駆逐艦雪風の業務日誌   作:りふぃ

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あいきゃんと いんぐりっしゅ。
あいむ のっと あんだすたん いんぐりっしゅらんげーじ。

マ ジ で 英語適当です。
い、命ばかりはお助けくださいorz


巫女

戦艦棲姫と小さな戦艦は、艦載機による哨戒を繰り返しつつ徐々に第二鎮守府に迫っていた。

既に大まかな地形と港として使える湾は把握しており、其処を目指して進んでいる。

その速度が比較的緩やかなのは、補給の当てが無いからだった。

 

「アー……腹立ツ。温存意識シテ思考ガミミッチクナッテ無ケリャ、アノ補給部隊モ沈メテイタノニ」

「マァ、良イジャナイ。主力ノ重巡洋艦ハ潰セタシ」

「良クソンナ暢気ナ事言ッテラレルナァ。コノ海域デ遭遇シタ連中ハ二組目ダヨ、コレハ本気デ増援来テルダロ」

「来テルネ。ウン……来テル」

 

戦艦棲姫は少女の言葉に空返事で応える。

元々この姫はやる気のなかった若い戦艦の起爆剤になればと考え、この長期遠征に付き合ったのだ。

其処には少女の成長を願う親心のようなものは確かにあるが、目的の空母自体には最早さほど興味がない。

例の鎮守府が近づいてくるにつれ、戦艦棲姫の心を占めるのは敵方の戦艦だった。

自分とほぼ同じ射程を狙える能力と、二発で傍らの少女を撃ち抜く火力。

同じ戦艦として、強力な戦艦はやはり気になる。

あの戦艦がこの海域で遭遇する部隊の旗艦だとすれば、例の鎮守府に向かえば再びぶつかる可能性が高い。

姫は小さな戦艦を見やる。

彼女は自分が始めて出合った天才だった。

そしてもしかしたら、今度は二人目に出会ったのかもしれない。

心が沸き立つのを感じる。

期待しすぎては外れた時の落胆が大きい。

だが……

 

「ネェ、水マフー」

「ン?」

「今度アノ子達ト出会ッタラ……アノ戦艦ハ私ガ貰ウワ」

「良イヨ。僕ハ空母狙イダシ。アイツガイナカッタラ、ソレ以外全部僕ガ抑エル」

「エ? イヤ、全部押シツケル心算ハ……」

「戦ッテミタインダロ?」

「……ウン」

「ジャア、露払イハ任セテヨ。元々オ前ハ僕ニ引ッ張ッテ来ラレタダケダカラ、チョット悪イナトハ思ッテタ」

「ン、アリガトウ」

 

微笑して少女の頭を撫でる姫。

可愛い子だと思う。

偶に小憎らしい事もあるが、どこか律儀で素直なのだ。

 

「怪我ハドウ?」

「大分マシニナッタ。オマエ器用ダヨナー」

「器用ッテ事ナラ、貴女ニハ敵ワナイワ」

「謙遜スンナヨ、マサカ工作艦ノ真似事ガ出来ルトハ……」

 

そう言った小さな戦艦は、自身の破損箇所を確認する。

完全回復とは行かないものの、既に小破とも呼べない損傷にまで修復がなされていた。

 

「貴女ガ暴レナケレバ、チャント治シテアゲタノニ……」

「暴レルニ決マッテルジャン! 治シテヤルトカ言イナガラ、艤装デ丸呑ミシヤガッテ!」

「自分ノ損傷ナラ意識シテ時間ヲ掛ケレバ治セルンダケド……他人ヲ治スニハソウスルシカナイノ。ソンナニ怖ガルトハ思ワカナッタワ」

「アレハ普通、怖イダロ」

「エー……リボンチャン達ハ喜ブヨ?」

「アノ変態ト一緒ニスンナ。アー……補給艦ガ居レバ自分デ治セルノニ! 何時戻ッテ来ルンダヨ此処ノ連中」

「何ダカネ? 出先ノ敵ガ急ニ増エタミタイ。戦ウ相手ガアッチニイルカラ、急イデ戻ッテ来ル気ガ感ジラレナイ……」

「オイ、ボッチ姫」

「……黙レチビ戦艦ッ」

「ン? スマンネ、ハブラレ姫」

「チ、違ウモンッ」

 

気にしている事を突かれ、涙目で抗議する戦艦棲姫。

実際は全くの逆であり、彼女が総攻撃の号令を発すれば凄まじい数の同胞が従うだろう。

当人に自覚はないが、このお姫様はモテるのだ。

そして周囲にいる仲間が等距離からライバルを牽制している為に、肝心の戦艦棲姫の周囲が台風の目になっている。

 

「ミ、皆アッチデ戦ッテルンダカラ仕方ナイジャナイ!」

「イヤ、ソレデモオ姫様ノ召集ダヨ? 普通取ルモノ取リ合エズ来ルモンジャネ?」

「ダカラ……基本戦ウ事シカ考エテイナイ子多イシ」

「フーン。ソノアタリノ感覚、僕ニハ少シ理解シ辛イヨ」

 

この少女にとって、戦艦棲姫は自分に関わるほぼ唯一の相手であった。

彼女にはぼっち等と言いながら、自分の方が余程他人と関わっていない自覚はある。

だからこそ、自分にとって姫とは戦艦棲姫の事であり、その言うことなら間違いなく聞く自分がいる。

従うかどうかは状況によるが、この姫はそう理不尽な命令は出さない事は承知していた。

最もそんな事を当人に告げてやるには、少々捻くれ過ぎている少女だったが。

 

「……ン」

「如何シタノ?」

「索敵ニ出シテル飛ビ魚ガ敵艦隊見ツケタヨ。数ハ……八隻カ」

「陣容ハ?」

「ンー、先頭ニ居タノハアノ軽巡。駆逐艦二隻ハ補給部隊ニ居タ奴ダネ。後ロニコノ間戦ッタ戦艦ト空母、後一隻ハ見タコト無イノガ居ル。ソノ後ロニ、ヤッパリ見タコト無イ艦ガ二隻。後衛ハ軽イ艦ニ見エル」

「前衛ト後衛ニ索敵部隊、中央ニ本陣ッテ感ジ?」

「ソウ、ソンナ感ジ」

 

少女の艦載機は即座に落とされることが無かったため、その陣容はかなり正確に把握出来た。

最も、対空砲火が来ない代わりに二十機程の戦闘機が即座に襲い掛かってきたが。

少女は急いで残りの艦載機を発艦させ、さらに別方面に飛ばした機体にも合流を指示する。

ほぼ同時に敵陣中央の三隻のうち、見たことのない艦から多数の艦載機が飛び立った。

発艦速度は間違いなく自分より速い。

それは癪に障ったが、今少女が気になるのは其処ではなかった。

 

