駆逐艦雪風の業務日誌   作:りふぃ

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悩みましたが八話の一部表記を改正しております。この修正を大したことないと思うかたもいらっしゃれば、絶対に許さんと仰る方も居ないとも限りません。因みに自分は修正前の表記を出してしまったことを今も後悔するくらい失敗したと思っています^^;


仲間

あ号作戦の終了の電文を鎮守府に送り、前線の撤収を決めた大和達。

雪風と羽黒が回収した正規空母、加賀も一命は取りとめた。

しかし衰弱が激しすぎたためにバケツによる高速回復すら負担になると判断され、百時間近い足止めを受けることにもなった。

その間に雪風の謝罪行脚が行われていたのだが、補給輸送それ自体に穴を開けていなかったせいもあり責めるものはいない。

雪風としてはそれ故に余計自身を追い込んだが、それも夕立の一言で一旦は氷解した。

 

「夕立ったら結構頑張ったっぽい? 雪ちゃん、褒めて褒めて?」

 

懐っこい子犬の表情でそう言った夕立。

泣き笑いに近い顔のまま抱きしめた後夕立の頭を半日程撫でていると、その間に集まった第二艦隊メンバーと食堂を占拠しての打ち上げに雪崩れ込んだ。

専属コックとして大和ホテルのメインシェフも呼び出して始まった宴会。

やがて羽黒が姉に声を掛け、足柄によって五十鈴と赤城が連行される。

駆逐艦トリオも長門姉妹を巻き込み、工廠部の派遣組みも全員参加の打ち上げが始まった。

基本食事も必要ない艦娘が集まる前線基地には大した食料は無かったが、それでも酒保にはかなりの酒が残っている。

 

「陥落した鎮守府にあっても仕方ありません。どうせ加賀さんが治ったら放棄するんですから派手に使ってしまいましょう」

 

大和の号令によって盛大に酒が解禁され、長門の挨拶によってお祭り騒ぎが始まった。

最も、五十鈴だけは最初の乾杯に付き合った後に見張りと称して退散している。

また陸奥としても前線にあってバカ騒ぎする事に疑問もあるが、やや意外だったことに長門まで普通に楽しんでいる。

 

「前線の船は次の宴まで生きているか分からん。機会があれば精一杯楽しんでおかないと後悔するぞ?」

 

との事らしい。

そう言われた陸奥は、この宴の席を流し見る。

雪風は両サイドを島風、夕立に固められて身動きが取れないでいる。。

酔っ払いに絡まれる構図にそっくりだが、見た所三隻が飲むペースはほぼ同じである。

一方では工廠の妖精達が羽黒を酔い潰そうと盛んに酒を勧めていた。

その羽黒は顔色一つ変えずに勧められた酒の全てに応えている。

足柄が放って置く以上、この方面での羽黒は強いのだろう。

奥では大和が厨房と食堂を忙しく行き来してつまみの料理を配っている。

その完成度はとても固形燃料と保存食でこしらえたとは思えない。

しかしこんな席まで雑用に使われるとは幸薄い最強戦艦だった。

当人は楽しそうにしているので構わないが。

宴席の一角では姉と赤城が落ち着いて杯を交わしていた。

赤城は加賀の件で気落ちしていたようだが、入渠中の加賀の回復に合わせる様に落ち着いても居た。

そして自分の隣には……

 

「やっほーむっちゃん。のんでるぅ?」

「飲んでる。けど、むっちゃん言うなっての」

「まーまー。可愛いじゃないむっちゃん」

「お互い可愛いとか言う歳じゃないでしょ」

 

酒よりも宴の雰囲気に酔った足柄が、なぜか此処に絡んでいた。

 

「楽しそうねぇ」

「そりゃぁねー。むっちゃんは楽しくない?」

「まさか、人の財布で飲むお酒はよっぽどじゃなきゃ楽しむわよ」

「そうそう、楽しまにゃー損よ!」

 

そう言った足柄はビール瓶の口を手刀で綺麗に両断し、ラッパにあおる。

呆然とその光景を見ていた陸奥だが、半分ほど飲み干したビンを足柄に渡された。

酌の心算らしいと判断した陸奥は受け取って半分を飲み干した。

 

「気の良い仲間と勝利の凱旋。その後の酒保祭りなんて最高じゃない」

「……そうね」

「おお、暗いぞー。どうしたの? お姉さんに話してみなさいな」

「ん……さっき長門姉と少し話したらさ、後何回この面子でこんな風に騒げるんだろうって思っちゃってね」

「あぁ、そう考えたら何回もは無いんじゃない? 私も明日沈むとは思わないけど、半年先はわかんないし」

「そうよねぇ。私もそんな感じだわ」

 

