた。
私が復讐するべきは、私の仇は、世界の全てだ。欲を作り上げた神だ。
何故忘れていた。
あの忌々しい過去を。卑しい顔を、腹立たしい声を、計り知れない憎悪を。
・・・・・・・・・・・・・・・
忘れてはならぬ怒りを胸に、私は腕を振り上げた。10の腕を。
前回修正部分を教えてくださった方、誠にありがとうございます。この場を借りてお礼をさせてください。
まだまだ若輩者の私ですが、どうか千歳と一緒に見守ってやってください。