恋姫†OROCHI 外史降臨   作:日立インスパイアザネクス人@妄想厨

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投稿までに予想以上に長くなった+まだ戦闘に入ってないだと……っ。



楼桑村撤退戦 前編

 薄暗い森に黒い騎馬が通り過ぎる。

 蹄鉄の音は腐葉土に吸い込まれてくぐもった音に変わる。

 馬の脚は止まらず、ただひたすら暗闇を駆けて行く。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 その先頭。黒い鎧の中で唯一白の衣服を着た少女は焦っていた。

 一言で云えば、彼女らは追われていた。依然追手の魔の手は少女達の背をかすめ、その道程で多くの仲間が死している。

 

「何処もダメか、クッソっ……!」

 そう悪態吐き、己の無力さを呪う。

 逃げ回っても応戦してもこの状況を打開できる自信は無い。

 欲を言えば追手を叩きのめしたい。けれどもこの人数では闘う以前の問題だ。

「筆頭! 戌亥の方向上空!」

 不意に部下の一人が声を上げた。

 少女も釣られて空を見上げ―――

「―――しめた!」

 自前の槍をその方角へ向ける。

 

「黒母衣衆! あの煙の下に迎え!」

 

     ◆

 桃香(とうか)から真名を預けられた翌日。

 当初の予定では今日俺が天の御使いだと公にされるハズだった。

 ちなみに天の御使いというのは、世界がおかしくなる以前に管輅という占い師が大陸で広めた噂だ。劉備曰く、天から降りてきた御使いが腐敗した世界を救済しにくるとか。俺が旗頭になるに当たって必要なものがあった。

 名だ。

 武勇も智勇も、地位も名誉も無いメシ喰らいがただ居ても何にもならない。何も持っていない俺が名を挙げて兵を纏めるにはどうしようかという話になり頭をひねっていると、桃香があっさりと提案した。

 

 何も無いんだったら自称しちゃえばいいじゃない、と。

 人は神霊的な存在に畏怖と畏敬の念を覚えずにいられない。だから天の御使いの噂は利用できる。

 ―――そういえば桃香の中山靖王(ちゅうざんせいおう)の末裔ってのも一応自称だったな。だから俺よりも名を高める方法をよくわかってるのかもしれない。

 

 天の御使いの噂は世界がおかしくなる以前からあるから、信じる人は多く居るだろう。よって俺はそれに便乗する形で名乗ることになった。

 お披露目は今日。軍議の場で皆に紹介されるハズだったのだ。

 

     ◆

 

「待ってください! 私の話を聞いてっ!」

 黙々と作業を続ける彼らには桃香の叫びは届かない。手を休めず上官の指示を続行し、その上官もまた何事もないように指示を飛ばしている。

「お願いです! 私に力を貸してください……!」

 

 彼らは昨晩、軍議に出てきていた者達。

 桃香に用意してもらった天幕に届いた声で目が覚めた俺は、早々制服に着替えて外へ飛び出た。そこには予想通りの光景が広がっており、俺は知らず臍を噛んだ。

「お願いします! 考え直してくれませんか!? もう少しだけ一緒に戦ってください!」

 そう。

 彼らは義勇軍から離隊する。

 原因は明白。信頼を失った義勇軍の末路である。

 