足柄にしろ陸奥にしろ、良い鎮守府に所属している。

不慣れから来る遠回りで苦労することはあれど、十分な補給と休養を犠牲にする進軍を求められることは無い。

実力も信頼の置ける仲間と艦隊も組めている。

そんな二隻ですら、見据えることが出来るのはせいぜい半年の未来。

それなら、この鎮守府にいた加賀は何を見ていたのだろうか。

 

「このまま回復したとしてさ、加賀は復帰出来るかしら?」

「……分からない。少なくとも私には、あの加賀ちゃんに直ぐ飛行甲板背負って弓持てとは言えないわね」

「うん。でもそれを決めるのって私達じゃないじゃない?」

「そだねぇ……陥落した鎮守府の生き残りを作戦中に保護ってなると、加賀ちゃんの所属はうちの預かりになるのかな」

「えぇ。見つけたのが私達だったとしても、今は貴女達の鎮守府預かりの身だからね」

「ふむ……」

 

その場合は足柄の上司たる彼女の判断になる。

足柄は既に自分の鎮守府の歩んできた道のりを聞き及んでいる。

僅か半年足らずにしては、中々に波乱の道のりを歩んでいると思うのだ。

 

「なんだかなぁ……司令も、此処までくると可哀想になってくるわ」

「なんで?」

「加賀ちゃんってばほぼ裸だったじゃない? 飛行甲板まで剥がれてたし」

「そうね……」

「つまり艦載機もほぼ未帰還。中抜き状態なわけだ」

「そうなるわね」

「……三隻目よ」

「あ?」

「大和、赤城と続いて三隻目の丸腰艦娘。もう呪われてるんじゃないかって位だわ」

「大和って丸腰だったの? 赤城も?」

「うん。まぁ赤城ちゃんは兎も角、大和ちゃんが46㌢砲持ってないのはそういうことよ」

「なるほど……」

 

陸奥は食堂を忙しく動いている大和を横目に呟いた。

加賀の建造コストが掛からなかったとはいえ、艦載機の開発資材と入渠資材で帳消しになるのは明らかである。

きっとその資材はまた雪風達が集めるのだろう。

小さい鎮守府は色々と大変である。

 

「あんたの所って第三艦隊編成しないの?」

「どうかしらねぇ。今回結構きつかったから作ってほしいけど、やれちゃったのは事実だしなぁ……」

「今後は此処まできつい日程組まなくなるだろうしね」

「そうなのよ。現状維持ならなんとでもなるのよね。その辺りは司令のお気持ち一つだけど」

 

司令官たる彼女はそれ程好戦的な性格をしていない。

現状維持が出来るのなら、それ以上を求めたりはしない気がするのだ。

足柄としてはやや物足りないが、あまり無理しても第二艦隊の妹が苦労するので匙加減だと思っている。

 

「いぇい、むっちゃん飲んでるっぽい?」

「いぇい。飲んでるわよ」

 

夕立は何時もの口喧嘩を始めた雪島コンビを放り出し、皿とボトルを持って今度は陸奥に絡みに来た。

翡翠の瞳がキラキラと輝き、子犬の様に擦り寄ってくる。

試しに頭をぽんぽんと撫でると、やはり犬っぽく喜んでいた。

 

「さて、それじゃあ足柄さんは固い子をからかいに行きますか!」

「これ持ってって」

「お、気が効くじゃない」

「っぽい」

 

夕立はシャンメリーと大和が作った差し入れを手渡す。

足柄は右手で小さくも無い皿とボトルを持ち、左手には未使用のグラスを二つ。

じゃあね、とウィンク一つ残して五十鈴の元に向かっていった。

見れば食堂は小グループだった輪が崩れて円座に纏まりかけていた。

 

「さ、いくっぽい!」

「え、えぇ」

 

夕立に引っ張られた陸奥はやや気後れしながらも、宴の輪に飛び込んでいった。

 

 

§

 

 

加賀は長時間の入渠を終え、一先ず戦傷は完治した。

しかし意識だけは尚戻らず、これは自然回復を待つしかないと工廠部部長の診断である。

これ以上此処に留まるわけには行かず、加賀は鎮守府まで曳航されることとなった。

帰還した一同は司令室に集合する。

そこにはデスクで執務を行う彼女の他に、一人の艦娘がいた。

 

「あ、時雨姉っぽい?」

「……何故僕は実の妹に疑問系で呼ばれているんだい?」

 

深いため息を吐いたのは白露型二番艦、駆逐艦時雨だった。

大和達からあ号作戦完了の報告を送ってから、足止めをされている間に着工、完成した艦娘である。

時雨が一行に挨拶を済ませると、大和が提督に帰還を報告した。

 

