駆逐艦雪風の業務日誌   作:りふぃ

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これは、演習ではなくて実戦よっ! by鳳翔


死線

戦闘開始から一時間。

戦艦棲姫は経験した事の無い違和感に囚われていた。

敵戦艦より放たれる砲弾。

空気を引き裂く音と共に視線を上げれば、空の一点より黒いモノが飛来する。

着弾地点の予想は、しっかり今居る自分の座標。

左舷回頭で回避する。

そして自分の右後方に上がる巨大な水柱。

砲撃された。

それは分かる。

分かるのだが……

 

「……遠イ? 遠イノコレ?」

 

自身の体感で知覚する距離は、まさかの40000㍍。

彼女の艤装にある電探も、同じ答えを出している。

届くはずが無い。

仮に届いても狙えるはずが無いこの距離において、しっかり自分の居るところに砲弾が降って来る。

高性能の電探が、また高速の飛来物を確認した。

脳内に叩き込まれる相対距離が一気に減少する。

このままでは当たる。

機関の出力を大きく上げて制動をかける戦艦棲姫。

今度は前方に巨大な水柱が上がっていた。

正直これほどの距離を飛ばせる砲弾には当たりたくない。

遠くに飛ばす為には空気抵抗に負けないある程度の重さは必ず必要のため、触れずともその威力は想像がつくのだ。

コレに当たったら、自分の装甲でも多分抜ける。

数発当たったところで沈みはしないだろうが、試してみる気が起きない程には海面に落ちたときの衝撃波が重かった。

 

「ンー……」

 

試しに自身の主砲を向ける。

16inch三連装砲。

最大射角で放ったときの射程が、約32000㍍。

そして自分が命中を取れる射程はほぼ同等の30000㍍。

同族の戦艦にも、敵のどんな艦種にも艦砲射撃で負けたことは無い。

そんな自分の主砲が届かない。

一つ放ってもみるが、やはり相手のはるか手前に着弾する。

飛んだのは33000㍍。

自分の感覚でも電探でも答えは同じ。

相手は更に遠くに居る。

 

「オォ……」

 

届かないなら詰めれば良い?

戦艦棲姫は更に飛来する弾丸を掻い潜り、最大船速で突進する。

彼女の戦闘時に通常出せる最大速度が二十八ノット程。

これは戦艦としてはかなりの高速になる。

しかし敵の戦艦は正面に火力を集中して此方に回避旋回を強制し、その間隙に距離を稼ぐ。

その速度はおそらく自分とほぼ同速の二十八ノット前後。

敵戦艦の基本性能がかなり高い。

しかも歪な高性能ではなく、トータルバランスが全て高く纏まっている。

戦艦主砲の射程にモノを言わせたアウトレンジ。

この戦法自体は、やられた経験がある。

サーモン海域で出会った高速戦艦がこれと似た事をやってきた。

あの艦隊は自分が見逃し以外で沈められなかった数少ない敵だったのでよく覚えている。

先頭の高速戦艦二隻は、三十ノットで動き回る足周りと30000㍍を飛ばす主砲を備えていた。

だが、それでも命中が出そうな距離は22000㍍が精一杯。

結局の所戦艦棲姫の射程内で撃ち合う事になり、捌ききれずに被弾している。

しかし彼女らの射程は決して短くなかった。

20000㍍以上の距離で命中が取れるなら、自分の経験で敵対してきた殆どの艦娘を上回る錬度に当たる。

しかし今……大和が戦艦棲姫を縫いとめているのはほぼ二倍の超遠距離。

戦艦棲姫は少し離れた戦域で航空戦をしている少女がいる方向へ視線を向けた。

もしかしたら自分と彼女以外のあらゆる戦艦仲間は、コレに勝てないのではないかと思う。

 

「……」

 

戦艦棲姫は大和と正対しつつ電探で探知したもう一方の艦隊、水雷戦隊に副砲を放って牽制する。

五十鈴達の艦隊はやはり40000㍍程の距離を保って少しずつ時計回りに動いている。

この距離を攻め込めるのは大和のみ。

水雷戦隊が攻撃範囲に入るためには、自分の主砲の間合いにも踏み込んでこなければならない。

ならば何時くるのか。

それは自分が大和を捕らえるために、本気で踏み込む時だろう。

大和に対して間合いを詰めるなら、自分も余程集中しないと避けきれない。

五十鈴達が攻めてくるなら、その瞬間が一番安全になる。

自分の行動が敵の攻勢のトリガーになっているのが分かる。

だからこそ迷う。

水雷戦隊は五隻編成。

艦隊単位で計算すれば、あの一部隊で四十射線以上の魚雷が飛んでくる可能性がある。

 

「射程二百はろんノ巨砲ト四十射線ノ魚雷……ドチラガマシ? 嫌……ドッチモ嫌ッ」

 

しかし今のままではどちらかを押し付けられる事になるだろう。

下手をすれば両方である。

崩す手は幾つかあった。

それでも姫が躊躇うのは、自分で決めたルールに反するからだ。

其処までやっていいものか。

もっと良い方法は無いだろうか。

 

「ナギ払ウカ押シ潰スカ……何デ何時モ困ッタ時ハ力押シガ来ルノ……脳筋ナノ私? モット、モットすまーとナ戦法ハ…………アァ! 思イツカナイッ」

 

敵艦隊の善戦と自らの苦戦。

そこに自分の力を制限無しに振るうことへの躊躇が加わったとき、戦艦棲姫の中に一時的な混乱が生じる。

それが大和にとって、本来ならばありえない余裕を与えた。

 

「本気で来ていない……よね。最後までコレで行けたりしないわよね」

 

初めて扱う46㌢三連装砲。

しかし大和は艤装の性能と自分自身の能力を十分に活かした運用を実行出来ている。

この戦法のアイデアはあった。

何時か46㌢砲を取り戻したときは、こうやって使いたいと思う構想はずっと練っていた。

それでも初の実戦で此処まで上手く扱えるのは、完璧に近い手本を見る機会に恵まれたからだ。

大和は敵戦艦の主砲射程外で艦列を組む水雷戦隊、その中の一隻に視線を送る。

矢矧は気付いてくれなかったが、この戦い方を見せてくれたのは彼女だった。

第二艦隊駆逐艦トリオとの演習。

雪風に弄ばれた矢矧は己の不甲斐なさを噛み締めていたが、大和にとって彼女の砲戦手腕は見習うべき点が多々あった。

だってあの雪風が、砲戦で何も出来なかったのだ。

あの時、時雨が矢矧に掛けていた言葉は慰めでもなんでもない。

艦砲射程の優位と、陽炎型駆逐艦に匹敵する機動力。

これらを組み合わせて砲戦を優位に進める矢矧に対し、雪風は同じ土俵では勝つことが出来なかった。

その後雪風は戦場全体を使って矢矧を絡め取ったが、その判断は妥協の結果である。

雪風は砲戦でさっさと潰したかった筈なのだ。

それが出来れば、夕立の救援は間に合っていたのだから。

 

「観測機発艦。よろしくね、皆さん」

 

此処に来る直前、ついに整ったかつての艤装。

その全てを駆使して戦艦棲姫を抑える大和。

しかし鈍い。

一方的に撃ち込む事が出来るこの距離がある以上、敵の火力がどれ程桁外れでも関係ない。

なればこそ、相手は距離を詰めてくる筈なのだ。

それが来ない。

何度かその兆候は見せているのだが、戦艦棲姫は最初の砲撃で前進を阻まれると迷ったように前進を止める。

その様子はまるで、戦場で何をすればいいか分からない新兵の様に見える。

 

「……」

 

大和は自身の考えを苦々しく切り捨てた。

かつての自分ではあるまいし。

あの姫は強い。

その強さは同じ戦艦として、敵ながらある種の憧れを抱かずには居られなかった。

今の彼女からは、以前戦った時のような覇気が感じられない。

このまま終わるはずが無かった。

しかしそれはそれとして、この状況は自軍にとって意外だった。

今一度水雷戦隊に視線を送る大和。

今度は先頭の五十鈴と目が合った。

その顔は少し困っている。

 

「むぅ……足柄さんの不在が痛い……状況は想定より良いのに対応出来ない……」

 

決戦前夜、各艦隊から出撃メンバーとそれぞれの戦術を決めた後、大和は入居中の足柄にその事を伝えている。

足柄は出撃メンバーと組み合わせを確認し、それぞれの運用法の草案を幾通りかのパターンと共に大和に託していた。

基本方針は大和が戦艦棲姫、戦艦少女は加賀と赤城が抑える。

そして水雷戦隊は大和の援護。

戦力投入のタイミングとして最も適切で確実なのは、大和との距離を詰めてきた瞬間だった。

圧倒的な装甲と火力を誇ろうと、戦艦棲姫も所詮は戦艦。

艦砲の間合いの外から攻撃されればなすすべが無い。

彼女は必ず手の届く距離まで詰めてこなければならず、その突進を大和の射程と足で捌きながら五十鈴達の雷撃で仕留める。

十分に可能性のある状況だった。

いくら足柄でも、今の様に射程外でまごつく戦艦棲姫など予想すらしなかったのではないか。

……実は想定していた。

足柄はその場合敵が隠し持つであろう切り札にも予想がある。。

それはあまりにも荒唐無稽な発想と、常識で考えればありえない技術。

最早物理を超越した現象になる。

だから大和には言っていない。

足柄が話したのは五十鈴であり、それもお互いが笑い話として片付けてしまった程である。

 