 桃香の必死の呼びかけは最後まで聞き届けられず、結局彼らは村から出て行ってしまった。

「……」

 茫然と、彼らの去って行った方向を見つめ続ける桃香の肩を叩く。

「桃香。彼らのことは仕方ないよ」

「でも……」

「まだ残ってくれた人は居る。今は別にやることがあるだろ?」

「―――うん。そうだね」

 こくりと頷く彼女の顔はわからない。知る必要はない。前を向いて次に進み続けなければならない。

 俺達に止まる暇など無いのだから。

 劉備がくるりと振り返り、俺に笑みを向ける。

「愛紗ちゃん達の居場所を探さないとね」

「けど、急いだ方が良いな。関羽さん達が強いったって多勢に無勢ってもんだし」

「そのためにはみんなの協力が必要だね。まずはご主人様がみんなに認められなきゃだから、一緒に頑張ろうね!」

「はは、期待に応えれるかどうかは―――」

 ちょっと待てい。

「あー桃香? その、『ご主人様』って俺のことか?」

「? そうだよ?」

 何をあたりまえなこと聞いてるの? みたいにキョトンとしないでくれ。

「俺と桃香の立場って変わらないだろ? むしろ俺の方が恭しく接さなきゃならないんじゃないか? いや、今も馴れ馴れしいけどさ」

 真名で呼んでるし敬語も使ってないし今更なんだけど。

 正直に告白すれば、女の子からのご主人様呼ばわりはめちゃくちゃ照れるし恥ずかしい!

 俺の言い分に桃香がくすりと微笑み、

「だってご主人様は『天の御遣い』さまだよ? 私とご主人様どっちが偉そうかって聞いたら十人中十人がご主人様って答えるよ」

 両手にグーを作って、問題ない! と言う劉備に俺は呆れるしかなかった。同時に反論も失った。

「……わかった、呼び方はそれで良いから。―――何だ?」

 ふと、村の雰囲気がおかしくなったように感じた。それは村の反対側から村人の声がざわざわと聞こえたり、その声が妙に慌ただしかったりするからか。

「行ってみようご主人様!」

「ああ!」

 一足早く駆けだす桃香に頷き、桃香の背を追いかけた。

 

      ◆

 

 桃香と共にざわめく人ごみをかき分けて彼らの元に着いた俺は目を疑った。

 まず初めに浮かんだ言葉は『ありえない』。

 だってそうだろう?

 

 三国志(このじだい)に鉄砲なんてあるはずが無いのだから。

 

 騎馬武者の中の数人が肩に担ぐそれは紛れもなく鉄砲。多分火縄銃という奴じゃないだろうか。

 何でそんなものがあるんだ? と混乱している俺を余所に、桃香が騎馬武者たちに問いかける。

「貴方たちは誰ですか? 官軍じゃなさそうですけど」

「官軍? ボク達はそんな大層なもんじゃないぞ」

 問いに答えたのは騎馬武者の中でも最年少の少女。赤毛をボーイッシュな感じに仕立てて後ろで結んで流しており、白いヘソ出しな着物と短パンを合わせた少年っぽい出で立ちだ。

 彼女がいち早く反応したということは、もしかしてこの少女がこの騎馬武者の隊長的な立場だったりするのか?

 少女が馬から降りて桃香の前に近づいた。

「あんたがここを仕切ってるのか?」

「し、仕切ってるというか、何というか」

「何だよはっきりしないな」

 しどろもどろな桃香に少女はイラついた態度を示す。

 いやそれはマズいだろ。ここに居るのは桃香を慕って集まってる連中だから、どんな目的があってここに来たのかわからんけど、桃香は気にしないにしても村の人達は黙っちゃいないぞ。

「その前に君の名前を教えてくれないか? あと何でここに来たのかも」

 助け船を出すことにする。

 赤毛の少女はそれもそうだな、と納得したように頷き、

 

「織田家黒母衣衆筆頭、佐々内蔵助和奏成政(さっさくらのすけわかななりまさ)。妖魔を倒すためにあんたらの手を借りたいんだ」

 

      ◆

 

「佐々、内蔵助だって?」

 おかしい。何でここで戦国武将の名前が出てくる? 