「ネェ、ネグリジェー」

「ナァニ?」

「変ナノガ居ルンダケド……」

「モウ少シ詳シク教エテクレナイ?」

「エット……戦艦主砲背中ニ背負ッテ、腰ニ艦載機ノ矢筒挿シテ、左上腕カラV字型ノ飛行甲板背負ッテ、左手ニ長イ弓持ッテ、足ニ魚雷発射管ッポイモノ装着シテル奴ガ凄イ手際デ艦載機飛バシテ来マシタ」

「何、ソノ変ナノ」

「ダカラ言ッタジャン、僕モ見間違イナラ良カッタッテ心カラ思ウヨ」

 

もしかしたら、あの時戦った空母が生きていたのかもしれない。

姫としてはそう思うのだが、以前は此処までゴテゴテした艤装ではなかった気がする。

聞く限りあまりの変わりように、まだ直接見ていない戦艦棲姫にはにわかに信じがたかった。

 

「レ、連中ノ新兵器カナ?」

「ッテイウカ、アレガ例ノ空母ジャネェノ?」

「マ、前戦ッタ時ハモウ少シ、空母ッポイ雰囲気在ッタ気ガスルンダケドナァ」

「アレヲ全部使エル筈無イジャン。ソレヨリ、直グニ航空戦デ接敵スルゾ。オ互イオ目当テノ相手モ居ルシ、ソレ以外ハ適当ニ協力シヨウカ」

「分カッタ。ソレジャ、軽ーク行キマショウ」

「……僕ニハ結構厳シイ海戦ニナル気ガスルンダケド」

「大変ダト思ウケド、負ケル気ハシナイワ。私ガ誰ダト思ッテイルノ?」

「マァ、コウイウ時ハ世界一頼モシイヨオマエ」

 

ぼやきつつも全ての艦載機を集中し、順次爆撃に入らせる少女。

隣の黒髪の姫に視線を送れば、両手を組んで大きく伸びをしている。

そして首、肩、腰と回して身体の反応を確かめると、いつもの様に上体を前に倒し、海面に右手を添えた。

小さな戦艦は嫌そうに息を吐き、両手で耳を塞いだ。

 

 

§

 

 

大和達が出撃してほぼ一日が経過した。

前衛は五十鈴と第二艦隊の駆逐艦コンビが勤め、索敵に当たっている。

その後方に大和、加賀、赤城の主力が控え、更に後方担当に矢矧、時雨が詰めている。

この艦列で索敵するのは敵に先手を取られた場合、前後の部隊が先に接敵して中央主力が反撃体勢を整える時間を稼ぐ為だった。

 

「赤城さん、お身体は如何です?」

「大丈夫です。少し……手が痛いですが」

「あの……右手首折られたって聞いたんですけど、弓は引けるんですか……?」

「包帯と硝子繊維で固めてきました……とっても痛いですが」

「そ、そうですか」

 

引きつった声を返す第一艦隊旗艦。

大和が気になったのは痛々しい右手そのものではなく、孤島では間違いなく損傷が無かった右手を何処で如何折ったのかと言う一点である。

勿論大和には予想がある。

しかしソレを問いただす事は本能が許さなかった。

特に生存本能が。

 

「赤城さんの右手の件は、私の不見識が原因の一旦でした。赤城さんにも大和さんにも謝罪します。だけど……本当に大丈夫?」

「だ、大丈夫ですとも。出立前にしっかりと、引いて見せたではありませんか」

「たった一射で涙目になっていたようですが……」

「それは固定も包帯も無かったからですっ」

「なんでしたら、本当に今から戻って休んでいてくれても良いのよ?」

「今更何を言うのですっ。連れて行くって、約束してくれたではありませんか」

「貴女の状態、状況が変われば約束の前提だって変わるでしょう? 子供みたいに駄々をこねないで――」

「出航前夜に一睡もさせず奉仕させておいて、気が済んだら捨てて行くの? 加賀は」

「ふぁっ!?」

「自分から言い出した事でしょう? 貴女が恥をかかない様に私も付き合ってあげたのに、自分の勉強不足を棚に上げて人聞きの悪い事は言わないで……ん? 大和さん、どうしたの」

「い、いいえ! 流石イッコウセンは進んでいらっしゃるなとっ」

「……?」

 

無論、赤城の言う奉仕とは加賀が扱う艦載機の整備と取り扱いの勉強である。

赤城と加賀、そして大和の認識は光年単位で離れていたが、不幸か幸か、今の中央部隊には突っ込み役が不在であった。

 

「それにしても違和感が強い……いいえ、違和感しかないわ。今の加賀には」

「そうですか?」

「ご自分の姿を姿見で見たことがありますか?」

「勿論よ。光学測距儀のデザインが気に入らなくて、何度部長に駄目出しをしたことか……」

「いや、そんな乙女の拘りは良いですから」

「ん、違った?」

 

首を傾げる加賀に視線を送り、今一度……

最早鎮守府の港から何度も見ているのだが、その全身を舐めるように凝視する赤城。

加賀の上半身は司令官がよく着ている白の軍服。

下は黒のストッキングに白いタイトスカート。

コレだけなら鎮守府で秘書艦をしていた時と同じなのだが、其処に積み込まれた艤装は既に狂気の沙汰である。

弓を引くのに邪魔だからと結っていたサイドテールは降ろされ、髪には山城に近い髪飾りを模した光学測距儀。

左腕にはV字の飛行甲板が身体に対して外に開くように装着され、背中から右半身側には戦艦の主砲が装着されている。

更に長い足からは三連装大型魚雷発射管が四機も装着されていた。

コレに艦載機搭載数86機と言うのだから、完全に過積載の筈である。

 

「私の知ってる加賀じゃない……」

「酷いわ赤城さん。少し艦載機を減らして砲撃と雷撃が出来るようになっただけじゃない」

「……」

 

加賀っていったいなんだっけ?

空母じゃなかったっけ?

雪風が救い上げ、目を覚ました加賀と再会した時は確かに赤城の知っている空母だった。

それから僅か二ヶ月で変わり果てていた相棒に、赤城の目頭が熱くなる。

 

「だから、私を全部見せるって言ったでしょう?」

「いくら全部と言っても、限度があるでしょう? 違う歴史を辿った世界ではありえたかもしれない貴女まで含めて全部なんて、誰が想像できますか?」

「だから、会議室でそう言ったと……こうして此処に在る私に、その可能性が集約されてしまったのだから仕方ないじゃない」

「ま、まぁまぁ。頼もしいではありませんか。重雷装航空戦艦……その艤装、全て動かせるのですか?」

「単体でしたら問題ありません。それぞれを連動させようとすると、頭が破裂しそうになるけれど……あぁ、後、やはり私は空母です。だから航空戦艦ではなくて、戦闘空母で認識ください」

「戦闘空母……なるほど」

 

加賀の拘りに大和、赤城が揃って頷く。

そんなやり取りをしていると、前衛の五十鈴から通信が入る。

 

『敵艦載機を確認したわ。あの航空戦艦のものと同じみたいよ』

『はい。此方でも確認したわ。艦上戦闘機は全機、前衛の航空支援に入ります』

『了解……前衛部隊、対空迎撃戦に入ります』

 

