駆逐艦雪風の業務日誌   作:りふぃ

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初陣前夜

雪風達が入手した物資を元に、空母建造と大和の兵装開発に着工した工廠部。

情熱が技術の方向性を捻じ曲げているこの部署は、珍しく真面目に成果を挙げる。

三日後には41㌢連装砲と、15.2㌢単装砲の二つの砲台を作り上げたのだ。

コレには大和も大喜びしたのだが、実際には半死半生で素材集めに向かった第二艦隊のテンションが上がりすぎ、大和は一人置いていかれていた。

ともあれ、これで戦える。

鎮守府は初の戦艦の起動に沸きかえり、提督は方々に調整を掛けて大和のための演習戦を組み込んだ。

これは近海の鎮守府同士で代表を出し合い、練習弾を用いて実戦を行う訓練である。

どうやら提督は最初に聞かされた修理費用が、どうしても頭を離れないらしい。

先ずは演習で様子を見ようと考えるのは、多くの提督が辿る通過儀礼というものだろう。

演習相手は長門型の戦艦姉妹。

初陣の相手としてはあまりにも豪華な顔ぶれだが、これにはいささか事情があった。

 

「どうせ上様方の嫌がらせに決まっています」

「しれぇ、そうなのですか?」

「間違いありません。なぜか提督レベル一桁の演習相手が戦艦だの空母だのをずらりと並べていたり、資料の時点では駆逐艦部隊だったのが突然の整備不良を起して当日になって戦艦部隊に差し替えられていたりするのです」

「うわぁ……」

 

悲しいことに彼女が邪推する事例というのも、少しは……いや、稀に良くある悲劇ではある。

しかし今回に限って言えば事情は違う。

当人達は全く理解していなかったが、この周辺で戦艦大和を保有しているのはこの鎮守府しかなかった。

この施設では初めての戦艦であったが、他所の鎮守府としても大和の相手など前例がなかったのである。

その戦力は尾びれ背びれがついて噂だけが一人歩きし、結果として長門姉妹くらいしか相手をしたがらなかったのだ。

 

「大和か、久しぶりだな」

「お久しぶりです。長門さん、お元気そうでよかった」

 

演習海域では陸奥が長門陣営の後衛に布陣しており、海域中央付近では長戸と大和が開幕の挨拶と握手を交わしている。

鎮守府のモニターで見守っている雪風にとっては、目頭が熱くなる光景だった。

出来ることなら自分もあの場に並んで戦列を組みたいが、今は駆逐艦が大和の初陣を妨げるわけには行かない。

決して巷で、雪風幸運伝説最大の被害者が大和型とか言われているためではない。

念のため。

 

「随分と兵装が軽いな。そんな装備で、大丈夫か?」

「む……確かに、私の手に馴染んだものでは在りません。錬度が未熟とおっしゃるならば甘んじてお受けいたしますが――」

「……」

 

静かに俯き、そう言った大和から視認できそうな程の戦意の揺らめきを感じる。

長門から見れば代名詞とも言える46㌢砲を、なぜか持ち出してこなかった大和である。

あるいは舐められているのかと疑ったのだが、相手の様子を見るにこの戦闘の本気の姿勢が伺えた。

握られた手から心地よい緊張の汗を感じながら、長門は続きを待つ。

 

「この装備は、中抜きされて素材に回され掛けた私を救ってくれた雪風が、傷つきながら集めてくれたモノ。私の宝物です。以前の力に届かぬと言われるのなら、私自身の成長を持ってかつての私すら超えて見せましょう」

「面白い。私とて帝国艦隊の旗艦を勤めた身。お前の大言が口だけではないか、ビッグセブンの力を持って試させてもらおう」

 