 よくよく見れば騎馬武者の旗印は織田木瓜。腰の獲物は刀。魚鱗状の鎧ではなく腹当という甲冑。何より鉄砲を作る技術なんて三国志の時代には無い。

(どうなってんだか)

 どうやらこの世界は想像以上におかしくなっているようだ。

「俺は北郷一刀。桃香……劉備の手伝いをしてる」

「あ、私は劉備玄徳です! よろしくお願いします!」

 緊張した面持ちで自己紹介をする桃香。

 そんなガチガチな桃香に対して成政は目を丸くする。

「劉備って……あの(・・)劉備? 蜀漢の皇帝の?」

「はい!? えっと、人違いですっ!」

「でも劉備なんだろ? 確か筵売って三回お礼参りして国を三つに分けて出世したんだっけ」

「たぶん違う劉備です! ……あれ、何で筵売ってたこと知ってるんだろ?」

 ………………………………………………………………何だこの不毛な会話。

 村の人達は何言ってんだこいつ、とか玄徳ちゃん皇帝様になるんだ。俺は最初から信じてたよ、など反応は様々で、一方黒母衣衆の人たちは『筆頭、それ色々とちゃう』という視線を成政に向けていた。

 ていうか昨日三国志では劉備は蜀の皇帝になったって教えたろうに。

 ともかく話が進まないので、

「はいストーップ。二人とも戻ってこい。バックバック」

「すとー? でも私が皇帝ってありえないもん。ご主人様もそう思うでしょ?」

「それは置いといて……妖魔を倒したいって、どういうことだ?」

 俺の質問に成政は顔を引き締め頷く。

「光に飲み込まれた後、ボク達織田は何度も妖魔に攻め入れられてたんだ」

 

 成政らは地震が起きた時、光に飲み込まれてここに来たらしいが、それ以前は桃香と同じように俺の知る歴史を辿っていたのだろうか。

「いくら追い払っても数を増やして攻めてくるから、うちの殿が業を煮やしてこっちから兵を挙げて妖魔軍を攻めてったんだ」

「妖魔に立ち向かったんですか!?」

 成政の発言に周囲の空気が揺れる。俺も同様だった。

 今まで妖魔の脅威に為す術も無く晒されてきたのだ。それに一矢報いようとする者が居たのだから、当然だろう。

 しかし、

 

「待ってくれ、その織田の軍勢はどうしたんだ?」

 問題はそこなのだ。

 成政は肝心の攻め入った後織田がどうなったか、何故成政一人で救援を求めているのかを答えてない。知らずのうちに冷たい汗が背中を伝って来る。

 俺の問いに成政は目を逸らし、やがて答えた。

 

「……敗けた。三河や近江と同盟を結んで万全の態勢で挑んだけど、敗けたんだ」

「万全だったのにどうして……」

「同盟を組んでた松永久秀に背中から刺されたんだ。それで妖魔軍と松永衆に挟み撃ちにされて……」

「そんな……妖魔に付くなんて……」

 松永久秀。

 戦国の梟雄の異名を持つ戦国武将。

「撤退してる時に皆とはぐれちまって、それに追手にかかってボクの部隊はこれだけしか残らなかった」

「待ってくれ、追手が居るのか?」

 ということは、彼女が敵を引き連れたままここに来たことになる。

 

「その事については悪いと思ってる。森の中で離したりしたけど、あまり余裕は無いだろうな。この通りだ」

 そう言って成政が頭を下げた。

「あの、将軍様が私なんかに頭を下げるのは」

「頭は下げなくていいよ。ここも最近妖魔に攻められてたから、どうせ時間の問題だった」

「そう言ってもらえると助かる」

 それでもなお頭を上げないのは彼女なりのケジメなのか。

「確認だけど、妖魔の数は?」

「500弱」

 その数字を口にした瞬間に周囲が凍り付く。何故なら義勇軍に残ってる人数は100にも満たないからだ。

「桃香」

「う、うん。皆も聞いた通り、妖魔が押し寄せて来ます。皆さんは指示があるまで備えていてください」

 桃香がそう伝えると何かを言いたげだった村人は各々に散っていく。

「それじゃ私たちも行こっか」

 そう言って桃香は微笑んだ。

 

     ◆

 