既に交代で上空を押さえていた烈風が前衛の五十鈴達の援護に向かう。

更に四十六機の爆戦を瞬く間に発艦し、索敵と同時に航空戦に対応する加賀。

送り出された艦載機は見事敵戦艦を発見した。

一隻は見たことのない小さな戦艦。

そして今一隻は、加賀を打ち倒した戦艦棲姫。

大和は遥か視線の先で黒髪の姫が上体を前傾し、水面に手を着く光景が見える。

視線など通るはずも無い距離にもかかわらず、その姿を触れられる程はっきりと知覚した。

水面が粟立ち、深海から引きずり出されるのは巨大な艤装。

魚の前頭を遥かに禍々しくしたようなデザイン。

そして左右からは只管筋肉質な二本の腕。

そして一本のケーブル。

コレが姫の首の裏、やや下の背骨付近に接続された時……

 

『■■ッ■■■■■■■ーーーーーーーーーーーーーッ!』

 

海上の細波すらかき消し、響き渡る咆哮。

至近距離で聞く者があれば、その精神に異常を来たす事は疑いない轟音。

一個の生物が出していい大きさの音ではない。

この一事だけで、生き物は本能で理解するのだ。

格が違うと。

振動する空気に頬が引きつりそうになりながら、大和が全艦に向けて呼びかけた。

 

『決戦です。全艦、所定の規約に従って、戦闘隊形を取るように!』

 

 

§

 

 

雪風は援軍として赴いた先の鎮守府で、後方勤務に忙殺されていた。

以前の時も思ったのだが、連合鎮守府に集まる艦娘は思考が戦闘に寄っている。

司令官は遠い自軍鎮守府に在り、撃破実績を持ち帰る為に派遣されているのだから当たり前といえばその通りだが。

しかし此処で問題なのが、兵站管理の殆どが集まった先の鎮守府負担になる事だった。

コレが雪風達の様な後方勤務畑の司令官なら良いのだが、根っからの戦闘指揮官タイプの提督だと秘書艦が余程其方に精通していない限り効率的な運用が出来なくなる。

そして全体で言えば彼女のような運営に強いタイプは、希少価値すら出るほどに小数派であった。

前世の長い艦齢で得た知識をフル活用出来る雪風にしても、只管面倒だと思うのだ。

後方勤務に入ると言った時、手放しで喜ばれる所以である。

 

「これ……しれぇがこっちに来ちゃった方が良かった気がしますねぇ」

 

実際に艦娘全員が同時に離れてしまっている今、鎮守府から彼女を動かす事など不可能だが。

雪風がぼやいたとき、ノックもせずに入室してきた者があった。

 

「HEY雪風! 戦果Resultが上がったヨー」

「あ、金剛奶奶!(お婆ちゃん) 辛苦了!(お疲れ様です)」

「……OK Yukikaze.I’m not angry with you.But……Can I hit you once?(いいデスよ雪風。ワタシは怒ってないネ。でも……一回殴っても良イ?)」

「ひぃいっ、通じてた!?」

「雪風……Youの素直さは美徳ネ。だけど、長門の洟垂れボーズの言うことを真に受けちゃーNoヨ!」

「あはは。金剛さんに掛かったら、長門さんも形無しですねぇ」

「年季が違うヨー」

「それってやっぱり御歳じゃないですかぁ」

「Oh……しまったネ!」

 

そういって片目を瞑った金剛。

彼女は長門のいた鎮守府から妹の比叡と共に派遣されて来た。

比叡と初めて会ったとき、雪風は声を上ずらせて前世の雷撃処分を謝った。

しかし比叡はあまり覚えていないと言い、寧ろ雪風を巻き込んで苦労をかけた事を謝られた。

その態度は雪風個人を許すかどうかという話ではなく、その存在自体を気に留めていない印象だった。

同じ場所で二隻のやり取りを聞いていた金剛も、半眼になって妹を嗜めていたので気のせいではないだろう。

比叡の態度には覚えがある。

其処まで露骨ではないものの、それはかつての自分であった。

だからこそ雪風は比叡がそれ以上踏み込まれたくない意思を察知する。

その先に好意を積むことは出来そうにないが、全ての他人に好かれる事等出来ないし、またソレを嘆く必要も無い。

やや残念に思った雪風だが、此処は負債を一つ返済出来たことを満足し、それ以上比叡と無理に関わろうとしなかった。

今は出撃後の収支報告は姉の金剛が上げてくれている。

 

「比叡さんはお元気です?」

「ン……Sorryね。比叡は少し……心を持て余しているヨ」

「いえ、それは全然構いませんよ。寧ろアレくらい分かりやすいとこちらも楽ではありますので」

「それはNoダヨ。それじゃ先が何も変わらないネ」

「心の処理には好意に対して好意。敵意や悪意、また無関心に対してはこちらも無関心を返すと楽ですから、比叡さんの対応はソレほど違和感無いんですよねぇ」

「……雪風は、あの子に悪意も敵意も無いし、まして無関心じゃー無かったネ。ずっと、ずっと気にしていてくれた……デショ?」

「えぇ……はい」

「そんな気持ちまで無関心に流したら、あの子はちょーっと困るヨ。最近は榛名にもあんな感じになってきたしネー」

「え、お身内の方にまであぁなのです?」

「YES。物腰は丁寧だし、榛名以外の誰かと諍う訳じゃ無いから対外的にはまーったく問題はNothingなんだけどネ……だから、これは私の我侭。比叡の生き方や価値観に、私が主観を押し付けてるネ」  

 

ほろ苦い笑みを浮かべる金剛。

老婆心ダヨ、と呟く金剛はやや疲れをにじませていた。

最も、疲労で思考が鈍っていなければ如何に当事者とはいえ、此処まで他人に話したりはしなかったろうが。

 

「榛名さんは、なんと?」

「喧嘩してるヨ。いっぱいネ」

「なるほど……頑張っているんですねぇ」

「榛名は比叡に懐いてるからネー。Borning Love! ネ」

「つまり妹さんの恋敵になったんですね。ご感想はいかがです?」

「I’m ready to drop(もう直ぐ倒れるヨ私)」

「あ、はい。良く分かりました」

 

歴戦の戦艦が死んだ魚のような目になったのをみた雪風は、それ以上の質問を避けた。

それで会話を元に戻し、消費物資と戦果を確認する。

流石というか、金剛姉妹はこの連合に参加した艦娘の中でも最上位の錬度がある。

しかし好き勝手に出撃出来るかといえばそうでもない。

多くの鎮守府が参加している連合では、あからさまに偏った運用をして戦果の不均衡を出しては角が立つ。

勿論強い艦が多くの戦果を持ち帰るのは当たり前だが、それなりの部隊にもしっかりと旨みが無ければ今後は参加して貰えなくなる。

大きな鎮守府とだけ友誼を結んでも、距離や都合で必ず助けてもらえるとは限らないのだから、なるべく多くの鎮守府から覚えを良くしておきたい……

とは、此処の秘書艦である重巡洋艦、加古から伝えられた司令官の要望だった。

その要望自体は雪風にも良く分かる。

問題はこの秘書艦、完全な前衛型の性格をしているのだ。

この鎮守府では最高の錬度を誇る第一艦隊旗艦なのだが、後方の組織管理には雪風以上に向いていない。

現在は実質の仕事を雪風が進め、書類の日本語を加古が通訳するという二人三脚体勢でどうにか連合を回している。

どうしても加古が空けなければならない時は、口頭で報告を貰うしかないのだが。

 