「……」

 

結局の所、戦艦棲姫の戦意が煮え切っていない。

その反面で五十鈴達から意識を外さない。

水雷戦隊は踏み込む切欠を掴めない代わりに、大和が一方的に撃てる間合いを確保し続けることが出来ている。

 

「鬱陶シイワ。水マフッテバァ……制空取ラレテルジャナイ」

 

呟く姫は敵が水上観測機による照準修正に入る様子を苦々しく見つめた。

敵と自分の間で、旋回行動を繰り返す水上機。

飛んでくる砲弾が更に正確になる。

最早距離を詰める所か通常の回避すら支障を来たす程的確な砲撃。

戦艦棲姫が忌々しげに息を吐く。

その瞬間、五十鈴を先頭に据えた水雷戦隊が遂に高速で突っ込んでくる。

 

「……」

 

五十鈴より大和に対して不快感の比重が寄った瞬間。

故意か偶然かは分からないが、良いタイミングだと思う姫。

戦艦棲姫は最早大和から完全に五十鈴に向き直る。

これまでの所、大和から寄ってくる様子は無い。

ならば其方は回避に徹し、届く距離に来る相手に対して丁寧に砲撃を合わせた方が効率が良い。

しかし姫の予想は盛大に外れ、大和は五十鈴達に呼応するように自ら間合いを詰めたのだ。

ハッとして大和に顔を向ける。

大和としては水雷戦隊が踏み込む時、敵の砲撃選択肢を増やしておかねばならなかった。

主砲一基でも、たとえ副砲一門だろうと自分が引き受ければ五十鈴達の負担が減る。

少し考えれば分かる事を、立場が逆なら自分もそうしただろう事を見落とした戦艦棲姫。

 

「……無様ネ」

 

此処まで自分の戦闘を振り返り、いささか深刻に自嘲した姫。

必殺のタイミングで飛来する敵戦艦の主砲と、放たれた水雷戦隊の魚雷群。

最早完全回避を諦めた戦艦棲姫は、艤装の両腕で本体を庇う。

数秒の遅れで着弾する砲撃。

そして水面から突き上げる魚雷達。

並みの戦艦なら三回は沈める衝撃が艤装を貫抜き、姫の身体を軋ませた。

 

 

§

 

 

遠くで被弾する姫に、舌打ちをした戦艦少女。

また余計なことを考えていたに違いない。

その気になればあの程度の艦隊、一蹴してしまえるだろうに。

あのお姫様はなまじ強い上に優柔不断な性格のため、戦闘序盤にムラが出るのだ。

一瞬安否を気遣う心が顔にでるが、直ぐに半眼で息をついた。

戦艦棲姫が負けるなど在り得ない。

深海棲艦と呼ばれるくくりの中でも、彼女は桁違いの存在である。

少なくとも少女には、海域に無数の渦潮を自作するような規格外を他に知らない。

しかもその目的は、駆逐艦と潮の側面を掠めるように走りこみ、高速を得て駆け抜けるというお遊びの為。

その遊びはうっかりと海域の自然海流を捻じ曲げ、危うく生態系を破壊しかけると言うおまけが付いた。

それは人間側から大異変として認定され、複数の鎮守府から討伐対象にされる大海戦に繋がったのだ。

人間、深海棲艦双方にとって幸運なことに、どちらも相手陣営の事情は知らずに済んだが。

 

「遊ンデナイデサッサト救援来イッテンダ」

 

やや劣勢の航空戦。

エアカバーが効くのは戦域全体の四割程であり、戦艦棲姫の頭上まではフォローしきれない。

少女としてはこの戦闘以前に消耗した艦載機の補填が出来なかったことが痛かった。

しかし加賀と赤城にしても、この少女への攻め手を緩めて戦艦棲姫を狙う余裕はない。

少女の位置から加賀までの距離は約150㌔。

更に加賀の後方70㌔地点に赤城が控えている。

空母特有の広い戦域での戦いは、根が戦艦の少女には面倒だった。

此処はさっさと間合いを詰めて艦砲射撃の距離にしたい。

少女は広範囲の制空権を放棄し、本格的に自分の頭上を固める。

そして機関に熱を入れると、最大船速による突進を敢行した。

その速度は小型艦に迫る三十三ノット。

戦艦としては凄まじい速力で間合いを詰めてくる敵に対し、加賀の眉間にしわがよる。

 

「早いわね……羨ましいわ。私も、そんな足が欲しかった」

 

加賀に搭載された各艦載機は烈風、流星、爆戦。

それぞれが機体性能に見合った分担をこなしているのに対し、敵の艦載機は攻撃を終えて母艦に戻る都度、違う武器を積み込んでいる。

多機能という点では今の加賀も負ける心算は無いが、艦載機の多様性で負けるのは気分が良くない。

加賀は上空の防衛ラインをすり抜けてきた一群に対し、主砲による牽制を放つ。

散開して回避する飛び魚達だが、隊列からはぐれた所に烈風が側背から襲い掛かる。

空対空の単体戦力ならば烈風に分があった。

加賀に接近した六機のうち三機が落とされ、残りニ機の爆撃も加賀自身が回避する。

しかし一機は急降下して烈風を振り切り、海面ギリギリを滑空しつつ爆弾を投下。

放たれた爆弾は海面を跳ね、スキップしつつ加賀の艤装に着弾した。

 

「っ!?」

 

この海戦で初めて受けた直撃。

加賀が舌打ちしたくなるのは、敵との距離が近くなるほど自分の周辺に着弾が増えることだ。

無論此方の爆雷撃も激しくなっているのだが、戦艦特有の重装甲に未だ決定的な打撃を入れられない。

しかも自分より速力があり、回避能力も低くないのだ。

戦闘空母に改装されてから妙に調子の良い爆戦達も、敵戦艦の頭上が取りきれなかった。

これは艦載機の防空だけではなく、戦艦種として持っている対空砲火の優秀さに拠る部分もある。

全体として航空戦を優位に進める加賀だが、今一つ押し切れない。

一瞬魚雷を放棄すべきかとも考えたが、それをやったらこちらの窮状が知れる。

此処で弱みを見せれば、敵を勢いづける事になる。

 

「……」

 

後退して距離を稼ごうにも、速力ではかなわない。

更にこれ以上大和達と距離が開くと、敵艦載機が其方に向かおうとした場合に迎撃が間に合わない可能性がある。

制空権は味方艦隊の為に守るものであり、我が身可愛さに仕事を疎かにしては自分の存在意義が揺らぐだろう。

最も護衛艦隊も無く空母が二隻、孤立している現状が既に切羽詰っている証拠でもあった。

結局の所、戦艦棲姫が強すぎるのだ。

あの姫が並のflagship級戦艦ならば、三隻いても大和一人に任せられた。

そうすれば水雷戦隊は、そっくりこちらに回ってもらえただろう。

ままならない現状に深い息をつく加賀。

転進する事も出来ず、艦載機で突き放す事も出来ないならば如何するか?

 

「……いいでしょう。受けて立ちます」

 

敵の前進に合わせ、左舷に旋回しつつ後背に回り込む。

少女も加賀の旋回に合わせ、右舷に進路を取りつつその頭を抑えにかかる。

双方の距離は100㌔を割り込んでいる。

互いの艦爆は標的が近くなったことによって出撃、帰投のサイクルが早くなる。

両者に至近弾の数も増す。

加賀を追いつつ後方から見ていた赤城は、小さく固唾を飲み込んだ。

赤城は燃料と弾薬を積み込んではいるものの、艦載機は偵察機十二機以外持ち込んでいなかった。

自分の仕事は此処から。

加賀周辺の攻撃が激しくなり、艦載機の収容が困難になった時……

十機程の爆戦達は加賀を素通りして赤城の下へ降り立った。

手際良く迎え入れ、補給を施す。

そして加賀のいる前線の様子を観察し、敵艦載機の攻勢が途切れるタイミングを計って加賀の元へ送り返す。

赤城の飛行甲板は損傷激しく、突貫工事で載せかえられた不慣れなものだ。

そこから放たれた艦載機の妖精達は不安定な飛行を強いられるが、激戦の渦中の加賀に降りるよりはましだった。

加賀としても発艦した艦載機を無理に収容する必要が無くなる分、目の前の戦闘に集中出来る。

一航戦の二隻は互いの呼吸を合わせることで、一隻の空母以上になろうとしていた。

 

「厳しすぎるでしょうっ!?」

 

無線には乗せず、海に響いた赤城の悲鳴。

至近に降り注ぐ爆弾を回避し、自ら放った艦載機の爆雷撃によって敵の前進を押し止める加賀。

その間隙を縫って差し出される飛行甲板。

赤城の方など見もせずに伸ばされた腕がある位置は、正に此処しかないという絶好の回収ポイントである。

この瞬間、この位置に送り帰してくれれば、間髪入れずに自分の飛行甲板から飛び立たせてやる事が出来る。

それは赤城が扱い慣れた自分の飛行甲板を用い、さらに絶好調の状態であれば五回に一回は辛うじて届くかという領域の要求だった。

負傷し、不慣れな飛行甲板を扱う今の赤城には加賀の希望に届かない。

加賀も分かっているだろう。

それでも赤城に求める要求の高さは衰えることがない。

 

「加賀っ……加賀ぁ!」

 

相棒の望みに添えないもどかしさ。

分かっているのに容赦をくれない苛立ち。

そして何より、差し出した飛行甲板に艦載機が来ない時、加賀の背中から語られる無言の落胆。

 

―――その程度ですか?