「それじゃ、今後の方針について話し合おっか」

 軍議が開かれたのは桃香の天幕。今ここに居るのは桃香と義勇軍副官の代理さんと俺、それに成政と彼女の副官が一人、という構図だ。

「今私たちの戦力は妖魔の半分(100)にも満たない寡兵です。正直、成政さんの兵を借りても力及ばないと思います。よって取れる策は―――」

「各個撃破じゃねーか?」

 成政は桃香の言葉を遮って方針を言う。

 軍略とか全くわからないが俺もそれが良いと思う。正面からぶつかっても負けるけど少しずつ削っていけば可能性がある。

 ……しかし、

 

『………』

 成政が発言した途端に空気が幾分か下がった気がする。

 それに心なしか成政の喋り方に威圧感があるような……。

 

 

「大体桃香って戦えんのか? 立派な剣ぶら下げても強そうに見えないんだけどな」

 爆弾を落としやがったのである。

 

「なっ?! あなた、玄徳ちゃんの真名を……っ! どれだけ侮辱したら気が済むんだ!!」

 桃香の背後に控えていたおじさんがいち早く反応し激怒した。

「? 通称だから呼ぶんだろ? つうか侮辱した覚えはない!」

 売り言葉に買い言葉。互いの罵倒が雪だるまのように大きくなっていく。

 おろおろとする桃香に見かね、俺はパァン!と柏手を打った。

「そこまで! いがみ合っても時間の無駄だ!」

「で、でも真名を……」

「わかってる。……さっき、君は姓と名と諱の他にもう一つ名乗ったろ? 和奏とか言うの」

 成政は訝しげな表情でああ、と応える。

「通称って言って、自分を表す名前だ。真名とも呼ばれてる」

「は?」

 うわ、桃香達がすっごい間抜けな顔になった。

「通称は親しい間柄だったら気安く呼んで良い名前だ」

 成政にとって通称は友達感覚で呼んでも構わない名前。対して桃香にとって真名は神聖で軽々しく呼んではいけないもの。この擦れ違いで起こってしまった諍い。

 

 付け加えて、

「こっちじゃ真名は君達の諱と同じ意味を持ってるんだ」

「え、マジかよ!?」

 成政の方も顔を青ざめさせて桃香を二度見した。自分が仕出かしたことを自覚したようだ。

「そういうこと。勝手に呼んだら首を刎ねられてもしょうがないものなんだよ。両方知らなかったんだからこのことは水に流す。それで良いな?」

 俺がそう呼びかけると皆渋々といった感じで黙り込んだ。

 何処の誰ともわからない、北郷一刀がこの軍議の主導権を握ってるようであまり良い気分じゃないようだ。

 

 そんな中、口を開く者が居た。

「あの、和奏ちゃん、って呼んで良いかな? 和奏ちゃんも私のこと桃香って呼んでほしいな」

「な、何だよいきなり」

 前触れも無く話を振られた成政は目に見えて狼狽える。

 そんな成政に桃香は、

「今は緊急事態だし、つまらない事で皆の心がバラバラになるのはダメだと思うんだ。だから妖魔達に好き勝手を止めようとしてる者同士、仲良くなりたいなって思ったの」

 聞きようによっては戦力増強の尤もらしい名分だろう。

 だけど、力を貸せと言ってきた者に対して仲良くなりたいとは。

(桃香らしいな)

 思わず笑みがこぼれそうになり、ぐっと顔に力を込めた。ここ笑うとこじゃない。

「……こっちこそごめんな。知らなかった、つったって大事なもんだったわけだし」

「それはお互い様だよ。だから、ね?」

「ああ、改めてよろしくな桃香!」

「よろしくね和奏ちゃん♪」

 成政―――和奏が照れくさそうにはにかむと桃香も柔らかく微笑んで彼女の通称を呼んだ。

 

 一先ずこの場での確執は無くなった。その事に俺はほっと息を吐いた。

 一時はどうなるかとひやひやしたけど、先ほどの空気は二人の和解から四散してしまった。

(これも桃香の仁徳か……)

「それじゃあさっきの続きだけど―――」




真名と通称は似てるようで違うのでこういうことはありえるかなと。
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