「……流石金剛さん。無双状態ですねぇ」

「どーしても掠り傷は貰っちゃうヨー。比叡が無傷だから良いけどネ」

「……」

 

この鎮守府の首脳陣が物資管理を含めた後方運営に向いていないなら、相対的に雪風の発言権は強くなる。

預かっているのが他所様の娘なので気は重いが、使えるものは全て使う心算はあった。

雪風としては必ずこの連合掃討作戦を成功させ、第二鎮守府の大和達を間接援護しなければならない。

 

「お疲れ様でした。加古さんや提督さんとも相談して、次の出撃をお知らせします」

「OK。それにしても凄いネ雪風。この連合、物資だけじゃなくて出撃計画も結構手を入れてるって加古から聞いたヨー」

「まぁ、どちらかといえば雪風はそっちの方が得意ですので……」

「前にうちでやった時も頑張ってたネ! でも、今の方がもっと神懸かってるヨ。Enemyが何処にいるか、どんな部隊が待っているか……皆分かっているみたいネ」

「それに関してはこちらの提督さんの采配が的確なのです。雪風が全部やっているわけではありませんよぅ」

 

にこやかに嘘を吐く雪風。

雪風にはこの海域で敵部隊の動向が、かなりの角度で読み取れる。

この海域の深海棲艦には、強い部隊が殆ど居ない。

此処を守護する鎮守府の最大戦力が重巡洋艦と軽空母である以上、それで抑え切れる戦力だったはずなのだ。

そして其処に入り込んだのが、雪風達が預かる第二鎮守府領海の深海棲艦である。

第二鎮守府に多かったのは、空母機動部隊とその護衛。

更にその部隊は第二鎮守府に戻ろうとしていると仮定すれば、敵の分布の偏りを分析できる。

雪風は連合鎮守府本陣から第二鎮守府に近い海ほど空母部隊の出現率が高まる事を予想し、自分達が資材を負担する最初の全力出撃では無作為を装って、その方面に対空能力の高い部隊を多めに配備する出撃計画を提出していた。

勿論これはそのままは通らず、ある程度は現地提督と秘書艦に修正された。

しかし雪風は今回のお財布係であり、最初に自ら手を差し伸べてくれた鎮守府の秘蔵っ子である。

何事も資材を出してくれる者の発言力は強くなるものであり、かなりの部分はそのまま採用もされていた。

そして、採用された部分のほぼ全ての部隊が戦果を挙げる。

そうした事が二度続くと、雪風の意見は更に通りやすくなった。

雪風はそうした事を現場の艦娘達には全く話しておらず、多くの艦娘達は此処の提督と秘書艦の作戦だと思っていたが。

 

「ンー」

「……」

 

雪風の曖昧な笑みににっこりと微笑む金剛。

どうやらこの雌狐は、雪風がこの連合を主導しようとしている事に気付いたらしい。

この連合の目的も雪風の目的も、海域制圧という点では同じである。

だから気付かれても問題はないのだが、あまり大っぴらに裏の活躍が周知されると雪風が目立つ事になる。

出来ることなら、それは勘弁してもらいたいたかった。

 

「……内緒ですよぅ? 盟主様のお顔を潰すのは不本意ですので」

「勿論ネ。世の中はどーしょーもない建前とか、知らないほうが幸せな事も有るからネー」

 

金剛としては、雪風が敵の動向を読めている事さえ分かればそれで良かった。

はっきり言えば金剛にとって、雪風の思惑もこの鎮守府の動向も二の次なのだ。

 

「それじゃ、少し休んでくるネ」

「はーい、お疲れ様でしたー」

 

金剛はそういい残して退出する。

その直後、別の方面に出ていた部隊が帰港してくる。

次の仕事の予約が入った雪風は盛大にため息を吐き出した。

 

「あぁー! 面倒臭いですっ。雪風は駆逐艦なんですよ? 何でこんな所で雌狐さんと化かし合いとかしてるんですかっ……時雨の方がこういうの得意でしょうが! いや、偏見ですけど。頭空っぽにして水雷戦させてくださいよー、もぅ……」

 

雪風は内心で金剛姉妹への警戒レベルを一つ上げる。

こうなると最初、比叡が距離を取って自分と顔を合わせない事まであちらの予定通りなのではと疑いたくなった。

今回雪風に後ろ暗いところは無い。

この連合の本当の目的が大和達の援護という自分の都合だとしても、表向きに公開した情報と目的にも嘘は一つも無いのだから。

第一目的であるこの鎮守府の救助の影に、自分達の目的と利益が重なるだけ。

雪風や彼女が放って置いたらこの鎮守府は陥落していた可能性が高い。

例え陥落しなかったとしても、大きな損害は既にでていた。

だから救援がついでであっても、文句を言われる筋合いは無い。

ないのだが……それはそれとして、感情論だけで利用された事に反発される可能性はあった。

加古はそんな事をしないだろうが、此処の提督は直情型の前線指揮官タイプである。

悪い言い方をすれば此方の掌の上で踊らされている現状は、出来れば最後まで知られたくない。

もっとも既に彼女の鎮守府から資材の供与を受けているので、不満に感じても強くは出れないだろうが。

 

「むぅ……」

 

あくまで小さな可能性の話である。

先ずここの司令官が雪風達の目的を看破し、その上で不満に感じて、なんらかの行動を起す場合。

そうなった時の対策や論破するための材料は、既に雪風も彼女も揃えている。

しかし、実際に起こったら面倒くさい。

避けられるなら避けるに越したことは無いのだ。

だからこそ、金剛からこの件よりはましな『おねだり』などをされた場合は便宜を測る事も考えておかねばならない。

 

「強すぎて切れすぎる味方……あんなの雪風の手に負える筈ないじゃないですかっ。艦齢の経験も艦娘の経験もずっとあっちが上なんですよ? 第一あそこの鎮守府ってこんな小さな連合に来なくてもノルマ間に合うじゃないですか……どうして金剛さんとか来ちゃうかなぁ」

 

どうせなら長門に来て欲しかった。

相手が長門ならば、雪風は此方の事情を全て打ち明け泣き付いたろう。

そうすれば大和達の援護という真の目的に対しても、協力する事ができたかも知れない。

雪風が天井に向かって呟いた愚痴は建設的なものを何一つ残さず、来訪者のノックにかき消された。

 