大和と長門。

かつて同じ軍に在って旗艦を勤めた二隻が、今はそれぞれの陣営に分かれて戦う。

新任提督と雪風。

そして長門姉妹側の熟練提督と関係者が見守る中、ついに二隻は互いに背を向ける。

長門と大和が自陣に進み、定位置についたのはほぼ同時。

彼我の距離は凡そ30000㍍。

41㌢砲の射程ギリギリであり、此処から撃ち合っても命中は望めないだろう。

互いに旋回しつつ徐々に距離をつめ、砲撃戦に入るのがオーソドックスな流れといえた。

 

「大和さん……」

 

長門姉妹は既に大和の姿を視界に納めている。

しかし大和は背を向けたまま振り返らない。

大和の視線は、モニターのカメラに注がれている。

穏やかな、本当に満ち足りたような、幸せそうな微笑を浮かべながら。

モニター室ではそれぞれの関係者が小さく囁きあっているが、雪風にはどうでも良かった。

今、大和は自分に微笑んでいるのだと知っていたから。

演習開始の合図は、長門姉妹の提督が行う手はずになっている。

彼は新任提督に一言確認を入れていた。

彼女が雪風に視線をやると、雪風は躊躇いなく頷いた。

新任提督がそれを受け、開戦宣言を申し込んだ。

 

「それでは、演習を開始する。3、2、1――」

 

雪風がモニターを見つめる。

大和の口が小さく動くのが映る。

 

「見……敵……」

 

――開始!

 

「必殺っ!」

 

その場から一歩も進まず、開幕から振り向きざまに、戦艦大和の主砲が火を噴いた。

 

 

§

 

 

演習が終了し、大和と雪風は自分の鎮守府へ向かう海路を併走していた。

 

「う……うぅ、ひっく……あうぅ~」

「……」

 

練習弾の為に直撃しても装甲に傷一つ入らない。

事実大和の装甲は全くの無傷なのだが、心に負った傷は早々埋まらないらしい。

 

「雪風ぇ……わた、ふぐぅ……私ぃ……」

「もう良いじゃないですか、勝ったんですから。凄かったですよ。開幕先制? 陸奥さんマジ泣きしてたじゃないですか。狙ったんですか? あの距離から、正確に三番砲塔を」

「ちがっ……違うの、あ……当てられるとは思っていたけどまさかあそこに当たるなんて……泣かせるつもりは……こわかったよぅ、こわが……うえぇ~……」

「あぁ、もう……」

 

メソメソと泣く大和の背中を擦りながら、深い息をつく雪風。

大和が放った弾丸は、30000㍍をものともせずに戦艦陸奥に着弾した。

しかもトラウマの第三砲塔に。

まさかの被弾と突然のフラッシュバックにパニック障害を起してマジ泣きする陸奥に、完全にぶちきれたシスコン戦艦長門。

回避行動込みの旋回すらせずに一直線に大和に襲い掛かった。

最初は大和も冷静に砲撃して着弾を重ねて行ったのだが、相手の形相を視認出来る距離になった時凄まじい恐怖に囚われた。

練習弾とはいえ至近弾を浴び続け、苦痛と怒りに歪むその形相は悪鬼羅刹が可愛く見えるほどのモノだったらしい。

実際にモニターで見た長門姉妹の提督は泡を吹いていた。

うちの提督は首を傾げながら愛用の図鑑に目を落とし、長門のページを確認していたが。

ともあれ演習では第三次ソロモン海戦の、霧島VSサウスダコタも真っ青の戦艦同士の殴り合いが展開され、最終的には装甲とそれ以前の被弾の差で大和が辛くも押し切ったのだ。

雪風としては自分の名前を叫び、半泣きで助けを求めながら戦う大和が、情けないやら恥ずかしいやらで複雑だったが。

 

「とりあえず、初戦の勝利おめでとうございます」

「あ、ありがとう……」

「でもこれで、多分誰も演習してくれなくなりますね」

「……え?」

「陸奥さんのトラウマを容赦なくえぐる卑劣な攻撃! 怒り狂った長門さんの猛攻に耐える装甲! 誰が戦いたいと思います? 雪風が司令官なら潜水艦部隊しかだしませんよ」

「あうぅ……うぅ~……」

 

