恋姫†OROCHI 外史降臨   作:日立インスパイアザネクス人@妄想厨

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ストーリーモード:蜀
蜀:prologue


 

 北郷一刀(ほんごうかずと)はわけがわからなかった。

 その日は聖フランチェスカ学園の剣道部に寄って不動(ふゆるぎ)先輩と一試合交えて汗を流し、武道場の掃除を終え剣道部と別れを告げベッドまで重い体を引きずって現実世界からフェードアウト―――したはずだったのだが。

 

 何時間寝たのかわからないが一刀は柔らかな明かりで目を覚ました。

 清々しい朝だな、と一刀は寝ぼけ眼で起き上がる。

「―――ん~~……」

 軽く背伸びをすると背骨がぽきぽきと小気味良い音がした。何故か妙に体の節々が痛い。

 しかし、やけに清々しい。

 鼻から肺へ送られる空気は室内の籠もった空気ではなくすぅっと透るような新鮮な空気だ。もしや窓を開けっぱなしで寝るという不注意を起こしてしまったのか。ぼーっとした頭でそう考えながら目を開けると、

「……………………………………………」

 

 壁が、無い。

 ベッドも屋根も壁も無い。

 というか外だ。

「…………はい?」

 おかしい。確かに自分は部屋でベッドで眠ったはずだ。こんな鬱蒼とした森の中で野宿した覚えはない。

 こんな木々が生い茂る場所は知らない。空模様が曇りなのか夕方近いのか数m先も見通せないし、道と言えば獣道。本当にここは何処なんだ?

「……下手に動き回ると遭難の危険性が高くなるって言ってたよな。でも救助隊が来ること前提の話なわけで―――」

 その時、

 

 

「きゃあああ――――――――――――――――ッ!!」

 

「何だっ?!」

 一刀は肩をすくめて辺りを見回した。やはり木々に囲まれて先が見えない。

 声が聞こえたということはこの近くに人が居るということ。遭難予備軍の一刀がやるべきことは人を探すこと。しかし、この声は明らかに叫び声だ。

 君子危うきに近寄らず。この場合はそれが賢明な判断のはずだ。

(けど)

 あの絹を裂くような女性の声が耳から消えてくれない。

 あの声の主がたった今悲惨な目に遭っているのが脳裏に浮かび上がる。

「黙ってられるか!」

 一刀は頬を張って奮い立たたせ、声が聞こえた方へ走り出す。

 

    ◆

 

 目的の場所はさほど遠くなかった。

 女性の声がした方へ走って行くとまた悲鳴が響いてきた。咄嗟に草むらに身を隠して様子を伺うと、見えた。一刀と同い年ぐらいの桃色髪の少女が壁を背に追い詰められる姿。彼女の周囲には血をまき散らして倒れ伏す数人の男達。それと、一刀の居る位置から見えないが、少女を取り囲むように多数人の気配を感じた。

 一刀の死角から低温の野太い声が少女に向けて浴びせられる。

「随分と手間を掛けさせてくれたなぁ! あの化け物女が居なけりゃただの女だ!」

「あ、愛紗ちゃん達に何をしたんですか!?」

 つるぎを構える少女が声を震わせて叫ぶと野太い声の主が大きく鼻で嗤った。周囲も呼応してゲラゲラと下品に騒いだ。

「俺が知るかよ。今頃呉の狗共に蹴散らされてる頃だろうなぁ!」

「! 軍が不自然に分かれたのは、あなた達が……っ」

「さあな。知りたきゃ俺らを殺してみろ」

 

 少女一人、相手にならないと判断し悠然と歩み寄る姿に―――一刀は身を強張らせる。

 それは真っ当な人間ではなかった。

 血の気が無く鱗のような肌を晒し、爬虫類を連想させるそれは少女より一回り大きな体躯を広げて挑発する。―――たとえ剣先を向けているのが少女であっても、異形達の余裕は崩れなかった。

 相対する少女は、

「……」

 剣を構えながらも、その震えを隠しきれなかった。

 

 信頼する仲間は居ない不安。

 自身も絶体絶命の危機。

 助かる可能性は―――藪の影に隠れて誰にも知られていない一刀の存在。しかし望みは薄すぎる。そもそも一刀は多少剣術を習っていても、本気の喧嘩もしたことが無いごく普通の高校生だ。あの中に躍り出ても瞬殺されて少女の周りに居る者と同じく土に還ってしまう。

 十分に余興を楽しんだのか、進み出た化物の槍が少女の剣を払い去る。

「……死に損なったにしろくたばったにしろ、貴様が死ねばこの義勇軍も終わりだ。覚悟しろ!!」

「―――私たちは負けない。わ、私と同じ志がある人たちが居る限り、愛紗ちゃん達があなた達なんかやっつけちゃうんだから!」

 啖呵を切った。

 絶望的な状況に立たされても。仲間が誰も居なくなっても。殺されかけていても。

 この少女の瞳の炎は未だに消えない。

 強い人だ。隠れて様子を窺っていた一刀は素直に感服し、

(俺は……)

 何処かからギリッと軋む音がする。それは自身の奥歯から聞こえていて、

(俺は……!)