 

いつもの声で、仕草で、表情で、そう言っているのが分かる。

それがどうしようもなく悔しかった。

この領域こそ、以前の鎮守府で加賀が棲んでいた世界なのだ。

前世において終わった時期は同じでも、艦娘になってからの実戦経験は桁違いの差があった。

加賀は自分が出来ない事を人に強制しない。

出来る事であれば相手への期待と相談して求める高さを考える。

その相手が赤城であれば、加賀は微塵も容赦しないのだ。

今は偶々加賀の錬度が赤城を遥かに上回っているだけ。

もしも立場が逆ならば、加賀は死に物狂いで赤城に追いつこうとするだろう。

だからこそ、今この時においては赤城が追いかけなければならない。

はっきりと見えるその背に、姉代わりが差し伸ばす飛行甲板に。

心の中で届けと吼えて、一矢、また一矢と艦載機を送り出す。

次第に赤城の世界から音が遠くなり、視野も狭くなってゆく。

あらゆる感覚を加賀の飛行甲板に注ぎ込み、その一点を注視する。

索敵も回避も考えない。

今はただ、一隻の母艦として加賀の艦載機を補助していく。

 

「空母同士ッテ、アーヤッテ連携スルンダ……アレモ格好良イカラ、覚エトコウカネ。スル相手ガイネェケド」

 

加賀の艦載機の発着の呼吸を読み取った戦艦少女が、さらに間合いを詰めて来る。

際限なく激しさを増す航空戦に、赤城の元に流れてくる機体はさらに増す。

加賀が間に居るとはいえ、赤城から敵艦載機の位置も遠くはない。

集中力を増す為にあえて絞った感覚では危険かもしれない。

赤城は今後の方針をどう取るべきか半瞬迷い、今の発着艦を継続する事にした。

加賀の要求は相変わらず厳しい。

しかしこんな事を続けさせる以上、必ず守ってくれるはず。

自己保身すら踏み潰し、盲目的に加賀を信じてひたすらV字の飛行甲板を追いかける。

やがて赤城の送り出した流星が一機、初めて加賀の求めた時間と座標に追いついた。

 

「……上々です」

 

加賀がつぶやくと同時に、飛行甲板に触れた流星は光の粒子に包まれて、矢として筒に戻ろうとする。

その変換中に尾翼を摘み取った加賀。

そのまま弓に番え、間髪入れず解き放つ。

流星は通常の発艦に倍する速度で送り出され、海面すれすれを滑空する。

すでに敵艦との距離は50000㍍を割り込みつつあった。

超加速する流星は発艦からものの数秒で至近距離に到達して魚雷を投下。

少女の艤装を直撃し、目に見える損傷を与えていた。

赤城は加賀の常識外の発艦に息を呑む。

加賀はずっとこのタイミングを計っていた。

赤城がそこに艦載機を送り返せれば、何時も何度でも先程のような急速発艦が出来たのだろう。

この発艦は加賀一人では成し得ない。

しかし、加賀でなくては成し得ない。

赤城はかつて加賀の元に集った僚艦達が何を信じて命を賭けたか、その一端を見届けた。

 

「痛ッテェ……」

 

少女は損傷軽微で詰められるのは此処までと見切った。

これ以上踏み込もうとすれば、加賀の艦載機を捌き切れない。

もし自分に艦載機による上空支援と強い対空砲火の、どちらか一方しかなかったらとっくに捕まっていただろう。

遠くで戦艦主砲の轟音と衝撃が響き渡る。

先程までのような手探りの砲撃ではない。

やっとその気になったらしい戦艦棲姫の意思を感じた少女は、煽られる様に高ぶる戦意に焦がされた。

海上艦隊決戦が、戦艦主砲の撃ち合いが始まっている。

自分も、それがしたかった。

空母相手なのは些か物足りないが、少なくともあの化け物空母はしっかり主砲を使っている。

此処までで加賀が使っていないのは、足の魚雷発射管のみ。

最早少女はあの艤装を使えもしない飾りだとは思っていない。

しかし敵が戦艦にしろ空母にしろ、あそこに魚雷を積む意味が読めなかった。

魚雷は非常に扱いの難しい爆発物である。

艦載機の依り代として矢等に変換しているなら兎も角、発射管がある以上自分で狙って放つのだろう。

そこに着弾したら誘爆する危険がある。

魚雷は破壊力が高い反面速度が遅く、当てる事が難しい。

現実的な命中射程は戦艦主砲より遥かに短く、そんな距離まで詰めるなら回避によって掻い潜るしかない。

重い戦艦主砲と魚雷に加え、大量の艦載機まで抱え込んだ上で機敏な回避など出来るとは思えない。

実際に加賀は反跳爆撃を避け切れずに被弾しているのだ。

 

「何デモ持チ込メバ良イッテモンジャネェンダゾ……ット!」

 

頭上を取らんと迫ってくる爆戦を対空砲火で追い散らし、奮闘を続ける飛び魚艦爆を収容し、補給を施し再出撃させ、その合間に加賀との距離を詰める。

並の戦艦ならばどれか一つでも難事業である筈のそれらを同時にこなす戦艦少女。

最早加賀も心から認めていた。

目の前にいる小さな深海棲艦は、自分が磨耗するほど積み重ねてきた戦闘経験の中でも二番目に強い戦艦だと。

二隻の距離はついに30000㍍を割り込んだ。

両者の主砲が同時に動き、敵へと目掛けて放たれた。

砲弾の届く距離ぎりぎりで交換した砲撃は、案の定命中しなかった。

しかしお互いに当てる為に放った砲撃ではない。

戦艦は着弾地点に上がった水柱と敵の位置との誤差を修正するため。

空母は近すぎる間合いに敵が入った事を確認するため。

 

「……」

 

加賀は一つ息を吐き、瞳を閉じて俯いた。

有効射程からは遠いとは言え、既に砲弾が届く距離。

ましてや頭上には双方の艦載機が熾烈な制空権争いを続けており、優勢とはいえ完全な敵勢の排除には至っていない。

この状況で敵から視線を切るのは相当の危険行為である。

それでも加賀は自身の艦載機達を信じ、次なる攻勢の準備に入る。

思い出すのはかつての地獄。

艦種も自我も記憶すら曖昧になるほど無心で戦っていた頃の感覚だった。

その時には自分が空母である事すら忘れ、小さな声に導かれる様に艦載機と副砲を操った。

いつの間にか日が暮れ、なし崩しに夜戦に縺れ込んだままに副砲で沈めた敵もいる。

全て、ただ疲労で朦朧とした意識の中に響いてくる声に促されるままに行った事だ。

しっかりとメンテナンスを受け、慢性化していた疲労を抜き、専門家と情報を交換した今だからこそ分かる。

その声こそ、艤装に宿る妖精達の訴えだと。

 

「力を貸して」

 

誰にともなく呟いて、瞳を開く。

閉眼中にいつの間にか身体が動いていたらしい。

既に足踏みから始まる七道のうち、六過程を終了させていた。

遥か後方の赤城と、近接にいる戦艦少女は意図せず同時に息を呑む。

敵をして、赤城をして、今の加賀には思わず見入ってしまう凄みがあった。

ただし、その弓に番えられるべき矢はなかったが。

 

「……」

 

瞳を開いていても、今の加賀はぼんやりとした視界の中にある。

 

――大丈夫

 

一陣の風が海をなぎ、加賀の降ろした髪を払った。

加賀の口元に微笑が浮かぶ。

相変わらず顔は見えないが、声だけははっきりと思い出せる。

律儀に応えてくれたらしいあの子。

魚雷発射管にしっかりとした重みと、加賀の意思による駆動を感じる。

同時に視界の焦点が定まり、魚雷発射管から敵戦艦までを結ぶ不可視のラインを脳裏に描く。

 

「……良い風が吹いているものね」

 

波音を圧して波紋の如く広がる鳴弦。

魔を払う儀式の形から解き放たれたのは、十二射線の魚雷だった。

 

「チィッ!」

 

加賀の射に魅入った少女は、魚雷発射の瞬間を見逃した。

真っ直ぐ放ったのかもしれないし、曲線軌道に設定されたかもしれない。

しかし一つだけ言えるのは、普通に回避行動をとればまず当たらない距離であること。

敵前衛との距離は20000㍍を割り込んだ。

最早艦砲の間合いである。

少女は加賀の旋回航路を遮り、その足を止めることに成功する。

二隻の艦は短時間ながら平行の軌道に並ぶ。

この間合い、この瞬間こそ少女が焦がれた状況である。

小さな戦艦は全砲門を開いて加賀を火力で捻じ伏せに行く。

対する加賀も戦艦主砲で抑えに掛かるが、その照準は正確を欠いた。

的外れな砲撃に失笑する少女。

所詮は空母。

この間合いで砲撃戦を選択すれば自分に分がない事は分かっていたはずなのに。

そして少女が思った通り、加賀の回避能力は高くない。

十分な照準計算から放たれる16inch三連装砲が加賀を捉えた。

 