大和の手を引きながら帰路を行く雪風。

肩越しに振り返ると、まださめざめと泣いている戦艦様。

雪風が思い出すのは、開幕で陸奥を沈めたあの射撃。

狙って撃ったとすれば素晴らしい射撃能力である。

当人は当てられると思ったと言っていた。

これは本当なのだろうか……

 

「あぁ、そうか……」

 

考えながら、雪風はある可能性に思い至った。

長門は41㌢連装砲を、中間距離で打ち合うことを想定して訓練してきた船である。

大和とて中間距離での砲撃戦の想定は同じだが、彼女の主砲は46㌢砲であり、その射程は42000㍍とも言われるものだった。

最大射程30000㍍の主砲を使ってきた長門と、42000㍍の主砲を撃って来た経験の差が出たのかもしれない。

同じ30000㍍でもそれが最長射程だった長門と、最長射程より10000㍍以上も近い距離だった大和では距離感の鍛え方が違ったのだろう。

何時までも泣いていないで、その能力を誇ってくれればいいのに。

自分自身の成長によってかつての自分を超えると言った大和。

当時でもどうせ当たらないといわれていた46㌢砲を撃って来た成果は、今日多くの人の目に焼き付けてくれた。

長門にもきっと、伝わったはずである。

 

「ほら、大和さんはうちの鎮守府の華なんですから、いつまでも泣いてないで帰りますよ?」

「うぅ……はぁーい」

 

とりあえず大和の戦闘能力は、雪風もしっかり理解した。

この艦娘が第一艦隊として司令官の傍で防衛をしてくれるなら、自分達第二艦隊も動きやすい。

積極的に打って出るのは未だに財政が苦しいが、例えば鎮守府付近での出動から遠距離砲撃で撤退支援をしてくれるなら、どれだけ安全に帰ってこれるようになることか。

そして新戦力ということならば、自分達にはもう一つの切り札、空母がある……はずである。

 

「そういえば大和さん。新しい空母の情報って入ってきているんですかぁ?」

「いいえ、まだ工廠の方達しか知らないはずよ。私達が帰る頃には完成予定だと聞いています」

「これだけの時間がかかったことを考えると、正規空母さんですかねぇ……」

「いいえ、それが私の兵装と一緒に開発に入ったそうで、正式な建造の着工時間は提督も知らないそうなんです」

「あらら、これは本当に戻るまで分からない……というか、それだと駆逐艦がお出迎えしてくれる可能性も大いにありますねぇ……」

「そうですね。本当に 妖精様のご機嫌に弄ばれる、哀れな存在ですよ私達も」

 

その妖精によって丸腰で生み出された艦娘がいうと、説得力がある。

神妙な顔で頷く雪風。

手を繋いで帰る二人の影は一つに溶けて、海上に長く伸びていた。

 

 

§

 

 

鎮守府に帰還した大和と雪風。

二人はその足で工廠に向かったが、既に艦娘は完成し、司令室に挨拶に行ったという。

提督は陸路を使って先に戻っていたことを思い出し、二人は連れ立って顔を出した。

 

「しれぇ、雪風と大和、ただいま戻り――」

「特許だ妹者! 今すぐ特許を申請しやがれ! 間に合わなくなっても知らんぞぉ!」

「お黙りなさい資材泥棒。そちらの要求を通したいなら先ず、相応の誠意を示して御覧なさいっ」

「この発明が分からねぇってのか!? これは世界の鎮守府の常識を覆す大発見なんだぞっ」

「私に分かるのは貴方が不良品を作ったという事だけですっ」

「あの……」

「……あぁ、お帰りなさい雪風、大和さん」

「はい、提督。ただいま戻りました」

 