 

§

 

 

「如何でした、お姉様」

「ンー……あの子も結構狸ネー。色々お腹に抱えてるヨ。比叡が苦手に思っちゃうのも分っかりマース」

「……そうですか」

「でも、多くを明かしていないだけネ。見た限り嘘は吐いていないし、謝罪にあの態度だと、雪風も傷つくヨ」

「……すいません、お姉様」

 

うな垂れる妹の肩に手を置き、金剛は苦笑した。

金剛は艦娘になってそれなりに長いが、今の鎮守府に配備されたのは比叡より遅かった。

再会した比叡は、臆病な娘であった。

普段部屋から全く出てこず、寝る時も明かりを消しては眠れない。

そんな比叡は海に出て戦うときはとても活き活きしているのだ。

不思議に思った金剛は、自分には良く懐いてくれた妹に聞いてみたことがある。

どうして普段外に出ようとしないのか。

何故命を懸けて戦う時にはそんなに嬉しそうなのか。

その当時から唯一信頼出来た姉の問いに、比叡は首を傾げて言ったのだ。

 

『だって、深海棲艦より皆さんが怖いですから』

 

何を当たり前の事を聞くのだと、比叡は表情で語っていた。

其処にひたすら歪んだものを感じた金剛は、多くの時間を割いて比叡と何度も話し合った。

そして明らかになったのは、比叡の鋭すぎる感性だった。

妹はなんの気も無く、相手の虚実を全て把握してしまうのだ。

そして比叡自身は嘘や隠し事の有無が分かるだけで、自分が何故分かるのか、相手はなんの為に、何を偽っているのかまでは分からない。

だからこそ怖い。

比叡だって頭では理解している。

あらゆる事を白日に晒す必要など無い。

気付かなければお互いを傷つけずに居られる事というのは存外多いモノなのだ。

しかし比叡は残酷なまでにそれを感じ取ってしまう。

金剛が比叡と付き合っていくうちに分析した中で、妹には恐ろしいまでの無意識な観察力があった。

比叡は初対面の相手でも、そのパーソナルスペースを正確に把握する。

相手は其処から何センチ離れて立った、若しくは近寄った、声のトーンがどう変化したか、視線が何を何回見たか、仕草は、表情は……

もしかしたら相手の心臓の鼓動や血流の流れ、服の下の発汗の有無まで感じ取ってしまっているのではないかとすら思う。

比叡は一見対峙しただけで、それらの全てを自覚無く拾ってしまうのだ。

 

「気にしない様に、意識しない様に勤めているのですが……」

「チョーット過剰カナー。雪風がこの連合の目的を明かさない事と比叡の最期を詫びに来たのは、別の話ネ」

「……はい」

「無理にとは言いまセーン。素敵な出会いを素通りしている比叡が勿体無いとは、思いマスけど……でも榛名を同じにするのは絶対に、NOダヨ」

「だけどお姉様……私は榛名が一番怖いです。あの子は私を、大切な家族ですって言うたびに嘘を吐くの。あんな優しい子の家族愛が偽物なら、私は何を信じればいいのですか……」

「……」

 

榛名はもっと比叡を愛したくなっただけ……その一言を飲み込む金剛。

今も比叡は自分が何かを隠した事を知ったはずだ。

この繊細な妹は、その事によって傷ついたろう。

それでも、自分の口から比叡に伝える事は出来ない。

金剛に遅れて配備された榛名も、始めこそ純粋に姉として比叡や金剛を慕ってくれた。

その気持ちは金剛同様偽りの無いモノだからこそ、比叡は姉に続いて二人目の家族を手に入れたのだ。

この世界で、たった二人だけに注がれる愛情。

それを受ける事が出来た榛名は大変喜び、その喜びを次第に恋慕へと昇華させ……

自分の気持ちを隠すようになった。

榛名は未だ自分の心を持て余している。

しかし何時かは必ず比叡に対して真っ直ぐ向き合う時が来る。

その前に金剛の口から正解を告げてしまったら、比叡が榛名を受け入れる事は絶対にないだろう。

 

「榛名は比叡の事、大好きダヨ」

「だけど、辛そうに見えるんです。あの子は優しいから、本当は嫌なのだとしても……」

「榛名は比叡を大切にしたいし、守りたいネ。でも、今はまだその方法が分からないのデスよ」

 

惚れた相手に告白できず、想いを胸に秘めること……

金剛から見れば榛名の心情は何もおかしなことなど無い、ごく普通の反応である。

しかし相手が悪すぎた。

比叡は妹の秘めたものの正体を理解出来ぬまま、偽られた事実だけを察知する。

それが比叡にとって世界で唯一信じられた家族愛の影に隠されたものであった為、事態を複雑に拗らせたのだ。

今では比叡は榛名を怖がり、その反動もあってより金剛に傾斜を深めることになった。

榛名からすれば金剛は大切な姉であると同時に、比叡を巡る深刻な恋敵になってしまう。

妹二人が悪循環に陥るようになってから、金剛は比叡にのみ打ち明けていた提督への想いを周囲にも当人にも隠さなくなった。

自分の気持ちが比叡に向いていないことを、榛名に対してはっきりと示してやらねばならなかったのだ。

直接話しても、きっと納得は得られなかったと思うから。

アプローチとしては悪手だと理解しつつも、金剛はそうやって提督とは冗句の通じる友人の位置に収まってしまった。

最もこの点は、愛妻家で二児の父に横恋慕したツケが周って来たと理解している金剛だったが。

 

「ま、其処は後でFamily Conference シマショ。今は待ち人の様子を知りたいネ。ドウ? 比叡」

「いや、如何と仰られましても……」

「何か、彼女がフッと頭を過ぎったりしませんカー?」

「ん……特になにも」

「フーム」

 

金剛達の提督は、元々この連合は見送る心算だった。

彼の鎮守府は独力でノルマをこなせる貯蓄がある。

にも拘らず大戦力を率いて連合に乗り出し、戦果を漁ってしまえば周りの心象は良くないだろう。

連合の集結地となった鎮守府の規模と敵の強さから考えても、自分達が居なくても十分な制圧が可能だとも思う。

しかし会議でそう語る提督に対し、突然参加を希望したのが金剛だった。

金剛は是非自分と比叡を行かせて欲しいと強硬に主張し、結果提督が折れる形で二隻のみの参加という結果をもぎ取ったのだ。

彼女が惚れた男の正論に逆らってまで我を通した事には当然ながら理由があった。

それは会議の十分前、他ならぬ比叡の呟いた一言。

 

『今朝、外に渡り鴉を見かけましたよ。珍しいですよねーああいうの』

 

その発言に既視感を覚えた金剛は、会議の頭からずっと机の下で自分の日記を読み返していた。

日記のタイトルは『Oracle』

内容は全て比叡の言行録と、その日の時間と場所である。

そして会議も半ばを過ぎたとき、金剛は既視感の正体を突き止めた。

 