「……頭にきました」

 

加賀は酷い頭痛に苛まれながら主砲を撃ち返す。

その狙いは定まらず、少女が落胆しているのが分かる。

例え無意味でも……いや、少女がこの砲撃を取るに足らないと考えること自体に意味はある。

加賀が不調をおして砲撃戦を続行するのは、海面下を走る魚雷から少女の意識を逸らすため。

その旋回に合わせ、方向を修正された魚雷達はついに少女の艤装、巨大な尻尾部分の熱と音を感知する。

同時に魚雷から意識を離すと、頭痛が少し遠のいた。

少女の尻尾が小さく軋み、第二次砲撃の為に弾薬を送り込む。

しかしその発砲寸前で加賀の魚雷に捕まった。

 

「ハァ!?」

 

命中したのは十二本中三本だが、一本一本の破壊力を強化してある大型の誘導魚雷。

尻尾の艤装部分に攻撃が集中したため体の損傷は比較的軽微だが、全体のダメージとしては中破に届く傷になった。

 

「当テヤガッタ! アノ空母、本当二全部使イ切ッタヨ!」

 

損傷は大きく、少女も相当苦痛がある。

しかしそれすら凌駕する興奮と歓喜が一時的に痛みを忘れさせた。

見たいものが見れたのだ。

それも期待以上のものが。

 

「空母……空母ネ。索敵ガ上手イノカ。先ニ見ツケテ先手ヲ取ッテ……後ハ距離! 百はろんカラ狙エル魚雷! 汚ッタネェ……ケド、全部揃エバアンナ運用ガ出来ルンダ……」

 

少女は被雷した箇所の損傷を確認し、艤装内部の機能をダウンさせる。

そして稼動可能な部分と動かすと危険な部分、そして全く動かない部分を把握していった。

戦艦少女が止まったこの時こそ、加賀の好機。

しかし加賀としても行過ぎた残りの魚雷と意識を繋ぐ作業に手間取り、しかも距離が開きすぎて再操作不能と判明するまでに時間を費やしてしまった。

 

「……遠すぎるのね。此処は今後の課題だわ」

 

加賀の原点は戦艦であり、主砲を詰む分には比較的違和感がなかった。

しかし魚雷を扱う時は別であり、意識のリソースの大半を其処に持っていかれてしまう。

さらに扱えたとしても、詰んでいるだけで桁違いに難しくなるダメージコントロールをどうするか。

この魔改造に携わった四名は必死に知恵を出し合った。

その中で形になって行ったのは、空母である事によって加賀に備わっている、高い索敵能力を生かす事。

空母種たる加賀の高度な索敵と艦載機による遠目によって敵を必ず先に見つける。

そして強力な対空性能を誇る烈風と、それを数で補強する爆戦の航空制圧。

この二つを軸に敵からの不意打ちと先制攻撃を完全に封殺出来れば魚雷を所持していても問題ない。

後は誘導魚雷の性能に頼り、敵艦の主砲の射程ギリギリから先に放ってしまえば良い。

敵艦の回避運動には加賀自身の主導制御で対応し、近距離からはオートロックに任せてしまう。

潜水艦対策だけは現状どうにもならないが、この運用は彼女もベネットも、そして雪風すら非常に難しいものの、実用に足ると判断した改造だったのだ。

こうして実践してみると問題点も多かったが。

半眼で息を吐く加賀も、各部位のダメージを確認する。

 

「航空戦で被弾した。魚雷の主誘導中は他の行動が難しい。外れた魚雷は遠くて意識を繋げない……本当に、自信をなくすわ」

 

敵が強すぎた……

そんな事は言い訳にならないだろう。

今日の戦闘で獲た結果を持ち帰り、今後に生かさなければならない。

問題は山積していたが、運用してみた当人としてはこの用法には手応えを感じる。

 

「後は……」

「ソロソロ……」

 

こいつを沈めて勝つだけだ。

戦闘空母と戦艦少女。

二隻の艦は同じ思いで水面を蹴った。

この期に及んで多少の回避行動など取った所で被弾は免れないだろう。

少なくとも少女は最初から避け易いより当て易いを目指した位置取りから、稼動可能な全砲門を開く。

撃った瞬間に当たると分かる会心の砲撃。

被弾した加賀は殆どの艤装が破壊される。

唯一無傷だったのは、自分自身とあらゆる艤装を盾に守り抜いた、V字の飛行甲板の半分と弓だけ。

加賀の上体がよろめき、艤装の重さを支えきれずに傾斜する。

殆ど座り込むように崩れ落ちた加賀を見て、少女は勝利を確信した。

……正にその瞬間、その位置に、赤城から届けられた一機の爆戦を見るまでは。

 

「ア――」

「――届いたぁ!」

 

正確に的を射るためには、何よりも土台を安定させる必要がある。

両の足で立つことすら覚束ない時、下半身の安定を求めるならば座り込んでしまったほうが良い。

加賀は被弾によるダメージだけで崩れたのではない。

被弾した後の自分の状態から、最も安定した発艦が出来る姿勢を取っただけ。

そして相方の戦闘思考を読み取った赤城の、この海戦で最高の一矢が加賀に届いた。

着艦と変換。

番えと発艦。

それらはほぼ同時に行われた。

 

「……五航戦の子には見せられないわね」

 

加賀自身羞恥を覚える、座り込んだままの寝かせ射ち。

しかし其処から放たれた爆戦は発艦とほぼ同時に最高速度に達する。

対峙する少女からすれば、最早爆戦が目の前に沸いたとしか言いようがなかった。

爆戦は超低空から一気に空の戦場を突き抜ける。

そして機体を捻りながら急上昇しつつ爆弾を投下。

慣性によって投げつけられた爆弾はありえない程正確に戦艦少女に着弾した。

その艤装は大破状態の加賀と比べても遜色が無い程には破壊されている。

 

「……ンナ、馬鹿ナ」

 

あまりに非常識な爆撃を食らった少女は呆れた様に呟いた。

それは加賀の艦載機を繰る妖精の中にあって、誰もが出来る芸当ではない。

こんな事が出来る妖精はたった一機。

この鎮守府に流れ着く前から加賀に従い、最後の出撃の後も握り締めていた機体の妖精だけである。

必殺のタイミングで加賀の元へ帰ってこれたのは赤城の腕だけではない。

この妖精の技量だからこそ赤城の飛行甲板から飛び立っても全くぶれずに飛べたのだ。

加賀の視界の中で敵戦艦の腰が落ちる。

しかし自分のように海面に崩れ落ちることなく持ち直した。

まだ敵は死んでいない。

加賀は自分も立ち上がろうと片膝を着き、その足がくるぶしまで沈んだ事に背筋が凍る。

 

「……不味い」

 

艤装が浮力を失いかけている。

此処まで破壊されれば相当の苦痛があるはずだが、どうやら自分は痛みに鈍感な性質らしい。

なかなか立てない加賀の様子を見た赤城が、全速力で駆けてくる。

 

「……チェ」

 

目の前で敵が航行不能。

千載一遇の好機を前にした少女は、忌々しげに舌を打つ。

主砲、副砲共に損傷が激しい。

無理やり撃てない事も無かったが、そうすると自爆する危険があった。

決して高い確率ではないと思う。

しかし此処までぼろぼろにされた砲塔は当然ながら命中率が落ちる。

そんな砲撃一回でこちらが低確率で自滅するのだ。

これから戻って敵空母の戦術を研究し、煮詰めて自分のものにしたい少女としては、此処で無理して沈みたくない。

少女は加賀と、そして加賀を支える赤城とにらみ合う。

やがて少女が半歩退くと、赤城も加賀に肩を貸したまま一歩退く。

それを契機に呼吸を合わせ、双方後退しつつ艦載機の収容に掛かった。

 

「自力デアノ距離ガ狙エル筈ガネェ。アレハ絶対魚雷ニ細工シテアッタ……回収シタイナー。当タッタ所カラ残骸ダケデモ取リ出シテミルカ」

 

少女はぼろぼろにされた尻尾を愛おし気に撫でながら飛び魚達を回収した。

加賀を曳航する赤城も上空の艦載機を順次降ろす。

両者はそれぞれの僚艦が戦う戦場に目を向けると、赤い稲妻が海を薙いだ。

 

 

§

 

 

水飛沫が海風に払われる。

その中から姿を現したのは、巨大な腕の艤装。

所々に傷が入り、小さな損傷の連鎖が薄い煙を吐いている。

やがて腕が解かれ、中から現れた戦艦棲姫。

遠目には本体に損傷があるようには見えないが、小さく咳き込んでいる所から衝撃は伝わったらしい。

大和達にとって、初めてはっきりとこの姫にダメージを入れた快挙である。

しかしそれを喜ぶものは居なかった。

46㌢砲の弾着観測射撃と、四十七射線の酸素魚雷で捕らえた攻勢でやっと小破。

魚雷が幾つ当たったかは確認が取れないが、これは大和達が現在出せる瞬間火力の限界値に近い。

コレと同じ事を、後何度繰り返せば戦艦棲姫は沈むのだろう。

戦闘を優位に進めていた大和達に重い沈黙が流れる中、戦艦の姫種は我関せずとばかりに自分の思考に耽っていた。

 