「お疲れ様でした。既に大本営には作戦終了を報告していますが、皆さんから直接報告を聞く事が出来て嬉しいです」

 

彼女は直接一同を労うと、最後に長門と言葉を交わす。

主に長門達が持ち込んだ資材の事務的な引継ぎだったが、最後に長門から一つ告げられた。

 

「うちの鎮守府から一人、この鎮守府に転属を希望している者がある。具体的なお話は伝わっているだろうか?」

「そちらの提督さんからお話は伺っております。矢矧さんさえよろしければ、是非いらしてください」

「そうか。所属は変わっても共に戦った仲間だ。よろしく頼む」

「きっと苦労をかけてしまうと思います。私も、彼女に見限られないようにがんばりますよ」

 

彼女は長門と握手し、部下達と共に見送った。

司令室が身内だけになった時、提督は一つ息を吐く。

その顔には重苦しい影が揺らいでいたが、とりあえず彼女は大和、雪風、時雨を残して一旦の解散を宣言した。

室内に残った一人と三隻。

司令官はデスクではなく来客用のソファに座り、雪風達を招く。

彼女の隣に第一艦隊旗艦の大和が座り、雪風と時雨は足の低いテーブルを挟んで向かいに座る。

 

「さて、皆さんを残したのは今後についてです」

「今後……もう次のノルマまでしばらくあるのですから、のんべんだらりと物資集めするくらいしか思いつきませんよぅ」

「ふふ、そうですね。えぇ本当に……そうできれば良かったですね……」

「し、しれぇ?」

「大和さんからノルマ達成の報告をいただいた後ね? 私もその報告を大本営に上げたのですよ。少し苦しい運営になりましたけど、皆さんと一緒にやりきったって誇らしかったです。えぇ、その時、私四徹していましたけど、眠気なんか飛んでいってしまうくらい嬉しかった。この電文が届くまでは」

 

そう言って彼女がテーブルに出したのは一枚の紙。

なにやら色々ややこしいことが書いてあるが、重大と思われる文章はその前後を空けて記載されていた。

 

「……すいません大和さん、難しい漢字いっぱいなんですけど結局何が書いてあります?」

「は? あ、えぇと要するに――」

 

『深海棲艦討伐、及び鎮守府施設奪還の功績を大なるものと認める。その功績を湛え、各資材2000を収めるものとする。なお、奪還した鎮守府は後任の人事が定まるまで、貴施設によって管理されたし』

 

「……しれぇ」

「……」

「……提督」

「……」

「えぇと、どういうことかな?」

 

此処に来て日の浅い時雨が首を傾げる。

文面を何度も読み返し、書かれていることに間違いが無いかを確認していた大和。

間違いであって欲しいと思いながら、しかし何度読み込んでも視力は正常に働いていた。。

雪風も引きつった顔を上げたとき、上司も同じ顔を向けていた。

 

「何でこんな……?」

「……何処から説明したものでしょうね」

「お願いしますしれぇ! あほの子の雪風に教えてください! 何をどう間違ったら、二個艦隊しかない鎮守府で拠点二箇所確保しろなんて命令がまかり通っちゃうんですかっ」

「一言で申し上げれば、現場と後方の温度差としか言いようがありません」

 

彼女はあちら側に居た分、この状況を雪風よりは理解していた。

元々この鎮守府は彼女の兄が勤めていたが、彼は大本営に媚を売る事を全くしない男だった。

その為に嫌われた彼が赴任したこの鎮守府は左遷先に近い立地であり、此処に来たがる提督が普通にいない。

そして大和達が奪還して間借りした鎮守府。

此処も一度深海棲艦に攻め落とされた、いわば事故物件である。

当然そんな所に好き好んで行きたがる提督もない。

大本営からすれば捨てるには惜しいが、直ぐに此処を埋める人間を確保出来なかった。

よって当面は確保した鎮守府を使って管理させようと言う訳だ。

奪還出来たのだから維持も出来るだろうと。

なにせこの鎮守府にはあの有名な超弩級戦艦、大和がいるのだから!