司令室では提督の机によじ登り、彼女の胸倉を掴んで熱弁を振るう工廠部部長妖精。

一方彼女は氷の視線を胸元の妖精に注ぎ、一片の慈悲を感じさせぬ表情で怒りを露にしていた。

これはまた何かあったらしい。

以前兵装抜き大和という豪華客船を作ったときに近い雰囲気が司令室に満ちていた。

当時のことを思い出し、大和は半泣きになって雪風の背中に隠れる。

双方の身長が一尺近く違うため、全く隠れられていなかったが。

雪風はげんなりしながら今一度司令室を見渡すと、見慣れぬ美女が佇んでいる。

真っ直ぐに伸びた長い黒髪。

袴姿に弓道の装備一式を身につけたその艦娘は、気品と強さをその身によって体言するかのごとき風格を備えた空母であった。

 

「なるほど、貴女がいらしてくれるとは心強い」

「人と話をする時は、せめて駆逐艦の背中から出ていらっしゃい大和さん」

「お久しぶりです、赤城さん」

「お久しぶりね雪風さん。変わっていないようで、嬉しいわ」

 

正規空母赤城。

第一航空戦隊の旗艦を勤めた、実戦部隊の第一人者。

連戦に連勝を重ね、ある意味では至極当然の油断と慢心に犯された彼女達はミッドウェーの海でその大きすぎる代償を払い沈んでいった。

大戦の分岐点とも言える戦闘で散った、大きな華の中の一輪である。

 

「おう、雪ちゃんからも何か言ってやってくれや。この頭でっかちの事務房によぅ」

「事情は分かりませんけど、間違いなくしれぇの言い分が正しいのだと思うのですが、いい訳位は聞いてあげますよ?」

「信用なし!?」

「えぇ。今の所」

「かぁー……コレだから女は、ロマンの何たるかを理解してねぇ」

「ロマン……?」

 

雪風は部長と赤城、そして両手を組んで額を乗せた司令官を順に見る。

何かおかしいところがあるのだろうか。

提督のあの姿勢は、雪風も以前見たことがある。

部屋の雰囲気もそうだったが、大和が生まれたときだ。

そうやって共通点を探っていくと、赤城の装備に違和感がある。

袴は良い。

弓道の防具である胸当て、胸部装甲も良い。

しかしその後ろ腰に備えられた矢筒が……空だった。

 

「またやらかしたんですかこの素材横領妖精がぁあ!?」

「違う! 違うんだ雪ちゃん!」

「何が違うんですか! 赤城さんの艦載機! 正規空母の命はどうしたんですかぁ! 九十九式艦爆は!? 九十七艦攻はっ!? 二十一型零式艦戦は、何処にいったんですかぁ!」

「そんなゴミみてぇな兵装はもういらねぇ! そんな事より、其処まで気づいたんなら後一歩だ! 雪ちゃん、あの赤城を、よーく目を凝らして見てみやがれ!」

「ん……んぅ……?」

 

言われれば素直に赤城を見つめるが、特に変わった様子はない……気がする。

凛と立つという言葉のお手本のような美しい立ち姿に見惚れるだけだ。

後ろで大和がなにやら袖の裾をひっぱて来るが、今は構っていられない。

雪風の視線を受けてごく自然に微笑を返してくれるこの空母に、不審な所など見当たらない。

……艦載機も、見当たらない。

 

「……」

「……ん」

 

全身を嘗め回すかのような不躾な観察眼を注がれ、赤城は頬を朱に染めて胸元に手を添える。

相変わらずどんな仕草も絵になる、華のある美女だと思う。

しかし雪風の第六感は微かな、本当に微かな違和感を訴えている。

細い細い、手繰れば途切れてしまう糸のような違和感の正体を探る雪風。

赤城の頭の先から爪先まで、一挙手一投足を見逃さないように。

集中すればするほど、袖をひっぱる大和が鬱陶しかった。

雪風は嘆息と共に振り返る。

 

「ちょっと大和さん、今取り込み中なんでひっぱるならそっちのカーテンとかで遊んでいてくれませんか?」

「雪風酷い! でもそうじゃなくて……あれを見て?」

「あれ?」

 