「お姉様……本当にあの姫が、此処にいるのですか?」

「此処かは微妙デスが……絶対この連合に関わっているネ!」

 

比叡が以前に渡り鴉の話をしたのは、悪名高いサーモン海域で戦艦棲姫と戦った時だった。

激烈な砲撃戦で双方が損傷し、夜戦に入らず撤収しようとした時、比叡一人が退かなかった。

ぼんやりと空を見つめ、何かに惹かれるようにふらふらと歩を進める妹。

夢遊病にでも掛かった様に離れて行く妹を追いかけた金剛がその腕を掴んだ瞬間、背後で爆音と水飛沫が跳ね上がった。

あと一分その場に留まっていれば直撃していた砲撃。

戦艦棲姫はそれまで出遭った多くの深海棲艦の様に夜戦の選択肢など与えず、自らの損傷を全く省みずに突っ込んできたのである。

初撃の奇襲を偶然回避した金剛達はそのまま夜戦に突入し、結果長門達の支援艦隊が後着するまで犠牲者無く戦線を膠着させた。

しかしあの一撃に被弾していたら、結果は全く変わっていたはずである。

後日妹とその時の事を話したとき、比叡の口から出てきたのだ。

 

『鴉が落ちてきたんです』

 

あの時、絶対に鳥など居なかった。

灯台も無く、照明弾や探照灯も無い夜の海は一面漆黒の世界である。

そんな所を飛ぶ黒い鴉など視認出来るはずが無い。

あの時の僚艦全員に確認しても見ていない、若しくは気付かなかったと言っていた。

闇夜に飛来する弾丸が見えていたと言ってくれた方がまだ信じられる。

しかし比叡は、あれが鴉だと譲らなかった。

妹にはいったい何が見えていたのだろう。

そもそも比叡がそんな些細な事で、自分に対して主張を曲げない事が既におかしい。

更に言うなら、鴉が落ちてきたから何だというのか。

態々間近に寄って見に行くような状況では無かった。

見間違いではいけないのか?

敵が眼前に控え、傷ついた味方が後ろに居るにも拘らず確かめなければいけない事だったのか?

……必要なことだったのだろう。

結果、そのお陰で誰一人沈むことなく引き上げる事が出来たのだから。

それ以来金剛は比叡の言動を紙媒体に記録して持ち歩くようになった。

 

「お姉様が突然そういうのを思いつくのは、よく存じ上げておりますが……」

「何度も言うケド、思いついているのは比叡ネ。私じゃーありまセーン」

「私ですかぁ?」

「Yes!」

 

金剛が考えるに、比叡はおそらく巫女なのだ。

その身体は自分と同じ異国のものだが、組み上げたのは数多の神がおわす国の職人達である。

お国で最初に作られた戦艦として御召艦に選ばれ、当時では現人神とされていた一族を幾度も乗せていた。

そして世界最大の戦艦、大和型の前身として改装を受け……

あの戦いの中にあり、最初に召された戦艦でもある。

八百万の神の中で幾人かがそんな比叡を気に入り、耳元に未来と助言を囁いている。

意識してみると直ぐに気付いた。

比叡は決して知りえるはずの無いモノを知っている。

神々の言葉は余程遠まわしなようで比叡自身も気付いていないが、その何気ない言の葉は物語を読み上げるように近未来の事象を言い当てる事がある。

しかし金剛にしても殆どの場合、後になってから日記を読み返して気付くのだ。

せめてあと一人、妹の異常性を共有出来る程の信頼が置ける者と相談出来れば、比叡の神託は今より遥かに現実に対して干渉力を持てるだろう。

例えば、そう。

かつてずっと比叡の傍にいた、未だ会った事の無い末の妹が居てくれれば……

 

「お姉様?」

「ん、霧島に会いたいなーってネ!」

「そう……ですね。少し怖いですが、私もあの子には会いたいです」

 

無い物強請りである事は、金剛自身分かっている。

現実に干渉出来るのは、此処に居ることが出来た者のみ。

金剛はかつての敗北を雪ぐ為、今一度あの姫を追ってきた。

手繰れば切れてしまいそうな追跡の糸は、未だ途切れていない。

 

「お姉様はどうして、雪風に秘めたものがあるとお気づきになられたのですか?」

「一つは比叡が初対面で退いたと言うのがあるのデスが……」

 

もう一つは、雪風が以前の連合の時程必死に動いていないからだ。

以前の雪風は連合鎮守府の仮本営で様々な部署や派遣部隊の間を駆けずり回った。

そうやって死に物狂いで情報を集め、的確な戦力投入を助けていた。

しかし今は其処までしていない。

にも拘らず、あの時より正確な読みと判断で影から連合を主導している。

そんな事が可能だとすれば、それは自分達の知らない情報を持っているに違いなかった。

 

「あの子、最低限Enemyの分布は読みきってるネ」 

「深海棲艦の思考が……読めていると仰いますか?」

「Yes。あの子が比叡と同類だったりしない限り……でもあの子の場合、その可能性も在るから難しいネ……」

「同類……ですか?」

「Have god reside in something……って言われた駆逐艦ダカラネー」

「はぁ……でも私、神様なんて知りませんよ?」

「私が勝手にそう思っているだけヨ。比叡はそのままでVery cuteだからOKネ!」

「……本気でそう言って下さるのは、お姉様だけですよ」

 

妹を紅くさせておいて、金剛は思考を巡らせる。

雪風が聡い事、そしてある意味では聡過ぎるとは以前の連合から考えていた。

自覚しているかどうかは兎も角、比叡と近い感覚で知りえるはずのない事を感じ取ってはいないだろうか。

もしそうだとすれば、あの駆逐艦は自分が比叡と二人掛りでやっていることをたった一人でこなしている事になる。

勿論金剛の穿ち過ぎという可能性もあった。

その時は雪風が、比叡の神託に匹敵する予測を自力で行っていると言う事になるのだが。

 

「あの喧嘩っ早い二水戦の秘蔵っ子がネー……見事な怪物に化けたモノネ」

「……出来れば、謀の得手不得手なんかをお姉様に競って欲しくないのですが」

「……Exactly。今回、相手は味方だからネー。考えすぎはMy viceネ」

「いえ、悪いことなんてありません。お姉様の優しい思慮深さは、何度も私の心を救ってくださいました」

「ンー。ワタシ、頭悪いからネ! 比叡に限らず、よーく話して教えてもらわないと分からないだけなのデース」

 

そんな金剛だからこそ、鎮守府で戦闘能力以外を持て余されていた比叡の奇行に正対し、その意味を突き止めることが出来た。

比叡に限らず、相手の言動や価値観を否定せずに向き合おうとする金剛によって心を癒された艦娘は多い。

それを見てきた比叡からすれば、本当に神掛かっているのは臆病な自分を見捨てず、誰もが与太話と切り捨てるような話も無碍にしない姉の優しさと器量だと思う。

実際鎮守府が今の規模まで大きくなったのは、金剛が着任した後の事だ。

金剛が多くの艦娘達から信頼され、その絆から育まれた鎮守府全体の明るい雰囲気が上向きの追い風を生み出した。

それは長門姉妹にも、そして提督にも出来なかった事である。

鎮守府としても比叡個人としても、金剛を失うわけには行かないのだ。

比叡からすれば、姉が何時までもあの恐るべき戦艦の姫に執着する事に危惧を覚えずには居られなかった。

 