 

「……とまぁ、こんな感じだと思いますよ。私も、あちらにいればそう考えたかもしれませんね」

「必要な拠点を必要な時間だけ借りるのと、恒常的に確保するのは全く別のお話ですよぅ……」

「もしかして、私はここに居るだけで厄介ごとが次から次に舞い込んでくるんですか……?」

「遠海の要請は何を持っても排除しますが、近海に起きる面倒事はこれからも積極的に振ってくると思います」

「……」

 

苦い表情で俯く大和。

だからこそ、彼女は登録前に自分を手放そうとしたのか。

雪風があ号作戦の時に思いついた可能性に此処で気づいた大和である。

しかし既に彼女の気持ちは決まっていた。

最早大和も彼女の身内である。

 

「それでも貴女は手放しませんよ? 戦力として有益な事は、既に貴女自身が証明してくださいましたし。貴女が雪風を落とせるか、賭けもしておりますので」

「賭け!?」

「なんですかしれぇ! 雪風は全く知りませんでしたけど」

「提督、オッズは?」

「無理が1.3倍で成就が27.5倍。今の所長門さんの所の提督さんしか成就に賭けていないのでそちらでしたら大穴ですよ」

「僕は堅実思考さ。無難な方に賭けておこう」

「部下プライベートが公然と賭けにされている……」

「……普通は秘め事のはずなのに、全く秘めない豪華客船のせいだと思います」

「だってぇ……って、もうホテルじゃありませんっ。立派に任務を遂行する巨大戦艦、頼れるニュー大和です!」

 

胸を張った大和を尻目に、残った面子が顔を合わせる。

当人は気づいていないようだが、ニュー大和とは更にホテルっぽい名前だと思った。。

 

「まぁ、その辺りは大和さんの今後の努力に期待しましょう。因みに今度来る矢矧さんは大和さん目当てに熱烈希望して来る方です。この後更に面白……拗れるのは目に見えています」

「待って欲しい提督。果たして本当にそうだろうか? 矢矧と言えば最後に率いた艦隊に雪風もいたはずさ。本当の狙いはそちらと言うことも考えられないかな?」

「なるほど。大和さんはフェイクか……」

「あぁ。大和と戦いたい……そう言っておけば誰でもある程度納得するしね」

「もう本当にその辺で、雪風はそういうのよく分からないので……」

 

雪風は肩を落としてそう締めると、やや脱線した会話を元に戻す。

 

「しれぇ、今後の予定は決まっているんですか?」

「先ず確実に決まっているのは、あの前線基地だった鎮守府を当面維持しなければならなくなった……という事までですね」

「其処は既に放棄して来てしまいましたが、まだ四日ですし行けば直ぐに制圧出来ると思われます」

「現状この鎮守府に艦隊は二つと聞いているよ。この条件では少し苦しいね」

 

大和達艦娘がそれぞれの視点から今後の方針を立案する。

彼女はそれを速記で書き止め、時々思案するように首を傾げる。

 

「あちらに私達……第一艦隊を駐留させるしかありませんよね」

「だけど、艦隊を送るだけでは動けない。自給自足する当てがないのなら、補給部隊を送り続ける必要があるね」

「其処はもう、雪風達が涙橋を渡るんでしょうが……あ、そういえばしれぇ」

「なんですか?」

「聞くのを忘れていましたが、時雨の所属って何処なんですか?」

「……実は其処も相談したかったのですよ。現状どちらの艦隊にも編入できると思いますが、当人に伺った所両艦隊の旗艦とお話したいと言う事でしたので」

「その辺りは提督が強権で決めるのだと思っていたのだけれどね。だけどこうして話していると、第三の選択肢も見えてくる」

「確かに……」

 

雪風は時雨の言葉に頷くと、やや俯いて思案した。

向かいに座る彼女と大和が見守る中、雪風は即興でまとめたプランを提示した。

 

「矢矧さんには申し訳ないのですが、此処は時雨と共に第三艦隊を作っていただく訳には行きませんか?」

「第三艦隊ですか……では、作ったとしてどう運用するべきだと考えますか?」

「先ず前線基地に駐留する部隊は、もう第一艦隊しかありません。あの海でも戦いなれておりますし、どんな敵が来てもある程度は対応が可能です」

「いかがです大和さん?」

「はい。あの鎮守府が守護する海域の深海棲艦はある程度把握しております」

「そして時雨が言うように、あそこに一個艦隊放り込んでも動けません。第二艦隊を持って、物資を送り続ける必要があります。これはまぁ、あ号作戦と同じ状況なんですが」

「成る程。では第三艦隊は?」

「あの時危険だったのは、此処と前線までの補給線を切られる事でした。第三艦隊を持って定期的に此処と前線の海路を掃討して補給線を確保し、また第一艦隊としれぇとの連絡役をお願いしたいと思っています」

 

その意見に時雨は頷き、大和もややあって賛成に回る。

彼女はメモを書き終えると一同を見渡し、出た案をまとめた。

 

「第三艦隊の陣容は、どのような感じが望ましいでしょう?」

「第一艦隊の主任務が前線基地防衛になる関係上、第三艦隊は機動部隊として重要な位置に置かれます。矢矧さんと時雨が固定なら、出来れば一隻は戦艦級の戦力を配備したい所です」