「……」

 

海戦開始当初から、とてもやりにくいと感じていた。

それは何故か。

自分は何をしたかったのか。

あの少女に自分は言った。

敵戦艦と戦いたいと。

そして望み通り、戦艦棲姫と戦艦大和は真っ向から向き合った。

しかし其処には小船の集団のおまけも混ざっていた。

大和と一対一で撃ち合う為には邪魔な水雷戦隊。

どうやって払おうかと考えたところで気付いたのだ。

自分は、生粋の水雷戦隊と戦った記憶が無い。

戦艦棲姫は敵にとって非常に目立つ脅威である。

彼女を討伐しようとする提督達は、自軍最強の戦艦や空母で編成を組んできた。

其処に重雷装巡洋艦が混ざることもあったが、基本は戦艦が入るために艦隊行動速度は三十ノット以下になる。

加えて彼女は吹けば飛ぶような敵駆逐艦を弄る趣味も無かったため、三十五ノット前後で動き回る戦闘集団と対峙する経験が多くなかったのだ。

今更自分にこのような弱点があった等、考えたこともなかった。。

戦艦棲姫はそう自己分析するのだが、まだ心の何処かで納得していない部分があった。

 

「…………何処カラ私、オカシクナッテイタノ?」

 

水雷戦隊との対戦経験不足。

それは認める。

なら彼女らは自分を脅かす存在か?

自分は戦艦の姫である。

その力は水雷戦隊所か、あの敵戦艦すら及ばない……と、思う。

今自分が損傷を負ったのは、力を出し惜しんだからだ。

格好をつけて勝ちたかったから失敗した。

いったい何時からそんな事を考えていたのだろう。

胸の下で腕を組み、陽光煌く海の上で漆黒の美女が黙考する。

敵戦艦の主砲は自分の射程を上回った。

それは本当に、自分の脅威足りえるか?

今も電探は38000程の距離から撃ち込まれた高速の飛来物を感知している。

姫は身体を微動だにせず、主砲の角度だけ変えて撃ち放つ。

大和の46㌢三連装砲は戦艦棲姫の16inch三連装砲と中空で激突する。

大和は驚きながらも立て続けに主砲を放つが、その全てが同じように相殺された。

主砲の回転速度なら戦艦棲姫が上回る。

最初からこうすれば良かった。

右舷後背から、今度は矢矧に率いられた水雷戦隊が雷撃を敢行すべく踏み込んでくる。

気だるげに、肩越しに振り向く姫。

無造作に右足を上げ、少し強めに踏み降ろす。

足の裏から送り込まれた桁外れの衝撃と重さが海面をへこませる。

 

「はぁ!?」

 

先頭にいた矢矧が素っ頓狂な悲鳴を上げた。

戦艦棲姫の右足が海面に触れたとき、そこから後方に向かい半径100㍍程の海面が陥没したのだ。

海水はその密度を均一に保つため、直ぐにくぼみへ流れ込む。

しかしこの時、水面に姫の主砲が撃ち込まれた。

不自然なほど小さな水しぶきを上げながら、弾丸は海上のクレーター中央に吸い込まれる。

何をどうやったのか、矢矧達は自分で見たものが信じられない。

戦艦棲姫の真後ろに出現した海のくぼみは直ぐに戻らず、撃ち込まれた主砲の着弾地点を中心とした渦潮に化けたのだ。

姫としては難しい事をした心算は無い。

低くなった所に流れ込む海水を、ジャイロ効果を付ける応用で回転を増しに増した弾丸で巻き込んだだけ。

矢矧達と戦艦棲姫の距離は現在約15000㍍。

渦に巻かれることは無いが、これ以上の接近は危険。

そう判断した矢矧は雷撃の指示を出そうとし、その指令を蒼白の顔で飲み込んだ。

魚雷は海中を泳ぐのだ。

今、渦を背負った相手に撃ち込んだ所で届くはずが無い。

結局雷撃のタイミングを外した矢矧は戦隊を率いて離脱する。

 

「……」

 

その様を冷めた瞳で切り捨てた戦艦棲姫。

やはり最初からこうしていれば怪我などしないで済んだのだ。

開戦前には連れ立った少女に自分は言った。

負ける気はしないと。

それは決して虚勢ではなかった。

あの時は例えひとりでもこの場に居る敵艦隊を全て沈める自信があった。

そしてまた、強くなる違和感。

一人で沈める自信があるのに、一番最初の接敵でこうも言った。

 

――頭上ダケハ任セマス……

 

疑問は唐突に氷解した。

その正体を自覚した時、戦艦棲姫は青白い顔から火が出るほどの羞恥心に苛まれる。

何時の間に此処まで緩んでいたのだろう。

違和感の正体。

それは空母がいないことだ。

制空権を守ってくれる空母に、いつの間にか頼るようになっていた自分がいる。

 

「冗談ジャナイ……」

 

自分を慕ってくれる装甲空母達への個人的な感情は兎も角、戦艦棲姫は空母種に好意を持っていない。

しかし現状、戦艦による制海権は空母による制空権によって簡単に覆る。

戦艦の姫として、その現実が認められない。

何時の日か、空母達の手から海を奪い返したかった。

戦艦棲姫は自分が最強などと考えたことは一度も無い。

ただ、海上において最強なのは戦艦であると心から信じて生きてきた。

戦艦棲姫が少女をかまうのは決して才能だけの話ではない。

あらゆる艤装に精通し、様々な道を選び取れる天才。

そんな彼女が、自ら戦艦を選んだから……

空母より戦艦の方が格好いいと言った少女の笑顔に心底魅せられたからこそ、自分は此処まで惚れ込んだのだ。

そして今、対峙している敵戦艦。

最初の接敵では自分とほぼ同等の射程を持っていた。

他の部分では分からないが、たった一点だけだとしても自分に初めて迫った他人。

大和のような強い戦艦は、例え敵であったとしても姫の心を惹く。

艤装の殆どを新調したらしく、更に強くなっていたあの敵戦艦とは『海上艦隊決戦』によって戦ってみたい。

そう思ったからやりにくかったのだ。

相手が艦娘だろうと深海棲艦だろうと、空母共から海の支配権を取り戻す為に重ねた試行錯誤。

その過程で覚えたものを使ってしまえば、最早艦隊決戦にならなくなる。

それが勿体無いと思ってしまった。

 

「……」

 

一つ息を吐いて切り替える姫。

艤装の腕が遥か遠くの大和に向かってさし伸ばされる。

その様子は大和のみならず五十鈴達にも確認された。

身構える大和達の耳に、意味を持った確かな言葉が届く。

 

『良イ、砲撃ネ。ソノ射程、ソノ威力……私ノ想像ヲ超エテイタワ』

「……」

『水上艦デ貴女二勝テル艦ハ、最早殆ドイナイデショウ。感服シタ』

『……それはどうも』

『ダカラ、ソンナ貴女二聞イテミタイ』

『なんですか?』

『ソレホドマデニ練リ上ゲタ砲撃ダッテ、空母ニハ届カナイ。貴女ハ、ソレヲドウ思ウ?』

『……』

『私達ノ手カラ海ヲ奪ッタ空母達……戦艦トシテ、貴女ハ何モ感ジナイ?』

『……あらゆる事を一人でやる必要はありません。空母が空を守ってくれるなら、私達戦艦が彼女達を守る。それで勝てるではありませんか』

 

その発言は必ずしも大和の本心ではない。

空母に対して思う所は大いにあった。

大和個人の意思と希望は、戦艦棲姫と全く同じ。

だからと言って、自分の欲望のままに振舞う事には抵抗があった。

自分に期待してくれた赤城との絆は、大和にとって簡単に切り捨てられるものではない。

しかしこの言葉は戦艦棲姫を大いに落胆させたらしい。

端正な顔が悲哀に歪む。

 

『貴女、名ヲ聞イテ良イカシラ?』

『……大和型戦艦一番艦、戦艦大和』

『ソウ……大和ネ。貴女ハ正シイ。私ヨリ……正シイワ』

 

それは模範解答だろう。

戦艦棲姫もそう言われれば反論の余地が無い。

だが、それでも納得できないモノがあるのだ。

空母と言う他人を間に挟む事無く、自分の手でこの海を鎮めるモノでありたい。

その思いを胸に強くなった。

いつの間にか、存在が姫として固定されてしまうほどに。

今日出会った敵戦艦は強かった。

しかし今後も今の発言に沿った生き方をするなら、決して自分には届かないだろう。

それが少し、残念だった。

姫の艤装から生えた巨大な腕が、真っ直ぐ頭上を指し示す。

大和も、矢矧達も吸い寄せられるように視線を向けた。

戦艦棲姫の頭上、500㍍程上空に漆黒の穴が浮かび上がる。

 

『沈メル前二見セテアゲル。ソンナ正論モ分カッタ上デ、マダ納得出来ナカッタ……馬鹿ナ戦艦ノ悪足掻キヲ――』

『――大和! 直上っ』

『回避して!』

 