大和の細い指が指し示すのは、赤城の胸部装甲。

弓道の防具のデザインの胸当てである。

 

「あれが如何しました?」

「もう、何で気がつかないのです雪風。増えています。あの赤城、素の肉付きで胸部装甲が増し増しになっているではありませんか!」

「は……はぁ!?」

 

もともと赤城は雪風などからすれば羨ましい胸部装甲を持っていた。

100対1の戦力差が110対1になった所で違和感を覚えるのは難しい。

しかし大和は赤城に匹敵する戦闘力を持った巨大戦艦である。

肉薄する実力を持つが故にその変化にも敏感であったということか?

いやまて、雪風は思考が全く冷静で無いことを自覚する。

助けを求めるように提督を見れば、彼女の瞳にはうっすらと光るものが浮かんでいた。

 

「御免なさい雪風。私ね? ちゃんと素材は託したの。大和の維持費と兵装開発を残した、ギリギリの資材でした。500.400.500.800で。羽黒さんの希望には応えられなかったけど、きっと皆の助けになるって……うぅ……」

「しれぇ! 泣かないでください! 悪いのは全部、あの飲んだくれ親父の酒代みたいに資材を浪費するヤクザ妖精なんです!」

「世紀の大発明だろうが! 艦娘誕生時に極秘の比率でボーキサイトを配合することで、ほぼ狙ったとおりのバストサイズに増量することが出来るんだ! この世全ての提督のロマンじゃねぇか! アンケートを取ってもいいぜ! 艦娘たんの理想のおっぱいの為にボーキサイト300余計に使うことが在りか否か!」

「無しに決まってるじゃないですか! 小さくたって需要はあるんですよ! 大きければ良いと言う訳では無いのです!」

「そういう提督には増量建造しなけりゃいい! 要は使い分けってやつだ!」

「うちのしれぇが! 何時何処で艦娘のおっぱい増量を求めたっていうんですかぁあああああああ!」

「あぁ、今回はしかたねぇよ。何せ神が降りてきやがった」

「神ぃ……?」

 

心底胡散臭げな表情で、小さな妖精を見下ろす雪風。

とりあえずこの妖精とは決着をつけねばならないだろう。

非武装の大和ホテルの次は、おっぱい増量の人殺し長屋か?

変態に技術を与えると本当に碌な事が無い。

雪風の後ろでは、大和が赤城に詰め寄って増量建造の成果を確かめている。

手に吸い付くような決め細やかな肌と、飽く事の無い弾力らしい。

後で雪風も触らせてもらうことにしよう。

しかし今はまだ、やる事があった。

 

「そうだ、あれは赤城のボディがほぼ完成するって段階だった。後は魂を吹き込むだけ。寝ずの作業でぼうっとしていた俺に、あいつは語りかけてきやがった……『来いよベネット、艦載機なんか捨てて掛かって来い』」

「それは敵国の軍人さんですよ! って言うか部長さん名前ベネットですか!?」

「気がついた時、俺はボーキサイトを握り締めて赤城の進化を成功させたってぇ訳だ。感慨深いもんじゃねぇか……なぁ妹者? お前の兄貴と、数十万の資材を投じて挑みながらも、ついに凍結を余儀なくされた一大プロジェクトが、妹者の代に入って期せずして成功しやがった。あいつの墓前に、このボーキサイトを据えてやらにゃぁなるめぇよ」

「……神様の正体って、しれぇのお兄さんの怨念とかそういう類じゃないでしょうかね?」

「そもそも兄は行方不明です。死体が見つかるまでアレが死ぬとか信じませんからそのつもりで」

「失礼しました、しれぇ」

「いえ、私事です。私こそ御免なさい」

 

彼女は眼鏡を外し、深いため息をつきながら立ち上がる。

そしていまだに赤城の胸を堪能していた大和を引き剥がし、その正面に立った。

赤城は司令官に敬礼し、彼女も頷いてそれを受ける。

 