「ふむ」

「また、前線の様子しだいでは第一艦隊と合流して決戦戦力として活用したり、何かで第一艦隊が離れる場合は現地に駐留する可能性もありえます、それらを含めて考えますとこの後の建造しだいですが……羽黒さんと時雨の配置換えも視野に入ってくるかもしれません」

「ふむ……よろしいのですか?」

「……凄い良くありませんよ。羽黒さんは第二艦隊の天使ですよ。それに、うちの艦隊も此処まで組んでしまうとカラーがありますから、例えですが、羽黒さんより三倍スペックが高い方が補充されるとしても手放しでは喜べません」

「雪風。悪いけど僕は羽黒の半分も働けないよ。僕達はあくまで、駆逐艦だ」

「その通りです。雪風も思い知りましたよ……十分に」

 

かつて双璧として並び称された二隻の駆逐艦は、それぞれに苦い顔で息をついた。

雪風としては本当に必要なら羽黒を手放す事もやむなしとは思う。

しかし羽黒の温和で後ろから支えてくれる穏やかな気質は、今に第二艦隊には代替が無い。

あの抑えがなくなったとき、基本熱しやすい島風と夕立を雪風が一人で抑えることになる。

出来ることなら、それだけは避けたい雪風だった。

 

「……話を戻しますが、この時以前と決定的に違うのは、第一艦隊に運べる物資の量です。第三艦隊を維持しつつという条件がつきますから、あ号作戦時の六割程になるのではないかと予想します」

「んー……少し苦しいけど、あの時は多少無理やりでも進撃しないとノルマに合わなかった。今回其処まで好戦的にならなくても間に合いますよね?」

「はい。其処は前よりマシな部分です。基本的な流れとしましては、第三艦隊はしれぇが此処に集めた物資を、大和さん達は雪風達が集めて運ぶ物資+第三艦隊から余った物資を使っていただく事になると思います」

 

実戦部隊組みの三隻が頷くと、司令官もそれを受けて承認した。

 

「それでは第三艦隊の編成を急ぐことにしましょう。時雨さん」

「なんだろう」

「貴女は工廠に行って発注をお願いします。大型の最低値で」

「……これから物資が大変になるよ? 大型は少し重くないかな」

「はい。ですが大型でしたら、例え戦艦を外したとしても重巡洋艦は来て下さる可能性が高いでしょう。それより軽い船になりますと羽黒さんとの配置換えが選択肢に入ってきますが……話を伺うとそれも出来れば避けたい所です」

「成る程。ご配慮ありがとうございます、しれぇ」

 

彼女は一つ頷いて部下の謝意を受ける。

表情にこそ出さないが、この時彼女は内心で不安も大きかった。

実は彼女は時雨を巡洋艦レシピで引いており、今度軽い船が入水した場合有効に配置出来る所属を確保し切れない事がはっきりした。

そうなった場合は艤装部分を改修素材に回して本体は除籍するしかない。

彼女としては極力その為に生み出された艦娘を作りたくない。

大和のような明確な理由があった上ならば鬼にもなるが、こちらの都合で生み出す以上、出来れば自分の手元で命に対する責任は取りたい彼女であった。

 

「取り合えず、これで三隻です。巡廻部隊としてならこれで運用も可能ですかね」

「そうですね。あまり大きくしても維持がきつくなりますし」

「後は……加賀さんが復帰出来るようでしたらお願いしたいところですが……」

「提督……それは少し、もう少し待っていただけませんか?」

「工廠部長は貴女方より先に戻っておりましたから、彼女の事は聞いています。私も無理をさせる心算はありませんよ」

「ありがとうございます」

 

大和は反射的に礼を言って頭を下げる。

しかし雪風は上司の発言に全く温度が無い事に気がついた。

雪風自身もその可能性に思い至っており、それでも無視しようとしている問題だった。

過去で地獄を見てきた者が、未来など望んでくれるだろうか……

 

「基本は加賀さんの選択を尊重しようと思っています」

「しれぇ、それは……」

「現役復帰にしろ予備役にしろ、なんであっても……ですよ」

 

彼女も無原則なお人好しではない。

生きようと望むものが苦境にあれば手を差し伸べても、望まないものに生を強制する心算はないのである。

 

 

§

 

 

彼女が今度こそ解散を宣言する。

大和は加賀の様子を見に向かい、時雨は工廠に発注をかけにいく。

雪風は、そのまま残った。

彼女も退出を促したりはしなかった。

此処からは二者面談である。

 

「お帰りなさい、雪風」

「はい……ただいまです、しれぇ」

 

それは再会を喜ぶにしてはほろ苦い声だったかもしれない。

しかし会うべき者に会えた彼女と、帰るべき所に帰れた雪風の間には大きな安堵で繋がっていた。

 