それは五十鈴と時雨の悲鳴。

誰もが戦艦棲姫の頭上に目を奪われた時、その二隻は周囲を警戒した。

そして大和の直上、500㍍付近に同じ黒点を発見したのだ。

戦艦棲姫の艤装から、全砲門が開かれる。

狙いは自分の頭上。

全ての砲弾はその黒点に吸い込まれ、大和の頭上の黒点から吐き出された。

 

「くぅっ!?」

 

味方の声に上を向いた大和は、至近距離から迫る弾雨に辛うじて身を捻る。

その動作は身体に当たる弾を艤装で受け止め、大和の命を救った。

代償として、たった一度の砲撃で大和型の艤装は中破したが。

 

『サァ、在ルベキ水底ニ帰リナサイ……古キ海ノ亡霊ヨ!』

 

その通信を最後に突進を開始した戦艦棲姫。

最大船速を持って大和との距離を詰めてくる。

沈むまで延々と砲撃を送り込んでやっても良いが、戦艦棲姫の美意識は何処か違うと訴えるのだ。

あれは空母達に対抗するために編み出したもの。

同じ戦艦種を相手取り、コレだけで沈めてしまったら、それはもう自分が戦艦である事の自己否定だと思う。

 

「空間転移で弾丸を相手の頭上に送り込むとか……あぁ、此処へ来てファンタジーですか馬鹿馬鹿しいっ」

 

迫る脅威を見据える大和は、不思議なほど落ち着いていた。

取り合えず頭上の黒点に41cm連装砲を撃ち込むと、案外簡単に破壊出来た。

 

「……機関部被弾、応急修復機能でリカバー可能。完了まで動けないか」

 

艦娘の艤装は戦闘中に被弾してもある程度の機能は残る。

それは損傷して危険な部位のロックであったり、重量の不均衡から来る傾斜の復元などである。

鎮守府の関係者からは艦娘本人の力とも、艤装に宿る不可視の妖精の働きとも言われていた。

少なくともかつての艦時代、人の手によって行われたダメージコントロールに近い機能なのは間違いなかった。

 

「左に傾斜が約三十五度……復元、こちらは完了」

 

身体を水平に保った大和は、再び46㌢三連装砲で姫を撃つ。

戦艦棲姫は先程と同様、16inch三連装砲で中空相殺。

そして遂に戦艦棲姫は大和との距離を25000㍍まで詰めることに成功した。

 

「サァ、砲撃戦ト行キマショウ?」

 

そう呟いた戦艦棲姫。

しかし直ぐに大和を狙うことは出来なかった。

戦艦棲姫の後背からは水雷戦隊が追いついており、距離にして10000㍍を切る所まで接近して攻撃を仕掛けてきたのである。

この距離ならば雷撃に加え、艦砲射撃も届いてくる。

小口径の主砲など痛くも無いが、当たってやるのも癪だった。

戦艦棲姫は電探の割り出す弾道の中から、命中の危険が高い三発を相殺し、残りの砲門は全て水雷戦隊を狙う。

五十鈴達は当初の予定通り散開し、十分な命中が狙える距離にも関わらず全員が回避に成功する。

ほぼ同時に戦艦棲姫も魚雷群に捕まった。

舌打ちしつつ艤装の腕を操作して受ける。

直撃した魚雷は三本。

コレだけでは小揺るぎもしない。

しかしこの接触におけるダメージレースは五十鈴達の完勝だった。

 

「参考ニナルワ――ンッ?」

『敵艦捕捉。全主砲、薙ぎ払え!』

 

敢えて通信に乗せて発砲宣言を掛ける大和。

40000㍍の距離が届くのは大和の46㌢砲のみだった。

しかし今、25000㍍なら他の艦砲も届くのだ。

先程とは比較にならない数の砲弾が戦艦棲姫に降り注ぐ。

中破の影響からか、その砲撃は最初の頃の異常な正確さは欠いていた。

だが、戦艦棲姫も水雷戦隊を相手に全砲門を開いた直後。

戦艦棲姫自身も高性能の電探も、次弾装填と弾道予測、照準調整が間に合わない。

大和の積んだ艦砲は46、41㌢砲と15.5㌢連装砲副砲。

それぞれから放たれた弾丸は放物線を描いて姫自身と、その周囲に着弾して巨大な水柱を立てる。

 

「ッツゥ!」

 

辛うじて艤装で身体を庇う。

当たったのは41㌢連装砲か。

通常ならば致命には程遠いが、既に累積された損傷は中破に届こうとしている。

戦艦棲姫は決着を着けるべく、殆ど身動きの出来ない大和へ一斉砲火を撃ち返す。

 

『沈ミナサイ』

 

足部から煙を吹いている大和には回避行動が取れない。

戦艦棲姫も着弾を確認する前に水雷戦隊に向けて回頭を開始した。

背後で自分の砲撃が海面を叩いた音を聞く。

そして、その中に混ざった戦艦主砲の発砲音も。

 

「エ!?」

 

生きている?

肩越しに振り向く姫の視線の先に、艤装を大破炎上させながらも尚反撃する大和の姿。

狙いは甘く、此処まで届いた砲弾も命中には至らない。

それでも戦艦大和は尚海上に在り、深海棲艦の姫と対峙していた。

 

『耐エタノ!?』

『……こんな所で……大和は沈みませんっ』

 

当たれば確かに沈んだはずだ。

この距離で動けない相手に仕損じた事も無い。

ならば撃ち落したのだろう。

自分のような電探が無い代わりに弾丸はギリギリまで引きつけ、肉視によって至近距離から命中弾のみ撃ち落す。

見様見真似で拙くとも、戦艦棲姫の技量を即座に吸収してみせたのだ。

 

「ヨ、喜ブナ私ッ」

 

思わず浮かびそうになった微笑を慌てて消す。

敵であっても、あるいは敵だからこそ大和の強さは嬉しかった。

戦艦棲姫の目的は空母に拠らない海域支配だけではない。

本当はその先。

その領域に辿り着いた戦艦同士による海上艦隊決戦なのだから。

こればかりは相棒の少女だけでは敵わない夢である。

戦艦棲姫はずっと大和の様な敵が現れるのを待っていた。

互いに納得する艦隊を組んで真っ向から装甲と火力でぶつかれる様な海戦がしたい。

今日、やっとその足がかりをつかめた気がする。

 

「……貴女ガ生キ残レレバ、ネ」

 

自分の理想はそれとして、戦艦棲姫はこの海戦で手心を加える心算は無い。

敵艦の慈悲が無ければ生き残れない様な戦艦ならば期待するだけ無駄である。

戦艦棲姫は断続的に大和を主砲で狙い撃ち、水雷戦隊を副砲で牽制する。

大和はやっと応急修理を終えた足部艤装を酷使し、なんとか砲撃を回避した。

五十鈴達も姫の副砲を掻い潜り、今一度射程外で集結する。

戦艦棲姫は大破した大和と向き合い、全ての砲門もそちらに向ける。

 

「勇敢ナ小船達ニモ、ゴ褒美ニ見セテアゲルワ」

 

戦艦による海上支配。

其処へ返り咲くため、戦艦棲姫が辿り着いた対空母戦の答えは二つ。

一つは距離の排斥。

正規空母達は自慢の艦載機を用いて戦艦の手が届かない所から襲ってくる。

しかし制圧力こそ恐ろしいが、空母本体は比較的脆い。

戦艦主砲が届きさえすれば一撃必殺が狙える事から考えた理不尽が、先程大和に見せた弾丸転送射撃である。

そしてもう一つ。

戦艦棲姫自身も未完成の秘奥。

運用しやすい軽空母によって、数を頼みに押し潰される場合を想定して実験しているモノがあった。

実戦使用はコレが初。

戦艦棲姫は艤装内のタービンを限界領域で回転させた。

生み出し、溜め込んでいるのは高圧電流。

外から見ても姫の艤装が帯電し、火花と共に弾ける様子が見て取れる。

どれ程の電流を蓄えているのか、赤い電は艤装を超えて戦艦棲姫の身体まで絡みつく。

 

「……え?」

 

戦艦棲姫が、おそらく必殺の一撃を準備しているこの時……

最初に悪寒を覚えたのは五十鈴だった。

敵の艤装も視線も全てが大和に向けられているこの瞬間、一番死に近いのは自分。

濃厚な死臭に眩暈を起し、崩れそうになる身体を堪えて何気なく上を見る。

 

「あ……」

 

先程大和の真上に出現した黒い穴。

それが五十鈴の頭上にあった。

五十鈴はその黒点に、翼を広げて舞い降りる黒鳥を幻視する。

 

――あの戦艦、波動砲でも使ってきそうよねー

 

入渠中の足柄を見舞いに行った中の一回に、そんな会話があった。

それは笑い話だったはずだ。

何故今になってそんな事を思い出すのか。

それは現実に、この姫がそういう事をやっているからだ。

足踏み一つで渦を生み出し、敵の直上から弾雨を降らせる。

そして今は何をしている?