 一刀は間違ったことはしていない。けれど、それがとても情けなく感じるのだ。

 胆の据わった少女の言葉は少年の心に深く突き刺さった。

 だが、それは異形達をさらに苛立たせる。

 

「ちっ」

 

 異形のリーダー格が無造作に槍を振るった。

 少女の体を狙ったのではなく、それは体を覆う衣服に向けてだ。

「つっ……え? きゃあ!?」

 呆気なく切り裂かれた衣装に少女は目を丸くして、あられも無い姿にされたと気づいた瞬間に蹲って体を覆う。

「野槌様?」

「駄目だ駄目だ駄目だぁ!! ただ殺すだけじゃ足りねぇ!!」

 野槌と呼ばれた異形の腕が少女の首を掴み引き上げた。

「か、はぁ――」

「いいか? 貴様らには身の程を知ってもらわなければならない。二度と立ち上がらないように。妖魔様に歯向かわないように。人間は妖魔の奴隷(くいもの)であると自覚するように! 徹底的に絶望しなけりゃならねえんだよ!! こうなりゃ全員の慰み物に―――痛ぅ!?」

 不意に野槌が顔を顰め、少女を壁に向けて投げつけた。遠目から見ていた一刀にはわからないが、恐らく爪を腕に突き立てたのだろう。

「げほっ、ごほっ!」

「貴様ぁ……!」

 倒れ込んで咳き込む彼女の瞳は

 

 

 

 一刀の瞳と重なって、ゆっくりと細めた。

「やっちまえ!」

 すぐさま無慈悲な命令が配下の妖魔に下された。

 冷血な異形の刃が少女を突き立て――――

 

 

 

 

 

 

 

「やめろォォォオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 

 その瞬間。

 異形の者達は一刀の存在に気づき、

 

 

 

 ドシャっ!!!! と。野槌が真上から落ちてきたものに押し潰された。

 少女に槍を突き刺そうとしていた妖魔は背後から響いた水っぽい音に動きを止め、上官が潰されたのを目の当たりにした妖魔達も突然の出来事を理解するのに時間が掛かった。

 一部始終を見ていた一刀ですら呆然としていた。野槌をぺしゃんこにしたのは幾何学な模様が施された巨大な陶器だった。少女が背にしている崖から落ちてきた、というわけではなく、突然一刀の視界の端から現れた。

 

 さらに不可解な現象が起きる。

 その落ちてきた陶器はインパクト時に粉々に砕け、中から青白い太極図が出てきてふよふよと浮遊していた。一刀は何となくその太極図が危険な物だと感じ、茂みから飛び出て妖魔を押しのけ少女に駆け寄った。

「ごめん!」

「え? え?」

 少女の碧眼が面白いぐらい丸くなった。

 急に危地へ飛び出して前触れもなく抱きついてきたのだから当然の反応だろう。少女の柔らかい感触にドキッとしながら一刀は少女を抱え込み、

 

 直後、視界が白く輝き、甲高い音と弾けるような衝撃その身に受ける。

「ぐぎゃあ!!」

「ぶあ?!」

「ぐっ!」

 数瞬の後、耳鳴りと目眩に苛まれながら、ビリビリと痺れる体を無理に起こした。振り向くと妖魔は誰も立っていなかった。さっきの破裂で倒れ伏した者や腰を抜かした者、誰もが混乱しきっていた。

 やがて妖魔の一人が声を荒げる。

「こ、こいつ何やりやがったんだ!? 化物か!?」

「逃げろ! いや撤退だァ!」

「ひぇ~!」

 と、突然現れた一刀が起こしたものだと勘違いしたようで慌てふためきながら引いていく。

 残された一刀と少女はしばし見つめ合って、

「「ぷっ、あははははは!」」

 思いっきり笑った。

 さっきまで優勢だった妖魔達が、情けない声を出して逃げていく姿がとても滑稽で、時折思い出し笑いをしたり下手なモノマネをしたりして腹を抱えて笑う。

 一頻り笑いあった後、少女はふぅ、とため息をついた。

「助けてくれてありがとうございました。あの、怪我は……?」

 一刀の怪我は本当に無い。精々じんじんと疼く程度のものだ。

「俺は大丈夫だよ。それより君の方が心配なんだけど……」

「はい? ああ、ちょっと引っ掻いただけですから時間が経てば消える、は、ず……」

 対して、少女の怪我は妖魔が槍で衣服を切り裂いた時にうっすらと出来たものだ。傷自体は問題ないが、問題は今の恰好。腰下のスカートは若干擦れてボロっちくなっているだけだが、上半身は下着ごと(・・・・)ビリビリに破かれて衣服の意味を成していなかった。詰まる所、丸出し。さらにたった今まで自身も気づいてなかった上、平気な顔で同年代の少年と談笑していたのだ。

 

 少女の言葉を塞き止めたのはそれが原因。

 きゃん!? と可愛らしい悲鳴を上げて、顔を紅く染めさっと手で体を覆った。

 実を言うと一刀も気づいていたがあまりに平然としていたので指摘できずドギマギしながら相手をしていた。それが少女の天然ゆえの行動と知ると、一刀は顔を(そむ)けて自分の上着を渡す。やがてか細い声で礼の言葉を紡いで一刀の手から上着が離れた。

「そ、そうだ名前! さっきまであれだったからな。自己紹介もしてなかった」

「そそそそうですねっ! 命の恩人ですし!」

 本当は違うんだけどな、と心の中で呟いた。けど同時に、この少女が助かって良かったと緩やかに息を吐く。

「俺は北郷一刀。聖フランチェスカ学園に通ってるごく普通の学生だよ」

「北郷さんかぁ。私は劉備、字は玄徳。幽州涿(たく)郡涿県の楼桑村(ろうそうそん)で義勇軍を率いてるんだ。よろしくね♪」

「……………………………………………………………はい?」

 

 

 義勇軍の桃色髪の少女、劉備玄徳との邂逅を皮切りに、一刀は幾多の英雄と共に数奇な運命に巻き込まれていく。 

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