「本当に、なんなんですかあの日誌は? 心配したじゃありませんか……」

「いやぁ……なぜかあれを書いていると深海棲艦を良く見かけまして」

「海上の業務日誌は禁止します」

「横暴ですよぉ」

「余所見脇見で航海するとか……危ない事はしちゃいけません」

「深海棲艦と沈めあいをしてる艦娘に危ない事するなって言われましても困りますよぅ」

「この子は……」

 

彼女は一つかぶりを振った。

屁理屈で固めた会話の内容に呆れたわけではない。

はっきりと問えない自分の臆病と、韜晦してまだ逃げる雪風の臆病。

双方にうんざりしたからである。

 

「……これを、見てくださいな」

 

彼女はデスクに積まれた本の中から選んだ一冊を手渡した。

 

「……何の本です?」

「いや、書いてある通り、臨床心理学の基礎知識ですよ」

「しれぇ、カウンセラーにでもなるんです?」

「まさか」

 

彼女から渡された本を手にとり、ぱらぱらとページを捲る。

読んでいる訳ではない。

雪風にはこの本が殆ど読めなかった。

一つだけ気づいたことは、この本はかなり年季が入っている

 

「貴女の最後の日誌を読んでから、その本を思い出して引っ張り出して……再読していたんです」

「再読ですか?」

「えぇ。今の私なら、何が書いてあるのか分かるかと思いまして」

「しれぇでも難しい程の難読書なんですか?」

「いいえ? 文字だけでしたら何も難しくありません。共感出来ないから理解出来なかっただけで」

 

苦笑した彼女は、その本との関係を話し出した。

事の起こりは彼女の兄が赴任して直ぐの頃。

彼は部下だった艦娘の一人が悩んでいる事を心配していた。

駆逐艦だったらしいその艦娘は、自分の性能限界にぶち当たって悩んだ挙句精神疾患に陥った。

偶々何かで顔を合わせた時そんな話をされ、あの兄でも苦労したり悩んだりする事があるのか……とある意味感心したものだった。

 

「其処で少し興味を持ちまして、心の動きと言うものを計算してみようとしたんですね」

「……」

「あぁ、そうです。その後再会した兄にそう話したとき、あいつもそんな目をして言っていましたよ。アホかお前……って」

 

成績だけは優秀だった妹を一刀両断した彼だが、その成績も兄に及んだことが無いため発言もして受容しまった。

当時はこいつに言われるなら仕方ないと思ったのだ。

彼が言いたかったのは、そんな事ではなかったのだろうが。

 

「私は頭もそうですが、心が硬いって言われました。心が硬いうちにこんな本で知識だけ拾っても共感出来ないから自分の引き出しにならないそうです。まぁそうですよね。この本は相談を受ける者が読むものですが、書いてあるのは相談をするものの心理とその時の対応だったのですから」

「今のしれぇは、共感出来るのでしょうか……?」

「正直、あまり……あれから多少人生経験も積みまして、今読み返すとあれが此処の事なのか……と振り返る部分もありましたがね。でも雪風……貴女ならよく分かるんじゃないですか?」

「雪風がですか……」

「はい。海上で加賀さんを見つけたとき、貴女は任務に対して心で感じたモノを優先して保護することを決めたのでしょう?」

「……本当に、申し訳ありませんでした」

「ふむ……なんで謝るんですかねぇ?」

「雪風は、しれぇに期待していただいて第二艦隊の旗艦に任命していただきましたのに……」

「別に期待していませんよ?」

「はぁ!?」

「私は貴女に、沈みかけたかつての仲間を見捨てる事を期待して、旗艦を任せた訳ではありませんので」

「……むぅ」

 

やや納得のいかない顔の雪風。

本当に似合わない顔をするようになったと思う。

かつて羽黒が言っていたように、雪風は確かに総旗艦だったのだろう。

その時はきっと今の様に、似合いもしない難しい顔をしていたのだ。

 

「貴女は随分と悩んで、本当に苦しんで加賀さんを選んだ様ですが……私には貴女が加賀さんを選ぶ事が、少しも不思議じゃないんですよね」

「……雪風の弱さは把握していると言う事でしょうか?」

「ん……弱さというか……」

 

彼女は一つ咳払いし、周囲を見渡す。

司令室には二人しかおらず、立ち上がって扉を開けて廊下まで確認したが人の気配はしなかった。

人払いが済んでいることを確認すると、彼女は雪風の前に立って敬礼する。

 