艤装に雷を這わせ、それは自分の身体にまで巻きついている様子が見える。

戦艦棲姫自身も小さく身もだえ、その表情は苦痛があった。

さらに自分の頭上の黒点。

五十鈴の中に最悪の予想が成立する。

震えながら艦隊に視線を戻せば、自分の前についた時雨が急速反転離脱を始めていた。

 

『みんな――』

『全艦最大速度で離脱! 散りなさいっ!』

 

時雨の通信に被せ、更に大音量の怒声が響き渡る。

既に回避行動を取っている時雨は間に合う。

五十鈴も多分、避けられる。

しかし前に居る三隻はまだ、この危機に気付いていない。

黒点が出現しているのは艦隊最後尾にいる五十鈴の真上であり、誰の目にも入らなかった。

寧ろこの条件で何らかの危険を察知し、回避行動が取れる時雨が異常なのだ。

五十鈴の通信に促され、回避に移る水雷戦隊。

夕立が左舷回頭。

矢矧と島風が右舷回頭。

最後尾から味方の配置を観察した五十鈴は俯き、自身の回避を諦めた。

 

「……出世しなさいよ? 一応、私の提督だったんだから」

 

最初に狙われているのは、おそらく自分。

その自分が左右に避けたら、誰かと並ぶ。

それは危険だと思うのだ。

足柄の冗談を真に受けているわけではなかったが、この姫の力を目の当たりにした今、否定できる要素が何処にも無い。

前進しつつ回頭し、回避運動を取る仲間達。

彼女らから少しでも遠ざかるため、五十鈴は動力を切って静止する。

回頭出来ない以上、味方から離れるには真っ直ぐ後ろに下がるしかない。

其処までの時間は無いだろうが。

 

『沈ミナサイ』

『貴女も沈むのよ』

 

戦艦棲姫の右手が空に向かって伸ばされる。

合わせたように艤装の口が真上に向かい、赤い雷を吐き出した。

同時に、大和に向かって16inch三連装砲が襲い掛かる。

しかしこの瞬間、戦艦棲姫は自分の右舷前方、至近距離に観測機が飛来している事に気がついた。

 

「――ッ!?」

 

刺し違える心算で放たれたであろう46㌢三連装砲が虚空を貫き、戦艦棲姫に降り注ぐ。

結果……

戦艦棲姫は大和の放った渾身の弾着観測射撃により損傷を増した。

大和に対して放たれた砲撃は命中が出なかった。

赤雷によって電探が損傷し、姫自身も苦痛に集中力を欠いた為に。

しかし赤い雷柱は五十鈴に降り注いだ後も海上に留まり、5000㍍の距離をスライドして夕立、矢矧、島風を巻き込んだ。

無傷だったのは先行回避に成功していた時雨のみ。

 

『応えて、五十鈴……何処だ!?』

 

時雨が無線で呼びかけるが、通信は途絶したままだった。

戦艦棲姫は戦域全体を一通り眺め、潮時と見切って相棒と合流すべく戦域の離脱を開始する。

大和達の被害も凄まじいが、相棒も激戦の末大破していた。

今は止めを刺して回るよりも少女を連れて撤収したい。

一方で大和達も戦艦棲姫を大破寸前まで追い詰めながら、誰一人追撃をかけることは出来なかった。

戦闘開始から四時間半。

此処に海戦は決着した。

深海棲艦側の損傷は戦艦棲姫が中破し、航空戦艦の少女が大破。

艦娘側は戦艦大和が大破。

戦闘空母加賀が大破、及び正規空母赤城が元からの中破。

軽巡洋艦矢矧が小破。

駆逐艦島風、夕立が共に中破。

そして……

 

「……嘘だろう……五十鈴っ」

 

軽巡洋艦五十鈴、沈没。

後に鎮守府におけるこの海戦の正式記録に、そう記されることとなった。

 

 

§

 

 

――雪風の業務日誌

 

ひえいさんとけんかしました。

さいしょははるなさんとはぐろさんのどちらがてんしかというにちじょうかいわだったです。

でもゆきかぜがはるなさんはめんくいだっていったら、ひえいさんはうちのてんしにはらぐろびっちぎわくをかけてきました。

せんそうしかありません。

とっくみあいしていたら、ていとくさんにおこられたのでえんしゅうしました。

ゆきかぜはせいせいどうどうとじつだんをもちこみました。

こんどはほんとうにゆきかぜのてであのいけめんにいんどうをわたそうとしましたが、いっぱつもあてられませんでした。

ゆきかぜもぜんぶよけました。

あっちもじつだんつかってました。

ていとくさんにめちゃくちゃおこられました。

ちなみにていとくさんはふるたかさんこそてんしだっていっていました。

いろいろありましたが、さいごはみんなでいっしょにかいぎしつでてんしだんぎでのみあかしました。

てんしはおのれのこころのなかに、しんこうとともにあるとのけつろんにたっしました。

のみつぶれているところにちょうきえんせいにいっていたふるたかさんがもどってきました。

ここのひしょかんってもともとふるたかさんだったらしいです。

けっこうちらかしていたので、ふるたかさんににがわらいされました。

おこられるよりこころがいたかったです。

ていとくさんからばつとして、ひえいさんといっしょにしれぇがあつめてくれたぶっしをはこびにいくことになりました。

れんごうちんじゅふもさいしゅうきょくめんですし、ふるたかさんがいればゆきかぜとひえいさんがぬけてもまわせるそうです。

しれぇとおうちであえるのがたのしみです。

 

 

――提督評価

 

……以前私は貴女には遠慮しないと言いましたが、貴女も私にかかる迷惑を顧みなくなりましたよね。

あぁ、もう。

これ私が方々に頭を下げて回らないといけませんよねぇ!?

貴女は頭が良いくせに、損だと承知して自分を貫く所があります。

お願いですから少し自重してください。

感情に任せて実弾演習とか、二度としないでください。

コレばかりは命令です。

怪我とかしたらどうするつもりなんですか……

減俸は一度下したばかりですし、賞与はとっくに返上して鎮守府の戦力強化に当ててくれたわけですからそちらの罰則はいたしません。

代わりに連合鎮守府解散後、始末書を一枚提出してください。

正式な書式で、適切な漢字を用いて、一週間以内です。

代筆も禁止しますので、辞書でがんばってくださいね。

おそらく貴女にはこれが一番効くでしょう。

それでは、貴女の一時帰還をお待ちしています。

 

 

§

 

 

――極秘資料

 

No6.重雷装戦闘空母加賀

 

第二鎮守府壊滅前に建造されていた正規空母。

極めて高い錬度を誇るが、それは想像を絶する酷使の証でもある。

現在は正式に当鎮守府に移籍し、秘書官を務めていた。

 

 

・攻撃基本性能

 

機能1.全ての攻撃フェイズに条件付で参加できます。

機能2.砲撃フェイズは小破まで艦載機で攻撃し、中破以降は艦砲射撃に切り替わります。

機能3.魔改造後の基本火力値は、ベネットの測定上90です。

機能4.夜戦時は火力+主砲による砲撃で参加出来ます。

機能5.加賀本人の固有射程は短です。艦載機運用時の射程は超長以上の超遠です。

機能6.加賀本人の雷装値はありません。

機能7.加賀だけでは砲撃フェイズは二順しません。

機能8.後述の特殊な条件の除き、装備による連撃、カットイン攻撃は昼夜共に発動できません。

 

 

・三連装大型誘導魚雷(最大四機、十二射線)

 

機能1.加賀専用に調整されたワンオフです。

機能2.装備時は雷装値180として計算します。

機能3.開幕雷撃フェイズに雷装値180の開幕雷撃を行います。その際砲戦後雷撃フェイズには参加できず、夜戦時も雷装値は乗りません。

機能4.開幕雷撃フェイズに雷装値90の開幕雷撃を行い、砲戦後雷撃フェイズにも雷装値90の雷撃で参加できます。その際夜戦時は雷装値が乗りません。

機能5.開幕雷撃フェイズに雷装値90の開幕雷撃を行い、砲戦後雷撃フェイズに参加しません。その際夜戦時は雷装値90を火力に乗せることが出来ます。

機能6.開幕雷撃フェイズに参加せず、砲戦後雷撃フェイズに雷装値180の雷撃を行えます。その際は夜戦時に雷装値は乗りません。

機能7.開幕雷撃フェイズに参加せず、砲戦後雷撃フェイズに雷装値90の雷撃を行えます。その際夜戦時は雷装値90を火力に乗せることが出来ます。

機能8.開幕雷撃フェイズに参加せず、砲戦後雷撃フェイズにも参加しません。その際夜戦時は雷装値180を火力に乗せ、また必ずカットイン攻撃が発動します。

機能9.戦闘時は機能3~8のどれか一つを選択し、使った雷装値は、その戦闘の中では回復しません。

機能10.中破以上の損傷によって砲戦後雷撃フェイズに参加できません。また、大破以上の損傷によって夜戦に参加できません。

 

 

・親和性

 

機能1.自我すら曖昧になり、自分の艦種意識が希薄になった経験が妖精との親和性を増しました。

機能2.艤装に宿ると言われている、不可視の妖精達の殆どと感応出来ます。

機能3.殆どの艤装を搭載し、最低限の機能を発揮させることが出来ます。

機能4.艤装に宿ると言われている妖精達の多くに慕われ、本体の負担少なく艤装と艦載機を動かせます。

機能5.装備スロット五つ分の艤装と妖精に対応できます。

 

 

・基本防御性能

 

機能1.耐久、装甲、回避は変化していません。

機能2.高速に入ります。たぶんきっと。

 

 

・燃費

 