「お姉様。何度も申し上げますが、あの姫とご自身を引き換えになど為さらないで下さい。アレがお姉様の邪魔になるのでしたら、私が必ず排除します」

「Thank Youネ! 比叡。私が負けたら、比叡に仇を討って貰いマース」

「ですから……そうじゃなくてですね……」

「ン……分かってマスよ。でも、Sorryネ。アレだけは私が沈めたいのデース」

 

この会話は類似するものを含めれば何度も交わした。

その度に理由も聞いたが、コレだけは金剛は語ってくれない。

ただ、姉のすまなそうな苦笑いを前にこれ以上の追求出来た事がなかった。

 

「ですが、今のところ影も形も見当たりませんね」

「ネー。参ったデース」

 

金剛は比叡の何気ない呟きから、この連合に戦艦棲姫の影を見た。

そして今、連合を裏から動かしているのは雪風であり、その背後にいる提督だと確信もある。

雪風達は何かの目的が在って、大本営への撃破実績という餌を使って多数の鎮守府から戦力を吸い出した。

しかも最初の出撃資材の全てを賄うという、一方的な犠牲まで払って。

何が雪風やその提督を此処までさせるのか。

単なる正義感等ではない筈だった。

新米提督の彼女なら兎も角、あの雪風がそんな行為から得る自己満足に価値を見出すとは思えない。

何かあるのだ。

多大な出費を払ってでも、この連合を成功させたい理由が。

 

「連合鎮守府……撃破実績? ……No。駆逐艦一隻じゃ無理ネ。実際手柄は全部いろんな鎮守府に仕分けられてマース……」

「出撃計画まで雪風が仕切っているとすると、見事な戦力配置です。本当に戦力と戦果は絶妙なバランスで切り分けられていると感じます」

「身銭を切って赤の他人に手柄を立てさせる……そんなお人好し何処に……ン? 手柄……」

 

駆逐艦一隻を派遣しても、大本営が認める方面の手柄など立てられない。

ならばそもそも雪風は何故単艦で此処に居るのだろう?

大和が動かせない事情は聞いた。

しかしそれ以外の艦隊はどうして来ないのか。

以前一緒に第一艦隊の構成要員として組み、今は雪風達の鎮守府に移った元同僚は第三艦隊に配属されたと便りをくれた。

僚艦は戦艦と駆逐艦。

少々軽いが、戦艦がいるのなら戦闘部隊のはずだ。

自分の鎮守府に詰めている?

そういえば雪風も一個艦隊の旗艦である。

これは長門から聞いている。

その艦隊は、何をしているのだろう。

どうして第三艦隊も第二艦隊の残存兵力も動員しなかったのか。

他人にばら撒く資材があるなら、動かすことは出来たはずだ。

資材があっても動かせないということは、その戦力は既に動員されていると言う事か。

この時期あそこが戦力を投入する場所は……第二鎮守府以外にない。

金剛の脳裏に一つの可能性が閃いた。

それは背筋に薄ら寒い感覚を走らせ、思わず周囲を見渡してしまう。

 

「お姉様?」

「……」        

 

もしかして、もしかして。

雪風はたった一人で二正面作戦の一方を担っているのではないか。

戦域の一方に手持ちの全艦隊を投入し、もう一方では資材と撃破実績を餌に他所から戦力をかき集めて。

それはもう単なる戦術巧者という話ではない。

雪風かその提督かは知らないが、そんな絵を描けるのは最早戦争全体をデザイン出来る戦略家の域にある。

雪風達の提督は第二鎮守府を預かっており、その海域の敵が少ない事を不審に感じたと言っていた。

それを聞いた全員は彼女のマメな性格と、細部に拘泥して逆に仕事の効率を落としてしまう新人特有の匂いを感じたものだ。

金剛もそう思った。

しかしそれがサバを読んでいたらどうだろうか。

第二鎮守府領海の深海棲艦は少ないのではなく、一隻たりとも存在しないのだとすれば……。

この鎮守府と雪風達が預かる第二鎮守府は決して遠くない。

此処の深海棲艦大増殖の原因は、あそこの鎮守府から流れてきたからではないか?

そうだとすれば、雪風が敵の動向に詳しい事もある程度説明がつく。

第二鎮守府には今、有象無象の深海棲艦全体に統一した命令を出せる存在が居る。

戦艦大和と第一航空戦隊を擁する鎮守府が、駆逐艦一隻を残した全戦力を投入する程の存在が!

そして雪風は第二鎮守府の脅威と戦う仲間を援護する為に、元々あの海にいた深海棲艦を殲滅しようとしているのだ。

 

「Shoot! 外したっ」

「え?」

「こっちは規模だけ大きなハズレ。King……いや、Queenは雪風達の第二鎮守府ネ」

 

遅まきながら選択肢を絞れたといったところだろうか。

本当に遅かった。

この連合に参加している以上、今すぐ第二鎮守府に向かうのは難しい。

自分の鎮守府で呼び出してもらうにしても、金剛自身で此処に来たがった以上話を通しにくいだろう。

此処まできたのに、結局届かないのか。

金剛の顔に暗い影が落ちかける。

しかしその時、肩に置かれた手が反射的に顔を上げさせた。

見上げる視線の先にあるのは、強い瞳で自分を見据える妹の姿。

 

「……行って下さい、お姉様」

「What?」

「行って下さい。此処は私が何とかしますから」

「……私は比叡のお姉様ネ。妹を此処まで連れてきておいて放り出すとか、Noダヨ」

「わ、私もそんなに子供じゃありませんっ。ちょっと対人恐怖症で引き篭もり気質で自傷癖があるだけではありませんか!」

「比叡、解ってマス? その中のどれか一つだけだって、目を離せない理由にはじゅーぶんネ」

「でも、お姉様は私の言葉に未来を見たのではありませんか?」

「……Yes」

「ならば、私はお姉様の導き手になれたと言うことですよね? 私はそれが誇らしい。だから、お姉様の最後の一歩の枷になるなら自分自身が許せません」

「比叡……」

「だ、大丈夫です。怖いですけど、凄い怖いですけど……気合入れて行きますからっ。お姉様も、今くらいはご自身のなさりたいようになさってください。だって……お好きな殿方に背いてまで選んだ道ではありませんか! それは、今から間に合うか分かりませんけど……道の先に得られるものも失うものも、何があるか分かりませんけど、でも私達姉妹が選んだ道ではありませんか!」

「……比叡」

「はい」

「ちょーっと海鳥と遊んで来るネ。後は、任せマース」

「はい!」

 