「第一航空戦隊赤城、着任いたしました。ご挨拶が遅くなって申し訳ありません」

「構いません、其処の妖精のせいでそれどころでは在りませんでした」

「空母機動部隊を編成するなら、私にお任せください……と、言いたい所なのですが……」

「えぇ。先ずは艦載機の開発に着手しないといけませんね。それ以前の段階で、素材確保から入らなければなりませんが」

 

流石に中抜き艦娘も二人目ともなれば落ち着いて対処出来る。

大和が自分の時との対応の違いに頬を膨らませて抗議しているが、あの時と今では素材に掛けた桁が違う。

四桁の資材で作られた不良品と三桁の資材の不良品なら、多くの素材を食った方がダメージが大きいものである。

 

「雪風、申し訳ないのですが第二艦隊を率いて出撃し、ボーキサイトを中心とした資材調達に向かってください」

「お任せください、しれぇ。第二艦隊、出撃します」

「お待ちください、提督!」

 

最早慣れたもので、阿吽の呼吸で資材集めに向かおうとする雪風だが、其処に大和が待ったをかける。

彼女は自分の兵装が完成したこともあり、一時的に第二艦隊への編入と素材収集の手伝いを申し出た。

後方勤務担当の司令官は現場担当の雪風に視線で判断を促す。

雪風は思案顔で即答を避け、翌日の返答と出立を上申した。

 

「第二艦隊の戦力を十とすれば、大和さんは一人で九十を持っています、併せて百と、単純には行きません。また、雪風達は現代での戦艦との出撃演習は経験しておりませんし、大和さん自身は初陣でもあります。一度第二艦隊でミーティングしてから結論を報告し、改めて指示をいただきたいと思います」

「分かりました。それでは雪風、お願いしますね」

「はい、しれぇ。それでは大和さん、一旦失礼しますね」

「行ってらっしゃい雪風。色よいお返事を期待しています」

「赤城さんも、もう少しお待ちくださいね!」

「よろしくお願いします。兵装をいただけた暁には、必ずお役に立って見せます」

 

三人の艦娘はそれぞれの表情で頷き合うと、この場は一旦解散した。

 

 

§

 

 

「さーて、今日も元気に第二艦隊の不定期ミーティングをはじめまーす」

「どんどんー」

「ぱふぱふーっぽい?」

「よろしくお願いします」

 

鎮守府の空き部屋の一つを勝手に接収し、お菓子とお茶を持ち込んでの自称会議もすっかり板についている。

因みに艦娘も人間の食物を食べる事は出来るのだ。

趣向品扱いで摂取する必要は一切無いが、手と口の無聊は紛れるのでこの一同では用意するのが習慣になっていた。

手が汚れないように夕立が用意したポッキーに羽黒が人数分のお茶を入れて回る。

全員に行き渡ったところで雪風が開会を宣言し、今日の議題を上げた。

 

「しれぇよりボーキサイト輸送任務を申し付けられました。工廠の連中がまた余計なことをやったので、資材が枯渇したのです」

「あいつら、本当にこりないね?」

「妖精さんだから仕方ないっぽい。寧ろ真面目に働く妖精とか聞いたことが無いし」

「よ、妖精さんも頑張ってくれていると思うのですが……」

「羽黒さん、私達が前回持ち込んだ資材であいつらが作ったのって、おっぱい増量して艦載機すら積んでない正規空母さんです。この場だからはっきりと言いますが、等身大の改造フィギアと何処が違います?」

「……」

 

暗い顔で黙り込んだ羽黒に、雪風は深い息をつく。

 

「なんでよりによって赤城のバスト上げてるのよ、上げる必要が無いじゃないあいつ」

「あたしもそう思う。島ちゃんとか雪ちゃんに使うべき技術っぽい」

「面白い事言うな三十四ノット。殺すのは最後にしてあげる」

「昼間は島風に譲りますけど夜は雪風にくださいね? カットイン装備磨いて待ってますから」

「御免なさい。言い過ぎたっぽい」

 