「陽炎型八番艦! 雪風です。しれぇの秘書官になるべく建造されました。どぉぞ、よろしくお願いします!」

「……は?」

「一語一句覚えていますよ? こんな私の前に始めて来てくれた、幸運の女神様の言葉ですから」

「……はぁ」

「もう少し感動してくださいよ……恥ずかしかったんですから」

「いや、しれぇが壊れちゃったかと……」

「数ヶ月前の貴女自身じゃないですか。私はね――」

 

――この時の貴女なら、加賀さんの曳航に悩むことはあっても其処まで苦しまなかったと思うんですよ

 

「あ……」

 

心から納得した。

反論の余地も無く、雪風は上司の予想が正しい事を思い知った。

取った行動は同じだろう。

自力で曳航は不可能だから、羽黒を呼んで助力を願う。

実際に今の現実としても、それで加賀は一命を取りとめているのだ。

それはあ号作戦で苦労する中、彼女が多くの物資を集めたお陰である。

戦場に立つ大和達が、少しでも消費と被害を抑えようと努力してくれたからである。

長門達が助けてくれたからである。

そして第二艦隊の仲間達が、自分の指示とそれ以外でも全力で働いてくれたから……

最後に予想外の負担だって、抱え込む余力を残せたのだ。

雪風は知らない事だが、あの時は夕立も島風も分かっていた。

この状況からなら、助けられる可能性は残っていると。

決して絶望的な状況からの無謀な賭けではなかった。

ならば雪風は旗艦として、夕立のリスクが上がる事を羽黒に伝え、次善策を授けなければならなかった。

あの時はそれができなくて……

結果、その責任を全て夕立が引き受けて自衛手段を講じてくれた。

島風とも相談して、雪風が本当に望んだ結果になるように尽力してくれたのだ。

目が熱い。

ほろほろと雫が零れ落ちているのに全く冷める様子が無い。

上司がハンカチを当ててくれるが、それを自分で持つことも出来なかった。

俯いて、小さな掌で作った拳を解けなかった。

 

「部長から伺っていますよ。右手の指、自傷したそうですね」

「……ぁぃ」

「儀式だったんでしょう?」

「……」

 

雪風は旗艦に任命されてから、自分の心を意識して少しずつ硬く覆ってきた。

自分の本質は見失わないように気をつけながら。

しかし確実に効率的に安全に任務をこなすには、シビアなリスク管理と取捨選択が必要だった。

少しずつ少しずつ思考が数字と時計に侵食され、心の外側の硬い部分も少しずつ少しずつ分厚くなり……

その中に閉じ込められた雪風の本質部分は、息が出来なくなっていた。

自分の心の中で溺れて沈むところだった。

あの時食い破ったのは皮膚ではなく、心の殻だったんだと思う。

その後に取った雪風の行動は、誰もが雪風らしいと認めるものだった。

正しいか間違っていたかは別問題だが、雪風の選択を意外に思ったものは誰一人居なかったのだ。

ただ、雪風本人を除いては。

 

「艦齢二十九年、多くの海戦を経験しても損傷少なく生き残り、数奇な運命の果てに異国に渡り旗艦まで勤め……そして生まれたばかりの貴女に、少し無理をさせすぎたのかもしれません」

「ひぐっ……うぅ……っ」

「ありがとうございます。お疲れ様。本当に、よく頑張ってくれました。でも少し、頑張りすぎてしまいました」

 

自分の頭の提督指定帽子を雪風に目深に被せ、泣きはらす目元だけは見えないようにしてやった彼女。

佇んだまま俯き、小さく震えてしゃくりあげる頭をぽんぽんと撫でる。

彼女は雪風に被せた自分の帽子だけを意識し、其処に向かって声を掛けた。

 

「……旗艦任務、交代しますか?」

「……ぃやぇぅ」

「……つらくない?」

「ゆ、雪風は、独りじゃなかったので。今は皆さんがいますので……それがちゃんと、解ったので……もう、大丈夫です」

 

泣きはらした瞳ではあったけれども、雪風は敬礼した。

初めて彼女が見惚れた、あの顔で。

 

「よろしい。では……ふむ」

「どうしました? しれぇ」

「いや、その帽子似合ってるなと」

「そうですか?」

「えぇ。予備があるので、それ上げます」

「ふぁっ?」

「私としてもこんな恥ずかしい話は二度としたくありません。今度似たような事で迷ったら、その帽子を見て今日あった事を思い出してください」

「はい……しれぇ」

 

安らいだような柔和な微笑と共に帽子を抱きしめる。

その様子は彼女が久しぶりに見る、見た目相応の雪風の姿だった。

 

「しれぇ」

「はい」

「加賀さん如何なさるんですか?」

「さぁ、如何しましょう。何かご意見がありますか?」

「えっと、先ずお話してみないことにはなんとも言えないのですが……」

「そうですね。私もです」

「ですが雪風も皆さんも頑張りました。いっぱいいっぱい頑張って今、此処まで来たんです。きっとしれぇは、それを大切にしてくれると信じています」

 