臆病な妹が精一杯頑張って背中を押してくれたのだ。

此処は我を貫かせてもらう。

連合の方は問題ない。

既に大勢は決しているし、撃破実績も十分稼がせてもらった。

寧ろ此処で金剛が抜ければ、他に周る獲物が多くなるのだ。

元より来なくても良い連合に参加していたという事もあり、気まぐれに帰ったとしても自分の評判が落ちるだけだろう。

鎮守府に帰れば提督からはいろいろ追求されるだろうが、相手が彼ならある程度は事情を話しても問題ない。

後は、必ず生きて帰るだけ。

おそらく自分があの姫に会う事を最も嫌がっている比叡。

もしも帰れなければ比叡は今日の今、自分を行かせた事を己の過ちと捕らえて後悔してしまうだろう。

それは絶対に出来ない。

妹が振り絞ってくれた勇気は、真っ当に報われるべきモノなのだ。

そうした経験の一つ一つが、きっと比叡の財産になる。

 

「Hey! 比叡」

「ん、はい。お姉様」

 

妹と綺麗にハイタッチした金剛は、一つ頷いて踵を返す。

振り返り際、一瞬だけ視界に小さな窓が過ぎる。

其処に黒い鳥が居た気がした。

慌ててもう一度窓を見た金剛。

その時には、もう海と空だけが広がっていたのである。

 

 

§

 

 

 

――雪風の業務日誌

 

こっちのへいていは、なんとかめどがたちました。

もうすこしかかりそうですけど、もうまけはないとおもいます。

ですがしめはかんぺきにしたいので、もういちどぜんりょくしゅつげきしたいです。

ぶっしいっぱいおくってください。

ゆきかぜはたちばじょう、こっちでかいさんしきがおわるまでうごけないとおもわれます。

やまとさんたちのじょうほうがあればおくってくれるとうれしいです。

 

こちらのちんじゅふではめだたないようにしていたつもりですが、こんごうおばあちゃんにかぎつけられたみたいです。

ちんじゅふのたんまつをつかうとこっちのていとくさんにばれますので、しれぇからこんごうさんのていとくさんにさんかのけいいをそれとなくさぐりいれてください。

おばあちゃんはめぎつねさんでした。

ましょうのおんなってやつですね。

あかぎさんとかかがさんほどのおっぱいはありませんが、みりょくてきなおとなです。

かおのほりがふかくてりんかくがとってもきれいなんですよねーおばあちゃん。

いこくふうというやつでしょうか。

うらやましいです。

あ、あとひえいさんにおあいしました。

ゆきかぜはちゃんとごめんなさいできました。

しれぇ、あとでほめてくださいね!

 

 

――提督評価

 

お疲れ様です。

資材は各種取り揃えておりますので大丈夫です。

持つべきものは大本営の素敵なお友達と、弱みですね。

ですが現状私に輸送手段がありませんので、どなたかこちらに寄越してくれると助かります。

第二鎮守府方面の情報は、今の所入っておりません……

 

金剛さんと比叡さんが参加した経緯については、あちらの提督さんも不思議がっていましたね。

元々あそこは参加は見送る心算だったそうですが、金剛さんがかなり強く参加を求めたらしいのです。

金剛さんはあちらの鎮守府では艦娘達のまとめ役としてかなり重要な位置に居るらしく、提督さんのお話を聞く限りだと雌狐という単語が当てはまる方には思えませんでしたね。

最も、女性の評価は男性よりも同性の方が遥かに正確で信頼が置けるものですが。

 

比叡さんの件については、貴女の心が軽くなってくれれば本当によかったです。

本当によく頑張りました。

花丸と一緒に……そうですね。

この一件が片付いたら、補給艦間宮を招いて皆さんを労いたいと思っています。

乗り切りましょう。

 

 

――極秘資料

 

No5.重巡洋艦足柄

 

鎮守府で七番目に建造された、妙高型重巡洋艦。

空気の読める飢えた狼。

第一艦隊のバランサーとして艦隊を内側から纏めている。

 

 

・飢狼

 

機能1.狼は勝利に飢えています。

機能2.海域制圧、拠点攻撃等の攻戦時において各能力に上方修正がはいります。

 

・空気読み

 

機能1.知的生物が持つ雰囲気を直感的に把握します。

機能2.敵、味方問わず艦隊全体の総コンディション値を大まかに読み取れます。

機能3.敵、味方問わず個人のコンディション値を大まかに読み取れます。

機能4.敵、味方問わず判定次第で初見でも相手の特殊能力の有無を読み取れます。また、能力の中身も足柄の主観と知識で判定出来ます。

 

 

 




後書き

orz

開幕の土下座です。
誰ですかね、次は加賀さん紹介とか言ってた奴。
アホじゃないでしょうかね……
ちょっと海戦まで入れなかったので、紹介の条件が整ってる足柄さんに出張っていただきました。
この方の空気読みこそ、加賀さんに匹敵するチートだったりします。
このSS世界には駆逐イ級を血祭りに上げて戦意を高揚させるというサバトが存在しませんので、コンディション管理は難しいと思います。
しかも艦娘や敵によってはおかしな固有能力がくっついていたりする世界なので、この方のエアリード→見識判定はとっても重要です。
性能的には羽黒さんの方が武闘派であり、足柄さんの方が頭脳派になっちゃってますw

それにしても、4セクションが全体の半分とかなんというバランスの悪さか……orz
これも偏に金剛おば……お姉様が原因でした。
この方の喋り方文章に起こすのが此処まで難しいとは……
実は此処でやっと登場した金剛姉妹ですが、あ号作戦の時に援軍で来てもらうルートもありました。
当時はサイコロが偶数だったため長門姉妹になりましたが。
よかったね……あの時に引き当てていたら心がぽっきり折れかねんよ……
書き直しも多すぎて、もう自分では喋り方の違和感が分からなくなっていました。
実はこれ投稿前に一回友達に読んでもらってます。
本当にありがとうございました。
この場を借りて御礼申し上げます><

おそらくコレがイベント前最後の投稿になると思います。
一本上げられて本当によかったです;;
リアルでは飛龍が改2になり、蒼龍が後二レベル。
瑞鶴も71になりました。
後は忍者と綾波さんも改2になったし、筑摩と妙高が既に60代です。
また春イベのときの戦力に加えてビスマルク、大和、山城、比叡が一線級に育っております。
資材は現在燃料と弾薬が5万、鋼材7万にボーキ5万5千……難易度が春イベ並みなら何とかなるっ(慢心

ただ大本営が二正面作戦とか言ってるらしいですね。
資材と戦力二つに分けて、イベント期間長くなってたりしたらどうしましょうね……
てか二正面作戦とかやっちゃ駄目だと思うんですよね普通;;
追加される艦娘も多いそうなので、お友達はE-8くらいまであるのではないかと恐ろしいこと言っていました。
本当にどうなるんでしょうね><
またしれぇレベルで難易度変わるのかなぁー……


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