脱線しながらも活発な話し合いが続く。

とりあえず資材不足からなるボーキサイト輸送任務それ自体は全員が抵抗無く受け入れた。

 

「まぁ、今この鎮守府で動けるのはうちの艦隊しかいないからね」

「そうですね。所が、実は大和さんから支援の申し出をいただいておりまして、その返答についても此処で相談したいのです」

「大和さんが……となると、編成はどうなりますか?」

「第二艦隊に一時的に編入という形です。あっちが来る訳ですから、一応旗艦は雪風のままです」

「それなら別にいいっぽい?」

「私も異論はありません」

「ふむぅ……」

 

夕立、羽黒は大和の合流に賛成。

島風は一人難しい顔で黙考している。

 

「雪風は如何思う?」

「んむぅ……一応旗艦させていただく身としましては、なんというか……面倒だなぁって」

「だよねー。私でもそう思うわ」

「島風の意見は?」

「私? そうね……確認したいことが」

「お?」

「雪風が見た所、大和って強いわけ?」

「艦娘になった事で持ってしまったメンタルのせいで、実力にむらが出ている印象ですかねぇ。強いところは凄い強いですけど」

 

雪風は長門姉妹との演習の様子を説明する。

 

「距離30000㍍をフォローする支援砲撃ってそれだけで凄いじゃない。買いだと思うわ」

「大和さんって最大船速で二十七ノットくらいです。その点を島風はどう考えます?」

「まぁ、モノの見方によるんじゃない?」

 

島風が指摘するのはこの任務がまた物資収集任務で在る事と、大和がその一時的な支援要因として起用される点である。

 

「確かにストレスは溜まるわよ。でもメンバーの安全には代えられないし、何より帰りはまた貨物船を牽引してくるわけじゃない? その時の艦隊速度は、前回二十八ノットだった。大和の速度と変わらないわ」

「なるほど」

「あの……」

「羽黒さん?」

「雪風ちゃんは、大和さんの合流には反対なのですか?」

「……難しいんですよねぇ」

 

雪風も島風も、連合艦隊として大和と共に戦いたいと思っていた。

つまり大和率いる第一艦隊と、雪風の第二艦隊で協力する体制である。

決して大和と同じ艦隊に入りたかったわけではない。

これは好き嫌いの問題ではなく船としての性能の違いから、艦列を並べてしまうと双方の足を引っ張り合うことになるからだ。

 

「確かに牽引の速度を考えると、大和さんが合流をしてもしなくてものんびり帰ってくることになるでしょう。大和さんの支援砲撃を受けられれば、安全も確実に増すでしょう。ですが彼女が居た場合、雪風達は逃げるという選択肢を完全に失います。出会う敵を全てなぎ倒して行って、帰ってくることになるでしょう」

 

前回の場合は即時撤収を作戦のどの段階でも選ぶことが出来た。

重い荷物を持った帰り道も、その荷物を放り出して小型艦の速度を生かして振り切るという選択肢があったのだ。

しかし大和が同道する遠征では、荷物を捨てたところで艦隊行動の速度は最低速の大和に揃えなくてはならない。

相手が大和以上の快速を持ってきた場合、その相手を確実に倒さなければいけなくなる。

 

「いざとなったら逃げられる……っていうのは雪風の最大の予防線でした。その線で作戦を考えれば、雪風には皆さんを生還させる自信があって、だからこそ旗艦も引き受けたのです。その自信が、今回は揺らいでいます……戦力は間違いなく向上するというのに、難しいものです」

「深海棲艦がどんな部隊を出してくるか全く分からない以上、致し方ない悩みだと思います……」

「大和参戦が決定的に裏目に回る編成が、今回に偶々当たらないって保障はないからね」

「でも行動前に其処まで考えていたら何も出来ないっぽい?。あたしとしては第一艦隊が成立する前に少しでも、大和さんにも海に出る機会を作っておく方がいいと思う」

「あぁ、それはとてもありますねぇ」

 