機能1.多様性に伴い、相応の悪化が見込まれます。

機能2.過積載気味の重装備です。長門型以上、大和型未満の燃料を消費します。

機能3.戦艦主砲に加えて専用魚雷の弾薬消費がそのまま乗ります。大和型に匹敵する弾薬を消費します。

機能4.搭載艦艦載機数86機であり、相応のボーキサイトを消費します。

機能5.兵装、装甲、速力が奇跡的なバランスで成り立っています。一度損傷すれば修復には大和型をはるかに上回る鋼材を消費します。

 

 

 




後書き

お久しぶりです。
りふぃです。
夏イベを挟んでは燃え尽き、なんとか投稿出来る形になったら二ヶ月たってますね……
もう皆さんには忘れられてそうですね><
こっそりと、17話をお届けします。
今回は初の轟沈者が出てしまいました。
五十鈴ごめん。
五十鈴ファンの人もごめんなさい。
でも謝るけど、後悔もあるけど書き換えは出来ませんでした。
ゲームでは艦娘の轟沈ってこっちのミス以外には無い(と言われている)ですが、 自分の書きたい艦これの世界って、やっぱり艦娘の轟沈と隣り合わせなんです。
そしてこの戦力で『うちの戦艦棲姫』や『うちのレ級』と戦って、犠牲無しで勝つのは……無理でした。
皆がやれるだけやっても、それでも勝てない事がある。
果たせない任務だってある。
救えない仲間だっている。
そんな事が当たり前にある世界で頑張ってる艦娘達を書いていきたいと思っています。
だけどやっぱりきつかったです。
投稿間隔が大きくなったのは、今回の五十鈴が自分の中で凄いダメージになった部分が大きかったです。

今一点、本編で其処を掘り下げる機会はまず無いと思いますのでこの場で申し上げておきますと、比叡さん、べつに羽黒さんを腹黒ビッチなんて単語は使っていませんw
身も蓋も無い言い方をすればそう取れる発言はしていますが、日誌には思いっきり雪風の意訳が入ってます。

本編もずいぶん重いあとがきになりましたが、続いてこっちも重かった私の夏イベ日記・・・・

E-1
出撃メンバー
伊勢改52 扶桑改57 鈴谷改60 天津風改70 愛宕改51 飛鷹64 隼鷹64でした
とにかく何度大破撤退したか覚えてません。
酷すぎました。
最初がこれとかさ……この後更に難しくなっていくわけでしょう? 無理ですよこんなのorz
ですがボスはたどり着きさえすれば必ず勝てました。
心が粉砕骨折しながらゲージを削って、ついに後一回と言う所に漕ぎ着けました。
そして……その出撃はうまく行っていました。
でもボスの手前で愛宕は大破してしまいました。
……焦ってました。
イベントは後4マップ(当時はそう思ってた)ある。
まだ最初のマップ、一番簡単なマップ(当時はそう思ってた)でこの苦労。
春E-5よか消費したバケツ。
仕事の関係でプレイできる日数。
はい、自分は愛宕に死ねと命じました。
神通さんの犠牲に誓った事は嘘になってしまいました。
愛宕は自力で生還しましたが、ミスでもなんでもなく、大破しているのが分かった上で押した進撃。
結果突破は出来ました。
でも忘れられない選択でした。
自分は帰投した艦娘達の中から愛宕を殊勲艦として彰するでしょう。
だけど謝ることは出来ませんでした。
この時点で自分のイベントは負けたんだと思います。

E-2
1のメンバーで始めました。
しかし性能の良い電探が無かったため、行くなら上ルートしかないと思いました。
大破撤退祭りです。
しかし覚悟はE-1で決まっていた為、心のダメージは耐えられました。
愛宕に死ねと命じてたどり着いた海域に出し惜しみなどしていられません。
もう自分の中ではこのE-2を最終到達地点と割り切っていました。
増援に長門改76 大和改80 瑞鶴改75を投入。
この時先を進んでいた友人の提督さんから、E-3以降はヌルゲーという情報は入っていたのですが、荒み切っていた自分は半分以上信じていませんでした。
あぁ、彼もALの難度に頭やられちゃったんだな・・・・としか;; 
幼女を愛でる余裕も無く、むしろ憎しみすら湛えて全力で捻りつぶしに行きました。
それでもかなりきつかったです。

E-3
今後のイベントでは連合艦隊がメインとなってくるかもしれません。
また、残る一航戦や二航戦はMIの海に行きたかろうとの思いから感触を確かめるために取り合えず行ってみました。
しかしこの時点で彩雲は未実装。
春イベからデイリー回し続けていたんですが、まるっきり出ませんでした。
仕方なく彩雲と二式混合レシピを300回ほど回してようやく3機配備されました。
10万あったボーキサイトも7万切りましたが、自分の中で攻略は終わっていたので気は楽でしたw
彩雲不足から空母を4隻出す意味も見出せず、加賀さんがお留守番になりました。
これは後の神の一手だったとおもいます。
攻略はいつの間にか終わっていました。
此処は連合艦隊の練習ステージだったんですね……
ALはやはり酷すぎました。

E-4
あきつ神拳奥義22式(電探)烈風拳。
終わり

E-5
……何時どんな風に終わっていたんでしょう。
まるで記憶に無いんですorz

E-6
最初はやる気がありませんでした。
というかMIはクリアしていった実感がまるで育たないうちに終わっていて、しかし戦艦棲姫は気がつけば本土目前に迫っており迎撃しないと私の中では焼け野原です……
確か此処に来たのは残り8日で、燃料弾薬が35000、鋼材90000、ボーキ60000くらいだったと思います。
しれぇレベルも100なので、おいしいドロップも無い。
しかしダブルダイソンは確定という酷い状況です。
まだ清霜が居なかったので、最初はそれを掘る為に始めたマップでした。
この時点で攻略に使えそうな艦は、
雪風、北上、千歳、加賀、陸奥、羽黒、榛名、金剛、ビスマルク……
重巡は足柄、妙高、筑摩がMIに。
戦艦は大和、長門がALに。
軽空母は千歳はいても千代田は水上機母艦で36。
重巡は羽黒はいてもその次にレベル高いのはくまりんこの31。
残存兵力ではルート固定に後一隻、どうしても足らない……E-6やる気が無かったので当たり前ですが。
最初はどのルートも地獄なら固定しなくて良いと思ったんですが、羅針盤との戦いが含まれてくるので無理でした。
索敵と制空を考えた結果、軽空母2隻ルートを選択して千代田を一気にレべリングして航改2へ改装。
やっと最終決戦メンバーが決まりました。
旗艦から、北上改2(76)羽黒改2(80)雪風改(85)加賀改(78)千歳航改2(60)千代田航改2(50)
上ルート固定、空母棲姫一巡、索敵制空に空母三隻で余裕を持たせ、戦艦棲姫は夜戦暗殺に賭ける構成でした。
其処から先にクリアしていた友人の先輩提督からアドバイスを頂き装備は弄ったりしましたが、ラストダンスまでこの構成で削りました。
ラストダンス突入は28日の21時くらいだったと思います。
そこで全員にキラ付けし、決戦支援艦隊にもキラ付けし、出撃する事4回目でボス到達。
昼戦で戦艦棲姫のみ残して敵は全滅。
本命は中破、ダミーは小破。
北上砲は不発でしたが、羽黒さんの連撃がついに戦艦棲姫を水底に還しでゲージ破壊。
おまけとばかりに雪風がダミーにカットインをたたきつけてのS勝利でした。
このラストダンス施行4回、ボス到達一回で撃破というのは本当に雪風提督だったと思います。
終わった後時間を見れば、29日の1時でした。
燃料は5500、弾薬は4500だったので本当に滑り込みでした……

なんといいますかね……
春イベの時のような高揚感は少なく、苦痛が多かったと感じてしまうのは二回目のイベントだったからなんでしょうかね……
最後はもう、大好きな雪風や加賀さんや羽黒さんが決戦戦力として戦っているからこそモチベーションが保てました。
雪風がカットイン決めて戦艦棲姫沈めた瞬間はリアルで叫びそうになりましたw
でも少し……疲れてしまいました。
E-1でトラウマ増やしましたしね……
私なにやってんだろうって感じでしたorz

最後に、ツイッターでのお疲れ様会で交わされた先輩提督との会話などw

友人A 「本当に酷かった……いったい何処からAL、MIの作戦が深海棲艦に漏れたんだろうね」
りふぃ 「間宮さんからじゃない?(味方の諜報もやってたらしいのでそう思った)」
友人B 「うちの嫁(加賀)の相方が大声でくっちゃべってたよ?」
りふぃ&友人A 「……は?」
友人B 「赤城さんの期間限定追加ボイス。俺提督がAL出陣前に『ALMI作戦が発動されました』とか言いまわってるんだもん。そりゃばれるわ」
りふぃ 「……軍法会議待ったなしっすね」
友人A 「そういやMIって真珠湾より情報管理甘くなってたんだっけか……」

まさかの赤城さん、大ちょんぼw
利根は出撃時なのでセーフらしいですが、赤城さんはつつきまわす度に言ってましたもんね……
あの様子だと他の場所でも言っていそうだと思いますw
本土襲来の伏線はきっちり仕込まれていたようです。
私は全く気づきませんでした……運営さん恐るべしっ。





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