そう言って微笑む雪風を半眼で見返す彼女。

不機嫌そうに装って手振りで退出を促すと、雪風はそれに従った。

雪風がいなくなった後、一人司令室に残った彼女。

懐かしくも忌々しい本をしまおうと、デスクの引き出しを開ける。

 

「あ?」

「あ?」

 

其処にいたのは一人の妖精。

工廠部建造部門兼開発部門担当部長、ベネットその人だった。

 

「貴様何をしている?」

「……いやな? おれっちも悪気があったわけじゃない。無いからその銃を降ろせや?」

 

パン

 

「何をしていると聞いている。いまひとつ聞く。何故此処にいる?」

「おい妹者! 今髪の毛が掠っ――」

 

パンパン

 

「雪ちゃんが加賀ちゃん曳航するとき苦労してたんで、それ専用の秘密兵器を作ろうと、資材交渉に参りましたマム!」

「用件は解りました。ではどうして引き出しの中にいたの?」

「いやぁ……おれっちも徹夜明けの早朝に来たわけよ、で、妹者が来るまで一眠りしようと暗いデスクの中に……」

「そう。お待たせして申し訳ありませんでしたね。そっちが寝過ごしただけですが」

「お、おぅ。悪かったな妹者。此処は明日出直す……」

「最後の質問です。何時から起きてた?」

「……」

 

くろがねの銃口が真っ直ぐにベネットの眉間に向かっている。

何かの間違いや冗談などではない。

実際に紫煙たゆたう硬い鉄は、おでこと密着しているのだから。

 

「……」

「……」

「……陽炎型八番艦! 雪風です」

「――――っ!」

「まぁ待てや妹者。別に恥ずかしがるこたぁねえだろう?」

「恥ずかしいに決まってますっ」

「別にあの時のお前さんを笑える奴ぁいねぇって。雪ちゃん良い声してたじゃねぇか」

「……記憶を失え」

「拒否するぜ。あいつの墓前に報告してやらにゃあ……」

「目撃までは許容しますが、それをしたら何処に逃げても必ず追い詰めて……」

「追い詰めて?」

「消す」

「……了解だ」

 

紫煙の消えた銃をしまい、両肩で息を整える彼女。

そんな様子に肩を竦めた妖精は、本当に出直すべく退出しようとする。

妖精特有の理不尽で壁をすり抜ける際、彼女が声を掛けてくる。

 

「あぁ、時雨さんと入れ違ってしまいましたが……」

「あぁん?」

「彼女に大型建造の依頼を言付けたのですよ」

「へぇ、幾つよ?」

「最低値」

「しけってやがんなぁ……」

「背に腹は変えられないのです」

「ふむ……時雨ちゃんねぇ……分かった、いい船こさえてやろうじゃねぇの」

「お願いします」

「ただし、鉄材500とボーキ300、上乗せしてくれや」

「……何をする気です?」

「そう警戒すんな。どのみち何時か必要になる。だったらはえぇ方がいいのさ」

「……まぁ、専門家がそうおっしゃるならお任せしますが」

「流石だぜ妹者。それじゃあ早速着工すらぁ。あばよ」

「お疲れ様」

 

今度こそ一人になった彼女は、深い息を吐いてデスクの椅子に腰掛ける。

午後の業務が本当に嫌になる程の疲労感に包まれながら、彼女は執務を再開するのだった。

 

 

§

 

 

――雪風の業務日誌

 

ただいまです

 

 

――提督評価

 

お帰りなさい

 

 

 

 




後書き

書きながら、これフラグたってねぇ? って思いました。
世にはシスコンだったり特定の方ラブだったり、中には提督ラブ勢な艦娘さんもおりますが……
提督ラブ勢はどうしてそうなったかも気になる所ですよねー。
大和が生まれた時からですが、一番の天敵は彼女です。
いろんな意味で大和はこの強敵に勝てるでしょうか。
既に交換日記になっている業務日誌を知ったらどういう反応するんだろうw


あまりに榛名さんが来なかったので、直談判に榛名山まで行ってきました。
聖地巡礼です。温泉って良いですよね。
堪能してきました。
その間艦これは出来ませんでしたがw
でも行った甲斐はありました。
3月29日に帰宅後の艦これで、しっかり榛名さん来てくれました!
長かったです。
まさか3-4クリアまで出ないとは思いませんでした。
正確にはボス前で完全勝利したときに出てくれて、そのままボス戦だったわけですが。

仕事が始まったのでこの先は完全不定期です。
新一年生状態なのでしばらくすっごい忙しいと思いますorz



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