夕立の提案が悩む雪風の背中に最後の一押しをくれた。

この鎮守府の大和はメンタルが脆い。

そんな大和がこのまま第一艦隊を作って初陣した場合、不測の事故を起こす可能性がある。

演習と実戦は全く違うし、その演習すら大和には相手が見つからない可能性が高い。

ならば此処は身内の遠征に組み込んで、出撃前に様々な経験を積んでおいてもらうべきだ。

 

「それでは、任務の受諾及び戦艦大和の支援依頼を上申してまいります。その上で合流した後の基本方針は、夕立の提案を軸に大和さんの戦力解析と参りましょう」

「賛成」

「羽黒さんは必要な燃料と弾薬を算出してください。夕立は羽黒さんが作る資料に基づいて、全員の荷物を用意してください」

「分かりました」

「任せてー」

「あれ、私は?」

 

一人仕事からあぶれた島風は、小首を傾げて聞き返す。

雪風は少し考えると、にっこり笑って申し付けた。

 

「此処のお片づけお願いします」

「……子供のお使いか?」

「いやなら雪風が代わりますから、しれぇに報告書上げたり業務日誌書くの代わってくださいよぅ……」

「絶対嫌。誰がそんな面倒なことを」

「分かっています。島風は絶対そういうのしなさそうですから」

「よく分かる上司を持って幸せだわ」

「雪風は上司ではありません。皆さんのお姉さんです!」

「そういうのは羽黒で間に合ってるから」

「むぅ……我が艦隊の天使には勝てないのです」

「何の勝負になっていたんですか……」

 

困惑する羽黒に癒されつつ、雪風は司令室に向かう。

会議室を出るとき何気なく振り向くと、真面目にテーブルを拭いて湯飲みをお盆にまとめる島風の姿。

こういうところで真面目な子なんだなと少し意外に思いながら、雪風も自分の仕事に取り掛かるのだった。

 

 

 

 

――雪風の業務日誌

 

やまとさんといっしょにえんそくにいくことになりました。

はぐろさんにおべんとうとだんやくのちょうせいをおねがいしました。

めんばーはひとりふえただけなのにまえのなんばいもよういしました。

いっぱいたべるからおっぱいもおおきくなるのでしょうか。

そういえばあかぎさんもいっぱいたべるってゆうめいでした。

おゆうはんのねんりょうはがんばっておかわりしました。

おゆうはんのあとにあかぎさんのわりましおっぱいをたんのうしました。

べねっとぶちょうのじょうねつがすこしだけりかいできました。

きけんなびきょにゅうだったです。

 

 

 

 

――提督評価

 

遠征における戦艦大和の戦力調査は大いに助かります。

今後しばらく彼女の演習は組めそうもありませんので、是非詳細なデータをお願いします。

羽黒さんから遠征に必要な物資の要望書は上がっております。

許可しておきましたので受け取ってください。

ごはんをたくさん食べるのはいい事ですが、何事も適量が存在します。

体調にはお気をつけて。

工廠部の策略に嵌りかけている、危険な兆候が見られます。

カウンセラーを手配して置きましたので、必ず面接してください。

必要ならば私も同席する時間を作ります。

お願いですから貴女だけは暗黒面におちないで……

 

 




3-2突破のためにひたすらレベル上げを繰り返している今日この頃、皆様はいかにお過ごしでしょうか?
4の砲も3のボスのフラグシップに完敗しましたので、大幅な戦力増強が必要なようです……
やっぱり戦艦不在は厳しいのでしょうか……
第一艦隊の構成員が、赤城50、五十鈴48 雪風48 夕立48 羽黒47 隼鷹44 足柄42 飛鷹42 夕張41 島風35 北上34 大井31 加賀28 で回しているのですが、どうも駆逐、軽巡を愛しすぎていて戦艦を入れづらい……しかし敵が潜水艦シールドでこっちの攻撃を吸い寄せてくるので、かなり行き詰ってますorz

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